2018年07月18日

ジミー・ギャリソンのベース


皆さんこんばんは。

毎年の恒例に倣いまして、このブログでは夏が終わる8月の末日まで『大コルトレーン祭』と題しまして、ジョン・コルトレーンのことについて集中的に書いていきたいと思います。

で、特に命日の7月17日から31日までは、毎回コルトレーンのアルバムレビューや、その素晴らしさについて語るちょっとしたコラムを書きますので、どうかひとつよろしくお願いします。

で、今日はちょいとしたコラムなんですが、皆さんは「コルトレーン・バンドのメンバー」といえば誰が好きですかね?

こういうアンケートとやると、大体コルトレーン黄金期のバンド・サウンドの主軸となった、スーパー・ドラマーのエルヴィン・ジョーンズ、続いてそのカルテットにサウンドに、狂おしい激情と詩的衝動の両方をブチ込んだピアノのマッコイ・タイナー、或いは晩年のフリー・ジャズに突入したトレーンを、決して出過ぎることはなく、ひたすら知的な大胆さが光るプレイで支えた奥さんのアリス・コルトレーン、いやいや、エルヴィンはもちろん最高だけど、ラシッド・アリの散弾みたいに細かい打撃が物凄い勢いで拡散しまくる太鼓も凄いぞ、とか、若い世代の人には、90年代以降”踊れるスピリチュアル・ジャズのカリスマ”として急激に支持されてきておるファラオ・サンダースも、マッコイやアリスとタメ張れるぐらいの人気者でありましょう。

そんな中で、カルテットから最晩年までずっとコルトレーン・バンドのメンバーでありながら、人気という点では今ひとつなのが、ベースのジミー・ギャリソン。

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写真や映像では、激しく暴れまくってるコルトレーン・サウンドの荒ぶる部分を、温泉のように噴き出す湯気まじりの生汗をしたたらせながら、潰れたカニのような「ぎやーーーー!!」という凄い顔でしっかりと支えてくれている人なんですが


「ぶっちゃけギャリソンのベースって何やってっかよくわかんないよね」

「うん、どうしても音聴いてるとコルトレーンとエルヴィンの激突に持ってかれるからなー。あとマッコイのガッコンガッコン言う左手」

「で、ギャリソンは?」

「う〜ん・・・」

「う〜ん・・・」

と、コルトレーンのファンですらなってしまうことが多かったりします。


正直アタシも、最初はジミー・ギャリソンのベースが、コルトレーンのバンド・サウンドにどのような効果をもたらしているのかピンと来ませんでした。

スタジオ盤ではやっぱり強いのはコルトレーンのサックスとドラム、次にピアノで、ベースは多くのバンドにおいて派手に出しゃばらない縁の下の力持ち的な存在であるとはいえ、どうも埋もれてしまっている。

バンド内でのジミー・ギャリソンという人は、コワモテで硬いイメージのあるコルトレーン・グループ(カルテット時代はコワモテ、晩年のクインテットは寡黙な求道者揃いなイメージあるでしょう)の中において、唯一ひょうきん者で、いつもニコニコ愛嬌のある笑顔で場を和ませる人だったそうで、開演前に「あ、ちょっくら」とビールとか飲んで、コルトレーンに「お前今度それやったらクビだぞ」と怒られたりもしていたらしい。まぁ、グループに一人おれば風通しの良くなる次男坊スタイルのお調子者キャラだったようなんですね。


だからエルヴィンとマッコイが脱退した後も、コルトレーンはギャリソンだけはその愛すべきキャラクターがメンバー同士のコミュニケーションを保つのに重要だと判断したから残したんだろう、うん、きっとそうだ。だって新しいメンバーといえばファラオもラシッドもアリスさんも、どっちかというと真面目〜で、コミュニケーションよりもひたすらコルトレーンに黙って従いながらマイペースに我が道を行ってしまいそうなタイプだもんな〜、意志の疎通とかあんま関係ないよな〜。誰にでもすぐ友達になれそうなギャリソンいたらコルトレーン楽だよな〜。

と、思ってました。

しかしよくよく考えたんですよ。

サウンド追求第一の、つうかそれが全てのコルトレーンが、メンバー同士のコミュニケーションのことなんか考えていただろうか?

と。

や、多分コルトレーン、特に麻薬を克服して自分のグループを持つようになってからは、もう芯からの「新しいサウンド追究バカ」と言っていいぐらいにストイックな人になっておりますから、メンバー間のコミュニケーションなんかどーだっていいんです。

どころかやっぱりサウンドが自分の求めているものと違うと感じたら、どんなにセンスのいい人間でも容赦なくクビにしてますから(スティーヴ・キューンにピート・ラ・ロカ)、やっぱりギャリソンに関してもその人柄よりもプレイにコルトレーンが「コイツじゃなきゃな」と感ずるところがあったんでしょう。

アタシはコルトレーンの感性を信じて、ギャリソンのプレイを注意深く聴いてました。

すると、ある日突然、コルトレーンのバンドにおける”ギャリソンにしか果たせない役割”に気付いたんです。

ギャリソンのベース、スタジオ盤などで聴くとやはりくぐもっていてよく聴き取りづらくはあるんですが、これ、多分ワザとなんですよ。

ギャリソンという人のベースの音は、基本的に粒の粗い、ゴリゴリした音です。しかし、コルトレーン以外のバックで演奏したものを聴いてみると、その粗さの中にもしっかりとした芯のある、実に力強く響く音であります。

試みに、ウォルター・ビショップJr.という人の、これはもうモダン・ジャズのピアノ・トリオ名盤と言われる『スピーク・ロウ』というアルバムがありますが、これのギャリソンのプレイを聴いてみてくださいな。





実に力強いベースが、グイグイと演奏を引っ張っておるんですね。

ギャリソンがベーシストとしては、間違いなく当代一流であると証明する、素晴らしいアルバムです。

こんな存在感のあるベースを弾くギャリソンが、コルトレーン・バンドのサウンドで埋もれてしまっているように聞こえるのは何故か?

これをアタシはずっと考えてたんですが、それは

「コルトレーン・バンドの中で、歪み系エフェクターのような役割を担ってたからなんじゃないか」

というひとつの結論に達しました。

歪み系エフェクターっていうのは、エレキギターに繋ぐと潰れた音がグワシャーン!と出るアレです。音は潰れますが、音そのものに激しさと迫力がエラい勢いでプラスされますんで、初めて使ったその日に魂に電流が走る経験をして「あ、俺プロになれる」という経験を、ギター小僧ならしたことがあるかと思います。

60年代といえばエレキギターを使ったバンド・サウンドが、世を席捲していた時期、これを受けた生楽器主体のジャズのバンドも「お、オレ達もバンドにドカーンと迫力欲しいな」と思ってたはずで、特にコルトレーンみたいな「新しいもの」を目指すミュージシャンがそう思わないはずはありません。

一時期はウエス・モンゴメリーと一緒にやろうとしていたぐらいのコルトレーン、ですが自分自身のバンドでのエレキギター導入はまだ早いと感じたのか、それとも目指すサウンドにエレキギターの音は響かなかったのか、多分その両方だとは思いますが、やはり”迫力”は重要視しておりました。

エルヴィンのドラムをコルトレーンが気に入ったのも、やはりその「同時に色んなリズムを繰り出せるテクニックと、それによって生じる音の歪んだ拡散力」でありましょう。特にリズム隊に関しては「いつもやってるよりも激しく叩いたり弾いたりすることによって、音をグシャッとワイルドなものにして欲しいんだ」という支持は出したか、ベースとドラムがそういう音を出すように、暗に煽りながらしむけていたフシが、まずエルヴィンのプレイには感じられます。エルヴィンもコルトレーンのグループに入る前のプレイを聴いていたら、鋭さと繊細さを巧みに織り交ぜてプレイする、オーソドックス・プラスアルファのプレイをしておりますから。


で、ギャリソンもまた、これまでやってきたように、弦の一本一本を人差し指でボワンと弾く奏法ではなく、ルートを刻みながら4本指で強く引っ掻くようなプレイをコルトレーンのバックではやってます。

このプレイ・スタイルは、音のひとつひとつの粒は砕けますが、倍音が激しく全体に響いて、演奏全体がわしゃー!と歪んでるような、そんな効果を生み出すんです。エルヴィンもシンバルやハイハットを激しくクラッシュさせるように刻んでますから、2人の倍音は混ざり合って、ギャリソンの方は掻き消されているように思えますが、ところがどっこい、ギャリソンのベースは倍音の中でちゃんと響いてるんですね。


もっと色々な角度から、ギャリソンのベースは聴き込んで再評価されるべきと、アタシは思っております。ギャリソンの音が比較的よく聞こえる「音の良いライヴ盤」をぜひ聞いてみてください。彼のベースは決して引っ込んでなく、コルトレーンとマッコイのバック、そしてエルヴィンのドラムのすぐ横の”ちょうどいい空間”を激しく歪ませてモーターのように鳴り響いて演奏を加熱させているのがよく分かります。






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2018年07月17日

ジョン・コルトレーン ザ・ロスト・アルバム

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ジョン・コルトレーン ザ・ロスト・アルバム
(Impulse!/ユニバーサル)


皆様こんばんは、本日は2018年7月17日、そう、ジャズの、いや、音楽そのものの歴史にその巨大な名を刻む真の巨人、ジョン・コルトレーンの命日であります。

このブログでは毎年コルトレーンの命日のこの日から、夏が終わる8月の末日まで『大コルトレーン祭』と称して、コルトレーンのアルバムレビューや、その魅力などについてとことん語って行きたいと思いますので、皆様どうかよろしくお付き合いください。

で、今年はコルトレーン没後51年ということなんですが、巷ではコルトレーンの話題で大変に盛り上がっております。

何でかと言いますと、出たんですよね。えぇ、出ちゃったんですよ。

2018年6月末に発売された『ザ・ロスト・アルバム』というアルバムなんですが、コレがコルトレーンの死後50年以上の時を経て、いきなり音源が発見されて、いきなりリリースされた、えぇ、色々な見方があろうかと思いますが、ジョン・コルトレーンの全くの”新作”だと言ってもいい、物凄いブツが出ちゃったんですよ。

や、コルトレーンに関しては、やはり大物ですからこれまでも未発表ライヴ音源とか、既発のアルバムをレコーディングした時のセッションのアウトテイクとか、そういった音源が公式/非公式を問わずたくさん世に出ております。

演奏内容は言うまでもなくどれも素晴らしい(やはりコルトレーンという人の音楽に対する真剣さ、妥協のなさがどの録音もみなぎっているからです、ハイ)のですが、残念ながら音質に難があったり、せっかくの演奏の途中でカットされたりしているのなんかもあって、でもまぁファンとしては「うん、それでもコルトレーンの聴いたことない演奏が聴けるんだからありがたいよね」という気持ちと、ちょいとばかりモヤッとする気持ちの両方があったんです。

今回も最初話を聞いた時は

「う〜ん、スタジオ録音ってことらしいんだけど、どのアルバムのアウトテイクかなぁ」

と、やや適当に構えておりました。

そしたら

「いや、どうもそういうヤツじゃないらしい。どのアルバムとも関係ない丸一日分のレコーディングらしい」

と聞いて、ちょっとコレはタダゴトではないと思いました。

ややマニアックな話ですいませんですが、実は60年代からコルトレーンが専属契約していたインパルス・レコードは70年代にABCという大手に経営を売り渡しておりまして、その時経費削減のために、保管庫にあった「リリースされなかった録音のマスターテープ」は、全て廃棄されていて、存在しないはずなんです。

この音源は、実はコルトレーンの最初の奥さんの”ナイーマ”さんが、個人的に持っていたテープからのものでした。

このナイーマさんという人は、非演奏家ながらコルトレーンの音楽活動を献身的にサポートしていた人で、ライヴ会場なんかにテープレコーダーを持ち込んでコルトレーンが後で演奏をチェックできるように録音したり、また、コルトレーンはインパルスから「レコーディングしたテープはコピーして家に持ち帰っていいよ」という特別待遇を受けていて、別れてからもコルトレーンがいつでもチェック出来るように大切に保管してて、実際コルトレーンはアリスと付き合ってからも「なぁナイーマ、いついつの音源なんだがあるかい?チェックしたいんだ」と、フツーに連絡取り合ってたそうです。

おい、コルトレーン。って感じではありますが、まぁこの人は寝ても覚めても音楽ですから、その辺は致し方ない。ナイーマさんも

「あの人と一緒に暮らすには音楽家としてのあの人と、人間としてのあの人を区別して接してあげなきゃダメだったわ。彼?ほとんどサックスの事しか考えてない人間よ」

と言っておりますし、まぁそんな感じだったんでしょう。

コルトレーンは1967年に亡くなって、ナイーマさんも亡くなり、2005年にナイーマさんの遺族が

「何かホコリかぶってるけど大切にしてたっぽいテープが出て来たんだけど」


という事から始まり、レコード会社その他関係各所が調べてみたところ

「おい、これは全く記録にないレコーディングだぞ」

「エライこっちゃ、あのジョニー・ハートマンとのアルバムのレコーディングの前日にスタジオ入ってたなんて、まぁ聞いたことない」


と、ざわめき立ち、もうこれ絶対にリリースしかないじゃんと、権利関係のあれこれを10年以上かかって整理して、この度発売になったという訳です。







ザ・ロスト・アルバム (デラックス・エディション)(UHQ-CD仕様)


【パーソネル】
ジョン・コルトレーン(ts, ss)
マッコイ・タイナー(p)
ジミー・ギャリソン(b)
エルヴィン・ジョーンズ(ds)

【収録曲】
(Disc-1)
1.アンタイトルド・オリジナル 11386(テイク1)
2.ネイチャー・ボーイ
3.アンタイトルド・オリジナル 11386(テイク1)
4.ヴァリア(テイク3)
5.スロー・ブルース
6.ワン・アップ・ワン・ダウン(テイク1)

(Disc-2)*
1.ヴァリア(テイク1)
2.インプレッションズ(テイク1)
3.インプレッションズ(テイク2)
4.インプレッションズ(テイク4)
5.アンタイトルド・オリジナル 11386(テイク2)
6.アンタイトルド・オリジナル 11386(テイク5)
7.ワン・アップ・ワン・ダウン(テイク6)


*Disc-2はデラックス・エディションのみのボーナスディスク


(録音:1963年3月6日)




(コチラはアナログ輸入盤)


1962年から1963年の前半にかけて、コルトレーンはジャズを代表するスターの仲間入りをして、マッコイ、ギャリソン、エルヴィンという不動のメンバーによるカルテットも無数のライヴやレコーディングでの鍛錬を重ね、そのバンド・サウンドは最高の高みと深みを極めてつつあった充実期であります。

高まる人気に合わせてレコード会社側も、コルトレーンには「もっと色んな人に知ってもらうため」に大衆向けの企画をぶつけます。

すなわち1962年秋から冬にかけて録音した『バラード』





1962年9月にレコーディングした『デューク・エリントン&ジョン・コルトレーン』




そして、ヴォーカリストのジョニー・ハートマンをカルテットにフィーチャーした『ジョン・コルトレーン&ジョニー・ハートマン』であります。




つまりこの時期のコルトレーンは「バラードと大物エリントンと一緒にジェントルな演奏をしたアルバムだけを録音していた」と、思われていたし、アタシも思っておりました。

が、いくらレコード会社に言われたからと言って、大人しく言われた通りにバラードばかりをやってた訳じゃないんですね。既に確定していたジョニー・ハートマンのセッションの前日に「ちょっといいかい」とスタジオに入って、会社提案コンセプトはまるで違う、熱気の塊のような演奏を録音してる。

これだけで痛快の出来事ですが、内容は期待してた以上に素晴らしく、また、音質も流石に正規のレコーディングだけあって良好です。

内容についてはコルトレーンの息子のラヴィ・コルトレーンが

「これはちょっと小手調べみたいなセッションなんじゃないかなぁ」

と言ってた通り、まとまったコンセプトの気配はなく、当然既にリリースされているオリジナル・アルバムに比べると、キチッとまとまった作品でもありません。

悪く言うと非常にラフなレコーディングではあるのですが、そのラフな感じがちょっと独特のライヴ感を生み、60年代前期のコルトレーン・カルテット独特の、ややくぐもった熱気を味わって楽しむには、これは十分な内容なんじゃないかと思います。

まずカッコイイのは「アンタイトルド・オリジナル」硬派でダークなメインテーマに重く疾走するエルヴィンのドラム、ガツ!ガツ!とコードを重ねていくマッコイのピアノがフッと途切れて、サックスとドラム、ベースのトリオ演奏になった矢継ぎ早に繰り出されるピアノソロ。これですよ、このライヴ感、カッコイイぜぇ〜と余韻を更に膨らませるような、荘厳なミディアム・スローの「ネイチャー・ボーイ」。

この曲はヘヴィーなテーマから、テナーで”シーツ・オブ・サウンド”と呼ばれるコルトレーン独特の細かく音符を重ねてゆくプレイがジワジワと緊張を高める展開ですが、ぶわっと吹きまくっても演奏そのものの持つ荘厳さ、ヘヴィな質感がほとんど損なわれないのは凄いですね。コルトレーンのソロそのものには、実は迷いも感じますが、それも含めて演奏の雰囲気とはマッチしております。


軽快にシャッシャと走るビートに乗って、やや明るいテーマをソプラノで奏でてからグイグイとアドリブでヒートアップしてゆくコルトレーン、マッコイの気品溢れるピアノ、テーマが決まる『ヴァリア』は、古いオペラ曲をクラリネット奏者のアーティ・ショウがゴキゲンなジャズにアレンジしてヒットさせたのは、スウィング・ジャズ全盛期1930年代のこと。

コルトレーンの代表曲でもある『インプレッションズ』も、この日のセッションではたくさん演奏されています。この曲はオリジナル・アルバムの『インプレッションズ』で20分を超える熱演ライヴが収録されておりますが、やっぱりスタジオでやりたかったんでしょうね。収録時間はいずれのテイクも3分から4分台で、こればっかりはある種の高みに到着したカタルシスを得るには、やはりもっと長い演奏時間が必要だったと言わざるを得ませんが、それでもエルヴィンのドラミングは絶好調で、テイク別のエルヴィンの煽りだけでも楽しいです。

そう、エルヴィンのドラムはこの日絶好調なんです。その好調ぶりはラストの『ワン・アップ・ワン・ダウン』で聴けます。コレもライヴ・ヴァージョンでおなじみですが、アドリブに入ってからのテンションの上り具合と、シンバルの「バシャーン!」に鬼のように込められた気合いにホントのけぞります。

そして、前後しましたが、アルバムを何度もじっくり聴きながら、個人的にこれは素晴らしいとその味を噛み締めているのが『スロー・ブルース』。

文字通りのスロー・ブルースで、11分を超える演奏の中でルーズに展開する前半から、マッコイのソロの途中でテンポアップして走り出す後半とのスイッチが切り替わる瞬間、最初訥々と、何度も激しく逸脱しようとするもテンポに従い、テンポアップしてから目覚めたように吹きまくるコルトレーンのソロ、このアプローチと斬新なブルース解釈(「いや、解釈もクソも火が点いたらオレはこうなっちまうんだよ」とコルトレーンに言われそうですが・汗)が本当に素晴らしいっす。

さてさて、2018年になってリリースされたコルトレーンのこのアルバム、確かにスタジオでレコーディングされ”作品”としては練り込まれていない部分もありますが、そこはまぁ、コルトレーン本人が生きてるうちに「これはリリースせんでもよろしい」と判断した音源です。しかし、この時期のコルトレーンと彼のバンドが持つサウンドの熱気、それをスタジオ盤でありながら素晴らしいライヴ感でもって聴かせてくれるこのアルバムは、ファンでありますアタシには、これからのコルトレーン・ライフに欠かす事の出来ない大切な宝物となりました。

ファンの贔屓目といえば確かにそうですが、コルトレーンって人はやっぱりその真摯な音楽性に魅了された人にとっては、ことごとくそういう感情を沸かせてくれる人なんじゃないですかね。アタシは何だかんだ20年以上コルトレーンを聴いていて『大コルトレーン祭』ももう10年やってますが、コルトレーンの音楽には、年月を経れば経るほどにハマッております。や、そういう音楽を奏でる人なんですよ。









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2018年07月14日

ルーズヴェルト・サイクス フィール・ライク・ブローイング・マイ・ホーン

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ルーズヴェルト・サイクス フィール・ライク・ブローイング・マイ・ホーン
(Delmark/Pヴァイン)


さて、連日の猛暑日が続いておるようですが、皆さん如何お過ごしでしょうか?

奄美も暑いとはいえ、気温はまだ30度そこらで、日陰に入っておればまだ何とかといったところです。びっくりしたのは本土から観光で来られた方に

「いやぁ、奄美ってすごく暑いかと思ったけど、思ったより涼しいんですね」

と言われたこと。

異常気象とかいう言葉は、ここ十数年ぐらい頻繁に耳にするようになりましたが、南の島の方がまだ涼しくて、東京のような緯度の高い所の方が暑くなったってのは、、まぁこれは本当に異常でございますね。いつからこうなっちゃったんだか。

とにかくも皆さん、熱中症にはお気を付けくださいね。

さて、アタシも今週は気合いを入れてブログ頑張ろー!とか思ってましたが、いかんせん体調不良に悩まされ続けておりまして、いつものようにユルい更新で失礼さんでございます。

前回は”ピアノ・ブルースの素晴らしさを、もっと多くの人に知ってもらおう”と、ルーズヴェルト・サイクスの戦前音源をご紹介しました。

ほぼ弾き語りか、サイドにギターのみを付けて豪快かつ軽快に疾走するサイクスの戦前録音は、もちろん聴いてて素直に楽しいし、後のジャズ・ピアノなんかに与えた影響なんかを想像しながら聴いてみても色々な発見があったりと本当に奥深く、ブルース好き、ジャズ好きはもちろん必携なんですが、実はサイクスさん、ミュージシャンとしての本当の快進撃は戦後に始まります。


そう、戦前は上島竜兵だった見た目が、西田敏行に進化しました。しかもアウトレイジ・シリーズの。


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というのは冗談です(汗)

戦後は何と、バンド・サウンドを従えてサウンドをグッとモダン化するんですね。

40年代はジャンプ、50年代からはモダン・ブルース。元々持っていた強靭なグルーヴ感と鍵盤へのアタックの強さが、進化したブルースのリズムとドンピシャでマッチして、更にその太く高い声の魅力も演奏が引き立てるという相乗効果を得て、サイクスのブルースは一回りも二回りもスケールの大きなものへと進化しました。

「戦後になっても人気が衰えなかった」

「ブルースが下火になった50年代後半以降も精力的に活動出来た」

ってのは、本人が語るように運が良かっただけではなく、アタシはやっぱりこの人の底力が、時代と共に進化したブルースのスタイルに上手くマッチしたからじゃないかと思うんです。

それも単純に波に乗ったとか、新しいスタイルを積極的に取り入れたとかではなく、本人はあくまでやりたいスタイルでブルースを弾いて歌っている時に向こうからやって来た流行だとか新しいやり方だとかそういうのが、サイクスの方に寄って来た。

これに対してサイクスは「あぁ、やれるよ。訳ないさ」と、実に自然にやってるんです。

その”新しいサウンドへの対応”が実に見事で、びっくりするぐらい違和感がないっていうのは、やはりこの人のミュージシャンとして、そしてピアニストとしての芸の幅が凄まじく広かったということなんでしょう。

キャリアの長い人が必ずブチ当たる「転換期の壁」というのがあって、例えばB.B.キングのような大成功したブルースマンでさえ、作品を聴くとコレでかなり悩んだフシが伺えますが、サイクスにはそういった迷いというものがほとんどありません。

ホーンを付けたジャズっぽいサウンドでも、エレキギターを入れたモダンなサウンドでも、まるでそんなの昔からやってたと言わんばかりに豪快に声を張り上げて鍵盤を転がすサイクスを聴くと、本人の素晴らしさはもちろん、ブルースという音楽の強さとかたくましさまで感じてしまいます。あぁ、本当にカッコイイ。




フィール・ライク・ブローイング・マイ・ホーン


【収録曲】
1.Feel Like Blowing My Horn
2.My Hamstring's Poppin'
3.I'm A Nut
4.Blues Will Prank With Your Soul
5.Jubilee Time (alternate)
6.All Days Are Good Days (alternate)
7.Sykes' Gumboogie
8.Rock-A-Bye Birdie
9.Moving Blues
10.Don't Bat Your Eye
11.All Days Are Good Days
12.Eagle Rock Me,Baby
13.Jubilee Time
14.Love The One You're With


はい、カッコいいアルバムを紹介しましょうね。

今日はそんなサイクスの、デビューからおよそ40年後の1970年に録音されたアルバム『フィール・ライク・ブローイング・マイ・ホーン』。

これはですのぅ、戦後60年代ぐらいから良質なブルースのアルバムをリリースし続けているシカゴのデルマーク・レコードが、当時ニューオーリンズに住んでいた、当時64歳のサイクスに「最高のメンバー付けますんでレコーディングしてくださいや」と、お願いして、何とロバート・ジュニア・ロックウッド(g)、デイヴ・マイヤーズ(b)、フレッド・ビロウ(ds)という、当時のシカゴ最高のバック・バンド”ジ・エイシズ”の人脈に、ホーン隊(サックス/クラリネットのオイット・マラード、トランペットにキング・コラックス)を加えた、本当に最高のメンバーを従えて制作されたアルバム。

実はサイクス、50年代初頭にリーガルというレーベルで録音した演奏を60年代にデルマークが取りまとめ、その際にアルバムとするには曲数が足りなくて、レコーディングも行ったという経緯があり、デルマークとは付き合いがありました。

60年代のデルマークには、9弦ギターのビッグ・ジョー・ウィリアムスという人が入り浸っていて、コノ人がブルースマンとしての実力はもちろん、根っからの旅人であったので「戦前に活躍したブルースマンの動向は何でも知っていた」ぐらいの人だったので、サイクスとのレコーディング契約も、かつてセントルイスで付き合いがあったビッグ・ジョーの紹介があったのかも知れません。

さてこの内容なんですが、64歳の大ベテランであるサイクスが、鉄壁のチームワークを誇るモダン・シカゴ・バンド・サウンドと、何かもう長年タッグを組んでやってきたかのような見事に引き締まって、パワフルに歌いまくる中に、バラードやスローブルースでは、それまでにない絶妙な哀愁もじっくりと聴かせる素晴らしい内容。

はい、ルーズヴェルト・サイクスって人は、ブルースある程度聴いてきた人には、その大物ぶりや、B.B.キングをはじめとする戦後にモダン・ブルースに与えた影響のデカさなんかもあって、すっかりおなじみだと思うんですけどね、やっぱりギタリストじゃなくてピアニストってことで、一般の音楽好きへの知名度ってのはぶっちゃけ不当に低いと思います。

実際にこの記事読んでる人の中にも、ルーズヴェルト・サイクスって人いまいちよくわかんないという方はいらっしゃると思いますが、そんなギター好きの方、このアルバムはロバート・ジュニア・ロックウッドのプレイが凄いですよ。

「私は元々サイドマン気質だし、本質的にやっぱりサイドマンだと思ってるよ。バックで考えてプレイするのが好きなんだ」

と日頃から言っていたロックウッドの、看板に偽りなしのギタリストとしての凄さが、恐ろしく締まったバッキング、歌とピアノに自在に寄り添うオブリガード、そして言いたいことを過不足なくピシャッと表現して、終わったらサッとバッキングに戻る完璧なソロと3拍子揃ったプレイにビシバシ凝縮されていて、これはもうバンドやるギター弾きにとっては聴くしかない内容だなとアタシ思います。

もちろんそんなロックウッドの好演も、サイクスの揺るぎない存在感あってこそ。1曲目の豪快なシャッフルナンバーから、声の張りとピアノのキレがもう凄い凄い(!)


かと思えばグッとテンポを押さえたスロー・ブルースの『My Hamstring's Poppin' 』『Blues Will Prank With Your Soul』『All Days Are Good Days 』 での都会的な味わいに滲む哀愁、原点のブギ・ウギを斬新に聴かせる『I'm A Nut 』『Love The One You're With 』、ノリの良さで言えばコチラもなジャンピン・ジャイヴな『Sykes' Gumboogie 』、バラードはバラードでも、ニューオーリンズ・スタイルのほんわかした『Rock-A-Bye Birdie』と、楽曲は攻めに攻めた多彩っぷりで、この気迫からは「もうオレもトシだから落ち着いてやりたいね」なんていう守りの姿勢は一切感じさせません。

特にスローバラードの、シャウトから滲み出る哀愁がたまんないです。長い長いブルース人生が凝縮されたからこその声の深み、これこれ、これがブルースなんですよねぇ・・・。






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”ブルース入門編 〜初心者のための優しいブルース講座〜”





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2018年07月10日

ルーズヴェルト・サイクス ザ・ハニー・ドリッパー

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ルーズヴェルト・サイクス/ザ・ハニー・ドリッパー
(Pヴァイン)


「顔が上島竜兵に似ている」

ということで、これから日本で大ブレイクする予定のブルースマンが、今日ご紹介するルーズヴェルト・サイクスであります。

という冗談はさておきで、ブルース好きの皆さん、ピアノ・ブルースってどうですかね?やっぱりアタシも含めてブルースって音楽は、ギター小僧が興味を持ってズブズブとハマッていった歴史が、我が国にはありますので、どうもピアノ弾きながら歌うブルースマンとか、ピアノがメインのアルバムって今ひとつ地味な扱いに甘んじているような気がします。

でも、ピアノ・ブルースって一旦その魅力に気付いてしまったら、とってものめり込んでしまうぐらいに魅力的なんですよ。

そもそもが戦前のギターを弾くブルースマン達は、ロバート・ジョンソンを皮切りに、そのギターの奏法のヒントをピアノから得て、たとえばピアノが奏でる左手のルート音を親指で低音弦を弾くことで模倣して、人差し指は右手のメロディ・ラインのフレーズを真似するということを一生懸命やっておった。

そして生まれたのが、今ではブルースギターの基本中の基本といわれる「ズッズ、ジャッジャ、ズッズ、ジャッジャ」のシャッフル・パターンであります。

とにかくギターに比べて生音がデカかったピアノは、戦前のマイクがなかった時代は特に人気があり、都会的なサウンドに憧れた南部っ子達は、ジュークジョイントやバレルハウス(いずれも田舎にあった掘っ建て小屋のようなライヴスペース)にピアニストが来るとなれば張り切って出かけ、ギターよりデカい音で弾きまくるブギウギに合わせて一晩中でも踊り狂ったという話はたくさん残っております。

特に1920年代後半から30年代にかけては、リロイ・カーを筆頭に、多くの優れたブルース・ピアニストが輩出された年代でありました。


で、そんなピアニスト達を最も多く世に送り出した街というのが、南部と北部の中間地点最大の都市、ミズーリ州セントルイスでありました。

鉄道の分岐点と重工業の街、そして”ちょっと行けばシカゴ”という地理的に恵まれたこの街は、また、南部と北部を行き来するブルースマン達にとっても大切な場所であり、多くのブルースマン達が滞在したり通過したりするうちに、独自のシティ・ブルースというより、南部のブルースがそのまま根付いて洗練された形、何のこっちゃいと思う人もいるかもわかりませんので、パスッと音楽的に説明しますと、ここで生まれるブルースは、都会らしく華やかで洗練されてはいるけれど、根底に粘りと泥臭さもしっかりあるところを聴かせてくれるものだったんです。

さて、ピアノ人材溢れるセントルイスから、全国的な人気を博していたピアニストといえばルーズヴェルト・サイクス。

この人は凄いですよ、その豪快&ドライヴ感溢れるピアノと、カラッとパワフルに声を張り上げる、実にシンプル&親しみに溢れたスタイルを一貫させながら、時代に合わせてサウンドをどんどん進化させ、戦後もずっと第一線に立ち続けて、1983年に亡くなるまで、しぶとい人気をずっとキープしつづけていた人です。

これがどのぐらい凄いことかってアナタ、サン・ハウスやロニー・ジョンソンといった戦前のレジェンドクラスのギター弾き達ですら、軒並み戦後は音楽以外の仕事もせざるを得なかったぐらい生活に困っていたのに、サイクスだけはとりあえずピアニストとして生計を立てることが出来ていた。

つまり戦後になってブルースの人気が下火になっても「ブルース・ピアニスト」としてライヴやレコーディング活動をしてて、更に活動の拠点をヨーロッパとかに移さず、ずっとアメリカにいながらにして、しかもそこそこ売れていたということなんですよ。いや凄い。

で、インタビューで本人に

「サイクスさん、マジですげぇっすけど、何か売れなくならない秘訣とかあったんすか?」

って訊くと

「秘訣?そうだなぁ、人よりちょっとラッキーだったぐらいじゃね?」

と、豪快に答えてるところがまたカッコイイです。






ザ・ハニー・ドリッパー

【収録曲】
1."44" Blues
2.All My Money Gone Blues
3.Boot That Thing
4.Cotton Seed Blues
5.Kelly's Special
6.As True As I've Been To You
7.Mr. Sykes Blues
8.Highway 61 Blues
9.D. B. A. Blues
10.Dirty Mother For You (Don't You Know)
11.The Cannon Ball
12.Driving Wheel Blues
13.Soft And Mellow (Stella Blues)
14.The Honey Dripper
15.Little And Low
16.Night Time Is The Right Time
17.Sad Yas Yas Yas (You Fade Away Like The Morning Dew)
18.Mistake In Life
19.Have You Seen Ida B
20.Papa Low
21.Unlucky 13 Blues
22.Doin' The Sally Long (Flames Of Evaporation)
23.47th Street Jive
24.Low As A Toad


あれこれごちゃごちゃ言う前に「何で?」の部分は実際に音を聴いてみましょう。

とにかくこの人は戦前戦後を通じてずーーーーっと安定して活動してきた人なんで、アルバムも多いし、正直どれも軒並みズッシリとした聴き応えを、ちょいとばかりホロ苦い味わいの深さと共に楽しませてくれるんで、その原点という意味でまずは最初期の戦前録音集をオススメしたいと思います。

始めてのレコーディングは1929年ですが、この時点からこの人のピアノとヴォーカルのスタイルは、もうすっかり出来上がっておりました。

戦前のブルース・ピアノといえば陽気でノリのいいブギウギと、しんみり品の良いスローブルースですが、この人の場合は何せピアノも歌もパワフルで豪快なので、基本はブギウギです。

カツンと前のめりに勢い良く張り出して、そこからロールして粘るスタイル。これは”セントルイス・スタイル”と呼ばれるこの土地独自のものなんですが、実はサイクス、生まれは南部のアーカンソーで、十代から続く放浪の旅の果てにセントルイスに辿り着いたという、根っこに強烈な泥臭さを持っている人であり、そのフィーリングが戦前では実に独特で、例えば3曲目の『Boot That Thing』みたいな、フルスピードでガンガン鍵盤を転がしながら煽るような語りを入れている曲とか、「ツッカツッカツッカ」と軽妙に刻まれるビートに引っ掛けるシンコペーションの至芸から、ソロで最高にブギウギする『Dirty Mother for You』なんかを聴いてると、理屈抜きで胸の奥底からウキウキしてきます。

もちろん初期の大ヒットであり、名刺代わりの代表曲『44Blues』や、洗練された典型的なミディアム・テンポのピアノ・ブルースと言っていい『Driving Wheel Blues』なんかで聴けるちょいとワルな哀愁ももちろんたまんないんですが、基本は「踊ってナンボ、ノセてなんぼ」の戦前ブギウギ・ピアノ野郎の男気、そのどこまでもポップな美学に楽しく酔うために、特にこの人の戦前音源はあります。

あと、この少ない編成(つうかほとんど弾き語り)で、最大にロールしてスウィングして、後を引くグルーヴを残すこのやり方に、凄く影響を受けたのは、同じミズーリ州カンザス・シティのカウント・ベイシーだと思います。

ベイシーの独特の、あの”間”を活かしながらも10本の指がフルに踊るあのピアノのルーツの多分かなりデカい部分を占めているのが、実はルーズヴェルト・サイクスだとアタシは思ってるんですが、残念ながらこの説はジャズの評論ではまだ読んだことがありませんので、ジャズ好きで、特にカウント・ベイシー好きな方には、ぜひともルーズヴェルト・サイクス聴いて検証してもらいたいと密かに思っております、はい。









『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

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2018年07月08日

トキノマキナ メカノフォリア

625.jpg

トキノマキナ/MECHANOPHILIA
(時野機械工業)


今更言うまでもないことですが、このブログは皆様に音楽をご紹介するブログです。

記事を書いてツイッターやフェイスブックにリンクをえいやと貼ってつぶやけば「いいねぇ」「これカッコイイよね」と、お蔭様で多くの音楽好きの方々から反響を頂きます。

いいですねぇ、嬉しいですねぇ。

はい、ほぼ更新すると何らかの有難いリアクションがありますので、夏バテしながらも何とか続けております。

皆さんからの反響の中で一番嬉しいのが

「これは知らなかった」

「聴いてみたくなった」

という反応ですね。


そう、音楽への感動というのは、知らない素敵な音に初めて触れた時の感動、コレがデカい。

アタシももういいトシでありますので、若い頃からむさぼるように色々な音楽を聴いてきました。

人はこれを知識と言うのかも知れませんが、いやいや、アタシは欲深いので、常に「もっともっとカッコイイ音楽、素敵な音楽があるはずだ!」と、毎日格闘&葛藤です。

読者の方から「これ聴いてみたい!」という言葉を頂けば、アタシはその言葉を発した方の気持ちになって「こういう風に未知の音楽と出会いたい」となるのです。

そこへいくとインターネットというものはやはり便利です。

「あ、ちょっと気になるなぁ」

という音楽のことを誰かがつぶやいてたら、それを覚えておいてすぐ検索をかけると音源が聴けたりしてしまいます。

で「これ好きぃ!」となったやつに関してはやっぱりCDでも何でもいいから、自分だけの音源をいつでも聴けるように手元に置いておきたい。

で、今日ご紹介する音楽はトキノマキナです。

このグループは、現在大阪を拠点に活動する、エレクトロニカ・ユニットですね。

知るきっかけとなったのはツイッターで、フォロワーさんがライヴの告知をリツイートしてたからなんですけど、そもそものきっかけは「音」じゃなくて「名前」だったんです。

「東大阪にある有限会社時野機械工業が開発したアンドロイドと、それを整備する社員(係長)による音楽ユニットとして結成されたトキノマキナ。メンバーは、アンドロイドの野中比喩(ヴォーカルと電子楽器)と、技術課整備係の岡係長(トラック制作)」

ヴォーカルの方の名前が”比喩”(!!)

ちょっとここで、アタシの中の音楽の人の脳とは別の部分の、ことばの人としての脳がピピピーンと反応しましてですね、えぇ、もう何て素敵な名前なんだろうと思い、もう一気に気になってしまったんです。

調べてみたら、この野中比喩さん、元々アイドルとして活動をはじめ、特殊メイクアーティスト、ヴォーカリスト、ノイズアーティスト、コスプレイヤーなどなど、様々な活動をこなす本当の意味でのアーティストと言っていいぐらいの人。

こういう人の音楽は、きっとカッコイイに違いないと思ってトキノマキナ聴いたら、コレが「期待通り」と「予想外」2つのカッコ良さにヤラレる素晴らしい音楽だったんです。


テクノやエレクトロニカというと、どちらかというと爆音でドッコンドッコンな重低音リズムとキラキラした刺さるような上モノが飛び交うダンスミュージックを想像する人も多いかと思いますし、実際アタシもそう思いがちなんですが、トキノマキナのトラックは、総じて電子音に繊細な感情があるかのようにヒリヒリしていて、そのヒリヒリした部分が心の何かこう弱ってるところにも優しく浸透していくような優しい悲哀があり、その音と完全に融合している野中比喩さんのウィスパーヴォイスも本当に染みるんです。




MECHANOPHILIA

【収録曲】
1.A-LIFE
2.LOOP
3.MODE SLEEP
4.NEURONOGRAM
5.RE-PLAY
6.reboot
7.SLAVE-世界が軋む音-
8.TRONSCAPE
9.yuria TYPE-D


アルバム『MECHANOPHILIA』は、2018年リリース、トキノマキナ初となる全国流通CDです。


内容は確かにエレクトロニカと呼べる、全編淀みなき電子音で綿密に構成されたトラックで演奏されておりますが、曲調の多彩さ、ギュッと中身が詰まった、ストーリー性のある歌詞もろもろ含めて「作品」と呼ぶに相応しい(つまり飽きない)CDです。

すごくすごく個人的にそのまんま感じたことを書きますと、エレクトロニカ、つまり電子楽器やサンプリング等の機材を使って製作した音楽というのは1970年代のジャーマン・クラウト・ロックから始まって、そこからアメリカに行ってディスコ文化と融合して、ダンスミュージックとしてのテクノが生まれ、そこから「如何に最先端であるか」というのが、この音楽の命題のようなものだったと思うんです。

で、21世紀になってパソコンで生演奏のような音楽まで全部作れるようになり、極め付けはヴォーカロイドの登場で、ある種の高みを極めた状態になり、さてこれから「人間が作って人間が演奏するエレクトロニカってどうなるんだろう?」と思ってたことの回答みたいなサウンドが、トキノマキナの、この”電子”の質感を最大限に活かしながら、切なかったり優しかったり、そしてどこか懐かしかったりする人間らしい感情をみっしり詰め込んだ音楽だと、アタシはしみじみ感じながら聴いております。

アタシの好きな曲で『SLAVE-世界が軋む音-』という曲がありまして、ビートはドラムンベースっぽく、そしてヴォーカルはエフェクトがかかり、クールな質感がとてもイカシてるんですが、これよく聴くと非常に美しい3拍子で、たとえばアコギ一本でやったら、アイルランドとかその辺の民謡みたいになるんじゃないでしょうか。

何が言いたいのか自分でもよく分かっておりませんが、そんな感じでトキノマキナの音楽って、今の最先端だけど、本質的に”記憶”の深いところに響く、それは聴く人個人のっていうより、もっと気の遠くなるような遺伝子レベルの・・・とか、あぁまた聴きながら一人で色々と心を遠くに飛ばしてエライことになってますが、ほら皆さん、ゲーム音楽とか聴いて「あ、これは何か懐かしい感情が湧いてくる曲だ」ってのありませんか?アレのああいう感じです、ぜひとも聴いて確認してみてください。

そして、今ドキわざわざCDで入手して聴いて欲しいというのには、曲とか内容とかだけじゃない、もうひとつの電子音楽ならではの大きなオマケが付いてるからなんです。

あのですね、このCDには

『ヘッドフォンで聴くと音楽が3D化されるように聞こえる、世界初の画期的な試み』

が、成されてるんです。

これは、トラック制作の岡係長という人が実は凄い人で、アーティスト音源だけでなく、アミューズメントパークの音楽なども実は手掛けている人で、つまり音楽の”効果”のスペシャリストなんです。

で、トキノマキナのアルバムの音響で、まるで映画やアトラクションみたいに、音が「動いてる」ように聞こえる仕組みを施そうとして、施したんですね。

アタシもいい加減機械音痴なんで、こんなヘタクソな説明でアレなんですが、そんな機会音痴のアタシがこんなにしどろもどろになりながら説明してるってことは、それだけにこの音響効果が実際凄いということを言いたいからなんです。

まず、音響効果で最も基本的なものといえばモノラルとステレオですね。モノラルというには録音の最も原始的な形態で、ひとつのスピーカーから音がまとまってズンと聞こえてくるやつです。

これに対してもっと臨場感とか出そうぜって開発されたのがステレオ。

2つのスピーカーからそれぞれ別々に楽器が聞こえるような録音調整が可能になり、これで得られるようになったのが”奥行き”と”拡がり”です。

で、今回は更にそのステレオを細かくして、音が拡がったり空間に奥行きが出来たりとかだけじゃない、ひとつひとつの音が分離したり融合したり、低い音だけが中心で力強く鳴って、上を飛ぶ高音域が頭の周りをヒュンヒュン飛び回ってたりするかと思えば、ヴォーカルが更にその前にフッと出てきて、本当に隣の耳元でささやいているかと思えばふわぁ〜っと空間に拡散して、飛び回ってる音と集合したりする・・・。

最初にアルバムの宣伝でこういう効果についての説明を読んでも

@「どうせお前、高級ヘッドフォンとかじゃないと大して違わないんじゃないのぉ?」

とか

A「3Dってアレだろ?映画のDVDとかみたいな、車酔いしそうな音響効果だろ?うぅ〜んどうかなぁ」

とか思ってたんですが、まず@については、我が家の安物ミニコンポと安物イヤホンとヘッドホンという組み合わせでもフツーに音響効果バリバリです。

で、それがどんな効果だったんだということがAなんですが、いわゆる”臨場感”だけを追求したような、妙に脳にダイレクトすぎる3Dとは、まず別物だと思ってください。


音はキッチリ分離して、まるで聴いているこっちが音空間の一部になってるような、凄い感覚になりますが、それがリアル過ぎてキツいとか、三半規管が疲れるといったことは全くないです。

よくよく聴いたら分離する音は細かく分かれてるんですが、それ以外のわざわざ分けなくてもいい音はしっかりと中心に残してあって、脳が「どの音を追えばいいか分からない」というパニックを起こさないんです。つまり何でもかんでもリアリティな音作りじゃなくて、しっかりと「聴く人がどれだけ感情移入出来て快適な音か」というところまでちゃんと考えて作られている。

トキノマキナのこのアルバム、色んな意味で音楽の革命じゃないかとアタシは心底思っています。

いつか音楽も3Dが当たり前になった時に、このアルバムの価値はきっと高く評価されるとは思いますが、それ以前にこのアルバムに収録されている音楽は、簡単に消費されてなくならない、しっかりとした音楽です。





『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

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2018年07月01日

ジ・エクス+トム・コラ Scrabbling at the Lock

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The Ex+Tom Cora/Scrabbling at the Lock
(EX)


80年代後半から90年代にかけての時代は、いわゆる即興演奏による”自由な音楽”を演奏する人達の想像力が、黎明期ともいえる60年代や70年代とは、また違ったベクトルで大いに花開いた時期だったと思います。

そういう時代を牽引したのがジョン・ゾーンであり、前衛パンクの聖典『ノー・ニューヨーク』に参加したコントーションズDNAといったバンド達でありますが、もう一人、忘れてならない人がおります。

トム・コラです。



img2.jpg


チェロという楽器はイメージとして「クラシックの楽器」であります。

もちろんジャズやタンゴなど、クラシック音楽以外でも使われることはありましたし、トム・コラ自身も巨匠であるパブロ・カザルスに師事してクラシックの教育をキッチリ受けた人ではありますが、プロとしてのキャリアにおいて、最初からクラシック以外のフィールドに飛び込み、そしてエフェクターを多用したり、弓で弦を弾くだけでなく、場合によってはガシガシと叩くパーカッシブな奏法を繰り広げたり、まるで楽器演奏そのものの常識に激しく挑戦しているような、そんな演奏をしている人でした。

1970年代後半にニューヨークに拠点を置いた彼は、ジャズ・ヴィブラフォン奏者、カール・ベルガーのアルバムに参加し、プロとしてのキャリアをスタートさせます。

その頃からジョン・ゾーン、フレッド・フリス、ビル・ラズウェル、ブッチ・モリスといった、アンダーグラウンド・ジャズやロック、現代音楽の人々、つまり当時のニューヨークで最も過激と言われるパフォーマンスをやっていた人達と対バンやセッションを重ね、地下音楽シーンに名だたる数々のバンドに参加。

とにかく完全即興から、ジャズやロックやファンクといったありとあらゆる音楽に、トム・コラはチェロ一本で斬り込んで行きました。

しかも、その演奏スタイルというのが凄いんですよね。8ビートだからロックっぽく、ジャズだからスインギーにとか、そういう「それっぽさ」「それらしさ」で胡麻化したりは一切しない、どんなジャンルだろうとどんなリズムだろうと、自らが編み出した音楽の決まり事/約束事に固執しない変幻自在スタイルを貫きながら、かつフリーに逃げず、正面から挑んで”異物としてのカッコ良さ”でどんな音楽とも溶け合える、つまりタダの即興野郎じゃない、筋の通ったやり方でどんな音楽にも真剣に対峙していたのがトム・コラです。


一見激しくガリガリやって、とっつきにくいように思えるかも知れないけど、そのチェロの音の厳しく冴え渡った美しさを聴く時、私はいつも胸が締め付けられるような気持ちになるんです。

どう言えばいいのか未だによく分かりませんが、この人は単に目新しいものをやろうとして即興演奏やアヴァンギャルドの世界に行ったのではなく、チェロという楽器が持つ隠れた攻撃性と、その中にあるエモーショナルな衝動を突き詰めてゆくうちに、ただ弓を横に引くだけではない演奏法や、譜面に囚われない表現法が必要になったからそれをやり、結果としてそれがアヴァンギャルドと言われるようになっただけなんじゃないかと。






Scrabbling at the Lock

【収録曲】
1.State of Shock
2.Hidegen Fujnak A Szelek
3.King Commie
4.Crusoe
5.Flute's Tale
6.Door
7.Propadada
8.Batium
9.Total Preparation
10.1993
11.Fire and Ice
12.Sukaina


オランダを拠点に活動するパンクバンド”ジ・エクス”との1990年の共演作『スクラッブリング・アット・ザ・ロック』です。

えぇ、そうなんですよ。パンク(というかオルタナティヴ・パンク)バンドとチェロの共演なんですよ。

最初トム・コラの名前は知ってるけど、正直どんな音楽をやってるかなんて全然分かんない時に、先輩から「コレはすげぇぞ」と教えられて聴いたのがきっかけで知りました。

「へー、このジ・エクスってパンクバンドなんだー。で、トム・コラはゲストみたいな感じ?ふ〜ん、まぁアレだよね、ロックバンドにチェロつったら、まぁ普段はエレキでギンギンにやってる人達が珍しくアコースティック編成でやってるよーなヤツなんでしょ?そういえばニルヴァーナのアンプラグドにもチェロ入ってたよね〜」

と、まぁナメてましたよね、完全にナメてました。

マイナー・コードのリフがキレ良く掻き鳴らされる1曲目『State of Shock』のイントロ、これでもう完全にヤラレました。

いや、パンク、これは!パンク!!

演奏はエレキギターやドラムが激しく鳴り響くエッジの効いたロックです。それこそフガジみたいな、ゴリゴリのパンクを通ってメロディや曲展開にどんどん軸を置いていったような、そんな感じなんですが、トム・コラのチェロはそのサウンドの中で隅に寄るでもなく、演奏を突き破って自己主張激しくする訳でもなく、まるでエレキギターのように”あの”チェロの音で、”あの”チェロの弾き方で、激しいロックのサウンドとびっくりするぐらい自然に溶け合っているし、びっくりするほど”バンドの楽器”として暴れまくっておるのです。

ガンガンな音の中、チェロで見事な調和を生み出すトム・コラも凄いけど、激しく狂いながらチェロが入ってこれるだけの間合いをちゃんと作っているジ・エクスの力量もなかなかのもの。

それと、このバンドの作り出すメロディの中に、どこかヨーロッパ土着の音楽が持つうっすらとした悲哀が効いてるのもいいんですね。その切ない感じを敏感に感じ取ったトム・コラの感性が、バンド・サウンドの激しさも切なさもしっかりと増幅させている、そんな融合の美しさにひたすら感動して、やっぱり胸が締め付けられるような気持ちになってきます。

え?パンクなのに切ないの?って今言ったそこのアナタ、パンクって切ないんですよ。









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2018年06月27日

ネイキッド・シティ(ジョン・ゾーン)

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Naked City/Naked City

(Nonesuch/elektra)


もし、アタシがジャズを聴くようにならず、パンクからアメリカのハードコアをずっと追いかけていたとしても、必ずこの人とは出会ってただろうなという人がおります。

ジョン・ゾーンであります。

この人は、一応サックス吹きであり、一応ジャズのカテゴリで語られる人ではありますが、正直よーわからん人です。

1953年生まれのユダヤ系アメリカ人、若い頃は何をやっとったか知らんが、とにかく早くからニューヨークのアンダーグラウンドな場所にばかり居て、ほとんど自主製作なレコードをボコボコ出していたけど、そん時の音源は正直よーわからんのですが、ハナッからジャズなんぞ眼中にないような、前衛的とか実験的とか言われる類の音楽だったそうです。

で、この人がいきなりシーンの表舞台(つっても限りなく”裏”に近い表ではありますが)に出て来たのが80年代の半ば。

クラシックとか民族音楽とかで有名なノンサッチというレーベルから、映画音楽の巨匠エンニオ・モリコーネのカバー集(でも、内容は映画ファンぶっ飛びのかなりぎちょんぎちょんな実験音楽)で出てきたんですが、そっからクラスト・コアの連中とツルんだり、日本(高円寺)に住んで歌謡曲のレコード集めまくったり、「イギー・ポップとゴダールに衝撃を受けたんだ」と、インタビューで語ったり、ボアダムスでブレイクする前の山塚アイの絶叫と自分のサックスでギャーピー言ってる、ほとんどノイズみたいなレコード作ったりと、ジャズにハマり出した1997年頃、この人の作品を聴いては、聴いた数だけ困惑するという、この曲がカッコイイとか、どのアルバムがいいとか、音楽に対する姿勢がとか、そんなことを考えさせる前に、アタシの神経をかき乱すだけかき乱しては去って行くとか、つまりそういう訳のわからん感覚だけが募って、東京のアタシのアパートには、ジョン・ゾーン関係の訳のわからんCDばかりが溜まっていくという怪現象が起きておりました。


そのルックスはひょろっとした顔に眼鏡をかけた、いかにもオタクな白人青年。

でも、そんな人がサックスでそれまで聴いたことないようなヒステリックにキーキー叫ぶカミソリみたいな音をぶっ放して、更にブラストビートとかコラージュノイズとか、多分”マトモ”な音楽の常識で考えたら禁じ手な、アブナい音ばかりぶっこんで、ジャズともパンクともノイズとも言えないような、最低に不快で最高に刺激的なもんを作る。

あの〜、よく見た目インテリなのに凶暴なヤツのことを「インテリヤクザ」とか言うじゃないですか、アタシもジョン・ゾーン知って、その音楽に触れた時にそう思ったんですけど、そう思ったのは一瞬で、これはヤクザすら「アイツとは関わるな」とサジを投げるインテリマッドの方なんじゃないかと思いましたねぇ。

ともかくジョン・ゾーンって人はよくわからん。

一応彼の作品には”マトモな”(?)フリー・ジャズのセッションなんかもあったり、90年代後半に組んだ"マサダ”なんかは、4ビートのジャズとユダヤ民族の伝統音楽クレツマーを融合させた、音楽的には前衛なようでいてなかなか鋭くルーツに踏み込んだこともやってる。


うん、だからこそこの人がますます何者なのか分からなくなってくるのです。

アルトサックス吹くし、ジャズの人ではあるんだろうけど、アタシはもうかれこれこの人の音楽は20年以上の付き合いになるのですが、どうしてもハードコアとかその辺と同じ臭いを感じるし、この人の音楽から痛いほどにビシバシ飛んで来る安心や安定を一切伴わない刺激は、やっぱりパンクと言う他ないのです。




Naked City


【パーソネル】
ジョン・ゾーン(as) 
ビル・フリーゼル(g) 
ウェイン・ホロヴィッツ(Key)
フレッド・フリス(b) 
ジョーイ・バロン(ds)
山塚アイ(vo)


【収録曲】
1.Batman
2.The Sicilian Clan (エンニオ・モリコーネ)
3.You Will Be Shot
4.Latin Quarter
5.A Shot In The Dark(ヘンリー・マンシーニ)
6.Reanimator
7.Snagglepuss
8.I Want To Live (ジョニー・マンデル)
9.Lonely Woman (オーネット・コールマン)
10.Igneous Ejeculation
11.Blood Duster
12.Hammerhead
13.Demon Sanctuary
14.Obeah Man
15.Ujaku
16.Fuck The Facts
17.Speedball
18.Chinatown (ジェリー・ゴールドスミス)
19.Punk China Doll
20.N.Y. Flat Top Box
21.Saigon Pickup
22.The James Bond Thema (ジョン・バリー)
23.Den Of Sins
24.Contempt
25.Graveyard Shift
26.Inside Straight

(録音:1989年)


90年代後半の、アンダーグラウンド音楽を愛好する人達にとって、そんなジョン・ゾーンはひとつの大きなアイコンのような存在でした。

ボアダムスもソニック・ユースも繋がるし、ジム・オルークや灰野敬二だって、聴いてりゃジョン・ゾーンに当たる。ノイズやグラインド・コアしか聴かないような、ちょっと距離を置きたくなるような人とだって

「ジョン・ゾーンの”スパイvsスパイ”がね」

「おーーー!アレはいい!!」

と盛り上がれたんです。

むしろジャズ好きな人達の

「えぇぇ、ジョン・ゾーンですかぁ・・・」

な反応の方が、眺めてて楽しかったというか、多分こういう多方面からの評価や反応って”めちゃくちゃ頭のいい人”だというジョン・ゾーンにとってはしめしめなことだったと思います。

はい、そういう「あえて期待を裏切ることを全力でやる」というジョン・ゾーン先生の、まずは聴くべき正しく狂った1枚が、1990年リリースのバンド”ネイキッド・シティ”のファースト・アルバムです。

これはですのぅ、物騒極まりないジャケットを見て「えぇぇ、グロいのはちょっと・・・」と思ったんです。思ったんですがその”グロいの”を期待して聴いたら、ん?お?フツーに8ビートとか16ビートとかでポップスな曲やってて、すごく聴き易いんじゃね?あ、カントリーっぽいフレーズも出て来た。あらなぁに?この場末のキャバレー感、いいわぁって思ってたら急にサックスが悲鳴を上げ出したり、ギターがノイズ吐いたり、高速ブラストビートがポップな雰囲気を全部なぎ倒したり、山塚アイに至っては(いつものことですが)ヴォーカルってクレジットされてんのに「アァァァアア!!!!ギャアァァァァァアア!!」と絶叫しかしてないの、何だこれは、しかもそういう”ぶっ壊れ”を一瞬とか曲の一部とかで放送事故みたいにやっちまいやがった後、瞬時に”マトモ”に戻ってる、そんな曲がほとんどです。


えぇぇと、ジョン・ゾーン先生のアルバムには、もっと過激なものもあります。もっとガツンと終始刺激が飛んで来るのもあるし、ドロドロにグロテスクなものもいっぱいあります。

でも、その辺を一通り聴いて、いわゆる初期の名盤と呼ばれるこのネイキッド・シティを聴くと、そういった「まっすぐに壊れてる音楽」よりかえってタチの悪さが際立っておるなぁと、驚愕と戦慄と困惑が入り混じった感情で聴く事を止められません。


























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2018年06月25日

チェット・ベイカー ピース

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チェット・ベイカー/ピース
(Enja/ソリッド)


チェット・ベイカーですよ。

えぇ、チェット・ベイカーなんですよ。

何というかもうね、今、梅雨の後半で、もう多分奄美地方梅雨明けするでしょ、そしたらギラッギラの紫外線が容赦なく降り注ぐ夏になってくる。

あぁもう暑いし日差しまぶしいなー、この時期だけなーんにもしないで冷房の効いた場所で自堕落に生きていたいな〜。

と、思うでしょう。

そしたらチェット・ベイカーの、特に晩年といっていい1980年代の音源から流れてくるふわ〜んとしたトランペットの音が


「わかる、わかるよ。だからこっちにおいでよ。もうそんな生きることとか考えなくていいからさ」

って言うんですよ。

そしたらアタシも

「あぁそうだね〜、こんな暑いんだったら頑張って生きてても意味ないよね〜、じゃあそっち行こうか」

と、つい思っちゃう。

で、あ、いかん。と。

何やってんだ、俺、生きねば。と。


チェット・ベイカーの音楽って、彼がデビューした1950年代から、どこかそんなところがあります。

ジャズっていう何だかキラキラした華やかな世界を一身に背負ったイケメンが、そのセクシーなトランペットと声を大事に抱えて、緩やかに破滅の方向に向かってゆわ〜んと進んで行ってるような、これはもちろんアタシは彼のドラッグにまみれて最後は悲惨な末路を辿った人生というものを知っていて、無意識のうちで音楽にその悲劇を重ね合わせているからそう思えるのか、いや違う。アタシが最初にチェット聴いた時、そんな彼の悲惨な人生なんて何にも知らなかった。でも、その淡くアンニュイなラッパと声には、やっぱり穏やかな破滅に向かってる人間の業のようなものの気配をうっすら感じた。

それがロックスターのような(たとえばカート・コバーンのような)、激しく悲痛な叫びに彩られたものだったのなら、逆にまだ救いはあったかも知れない。でも、チェットの音楽はどこまでも優しくて柔らかくて、爽やかですらあるから”うっすら”だったんです。”うっすら”だっただけに余計に言葉に出来ないリアリティを感じてしまいました。


しかしまぁ、若い頃のチェット・ベイカーのサウンドは、そんな危険な芳香と若さゆえの生命の輝きみたいなものがあって、特にヴォーカルなしのトランペット演奏だけやってるアルバムなんかは、純粋にカッコイイ音楽、ウエストコーストの粋でオシャレなジャズとして楽しめる余裕みたいなものがありました。

ヘロインに溺れ、行く先々で麻薬絡みのトラブルを起こし、結果仕事を失ってから何とか復活したのが1970年から73年。

この絶望の期間を経て、活動の拠点をヨーロッパに移したのが1975年なんですが、こっからのチェット・ベイカーが実は凄いんですよ。

深みを増した声の頽廃はもちろん、何と言ってもトランペットの音が凄いんです。

本人が「ふわぁぁ〜ん」と吹くトランペットが、枯淡と幽玄の境地を極めていて、聴くだけであの世の静謐でゾッとするほど清らかな水辺がそこに拡がっているかのような、中毒性の高い音になってるんですが、それだけじゃなくて共演者のサウンドまでその幽玄に染めていて、バックの繰り出す音までが、どうもこの世の響きじゃない何かを有しているように感じられてしまうんですね。特にバラード。


チェットがどん底にあった1970年から1973年の間、何があったんでしょう。箇条書きにしてみると


・麻薬のトラブルでボコボコにされ、前歯を折られる。

・その後遺症でトランペットを吹けず一時的に引退

・生活保護を受けながらガソリンスタンドで働く

・この間、何とか練習により、トランペットを吹けるぐらいになるまで回復

・しかし、麻薬とは遂に縁が切れず、70年代はまだ40代ぐらいのはずなのに、シワシワの老人のような風体になってしまう。



えぇと、”復活後”のチェットのトランペット、確かに枯淡と幽玄の境地で凄い!と書いてその通り凄くなってるんですが、これを見る限りシーンから遠ざかってる間に彼のプレイに凄味を与えた決定的な出来事ってないんです。むしろトランぺッターにとってはほとんどマイナスになる要素しかない。

実際、前歯を失ってからチェットは若い頃のようなハイテンポな曲で軽やかに飛翔するようなテクニカルな奏法を封印しました。

理由は「出来なくなったから」しかないと思うんですが、にも関わらずチェットのトランペット、純粋に音色で比較しても若い頃とは比べ物にならないぐらい「何か凄い」し、フレーズに込められる想いの密度みたいなものも、他のミュージシャンからは感じることの出来ない種類の切実さを感じます。

演奏テクニックが衰えた変わりに、物凄い”感動させるプレイヤー”になったのって、ジャズの世界でチェット・ベイカー以外にいますかね、アタシはレスター・ヤングがいい線行ってるとは思いはしますが、それでもレスターにはやっぱり”衰え”の暗い影を幾分感じます。チェットに関して言えばその”衰え”が微塵も感じられないんです。これちょっと、ゾッとするぐらい凄い事だと思います。








ピース

【パーソネル】
チェット・ベイカー(tp)
デヴィッド・フリードマン(vib,marimba)
バスター・ウィリアムス(ds)
ジョー・チェンバース(ds,perc)

【収録曲】
1.サイジジーズ(3+1=5)
2.ピース
3.ラメント・フォー・セロニアス
4.ザ・ソング・イズ・ユー
5.シャドウズ
6.フォー・ナウ
7.サイジジーズ(3+1=5)*
8.ピース*

*ボーナストラック

(録音:1982年2月2日)



チェットは1988年にホテルの窓から転落という、事故か自殺か他殺かよくわからん死に方をしてますが、アタシが特に好きなのが、亡くなる前の1980年代の演奏です。

「死を予感した」

とかそういうのじゃないんですよ、えぇ、聴いて頂くと分かると思うんですけど、そういうのじゃあないんですよ。

言うなれば、死すら超越した淋しい世界に鳴り響く穏やかなトランペット。

それがデヴィッド・フリードマンのマリンバとヴィブラフォン、バスター・ウィリアムスの「びよーん、ぼよーん」と粘るウッドベース、ジョー・チェンバースの繊細なドラムの音を全部巻き込んで、えもいえぬ美しい水彩画を描いておるのです。

1曲目のように割と小粋なテンポでやっている曲でさえも幻想に彩られるって、ほんと凄いんですが、やっぱり心底感動してしまうのが、バラードの2曲目と6曲目。これを聴いてください。


アタシ?今日は昼間ずーっとコレ聴いて

「なんかもーこのまま沫になってもいいやー」

って思ってました。

えぇ、チェット・ベイカーですよ。

チェット・ベイカー、とっても優しくてとっても危険なんですよ。












”チェット・ベイカー”関連記事



『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

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2018年06月24日

ミーターズ ニューオリンズ・ファンクの覇者

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ミーターズ/ニューオリンズ・ファンクの覇者
(Reprise/ワーナー・ミュージック)


はぁい皆さんこんばんは、この時期の軽い体調不良にヤラレておりましたので、今日はアタシにも皆さんにも、何かこう元気になるものを紹介したいと思います。

で、皆さん、元気な音楽といえばこれはもうファンクですよ。

どんなにヘバッている時でも、最悪体を動かないような時でも、頭の中で「ちゃか、ん、ちゃか、ちゃかちゃか、ん、ちゃん♪」とファンクなギターを鳴らして、ゴキゲンな16ビートでリズムを補完すれば、心はウキウキ言葉はオーイェ〜ってなるってもんですよ。

さて皆さん、よく「ファンク」とか「ファンキー」っていう言葉、アタシも無意識でよく使ってて、たまに意味を忘れることがあるので、ここでちょいとおさらいしておきましょう(うへぇ、”ファンキー”っていえばウチの親父がかなりうるさいんで、後でこの記事見られたらどうしよう・・・)。


まず、ブラック・ミュージックの歴史として

・ブルース → R&B(リズム・アンド・ブルース) → ソウル → ファンク

という流れがザックリあります。

ファンクというのは、1960年代中頃から徐々に形を成していき、それをやりはじめてひとつのスタイルまで昇華させたのが、言うまでもなく俺達のジェイムス・ブラウンなんですが、それ以前にももちろん”ファンク”や”ファンキー”という言葉は使われておりまして、それはどこで使われておったのかというと、1950年代のジャズの世界で使われておったんですね。

ジャズの世界で”ファンキー”といえば「ブルースやゴスペル(特にゴスペル)のノリを大々的に取り入れて、早いだけじゃない引きずるような”オーイェーな演奏”をやってるもの」という解釈がありまして、大体これで合ってます。

ほいで”ファンク”って何なのさ?ということなんですが、この言葉はもっと古くから黒人スラングとして使われておりました。

時は戦前のルイジアナ州ニューオーリンズ。

アメリカがアメリカになってからちょい後まで、ここはフランス領だったという特別な歴史がありまして、黒人と白人の間に生まれたハーフ達は”クレオール”と呼ばれ、これまたちょっと特殊な扱いを受けておりました。

その”特殊な扱い”が遠因となって、彼らは管楽器を手にしてジャズという音楽を演奏することになるんですけれども、そんな彼らが使っていたスラングの中に”ファンク”という言葉がありまして、ざっくり訳すれば”匂い”ということになりますが、隠語ですので当然かなりきわどい性的な意味が含まれます。

そういえば音楽の”ファンク”も、それまでのソウルやR&Bと比べて、より肉感的で体臭みたいなものを感じさせる音楽です。


はぁい、お勉強の時間はここまで!

今日はそんなことを考えていたら、おぉ、そういえば”ファンク”発祥の地であるニューオーリンズに、アメリカを代表する素晴らしいバンドがおったじゃないか!という事を急に思い出しましたので、ニューオーリンズ・ファンクの雄、ミーターズでございます。

ミーターズといえば、ソウル好きファンク好きの中でも特別な愛着を持つ人が多いバンドであり、また、ロックバンドやってる人の中でも「これこれ、ミーターズ♪」と、こよなく愛するファンが多いことでも有名です。

人気の秘訣は、独特の粘りに粘るビートと、元々がスタジオ・ミュージシャンだった彼らのズバ抜けた演奏力の高さ。そして、ロックとの深い関わり、つまり70年代からのローリング・ストーンズやリトル・フィート、ポール・マッカートニーら大物達からの絶大な評価と80年代以降のミクスチャーと呼ばれるロックのバンド達、特にレッド・ホット・チリ・ペッパーズに与えた影響の大きさなどでしょう。

実際にアタシの周囲にも「いやぁ、ファンクファンクって言うけど正直JBしか知らんくて、JBがもうズバ抜けてカッコイイから他はあんま変わらんと思ってたのに、ミーターズいいわぁ、これ最高だなぁ」という人、ちょっとおります。

確かに、大都会ニューヨークで、都会の洗練を目一杯演奏に活かしたJBバンドの、キッチリカッチリした完璧な演奏とはまた違う”南部ならではのタフかつワイルド、でもって演奏はキッチリしてる"というミーターズならではの魅力にハマッてしまう人っております(アタシもそうです)。


ミーターズは、リーダーのアート・ネヴィル(キーボード)が、1960年代中頃から組んでいた”アート・ネヴィル&ザ・サウンド”がメンバーチェンジを経て結成されたスタジオ・バンドです。

スタジオ・バンドというのは大体レコード会社の専属で、レーベルがシンガーをレコーディングする時にそのバックで演奏するバンドのこと。当然演奏が上手いのは当たり前として、どんなスタイルでも完璧に演奏出来る技術がないと出来ません。

この頃のミーターズは、ソウル、R&B、そして最新の流行になりつつあったファンクを、どれも完璧にこなすだけでなく、そのアレンジにニューオーリンズ独特のセカンドライン(「タカタカター、ツッタッター」というマーチのような独自のリズム)を見事混ぜ込み、確固たるオリジナリティを持っておりました。

やがて彼らの腕前は、単なるバックバンド以上の評価を得るようになって1969年にはミーターズ名義の録音が始まります。

最初は、4人組のインスト・ユニットとしてレコーディングを行い、アルバムも4枚リリースしております。

ファースト・アルバムを出した時点で、シングルカットされた曲がビルビード・チャート上位に入るなど、全米での評判もなかなかのもので、特に彼らの持つ独特の粘るグルーヴ、インストながらソリッドなファンク感は、ニューヨークなどの都市部にはない感覚として、ワイルドに憧れる都会の若者達のハートもしっかりと掴みました。

サード・アルバム以降はゲスト・ヴォーカルを迎えたり、徐々にサウンドの幅を拡げて”ファンクバンド”としての地位も不動のものにしております。

彼らのファンクバンドとしての極め付けの一枚が、1974年にリリースした5枚目のアルバム『ニューオリンズ・ファンクの覇者(Revolution)』であります。




ニューオリンズ・ファンクの覇者


【収録曲】
1.ピープル・セイ
2.ラヴ・イズ・フォー・ミー
3.ジャスト・キスト・マイ・ベイビー
4.ホワッチャ・セイ
5.ジャングル・マン
6.ヘイ・ポッキー・アウェイ
7.イット・エイント・ノー・ユース
8.ラヴィング・ユー・イズ・オン・マイ・マインド
9.アフリカ


アルバムを重ねる毎に、土臭いグルーヴ感はそのままに、楽曲やアレンジがどんどんポップになり、ノリと深みと聴き易さが高いレベルで融合して、たとえば音楽をリズムとか楽器の音色とか、細かい所まで聴くような人も、そんな難しいことは全然知らない、とにかくノリがいいのが聴きたい人も、みんなまとめて納得させ、そして踊らせる素晴らしいファンクの魔法が、このアルバムには詰まっております。

メイン・ヴォーカルを取るようになったアート・ネヴィルの声もすごく聴かせるいい声だし、初めて大々的に加えられたホーン・セクションも素晴らしい。グルーヴィーなファンク・ナンバーがやっぱりメインではありますが、しっとり聴かせるバラードもちゃんと入ってるし、アルバムトータルで聴かせる構成(プロデューサーはアラン・トゥーサン!)も、どれも完璧であります。


それもこれも全部含めてやっぱりアタシが聴いてしまうのは、結成当時からオリジナルなグルーヴを繰り出して来たレオ・ノセンテリのギターと、ジョージ・ポーターJr.のベース、ジョー“ジガブー”モデリストのドラムが生み出す強烈な”うねり”と”粘り”です。

「凄いベースとドラム」といえば、手数多くてバリバリのようなものを連想するかもですが、ミーターズのリズムセクションは違います。

ギター、ベース、ドラムスの音は極力少なく、でも、その少ない3つの音が生み出す絶妙な”間”、3つの音がそれぞれの空間を埋めずにしっかり繋ぎ合っている事で生まれるグルーヴが、このバンド独特の粘りを生んでいるんです。

いや、こういうのってほんと上手いと思います。それぞれの楽器のテクニックがあるだけではグルーヴってのは生まれませんし、お互いの音をしっかりと聴いて、相手のタイミングのクセまで知り尽くしてないと、これは絶対に真似できない。そういう境地にまで達している名人芸を軽〜くやっておるところがもうたまんないんです。

しかもミーターズは、録音でベースとドラムの音量が若干高めに設定されていたり、こういう”音作りのちょっとしたこと”が生み出す効果みたいなものを、本当に活かした心地良いサウンドなんですね。

レッチリのフリーが、オススメの音楽を挙げる時には「君、バンドやってるんならミーターズは聴いといた方がいいよ」と言っているということを何かで読んだことありまして、実はアタシもミーターズ気になったのはそのフリーの発言からなんですけど、バンドやってる人はミーターズの、この”引き算で生み出すリズム”というのは必須でしょう。

バンドやってない人は、そんな小難しいことは「そういえば奄美のCD屋がなんか言っとったなぁ」ぐらいに聴いても全然OKです。そうでなくてもミーターズは最高にカッコイイファンクとして十分に楽しめます。









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2018年06月20日

フガジ 13Songs

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FUGAZI/13 Songs
(Dischod)


時は1994年のグランジ/オルタナティヴ・ブームの頃、18歳のアタシは埼玉県川越市におりました。

まぁその、川越といっても小江戸情緒の漂う中都会、川越駅周辺のことではなく、延々と拡がる国道沿いの畑の中にある、諏訪町のアパートがアタシの家でございまして、そこからの最寄り駅は上福岡駅でありました。

奄美の田舎から上京してきた小僧が住むには、まぁあまり息苦しくない、都会都会していない環境で良かったなぁと思っておりますが、今日お話ししたいのは、そんなことではありません。

都会に上るまでは電車なんぞ使ったことなかったので、電車での移動とか切符を買って改札を通過するとか、東武東上線から別の路線へ乗り換えるとか、そういうのは非常に緊張を強いる作業であり、友達が出来るまでの最初の頃はもう、ただ最寄り駅周辺をウロウロするだけの生活だったんです。

幸い上福岡の駅前はちょっとした街で、本屋さんもありましたし、CD屋さんも3件はありました。

そのうちの1件が、駅から一番遠くて、一番小さなお店だったんですが、オルタナやヘヴィメタルの在庫が結構充実してたんですよね。

アタシといえば、高校時代には全く知らなかった”オルタナティヴ・ロック”なる音楽を、意味も分からんまま「パンクとメタルの中間みたいなヤツだろう」と思うがままに、主に音楽雑誌で探してはCDを買うという生活をしておりました。

知らない土地で遊ぶ友達もいないので、学校終わったらフラフラと20分ぐらいかけて駅前に行き、フラフラと本屋で音楽雑誌を買い、そこでオルタナティヴと呼ばれてるバンドの情報をチェックしては、そのままCD屋でチェックしたバンドのCDをとりあえず買ってみるという生活をしてました。

その、オルタナやヘヴィメタの在庫が充実したお店で初めて買ったのがフガジです。

で、実はイアン・マッケイのバンドでありますマイナー・スレットよりも先に知ったのはフガジだったんです。

そして、アタシがマイナー・スレットという素晴らしいハードコアバンドに興味を持ったのもフガシがきっかけでした。

1988年結成のフガシは、フロントマンであるイアン・マッケイのそれまでの活動から、オルタナティヴ・ロックのシーンでは既に大御所というか「この分野の草分け」みたいに書かれておりました。

アタシはとにかく何事も”源流”が好きであります。

ニルヴァーナが流行って、当然ニルヴァーナを好きになったら、その瞬間に

「ニルヴァーナが影響を受けたバンドって何だろう」

と考える訳です。

そんな思考でしたから、その当時のグランジに影響を与えたバンド達、つまりフガジやバッドホール・サーファーズ、バッド・ブレインズというのは、音を聴く前から何か特別な存在ではありましたが、雑誌などでフガジの事はことごとく

「硬派」

「ハードコアのスピリッツ」

「インディーズの重鎮」

とか、そういう十代のアタシがワクワクするような言葉で紹介されていたから、こりゃ当然CDも買って聴かなきゃだろうと思っていたんです。


加えて、雑誌で「オススメ」と紹介されていたアルバムのジャケットのカッコ良さも、アタシの購買意欲に火を点けました。

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これですねぇ。何でそうなってるのかわからんが、とにかくライヴ中にヴォーカリスト(イアン)が逆さまになるぐらいの激しいパフォーマンスをするバンドなんですよ。こういうのって大事ですよ。

で、フガジは何枚か買いました。

残念ながら、というか不思議な事に、このジャケットのCDとは出会えず、あれこれ「うん、このジャケじゃないけどまぁいいか・・・」と思いつつ、お店の人に訊く事も出来ぬまま購入してたんです。

フガジのサウンドは、思ったよりもあの時代の「グランジ系オルタナティヴ・ロック」という感じではなく、ジャケットからイメージしていた、ズンダンドタドタの高速ハードコアでもなく、どっちかというと70年代のパンクロックに近い、粗削りなサウンドながら曲の輪郭がしっかりしているもので、アタシは「あ、これはパンクでカッコイイなぁ」と思いながら聴いてましたし、今もフガジはそういうバンドだと思って聴いております。





13 Songs

【収録曲】
1.Waiting Room
2.Bulldog Front
3.Bad Mouth
4.Burning
5.Give Me The Cure
6.Suggestion
7.Glue Man
8.Margin Walker
9.And The Same
10.Burning Too
11.Provisional
12.Lockdown
13.Promises


「これは何枚目のアルバム」とか、よく知りもせんままにボチボチ購入したアルバムの中で、最初にグッときたのは真っ赤なジャケットの『13 Songs』でした。

や、基本的にフガジのアルバムはどれも脇目を振らない一本気な音作りで、軒並みカッコイイんですが、とにかくこの1曲目『Waiting Room』です。

コリコリと硬めの音で鳴り響く落ち着いたベースのイントロから、疾走しないしっかりとしたビート、そして大好きなクラッシュのセカンド辺りに入っていそうな、ポップなコーラスが効いた握り拳系パンクなこの曲。

フガジの音楽は、サウンドはとってもソリッドでパワフルなのに、スピードや勢いに流されない。何というか、揺るぎない信念でもってそこに立っているという感じがします。そして、その信念ゆえの優しさが溢れてるんですよね。

後になって、フガジ時代のイアン・マッケイは、未成年がライヴを楽しめるようにチケット代をなるべく安く設定し、アルコールを提供しない会場で、モッシュやダイヴで暴れることを厳しく禁止する(オーディエンスの安全のために)事をライヴでは徹底していた事を知り、その音楽の芯のある優しさの背景を知ってフガジとイアン・マッケイがますます好きになりました。

それからしばらくしてマイナー・スレットを知って、今度はこっちの勢いガンガンの、飾りのないハードコア・サウンドにすっかりヤラレてしまったという訳です。

ちなみに、この『13 songs』、1993年にリリースされた彼らの初期音源集で、内容は1988年にレコードでリリースされた7曲入りEP盤『7 songs』と、翌1989年の6曲入りEP盤『Margin Walker』をプラスしてCD化されたもの。

アタシがどうしても欲しかったけど結局見付けきれずに買えなかったあの”逆立ちジャケ”のタイトルが実は『7 songs』という事はつまり、あの”逆立ちジャケ”の音源は、最初の頃に買っていたこのCDに全部入っていたということなんです。いゃっほう♪






『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

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