2018年05月27日

レヴァランド・ゲイリー・デイヴィス Complete Early Recordings


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Rev.Gary Davis / Complete Early Recordings


アコースティックのブルース・ギターというのは、エレキとはちょっと違った特別な演奏テクニックが必要になります。

それはですね、つまり

「親指でベース音を刻むと同時に他の指でテロテロアルペジオとか単音オブリガードとかを弾かなきゃいけない」

というやつです。

ギターを演奏しない、或いはギター・プレイには興味がないという人のために説明しますと

「1本のギターなんだけど、2本同時に鳴っているように何となく聞こえるやつ」

ですね。

ブルースやカントリーという音楽を意識して聴くまでアタシは、ギターといえばコード押さえてジャカジャカしてればいいもんだと思ってましたが、単純なコードカッティングのジャカジャカじゃないあのギターに魅せられてからというもの、元々どうも体質に合わなかったピックを捨て、親指と人差し指と中指を使って、何とかあの”1本だけど2本に聞こえるギター”を覚えたくて、もう狂ったように毎日弾いてましたが、結局親指と他の指を上手く別々に鳴らすことが出来ぬまま、高校を卒業してしまいました。


結局、上京して毎晩家でギターを練習していたら、その”親指と人差し指の分離”はある日いきなり、本当にあっけなく出来るようになるんですが、その前にアタシ、教則ビデオを買いまして、これはアコースティックのブルース・ギターを志す人ならほぼ全員がお世話になっているステファン・グロスマンという人の教則ビデオなんですが、その中で「ゲイリー・デイヴィスさ、彼は凄いんだ」「こういった弾き方はゲイリー・デイヴィスだね」とか、事ある毎に出てくるゲイリー・デイヴィスって人が、当然気になる訳です。

そしたら別のビデオが欲しくなります。

今度は教則ビデオじゃなくて、ホンモノのブルースマン達が演奏しているのを集めたやつなんですが、それにたまたま「Rev.Gary Davis」という人の演奏動画が収録されておりました。

これが凄かったですね、多分自宅で録ったっぽい映像だったんですが、サングラスに背広着たオッサンが、椅子に座ってギター弾いて歌ってる。

歌われてる単語の節々から「あ、コレはスピリチュアル(黒人霊歌)だな」とは分かるんですが、何か葉巻とかくわえて真面目な感じではないんですね。

『Rev.』ってのはレヴァランド、つまりアメリカでは牧師さんとかに付ける尊称だったんですね。つまり訳すると『ゲイリー・デイヴィス師』みたいな感じで、おぉ、この人は牧師さんか!と思ったんですが、牧師さんにしては何かブルースとかも歌ってるし、葉巻くわえてるし、全体的にガラ悪いし・・・こりゃ業界では完全に”アウトな人”で最高だなおいと。

まぁそんなことより、その映像で驚愕だったのは、やっぱりこの人のプレイですね。どっしり構えて、何かくつろぎまくって歌ってるし、ギターも見た感じ適当にテロテロやってる風に見えるんですが、その声もギターも凄かった。えぇ、もうとにかく凄かった。

張り上げても張り上げなくてもガンガン響く声、そして、親指と人差し指完全分離な上に、ハイポジションもリズム刻みながらスイスイ弾いている、あぁごめんなさいね、ギターやってる人以外には「何それ?意味わからん」なこと、アタシは今書いてると思うんですが、そう、ギターやってるアタシにも「何それ?意味わからん」なギターだったんです。

ラグタイムで凄いとか、単音弾きで凄いとか、そうじゃなくてその両方が何事もなかったように当たり前に同時に鳴り響いているその凄さ。

あぁ、そりゃあの教則ビデオの人が凄い凄い言うよな、わかる、わかるよ、うん、何がどーなってるかさっぱりわかんねーけどわかるよ。

と、アタシは激しく頷いたもんです。

ブルースに限らず、音楽の楽しさって、如何に”知らない感動に触れてそれを拡げてゆくこと”だと思うんですが、戦前ブルースのそれは、かかっている謎や不思議のベールが厚いだけに、楽しさは格別なんですね。

気になって調べたレヴァランド・ゲイリー・デイヴィス、南部サウス・カロライナ出身で、幼い頃から色んな楽器を演奏していたけど、失明してからはキリスト教に傾倒し、やがてギターやバンジョーを持って各地を歌い歩く説教師になったと。

説教師というのは教会で説教をする牧師さんとは違って、教会の教えを説きながら各地を旅する人であります。色んなところで神の教えを説きますが、この人達の目的は「神の教えを知らない人に伝導すること」ですので、街の広場とか路地とか、不特定多数の人が集まる所が主な活動の場でありました。

普通にお話をするだけでは、興味ない人は誰も聞いてくれませんから、必然的に楽器を持ってスピリチュアルを歌い、説教もするというスタイルになる訳です。

戦前に活躍した人で有名な人といえばブラインド・ウィリー・ジョンソンですね。








とにかく戦前の説教師には、凄腕のギタリストが多かったといいます。そして、ゲイリー・デイヴィスもその一人です。

で、この人の別の意味で凄いところは、教会とか福音とかゴスペルとか一辺倒じゃなくて、ブルースもフツーに歌って、カロライナや東海岸のブルースマン達ともツルんでいたところ。

彼の弟子と言われているブラインド・ボーイ・フラーという人が、戦前のイーストコーストを代表するブルースマンであることは、ファンんは周知の事実なんですが、まぁそんな感じでこの人はキリスト教の教えを伝える人でありながら、それだけにガチガチにならず、俗世にもしっかりと足を付けておった。

「おい、説教師さん、アンタブルース歌っていいの?」

「ブルースも逆の意味で真実だからな、間違っちゃいねぇよ」

「え?ブルース歌った後にスピリチュアル歌うの?それは流石にマズイんじゃない?」

「うるせーな、ネクタイしめて神様に敬意払えば問題ねぇよ」







【収録曲】
1.I Belong To The Band - Hallelujah!
2.The Great Change In Me
3.TheAngel's Message To Me
4.I Saw The Light
5.Lord, Stand By Me
6.I Am The Light
7.O Lord, Serach My Heart
8.Have More Faith In Jesus
9.You Got To Go Down
10.I Am The True Vine
11.Twelve Gates To The City
12.You Can Go Home
13.I'm Throwin' Up My Hand
14.Cross And Evil Woman Blues
15.I Can't Bear My Burden By Myself
16.Meet Me At The Station


かといってゲイリー・デイヴィスが不真面目な人ではなかったという事は、彼のスピリチュアルとブルースが、的確なテクニックに支えられた極めて(つかハンパなく)高度なものという事実に触れれば分かります。

この人は戦前にもいくつか録音を残しましたが、戦後フォーク&ブルース・リヴァイバルの時にようやく世に出てくるまで、基本的には路上を主な活動の場として、華やかな所には一切出なかった。だからステファン・グロスマンがニューヨークの路上で歌ってる彼を見て声をかけた時、あの伝説の説教師が酷く貧乏な暮らしをしていた事にびっくりしたといいます。

戦後に結構な数の録音を残し、そのどれも水準を落とさず、ハッキリ言ってアルバムに当たりはずれがない人ですが、個人的にやはり好きなのは戦前(1935年)に録音された音源を集めたこのYazoo盤です。

ビデオで観て、その「凄いことを何でもないよという風にアッサリやっている貫禄」に衝撃を受けたアタシですが、いやいや、動画は入り口に過ぎなかった。ビデオではくつろいでやっていたゲイリー・デイヴィス、音盤では凄まじい本気です。

どの曲も軒並み「ストリートでこんな風にやってる人がいたら、たまんなくなって踊り出してしまうだろうな」というぐらいリズミカルで、弾き語りというのが信じられないぐらいブ厚いグルーヴが溢れかえっているんです。

えぇ、ギターは想像以上に凄くて、リズムを刻みながらペケペケと単音の高速フレーズやチョーキングを交えたり、その何でもアリぶりに、聴いてしばらく何も考えられないぐらいです。

そして歌ですね。ガラガラと野太い声で、空間そのものを揺るがすような魂のシャウト、シャウト、シャウトがもう、もう、もう、なんです。

「ブルースとゴスペルって、歌詞違うだけで音楽的には一緒だよね」とか、アタシはその昔ナメたことを言ってましたが(物理的にはきっとそうなんでしょうが)、ゴスペルの人達のシャウトは、単なる叫びじゃなくて、聴く側の心の内側からの歓喜を促すような、そんな不思議で独自の味わいがあるということを、ゲイリー・デイヴィスの歌に教えてもらいました。






”ブルース入門編 〜初心者のための優しいブルース講座〜”




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2018年05月24日

戸川純 私が鳴こうホトトギス


戸川純 私が鳴こうホトトギス


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戸川純 with Vampilla/私が鳴こうホトトギス
(Virgin Babylon Records)


今日は柄にもなく恋について話してみたいと思います。

恋って何でしょうね?

もう40も過ぎたオッサンが真面目に考えてみて・・・、いや、涙も枯れた中年だからこそ、冷静に考えられるんじゃないだろうかと考えた結果

「それは、自分自身の全く知らなかった価値観を感情に与えてくれた人への感謝と感動」

なんじゃないかと思うに至りました。


これはもう昭和の頃の話なんですが、アタシが初めて恋をしたのは、大好きだった映画『グーニーズ』の主題歌を歌うシンディ・ローパーです。

確か小学校の3年か4年生の頃だったと記憶しています。

とても心が荒れていて、何をするにも気分が悪かった時にたまたまテレビで見たシンディ・ローパーが、真っ赤に染めた髪の毛を振り乱して歌う姿に自由と解放の喜びを始めて感じました。

それから十代になり、出会ったのが戸川純でした。


更に”荒み”をこじらせていた厄介な思春期に、今度は自由だけじゃない、あの複雑な表情の中に抱える重たくて暗いものを感じさせながらも、トロ〜ンとした気だるい雰囲気と口調からは想像出来ない、キュートだったり激しかったり、または純粋に(それは不純なものがないという本来の意味で)、綺麗だったり、もう聴いているこっちの感覚がまるで付いていけないほど心を揺さぶってうち震えさせてくれる歌唱に、それまで抱いたことのない感情を無理矢理開かされた、そんな気持ちになりました。

戸川純という人は、その頃(80年代)のひとつの象徴みたいな人で、可愛くて整ったアイドルがたくさん出てきて、それがオニャン子クラブでもう破裂しかけていた時に、少なくともアタシには、たった一人で壊れてしまいそうな程不安定な存在感と、いわゆるウケやその他を狙ったアイドルとはまったく逆の、内側から溢れる知性や感受性とかそういったものの力だけでテレビに出ているのを見て、密かに「この面白いお姉さんカッコイイなぁ」とは思っておりました。

それが”特別”に変わるまでには、少し時間があったかも知れません。

一丁前に音楽に目覚めてから、ミュージシャン/アーティストとしての戸川純を知ってからは、それはもう、まごうことなき”恋”でありました。

歌の話に戻りますが、戸川純の歌はぶっ飛んでいます。

ソロ名義の鋭くポップな作品や、大正昭和の頽廃ムードの溢れる”ゲルニカ”や、パンク/ニューウェーブの”はっちゃけ”が哲学的な歌詞と混然一体となったヤプーズ、どれも戸川純ですが、まぁどれも見事に芸風から歌い方まで違う。

違うけど、歌詞もパフォーマンスも、歌声も、全体的に狂気、それもただ暴力的で攻撃的なものではない、言葉にすると妙だけど、優しくて純粋な狂気を感じさせるという面では、この人の表現は一貫しています。

好きである余り行き過ぎてしまう、純粋であるがゆえにはみ出してしまう、その行き過ぎてはみ出した部分が彼女の声を離れてこちらの胸の奥底に届く時、ヒリッとした痛みを感じるんですね。

痛みなんてものは痛いに決まってるんですが、この痛みは不思議とその頃のアタシの心の中の痛い部分に優しく染み込んで切なく溶けてゆく、そういう決して前向きではないんだけど、美しい痛みだと感じておりましたし、今も感じております。

ここら辺の細かいところは、これからこの人の過去の作品をレビューする上で、もっと細かくしつこく書いて行こうと思います。

大切なのは今現在であります。

まぁそれから色々あって、音楽も色々聴きまくって、戸川純という人のことは、美しい思い出になりかけてたんですが、2016年のある日、たまたまラジオを聴いていて、相変わらずトロ〜ンとした独特の声を聴いて、アタシはラジオのボリュームを目一杯上げました。

あの、夢中になっていた時期と何っっにも変わっていない戸川純!今もライヴしてて、しかも番組内で視聴者からのお便りが、10代とか20代とか、そういう若い人達のばかり(!)

あぁそうだったんだ、今もこの人の歌は、痛みを抱えている若い人達の心に届いて、そして多分その人達に生きて行く勇気を与えてるんだなぁと思って、そしてそのラジオ番組を聴いているアタシも、あの夢中になっていた時期と何っっにも変わらない気持ちで、彼女の話す一言一言をじっと聞きながら、感動と感謝を噛み締めておりました。







【収録曲】
1.赤い戦車
2.好き好き大好き
3.バーバラ・セクサロイド
4.肉屋のように
5.蛹化の女
6.12階の一番奥
7.諦念プシガンガ
8.Men’s Junan
9.わたしが鳴こうホトトギス
10.怒濤の恋愛


新作のアルバムを出していたんですよ。

Vampilla(ヴァンピリア)というバンドに頼み込んで、バックを務めてもらって過去のセルフカヴァーと、新曲(タイトル曲)も含めたアルバムを作ったから、ぜひ聴いてくださいね。昔の曲やってるけど、もうヴァンピリアのアレンジが凄く凄くてカッコイイからと、戸川純に言われたらそりゃ聴かない訳ないじゃないですか。

で、聴きました。

あぁ・・・! これ!!!!

ヴァンピリアというバンド、ほんっとに恥ずかしいことに知らなかったんですが、この人達はノイズからテクノからハードコアからメタルからアンビエントまで、幅広いとかいう言葉では言い尽くせない知性と凶暴性で呑み込んで独自の「世界」を音楽で作ってきたバンドです。

凄く大所帯なんですが、プロフィールを見たら元ボアダムスの吉川豊人とか、ルインズの吉田達也とかが絡んでいるバンドじゃないですか。

サウンドの方は、例えば過去の作品では、割とカッチリしたバックの上で、戸川純の変幻自在で詩情とエモーションを絶えず繰り出すヴォーカルが、グングン浮き上がる感じだったのが、ヴァンピラは、編曲自体が思いも寄らぬ伸縮ぶりを発揮して、彼女のヴォーカルとピッタリ呼応している感じです。

ビートもちょっと普通じゃないし、ロック、クラシカル、民族調、エレクトロニカと、様々な成分がそれぞれ寄り添ったり煽ったり、あるいは同時に炸裂したり、本当に生き物みたいな生々しさを持ってます。

これ聴いて、時代がやっとこの人の独自の表現と、それによって創り出される世界と寄り添えるようになったんだというのが、とりあえずシンプルで正直な感想。

多分これだけじゃ読者の方はよく分かんないと思うので、無理矢理たとえを持ってくると、文学性とパンクスピリッツを増幅させたビョークですよ。や、ビョークだけじゃないし、決して”似てる”というのじゃないけれど、どちらも痛みと共に声を表出するけれども、聴く人に不思議な浄化作用をもたらしてくれるという意味で、共通するシンガーなんじゃないでしょうか。


それぞれの楽曲に関しては、過去のアルバムを紹介しながらじっくり書いていきたいので、まずは聴いて頂きたいとしか書けないのですが、このアルバム、凄いですよ。「昔有名だった人が、セルフカバーで懐メロやってる」とかそういうのとは真逆です。

80年代に異才として輝いたワン・アンド・オンリーの表現者が、あの時の衝動そのまんまに、2010年代に更に深く、更に鋭く尖った感性で今の音楽シーン(とかホントどうでもいいんですが)に殴り込んでことごとくぶっ潰せるぐらいの強さを持った新作です。

そして、聴く人の心には、歌詞と歌唱から来る”美しい痛み”が素晴らしく染みます。

心を揺さぶる真実の感動を求めている方価値観に、それまでなかった感情を与えてくれることでしょう。





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ラベル:パンク 戸川純
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2018年05月23日

サン・ラーについて(職場の若い子との会話)

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職場の若い子 「高良さん、今日は何聴いてるんですか?」

俺「サン・ラーだ、かっこいいだろう」

職場の若い子 「何か、昔のアメリカの映画音楽みたいでいいですね」

俺 「そうだ、サン・ラーはジャズも演奏するが、こういった音楽はリズム・アンド・ブルースって言うんだけどそういうのもやるし、何でもやる」

職場の若い子 「凄いですね、何でも出来たんだー」

俺 「それだけじゃないんだ、手作りのキラッキラの衣装をバンドの何十人もいるメンバー全員で着て、歌うし踊るし劇もやる」

職場の若い子 「すごーい、何でそんな全部やるんですか?」

俺 「うむ、宇宙の調和と安定のためだよ」

職場の若い子 「へ?」

俺 「この人は土星からやってきたんだよ」

職場の若い子 「土星?」


俺 「うむ、正しくは土星からやってきた古代エジプト人の子孫だ」

職場の若い子 「ほんとなんですか?」

俺 「本人がそう言ってるから間違いない。地球の人類は色々と間違ってるから、音楽を通してもっと正しく生きなさいとメッセージを送るんだと。そういう活動をしている」

俺「音楽とかパフォーマンスだけじゃないんだよ。この人は政治とか歴史とか科学とか医学とか、とにかくあらゆる学問に通じた人で、ライヴでは"講義"ってのもあった。物凄い知識を総動員して、じゃあ人類は何をすればいいのかをちゃんと説明してる」

職場の若い子「それ、みんな理解出来るんですか?」

俺「進み過ぎて理解は出来なかっただろうね。でも、この人が喋る内容は整然としててデタラメじゃないんだ。それだけは解るから、最初見た目とかでバカにしてた人も、何となく真面目に聴くようになる。実際バンドもアホみたいに演奏上手いからね。ミュージシャン達にもそこは尊敬されてた。ね、今鳴ってるこの音楽も分かりやすくて全然変じゃないでしょ?」

職場の若い子「うん、ジャズってもっと難しくて分かりにくいと思ってました。でもこれはポップで雰囲気がいいです」

俺「雰囲気がいい!それよ。何かいいなって思った時点で心が安心する」

職場の若い子「しますします!こういうのラジオとかで聴いたら何かいい感じ」

俺「それが宇宙の安定よ。ほら心って宇宙でしょ?」

職場の若い子「心?・・・宇宙だ!ほんとだ凄い!ヤバい!!」

敬愛するミスター・サン・ラー、今日地球の若者が1人正しく導かれました。

スペース・イズ・ザ・プレイス!




本日車内で聴いていたサン・ラー『シングルス』のアルバム詳細はコチラ↓







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2018年05月20日

ビッグ・ビル・ブルーンジィ シングス・フォーク・ソング

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ビッグ・ビル・ブルーンジィ/シングス・フォーク・ソング

(Smithonian Folkway/ライス・レコード)


さて、ビッグ・ビル・ブルーンジーでございます。

はいはい、戦前から戦後を通して”ブルースの都”であります北部の大都会シカゴ。このシカゴで戦前にスターとして君臨し、あのマディ・ウォーターズを見出して色々と面倒を見たボスマンとして知られておりますことは、このブログの読者の皆さんは既にご存知でありましょう。

マディ親分がまだ親分じゃなかった頃のビッグ・ビルとの交友は、ホントに心温まるヒューマンドラマです↓




で、そのビッグ・ビル、非常に面倒見が良かっただけじゃなくて、ギタリストとしても驚愕のテクニックを持っていて、例えば戦前ブルースの世界では”神クラスのギターピッカー”といえば単音ソロのテクニックがまず人外で、その他リズム感や歌伴におけるアプローチも完璧な人としてロニー・ジョンソンという人がおりまして、一方で一本のギターでピアノの右手と左手を同時に弾きこなしてしまうラグタイムギターの化け物として、ブラインド・ブレイクという人がおりました。

まずこの二人が、戦前ブルースのギターにおける絶対的な二本柱なんですね。同時代のあらゆるブルースマンは、この2人のレコードを聴いて、その驚異的なギター・テクニックに衝撃を受け、多かれ少なかれ影響を受けておったんです。

で、ビッグ・ビルは、その二本柱の一人であるブラインド・ブレイク、この人と一緒に共演して、楽しく対抗できる程の腕前の持ち主でありました。

全く狂わない正確なタイム感で、まるで2本のギターが同時に演奏をこなしているようなラグタイムに、単音チョーキングでほろ苦く甘酸っぱい味を出せる、バラードでのソロの妙味が堪能出来る戦前録音は、これはもう全ブルースギターを志す人にとってバイブルと言って良いものでしょう。




このように、戦前シカゴで実力派としてその名を轟かせたビッグ・ビルでしたが、戦後は皮肉にも自分が見出したマディ・ウォーターズが全く新しいエレクトリック・バンド・ブルース・スタイルをシカゴのスタンダードとして、その波に押し出されるような形でシーンの表舞台から静かにフェイドアウトして行きました。

「ブルースの電気化に対応できなかった」と言われることもあるビッグ・ビルでありますが、実はエレキギターを使ってブルースを演奏する先駆者でもあったのです。聴いてみると甘いチョーキングを活かしたなかなかにオシャレなサウンドでいい感じなんですが、戦後のラウドでワイルドなサウンドを求める聴衆には、その良さはなかなか伝わらなかったと言うべきか。とにかく戦前から戦後のブルースの橋渡し的役割を終えたビッグ・ビルのサウンドは、1940年代の終焉と共に、伝説となって行ったのです。

1950年代、黒人聴衆達はラジオやジュークボックスから流れるワイルドなブルース、そして最新のリズム・アンド・ブルースに夢中になっておりました。

流行からは遠ざかっていたビッグ・ビルでしたが、実はそのままミュージシャンを辞めてしまった訳ではありません。1951年にはメジャー・レーベルのマーキュリーと契約、ここでベースのみをバックにしたほとんど弾き語りに近い演奏や、管楽器などを入れたジャンプ風アレンジなど、様々な音楽的な試みを行っておりますが、この時の契約は短期間で終わり、レコード・セールスではなかなかパッとしなかったそうですが、彼には別の方向から再起のチャンスが回ってきます。

それは、初めてのヨーロッパ・ツアーで行った白人聴衆の前での生演奏であります。

実は当時ヨーロッパでは、ちょっとしたトラディショナル・ブームが沸き起こっており、アメリカでは既に時代遅れと言われていたディキシーランド・ジャズのバンドがあちこちで結成されたり、古い時代のブルースやゴスペルも求められておったのです。

1951年のヨーロッパ・ツアーでビッグ・ビルは、ディキシーランド・ジャズと楽しく共演したり、アコースティック・ギターを持っての弾き語りを行いました。

どちらもシカゴのクラブでは「何だそんな古臭せぇ音楽!」とバカにされて終わるようなオールド・スタイルです。

しかし、ヨーロッパの聴衆はこれらの演奏を純粋に楽しんで、そしてアコースティックなブルースも真面目に聴いてビッグ・ビルに喝采を送りました。

アメリカでははしゃぎたい客のためにダンスビートを提供したり、ワイワイガヤガヤのクラブの中で、如何にして聴衆を楽しませるかに心血を注いでいたビッグ・ビルは、このヨーロッパの観衆達の態度に「なんじゃこりゃあ」とびっくりしました。びっくりしましたが、肌の色も文化も違う彼らが自分の音楽に真剣に接し、また自分自身の事も黒人としてではなく、一人のアーティストとして扱ってくれる、この事に言い知れぬ感動を覚えます。


他のブルースマンなら

「なぁ、ヨーロッパの連中は不思議だよなぁ。じっと真面目に聴いてるから、良かったのか悪かったのかちっともわかんねぇ」

となるかも知れません。

が、ビッグ・ビルにはその状況を理解し、受け入れるだけの教養がありました。


彼は他のブルースマン同様、音楽で食えるようになるために様々な仕事をしておりましたが、その中でひとつポーターという高級寝台車の荷物係をやってたんです。


このポーター、制服がカッコ良く、かつ所作や喋り方に品がある上に、危険な肉体労働ではないということで、労働者階級には憧れの職業なんですが、この高級寝台車を制作運用していた会社がプルマン。

鉄道の職員は普通鉄道会社の人員なんですが、ポーターのような他の汽車にはない職業の人員は、プルマンが直接雇った人達なんですね。で、雇われていたのはほとんど黒人です。このプルマンという会社が、当時としては珍しく、労働者の待遇も真剣に考え、ポーター達のほとんどが労働組合に参加し、会社と対等に賃金や休暇についての交渉を行う事も出来ておりました。

こういった経験があったから、ビッグ・ビルはヨーロッパの白人聴衆の反応は、雰囲気で察する事が出来たし、また、音楽の世界へ行っても自ら音楽家組合の中心メンバーとしてブルースマン達のために色々な活動を行い、また個人的にもマディ・ウォーターズのような才能ある若者に仕事の世話をしたり、とにかく元々の性格だけではない”出来た人”の振る舞いがしっかりと経験として身に付いておったんです。


「これは!」と思ったビッグ・ビルは、何と大幅な方向転換を行います。

つまり、アコースティック・ギターを手にして、その昔南部で覚えた古いブルースやバラッド、スピリチュアルなんかを歌う、つまり、それまでブルースマン達は常に新しいもの新しいものとスタイルを進化させていくのが当たり前だったんですが、ここで彼は誰もやったことのない「古いスタイルへの回帰」というものを大胆に行いました。

これは恐らく、音楽の歴史が始まって以来初の事だったと思います。

周囲は「何だって古いスタイルに回帰するんだい?」と不思議に思い、誰も理解出来なかったと言います。

が、賢明な彼には分かっていました。今までやっていた自分のブルースは、もう黒人の若い連中には見向きもされない、ブルースだって今新しいリズム・アンド・ブルースに勢いは押されてどこまで続くか分からない。黒人社会ではブルースは思い出したくない暗い過去でもあるんだ、あぁ、南部生まれのオレにはよく分かる。もしもブルースを埋もれた砂の中から引き上げて、音楽として評価してくれる連中がいるとしたら、それは白人の若い連中だろう。と。





【収録曲】
1.バックウォーター・ブルース
2.ジス・トレイン
3.アイ・ドント・ウォント・ノー・ウーマン
4.マーサ
5.テル・ミー・フー
6.ビル・ベイリー
7.アルバータ
8.ゴーイン・ダウン・ジス・ロード
9.テル・ミー・ホワット・カインド・オヴ・マン・ジーザス・イズ
10.ジョン・ヘンリー
11.グローリー・オヴ・ラヴ


ビッグ・ビルの読みは見事に的中し、ヨーロッパでの好評の勢いはそのままに、1950年代中頃から徐々にアメリカでも西海岸やニューヨークのインテリな若者達の間で盛り上がっていた「ルーツ・ミュージック再評価」の流れに彼は見事に乗ります。

で、60年代、ロックンロールのムーブメントが終わるとその反動で一気にフォーク&ブルース・リヴァイバルの波が押し寄せ、戦前に活躍していた伝説のブルースマン達が次々と再発見されてシーンを沸かせることになるのですが、彼は残念ながら1958年にガンのためこの世を去り、そのリヴァイバルの先駆者として多くの人に記憶されることになります。

50年代のビッグ・ビルは、白人プロデューサーやコンサート・プロモーターらの要請で、ギター弾き語りで古いスタイルの曲をできるだけトラディショナルなスタイルでやってくれとか、彼自身の設定を「ミシシッピの小作農兼ブルースマン」ということでやってくれとか、そういった本来の彼ではないことを演じさせられる音楽活動でもありました。

ところがビッグ・ビル、こういった要請にも嫌な顔ひとつせずに「あぁいいよ、出来るよ」と、キッチリ応えていたそうです。

戦前のシカゴ・ブルースの顔と呼ばれ、ひとつの歴史とスタイルを作り上げてきたほどの人があっさりと過去を捨て「白人の求めるブルースマン」を、全くの虚構を混ぜて演じる事に、本心ではこれはどんな人でも穏やかではないと思うのですが、そういった多少の無茶も何のその、実に活き活きとしたパワフルな声の張りと、泥臭さの中にしれっと潜ませた高度なテクニックのギターの醍醐味が聴けるのがこの時期のビッグ・ビルの素晴らしいところです。

オススメとして今日皆さんに聴いて頂きたいのが、1956年にスミソニアン・フォークウェイズで録音した弾き語りをまとめた『シングス・フォーク・ソング』。

細かいこたぁ言いません、このアルバムのシンプルな弾き語りの中で上質な蒸留酒の如く香り立つ深南部の香りと、シティ・ブルース要素はほぼ抑えて派手には弾いていないとはいえ、オブリガードやちょっとしたフレーズ運びの中に無限の”粋”を感じさせる職人的神業ギターのカッコ良さに聴き惚れて欲しいのです。

実は戦後になってトラディショナルなスタイルになってからのビッグ・ビルの作品は、ブルースファンには作為的なイメージがあるのか、あまり評判がよろしくありません。

はい、アタシも「演じさせられてるのはホンモノじゃないなぁ」と聴かず嫌いをしておったんですが、ブルースマンとして生きるために何にでもなってきた、そして何者を演じることも出来るしっかりとした技量があったビッグ・ビルの真髄を、ちゃんと聴こうではありませんか。


『フォークソングの話をするヤツがいて、ブルースの話をするヤツがいる。全く別扱いだ、くだらんね、どっちも(オレらにとっちゃあ)フォークソング(民族の歌)で一緒なのにな。馬が歌ってるわけじゃあるまいし』


『同じブルースを持った人間なんて一人としていやしないね。ブルースってのは生れつきのもんさ、人生の何かだよ。死んだヤツからは、ブルースは出てこない』

−ビッグ・ビル・ブルーンジィ







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2018年05月19日

アルゼンチンのタンゴ

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アルゼンチンのタンゴ
(Naxos)


クラシック・ギターの音色が好きです。

「パラン」と「ポワン」の絶妙な中間、あの美しくふくよかな弾力でコーティングされた、どこか遠くへ連れて行ってくれそうな、静かな哀愁を湛えた音。

いわゆる鉄弦のアコースティック・ギターとはまた違って、ナイロン製の柔らかい弦だからこそのこの音色、これがいいんですよね。

その昔は”ガット”と呼ばれる羊の腸を弦としていたことから”ガットギター”とも呼ばれるこの楽器は、エレキやアコギも全部ひっくるめて「ギター」と呼ばれるものの最初の形だそうです。

その原型はインドやペルシャ方面から、徐々にその形を変えてイベリア半島、つまり今のスペインにやってきて、長い時間をかけてギターという楽器になって行ったと。

ちょっと歴史的な事になりますが、スペインっていう所は、今でこそバリバリのヨーロッパで、バリバリのキリスト教国でありますが、その昔はイスラム教徒が支配していた時期も結構長くて、北アフリカ経由で今で言うアラブ諸国やインドからの移民も多く、彼らがギターの原型をこの地で生み出し、フラメンコなどの音楽も作って、独自の文化を育んできたんですね。

クラシックギターが、旋律の中でその豊かな余韻を伸ばす時、こちらの心の中にも郷愁がきゅ〜んと伸びて、何とも胸を締め付けられる感覚になりますのは、その音色が出来上がるまでの悠久の歴史みたいなものが、知らず知らずのうちにこっちの心に響くからなんだろうなぁとか、勝手に思っております。

そんなクラシックギターの音色、存分に楽しめるものとしては、もちろんクラシックの、特にスペインの作曲家の作品なんかがとてもいいんですが、近年になって『クラシックギターで聴くアルゼンチン・タンゴ』というものが密かに盛り上がっていて、えぇ、これが大体ギター1本とかで演奏されているのが多いので、ギターをじっくり聴きたいという方には、とってもオススメできるんですよ。

え?クラシックなのにタンゴ?タンゴってあのバンドネオンとか使ってやるやつでしょ?それに何だか社交ダンスのイメージがあって、ギターで演奏するってのはあんまり想像できないんだけど大丈夫かぁ?

と、お思いの人は多いと思いますし、アタシも最初はそんな風に思っておりましたが、これが大丈夫なんですね。

タンゴという音楽は、元々アルゼンチンの酒場で生まれた、娯楽音楽です。

当初タンゴの大きな目的は、もちろんその場にいる人達を踊らせることでありましたが、徐々に進化するにつれて、ホールでの鑑賞にも耐えうる芸術音楽として世界に認知されるようになりました。

その最大の功労者は、クラシック理論も極めたタンゴ・マエストロ、アストル・ピアソラであります。


ピアソラが作った、リズムとハーモニーの粋を尽くして作りこんだ楽曲は、1990年代以降クラシック演奏家達の愛好するところとなって、ヨーヨー・マやクレーメルらによる『プレイズ・ピアソラ』系アルバムがリリースされると、これが好評を博し、今やクラシックのコンサートでは、盛り上げるに欠かせないレパートリーとして、タンゴ曲が演奏されるなんてことが当たり前になりました。

ヴァイオリンやチェロ奏者が録音したタンゴが世界的に受け入れられているのを見て「これはいいな!」とやる気を起こしたのが、クラシック界のギター奏者達なんです。

何でかというと、クラシックの重要レパートリーといえば、ほとんどがオーストリアやドイツなど、交響楽が発達した時代の有名作曲家達のものです。

そこにギターが入り込む余地というのはほとんどなく、レパートリーに出来るものといったらやはり最初からギターのために作られたスペインの作曲家の曲か、ルネッサンス期の主にイタリアの音楽、そしてバッハぐらいのものという選択肢の少なさに、ギター界(ってあるのかな?)は悩まされておったんですね。


ピアソラの曲やタンゴの曲は、ギターでも演奏出来るし、その哀愁溢れる楽曲は、クラシックギターの音色とピッタリの相性です。

それに元々スペインの植民地で、タンゴを作った人達もスペイン系移民ということで、これはもうタンゴとクラシックギターの親和性というのはナチュラルに高い訳でありますよ。







【収録曲】
1.凧が飛ぶ夢(ブラスケス)
2.決闘のミロンガ(モスカルディーニ)
3.最後のグレーラ(ピアソラ)
4.リベルタンゴ(ピアソラ)
5.想いのとどく日(ガルデル)
6.帰還(ガルデル)
7.ミリタリー・タップ(モレス)
8.メランコリコ(フリアン・プラザ)
9.ノスタルヒコ(フリアン・プラザ)
10.南(トロイロ)
11.ティリンゴたちのために(モスカルディーニ)
12.アディオス・ノニーノ(ピアソラ)
13.ブエノス・アイレス午前零時(ピアソラ)
14.ハシント・チクラーナ(ピアソラ)
15.勝利(ピアソラ)
16.ラ・レコータ(コセンティーノ)
17.わが愛のミロンガ(ラウレンス)
18.ミロンガ・デル71(ビターレ)

(演奏:ビクトル・ビリャダンゴス)


クラシックギターの良質な音盤を、素晴らしく掘り下げた深い内容で世に出しているレーベルといえば、香港の”Naxos"です。

セールス的には大丈夫かと思ってしまうぐらい、マイナーな作曲家のものなんかも惜しげなくリリースしてくれるこのレーベルはクラシックギター好きには実に有難く、かつ「有名/無名に関係なくいい音楽聴きたいぞ」というシビアな欲求も満たしてくれる、本当に素敵なレーベルなんですが、ここが「クラシックギターで聴くアルゼンチンタンゴ」の決定盤ともいえるアルバムを出しております。

はい、粋なジャケットに『アルゼンチンのタンゴ』というまんまなタイトルが付いたこのアルバム。

完全にギター1本で、アルゼンチンのタンゴがたっぷり楽しめる。しかも、演奏しているのはアルゼンチン生まれアルゼンチン生まれのクラシックギター奏者、ビクトル・ビリャダンゴス。地元でタンゴという音楽の空気や意味が、骨の髄まで染み込んでいることはもちろん、それを理論も技術もしっかり極めたクラシックギターのやり方で聴かせてくれる名人が弾いておりますから、これはもうギター好きにとっては願ったり叶ったりな内容でないはずがございません。

アタシは正直最初「うん、お目当てのピアソラの”リベルタンゴ”が入ってるから買ってみたけど、ピアソラ以外の作曲家ほとんど知らんなぁ、いいのかな、大丈夫かな」とかなり不安だったんですが、これがピアソラに一切劣らない、狂おしい抒情に溢れた名曲揃いで、個人的にこのアルバムをきっかけに、ピアソラ以外のアルゼンチン・タンゴの(日本では)あんまり知られていない素晴らしい作曲家達を知ることに繋がりました。

演奏は、タンゴの情熱を上質な”憂い”に仕立て上げてじっくり聴かせる素晴らしいものです。

ビリャダンゴスは、流石に名手と呼ばれるだけあって、感情に流されず、奥底にあるエモーショナルを旋律の深いところに込めて弦を弾くことに関しては余人の及ばない領域ですね。「しっとりと聴かせる」の幅をまずしっかりと定めて、その中でヒリヒリとしたタンゴならではの感情の高ぶりを無駄のない、後から余韻がじんと染みる表現で丁寧に聴く人の耳と心に染み込ませてくれるので、聴いてて疲れないし、どの曲も飽きません。









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2018年05月14日

ジョニー・ウィンター サード・ディグリー

6.jpg
ジョニー・ウィンター/サード・ディグリー
(Alligator/Pヴァイン)


奄美地方、今年もゴールデンウィーク開けから順調に梅雨入りしているんですが、いや暑い。しかも、これも毎度のことなんですが、梅雨入り宣言が出されたからといって、本土のようにずっとしとしと雨が降っている訳じゃなく、ギラーッと晴れてる日も結構あって、空気がギトギト熱いんで、もう気分は真夏であります。

アタシは暑いのも熱いのも苦手です。

だもんで毎年この時期になると「梅雨の鬱陶しさを吹き飛ばそう!」とのたまって、梅雨の鬱陶しさを吹き飛ばしてくれそうな音楽作品を紹介します。

はい、今日はギンギンに暑苦しいこと梅雨や真夏に劣らない男、いや”漢”、ジョニー・ウィンターでございますよ。えぇ、名前がWinter(冬)なのにご本人がそりゃもうこれでもかと弾きまくるギターにも、親の仇みたいなキョーレツながなり声にも冬要素は皆無なんでございまして、実に実に実に夏が似合うんですね。


という訳で本日はジョニー・ウィンターの1986年リリースの『サード・ディグリー』でございます。


はい、通称”百万ドルのギタリスト”、テキサスの火の玉野郎、ブルースをガソリンに暴走するブルース大型トレーラーとか、最初のやつ以外はアタシが勝手にそう呼んでおりますが、とにかくもうジョニー・ウィンターといえば、そこらのブルースロックなんてメじゃないぐらい体にキョーレツに染み付いたアメリカ南部のブルース魂を感じさせるロックンロールを、やり過ぎな勢いで弾きまくり、ガラの悪い声で叫びまくる人です。

ブルースといえば、やれ情感だの風情だの、人生の悲哀だの、そういう所に話が行ってしまい、えぇ、アタシはもちろんその辺の話大好きなんですが、この人の情緒なんざクソくらえな突き抜けた暴れっぷりを聴いてしまうと、ホント細かいことなんかどーでもいい、酒もってこい酒ーー!!となってしまうからその勢いの説得力たるや相当なものでございます(※アタシはお酒がのめません)。


さてそんなジョニー・ウィンター、1969年当時イギリス勢に若干押され気味だったブルース・ロックの期待の新星としてデビューしました。




このファーストは、ウィリー・ディクソンやビッグ・ウォルター・ホートンなど、ホンモノのシカゴ・ブルースの猛者達をゲストに迎えた骨太なブルース・アルバムで、その中身の濃さはにはもうグウの音も出ないほどの作品だったのですが、コレがホンモノ過ぎてロック市場では大コケしてしまいます。

そこから「ぬがー!あったまきた!!じゃあワシゃあ本気のロックやったるわい!!」と奮起したジョニーは、よりサウンドを先鋭化させて、ロックンロールからブルース飛び越してハードロックなアプローチもガンガン入れてセールス的にも徐々に挽回し、その勢いで70年代を駆け抜けたのです。

が、やはり「オラぁなんにも考えねーでブルース弾きまくりたい!」という衝動はずっと衰えなかったのでしょう。

CBSの子会社のブルーススカイというレーベルで「好きにしていいよ」と言われ、ブルース・アルバムを再びリリースしたり、親父と慕うマディ・ウォーターズのアルバムをプロデュースしたり、そらもうやりたい放題やります。結果マディのアルバムがグラミー賞を受賞したり、ブルースという音楽を広く世に知らしめる事に大きな功績を残すんですが、やっぱりメジャー・レーベルって所は窮屈だと、マディが亡くなった1983年の翌年84年に「親父への義理も果たしたし、オレもっと売り上げとかそんなのに気を使わないでいい所で自由にやるべ」とばかりにインディーズ・レーベル”アリゲーター”へと移籍します。

さてこのアリゲーターというレーベルは、1970年代にブルース・イグロアという熱狂的なブルース・マニアが「ハウンドドッグ・テイラーのアルバムを出したいから」という理由だけで設立したレコード会社です。

もちろんそのハウンドドッグ・テイラーはいい感じに売れてレーベルの活動も軌道に乗り、この頃にはベテランから若手まで、腕は確かな連中が多く所属しておりました。

根っからの無頼漢であったジョニーにとっては

「ブルースのヤツしかいないってのも、あのイカレたハウンドドッグ・テイラーのレコードを出したいからとかいうクレイジーなレーベルってのもオレ好みだ。いいんじゃね?やったるぜぇ」

だったんではないでしょうか。

で、アリゲーター側にしても、メジャーで大暴れして、しかもついこの前まで”あの”マディ・ウォーターズのプロデュースをしてたような凄い人です。

「あーオレオレ。ちょっとお前んとこでレコード作りたいんだけどいい?あ?CBS?んなもん契約破棄したに決まってんだろうが、てかオレと契約すんのかよしねーのかよ、契約するんだったらサインしに行ってやるぜ、契約しねーんなら火ィ点けに行ってやる!」

ぐらいの勢いで(いや、ホントにこんな感じの人でしたから・・・)ポンと言ったら、レーベルとしては

「どうぞどうぞ、契約はこちらからお願いしたいぐらいです。何なら火も点けてください」

ぐらいの粋な返しをしたんだと、勝手に妄想します。

アリゲーターに移籍したジョニーは、水を得た魚と・・・。いや、ガソリンを得たチェンソーの如く、それまでの鬱憤を晴らすかのように、持てる力の全てを気持ち良くブルースに全振りして大暴れ(!)

このレーベルから出している3枚のアルバムは、どれも甲乙付け難いほどアツい衝動が尋常ならざるサウンドでたぎりまくっておりますが、今日はあえて3枚目の『サード・ディグリー』をご紹介。





【収録曲】
1.Mojo Boogie
2.Love,Life And Money
3.Evil On My Mind
4.See See Baby
5.Tin Pan Alley
6.I'm Good
7.Third Degree
8.Shake Your Moneymaker
9.Bad Girl Blues
10.Blake And Loney


何でこのアルバムをジョニーのアリゲーター盤オススメのその1に選んだかというと、それまでの彼のキャリアの総決算のような作りになっているからです。

まずはゲスト陣、トミー・シャノン(ベース)とアンクル・ジョン・ターナ(ドラム)をCGIの3曲で、ニューオーリンズの大物で、この時ライヴでも見事なデュオを披露していたドクター・ジョン(ピアノ)がADの2曲で参加。

ドクター・ジョンは完全に目玉のゲスト枠で分かるのですが、トミー・シャノンとアンクル・ジョン・ターナは、ファースト・アルバムで共にブルースした、いわば昔馴染みの仲間であります。

そして、ブルースに全振りした楽曲(!)

ジョニーといえば、親指にサム・ピック付けての畳み掛けるような単音ソロも必殺ですが、実はスライドの名手でもあります。

そんなスライドを大々的にフィーチャーしたのが『Mojo Boogie』『Evil On My Mind』『Shake Your Moneymaker』『Bad Girl Blues』の4曲と大判振る舞いなんですよこれ。

のっけから血圧が上がるノリノリの『Mojo Boogie』と、スライドの狂犬ハウンドドッグ・テイラーのカヴァーである『Shake Your Moneymaker』は、エレキによる極め付けで、ギャインギャインと凄まじい押しっぷりにひたすら圧倒されます。

ジョニーの本質というは「ブルースのコアを燃焼させて暴れる根っからのロックンローラー」というのがアタシの見解でありますが、いやもうこの2曲の、情緒も余韻もクソ食らえ!ブギーは勢いでなんぼじゃい!なノリの痛快さ、これだけで他はもう何も要りません。

と、思ったら今度はアコギ(共鳴板付き金属リゾネイターギター)で、多重録音されたフレーズ同士が金属音を響かせながら激しく絡み合う『Evil On My Mind』『Bad Girl Blues』の2曲が、エレキとは全く違うアプローチで耳を侵食します。

曲自体はトラディショナルな戦前のものに近いブルース・スタイルなんですが、ジョニーのギターは何て言うんでしょう。アコギを引かせても衰えない、むしろ歪んでない分生身の衝動を伴ってギラついているサウンドゆえに演奏そのものが全く古臭くなくて、トンガっています。

更にこのアルバムの凄さはスライドだけじゃない(ヒイィ!!)酸いも甘いも嚙み分けた辛口のスローブルースでの「いやしかしギターソロは猛烈弾き倒し」のスローブルース『Love,Life And Money』『See See Baby』『Tin Pan Alley』『Blake And Lonely』もしっかり入っております。

特にドクター・ジョンのピアノが、弾きまくりジョニーをしっかりとしたフレージングでサポートしている『Love,Life And Money』と、骨太なシカゴ・ブルース・スタイルの『Tin Pan Alley』は、ジョニー・ウィンターのと思わずとも、これは80年代のブルースの演奏としてはもう殿堂入りしてもいいぐらいの名演だと思います。

スローブルースでも、エモーショナルな吐き捨てるような歌唱で一切妥協を許さないヴォーカルと、サウンドもフレーズの荒れ具合もピッタリ呼応しているギター。ええ、もうこれですよ、この小細工とは全く無縁の体当たりのガチンコ、理屈とは最も遠い本能からそのまんま取ってぶつけるかのようなストレートな表現をぶつけられたら、こっちも理性とか全部かなぐり捨ててノックアウトされるしかない訳であります。

どこを取ってもジョニーの”やりたい放題”がすこぶるカッコ良くビシッ!と決まったこのアルバム。実はアリゲーターの3枚は、好きなことを好きなようにやっただけなのに、メジャー時代の作品より売れて、契約が終了する頃には、それまで「ブルースのルーツを持つ、個性的な弾きまくりギタリスト」「硬派なロックファンには人気だけど、物凄く売れまくってる訳ではない」ぐらいだった評価はあっという間に覆り、アルバムはいずれもCBS時代より好調なセールスを記録して、ジョニー・ウィンターといえば「80年代ブルース・シーンの超が付く大物で圧倒的なテクニックとフィーリングを持つスーパーギタリスト」という世界的な評価も確立したのでした。

何でそうなったかって?そりゃアナタ、この”好きなことを好きなようにやっただけ”が死ぬほどカッコ良かったからですよ。



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2018年05月12日

デクスター・ゴードン ゲッティン・アラウンド

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Dexter Gordon/Gettin' Around
(BLUENOTE)


アタシもいいトシのおっさんですので「おっさんになってもカッコイイ男とは何か?」ということを、結構真剣に考えなければなりません。

まー色々と考えたんですが、見た目に関してはこれはもうしょうがありません。人間歳を取ると皺だって増えるし、髪も抜けてくるだろうし、体形も崩れてくる。こういう物理的なものはしょうがない。

でも、世の中にはそういった加齢と共にやってくる物理的な変化を経てもなお、カッコ良くて魅力的な人というのが居る。そういう人達を観察していると、いくつか”カッコイイおっさん”の条件ってのが見えてきたんです。

色々とありますが、ザックリ言えばこんな感じ↓


・佇まいから全体的に哀愁が滲み出ている

・思慮深く、言葉使いや行動がスマート

・目が死んでない

・頭の回転が早く、ユーモアを絶やさない

・なんだかんだやっぱりオシャレ


全ての条件を満たしている人は、当然ながらなかなかおりません。

が、音楽の世界、なかんづくジャズの世界を眺めておれば、この条件に見合う人達って結構いるんです。

や、昔のジャズマンなんて人生滅茶苦茶人間のオンパレードではあるんですが、それでいてもなおこれら条件をスルッと満たしている人がおりますんで、まぁその、いわゆる世間一般の常識だとか良識とかと、カッコ良さというのは別次元にあるものなんだなぁと思います。

はい、そんなダンディでカッコ良くて、スマートでオシャレで、醸す空気はスーパー哀愁。更にユーモアのセンスも人一倍あるジャズマンの中でも最高のジェントルマンといえばデクスター・ゴードン。


この人の、グッと渋いくぐもったトーンのテナー・サックスから、ちょい遅れたタイミングで放たれるフレーズが、もう最高に男の哀愁とホッとするユーモアに溢れてて、190cmのスマートな長身で、眉間にクッと皺を寄せて吹くその立ち姿、羽織るジャケットの趣味ももうホントたまんないんですね。世界中の35歳以上の男を集めて「いいかお前らこれが男ぞ」と言いたくなるぐらい、同性のオッサンから見ても惚れ惚れするぐらいのイイ男です。


そんなイイ男なもんだから、1986年には何と映画『ラウンド・ミッドナイト』で役者としてスクリーンに登場しております。

映画はフランスに住んでいるアル中ヤク中のジャズマン(実は伝説のテナー吹き)が、一人の若者の献身的なサポートで見事立ち直るのですが・・・というストーリーも、デクスター本人による素晴らしいジャズ演奏もどこまでもほろ苦い、ジャズという音楽のカッコ良さと深すぎる業の両方を見事に描いた映画なんで、これはジャズ好きの方全員に観て欲しいと思うんですが、演技の勉強なんか全然してないはずの生粋のジャズマンであるデクスターが、役者顔負けの渋い声で、ゆっくりと噛み締めるような独自の台詞回しで完璧な”ジャズマン”を、ベテラン役者の貫禄で演じきっていると、映画界でも話題になりました。

まぁ、ジャズマンだからジャズマン演じるのは訳ないんだろうと、アタシら素人は思ってしまいますが、映画の関係者によると、デクスターのあの見事な演技は、実はほぼ”素”らしいんです。

オファーがあった時にデクスターが

「オレ、テナーしか吹いてこなかった男だから演技なんて出来るかどうかわかんねぇよ」

と不安を漏らした時に監督が

「いや、アンタはそのまんまでいいんだ。吹いて歩いて、いつも通り喋ってくれればいい。この映画はジャズの映画だからね」

と言って

「あぁそうか、ジャズの映画か。じゃあそのまんまやるよ」

と、役を意識せずに出演したら、結果として何だか凄い演技になったんだとか。




サウンド、プレイ、立ち居振る舞い、身に着けるもの、全てがジャズの理想を体現していて、1940年代末に「ビ・バップの期待の若手テナー」と評価されつつも、麻薬中毒になって最も大事な20代から30代前半の時期の時期をほとんど棒に振り、その後麻薬は断ち切れたものの、67歳で亡くなるまでの間は、麻薬の代わりに浸っていた酒との縁を切れず、結局肝臓をヤラレてしまう。そういうジャズの”どうしようもなさ”みたいなものも背負ってしまっている人で、その”Good"と”Bad"の絶妙なバランスが、デクスター・ゴードンという人を、存在そのものがジャズとしか言いようのない完璧な(そして少しいびつな)”男”に作り上げたんだと思います。

んで、ここからはジャズ・テナー・サックス奏者としてのデクスター・ゴードンのお話です。

麻薬や酒に溺れる人間的な脆さを持っていても、彼の場合はその音楽にはそういった脆さを一切寄せ付けず、実に余裕とダンディズム溢れる演奏を、死ぬまで貫きました。

特に麻薬トラブルから復帰した1960年代以降のアルバムは、そのどれもが太く豊かに鳴るテナーが、コクと風味とホロ苦さに溢れた人生の物語を訥々と、時にユーモアを交えながら語る、ジャズをそんなに知らない人でも「あぁ、カッコイイなぁ。これがジャズなんだよなぁ」と、どうしても感嘆してしまう、素晴らしい説得力に溢れております。



ハッキリ言ってこの人の場合は、あてずっぽうでえ〜いと選んだアルバムはどれも”当たり”です。

かなりのハイスピードでも揺るがなくアドリブをかっ飛ばせる腕は当然ありますが、敢えてスピード勝負に懸けず独特の後ノリでフレーズを繰り出すそのスタイルで、ミディアム・テンポの曲やバラードで無双の強さを発揮するタイプであり、長いキャリアの中でどれだけジャズが進化しても自分のスタイルは一切崩さず、己の道を黙って貫いたその姿勢、両方のカッコ良さが本当に全部のアルバムから滲み出ているからです。







【パーソネル】
デクスター・ゴードン(ts)
ボビー・ハッチャーソン(vib)
バリー・ハリス(p)
ボブ・クラウンショウ(b)
ビリー・ヒギンス(ds)


【収録曲】
1.Manha de Carnaval
2.Who Can I Turn To (When Nobody Needs Me)
3.Heartaches
4.Shiny Stockings
5.Everybody's Somebody's Fool
6.Le Coiffeur


(録音:1965年5月28日、29日)



キャリアの長い人ですので、アルバムは色んなレーベルに結構な数あります。そして、その水準はどれも軒並み高い、というより、どれも安心して「極上のジャズだね」と聴く人に語らしめる雰囲気の”上質”がみなぎっていますから「この一枚を聴け!」とかそういうのは似合わない。

それでも「何かオススメないっすか?」と言われたら、ゴードンの実に男らしい粋と色気と哀愁にドップリ浸れるワン・ホーン作品がよろしいです。

ブルーノートでリリースした『ゲッティン・アラウンド』は、ヴィブラフォン+ピアノ+ベース+ドラムスのシンプルなバックが作り出すミディアム〜スローテンポのリズムに乗って、朗々と、そして切々と吹かれるテナーから立ち上る”うた”に心ゆくまでウットリできる一枚。

もうとにかく1曲目の『黒いオルフェ』です。

色んな人に、それこそ色んなアレンジでカヴァーされまくっているルイス・ボンファ作曲のサンバ曲で、同名映画(1959年公開)の主題歌。

哀しげなメロディーが胸にくる曲を、ゴードンのむせび泣くテナー、クールに情景を描くヴィブラフォン、押し殺した感傷を少しづつ滲ませてゆくようなピアノと、それぞれのソロリレーが更に胸に来るアレンジにまず引き込まれるんですが、そこからバラード、ミディアム・テンポの小粋な曲と続きます。

で、この「ノリノリの曲をあえて1つも置かず、全曲バラードかミディアム・テンポのナンバーで統一しましたよ」というアルバムの作りが最高で、どの曲も染みるんですね。

明るい曲といえばボサ・ノヴァ・アレンジの『ル・クワフール』が後半に入ってくるんですが、これも明るく軽快なテンポに乗っかるアドリブの心地良さの中にふわっとした切なさが一瞬感じられたりして、もうどこをどう切り取っても上質な大人のジャズ。まるで映画を見ているような、そんな至福です。

派手に吹きまくったり、ノリと勢いで興奮させてくれるジャズももちろん最高ですが、例えば一人でじっくり聴いて「はぁあ、ジャズいいなぁ・・・」と思わせてくれるのはこういったアルバム。

さて、コイツを聴いて、このムードから立ち上る大人の男のダンディズム、言葉より語る哀愁に浸ったら、アタシはかっこいいおっさんになれるのだろうか。いやもうそんな事を考えるのは野暮ってもんですね。これは純粋に聴いて浸りたい。












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2018年05月11日

フロイド・ジョーンズ&エディ・テイラー Masters Of The Modern Blues

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Floyd Jones & Eddie Taylor/Masters Of The Blues
(Testament)



戦後シカゴ、ダウンホーム・ブルースの名盤『Smokey Smothers/The Blackporch Blues』をじっくり聴いていたら、しばらくこの泥沼から抜け出せずにおりました。

ブルースといえば、スーパーギタリストが派手な”泣きのソロ”で大暴れするのも、そりゃあもちろん最高なんですが、ドップリとディープなバンド・サウンドで、ブルースという音楽のむせるような泥臭さ、そのスカスカのアンサンブルからむわぁんと立ち上る、まるでドブロクのような濃厚&粗削りなブルース・フィーリングが無尽蔵に漂ってくる、1950年代60年代の”超有名”から一歩引いた職人気質な人達によるダウンホーム・ブルースってもう本当に最高なんです。


さて、ブルースをバンドで演奏し、それをエレクトリックな楽器を使って新しい時代を切り開いたといえば、もちろんマディ・ウォーターズ親分でありますが、当たり前のことながら、マディ親分が「そうだ、エレキギターを使ってみよう」と言って始めた訳ではなく、シカゴではまだアコースティックな楽器を使った、軽快なリズムでジャズ寄りのアンサンブルというのが、当時最も華やかな場であったシカゴの高級クラブで主流だった頃、ミシシッピやメンフィスといった南部から出てきた連中が、路上の雑踏の中や安酒場で聴衆を相手にしていた頃、マディもミシシッピからシカゴに出てきました(1940年代中頃)。

一説によると、ブルースでエレキギターを最初に使いだしたのは、南部のブルースマン達だったと云われております。

狭くやかましいジューク・ジョイントで、とにかくガヤガヤうるさい客をステージに向かわせて踊らせるために、音が割れようが潰れようが、とにかくデカい音を出すためにエレキギターを使ってたんだと。

ともかく何事もタフで荒々しいのが好みの南部の連中がエレキギターという楽器を最初に効果的に使ってブイブイ言わせていたという話は、確かに戦後すぐぐらいの時期の「南部から出てきてすぐのブルースマン達によるブルース」を聴くと、なるほどそうかも知れんわいと思わせるに足りる十分な説得力がみなぎっていたりします。

あのロバート・ジョンソンも、亡くなる直前(1938年)に手にしていたギターはエレキだったといいますから、そらもうみんなこぞって「オゥ、あのデカイ音が鳴るエレキギターってやつくれよ」だったんでしょうね。

とにかく田舎からシカゴに出てきた若者達は、都会の喧騒に挑むように音のデカいエレキギターをかき鳴らし、南部のタフでワイルドなノリを、サウスサイドとかウエストサイドとか、移住者の多い街の路上で次々根付かせていった。

若者だったマディはその中に飛び込み、多くの先輩達と競いながら腕を磨いていったんですねぇ。想像すると何とも素敵なシーンじゃありませんか。

はい、というわけで今日ご紹介するのは、そんなマディの先輩達が奏でていた、元祖エレクトリック・ブルースというものだったかがたちどころに理解出来る、素晴らしい一枚でございます。

まず、シカゴ・ブルースといえばチェスやコブラ、ヴィージェイといったインディーレーベルがシノギを削り、多くのスターを輩出していった1950年代でありますが、そこから少し時代を進めて60年代には、今度はブルースという音楽で金儲けしようというレーベルばかりではなく、音楽として素晴らしいから、これはじっくり付き合いたいという人が立ち上げたレーベルが、新人をプロデュースしつつも、かつて名を馳せたブルースマン達を積極的にレコーディングし、結果として貴重な音源を世に多く残したという現象が起きておりました。

その中で、ブルース研究家として今も著名なピート・ウェルディングという人が立ち上げたレーベルに”テスタメント”というのがございます。

このレーベルこそが「派手じゃないけど気合い入ってるよね」の最たるものでして、特に看板である『マスターズ・オブ・ザ・モダン・ブルース』は、そのどれもが同じデザインの色違いジャケというややこしさながら、内容の濃さで多くのファンを南部直送のダウンホーム・ブルースの泥沼に引きずり込んだ定評のあるシリーズ。

まぁ、ブルースという言葉にちょいとでもピクッとなる人なら目をつぶって片っ端から集めてもまずハズレがないぐらいキョーレツに濃い内容&人選で恐ろしいぐらいのシリーズなんですが、今日はその中からフロイド・ジョーンズとエディ・テイラーのものをご紹介致しましょう。







【収録】
(フロイド・ジョーンズ)
1.Rising Wind
2.Dark Road
3.Stockyard Blues
4.Sweet Talkin' Woman
(エディ・テイラー)
5.Train Fare Home
6.Big Town Playboy
7.Peach Tree Blues
8.Bad Boy
(フロイド・ジョーンズ)
9.Hard Times
10.M0&O Blues
11.Playhouse Blues
12.Dark Road
(エディ・テイラー)
13.Feel So Good
14.After Hours
15.Take Your Hand Down
16.Bad Boy



はい、今かなりの方が「フロイド・ジョーンズ?エディ・テイラー?誰?」とつぶやいたと思いますが、いやもうアナタ方、シカゴ・ブルースを聴いてこの人達を知らんのはモグリですぜ、と、アタシらしからぬ強めな感じで、えぇもう言い切ってしまいましょう。この2人、単純な知名度で言えばまぁBランクCランクぐらいであることは認めざるを得ないんですが、戦後のシカゴ・ブルースの歴史を生きて、そのサウンドの土台を作ったと言っても過言ではない、とんでもなく凄い人達。

まずはフロイド・ジョーンズ。

何と1917年アーカンソー生まれで、年代的にはほとんど戦前の人です。実際幼い頃からチャーリー・パットン、ミシシッピ・シークス、スリーピー・ジョン・エスティスといった、戦前ミシシッピ〜メンフィスで活躍したブルースマン達の演奏を間近で見て育ち、16歳の頃にトラックの運転手をしていた時、偶然知り合ったハウリン・ウルフ(当時23歳)と意気投合してギターを手にして、南部一帯を一緒に回っております。

このキャリアからしてもう凄いんですが、更に1930年代にはサニー・ボーイ・ウィリアムスン(U)やロバート・ジョンソン、ビッグ・ウォルター・ホートンらと知り合い、共演したり一時期行動を共にしたりして、南部では既に実力派として知られる存在であったようです。

残念ながらこの時のレコーディングはありませんが、1945年にシカゴに移り住んで、ストリート・ミュージシャンの激戦区であったマックスウェル・ストリートに立った時は既に「あの南部で有名だったフロイド・ジョーンズさんだ」と、ファンからもミュージシャンからも、ある種別格として見られていたそうで、そのダークな歌声とギターでシカゴの路上から、チェス、ヴィージェイ、JOBといったその当時の新興レーベルまでを演奏とレコーディングでサラッと制し、文字通り戦前の南部から戦後すぐの時期のシカゴでのし上がる、その戦端を切った人と言えるでしょう。

一方のエディ・テイラーは、生まれは1923年とジョーンズよりちょい若いですが、もうアレですよ、シカゴ・ブルースの一番の人気者であり、多くの人が「ブルース」と聞いて「こんな感じ」とすぐイメージするほどのあのギターによるずっずじゃっじゃズッズジャッジャズッズジャッジャのウォーキング・パターンを定型として強烈に世界に印象付けた王者、ジミー・リードの長年に渡る名サイド・ギタリストとしての活躍で大きな功績のある人で、えぇ、何かと酒ばかり飲んでベロンベロンに酩酊してしまうリーダーよりも、ある意味この人があの黄金のパターンを自分で考えて、実際にしっかり演奏していましたから、世界の裏側で戦後のブルースの歴史を作ってきたのは実はマディでもジミー・スミスでもなくてエディ・テイラーだ!とブルースファンに断言される事も多く、実際その通りなんだと言い切って良い人です。

7歳の頃からベースを演奏し(!)、程なく幼馴染のリードと組んで、地元ミシシッピでは「おもろい小僧共」と知られていたようで、例によってチャーリー・パットン、サン・ハウスらの生演奏に刺激を受けて、やがてその影響からギターを手にしてコツコツと腕を磨いてきました。

戦後になって先に移住していた父親に呼ばれてシカゴに移住するんですが、そこからやっぱりマックスウェル・ストリートで人気を博し、特に安定したギターの腕前はレコード会社に「君、ウチのレーベルでギタリストとして契約してくれないか?」と、今で言うスタジオ・ミュージシャンみたいな仕事の声がかかったりしております。

この時まだ出来上がったばかりのヴィー・ジェイにひょっこりやってきたジミー・リードのレコーディングに駆り出され、スタジオで「あれ?お前エディじゃないか?」「おいジミー、お前こそ何やってんだ?え?レコーディング?何てこった、お前のバックをやるように俺は言われてたんだ」と、まさかの偶然でコンビ復活となった嘘みたいな奇跡から、腐れ縁で60年代までコンビを組んだこのコンビは、次々とセールス記録を塗り替えるヒットを放っております。

エディはソロとしても大器晩成型で、60年代以降はモダン・ブルースの”粋”を伝える、ブルースファンの間で評価の高い素晴らしいアルバムを多く残してますし、70年代80年代はブルースフェスなんかでも引っ張りだこの人気者になるんですね。

そんな2人が、1966年にガッツリ手を組んで行ったセッションを収録したのがこのアルバム。

カップリングと言われることもたまにありますが、同じバンドで互いにリードヴォーカルを交代でやっている、正真正銘の同一セッションです。

はい、スロー・ブルース中心に、どこかダークで激しい重みのあるヴォーカルの味で聴かせるジョーンズのトラックと、一転ロッキンでギラついたギターに、丸みを帯びた声ながらもカラッと突き抜けた味わいのあるテイラーのヴォーカルとが織りなす、全く異なる個性が、どれも1960年代の音とは信じられないぐらい、スカスカで乾いた、まるでスピーカーから土煙が出てきそうなほど粗削りなヴィンテージ・サウンド(っつうんだろうか?)を、50年代初頭の路上演奏ばりの質感で生々しく響かせております。

このセッションこそは、もうインパクト云々とかよりも、絶妙なバンド・サウンドとその音の質感だけで最高に深くてロウダウンな演奏をダラーッととことん味わい尽くせる、何かもう「ブルースってこれこれ、細かいことはよーわからんが、とにかくこの雰囲気なんだよ」と言いたくなる見事な職人芸です。

フロントの2人はもちろん、脇を固めるメンバーも、ビッグ・ウォルター・ホートン(ハーモニカ)、オーティス・スパン(ピアノ)、フレッド・ビロウ(ドラム)と、当時のシカゴ・オールスター・メンバーなんです。

テイラーとジョーンズは、共にギタリストなんですが、ここではジョーンズがベース。つまりヴォーカル、ギター、ピアノ、ベース、ドラムスという必要最小限のバンド・サウンドで、しかも音数はグッと少な目で楽器と楽器の音の間もいい感じにとことんスカスカ。更にジョーンズは自分が歌う時はベース弾いてませんから、ジョーンズのズ〜ンとダークな歌のバックで、ギター+ピアノ+ドラムっつう3つの楽器だけがスゲェ密度で鳴り響いております。

大体ダウンホーム・ブルースなんていうのは、音スカスカで、いい感じに荒れてて、ウケを狙わずにダラーッとやるかひたすらロッキンにバシャバシャやるかが最高にカッコイイパターンなんですが、その両方が一枚でこれ、楽しめます。つうか細かいことはいいんです、この雰囲気ですよこの雰囲気。知らない人は今すぐ聴いてください、この雰囲気ですよ雰囲気!(大切なことなのでシメに2回言いました)












”ブルース入門編 〜初心者のための優しいブルース講座〜”




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2018年05月02日

スモーキー・スマザース THE BLACKPORCH BLUES

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Smokey smothers/The Blackporch Blues
(Ace)

皆さんこんばんは。

いやぁ2月から多忙とパソコン移転と体調のシャバダバですっかりこのブログの更新ペースも落ちておりまして、読者の皆さんには毎度お待たせをしていて申し訳ないです。

「こんな辺境ブログだから」と、タカをくくっていたら、ある日地元の若い子から

「早くブルースの紹介が読みたいっす」

と、思いも寄らず有難い言葉を頂きました。

ふむっ!

と、鼻息を荒くして、今日は気合いを入れてブルースを紹介しますぞー!!

はい、アタシはアタマの悪い中学生の頃にブルースという音楽を意識し、それ以来自分の全てに欠かせない大切なものとして、40過ぎのオッサンになるまで愛してきました。

しかし、色々と聴いて知っているようで、戦前ブルースから入ってしまっているアタシには、実は戦後のバンドスタイルのブルースに関しては、まだまだフォロー出来ていないところがある。

日々勉強でありますよ。といっても音楽に関する勉強というのは、これは自分が好きな物事をもっと深く、広く楽しむためのものでありますので、やっていてこんなに楽しいことはありません。

という訳で、アタシはラジオを聴いております。

今はインターネットにアクセスすれば、Youtubeという便利なものがあって、知らない音楽も手軽に知る事の出来る時代なんですが、これには落とし穴があって「色々視たけど結局自分好みのヤツの堂々巡りをしている」というのと「せっかく良いものに出会えたのに、映像を視ていると肝心の音楽に集中してその良さをじっくりゆっくり心に刻むことが出来ない」という落とし穴です。

考えてみればアタシがクソガキの頃はネットなんてありませんから、雑誌やレコード屋、先輩や友達の口コミ、そしてラジオなど、ほんっとに少ない情報から、自分の心に響くものをそれこそ必死で探しておりました。

情報が少ないから、当たりと出会った時の感動は深かったです。

や、もしかしたら「ハズレにしないように大事に聴いて行こう」という意識も働いていたかも知れません。

特にラジオは良かったですね、ただ単に曲が流れるだけでなく、その音楽を紹介する人の心のこもったアーティスト紹介や説明があったから、気持ちが自然と前のめりになってウキウキするんですよね。

その時知らなかった洋楽のブルースやブルースロックとは、主にラジオで出会いました。

一番インパクトがあったのは、ジョン・メイオール&ザ・ブルース・ブレイカーズでしたねぇ。。。

おっと、話が脇道に逸れてしまいそうなので、話を戻しましょう。

大人になってから、何だかんだ忙しかったりで、すっかりラジオ聴かなくなったんですけど、地元のスタジオがあるASIVIの壁に貼られていた『永井ホトケ隆のブルース・パワー』の番組宣伝のポスター。






「あ、ホトケさんだ♪ラジオやってんだ〜」と、何気に見ていたら、何とアナタ、この番組が我が地元のあまみエフエムで聴けるというじゃありませんか。


日本のブルース・シーンの最前線の現場で音楽張ってきた、永井ホトケさんがDJをするブルース番組なら、こらもう最高に違いないとアタシは確信し、それ以来毎週日曜の夜10:00の放送時間を逃さないように、夜遊びをせずに聴いております。


戦後シカゴ、ダウンホーム・ブルースの雄、スモーキー・スマザーズの事は、この永井ホトケさんの番組に教えてもらいました。

そう、アタシはこの、戦後シカゴ・ブルースを、知ってるよーで意外に知らんのです。

スモーキー・スマザーズといえば、実はサイドマン(ギタリスト)としては、重要な作品に数多く参加してまして、いわばマディ・ウォーターズ、ハウリン・ウルフといった戦後のシカゴ・ブルースの第一世代、リトル・ウォルター、ボ・ディドリーら第二世代、更にフレディ・キング、マジック・サムといった第三世代が1940年代後半から60年代にかけて、その電気化したタフでワイルドなブルースを次々とその個性で進化させ、発展させて行ったその現場に、セッションマンとして立ち会い続けて来た人なんですね。

だから一応レコードやCDのクレジットなんかを見て「おぉ、ここにも参加しとるんか」と、そのちょっとインパクトのある名前だけに、何となく覚えてはおりました。

けど、根っからのサイドマン気質なのか、或いは個性が百花繚乱する戦後シカゴで、リーダーとして自分を上手に売り込むことが出来なかったのか、或いは単純にスターダムにのし上がって派手に活躍することに興味がなかったのか、単独の作品がほとんどないがゆえに、一般的な知名度を獲得するまでには至らなかった。

生涯に残したソロ名義のアルバムはたったの3枚(このうち60年代のセッションは1枚のアルバムにまとめられてリリースされたので、実質2枚ですな)なのですが、この中で60年代にレコーディングしたアルバムが、実は!実はブルースファンの間で「隠れ名盤」「バンドブルースやるんだったらコレは聴かなきゃダメ」「つうかシカゴ・ブルースのサウンドの美味しいところが全部入ってる」と大絶賛されて、今も伝説として語り継がれているアルバムなんです。これ、アタシ知らなかった。。。






【収録曲】
1.I Can't Judge Nobody
2.Come On Rock Little Girl
3.Honey I Ain't Teasin'
4.You're Gonna Be Sorry
5.(What I Done For You) Give It Back
6.Smokey's Love Sick Blues
7.I've Been Drinking Muddy Water
8.Crying Tears
9.Midnight And Day
10.Blind And Dumb Man Blues
11.What Am I Going To Do
12.I Ain't Gonna Be No Monkey Man No More
13.The Case Is Closed
14.Way Up In The Mountain Of Kentucky
15.Hello Little School Girl
16.Twist With Me Annie (Extended Take)
17.I've Been Drinking Muddy Water (Previously Unissued Alternative Take)
18.Blind And Dumb Man Blues (Previously Unissued Take 1)
19.Honey I Ain't Teasin' (Previously Unissued Take 2)
20.Smokey's Love Sick Blues (Previously Unissued Take 1)
21.Come On Rock Little Girl (Precviously Unissued Alternative Incomplete Take)
22.Midnight And Day (Previously Unissued Take 1 Incomplete)
23.(What I Done For You) Give It Back (Previously Unissued Take 1)
24.I Ain't Gonna Be No Monkey Man No More (Previously Unissued Take 2)
25.You're Gonna Be Sorry (Previously Unissued Take 1)



じゃじゃん、コチラがそのシカゴ・ダウンホーム・ブルースの聖典であります。

「ダウンホーム・ブルースって何じゃい?」と思う方もいらっしゃると思いますが、まぁその、派手なアレンジとかR&Bとかファンクとか、そういうハイカラなことをやらず、ブルース特有の濃い味わいだけで勝負してる感じのブルースだと思ってください。

そうなんです、このアルバムで聴けるバンド・サウンドは、ギターとべースとドラムだけのシンプルな編成で、リーダーのスモーキー・スマザーズも派手なソロを弾きまくったり、声を張り上げてシャウトしたり、そういう派手な事は一切してません。

バンドの音は、シンプルに「ズッズ、ジャッジャ、ズッズ、ジャッジャ」とウォーキングを刻むサイドギターに、弾き過ぎない絶妙なオブリガードで勝負のメインギター(でもバンドサウンドの性格上、こっちがサイドギターに聞こえる)、絶妙な”間”を活かしながら粘るラインをリズムに絡めるベース、たっぷりの隙間を保ちながら、何ともルーズなビートを気持ち良くキメるドラム、たまに入るハープ。で、その上を程良く力の抜けたユル〜く酔った感じのスモーキーのヴォーカルが気持ち良く響き渡る。ちなみに前半の12曲ではベースすら入っていない、ほぼギター2本とドラムだけのアンサンブルなんです(!)

で、アルバム全般特に早い曲もなければ、ギターが歪みまくってエゲツない音とか、そんな感じの強烈に聴く人の耳をかっさらう要素はほとんど入ってない。でも”これだけ”の魅力の何と素晴らしいことか。

その隙間だらけのサウンドの中で、ギター、ベース、ドラムがそれぞれの音やリズムに最も必要なタイミングで互いの音と呼応し、隙間そのものが最高の揺れ心地で”ふわぁん”とグルーヴしている。そしてこのグルーヴ、この飾りのないサウンドの質感じゃないと絶対に立ち上らない濃厚な”ブルース風味”が、アルバムの最初の一音から最後の瞬間まで、ずっと絶えることなく湧き続けてる。

いやぁ、これは本当に素晴らしい!どれぐらい素晴らしいかといえば「ブルース」という音楽にちょっとでも「おーいぇー」となれる人なら、この音の質感だけで酔いしれてしまえるぐらいの味わいの深さと、やっぱりラジオでホトケさんが言ってたように、ブルースやるんなら、派手なギターソロだけじゃなくて、こういったバッキング(ウォーキングと単音オブリガード)だけでどれだけ気持ちいいアンサンブルを作ることが出来るかってのが重要なんだなと、心の底から思えてしまう、ブルース・フィーリング溢れるバンドの音の最高のお手本だなと、心の底から思ってしまいます。

ちなみにこのアルバム、フレディ・キングが前半6曲で参加してるんですが、あの”モダン・ブルース・ギターの神様”であるフレディ・キングが、一切派手なソロ弾いてないんです。えぇぇ!?せっかくフレディ参加してんのに弾きまくってないの?じゃああんまりヤル気なかったんだ残念。じゃなくてーーーー!!ここで聴けるフレディのプレイこそもう最高なんですよ。音数を凄まじく絞った中から、歌とバッキングを最高に引き立てる(「バッキングを引き立てる」って変な表現ですが、そうとしか言えないぐらい絶妙なんですよホント)、センスの塊のようなプレイ、これは耳に穴が空くまで聴きまくってみてください。

こういう”引き”のプレイも最高に上手いからフレディ・キングはグレイトなんです。

実はフレディ・キング、このセッションの時はスタジオで打ち合わせして、全曲でガッツリ参加する予定だったそうなんです。でも、事情があって遅刻してしまいました。

「あぁすんませんすんません、遅刻しやした(汗)あれ?つうかもうレコーディング始まってんの?」

「あぁ、おめぇが来ねぇからもう半分ぐらい終わっちまったなぁ。ぶっつけで出来る?」

「え!?・・・あぁ、まぁ出来るよ」

で、録音したという、どこを切り取ってもブルースな話が残っております。

でも、スモーキー・スマザーズのアルバムでは”引き”を心得た見事なサポート、そして何と、この翌日に自分がリーダーとしてレコーディングした曲が、フレディ・キング一世一代の代表曲であり、その後多くのギタリスト達にカヴァーされたブルースのインストといえばコレ!の『ハイダウェイ』していたりしますが、コレは余談です。


戦後、60年代シカゴ・ブルースのこれ以上なくルーズな空気を、とことん楽しめるスモーキー・スマザーズの『THE BLACKPORCH BLUES』ちなみにアタシはホトケさんのラジオを聴いて「凄い!スモーキー・スマザーズかっこいい!これは1枚だけじゃなくて2枚ぐらい買わねば!!」とイキり立ち、そのまんま勢いで2枚を注文したのですが

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はい、同じアルバムを2枚買ってしまいましたー!!

左が国内オールディーズ・レコードからリイシューされたFederalオリジナル仕様の再発盤、右がAce輸入盤のボーナストラック付き盤です。

タイトルとかよく見もせんで買ったアタシがバカなんですが、それだけ感動して冷静さを失うぐらいだったと、カッコ良く思って頂ければ幸いです。









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2018年04月27日

ホロヴィッツ ザ・ラスト・レコーディング

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ホロヴィッツ/ザ・ラスト・レコーディング

(Sonny Crassical/SMJ)



ホロヴィッツ晩年のコンサート名盤『モスクワ・ライヴ1986』を聴いていたら、ホロヴィッツ晩年の音源の素晴らしさについてもうちょっと書
いてみたくなりました。

ちょっとコレはアタシの持論でありますが、クラシックでもジャズでもロックでも、あらゆる分野にそれぞれの巨匠とかレジェンドとか言われる人達がいて、その人達はもちろん自分の分野を究極に極めているんだけど、フッと拘りが抜けたように、ジャンル的な垣根を超えた自由を感じさせる演奏をすることがあって、それをアタシは晩年のホロヴィッツに凄く感じてしまいます。

若い頃は超絶技巧と指をペターっと鍵盤にくっつけた独自のタッチから生み出される、演奏の圧倒的なダイナミズムで聴く人を圧倒してきたホロヴィッツ。

しかし、極端に神経質な性格と、それに起因する様々な心身の不調に死ぬまで悩まされ、常に内なるものとの戦いに生きてきた人であります。

恐らく若い頃は、不調を力づくで克服して、全盛期の煌めきを取り戻そうと躍起になって不調にもぶつかって行ったでしょう。でも、歳を取ってから、特に80を過ぎた最晩年の演奏を聴くに「あ、もうダメなものはダメなんだ。しゃーない。じゃあ得意な部分を活かした演奏を、俺は更に磨くわ」という爽やかな開き直りが功を奏した穏やかさの中に、程良い緊張感と研ぎ澄まされた精神の美をかいま見ることが出来るのです。


1989年、ホロヴィッツが86歳の時に録音された『ザ・ラスト・レコーディング』は、先日紹介したモスクワ・コンサートと共に、それまでの音楽人生の陰と陽が見事な調和で混ざり合い、その完璧な深みを宿した音楽の絶妙なコントラストを見せてくれます。

内容的な解説をする前に、この時のホロヴィッツはどんなだったかというと、感情の起伏が極端に激しく、ちょっとでも機嫌を損ねると当たり散らしたり、演奏中だととんでもなく乱雑に弾いて周囲を困惑させたりすることもしばしばだったようです。

あれ?このワガママっぷりってもしかして若い頃と全然変わってない?

いえ、逆に悪化してるんですね。単純に人として見れば、元々の気難しさが爺さんになって更に面倒臭くなった、実に困った人です。実に困った人であるんですが、純粋に音楽に向き合える良い環境で、静かに集中してピアノに向かえば、この世のものとは思えない美しいメロディ感覚と、老人とは思えないほどの恐ろしく粒の揃った力強い音色で、まるで聖人が弾いているかのような音楽を生み出す。

実際『ラスト・レコーディング』は、ホロヴィッツの自宅に録音機材を持ち込んで録音されました。一流の機材が揃ったスタジオではなく自宅での公式作品の録音にしたのは、第一に86歳のホロヴィッツの体力的な事に配慮してのこととは思いますが、やはり慣れた環境でリラックスした演奏をしてもらうことで、ホロヴィッツの良い所を最大限に引き出そうというレコード会社の中の”分かってる人”の上手な気配りの優しさも感じられます。




【ハイドン】
1.ソナタ第49番 変ホ長調 Hob.XVI:49 第1楽章 アレグロ
2.ソナタ第49番 変ホ長調 Hob.XVI:49 第2楽章 アダージョ・エ・カンタービレ
3.ソナタ第49番 変ホ長調 Hob.XVI:49 第3楽章 フィナーレ : テンポ・ディ・メヌエット
【ショパン】
4.マズルカ第35番ハ短調 作品56-3
5.ノクターン第16番 変ホ長調 作品55-2
6.幻想即興曲 嬰ハ短調 作品66
7.エチュード変イ長調 作品25-1
8.エチュード ホ短調 作品25-5
9.ノクターン第17番ロ長調 作品62-1
【リスト】
10.バッハのカンタータ第12番 「泣き、嘆き、悲しみ、おののき」 による前奏曲
【ワーグナー】
11.「トリスタンとイゾルデ」 より 「イゾルデの愛の死」


この、自宅レコーディングは結果的に大成功。ハイドン、ショパンとお得意の小品から、リスト編のバッハとワーグナー(つまり演奏者のセンスと技巧と相当な集中力が試される曲)の選曲は、恐らくホロヴィッツ本人の強い希望によるものでしょう。演奏を聴いてビックリしたんですが、このアルバムからは遺作というと連想される、暗い死の影なんかは全然感じられなくて、若い頃と全然変わらないイケイケで、特有の凛とした芯の強さの音色と、周囲の空気をもごっそり揺さぶるダイナミズムに溢れた演奏を武器に、ホロヴィッツは果敢に楽曲に挑みまくっておるんです。


言っても86歳、そりゃちょっとしたミストーンが出たり、テンポが一瞬ぐらついたりするところもあったりしますが、いやむしろそういうマイナス要素があっても「それがどーした!」と挽回し、逆にカッコ良く聴かせてしまうところがもう最高です。特にショパンの即興曲とかエモーショナルの極みな『イゾルデ愛の死』なんかでは、譜面にはない即興も入れて、かなり大胆に攻めてるんですよ。

冒頭で「ジャンルを超えたカッコ良さ」と書きましたが、そうそう、それはこういうところ。他のジャンルの音楽を取り入れるとか、そういう上っ面じゃなくて、クラシックならクラシックをとことんやって極めた音を出して向こう側へ突き抜ける。その突き抜けっぷりが聴き手の意識にあるジャンルやカテゴライズの壁を綺麗さっぱり吹き飛ばしてくれるんです。

ここでホロヴィッツが披露している即興も、変に演奏を崩すためのものではなくて、楽曲を効果的に美しくするために、恐らくは厳選と試行錯誤を重ねた音を弾いているんでしょう。むしろ学問としての側面が巨大になり、楽譜や作曲家の権威が高まって固定された20世紀以前のクラシックの空気を知っている最後の世代だから出来る(ホロヴィッツ自身は20世紀の生まれですが、彼が師事した人達は19世紀の自由な空気を知っていた人達です)、これは正しく洗練されたオシャレと言うべきでありましょう。

レコーディングは1989年の10月20日と11月4日の2回に渡って行われました。

2回目のレコーディングを終えた後もホロヴィッツはとても上機嫌で、更に収録を増やす予定でもあったと言います。

が、その日のうちに急に容態が悪化して食事中に急逝。

技巧的な面で彼より上手い演奏家は、恐らく結構いると思いますが、こんなにも演奏そのもので聴かせる人は今後出てくるかどうかと思ってしまいます。

もし興味を持たれた方がいらっしゃるなら、このアルバムぜひじっくり聴いてください。何度も言っている音そのものの澄み切った美しさと、独自のタッチから繰り出される圧倒的な強靭さを誇るグルーヴが、若い頃から変わらないこの人の魅力ですが、晩年の”間”の取り方は、更に輪をかけて凄いです。










『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

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posted by サウンズパル at 00:13| Comment(0) | クラシック | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする