2018年08月17日

アレサ・フランクリン Amazing Grace

625.jpg
Aretha Flanklin/Amazing Grace
(Atlantic)



それはもう感動なんて生易しいものじゃない。

司会者の自己紹介からおもむろに鳴り響くオルガン、それに合わさる割れんばかりの拍手、ピアノ、聖歌隊の「オッ、オッ、メェ〜リィ」の、ゆっくりしたテンポだけど踏みしめるような力強いコーラル、そして・・・!

「メェェリィ〜」

と、軽くささやくようにアレサが歌っただけでふわぁっと浮き上がるその場の空気、最初は聴衆に言い聞かせるように、たっぷりの間隔を持って発せられる言葉のワン・フレーズが、小節を重ねる毎に熱を帯び、気が付くとそれは伸びやかに空に放たれ、コーラス隊の合唱も、客席の手拍子も、まるで歓喜の叫びのように激しく、激しくなってゆく。


7分30秒近くにも及ぶ熱気がのっけから最高潮まで高まる1曲目『Mary, Don't You Weep』が、万雷の拍手や歓声と共に終わった時、思わず一度プレーヤーから針を上げました。

ゴスペルって、ゴスペルって、みんなで踊りながら何かこうハッピーなリズムに乗って一緒に歌うものだとばかり思っていた。いや、本当にすいません、何ですかこれは、まるでこの世の苦しみや絶望も全部一旦飲み込んで、ちょっと想像も出来ないほどのパワーで思いっきり浄化してるような・・・凄い、これがホンモノのゴスペル、これがアレサ・フランクリン・・・。


はい、最初にアレサ・フランクリンという人を知ったのは、親父と一緒に映画『ブルース・ブラザーズ』を観た、確かアタマの悪い中学生の時です。

せっかくカタギのレストランのオヤジになって真面目に働いていたのに、主役の2人の「なぁ、また音楽やらねぇか?」な誘いにすっかりその気になった元凄腕のギタリスト、マット・ギター・マーフィーに「何言ってんのよアンタ、せっかく足を洗ったのに、ちったぁ考えなさい」と、そのまま”Tink!”を熱唱しながら迫る迫力あるおかみさん、いや、フツーにレストランのおばちゃんだと思ってたけど何このおばちゃんめちゃめちゃ歌上手いな!と感激したら、

隣で親父が手拍子打ちながら「そりゃあカッコイイだろう、アレサ・フランクリンだから当たり前じゃー」と、ゴキゲンに酔っぱらってたのを覚えております。

その時は確かに「凄い!」「かっこいい!」とは思いましたが、まぁアメリカの一流の人ともなればそうなんだろうと、まだブルースもソウルもよく分からない気持ちのまま、それで終わっておりました。

アレサと再会したのは、東京に出てハタチも過ぎた時、その頃アタシはジャズにハマり、コルトレーン信者になって、ジャズのみならず、いわゆるブラックな音楽は、全部コルトレーンの繋がりで聴いていたんです。

で、中古レコード屋さんで物色していたら

『アレサ・フランクリン/至上の愛』

と帯に書かれたレコードがある、しかもジャケットがアフリカの民族衣装みたいなものを着ている女性の写真、おぉ、アレサ・フランクリンか!確かソウルの凄い人だよな、そうそう、昔ブルース・ブラザーズに出てたよな、アレ良かったよな。ほうほう『至上の愛』ってことはあのコルトレーンの名盤のカヴァーか何かだろうな、よし、ジャケも良いし買ってやろう。

と、割と軽い気持ちからの冒頭です。

結論から言えば、このアルバムは全曲ゴスペル曲で固められた、ソウル・クイーン、アレサによる純度100%のゴスペル・ライヴのアルバムで、コルトレーンのあのアルバムの曲はもちろん1曲もやっておりませんでした。つまりアタシの”勘違い”で購入したレコードだったんです。

しかし、この”勘違いは”一生モノでした。

ここに収録されているのは、アレサの歌声と伴奏と、それに熱狂で応えるオーディエンスの反応だけ。

ポピュラー音楽のライヴ盤も確かに素晴らしいものがたくさんありますが、商業的な”売れる”とか”ウケる”とかいうのを一切排した、純粋な”信仰”がコアにあるこのコンサートは、アレサと聴衆との真剣勝負に思えます。

ささやくように歌っても、力強くシャウトしても、その声の隅々にまで豊かな情感を染みわたらせたアレサの声の素晴らしさは、単純に「歌が上手い」とか「素晴らしい」とか、そういう言葉を使うのすらどうかと思ってしまうぐらいに、強さと厳しさと切なさと、それら全てを包み込む計測不能な慈愛の気で満たされている、そんな風にすら感じさせてしまう。そして、そう感じてしまったらもう引き込まれます。

アタシは後になって、もっとポピュラーな”ソウルを歌うアレサ”のカッコ良さにも完全に目覚めたし、彼女のカヴァーするポップス曲の素晴らしさについても虜になって聴きまくりました。

彼女は「何を歌わせても見事なソウルにする」と絶賛され続けてきました。

その”ソウルになる”というのはどういうことだろうかという事を考えたら、やはりこのアルバムのゴスペルのような「全てを包み込んで浄化してしまう凄いパワー」で歌というものに生命を吹き込んでいるということなんじゃなかろうかとアタシ思います。

いわゆる奥底のパワーですね、はい、アメリカ大陸に奴隷として連れて来られた黒人達が、想像を絶する辛さや苦しさを乗り越えて”ハッピー”を築いてきたその力が、ゴスペルです。ハッピーなだけじゃなく、怨念みたいなものも確かに背負っていて、怖いぐらいの迫力があったりします、でも、優しく美しい、そんな力をアレサは完全に宿してるんです。そして、その力を自らの”奥底”にしているシンガーなんです。



Amazing Grace

【収録曲】
1.Mary, Don't You Weep
2.Precious Lord, Take My Hand/You've Got A Friend (Medley)
3.Oldlandmark - By Aretha Franklin with James Cleveland & The Southern California Community
4.Give yourself To Juses
5.How I Get Over
6What A Friend We Have In Jesus
7Amazing Grace
8Precious Memories
9Climbing Higher Mountains
10Remarks By Reverend C L. Franklin
11God Will Take Care Of You
12Wholy Holy
13You'll Never Walk Alone
14Never Grow Old


アレサ・フランクリンは、牧師である父親の教育の元で、小さい頃から聖歌隊でシンガーとして活躍しており、また、人一倍強い信仰心を持ってもおりました。

ズバ抜けた歌唱力はたちまち話題になり、19歳の時の1961年に大手レーベルからスカウトが来て、ポピュラーシンガーとしてデビューしますが、最初はレーベルの「上品なポップスシンガーにしよう」というコンセプトにどうも馴染めず、66年には黒人音楽の専門レーベルとして大手を凌駕する勢いだったアトランティック・レコードに移籍。

ここから、ファンにはおなじみの『リスペクト』『小さな願い』『ナチュラル・ウーマン』などの大ヒットを連発し、誰しもが認め賞賛するソウル・クイーンとして、シーンのトップ・シンガーとなります。

商業的な成功と、スターとしての名声と、音楽的な充実を全て手に入れたアレサでしたが、実は彼女はデビュー当時から抱えていた心のモヤモヤがあり、成功してスターダムになるにつれ、それは彼女の中で大きなものとなり、心を苛んでおりました。

それは

『ゴスペルを歌ってた自分が、マイクや大勢の聴衆に向かって、男と女の恋愛の歌なんかを歌ってる。これは信仰を捨てたことになるんじゃないだろうか』

という罪の意識です。

お気楽な無宗教者の日本人であるアタシからしたら「はぁ?んなことで!?」という話ではあるんですが、やはりゴスペルってのはアメリカ黒人の人達にとって、会場で聴衆を失神させる程の熱烈な信仰がないとやってはいけない、というより、そこまでのものを持っていないと出来ない音楽。

そこまでやるということは、世俗とは思いっきり決別して生きていかねばなりません。

や、単純に信仰心というよりも、優れたシンガーとしての資質をずば抜けて備えていたアレサには

「ゴスペルから離れている事によって、私の歌の原動力となっているソウルが消えていってしまっているのではないだろうか」

という、それは危惧となって彼女の心に襲い掛かっていたのかも知れません。

そして、ソウル・シンガーとしての絶頂を極めていた1972年、突如アレサは原点のゴスペルを歌う事を決意します。

LAにあるニュー・ミッショナリー・パプティスト教会に、自分とバンドメンバー、そして”アメリカ・ゴスペルの父”と呼ばれた大物アーティスト、ジェイムス・クリーヴランド率いるサザン・カリフォルニア・クワイア(聖歌隊)、聴衆は観客ではなく、日頃から教会に参拝している信者のみ、という、完全に商業的なコンサートとは一線を画すした、ゴスペル流のリヴァイバルを、アレサは決行しました。

細かい事は申しません、全てが打ち震え、そして全ての振動に、アレサのみならず、ブラック・ミュージックの深淵が宿っている音楽です。これが魂(ソウル)です。




※2018年8月16日、アレサ・フランクリンはこの世を去りました。偉大なシンガーの冥福を祈りますと共に、彼女の音楽がいつまでも多くの人々に聴き継がれてゆくことを心から願います。





”アレサ・フランクリン”関連記事


『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

サウンズパル店主高良俊礼の個人ブログ
http://ameblo.jp/soundspal/
posted by サウンズパル at 20:49| Comment(0) | ソウル、ファンク、R&B | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月09日

レッド・ガーランド ソウル・ジャンクション

625.jpg
レッド・ガーランド/ソウル・ジャンクション
(Prestige)

年々暑くなってゆく夏であります。

もうほんと、うだるような暑さの中、唯一の救いは夏の『大コルトレーン祭』で集中的に聴き狂うコルトレーンだけのような状況になってきておりますが、皆さんどうでしょう?

や、コルトレーンって苦手な人が「ちょっと重いんだよねー」「夏に?とんでもない」とおっしゃる気持ちは、実はアタシもわかります。

確かに夏の暑気を忘れされてくれるようなジャズだったら、西海岸系のカラッとしたオッシャレ〜なジャズの方がいい、もっといえばわざわざジャズなんか聴かんでも、ボサ・ノヴァとかそういうのもある。

でも、なんつうか、なんつうかこう、アタシはこの、忘れようとしたってどうしようもなくジリジリと身に迫ってくる不快な夏の暑さを真っ向からやっつけてやりたい。そんな気持ちが勝ってしまうので、夏はどうしても「夏以上に重く暑苦しい音楽で戦いたくなる」のです。

えぇ、戦ったところで勝てっこない、相手は大自然ですから、んなこたぁわかっています。そんなことを言ってたんじゃあ音楽なんか聴けやしない、どうせ人間なんてちっぽけな存在なんだから感動したり楽しんだりしながらダラダラと生きていきましょうではありませんか。

そんなこんなで本日もコルトレーン参加のレッド・ガーランド4部作、おぉ、今日は最後の一枚『ソウル・ジャンクション』ですね。

録音は全て1957年11月15日、つまり2日間あったマラソン・セッションの初日の録音でまとめられております。

ガーランドのマラソン・セッションは、1957年の11月15日と12月13日の2日間で全15曲(『ディグ・イット』に入ってる『C.T.A.』だけが曲数調整のために他のセッションから持ってきた曲)あり、そのうち初日のセッションだけで何と10曲がレコーディングされておりますが、ポップスのように1曲2,3分ではなく、4,5分から長くて15分越えのジャズでこれをやっちゃってるところが本当に凄いことなんです。

ガーランドとコルトレーンは、当時「最高のバンド」と高く評価されたマイルス・デイヴィスのバンド出身であり、前年の1956年にはマイルス名義の元祖”マラソン・セッション4部作”にも参加しております。

その頃のマイルスは「レコードに収録されているぐらいのクオリティの演奏なら、毎晩のライヴでフツーにやってたよ」といいますね。そんな事を意識しながら『クッキン』『リラクシン』とかの名盤聴くと「こ...このレベルの演奏が日常って...」と、感動を通り越して眩暈を覚えてクラクラするんですが、はい、ガーランドの4部作も、演奏内容と空気感ではマイルスのそれに少しも劣っていませんぞ。






Soul Junction

【パーソネル】
レッド・ガーランド(p)
ドナルド・バード(tp)
ジョン・コルトレーン(ts)
ジョージ・ジョイナー(b)
アート・テイラー(ds)

【収録曲】
1.ソウル・ジャンクション
2.ウッディン・ユー
3.バークス・ワークス
4.アイヴ・ガット・イット・バッド
5.ハレルヤ



演奏は「ガーランドとコルトレーンのセッションといえば」のブルースから始まります、タイトルはアルバム名にもなった『ソウル・ジャンクション』。

まず、ガーランドの長い長い、8分を超えるソロなんですが、これもう最高!訥々とした単音から、徐々に音数を増やしていって、穏やかなテンポの奥底が気持ちよく揺れたり震えたりするグルーヴを、ガーランドこれでもかと醸し出します。

ガーランドの”ブルース”は、何度も言うように、いわゆるコテコテ、アーシーで泥臭いそれではなく”引き”を十分にわきまえた、ジャズの人ならではの、とことん洗練されたブルース。しかも、それでいて全然薄くなくて、形式の”ブルース”に終わらないところがミソなんです。

どんなにサラッと弾いても「ポン」とひとつの音をピアノで鳴らした瞬間に、空間にじわ〜っと滲み出る、何ともやるせないフィーリング、うんうん、これがブルースですよねぇ。

この曲、もうピアノとベースとドラムだけで聴いてもいいぐらいの完成度なのですが、ここで出て来るんですよコルトレーンが。ガーランドがピアノを弾いている、大都会の華やかなラウンジに「あの〜・・・和田さんゆう人おってですか・・・」ぐらいの、仁義なき戦い広島死闘編の山中(北大路欣也)みたいな感じでぬぼーっと出て来るんですが、徐々にしっとり、そして盛り上がるといつの間にか場の空気を完全にソリッドな”コルトレーン色”に変えていつの間にか主役になっておる。


これも何度も言いますが、この「ガーランドが作り上げたエレガンスをコルトレーンが塗り替えたそのコントラスト」が、このアルバムのみならず、セッション全部を通してたまんないんです。「ジャズが好き」という聴く側の心を、どの瞬間も刺激してくれるこのコントラスト、はぁ、いいなぁと思ってたら、今度はドナルド・バードのトランペットが、より土臭いフィーリングでブルースを高らかに歌い上げる。

コルトレーンのセッションでは、その土臭さゆえに時々「いらん」と言われてしまうバードですが、いやいや要るでしょう。少なくともガーランドとコルトレーンの組み合わせでは、味わいに欠かせないダシ汁のようなバードの味わいが演奏全体の濃度を高めているんです。

『ウッディン・ユー』『バークス・ワークス』は、ディジー・ガレスピー作曲のバップ・ナンバーで、どちらもミドル・テンポで軽快に走るテンポが、スローな曲をやるよりもリラクゼーション効果を生み、ガーランド、コルトレーン、バードと今度は絶妙に”合った”感じの音色とフレージングで、上質なモダン・ジャズのお手本ですな。

『アイヴ・ガット・イット・バッド』は、イントロの美しいピアノのフレーズが香気を漂わせながら揺れるバラード・ナンバー。

ガーランドが和音でメロディを弾く合間に「ポロロロン」と零す単音のフレーズが、宝石のように美しい。この曲は珍しくコルトレーンじゃなくてバードのトランペットからソロが始まりますが、ブルース吹く時のやるせなさとはまた違った、繊細なハスキートーン、なんてカッコイイんだろう。そしてコルトレーンも吐息を混ぜながらメロディをひたすら丁寧に吹いております。

ラスト『ハレルヤ』は、ハイ・テンポでガーランドもコルトレーンもバードも、ジョイナーもテイラーも走る、走る、ひたすら走る(!)途中コルトレーンがソロ吹いてる時にバックがジョイナーのベースだけになる場面があるんですが、この緊張感凄いです。

「あー、こりゃもう最初のブルースだけでも幸せだな〜♪」とか思ってたら、最後の最後に「この瞬間だけを聴くためにCDの再生ボタンを押してもいい」って場面がありましたよ。うん、実にスリリング。

そう、ベースのジョージ・ジョイナー、最初は「なんだよ、ガーランドとコルトレーンつったらベースはポール・チェンバースがいいのに」とか思いましたが、ジョイナーのベース、セッション全体を通して大健闘どころか、ブルース曲ではもしかしたらチェンバース以上にしっくりきてるのでは?とすら思います。

そしたらアナタ、この人実はこのレコーディングの直前までB.B.キングのバンドメンバーで、ブルースはもうバリバリ弾いてた人だったんですね。いやはや恐れ入りました。






”レッド・ガーランド”関連記事



”ジョン・コルトレーン”関連記事


『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』


サウンズパル店主高良俊礼の個人ブログ
http://ameblo.jp/soundspal/
posted by サウンズパル at 22:06| Comment(0) | 大コルトレーン祭 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年07月31日

レッド・ガーランド ハイ・プレッシャー


th4QQ9IKEU.jpg

レッド・ガーランド/ハイ・プレッシャー
(PRESTIGE)


さて皆さん、7月も最終日となってしまいました。

今年はちょいとアタシが体調不良とか何とかで、なかなか気合いの入った連日更新が出来ておりません。

大変申し訳なく思っておりますが、それでも毎日このブログをチェックしてる方々が結構いらっしゃって、本当に有難いことです。

えぇと、はい、この数日は「レッド・ガーランド強化月間」で、1950年代のガーランドとコルトレーンが共演した”マラソン・セッション4部作”について書いておりますが、お前しっかりしろ、ガーランドはマラソン頑張ってるけど、お前は息切れしてるじゃないかと、自分で自分にツッコミ入れながら今書いてますよ〜。

はい、そんな訳でガーランド、マラソン・セッション4部作は後半戦あと2枚です。

本日ご紹介するアルバムは『ハイ・プレッシャー』こちらも1957年11月と12月のたった2日間のセッションから集めた全5曲入り。

毎回のように言っておりますが、ガーランドとコルトレーンが組んだPrestigeのアルバムは、どれも50年代一流のジャズマン達ならではの最高の空気感と、リラックスと緊張を絶妙なバランスでたっぷりと楽しませてくれる、つまり極上な作品揃いで甲乙付け難い良盤”しか”ありません。

更にその上、4枚のどのアルバムにもそれぞれ”聴きどころ”や”目玉の曲”というのがあって楽しめるというから、これはもうたまんないんですよ。

かく言うアタシも、最初ガーランドという人のことは

「マイルスのバックでそつのないプレイを聴かせてくれる職人肌のピアニストだな」

と思っておりました。

つまり、派手さはないが味のあるタイプだと思ってて、まぁそんなガーランドがコルトレーンを引き立ててるアルバムだろうから悪かろうはずがない、マイルスのバンドで一緒にやってた仲だしね。

ぐらいに思ってたんです。

ちょいと意地悪な書き方をすれば

「コルトレーン参加作の中では、まぁ無難にカッコいいアルバムが、4部作であるということだろうから、まぁ徐々に集めていけばいっか」

ぐらいに、まぁナメてたんです。


ところがこの4部作、聴いてみたらばこれが「まぁ無難にカッコイイ」どころの話じゃなくて、最高にシビレる素晴らしい作品だった。

しかも、成長著しい時期のコルトレーンの引き立て役だろうと思ってたガーランドのプレイが(リーダーだから当たり前なんですが)、コルトレーンのイケイケなプレイと並行の位置の同じ高さにあって、グルーヴと落ち着きの両方でもって完璧に響き合って溶け合っておるもんだから仰天して

「ひえぇ、レッド・ガーランドってこんなにキャラの立ったカッコいいプレイをする人だったんだ!」

と、初めてその凄さを認識しました。

で、今日ご紹介する『ハイ・プレッシャー』であります。





High Pressure

【パーソネル】
レッド・ガーランド(p)
ドナルド・バード(tp)
ジョン・コルトレーン(ts)
ジョージ・ジョイナー(b)
アート・テイラー(ds)

【収録曲】
1.ソフト・ウィンズ
2.ソリチュード
3.アンディサイデッド
4.ホワット・イズ・ゼア・トゥ・セイ
5.トゥー・ベース・ヒット


(録音:BC1957年11月15日,@AD12月13日)


このアルバムは「ノリノリの曲」と「美しいバラード」の2本立てです。はい、難しいことは言わない、聴いている人はパッと聴いて「いぇいゴキゲン!」か「あぁ、いいわぁ・・・」と素直に感じておればいいし、また、どんな人にも、たとえばジャズとかよくわからん、何がいいの?って人でも、1曲目の『ソフト・ウィンズ』からもうノリノリのグルーヴに耳とハートと腰を持っていかれてウキウキせずにはいられないってヤツです。

そう、この盤の大きな目玉はとにかく1曲目、のっけからガーランドのピアノがとにかく走る走る、転がる転がる(!)

ガーランドって、自分が前に出て凄腕を披露することよりも、一音から出る雰囲気とバンド全体のノリをとても大事にする人で、決してテクニックを売りにするタイプじゃないから、そこんとこ誤解されがちになって地味とか大人しいとか言われることも多いのですが、いやアナタ、この軽快に走りながらどんどんふくよかに拡がってゆくメロディ・ラインの美しさを聴いてごらんなさい、どんなにノリノリで弾いてもフレーズの美しさ、ノリノリなはずなのにそのフレーズ聴いたら何故か「あ、美しい」と思ってしまうこのセンスの最高なとこ、これはもう凄いテクニックです。

そしてこのアルバムのもうひとつの目玉が、今度はバラードで容赦なく美しい『ソリチュード』これはデューク・エリントンの名曲で、多くのカヴァーが存在しますが、アート・テイラーが刻むしっとりとしたブラシでのリズムに合わせて豊かに響くジョージ・ジョイナーのウッドベースの音、これだけでもうしっかりと”音楽”なのに、ガーランドの憂いを帯びた美の塊のようなピアノがかぶさるともう窒息しそうな切なさがこみあげてきます。続くコルトレーン、バードのソロも儚くて儚くて涙腺はずっとホロホロ。

他の曲も同じ水準で本当に質感が擦り減らない、この時代のジャズの人達の凄さに嫌でも感服せざるを得ない素晴らしい演奏ですが、もうアタシはいつも冒頭2曲を聴くだけで胸がいっぱいになりますので今日はこの辺で。





”レッド・ガーランド”関連記事



”ジョン・コルトレーン”関連記事


『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』


サウンズパル店主高良俊礼の個人ブログ
http://ameblo.jp/soundspal/
posted by サウンズパル at 23:28| Comment(0) | 大コルトレーン祭 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする