2018年02月06日

ザ・ベスト・オブ・リロイ・カー


6.jpgザ・ベスト・オブ・リロイ・カー
(Pヴァイン)

今更ですが「ブルース」という言葉には「ひどく憂鬱な」とか「メランコリックな」とかいう意味があります。

アタシなんかはブルースが好きで、ほいでもって好きになったのが刺激が欲しい盛りの十代の頃だったもんですから、どうしても「イカレててカッコイイ音楽がブルースなんだ!ある意味でパンクよりパンクなんだ!」という気持ちで割と接してきました。

これはある意味において正しい。

しかし、ブルースにはどんなにタフで泥臭い演奏にも、どこか心の脆い部分をふっと突いてくる切なさとかやるせなさみたいなものがグッとくる瞬間があって、特に気持ちが疲れていたり、辛い事があって落ち込んでいる時なんかは、ブルースの本質である”ブルーな感情”これがたまんなくクるんです。

えぇ、もしもアナタがブルースに興味を持って聴き始めたはいいけれど、まだ何かどれも一緒なような気がして今ひとつピンと来ないと思っている時は、ぜひ気持ちが酷く落ち込んで、出来れば「あぁ、もう音楽すら聴く気になれない・・・」ぐらいの、ヤバ目の精神状態になっている時にブルースを聴いてください。アタシもそうしてちょっとづつブルースという音楽を身に染み込ませてきたクチです。

今日はちょいと、そういった「ブルース特有のやるせなさ」をとりわけ感じさせるブルースマンをご紹介します。

戦前に活躍したブルースの人達のことを「戦前ブルース」と言います。

この中にもまぁ年代や地域によって色々なスタイルがあるんですが、それはひとまず置いといて、この時代のブルースの人達の中には、後の時代のブルースやロック、ポップスに決定的な影響を与えた人というのが結構いるんですね。

そんな人達の中で、実はしれっと一番大きな影響力を持っているんだろうなぁと思う人が、シンガー/ピアニストのリロイ・カーであります。

「リロイ・カーって?」

「初めて聞いたぞ」

「誰それ知らん」

という人も結構いると思います。

何しろブルースで有名な人というのはほとんどギタリストです。B.B.キング、ロバート・ジョンソン、バディ・ガイ、Tボーン・ウォーカー・・・。この人達は戦後のロック・ギタリスト達に直接影響を与え、超有名なロックスター達の口から「あの人は凄いんだ」と、名前が出てきたから「おぉ、あんな凄い人達が凄いというんだから、そりゃきっと凄いだろう」と、世界中のキッズ達(はぁいアタシも♪)が「伝説の先輩の先輩」式に名を覚え、その音楽とギター・プレイの秘密みたいなものを必死で追いかけたといういきさつがありますな。

そこへいくとピアニストというのはどうも一段地味な感じで扱われてたりするんですが、何を隠そうリロイ・カーこそが、ロバート・ジョンソンを皮切りに「伝説の」と呼ばれるそれ以降のブルースマン達に凄まじくリスペクトされて、彼が作り出した珠玉の名曲は、今になってもブルース、ジャズ、ロック、カントリー等あらゆるジャンルのミュージシャン達に、様々なアレンジでカヴァーされ、愛聴され続けているんです。

リロイ・カーという人は、その切ない情感で目一杯訴えかけるメランコリックな歌声と、ドライブし過ぎず、心地良く転がるムーディーなピアノ、それにギターのみをバックに従えたシンプルで耳に入り易いアレンジ、そして何よりツカミのしっかりした、親しみのあるポップな楽曲で、ブルース史上初、いや、もしかしたらアメリカン・ミュージック初のミリオン・ヒットを放ち、1920年代後半に、ブルース演奏のあり方そのものも大きく変えました。

それまでの”ブルース”といえば、大きく南部のスタイルであるところのギターやピアノの弾き語り、もしくはもっと一般的だった、ギター、フィドル、バンジョーなどによるストリングス・バンド・スタイル。そしてシカゴやセントルイスなど、北部の都会で人気だった、ジャズバンドを付けたオーケストラ形式の、主に女性シンガーが主役の、クラシック・ブルースと呼ばれるスタイルでした。

カーのスタイルは、そのどっちでもない、ピアノとギター形式なんですね。

大体この時代というのは、生演奏では「とにかく音が多くて賑やかな方が良い。踊れる」という考え方が普通です。ブルースはある意味でダンス・ミュージックでありましたから、ピアノとギターだけでしんみりやる曲なんて、例えばジューク・ジョイントやダンスホールで、みんなが踊り付かれた時の休憩用のBGMぐらいに思われてました。

しかし、リロイのスタイルは「部屋の中で一人でも鑑賞できる」という、当時の新しいメディアであるレコードの特性に、実にピッタリ合ったものだったんです。

レコードで聴くということは、生演奏の喧騒の中でよく聴き取れなかった歌詞や、演奏の細かいニュアンスに込められた、感情の動きとか、そういった繊細なものに、聴く人の耳も行くということですから、カーの繊細な歌とピアノや、バックで細かいフレーズをメロディアスに奏でる、スクラッパー・ブラックウェルのギターも、主に酒に関する嘆き節、恨み節に普遍的な「あぁ、そうだよなぁ」という恋や人生のドラマを散りばめた歌詞が、レコードに刻まれて、それを買った人のプライベートなスペースで再生されることによって、計り知れない感動や共感を引き起こしたんです。

今のあらゆるメディアで音楽を簡単に聴ける感覚だと、ちょっとこの感覚は理解できないかも知れません。でも、気軽に音楽を聴けるメディアがSP盤を鳴らす蓄音機(しかもこれも相当高価)だった時代、針を落としたレコードから流れる音楽が、初めて聴く甘く切ない音楽だったら、一体どんだけの感動が胸に押し寄せてくるでしょう。リロイの音楽は、聴きながらにしてそういった情景も、何だか淡くイメージさせてしまう、柔らかいけどとても不思議な引力を持っています。



【収録曲】
1.How Long How Long Blues
2.Tennessee Blues
3.Mean Old Train Blues
4.Low Down Dirty Blues
5.Baby,Don’t You Love Me No More
6.Prison Bound Blues
7.Gambler’s Blues
8.Naptown Blues
9.Love Hides All Faults
10.Gettin’ All Wet
11.Rainy Day Blues
12.Christmas In Jail - Ain’t That A Pain?
13.Papa Wants A Cookie
14.Alabama Women Blues
15.Low Down Dog Blues
16.Lonesome Nights
17.Bad Luck All The Time
18.Big Four Blues
19.Going Back Home
20.When The Sun Goes Down


さて、リロイ・カーという人が、何故そういった独自のスタイルを、1920年代という時代に作り上げることが出来たのでしょう。その秘密は、彼の生まれと拠点にしていた場所とが深く関わっております。

リロイ・カーは1905年に、テネシー州ナッシュヴィルに生まれました。

そう、この地は知る人ぞ知るカントリーの聖地、地理的にはいわゆる”中部”という場所で南部のように強烈にブルースが根付いている土地ではない。でも、多くの人々は娯楽として音楽を楽しんで、その中には黒人のブルースもジャズも、白人のヒルビリーもあったといいます。

その後8歳の頃にインディアナ州ミネアポリスに移住。

少年時代からピアノを弾いていたリロイは、サーカスに紛れ込んだり、徴兵の年齢に達してないのに年齢を誤魔化して軍隊に入ったりしておりました(動機はよくわかりませんが、多分軍楽隊に入るのを狙っていたか、面倒臭い徴兵をとっとと終わらせるためでしょう)。

とにかくミネアポリスという街は、北部も北部、カナダの国境に近いようなところです。

ここで自由な空気を謳歌し、しかも大都会のシカゴやデトロイトといったブルースが溢れているような街からの影響もさほど受けず、リロイはピアノを弾き、そして机に座ってじっくり歌詞を書きながら自分の”ブルース”を磨き上げて行きました。

即興で思いつくままに歌い、リズムやフレーズに合わせて歌詞を繋いでゆくことも多かったこの時代のブルースのやり方とは、彼のスタイルはまるで違います。しかしこれが、言うまでもなくポップで歌詞もしっかりしていて、かつ繊細で切なさの塊のような新しいブルースの誕生に大きく作用しました。

リロイはそのままミネアポリス周辺の酒場で人気のシンガーソングライターになります。

行く先々で人気を博し、レコードも異例のミリオン・ヒットとなり、彼の名前は遠く南部まで知れ渡るようになりました。

先も言いましたが、彼の繊細なプレイ・スタイルは、まだギターをバッカバッカと叩き付けるような弾き方が主流だったミシシッピ・デルタの一人の若者、ロバート・ジョンソンに決定的な影響を与え、言うまでもなくこれが戦後の主流となるモダン・ブルースの”形”となるのです。

残念ながらリロイは若い頃からの大酒がたたって30歳で短い生涯を閉じてしまいましたが、レコードデビューしてたった7年かそこらで音楽のひとつのスタイルを「もう後はアレンジを加えるだけ」ぐらいのものに仕上げました。

そして、そんな偉大な業績や影響力のことを考えなくても、この人の音楽は、最初の一音が流れた瞬間に「あ、これは切ない・・・!」と、聴く人の心に直接ヒリヒリと迫るものを持っています。ひどく憂鬱な感情、過ぎ去ったとしてもまだどこかに漂っているような宿命の残り香のような音楽。

そう、これこそブルースであります。





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2018年02月05日

フランク・ザッパ Freak Out

6.jpg
Frank Zappa/Freak Out
(MGM/Unive)

フランク・ザッパという人には、ハッキリいって「これが代表作!」というアルバムがございません。

や、こんなことを言うと誤解を受けるかも知れませんが、長いキャリアの中で目まぐるしく音楽性をアメーバのように進化させ、その都度その都度「一言では何とも言えないスケールの強烈作」というものをポンポンリリースしておりますし、これは本人自身の哲学で「コイツはこういうヤツだ」という固定観念でのジャンル分けとか定義付けとかを「バーカ、残念でしたー」とひゃらっとかわす姿勢というものを持っております。

だから聴いてきた身として「ザッパは○○だ!」「ザッパはこうだ!」と、一言でサクッと言えないんです。

たまたま昨日紹介した『ワカ・ジャワカ』なんかは、ザッパが怪我をして車椅子生活になった時に

「よっしゃ、じゃあ大編成でジャズロックやるぞ」

と張り切って、コンセプトが明確になったんですが、それでも

「こ、これは一体何?ジャズ?ロック??うぅぅん、わかんねー、わかんねーけど得体の知れん凄さがあるぅぅ」

と、聴き手に思わせるに十分な、ストレートなインパクトを持つアルバムとして紹介しました。

当然凄いアルバムです。

でも、それでもなおこの1枚でフランク・ザッパという類まれなる個性を持つミュージシャンについてある程度語れる、というものではございません。

という訳で、今日もザッパです。

はい、今日は更に時代をさかのぼって、フランク・ザッパが初期に組んでいた”マザーズ・オブ・インヴェンション”名義でリリースされました記念すべきデビュー・アルバムについてお話をいたしましょう。

1940年、メリーランド州に生まれたザッパは、少年時代からありとあらゆる音楽や芸術に興味関心が深く、小学生の頃から色んな楽器をマスターしながら、ラジオやレコードを聴き狂い、特に7インチ・レコードのブルースやR&Bとエドガー・ヴァレーズの現代音楽に強く感銘を受け、早くから「どこにもない音楽を作ってやろう」という意欲に燃えていたと云います。

高校時代に、地元でもザッパ同様「アイツは変わり者すぎてヤバい」と評判だったある男と意気投合してバンドを結成しました。

この男、後に”キャプテン・ビーフハート”として、ザッパ同様アメリカの音楽史に巨大な一石を投じてアンダーグラウンド・ロックの歴史そのものと言われる程に大暴れするんですが、ザッパは彼がヴォーカルを務めるバンドのギターとして、一緒に大暴れ。

この時の2人がどんだけ凄かったかといえば、ダンスパーティーで踊りに来てた連中に対し、粋で踊れるR&Bナンバーを演奏したかと思いきや、盛り上がる寸前にグッチャグチャの即興演奏をおっぱじめてエンディングで何事もなかったように曲を終え、同年代のある意味ウブな少年少女達をことごとく茫然とその場に仁王立ちさせてしまうぐらい凄かったそうであります。

ステージではそんな感じでありましたが、ザッパは真面目に音楽を学び、大学では和声や作曲法などの高度な音楽理論を早々に極め、更に卒業後はスタジオに就職し、ここで機材をいじくるうちにアッサリと多重録音のノウハウも身に付け、音楽に関してはもう学ぶことが何もなくなりました。天才です、いや、ここまで来るともう天才過ぎて変人の域であります。

24歳になった1964年の母の日、スタジオにメンバーを集め「じゃあ母の日だから”マザーズ・オブ・インヴェンション”ってバンド結成してデビューな。異論は認めない」と、強引にバンド活動を始めます。

※「インヴェンション」というのは2声の鍵盤楽器演奏を意味する音楽用語ですが、語源となるラテン語の”インヴェンチア”には”思い付き”という意味があります。


この時のメンバーが、フランク・ザッパ(g)、ライ・コリンズ(vo)、エリオット・イングバー(g)、ロイ・エストラーザ(b)、ジム・ブラック(ds)。

1964年といえば、まだスーツやスーツを模したフォーマルなステージ衣装を着てロックをするのが常識だった頃、カジュアルな出で立ちで、奇妙でよじれた、いわゆる”ノリ”に特化しないロックを演奏しているマザーズの演奏は評判になり(もちろん賛否両方含めて)、65年には当時ジャズレーベルだけれども、ジャズ以外に何か面白い音楽ないかとロックやR&B方面に手を伸ばしていたVerveレーベルから声がかかり、デビュー・アルバム録音が決まります。

余談ですがVerveはマザーズをデビューさせた翌年の1967年、ニューヨークでヴェルヴェット・アンダーグラウンドをレコーディングし、名盤『ヴェルヴェット・アンダーグラウンド・アンド・ニコ』も世に出しています。





【収録曲】
1.Hungry Freaks, Daddy
2.I Ain't Got No Heart
3.Who Are the Brain Police?
4.Go Cry on Somebody Else's Shoulder
5.Motherly Love
6.How Could I Be Such a Fool
7.Wowie Zowie
8.You Didn't Try to Call Me
9.Any Way the Wind Blows
10.I'm Not Satisfied
11.You're Probably Wondering Why I'm Here
12.Trouble Every Day
13.Help, I'm a Rock
14.It Can't Happen Here
15.Return of the Son of Monster Magnet


この時代のロックの連中が意識していたのは、言うまでもなくビートルズとローリング・ストーンズです。

彼らのブレイクによって、イギリスばかりでなくアメリカにも、その影響を受けたバンドが多く出てくるようになり、ヒットチャートにはロック、R&Bなどのポップな音楽が毎週のように新曲を送り込み、大いに世間を賑わせておりました。

恐ろしいことにザッパは”そこ”に正面から自分達の音楽をぶつけてきたんです。

はい『フリーク・アウト!』と、わざわざアルバムタイトルに「!」まで付けて

「お前ら何生ぬるいポップな音楽ばっか聴いてやがるんだよ、もっと病的にアウトしろよ!」

と、世間に対して喧嘩をふっかけているのがこのアルバムです。

じゃあ、やってることもきっとロックをぎちょんぎちょんにブチ壊した、かなりあっぶねー感じの音楽なんじゃね?

と、思うでしょう。

ところがここでザッパがやっているのは、音だけ聴けば”案外マトモ”な、当時流行のロック・サウンドであり、R&Bやドゥー・ワップなんです。

でも、それぞれが強烈な「今流行っている音楽の皮肉たっぷりなパロディ」なんですよ。

1曲目はいきなりストーンズの「サティスファクション」のリフかと思われるギターから、歌い方までミック・ジャガーをモロ意識してる曲ですし、曲が進むにつれて、ビートルズのパロディ、ドゥー・ワップのバラードを極端にディフォルメしてコミカルで大袈裟なものに仕上げた曲などが次々出てきます。

歌詞も同様に皮肉と黒いユーモアが効いていて、何というか喧嘩の仕方が最高にイヤラシい痛快さがあって、更にマトモ―な曲の節々でギターがトチ狂ってアウトしたり、ただのパロディだけじゃなく”ブチ壊し”もしっかり入っていて、うほっ、やっぱりこのアルバム痛快!

と安心してはいけません。レコードでいえばC面D面に当たる後半が、前半の流れを軽く打ち消すほどの、即興演奏、フリーキーな多重録音他何でもアリの、凄まじくアシッドサイケな展開。これをトドメとばかりブチ込んできます。

よくロックバンドのファーストは、未完成だけど荒削りな良さがあるとか言われる名盤が多いですが、フランク・ザッパに限ってはこの時点で「皮肉の毒がたっぷり入った不健全なロック」というものを極めてるんです、いや、極め尽くして出てくる音がもう極まり果ててるんです。

だってアメリカでサイケデリックとかフラワームーヴメントとか出てくるのはこの後ですよ、あぁオソロシイ。

でも、コレで終わらずに「また世間をコケにする音楽作ってやろうぜ」と、全く斜め上からの音を次作、そしてその次、さらに次・・・と出してくるザッパ師、本当にオソロシイ・・・。



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2018年02月04日

フランク・ザッパ ワカ/ジャワカ

6.jpg
Frank Zappa:Waka/jawaka
(Univ)

さて今日もアタシは元気に「ミクスチャーとは何か」という事を考えております。

音楽を夢中で聴いていた時代、つまり1980年代末から90年代前半にかけて、この言葉を目にするようになった訳なんですが、アタシが最初にこの言葉を知ったのは、スラッシュメタルのアンスラックスと、ヒップホップ・グループであるボディ・カウントとの記事を読んだことがきっかけだったと記憶しておりますが、それからレッチリやビースティ・ボーイズとかも有名になって

「ミクスチャーというのは、当時最先端のロックと、当時最先端のラップをミックスさせた音楽なんだよ」

という認識が、ほぼもう世間の常識みたいになって、それで90年代後半のジャパコアブームで、それらに影響されたバンドもいっぱい出てきて活躍したというのが”ミクスチャー”というものに対する最も鮮烈な印象。

ところが・・・!

ところがなんです皆さん、アタシのこういった捉え方、考え方というのを、一発で粉々に粉砕する強烈な、もうキョーレツなアルバムと、アタシはある日で出会ってしまったんです。

そのアルバムというのは、フランク・ザッパの『ワカ・ジャワカ』であります。

う〜ん、フランク・ザッパ。

この人はですねぇ、もうほんとアタシは若い頃からヤバイヤバイって散々聞かされてた人です。

いっちゃん古い記憶でいえばスティーヴ・ヴァイが超絶バカテクギタリストとしてブレイクした頃に

「スティーヴ・ヴァイの師匠でフランク・ザッパという人がいて、この人がヤバイんだ。何がヤバイかってバカテク過ぎて何やってっかわかんねーからヤバイ」

という話です。

ね、スティーヴ・ヴァイの師匠だったら、そりゃもうハードロックの早弾きバリバリの、タッピングとかすげーキメて・・・とか、そんな人だと思うじゃないですか。

でも、それは違ったんです。

何だったか忘れましたけど、MTVか何かの番組でフランク・ザッパのライヴを収録したのがあって、それをボヘーっと観てたんですが、まーその時はさっぱり何が何なのか分かりませんでした。

「メタルでもハードロックでもないし、ギターも確かに何やってるか分からないフレーズ弾いてるんだけどわからん。何これ?凄いの??」

ぐらいに、アタシの中での”ファースト・フランク・ザッパ”は、脳内に”?”ばかりを残して余りにもあっという間にスーッと去って行ってしまったんですね。

ザッパとの再会は、それから5年後ぐらい。アタシが東京のレコード屋さんで下働きをするようになってから。

まぁその頃というのはフランク・ザッパ、いわゆるオフィシャル・ブートというのが鬼のようにリリースされていて、ロックコーナーの一角のかなりのスペースを「ザッパ大魔神○○!!」というセンセーショナルなタイトルが印刷されたセンセーショナルな黄色い帯のCDがザーーーーッと並び、それがまた結構な頻度でよく売れて行くという不可解な現象を目の当たりにし

「フ、フランク・ザッパってそんなに凄いんですか・・・」

と、恐る恐る先輩に質問したら

「お前それ、ザッパフリークの前で絶対言うんじゃねぇぞ」

と。

ザッパフリークとは何ですと?と訊けば、ジャズファンよりもプログレファンよりもある意味コアなマニアで、とにかくフランク・ザッパのアホみたいにリリースされている作品を全て買い揃えることは当たり前、のみならず中古だろうが何だろうが、ちょっとでも仕様が違えば即ゲットするオソロシイ人達なんだと先輩は説明してくれました。

はぁあ凄いですねぇ、世の中には大変な人達ってのがいるもんでございますねぇと感心と共におののいておりましたら、そもそもフランク・ザッパという人が、時期によってやってる音楽もエラい違ったりするし、ジャンルとか関係なく何でも呑み込んで自分の表現にしてしまう、そんなブラックホールみたいな人でヤバイから、ファンがああなるのも無理はなかろうと。

はい、正直アタシがフランク・ザッパという人に興味を初めて持ったのは、音楽に衝撃を受けたというよりも、そういう話を聞いたからなんです。

「ザッパ、ヤバイんですね!」

「おお、ヤバイぞ!」

「何聴いたらいいっすかね!?」

「コレだ!」

と、オススメされたのは、初期のサイケデリック・ロックをやっている『フリーク・アウト』と、ジャズロックやってるという『ワカ・ジャワカ』です。




【収録曲】
1.Big Swifty
2.Your Mouth
3.It Just Might Be A One-Shot Deal
4.Waka/Jawaka


アタシも順番に聴けば良かったんですが、いきなり『ワカ・ジャワカ』を聴いてしまいまして、もうコレにぶっ飛ばされた訳です。

オープニングからギター、ドラム、そしてホーン・セクションがめくるめく展開する様々なリズムのリフを容赦なくブチ込んでくるこの開始僅か1分そこら(!)

普通ロックって、イントロがあって、印象的なリフがあって、リズムがひとつのビートを刻んで、で、AメロとかBメロとかサビとかで、リズムを変えて・・・っていうパターンがあるじゃないですか。これがのっけからガン無視されて、開始から1分そこらでワシャワシャワシャーーーー!!!!!とリズムが違うパターン違うパターンで展開されて、で、普通のいわゆる”Aメロ”に当たる部分では、暗く不気味な感じで、ギターとかトランペットのアドリブが展開されて行く。

え?いやお前らオープニングであれだけハジケてガンガンやってたのに何だこれ?凄いぞ!!てか、これはジャズ?ロック?意味がわからん!ザッパヤバい!!!!

コレが人生初めての”キョーレツなザッパ体験”でした。

実際このアルバムは、ザッパが「ジャズとロックを軸に、ありとあらゆる音楽をやってやろう」と燃えていた時期の1972年、え?ちょっと待って、1972年っていえば、まだジャズと他の音楽が掛け合わされた最初の時期でフュージョンという言葉すらも生まれてなかった時期ですよ。

そんな時期に、この全編インストで、ジャズだかロックだか何だかよーわからん、ジャンル混合の究極みたいな音楽ですか。変態だろ!

と、当たり前に思った訳ですが、やっぱりこのアルバムは色んな意味で「変態ザッパの極み」として、名盤扱いされている訳で、で、何でザッパがそんなジャンルごった煮のぶっ飛んだアルバムを作ろうと思ったのかといえば、ステージで暴漢に襲われて大怪我をして車椅子生活になっちゃったんだと。

「あ?車椅子?う〜ん、ステージで暴れらんねーからスタジオで暴れちゃうもんね〜」

と、嬉々としてスタジオに引き籠って

「よし、じゃあオーケストラでジャズロック・アルバム作るよー」


と、椅子に座ってフィーバーした結果がコレなんだと。

あかん、やっぱりこの人ヤバいわ・・・。「だからザッパこそが早すぎたミクスチャーのオリジネイター」とかいう話をクソ真面目にしようと思ったんですが、音楽だけでなく精神がミクスチャーでしたね、こういう人にはもう敵いません。。。


”フランク・ザッパ”関連記事

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2018年02月02日

ウェルカム・バック!ズボンズ

1.jpgズボンズ/Welcome Back Zoobombs
(クアトロ)

「日本のロック」と聞いて、「これ!」というバンドがいくつかあります。

アタシ個人のことで大変に恐縮ではありますが、大体音楽とかロックとかいうものを聴いてカッコイイと思うようになったのは小6から中1にかけての時期で、その頃(1980年代末)というのは日本全国を席捲していたバンドブーム、それがもう終わりの頃でありましたが、個性的なバンドやアーティストが次々と出てきて

「次はどんな連中が出てくるんだろう、どんな音楽を聴かせてくれるんだろう」

と、ワクワクしてテレビの音楽番組にかじりついたり、ラジオでロックをやる番組を探しては夜中こっそりカセットテープに録音したり、雑誌の中から活きのいいバンド情報などを、一文字でも見逃すまいと必死で読んで、それこそ青春の全てを捧げる・・・訳ではないけれども、それぐらいの勢いで音楽を探しておりました。

音楽というのはその頃のアタシを、学校とか日常とかそういうとても狭くて息苦しい空間の泥沼から強引に引きはがしてくれる刺激であり、違う世界に意識を放り投げてくれる力そのものでありました。

三つ子の魂百までとは言いますが、オッサンになった今でも、どこかで音楽というのはそういうもんであると思っております。学生時代はとうの昔に過去になってしまいましたが、大人になったら学校より強烈な、プランテーションみたいな世間とか社会とかいうものがあり、何だかよくわかんないけれど、あぁこういうのとは戦わんといかん、そう思ってもうかれこれ20年は経っています。

戦って勝てる訳ではなかろうし、そもそも自分が何と戦っているのか、それすら定かではないのですが、バカは死んでも治らないと言いますから、アタシは多分死ぬまでこのスタンスでありましょう。

で、アタシが大人になってすぐの頃、まるで中学生の頃のようにワクワクドキドキさせてくれるたくさんのバンドと出会いました。

その”3大ワクワクバンド”といえば、ギターウルフ、ゆらゆら帝国、そしてズボンズです。

どのバンドも音楽性は違う。反体制的なメッセージを具体的に歌詞に入れていた訳でもない、でも、彼らが放つ「音」そのものの、もう笑っちゃうぐらいの強さ、そして突き抜けてオリジナルな世界観そのものが、これはもうしっかりとパンクであると。つまりアタシにとっての”戦う音楽”であるなと一方的に惚れて作品をおっかけておりました。

今日はズボンズをご紹介するんですが、いやもうズボンズ、ズボンズですよ。最初に出会ったのは確かタワーレコードかどこかの大きなCDショップの試聴機コーナーで、ズボンズというマジなのかフザケてんのか分からないバンド名と、子犬がじゃれあっている何かかわいいジャケットに「何だこれ」と思ったのが出会いの始まりでありました。



【収録曲】
1.ドント・ディドレイ
2.ブラック・インク・ジャイヴ
3.ジャンボ
4.フラット・トップ
5.スワンプ
6.N.R.
7.ビルボーン・ブルース
8.ノー・ライン
9.ブラック・インク・ジャム


「どーせそのへんのオシャレバンドじゃろ〜」

と、からかうつもりでヘッドフォン装着してスタートボタンを押したら


「!?」

「!!!!!!!!!!」

きったなく歪んだギターの音に、やたらトンガった、その辺にあるものを全部吐き捨てるようなヴォーカル、ゴリゴリうるさいベースにバシャバシャうるさいドラム、そうこれはアレだ、自分が思う”パンク”という音楽でありしかもその中でもとにかく荒削りなガレージとかそういうヤツだ。

粗い

汚い

エグい

カッコイイ

でも

カッコつけてるヤツの音楽じゃない

つまり血がたぎる!!

アルバム「ウェルカムバック・ズボンズ」を聴いて1ヶ月ぐらは、その初期衝動の塊そのものな、ひたすら磨かれず削られているサウンドを、ひたすら60年代型のガレージパンクだと思って聴いてました。

でも、よくよく聴いてゆくと、一見荒削りなサウンドの中に16ビートファンクのリズムが散りばめられてたり、ブルース、しかもいわゆる王道の”渋いブルース”ではない、タフで荒々しい南部のエレクトリック・パンクなブルースを思わせるスライドギターのフレーズが飛び交ってたり、ハモンドオルガンとギターのアドリブっぽい掛け合いが、ガレージではなくサイケデリック・ロックのそれと同じトリップ感を醸していたり、まぁよくもよくもこれだけシンプルでまっすぐに暴走しているかのような音楽性の中に、色んなルーツ・ミュージックの興奮作用を、しかもヤバイ方の原液だけを抽出して混ぜ込んだなぁと、頭の方もしっかり感心させてもくれるんです。

90年代といえば、いわゆるミクスチャーロックが花開いた時代です(ズボンズのこのアルバムは97年)。

でも、その頃”ミクスチャー”といえばヒップホップとハードロックを掛け合わせたやつをすればミクスチャーだろうとかいう、やや安直に考えてもそれが出来るぐらいに、スタイルというものが確立されておりました。

ズボンズの音楽って、よく聴いたらガレージとサイケとブルースとファンクの濃厚なミクスチャーだったりするんですが、この力強いサウンドには、そんな安直を蹴り飛ばして笑いながら踏みにじれるリアリティがあります。当たり前だけど今聴いても鼻血が出そうになるぐらい興奮します。もうカテゴリ的なアレは「いつまで経っても鼻血が出そうになるぐらい興奮するやつ」でいいんじゃないかと。







『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

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2018年01月31日

ジェイムス・イハ レット・イット・カム・ダウン


1.jpg
ジェイムス・イハ/レット・イット・カム・ダウン
(Virgin/EMIミュージック)

俗に「エヴァーグリーンな名盤」と呼ばれるものがあります。

アタシもクソガキだった時分からこの言葉をよく耳にしたり目にしたりしまして

「ところでエヴァーグリーンって何なのさ?」

と、周囲の人に質問しても、

「エバーグリーンっていやぁそらお前、エヴァーグリーンだよ」

「ビートルズのアルバム・・・とかのことなんじゃね?」

と、まるで意味が掴めない。

アタシも大概アタマが悪いのですが、この時ばかりは英語辞典などを引っ張り出して一生懸命調べました。

マジメ〜な辞典には

【エヴァーグリーン】※意味:樹木などが枯れることなく常に葉を繁らせていること。

とあります。

おっけー、何となく意味は分かった。つまり音楽で言うところの「結構昔に作られたやつだけど、その魅力が色あせない名曲や名盤のこと」でよろしいか。

・・・よろしかったようでございます。

はい、音楽の世界で”エヴァーグリーン”という言葉が使われている時、それは大体アコースティックで、どちらかといえば穏やかで、かつ世代を超えて「これ、いいよね」と和やかに愛され、聴き継がれているもののことと思って間違いない。

たとえばキャロル・キングの『つづれおり』とか、クロスビー・スティルス・ナッシュ&ヤングの『デジャ・ヴ』とか、おじちゃん、マーヴィン・ゲイの『ホワッツ・ゴーイング・オン』は?あぁいいねぇたまんないねぇ・・・。てな具合に、穏やかで優しくて、万人に愛される要素満載の名盤達のタイトルとジャケットと音楽が、脳裏にフワッと浮かび上がってきますねぇ。

で、歌は世につれじゃないけど、”エヴァーグリーン”と冠される作品というのは、ロックやソウル全盛期の60年代から70年代に限ったことではありません。80年代90年代、そして2000年代と、時代と共にテクノロジーも進化する時代にも、そういう一言でいえば”上質なポップ”が色褪せない作品というのは、しっかりとリリースされていて、ちゃんと聴き継がれているものなんですよ。

その中で90年代の「これは究極だな」と思い、今もこよなく愛聴しているのが、ジェイムス・イハのアルバム『レット・イット・カム・ダウン』。

この人はオルタナティヴ・ロックを代表するバンド、スマッシング・パンプキンスのギタリストなんですね。で、ビジュアルからお分かりのように、日系人です(でも日本語はほとんど喋れない)。

スマッシング・パンプキンスというバンドは、そのラウドでありながらキッチュな世界観を持つ、非常に個性的なバンドでありました。サウンドもなんですが、メンバー4人の見た目も、それぞれ非常にキャラが濃くて
CDを聴くだけでなく、PVも実に魅せる作りでとても楽しかった。

スキンヘッドの妖怪みたいなビリー・コーガン(ヴォーカル&ギター)の両脇に、謎の東洋人ジェイムス(ギター)、妖精のようなダーシー嬢(ベース)、そして背後にややゴツくていかにもアメリカの悪ガキ然としたジミー・チェンバレン(ドラムス)と、もう並んだ絵面を見るだけで「なんじゃこりゃ!」だったんですよね。毎回新曲が楽しみだったし、MTVとかで流される新曲のPVはもっと楽しみだったんです。

さて、そんなスマッシング・パンプキンスでジェイムス・イハはどんなギターを弾いてたかというと、ギターソロや主要なフレーズを派手に弾きまくるビリーのバックで黙々とコードやリフのバッキングに徹しておりました。

へぇぇ、普通ヴォーカルもギター弾くバンドだったら、ヴォーカルのヤツがコード弾いて、ギタリストがソロとか弾くんじゃない?と思われるところですが、そこんとこは本人が

「う〜ん、ビリーの方がボクより間違いない上手いしギターソロとかのびっくりするようなアイディアをいっぱい持ってる。だからボクは難しいことは彼に任せて、安心してリズムを刻んでるんだよ」

と、実に謙虚に語ってたりするんです。

なんだ、じゃあギターあんま上手くないのかと思うなかれ、実はスマパンの曲は、特にポップでドリーミーな曲でのクリーントーンでのイントロのアルペジオなんか、ジェイムスが弾いてるんですが、これが別に特別なことはやってなくても、何か切なくて”グッ”とくるんですね。

ジェイムスは、ギタリストとしてはそういう美的センスの部分で非凡と言っていいぐらい優れているし、何よりコンポーザーとして、ビリーの出したアイディアをハッキリと聴く人に伝わるようなサウンドにする才能に溢れていた人であったと言います。




【収録曲】
1.ビー・ストロング・ナウ
2.サウンド・オブ・ラヴ
3.ビューティ
4.シー・ザ・サン
5.カントリー・ガール
6.ジェラシー
7.ラヴァー、ラヴァー
8.シルヴァー・ストリング
9.ウィンター
10.ワン・アンド・トゥー
11.ノー・ワンズ・ゴナ・ハート・ユー
12.マイ・アドヴァイス*
13.テイク・ケア*
14.フォーリング*

*ボーナストラック


そんなジェイムス初のソロ・アルバムとなる『レット・イット・カム・ダウン』は、スマパン解散(2000年)の2年前の1998年にリリースされました。

最初は「スマッシング・パンプキンスのギタリスト、ジェイムス・イハのソロ・アルバム!」と言われても、「そうか、きっとそこはかとなくいいアルバムなんだろうな」ぐらいにしか思ってませんでした。まぁポップでキャッチーなギターポップでもやるんだろうと。ですがそれは、もう本当にナメた気持ちでした。

アルバム1曲目『ビー・ストロング・ナウ』の、爽やかなアコースティック・ギターのカッティングがシャランと鳴るイントロを聴いた瞬間「参りました、これは名盤です!」と、土下座したい気持ちになったんです。

いや、激しく心を鷲掴みにするようなロック名盤ならいざ知らず、正直アコースティックの、どこまでも爽やかで穏やかで、主張もそんなに激しくない、言い方が合ってるかどうか分かりませんが、こんなにさり気ないアルバムに、ここまでヤラレるとは思いもよりませんでした。

このアルバム、全曲通して”そう”なんです。

つまり、穏やかで優しくて、音もとことんシンプルにアコースティックで、しかもジェイムス本人の声も、ささやくような、つぶやくような、しつこいようですが主張も激しくないし、歴史を変えたとかそういうインパクトとは程遠い。いやむしろそういったものから一番遠い地平をイメージさせて、その清浄な空間で鳴り響く音楽なんです。

そして、大体ポップな曲や作品というのは、ちょっと聴き続ければ良い感じにBGMになっていくものなんですが、このアルバムに収録された曲に関しては、いつまで経ってもBGMにはなってくれません。いつまでもいつまでも、本当に心地良いんだけど、「歌」「曲」そして「音楽」として、爽やかなサウンドに秘められた想いの深さなものを聴き手にしっかりとした形で伝えてくる。

そのそこはかとなく超絶に深い優しさ、説得力は、70年代ポップスの色んな名盤と比較しても引けをとりません。いや、他の何かと比べるのが失礼なぐらい、このアルバムの世界は清らかに際立っております。

で、更に凄いのは、今スマパンを知らない若い人達の間で「ジェイムス・イハのアレ、いいよね」と、密かに聴かれているらしいのです。

エヴァーグリーンと言わずして何と言いましょうか。こういうのなんですよ、はい、こういうのなんです。

楽曲のどの瞬間を切り取っても、ポップスとして完璧に形が出来上がっていて、音からは言いようのない優しさとふわっとした切なさが零れてくるような、アタシが使えば柄に合わないかもしれませんが、センチメンタルとかロマンチックとか、そういった言葉に浸らずにはおれない、それもいつまでも。そんなキラキラした情景の美しさが、このアルバムなんです。















『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

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2018年01月29日

ザ・アルマナック・シンガーズ WHICH SIDE ARE YOU ON? THE BEST OF

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The Almanac Singers/Whitch Side Are You On? The Best Of
(Revola)

ジャズをガンガン聴いていたら、アコースティックのゴキゲンな音楽を聴きたくなってきましたという訳で本日はフォークです。

このブログでは度々フォークについて解説しておりますが、フォークというのは元々「民謡」「民族音楽」という意味を持つ言葉であります。

アコースティックギターやその他の楽器を使って、伝統的な音楽を演奏する。それがアメリカにおける元々の”フォークソング”の始まりなんですね。では、アメリカにはどんな民謡があって、どんな民族音楽があったのでしょうと言えば、これは主にアメリカ南部から中西部におったアフリカ系黒人やアイルランド系白人の人達が歌っておった伝承歌です。

はい、お気付きの方も多いと思うんですが、この中で黒人達が歌っていた音楽は後にブルースと呼ばれ、白人達が歌っておった音楽が後にカントリーと呼ばれるものに進化して行きます。

実は奴隷としてアメリカ大陸に連れて来られた黒人達の子孫と、アイルランドの貧困から逃れるためにアメリカにやってきたアイルランド移民というのは、極めて近い生活圏におりました。

カントリーの生まれ故郷として知られる中西部ケンタッキーやテネシーは、アパラチア山脈に面する炭鉱地帯として栄えました。

ここに労働者として働いていたのが、黒人やアイルランド系、そして少数のヒスパニック系の人達。

それぞれが移民であり、人種的な対立は多少あったかも分かりませんが、そんなことよりもそれぞれの生活の方が切実であります。同じ鉱山で働くうちに、交流も生まれ、特に大事な娯楽である音楽ではそれぞれの楽器や民謡を持ち寄って、或いは辛い炭鉱でのうさを晴らすための歌詞を作ってはそれに曲を付けて楽しんでおりました。

ここでアフリカ由来のバンジョーと、アイルランドからやってきたフィドル(ヴァイオリン)、ヒスパニック系のギターが出会い、それぞれが「お前んとこのその楽器いいなぁ」と、交換していくうちに、カントリーの原型である”ヒルビリー”が生まれました。

労働者というのは基本的に旅から旅の旅がらすであったりします。

黒人が炭鉱で覚えたフィドルを農村に持ち帰って演奏すれば人気者となり、白人が街でバンジョーを弾けば「珍しい楽器だなぁおい」と注目を浴びるのは必然。という訳でフィドルは南部のブルースバンドの初期形態とも言える”ストリングス・バンド”のソロ楽器に、バンジョーはカントリーの基本となるブルーグラスという音楽には欠かせないものになって、それぞれのコミュニティでその奏法は独自の進化を遂げてゆくことになるのです。

ちょいと余談めいた話に思われるかも知れませんが、アメリカの”フォーク”を語る時、このブルースとカントリー、それぞれの誕生にまつわるエピソードは避けて通れないところでありますのでご容赦を。

何故ならばまだ”バラッド”とか”トラディショナル”と呼ばれていた頃の初期ブルースと、ヒルビリー時代のカントリーには、全く同じ歌が共通して伝承されていたりするんですね。今もスタンダードとして色んな歌が歌い継がれてもおります。



(その集大成みたいなアルバムがコレですね、ボブ・ディランによるトラディショナル・ソング弾き語り盤)


原初のフォーク・ソングというのは、それぞれの民族に伝わる伝承歌であると同時に、そういった貧しい境遇に置かれた人達による生活の歌でありました。

アメリカにおいて、これらの音楽が広く注目を集めたのが、太平洋戦争の終った1940年代から50年代にかけてであります。

何故流行ったかといえば、大恐慌と呼ばれる世界的な経済の行き詰まりが大きな戦争を引き起こし、アメリカはそれに勝利したんです。結果として経済発展を遂げ、多くの中産階級が生まれたんですが、その流れに乗ることの出来なかった人達の生活というのは相変わらず苦しい。で、相変わらず苦しい人達というのが、戦争の前から底辺であえぐ移民や貧しい労働者、田舎で小作農をやっている人達だったりする。

この人達の”フォークソング”が、都会に住む中産階級の人達の目を、彼らが置かれた貧しい境遇に向かわせることになります。

この流れがそのまま50年代〜60年代のフォーク・リヴァイバル運動、そして公民権運動ともリンクして行くんですね。で、戦後のアメリカン・フォークには2人の重要な人物がおります。

それが、ウディ・ガスリーとピート・シーガーであります。

両方ともフォークの神様として知られますが、季節労働者として各地を放浪しながら歌い歩いたウディと、ニューヨークで民俗音楽の研究家として知られるアラン・ロマックスの許で実地研修を重ねてフォークソングというものを体系的に理解し、身に付けていったピート・シーガーは、出自や活動的は違えど、それぞれの立ち位置から、社会問題というものを何とかしたい。そのために歌を使って多くの人々に貧しい人達の現状を知ってもらうことが大切だということを、切実に考えておりました。

シーガーはそんな訳で、1941年に歌手であり、社会活動家であったリー・ヘイズと共に”アルマナック・シンガーズ”を結成しました。このグループは、トラディショナルなアメリカの伝承歌を演奏し、かつ世相を見事に反映した歌詞で「歌う新聞の社会面」とも言われるほどの影響力を発揮し、フォークソングの新時代を切り拓きます。

これに、アラン・ロマックスの仲介で放浪のシンガー、ウディ・ガスリーが加わったり、ブルースギタリストのジョッシュ・ホワイトなど、多岐に渡る才能が集って、批評精神に溢れた歌詞とは裏腹に、実に楽しくゴキゲンな音楽を奏でる生楽器バンドとして、アルマナック・シンガーズの輪は広がっていくんですね。て、こんな表現でいいのか。





【収録曲】
1.Ground Hog
2.Ride an Old Paint
3.Hard, Ain't It Hard
4.House of the Rising Sun
5.Babe O' Mine
6.State of Arkansas
7.Side by Side
8.Away, Rio
9.Blow the Man Down
10.Blow Ye Winds, Heigh Ho
11.Coast of High Barbary
12.Golden Vanity
13.Haul Away, Joe
14.Sinking of the Rueben James
15.Union Maid
16.Talking Union
17.All I Want
18.Get Thee Behind Me Satan
19.Song for Bridges
20.Which Side Are You On?
21.Dodger Song
22.Plow Under
23.Liza Jane
24.Deliver the Goods
25.Billy Boy
26.Belt-Line Girl
27.Ballad of October
28.Washington Breakdown
29.Round and Round Hitler's Grave
30.C for Conscription
31.Strange Death of John Doe


はい、彼らのベスト・アルバムを聴いてみましょうね。

歌詞は貧富の格差や反戦、政治家や資本家に対する辛辣でコミカルな批判、或いは「労働組合に入ろうぜ」みたいなものも多く、えぇ?政治的??と思われるかも知れませんが、彼らの場合はどちらかというと「俺達の主張を聴け!」みたいな強制的なものじゃなくて、あくまでゴキゲンな楽曲でもって、この世の過酷な現実を笑い飛ばしたり「まぁ色々あるけど俺達楽しく乗り越えて行こうや」みたいな、あっけらかんとしたポジティブさを感じます。

チャカチャカと景気よく飛び交うギターやバンジョー、マンドリン、アコーディオンの音に、陽気なコーラス、その雰囲気はとことん”祭り”です。日本で言うならこれは明治時代に流行った”ええじゃないか”みたいなもんだと思います。誰でも寄っておいで見ておいで♪っていうアレですね。

とにもかくにも、その音楽の中には、戦前から確かに息付くアメリカン・ルーツ・ミュージック独特の、土や草の匂い、たくましく生きる人々の屈託のない生命力みたいなものを感じます。ブルースやカントリー
或いは日本のフォークでも、とにかくどれか少しでも好きで聴いている人にとっては、あぁ、これが戦後フォーク・ミュージックの原点だなぁと、楽しく聴きながらしみじみと思えることうけあいです。

そいでもって、パンクの持つメッセージ性みたいなのに強く惹かれる諸兄には、これはポーグスやジョー・ストラマー先輩のルーツとして、純粋に軽快な音楽に秘められたアツいものを感じてもらえればと思います。うん、楽しいよ。




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2018年01月28日

ガトー・バルビエリ アンダーファイアー

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ガトー・バルビエリ/アンダーファイアー
(Flyng Dutchman)

ここ数日に渡って、70年代ジャズそれぞれのスタイルの中からアタシの好きなアルバムをご紹介しております。

で、もうそろそろ飽きたと。別のを紹介してくれという声もちらほら挙がっておりますので、本日でキリ良く一旦この特集の打ち止めとさせて頂きます。

さてさて、ビリー・ハーパーデヴィッド・マレイというフリー・ジャズ系の人から始まって、大ベテランのディジー・ガレスピーによる見事なソウルジャズ/ジャズファンク、そしてフュージョンの立役者、コーネル・デュプリーによる見事なギター・アルバムと、紹介してきて、ひとつ気付いたことがあります。

それぞれにジャズという枠組みの中で、みんな”違い”を意識して、それぞれの信ずる表現にひた走っていた70年代ですが、実は彼らの手法には、”融合”という共通したものが必ず使われております。

その動機には「何か流行りのものを取り込んでおかないと時代に取り残される」という現実的な焦りの感情もあったにはあったでしょうが、この時代音楽はビシッとフォーマルにスーツをキメて演奏するものから、GパンにTシャツとか、或いはジャケットを羽織るにしてもネクタイなしのカラフルなものだったりとか、何というか
「音楽なんだから気軽に楽しもうぜ」という空気が世界中に良い感じに拡がっていったんではないかなぁ。

その結果として、ジャズの人達もソウルの人達も、ロックの人達も互いのフィールドを、古い慣習に囚われることなく行き来出来るようになったんじゃないか、そして、そういったセッションの中から「これは新しい!」と思われる音楽が、自然発生的に生まれていったんじゃないか(ファンクだってプログレッシブ・ロックだってそうですもんね)と、前向きに捉えていい部分もいっぱいあると思います。

で、ジャズの世界には、アメリカ国内で演奏されるポピュラー・ミュージックのみならず、国境を越えてやってくる音楽との、古くからの付き合いというものがございました。

それは何か?キューバやプエルトリコなどから、或いは中南米、メキシコを経由してやってきたラテン・ミュージックであります。

ラテンといえば戦前には既にデューク・エリントンらビッグバンドの人達が、そのリズムや扇情的なフレーズなどをスウィングジャズに上手に取り入れて料理しておりました。元々ニューヨークには独自の結構な数のラテン・コミュニティがあり、そしてジャズ・ミュージシャンも黒人なら、キューバとかからアメリカに移住してくる人達も、元々は先祖を同じくする黒人同士。

リズムで会話すれば、自然と打ち解けて深い交流が始まるんですね。

そんなこんなでジャズやブルースといったアメリカン・ブラック・ミュージックに根付いたラテン音楽は、1940年代には今度はアメリカのジャズの様式をキューバ音楽に取り入れることで成功して生まれた”マンボ”という音楽がアメリカに逆輸入(?)のような形でもたらされ、例えばディジー・ガレスピーや、R&Bジャンプ・ミュージックの巨匠、ルイ・ジョーダンなんかが、コミカルな自分達の楽曲に”ノリ”の要素としてラテンのリズムやエッセンス、ルンバのリズムなどをそのまんま取り入れて、すっかりポピュラーなものにして行くのです。

で、戦後50年代にキューバ革命が起こり、アメリカに亡命して来たミュージシャン達によって、本格的な”マンボ・ブーム”が起こり、社交ダンスにもラテンがちゃんとした項目として入ったりと「ラテン」というのは、これはもうお茶の間レベルでのポップな音楽として、アメリカで周知されて、アメリカで周知されちゃったらもう世界中でそんな感じに周知されるようになったんですね。

だがしかし!そんな”ポップなラテン”のあり方に一石を投じた、いや、図らずも一石を投じることになった男が70年代に颯爽と登場します。

肩まで伸びた長髪に黒いハット、大きなサングラスに胸元を大胆に開いたシャツで武装してサックスを吹く、アルゼンチンから来た伊達男。それが本日の主役、ガトー・バルビエリであります。

この人は元々「チャーリー・パーカーみたいなストレートなジャズをやりたくて」アメリカにやってきたんです。

でも、アメリカには凄腕のバップ吹きなんていくらでもいる。

そんな中で見事に芽が出なくて、ヨーロッパに移り住んだり、師匠のドン・チェリーと一緒にフリー・ジャズに手を染めて、ESPなんていうアンダーグラウンドで相当ヤバいレーベルから初リーダー作なんかを出しているうちに、音の根源に目覚め

「オレはラテン・アメリカンとしてのルーツを前面に出せばいいじゃないか。ショーで演奏されるような洗練されたラテン・ミュージックじゃあなくて、オレがちっちゃい頃から聴いてきた、喜びも哀しみもそのまんまブチ込まれたような、飾りのないアルゼンチンの音楽をやるんだ」

と、それまでやっていたフリーから大きく舵を切って、フォルクローレやタンゴなどの要素をそのまんま煮込んだような楽曲、そして中南米の民族楽器をジャズのフォーマットにフツーに取り込んだ編成のバンドを組み、70年代に大ブレイクを果たしました。

その路線は大いに当たり「ジャズに注入したラテンの濃い血」とか「激情のテナー」とか言われておるうちに、日本ではその哀愁とコブシの効きまくったサックスが、演歌の血を持つ日本人から多大なる共感を引き出して、ジャズ喫茶でのリクエスト上位の常連になるほどの人気者となったんです。



【パーソネル】
ガトー・バルビエリ(ts,vo)
ジョン・アバクロンビー(g)
ロニー・リストン・スミス(p,el-p)
スタンリー・クラーク(b)
ロイ・ヘインズ(ds)
アイアート・モレイラ(ds,perc)
ジェームス・エムトゥーメ(perc)
ムーレイ・マリ・ハフィッド(perc)

【収録曲】
1.エル・パラナ
2.月に歌う(トゥクマンの月)
3.アントニコ
4.マリア・ドミンガス
5.エル・セルタオ

(録音:1971年)


そんなガトーがまず「オレはラテンで行くべ」という宣言のようなアルバムを出したのが、フライング・ダッチマンという”新しいジャズをやるべよ!”と気炎を上げていた新興のジャズ・レーベルであります。

ここのプロデューサーが、60年代に”インパルス・レコード”のプロデューサーとして、コルトレーンやそれに続く新しい感性を持ったジャズの若手を次々世に送り出した人で、こういう人がまぁガトーのような、どこにも寄りかからない個性(クセともいう)を持った人は放っておかなかったんですな。ガトーの”これがやりたい!”という、当時のジャズの常識からしたら相当無茶なコンセプトを、フライング・ダッチマンというレコード会社は見事なフォローでしっかりと作品化してくれておるんです。

メンツを見ればロニー・リストン・スミスにジョン・アバクロンビー、スタンリー・クラークにアイアート・モレイラ、そして何故かロイ・ヘインズという、脈絡もへったくれもない、ジャズのあらゆるスタイルからの選抜メンバーが顔を揃えてますが、顔ぶれからはほとんどラテン色は見えてきません。

強いて言えばパーカッションを3人揃えた辺りに意気込みを感じますが、やっぱりロニー・スミスやスタンリー・クラーク辺りから感じるのは、柔らかファンク、スピリチュアル・ジャズ路線かな〜?という感じです。

ところがどっこい、このアルバムで見事主導権を握っているのはガトーとパーカッション部隊で、サウンドは見事にラテン。いや、当時アメリカで流行っていたマンボやサルサなんかのああいうポップな感じは一切なく、むしろもっともっと"土着"が濃い、見事にサイケデリックな密林音楽の趣が、それぞれのはっちゃけた即興演奏を軸にカラフルに展開され、その中でガトーのテナーが目一杯の感情を爆発させて、泣き叫び、むせび泣くのであります。

最高なのがアルゼンチン・フォルクローレの英雄のアタエアウタ・ユパンキ『トゥクマンの月』のカヴァーです。

これ、マイナー調の三拍子なんですが、ガトーのテナー、目一杯コブシを効かせてアドリブを吹かず、原曲の美しいメロディーをひたすら忠実にやってます。

で、オープニングからアドリブを敷き詰めるのがロニー・リストン・スミスのピアノだったりするんですが、これがもうこれがもう、これがもう素晴らしい!原曲メロディを忠実に吹くガトーと対象的にアドリブだけで弾き切るピアノ、この流れが美しくて毎度言葉も出ませんのよ。

で、ガトーがメロディ吹いて歌うんです。ガトーはサックスと違ってヘナッとした声で決して上手くはないんですけど、実に味があって切ない節回しで、あぁ、この曲のこのアレンジだったらこの声じゃなきゃっていう、妙な説得力があるんです。ジョン・アバクロンビーが弾く中南米臭プンプンのガットギターのカッティングもたまりません。

「ガトーはどれもいい」が私のモットーですが、特に70年代のガトーは、ジャムセッションならではのスリル、そしてジャズのあれこれを知り尽くしたメンバー達による独自の解釈が良い方向に作用した「ラテン・ミクスチャー」なムード、そしてこのアルバムの『トゥクマンの月』みたいな必殺哀愁曲が入っておりますので、皆さんにはたまらなくオススメ致します。良いよ。



(フォルクローレの英雄、ユパンキのアルバム。コレ聴けばガトー・バルビエリが何を表現したかったのかの理解もグッと深まりますぜ♪)


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2018年01月26日

コーネル・デュプリー ティージン

1.jpg
コーネル・デュプリー/ティージン
(Atlantic/ワーナー・ミュージック)

さて皆さん、お待たせしました。

今日まで硬派なやつとかファンキーなやつとか、色々と知られざる名盤をご紹介してきまして

「やっぱりアレだろ、70年代ジャズってのはフュージョン抜きでは語れねーだろー」

という、いずかたからの心の声が、アタシにも響いてきたところで今日はフュージョンでございます。

その前に「フュージョンってよく聞くけど、ぶっちゃけ何?」と、結構問い合わせを受けるんですよ。

確かに。フュージョンってのは、ジャズから発生した”新しい音楽”の呼び名でありますが、我が国においてフュージョンの全盛期ってのは1980年代。

その頃はカシオペアやTスクエアといったスーパーバンドがもう飛ぶと鳥を落とす勢いの大人気で、実はその時フュージョンを夢中で聴いていた人達(アタシより10ぐらい上の、今50代の人達ですかね)ってのは、学生の時にジャズを経由せずに、もうその頃の人気フュージョン・バンドやアーティスト達の作品を、ジャズとか何とか関係なく”フュージョンという音楽”として耳にすることが出来た。

で、よく本なんかを読んでいますと

「フュージョンというのはマイルス・デイヴィスが最初にジャズに電気楽器やロックビートなどを入れる事により云々、そしてその影響下からウェザー・リポートやチック・コリアのリターン・トゥ・フォーエヴァーが云々、一方西海岸ではソウル/R&BのフィールドからStuffが云々」

と、割と難しく書いてありますが、多分フュージョン好きな人にとってはこういうお話、あんまどーでもいいんじゃないかなぁと、アタシ思うんです。

じゃあ今更どうフュージョンを説明するの?

と訊かれれば、それはそうですねぇ、じゃあザックリとシンプルに行きましょうか。

はい、フュージョンって音楽は、元々ジャズも出来るR&B畑のミュージシャン達が、LAとかカリフォルニアの、ちょい金持ちのオシャレな若者達が求める、海岸沿いの道をビーチで走るのに適した音楽を、いっちょう自分達もやってみようかねと、オッシャレ〜なジャズとオッシャレ〜なR&B要素を融合させて作り出した音楽です。

えぇぇ!?エレクトリック・マイルスは!?チック・コリアは?ウェザー・リポートは??

と、思う向きもおられるでしょうが、多分80年代日本で流行ったクチの”フュージョン”が好きな人達は、マイルスやリターン・トゥ・フォーエヴァーやウェザー・リポートの、ある種の”ドロドロ”を醸してるフュージョン、聴いとらんです。そんなことよりも爽やかでダンサンブルで、女にモテそーなのがいい、そういうの聴きたいと思って、そっち系の音を求めておったんでしょう。

はい、で、そんな感じのフュージョンの元祖は何になるかといえば、さっきもチョロっと名前が出てきましたが、西海岸で結成された”Stuff(スタッフ)”です。

このバンドは、主にニューヨークで活躍する腕利きのスタジオ・ミュージシャン達が集まった、ライトなR&Bをジャズのテクニックを駆使したインストで、どんな人でも楽しめるような、ポップでメロウで泥臭くないグルーヴ感がとっても魅力。

しかし、ライトなノリとはいえ、そこは70年代に様々な一流セッションで活躍した職人集団。その演奏は実に気合いが入っていて「これなんかいいよな、車で流そうか」といったBGM的な感じで聴くことも出来るポップな音楽を、同時にオーディオの前でじっくり対峙しても聴けるハイ・クオリティなものをしっかり作り、だからこそその後の”時代の音”となるサウンドの礎となり得たのであります(その思想を最も強く色濃く受け継いでいるのは、日本における山下達郎なんですが、この話長い上にクドいので今日は省略)。

さて、そんなスタッフの中心メンバーに、コーネル・デュプリーという素晴らしいギタリストがおりまして、この人が本日の主役です。

コーネル・デュプリーといえば、アレサ・フランクリンのバック・バンドのメイン・ギタリストを長年務め、はたまたレイ・チャールズ、マライア・キャリーにハリー・ベラフォンテ、マイケル・ボルトンにロバータ・フラックなどなどなど、本職のソウル/R&Bからポップスまで、錚々たる実力派シンガーのバックで見事なプレイを刻み込んだ、スタジオ・ミュージシャンの中のスタジオ・ミュージシャン。

第二次世界大戦まっただ中の1942年、アメリカ南部テキサスに生まれ、10代の頃はヒューストン・ジャンプ全盛のテキサスで、ギタリストとしてみるみる頭角を現し、そのズバ抜けたテクニックやブルース・フィーリングだけじゃなく、サイドマンとしてもキチンとバンド全体を見渡せて、そこに一番合ったバッキングで溶け合うことが出来る奴だと、大層評判でありました。

そんな活躍をしているうちに、この地が生んだスーパー・サックス吹きでありますキング・カーティスに「お前いいな」と見いだされ、若干20歳でカーティスの人気バンド”ザ・キングピンズ”に参加。

実はこのバンドには若き日のジミ・ヘンドリックスがおり、後年のぶっ飛びを思わせる過激なソロを弾いておりました。

で、コーネルはジミが派手に(地味が派手じゃないよ)暴れているバックで、黙々と最高にセンスの良いサイドギターとして頑張っており、このプレイがきっかけで、色んなレコーディングに呼ばれるようになり、テキサスの1ブルース・ギタリストから、あっという間にソウル/R&Bのシーンにはなくてはならないサイドマンとなったのです。


で、彼がようやくソロ・アーティストとして活動を開始したのが1974年。

満を持してリリースしたのが、デビュー・アルバムの『ティージン』です。



【パーソネル】
コーネル・デュプリー(g)
ジョー・ニューマン(tp)
アーニー・ロイヤル(tp)
ジョン・ファディス (tp)
ガーネット・ブラウン(tb)
ジョー・ファレル(ts)
セルダン・パウエル(bs)
トレヴァー・ケーラー(bs)
リチャード・ティー(p,org)
ポール・グリフィン(p)
ジョージ・スタッブス(p)
チャック・レイニー(b)
バーナード・パーディ(ds)
ラルフ・マクドナルド(perc)

【収録曲】
1.プレイン・オール・ブルース
2.ティージン
3.ブルー・ノクターン
4.ジャマイカン・レディ
5.フィール・オール・ライト
6.ハウ・ロング・ウィル・イット・ラスト
7.ホワット・ウッド・アイ・ドゥ・ウィズアウト・ユー?
8.オーキー・ドゥーキー・ストンプ

(録音1973年11月5・6・19・20日)


内容は、実にメロウで爽やかで、もうこの時点で後に”フュージョン”と呼ばれるサウンドを、誰よりも先取りしております。

そうそう"フュージョン"という言葉が出てきたのは、実はちょっと後になってからで、デュプリーらの「テクはジャズ、テイストはR&B」な、このテのライトメロウな音楽、出てきた頃は「クロスオーバー」と呼ばれておりました。

さてこのアルバム、どの曲も極上のリラックス・ムードに溢れていて、相棒のリチャード・ティー(p)による「ジャズ、ブルース、ソウル、そのどっちにも偏らず、かといって中途半端にならない絶妙な間合い」を意識したアレンジが効いてますね。

しかし、元々が南部テキサス仕込みの、強烈に粘るブルース・フィーリングを持っている人なので、これだけ爽やかでポップな雰囲気なのに、ギターはとことんアツい聴き応えを感じさせてくれます。

まずは1曲目『プレイン・オール・ブルース』での、絶妙ファンクなバック・サウンドに乗って、心地良く「フィーッ」と伸びてゆくチョーキング。あぁもうコレ聴くだけで幸せなんですが、曲を進める毎に、クールでメロウでポップな曲調の中からジワジワ沁みてくる、大人のアーバン・ブルースな”泣き”がもうたまらんのです。

特筆すべきは、テキサスの大先輩クラレンス”ゲイトマウス”ブラウンの大ヒット曲『オーキー・ドーキー・ストンプ』(!)前半から中盤の完璧なフュージョンの流れから、いきなりシャッフルビートでノリノリ(つうか原曲にびっくりするほど忠実なカヴァー)のヒューストン・ジャンプでバリバリに弾きまくっていて、ブルース好きにも大興奮間違いナシであります。

で、凄いのはこのロッキン極まりないブルース曲をポーンと入れても、全体の穏やかで爽やかで、ちょっぴりホロ苦い雰囲気は、全く壊していないところ。

アタシはこの人のギターが大好きで、やっぱりこのアルバム聴く時も”Stuff"聴く時も、ギターソロとカッティングを追っかけるように聴いてますが、ギター・プレイが際立ってカッコ良く聞こえるのも、この人の感覚が本能的にサイドマンで、ソロ弾いてる時も全体の雰囲気をしっかり考えて、隅々まで気配りが行き届いてるからなんだろうと、その真似出来ないクールな感性には毎度驚愕。

この人の音楽、一言で言えば「気合いの入ったフュージョン」なんですが、気合いとかそういうのどうでもいい、心地良い音が聴きたいという人には、気合いのキの字も見せず、とことんメロウに聴かせます。つくづくプロなんだなぁ、カッコイイです。


『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

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2018年01月24日

ディジー・ガレスピー ソウル&サルヴェーション

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ディジー・ガレスピー ソウル&サルヴェーション


(TRIBUTE/Pヴァイン)

はい、ここ数日このブログは「1970年代のジャズって楽しいんだよ」ということを世に訴えるブログと化しております。何故かと言いますと、この時代のジャズっていうのはやっぱり知られてないけどカッコイイものが多いんですよ。

様々なスタイルのジャズやジャズ以外の音楽の良いところもセンス良く取り込んだり、或いは前の時代に勃興した新しい方法論を更に煮詰めて鋭く特化したりしておる、この時代のジャズ独自の良さは、それこそ「音楽のジャンルなんか関係ないよ、カッコ良ければそれでいいじゃん」とお思いの、広くて深い耳を持った音楽好きの人達にこそ、強くプッシュしたいのです。

さて、前回までは、70年代にデビューした(当時の)活きのいい若手フリー・ジャズ系ミュージシャン達による、硬派な作品をご紹介してきましたが、本日はベテランのイカす作品を紹介します。

トランぺッターのディジー・ガレスピーといえば、1940年代にジャズの歴史を大きく変えたモダン・ジャズの革命であるところの”ビ・バップ”の生みの親の一人として知られます。

チャーリー・パーカーの相方として、それまで誰も経験した事のなかった未曾有の高速フレーズを難なく完璧に吹きこなす超絶技巧、単純にプレイヤーとしてだけでなく、ビッグ・バンドの優れたリーダーとしてアレンジ力にも優れ、お客さんを楽しませるためのおふざけもサマになる、歌って踊れるエンターティナー。眼鏡にベレー帽、そして山羊ひげという独自の奇抜なオシャレが、ニューヨークの若者の間で”ヒップ”と注目され、ファッションリーダーとしても時代を牽引した究極の粋人。

はたまたジャズとは戦前の昔から深く関わっていたラテン、とりわけニューヨークに近いキューバの音楽を本格的に取り込んだ”アフロ・キューバン”の立役者として、どの分野でも恐ろしい程に秀でたセンスと幅の広い視野を持つ、もうすんごいすんごい人なんですが、そんなディジーが何と、1960年代の末、御年50を越えた時に

「若い連中に人気のソウルとかファンクってのがあってだな、ナニ、そいつをひとつやってみたんだ」

と、軽く本気を出してみたらめちゃくちゃカッコイイのが出来た!という、最高にファンキーなソウルジャズの作品があるんです。




【パーソネル】
ディジー・ガレスピー(tp)
ジョー・ニューマン(tp)
ガーネット・ブラウン(tb)
ベニー・パウエル(tb)
ジェームス・ムーディ(fl,as,ts)
ジョー・ファレル(fl,ts)
エディ・パザント(as)
セルダン・パウエル(bs)
ジェローム・リチャードソン(as,bs)
アル・ウィリアムス(p)
アーニー・ヘインズ(p,org)
ビリー・バトラー(g)
コーネル・デュプリー(g)
カール・リンチ(g)
ウォーリー・リチャードソン(g)
ジミー・タイレル(el-b)
レイ・ルーカス(ds)
ジョージ・デヴェンス(perc)

【収録曲】
1.Stomped And Wasted
2.Pot Licka
3.Blue Cuchifrito
4.Turnip Tops
5.The Fly Fox
6.Chicken Giblets
7.Casbah Melon
8.Clabber Biscuits
9.Rutabaga Pie
10.Turkey Fan

(録音:1969年)


はいこれですよ〜みなさん。

バックにはジョー・ファレル、ジェイムス・ムーディー、セルダン・パウエル、コーネル・デュプリーといった、モダン・ジャズの超王道からR&B畑の連中まで幅広い人材を集め、演奏は最初から最後まで、完璧なソウル、ファンク、R&B、そしてゴスペルのやり方でファンキー極まりないジャズ、というよりもインストゥルメンタルソウル/インストゥルメンタル・ファンクをやっておるんです。

ディジーをちょっとでも知ってる人には

「あのディジーがバピッシュな早吹きを一切やらないで、コクとタメを効かせたラッパだけで死ぬほど聴かせてノセてくれるんすよ!!」

と、声を大にして言いたい。

ディジーを知らない人にはアタシはもうキャッキャして

「おゥ、こらもう最高よ」

だけで多分聴いてもらえたら全てのブラック・ミュージック好きが歓喜すると思う。そんぐらいに中身が濃い濃いもー濃い、そしてジューシー♪なヤツなんです。

いやもう、あれだけ4ビートのどんなフレーズでもビシバシ容赦なくキメることの出来る120%ジャズ野郎のディジーが、ソウルやファンクのフレーズを軽々と、しかも何の違和感もナシに吹いていることがもう涙が出るほどの粋を感じて止まないんですが、いやほんと「生まれてこの方コレしかやってこなかった生粋のR&Bブラザー」のプレイかと思わせるぐらいの半端ない説得力、軽くフレーズをひねっただけで、モワモワとしたナチュラルなブルース・フィーリングが空間いっぱいに溢れ出すほどの”黒ぶり”!

かと思えば女性コーラスも参加させてのメロウネスも完璧で、ディジー・ガレスピーという人の、トータルなアーティストとしての底知れぬセンスと実力の凄さだけじゃなく、この時代のブラック・ミュージックの全ての「わぁ、いいなぁ・・・」という部分をも感じてウキウキしたりウットリ出来る、そんなアルバムなんです。

とりあえずほとんど無名のマイナー・レーベルからポーンとリリースされ、売れたのか売れなかったのかすら不明ですが、色んなレーベルから中身はほぼそのまんまでタイトルやジャケット違いとして何度も再発されてきたことから、如何にこのアルバムの内容と、真のブラック・ミュージック好きへの人気というものも伺い知れようというものであります。

あぁいかん、聴きながら書いてると興奮してもう何が何だかさっぱりな文章になってしまいましたので、とりあえず”ソウル”とか”ファンク”とかいう言葉にちょっとでも腰が反応する人は買いましょう。

そして

『ミンミンミン、ミンミンミミミミン♪』

と、コーネル・デュプリーがイントロで刻む1曲目のギター・カッティングを聴いて、レッツ・ゲット・ファキー!!

あぅっ♪




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2018年01月21日

デヴィッド・マレイ ミン

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デヴィッド・マレイ/ミン
(BlacK Saint/SOLID)

「70年代ジャズが面白いのよ!」と、つくづく思う昨今であります。

何が面白いかって、この時代は50年代のハード・バップ、60年代のモード・ジャズにフリー・ジャズにソウル・ジャズ、そしてリアルタイムで出てきたジャズファンクやフュージョンなどなど、ジャズのありとあらゆるスタイルがとりあえず出揃った段階で「さて、コイツをどうやって料理してやろうか」と、意欲に燃えるベテランから若いミュージシャンまでの、純粋に音楽的な探究心が追究された上で出来上がった作品が多い。

セールス的には、ジャズにとっては不遇の時代ではありました。

かつて一世を風靡した大物達でさえ、メジャーレーベルからの契約を切られたり、製作費を極端に減らされたりしてたんですが、そういった境遇が逆に

「よし、どーせ売れないんなら、徹底的にいいもん作ってやる!」

と、彼らの創作意欲を大いに刺激することになったんではないでしょうか。Do It Yourselfでありますね。

そして、若手の意識としては最初から芸術志向というか、そりゃあ売れるに越したことはないけど、オレはそんなんじゃなくて、カッコイイ音楽を極めたいからジャズやるんだよというものが何となく備わっており、そういった連中がニューヨークなんかの地下で客が少なかろうが何だろうがアツい演奏を連日繰り広げていて、これが後に”ロフト・ジャズ”と呼ばれる先鋭ジャズの一翼を担うシーンへと盛り上がってゆく訳なんですが、端的に言えば彼らの音楽が実にカッコイイ。

60年代のフリー・ジャズの流れを誠実に受け継ぐロフト・ジャズの連中は、やってる事はバリバリに硬派なんですが「オゥ、チャラくなきゃ何でもいいぜぇ」みたいな気前の良さがあって、ロックだろうが何だろうが、精力的に自分らの演奏に取り込む訳です。何というか音楽ももちろん良いの極みなんですけど、そういった独特の柔軟さみたいなものがサウンドに表れていて、そこにアタシは『ノー・ニューヨーク』なんかに限りなく通じるパンク・スピリッツを感じております。

で、そんな70年代ニューヨーク地下の住民としてアタシがイチオシする硬派なサックス吹きはデヴィッド・マレイです。

この人は今も現役バリバリ、アルバムも結構な数出しておりましてライヴも積極的にやっている、そのサウンドの如くタフな方であります。

1955年生まれで、本格的な活動を開始したのが70年代半ば。彼は元々アルバート・アイラー大好きっ子で、デビュー・アルバムも『フラワーズ・フォー・アルバート』という、タイトルも中身も”まんま”なぐらいにアイラーしているんです。

ん?この時代のフリー・ジャズな人達って、みんなコルトレーンが好きで、サウンドにも何かしらコルトレーンの影響が出てるんじゃないの?と、アタシも最初(どーしてもコルトレーン大好きっ子なもんで)その影響を懸命に探しておりましたが、どのアルバム聴いてもやっぱりアルバート・アイラー、アーチー・シェップ、それからコールマン・ホーキンスとかベン・ウェブスターとか、フリーからスウィング時代の王道テナーの影響はどんどん濃くなるけれど、コルトレーンっぽさはちょろっとも出て来ない。調べてみたら

「うん、コルトレーンは大好きだよ。でもみんなやってんじゃん、それってコルトレーンをリスペクトしてることになるのかなーって俺は思うんだよね。コルトレーンの曲はもちろん演奏するけど手法というところではあえてコルトレーンライクなフレーズはやんないね。まぁそれでいいじゃない」

というポリシーを持ってるんだとかどうとかで、こういう話に弱いアタシ

「あ、この人は漢(おとこ)!」

と惚れてファンをやってます。



【パーソネル】
デヴィッド・マレイ(ts)
オル・ダラ(tp)
ローレンス“ブッチ”モリス(cor)
ジョージ・ルイス(tb)
ヘンリー・スレッギル(as)
アンソニー・デイヴィス(p)
ウィルバー・モリス(b)
スティーヴ・マッコール(ds)


【収録曲】
1.ジャスヴァン
2.デューイズ・サークル
3.ザ・ヒル
4.ミン
5.ザ・ファースト・ライフ

(録音:1980年7月25日)


アルバムはたくさん出ています。

で、時代を経る毎に伝統的なものを重んじたオーソドックスなジャズもやればジャズ・ファンクもアフリカもするし、ラテンや歌モノとか、とにかく幅広く色んなことやってますが、この人の場合は「衝動と伝統へのリスペクト」が沸点に達して如何に豪快なブロウで暴れられるかという一点だけが良し悪しの基準ですので、アルバム色々聴いて「これはちょっとな・・・」というものはありません。

でもやっぱり個人的な好みといえば、70年代から80年代のノリと勢いで吹き切っている作品がいいですね。

吸い込まれそうな美人さんのジャケットが印象的なこの『ミン』なんか最初の1枚としては最高です。

これはですのう、録音は1980年、マレイが大好きなアルバート・アイラーのスタイルから更に踏み出してオリジナルなスタイルを築き始めた時期の口火を切ったアルバムみたいな感じになるんでしょうか。

コルネットというトランペット以前の古い楽器を使ってるのにバリバリのフリー・ジャズ・ミュージシャンであるブッチ・モリス、ラッパーNasの父ちゃんのオル・ダラ、シカゴフリー派の重鎮で、アルト・サックス奏者としてはもちろん、多くの若いアーティストの思想的な部分にも大きな影響を与えたヘンリー・スレッギル(そういえば最近ピューリッツァー賞を受賞しましたね!)といった、濃いメンツを10人も集めたスモール・オーケストラ作であります。

演奏は基本しっかりとした4ビートを軸にしたリズムに、渋いアレンジの上モノが演奏の輪郭をハッキリと描き、その上でマレイのサックスやその他のソロ楽器が存分にフリーキーな暴れっぷりを聴かせるという興奮モノ。

フリージャズといえばリズムも大胆に解体して、聴く人のイマジネーションに挑戦するようなものも多いけど、このアルバムではあくまで基本は「ジャズ」です。そのジャズとしてのスピード感や重厚なビート感、そして巧みに仕掛けられたアレンジの妙をしっかりと聴かせつつ、テンションを”クレイジー”にまで持っていかせる、小難しいことは何にもない感動と興奮の祭典。

マレイのブロウはのっけから炸裂です。正しく”ジャズなサックスのキレ方”ですこれ。

とにかくソロがカッコ良くて、暴走するテナーを聴いてるだけでおなかいっぱいになれますが、リズム・セクション、特にアンソニー・デイヴィスのピアノとウィルバー・モリスのベースが、手堅い4ビートのラインから一瞬脱線して暴れるそのアウトするセンスの良さにもシビレてしまいます。

聴きどころは他にもたくさん。でも何よりもこの「理屈じゃねぇんだよ、カッコイイことやりてぇんだよ」と言わんばかりのストレートな熱気、これが本当に素晴らしいのです。





”デヴィッド・マレイ”関連記事





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