ディープなコラム こちらにも書いてます♪

2017年10月17日

ベニー・ゴルソン グルーヴィン・ウィズ・ゴルソン

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ベニー・ゴルソン/グルーヴィン・ウィズ・ゴルソン
(Prestige/ユニバーサル)

え〜、世の中には「ジャズが好き」という方が結構いらっしゃいます。

で、そういう人達というのは、ほとんどが大人になってから

「何か家で落ち着いて聴ける音楽がいいなと思ってたらジャズが良かったんだよね」

と、何となくジャズの”イイネ”に気付いた方がほとんどです。

これはとっても素晴らしいことだと思うんですよね。

若い頃は流行の音楽を夢中で追っかけたり、刺激が欲しくてライヴやフェスなんかに行くでしょう。

でも、大人になって気付けば仕事に追われ、結婚したら家庭が最優先になって、すっかり「音楽を聴く生活」から離れてしまう。

そんな時、名前も曲名も知らないけど「何となく耳に入ってきた音楽が素晴らしかった」これ、本当は一番理想の音楽との出会いとか再会だと思うんですよね。

そうして「ジャズを好きになる人」が出てくると、今度はミュージシャンの名前とか、どんな感じの曲が好きなのか、少しづつ知ってくるようになるんです。

大体の人が、最初に出会うジャズ・ミュージシャンというのが、いわゆる”ジャズ・ジャイアント”という人達だと思います。

マイルス・デイヴィス、ジョン・コルトレーン、ビル・エヴァンス、アート・ブレイキー&ザ・ジャズ・メッセンジャーズ、ソニー・ロリンズ、バド・パウエル、チャーリー・パーカー、セロニアス・モンク。

或いはハービー・ハンコック、チック・コリア、キース・ジャレット、ジャコ・パストリアスなどなど・・・。

この人達は、ジャズの中でもズバ抜けて大きな足跡を残した人達で、録音された音源も、何というかズバ抜けてカッコイイことをやっております。

で、ここからが大事なんです。

実は、ジャズを「あ、何かよくわかんないけどかっこいい音楽だよね」という雰囲気、そう、名前を知らずとも、曲を知らずとも、多くの人をジャズという素晴らしい音楽に惹きつけてくれる、あの暖かくて優しくて、ちょっぴりニヒルでワルな独特の雰囲気。

これを醸し出している「そんなに有名じゃないけどいい感じの人達」というのがジャズにはいっぱいいて、実はこの人達の演奏というのが、ジャズを聴く人達を

「ジャズが好き」

から

「ジャズいいよね〜、たまんなく好き〜」

にアゲてくれる演奏だったりするんです。

はい、ちょっと訳がわからんですよね。

つまり「超一流シェフの作る高級料理」が、さっき挙げたジャズ・ジャイアンツ達の一世一代の名演や名盤なら、「近所のたまんなく好きなカフェとかレストランの美味しい料理」を作る、ジャズマン達というのがおるんですね。

当ブログの”ジャズ”のカテゴリでは、そういった超有名ではないけれども、その人ならはの飽きない味を持つミュージシャンの作品を、できるだけ多く紹介しております。

えぇ、高級料理の味わいは格別だけれども「私だけのお気に入り」ってやっぱり近所の「ここのお店好きなんだよね、落ち着くんだよね」っていうお店のごちそうだったりするんですよ。

で、今日は皆さんに、アタシの”近所のごちそう”をご紹介します。

ジャズ、テナー・サックス奏者のベニー・ゴルソンといえば、1950年代から60年代のモダン・ジャズ(ハード・バップ)全盛の頃に活躍した人で、テナー、トランペット、トロンボーンによる必殺”ゴルソン・ハーモニー”っていうキメのフレーズで世のジャズ好きをして大いに「イェ〜イ♪」と言わしめた人です。

一番有名な例を挙げますと、アート・ブレイキー&ザ・ジャズ・メッセンジャーズの代表曲であり、最近はNHK「美の壺」のテーマ(?)としてお茶の間でも有名過ぎるほど有名な「モーニン」。

アレの冒頭の「タッタターラララタッツター♪」というメロディのアレンジは、このゴルソンの手によるものです。

他にもこの人のアレンジした曲で、ジャズ詳しくない人でも「お、それ聴いたことあるぞ」な名曲名演はいっぱいあるのですが、ひとつひとつを挙げるとキリがありませんので今日は

「美の壺のあの曲のアレンジはベニー・ゴルソンなんだな」

ということだけ、何となく頭の片隅にでも置いてやってください。

とにかくこの人は、表に立って華やかなスポットを浴びるスターというよりも、アレンジャーや作曲家としての裏方としてのいい仕事が有名なんです。

でも、実はアタシ、この人のまろやかな渋味に満ちたテナー・サックスこそ、ジャズを好きになって「あ、これは何かたまんなく好きな部類のスタイルだ」と、こよなく愛しておるんです。

この人のテナー・サックスは、太くゆったりした音で、とにかく「ズズズズ・・・・」という吐息の混ざった音(サブトーンといいます)が心地良く暖かい。

で、多分サックス奏者として過小評価されているポイントはここだと思うんですが、どちらかというと速いテンポの曲でテクニカルなフレーズでグイグイ前に出るのよりも、ちょいとテンポを落としたブルージーな楽曲で、その太く豊かなトーンを活かした噛み締めるようなプレイにそこはかとない味わいの妙がある人なんですよ。

この人の「ぼへぼへぼへ〜」というテナーの音が出てきたら、どんな演奏でもいい感じにダウナーで、ちょっと影のある”大人のジャズ”になってしまう。

時代の先端を行く革新性も、天才的なアドリブの煌めきもないけれども、その噛み締めるワン・フレーズからジワッと沁みる男の哀愁や優しさの、何とカッコイイことだろう。テクニカルでは決してない、でもその音やちょっとしたフレーズの味わいには、誰にも真似できない豊かな響きとコクに溢れているのです。





【パーソネル】
ベニー・ゴルソン(ts)
カーティス・フラー(tb)
レイ・ブライアント(p)
ポール・チェンバース(b)
アート・ブレイキー(ds)

【収録曲】
1.マイ・ブルース・ハウス
2.ドラムブギー
3.時さえ忘れて
4.ザ・ストローラー
5.イエスタデイズ

そんなゴルソンの、テナー吹きとしての魅力を味わいたいならコレ!なアルバムが『グルーヴィン・ウィズ・ゴルソン』であります。

アレンジャーとしての得意分野は3管以上のちょっと大きめの編成ですが、ここでホーンを担当するのは本人とトロンボーンのカーティス・フラーのみ。で、バックはレイ・ブライアントのブルース職人ピアノと、ポール・チェンバース、アート・ブレイキーの超絶一流リズム隊であります。

ジャズの2管編成っていったら、普通はサックスとトランペットなんですよね。でも、ここでは高音担当のトランペットではなく、あえてミドル音域のトロンボーンを持ってきているところがヒジョーに重要なところなんですね。

カーティス・フラーのトロンボーン、アタシは”まろみ”って言ってますが、何とも人なつっこい味があるんです。

トロンボーンという楽器は、ボタンが付いてなくて、横についているハンドルをスライドさせることで音程をコントロールするんですけど、これがなかなかに難しくて(何人か例外的なテクニシャンはいますが)大体音がスパッと繋がらずにボホホンとした感じになってしまう。でもこれがジャズだと大変にそれっぽい泥臭い雰囲気が出てカッコイイんです。で、カーティス・フラーは、その”雰囲気”の塊のような音を出す人です。

この”まろみ”と、ゴルソンの中〜低音域を中心とした、男らしく実に渋いテナーの音色が、もうほんと絶妙であります。

どっちもまろやかな感じになるんだったら、機動力の高いサックスの方が高音使ってエッジの効いたフレーズを使った方が演奏にメリハリが付くと思うところなんですが、あえてそっちに行かず「どっちも溶け合って気持ちいい」演奏にしっかり軸足を置いてブレない、曲もスピーディーなものは極力使わずに、ミディアム以下のブルースやバラードでまとめているところも流石です。そしてこういうミディアム・テンポの曲にこそ、聴く人を飽きさせない、尽きせぬブルースの美味しさがギュッと詰まっていることを、ゴルソンはちゃーんと分かっています。

そしてバックの中心になっているドラムのアート・ブレイキー。

似たようなキャラの溶け合う音色とフレージングで仲良くソロを交換しているフロントを、どっしり支えつつ、ポール・チェンバースとガンガン煽るスタイルで、演奏を単調なものにしません。

「似たような曲ばかりで飽きるかな」と思わせておいて、それぞれの曲の持ち味、ゴルソン、フラー、そしてレイ・ブライアントとそれぞれ職人タイプながら微妙に違う個性が一瞬光った時を漏らさずにオカズを加えるドラミングは、これも真似しようと思って出来るものではありませんね。

アルバムで最高に「イェ〜イ」となるのが4曲目「ザ・ストローラー」です。

この曲だけややアップ・テンポでノリノリなんですが、ここでのゴルソンは凄いですよ。ズ太い音でゴリゴり吹きまくって「いや、ゴルソン本気出したら凄いじゃん!」と、思わせる勢いがあります。そんなゴルソンゴルソン言われても、何か全然ピンとこんという人は、この曲だけ聴いてもらってもいいです。この音、このズッシリとした加速、この渋さ、これがジャズ・テナーです!


サックス奏者としての確かな実力は持っているんだけど、それより何より曲やバンド全体のアレンジを聴かせるために、普段は一歩引いて共演者を立てているゴルソンが、純粋なプレイヤーとして遠慮なく吹いていて、その愚直な力強さにはジャズの良心みたいなものを感じて止みません。

もし「ジャズ聴きたいけど、やっぱり最初は有名な人のアルバムを買わなきゃダメ?」と悩んでる方がいらっしゃいましたらそんなことは全然ないですよ。有名じゃないけど、こういういい感じの飽きないものもいっぱいありますよ〜。と。







『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

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2017年10月14日

ジンジャー・ベイカーズ・エア・フォース

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ジンジャー・ベイカーズ・エア・フォース/Ginger Baker's Air Force
(Lemon)

1960年代後半から70年代初頭という時代の音楽というのは、本当に面白くて、何が面白いかって、この時代は全盛を極めていたロックが「もっと誰もやってないことを!」と、ジャズやファンクなど、ちょっと違うジャンルの音楽を取り込んで、個性的なバンドや面白いアプローチをするミュージシャンの百花繚乱状態だったんです。

で、更に面白いのは、そういうロックサイドの動きに敏感に反応したジャズやソウル界隈のミュージシャン達が「何だよ、オレらにも出来るんだぜぇ」と、次々と電気楽器を導入した大胆な”脱ジャズ”のスタイルでライヴをかましたり、作品をリリースしたことによって、互いに刺激し合う環境が整い、更に刺激に溢れたカッコイイ音楽、意表を突くジャンルレスな音楽が次々に生み出された。このフリーダムに尽きます。

特にロックとジャズを掛け合わせた「ジャズロック」というのが、この時期ぼちぼち出てくるんです。

今日はそんなジャズ・ロックの名作アルバムを紹介しますね。はい、ジンジャー・ベイカーが1969年に結成した大所帯バンド”ジンジャー・ベイカーズ・エア・フォース”のデビュー作にして、凄まじい熱気に満ちた最高にかっこいいライヴ・アルバムです。

さて皆さん、ジンジャー・ベイカーといえばほとんどの人が「クリームのドラマーだよね」と答えるかも知れません。や、かも知れませんじゃなくて、音楽好きの人なら、十割方九割はそう答えるでしょう。はい、クリームのジンジャー・ベイカーであります。

クリーム時代はジンジャー・ベイカー(ベース、ヴォーカル)、エリック・クラプトン(ギター)と組んだ力強いトリオ・サウンドを「バシッ!」「ダカドコドコ!」と、パワフルに打ち鳴らされる硬派なドラミングで支えておりましたジンジャー・ベイカー。

そのワイルドなドラム・スタイルと直結で結びつく毒舌&偏屈なキャラクターも何というか実に正直で憎めない人であります。そう、ジンジャー・ベイカーの愛すべきところは、ドラムも人格も、全て動物的直観で成り立ってるかのような、その野人ぶりでありましょう。

そんなジンジャーの野人ぶりは、クリーム解散後に、実は遺憾なく発揮されます。

我の強いメンバーで結成されたクリームは、元より結成前から険悪だったジンジャーとジャック・ブルースの間で度々トラブルが起きておりました。

結局終始行動を共にする中でジンジャーとジャックの不仲の溝は埋まるどころか修復不能な状態になってクリームは解散。ジャックが出て行く形でジンジャーとクラプトンは、かねてより親交のあったスティーヴ・ウィンウッド(トラフィック、元スペンサー・デイヴィス・グループ)、リック・グレッチ(ファミリー)らとブルース・ロック・バンド”ブラインド・フェイス”を結成しましたが、このバンドは多くのファンにとっては「クリームの後継ブルースロック・バンド」としか捉えてもらえず、また、オリジナル曲も少なかったので、ライヴでは求められるままにクリームやトラフィックのナンバーをやっていたといいます。

結局クラプトンが、クリーム時代の残滓を背負うのに疲れ、このスーパーユニットはたった半年で終わってしまうのです。

でも、ここで終わらかなかったのがジンジャーなんです。

「ジンジャーどうしよう。エリックがやめるってさ」

「何かもう疲れたとか言ってたんだよな、アイツ大丈夫かな・・・」

「あぁ、エリックはしょうがねぇよ。クリームん時からジャックのワガママで相当参ってたからな(←注:お前が言うな)。あぁしょうがねぇ。じゃあ俺たちでやるしかねぇんじゃねぇか?俺は正直お前らとはもっと演奏したいからどうだ、もうこの際だから新しいバンド組んでよぉ・・・。あ、ちょっと待て、実は俺ァ前からあっためてきたアイディアがあったんだ。いいか、これからはありきたりのブルースやってても、客に飽きられるだけだし、まぁオレらやお前らのトラフィックなんかに影響受けただけの大したことねぇヤツらばっかりだが、ブルースロックのバンドなんか履いて捨てるほどいやがる。だからな、ヒッヒッ、時代はジャズだよ」

「ジャズだって!?いいねぇ」

「やりたかったんだよ、エリックの家でも何度かセッションしたぜぇ」

「よーし、そうなりゃ話は早い。バンド名は”ジンジャー・ベイカーズ・エア・フォース・ワン”で決定な。それと、お前らだけじゃ心細いと思うから、俺がジャズにも対応できる新しいメンバーを連れてきてやる」

と、待ってましたとばかりにイニシアチブを握りまくってゴキゲンなジンジャーによって、1969年「ロックのヤツらがジャズをやるイカしたバンド」が結成されました。

奇しくもマイルス・デイヴィスが問題作とされたエレクトリック・ジャズの名盤「ビッチェズ・ブリュー」を世に出したのと同じ年の出来事であります。




【収録曲】
1.Man
2.Early in the Morning
3.Don't Care
4.Toad
5.Aiko Biaye
6.Man of Constant Sorrow
7.Do What You Like
8.Doin' It

さあ、ジンジャー・ベイカーが気合いを入れて前からずーーーーっとやりたかった自分が好き放題できるバンドでジャズをコンセプトに結成したバンドのファースト・アルバム!総勢10名でサックス、パーカッションも入ったちょっとしたオーケストラ編成であります。

ジンジャーはワイルドだから、スタジオでちまちまなんかやりません。何とこれ、ライヴアルバムなんですよ。

ザッとメンバーを書いてみますと


ジンジャー・ベイカー(ds)
スティーヴ・ウィンウッド(vo,key)


この2人は言うまでもなくブラインド・フェイスからそのまんまの残留組で、ムーディー・ブルースから

デニー・レイン(g,vo)

が加入。

ブルース・ロック界隈の重鎮であるリック・グレッチ(b,vln)に


ホーン隊は

グラハム・ボンド・オーガニゼイションのグラハム・ボンド(as)、トラフィックからクリス・ウッド(ts,fl)ドノヴァンやブロッサム・ディアリーなどのバックも務め、後にオーネット・コールマンなどと共演を果たすジャズ・ミュージシャンのハロルド・マクネア(ts,fl)です。


ヴォーカルには”ドクター・ジョン”の紅一点で、リック・グレッチの奥さんになるジネット・ジェイコブス(vo)更にジンジャーの師匠であり、イギリスジャズ界ではベテランとして尊敬されていたフィル・シーメン(ds)、そして何気にこのアルバムで大きな存在なのがナイジェリア人のパーカッショニスト、レミ・カバカ
であります。

ザッと名前を並べても、純粋に”ジャズ”のフィールドと言えるのは、ハロルド・マクネアとフィル・シーメンで、どんなジャズ・サウンドなんだろうと、嫌が上にも想像が膨らみます。

で、やはりそのサウンドは、ジンジャーの縦の構えからズバッ!ズドン!とタイトに決まるドラミングを中心とした、ロック色の極めて濃いサウンドに仕上がっており、ありきたりの4ビートでお茶を濁した音にはなっておりません。

ホーン・セクションもアンサンブルを奏でるというよりは、長い楽曲の中でそれぞれが自由に即興演奏を楽しんでいるという感じ。ヴォーカルもメインで歌モノをするのではなしに、絶妙なコーラス・ワークで全体の流れの中に良い意味でアクセントになっており、つまりは「ロックのノリを大事にしつつ、その幅をグッと拡げるために即興度の高い楽曲と、ジャズやファンクのエッセンスをちりばめた」と言うべきか、ジャズの人達がロックの要素を取り入れた”ジャズ・ロック”ともまた一味違った、ザックリしたノリとグルーヴを、構えることなく自由に楽しめるという意味において、熱気とユルさのバランスが実に素晴らしく混ざり合っております。

で、後半にモロなアフロ・ポップなノリでグイグイテンションを挙げるレミ・カバカの素敵な煽りに満ちたナイジェリア語のヴォーカルとパーカッション(!)ジンジャーは実はナイジェリアの大物、フェラ・クティと親交があって、共演作も出すんですが、アフロ・グルーヴの中であくまで縦のへヴィなビートを繰り出すジンジャーのドラム、これが見事にアルバムのハイライトになっております。

いわゆるジャズの人達が演奏する”ジャズロック”の粘ったノリとはまた違う、ロック的混沌に溢れ返ったゴッタ煮の楽しさ、それはつまりこの1960年代末から70年代の音楽そのものの”誰が何をしでかすかわからないワクワク”をそのまんま荒削りに詰め込んだものでもあります。





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2017年10月11日

ペドロ・サントス クリシュナンダ

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ペドロ・サントス/クリシュナンダ
(CBS/Mr.Bongo)

で、10月になって10日以上が経過しておるんですが、相変わらず汗ばむ陽気が、ここ奄美では続いております。

まーなんだかねー、こんなクソ暑いのに選挙まで始まったんじゃあうるさいし暑苦しいことこの上なくてたまんないよねー。

とかいうのが、街で会う友人知人らとの共通の挨拶のようにもなっております。

あぁ、ほんともう・・・。

と、暗くなってもしょうがないので、どうせだからまだ何となくほにょほにょしてる、この夏っぽい空気を楽しむ方向に持っていきましょう。

ブログでは久々のブラジル音楽です。

ブラジルといえば、ボサ・ノヴァが圧倒的人気を誇る昨今ですが、ボサ・ノヴァが誕生した1960年代というのは、ブラジル音楽全般でも、あらゆるところで様々な新しいサウンドが生まれ、面白い作品がたくさん残されているんです。

ボサ・ノヴァを生み出したブラジル音楽といえばやはりサンバ、そしてヨーロッパ音楽のルーツを色濃く残すショーロでありますが、そのサンバから、よりポップで活きのいいビートを強調した音楽としてMPBというのが生まれました。

1960年代、ブラジルの若者達は、洒落たバーやカフェでボサノヴァを楽しみ、更にもっと砕けたカジュアルな遊び場で、最新のMPBに合わせて踊るライフスタイルを謳歌しておりましたが、1964年にクーデターによる軍事政権が誕生し、歌詞にちょっとでも反体制的と見られるものがあったら発売禁止や投獄など
厳しい弾圧を行い、そのためボサ・ノヴァの主だった歌手や作曲家は、次々に海外へ亡命、特にアメリカへ渡った人が多く、ボサ・ノヴァは本国を離れて、アメリカでブームが起きて、やがてそれが世界的な流行へと拡大していった訳なんですね。

で、本国に残されたミュージシャン達はどうしたか?

彼らは

「おい、うっかり政府批判みたいなこと歌ったりしたらえらいこっちゃで、でも楽しみたいからノーテンキな音楽やるんやで」

と、サンバの繊細な悲壮感やボサ・ノヴァのメッセージ性をなるべく思い出させないような、イギリスやアメリカのロックなどに影響を受けた、メッセージも何もない、ただ「踊ろうぜ!楽しもうぜ!」(暴動を連想させる「騒ごうぜ」はアウト)と、ひたすら快楽的な音楽をやるようになったんですね。

この中から徐々にアメリカのサイケデリック・サウンドに影響された連中が、快楽的なサウンドに土着的な要素やサウンドコラージュなどのエフェクト音をまぜこぜにした音楽をやるようになり、これが「ブラジリアン・サイケ」として、後年愛好家やコレクターの間でカルトな人気を得るようになるんですが、その頃は軍事政権が厳しく音楽家の出入りを禁じていましたものですから、このテの音楽はリアルタイムでは外に流れず、主に国内だけで消費されて盛り上がっておったのです。

え?じゃあなんでアメリカやイギリスの音楽はブラジルでガンガン流行ったの?って?そこはほれ、あんまり大きな声では言えませんが、軍事独裁政権というのは、当時世界的な流行だった左翼革命政権とか、考え方が社会主義に近い政府が南米に出てくることに危機感を持ったアメリカがこっそり支援してたからなんですよ。

はい、大人の事情わかりました?というわけで、今日はそんな”ブラジリアン・サイケ”の面白いアルバムを皆さんにご紹介いたしましょう。




【収録曲】
1.Ritual Negro
2.Ague Viva
3.Um So
4.Sem Sombra
5.Savana
6.Advertencia
7.Quem Sou Eu?
8.Flor De Lotus
9.Dentro Da Selva
10.Desengano Da Vista
11.Dual
12.Arabindu


パーカッション奏者、ペドロ・サントスによる、1968年リリースの、これは何といえばいいのか、トロピカルに打ち鳴らされるパーカッション、B級映画のサントラのような、壮大なのかチープなのかよくわかんない、ゴージャスなホーン・セクションが入ったファンクっぽい音楽なのかなーと思ったら、妙ちきちんなアナログシンセによる効果音に、必殺仕事人の音楽みたいなエレキギター、テープの回転数をいじって作られた、空間系ならぬ”空間歪み系”のエフェクトの数々・・・。

さながらこれは、アマゾン川流域の、すごーい奥地にある幻のリゾートホテル(結局奥地すぎて客がこなくなって倒産した)の廃墟で行われる、原住民と原住民化したヒッピーによる、トロピカル盆踊りといったところでしょうか。

ただ、欧米のサイケはファズギターとオルガンなんかがメインですが、こちらは余りにも多様な音が絶妙に入り乱れている上に、土着の楽器や土着の臭いをふんだんに散りばめた楽曲ゆえに、サイケと意識しなくてもナチュラルにサイケな音楽になっているというところがミソなんです。

最初は「すげぇ、こんな音楽聴いたことねー!」でびっくりしますが、聴いているうちに不思議な中毒性にジワジワやられて「あひゃひゃひゃ〜、これすろくいいよえー」とか言いながら聴いてしまうようになってしまいます。

とりあえず”サイケ”つってもそんなにエグくないし激しくないし、いい感じのカフェでBGMでかかっていても、シャレたDJイベントで流れてても全然おかしくないぐらいクールですが、緩やかに効いてくるほんわかした猛毒が込められている音楽ですので、良い子はぜひ聴きましょう

それにしてもこの辺の南米サイケの音盤って、昔はCD化はもちろんされていなくて、LPはン万円もするオリジナル盤を探し回ってやっと入手できるかできないかだったのに、今はCDで聴けるし、最発盤のアナログ↓も出ております。

時代は変わりましたのぅ。。。









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2017年10月10日

スヌークス・イーグリン New Orleans Street Singer

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スヌークス・イーグリン/New Orleans Street Singer
(Smithonian Folkways)

独特のリズム感でもってソロにカッティングにと自由自在な個性を輝かせる信じられないギター・テクニックと、のほんとした声(のほほんではない)でもって、聴く人の感情にしんみりと訴える”情”の歌声。そして、ブルースからR&B、ソウル、ファンク、ジャズ、カントリー、フラメンコまで、とにかく演奏できるものならどんな音楽でも片っ端から自分のスタイルに取り込んで、そこに見事なオリジナリティを開花させてしまう、人呼んで”人間ジューク・ボックス”それがニューオーリンズの魔物、スヌークス・イーグリンなのであります。

そのキャリアは1950年代の半ばから、亡くなる2009年まで、実に50年以上にも及ぶ人ですが、アコースティック・ギターを持ってのブルース弾き語りが主だった初期と、ブルースをベースに様々な音楽をクロスオーヴァ―させた独自の幅広い音楽性が花開いた60年代以降に、音楽性は大きく分割されますが、どのスタイルでもその尋常ならざるテクニック(特にカッティングにおけるタイム感)のギターと哀愁のヴォーカルぶりは最大に発揮されており、多様性の中に一本芯の通ったものを感じさせるブルースマンです。

スヌークス・イーグリン、1936年ルイジアナ州ニューオリンズに生まれ、1歳半の時脳腫瘍と緑内障の後遺症で失明。5歳の時に父親にギターを与えられ、ラジオで聴く全ての音楽を耳コピし、11歳で地元のラジオ番組誌主催のコンテストで優勝し、10代半ばの頃には既に地元ニューオリンズではプロとしてバンド活動をしておりました(この時一緒にバンドをやっていた人として、まだ13歳だったアラン・トゥーサンがおったようです)。

ソロ・アーティストとしては1953年、17歳の時に地元の大学から、民俗学の資料としてのレコーディング以来が来ます。で、ここからが彼のソロ・アーティストとしてのキャリアはスタートするのです。

このブログでスヌークス・イーグリンを紹介するのは今日が初めてで、個人的にはその”何でもアリ芸”が円熟の境地に達した80年代後半のアルバムとかから皆さんに聴いて頂きたい気持ちもあったのですが、今日ちょいと彼の初期のアコギ弾き語りのアルバムを聴いていたら

「や、アコースティックだけど、実はこの人はこの時から何でもアリじゃないか。うん、ありきたりのブルースじゃないし、ギターを集中して聴くにも最高だ。うほ♪」

となりましたので、初期のアコースティック音源をまずはオススメとしてご紹介いたしましょう。




【収録曲】
1.Looking for a Woman
2.Walking Blues
3.Careless Love
4.Saint James Infirmary
5.High Society
6.I Got My Questionnaire
7.Let Me Go Home, Whiskey
8.Mama,Don't Tear My Clothes
9.Trouble in Mind
10.Lonesome Road
11.Helping Hand (A Thousand Miles Away from Home)
12.One Room Country Shack
13.Who's Been Foolin' You
14.Drifting Blues
15.Sophisticated Blues
16.Come Back, Baby
17.Rock Island Line
18.See See Rider
19.One Scotch, One Bourbon, One Beer
20.Mean Old World
21.Mean Old Frisco
22.Every Day I Have the Blues
23.Careless Love [2]
24.Drifting Blues [2]
25.Lonesome Road [2]


まず曲のラインナップが凄いんです。

「ハイ・ソサエティ」「聖ジェームス病院」などのオールド・ジャズ・クラシックスから「C.C.ライダー」「ロック・アイランド・ライン」など、元祖ソングスター、レッドベリーの愛唱歌、サン・ハウス、ロバート・ジョンソンでおなじみの「ウォーキング・ブルース」、ローウェル・フルスンが作り、B.B.キングが看板曲にした「エウリディ・アイ・ハブ・ザ・ブルース」、エルヴィス、リトル・ウォルターもカヴァーした、ロックンロールの味の素「ミーン・オールド・フリスコ」(アーサー”ビッグボーイ”クルーダップ)などなどなど・・・。お前アコギ一本でよくもこんなに節操のない幅広いレパートリーを集めてきたなぁと、クレジットを見るだけでクラクラします。

スヌークスは、大学のバックアップを得て、更にこのテの”アメリカ伝統音楽の録音”といえばのフォークウェイズ・レコードも本格的にレコーディングに乗り出したのを受けて、1958年から60年(つまり22歳から25歳ぐらいまでの間)に大量の弾き語り音源を残しておりますが、コチラに収録されているものは、最初にリリースされたものだそう。

つまり、このアルバムが(商業用ではないけれど)正真正銘のスヌークス・イーグリンのソロ・ミュージシャンとしてのまとまった作品として初のものなんです。

で、その中身の方はというと、もう既に後年に通じる”何でもアリ”の芸風は、恐ろしいことに完成しております・・・。

アコギ弾語りだから、全体的にのどかな感じではあるんですが、ありきたりのブルースやフォークっぽいやり方ではやっておりません。1曲目からカッティングはカリプソだし、かと思えば「ウォーキング・ブルース」は、ロバート・ジョンソンやサン・ハウスを飛び越して、まるでその頃のジョン・リー・フッカーばりのドロドロのスロー・ブルース(歌詞も違うからあの「ウォーキング・ブルース」と果たして同じ曲なんだろうかという疑問もありますが)。

圧巻なのはやはり「聖ジェームス病院」「ハイ・ソサエティ」と2曲続くジャズ・ナンバーで、前者はグッと抑揚を抑えた歌い方で、既にソウル・バラードみたいな雰囲気を(ギター1本でだぜ!?)醸しておりますし、後者に至っては、そこにロニー・ジョンソンかエディ・ラングの生き霊がおるんじゃないかと思うほどのギター・ピッカーぶりで「一体この人は何なんだ!」と、聴く人をしっかりと煙に巻いてもくれます。

例えば「エヴリデイ・アイ・ハブ・ザ・ブルース」なんか聴いておれば分かるんですが、この人は確かにジャンル幅広いし、渋さを一定に保ちつつ、万華鏡のような「一人歌謡ショーぶり」を如何なく発揮しておりますが、ただスタンダードを奇抜なアレンジでやっているのではなく、むしろトラディショナルなブルース・ナンバーは、有名なヴァージョンよりも更にディープでドロドロのブルースとして、一番コアな部分も感じさせてくれるのです。

しつこいようですが、これ、ギター弾き語りだぜ!?

と、アタシは聴く毎に思います。えぇ、今この時点で多分皆さんにはこの意味は伝わってないかと思うのですが、ブルースや古いR&B、あるいはジャズなんかが好きな人がこのアルバムを一回でも聴けば「うぇぇ、マジだ!」と、絶句すると思います。果たしてこれはブルースなのか、それとも弾き語りのR&Bなのかと、アタシ の中では未だ結論は出ませんが、すこぶる付きのグッドミュージックであることは確かです。



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2017年10月09日

アルバート・アイラー ゴーイン・ホーム

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アルバート・アイラー/ゴーイン・ホーム 〜プレイズ・スピリチュアル

(MUZAK)

秋になって、日が落ちるのが早くなってくると、いつも通っている夕方の風景が、どこか儚い憂いを帯びているように感じませんか?

そう「秋」といえば、アタシは大好きな季節なんですが、春とか夏みたいな「さぁ今日も頑張るぞー」といったワクワク感はないんです。やっぱりどこか淋しいんです。でも、その寂しさ故に音楽とか文学とか、そういったものにホロッとなる、まぁその、カッコ良くいえば詩的感情みたいなものが、心の奥底からゆっくりと顔を出しているのを感じます。

そうなってくると音楽を聴くのが、俄然楽しくなりますね。えぇ、楽しいというよりは、好きな音楽はもっと好きになったり、それまで何となく聴いていた音楽の、気付かなかった良さみたいなものに急に目覚めてハッとしたりするようになる。そういう季節が秋なんだと思います。

で、アイラーです。

アルバート・アイラーは、このブログでも、もう何度か取り上げております。

ちょっとジャズを知っている人なら「アルバート・アイラーはフリー・ジャズの代表的なサックス奏者で、とにかく過激で型破り」なんていうイメージがすぐに言葉として出てくるかも知れません。

アイラーは確かに過激です。

その過激さというのは、スタイル云々ではなく、恐らくもっと根源的な、人間の魂の奥底から湧き上ってくる衝動に、とことん忠実な過激さでありましょう。

たとえば他のフリー・ジャズのアーティストなら、モダン・ジャズという基礎をみっちりやって、それを打ち破るようなスタイルで楽曲に挑んだり、或いはそれまで習得したものを全部かなぐり捨てた、出す音そのものを無機質になるまで徹底して解体し尽くした、現代音楽のようなものであったり。

とにかく、ほとんどのミュージシャンは、それを「過激」にしようと意識して、懸命に音楽を型枠から外していこうという挑戦をやっておる。んで、演奏のどこかに冷静な意識が働いているのを見る訳です。過激にやっていようと、破壊衝動を全面に出そうと、やはり演奏というものは人に聴かせるものなので、どこかにそういった配慮みたいなものを持っているのがプロのミュージシャンなんだなぁと、アタシのような素人は思う訳なんですね。

そこへいくとアイラーの演奏、というか演奏行為には

「これをこうやって崩してみよう」

とか

「こうすればこうかな・・・」

とかいう、作為のようなものが全く感じられません。

や、いかにアイラーといえども、その超初期の頃は、有名なスタンダードをフリー・ジャズ化しようと必死で吹いておりましたし、晩年の演奏は、エレキギターや朗読なんか加えて、挙句自分ですっとんきょうな裏声を張り上げて歌も唄っておるんですが、そういうのもひっくるめて、全て”素”でやっているという感じが凄いするんです。

もっと簡単にいえば、フリーにやろうがファンキーにやろうが、R&Bのホンカーよろしくブルージーなフレーズをゴリゴリ吹こうが、テナー・サックスを持って”ブッ”と音を出す瞬間には、この人の意識はもう完全に思考とか計算とか及ばない別の領域に飛んじゃって、そこでこの世のものにあらざる精霊とかそういうものとひたすら交信をしているような、そんな図を、聴いているこっちの脳裏に深く焼き付けてくれるんですよ。

アタシはハタチそこらの頃に「最強にぶっとんだジャズ、いやこれもうパンク」としてアイラーを認識しました。今でもその認識は1ミリもブレてません。

しかし、ただ過激で刺々しい刺激だけの音楽だったら、やがて刺激に慣れてすっかり飽きてくるはずだとも思ったんですが、それは全く違いました。

アイラーの音楽には、ある特種な”やさしさ”があります。

変な話ですが、ぶっこわれたフリーク・トーンで「ギョリギョリギョリ!」と吹いても、その豊かにヴィブラートを効かせまくった音色から感じるものは、深い愛としか言えない暖かいものなんです。

そして、彼の作る楽曲もまた、フリーキーにブチ壊れた部分を脳内で上手にリミットして聴けば、童謡や唱歌なんかとちっとも変らない、シンプルで口ずさみ易い、語弊を恐れずにいえば”カワイイ”メロディーで出来ているんです。

アタシは幸いにして(?)アイラー歴2年目にしてそのことに気付きました。

で、当時の先輩とフリージャズについてアツく語りながら「いやぁ、でも何だかんだ言ってアイラーってすごく優しいですよね、そしてすごくポップ」と、うっかり知ったような顔で言ってしまったんです。

最初は

「あっはっは、そうだよなー。坂田明も”アイラーの曲を吹いてたら、段々丸くなって、最終的にはゆうやけこやけのあかとんぼのメロディーになった”とか言ってたもんなー。大熊ワタルもチンドン屋アレンジでアイラーやってて、アレがすっげぇハマッてたんだよなー」

と、笑っていましたが、急に真剣な目になり

「おぅ、そういえばアイラーが一切フリーやらねぇで、古いブルースばかりやってるアルバムがあったなぁ。アレ、オレが聴いた中で一番凄かったよ・・・」

と言って絶句しました。





【パーソネル】
アルバート・アイラー(ts.ss)
コール・コブス(p)
ヘンリー・グライムス(b)
サニー・マレイ(ds)

【収録曲】
1.ゴーイング・ホーム
2.オールマン・リヴァー
3.ダウン・バイ・ザ・リヴァーサイド
4.スウィング・ロウ、スウィート・チャリオット
5.ディープ・リヴァー
6.聖者が街にやってくる
7.誰も知らない私の悩み
8.オールマン・リヴァー(take1)
9.スウィング・ロウ、スウィート・チャリオット(take1)
10.ダウン・バイ・ザ・リヴァー・サイド(take5)


「何ですかそれ!聴いたことないっす!アイラーがフリーやってないってそんなのあったんすか!?」

と、アタシは一方的に興奮しまして、先輩に質問したんですが

・そのアルバムは「スウィング・ロウ・スウィート・スピリチュアル」といって、80年代後半にディスク・ユニオンから出されたが、最近見ないということは、多分もう廃盤だろう(注:1997年当時)。

・オリジナルは輸入盤で、確かジャケットもタイトルも違ったような気がしたんだけど何て言ってたっけ、忘れた。

というすごく曖昧な答えしか返って来ず、でもアタシはその情報だけを頼りに、あちこちのCD屋を探して回りましたが、遂に見付けることはできませんでした。

でも、その頃はすっかりアイラーやコルトレーン、エリック・ドルフィーに夢中で「見かけたら何でも買う!」と息巻いていた時。

ある日フラッと入った中古レコード屋さんのCDコーナーで見かけた”見たことのないアイラー”を、何気なしに買って、聴いてみました。

冒頭、いきなりドヴォルザークの交響曲『家路』

そしてアルバムは「聖者の行進」や「ダウン・バイ・ザ・リヴァーサイド」など、スタンダードというよりも、古いトラディショナル・ジャズやゴスペル以前のスピリチュアル(黒人霊歌)ばかりが、一切フリーク・トーンの出てこないストレートな演奏で次々に奏でられていきます。

え・・・これ・・・?

ジャケットを確認しました。

「Going Home」

レーベルはBlack Lion・・・。

でもこれだ、これが例の「アイラーが一切フリーをやらずにブルースだけをやってるアルバム」だ!!

感動で打ち震えました。

その間もスピーカーからは淡々と、アイラーの目一杯の感傷を込めたヴィブラートが、テナー、ソプラノと楽器を時々替えても、何ら変わることない質量で、泣けとばかりにずーーーーっと迫ってきます。

泣きました。

生まれて初めて、特に悲しいことや、悔しいことがあった訳でもないのに、ただ音楽の美しさに涙腺をグッと押されたように、涙がボロボロ落ちてきました。

「うわぁ・・・何ていうんだろう。これは・・・超・・・音楽・・・」

そんな訳の分からないことを頭の中でぐるぐる回転させながらも、意志とは関係なく涙がこぼれ、胸の奥底からは、切ないような、ヒリヒリ痛むような、そしてどこか懐かしいような感情が、そんなのどこにあったんだと思うぐらい大量に溢れてきて、多分それが涙になっているようでした。

アイラーは優しい。それよりも何よりも、この音楽は一体何だ。

今でもこのアルバムはアタシの宝物です。

「アイラーで一番凄い」

先輩はそう言いましたが、アタシは、これはもう、音楽として一番深いところに響いて鳴り止まない何物かであると、今も思っております。



『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

サウンズパル店主高良俊礼の個人ブログ
http://ameblo.jp/soundspal/
posted by サウンズパル at 19:30| Comment(0) | ジャズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする