2019年07月14日

レイジー・レスター コンプリート・エクセロ・シングルス1956-1962アンド・モア


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レイジー・レスター コンプリート・エクセロ・シングルス1956-1962アンド・モア


戦後のバンドでやってるブルースといえば、やっぱり何と言ってもシカゴ・ブルースが一番聴かれてて、実際に名盤や名演、有名人も多い訳なんですが、ブルースが隆盛を極めた時期ってのは、どこかの地域で盛り上がったら、よっしゃオレんとこも!と、対抗するように腕のいいミュージシャン達が競っていい演奏をして、地域毎に特色を持った素晴らしいレーベルなんかも出て来て、それぞれシカゴ産のものに勝るとも劣らない良いブルースマンの良い曲や演奏を輩出しておったんですよ。

特に戦前から戦後50年代ぐらいまでの時期のブルースってのは、それこそ広大なアメリカにあるそれぞれの地域の雰囲気というのが、サウンドに如実に現れていて、聴いててすごく楽しい!という事は覚えておいてくださいね。んで、その話をするとものすごーく長い上に複雑で読みづらい文章があぁぁぁぁあああっと続く危険性がございますので、今日ははやる気持ちをグッと抑えて「この地域のブルースはとても個性的だよ」という意味でルイジアナブルースを紹介します。


はい、ルイジアナのブルースというのは、このブログでももう何度も言っておりますように、一言でいえば『ユルくてオシャレ』です。

ルイジアナは地理的にはアメリカの南部、テキサスとミシシッピに挟まれた場所にある、そんなに都会じゃない州で、土地のほとんどはバイユーと呼ばれる広大な湿地帯であります。

この湿地帯特有の高温多湿な気候と、アメリカ独立後もしばらくフランスの領土だったという特殊な環境が、まずはこの地のブルースの『ユルくさ』に影響を与えたんだと思います。

そして、ルイジアナにはニューオーリンズという街がありまして、この街は音楽ファンなら「あ、ジャズが生まれたとこだね」とピンとくると思うんですが、この街はカリブ海に開いてる港町で、カリブ諸島の島々や南アメリカからの様々な文化が入って来ているところ。なので、ニューオーリンズやルイジアナのブルースやR&Bは、ディープなフィーリングの中にどこか陽気でハイカラな要素も入っていて、それがすごくトッポくてカッコイイのであります。

ほんで、この地の”バイユー”と呼ばれる湿地帯のブルースを、ほとんど専門的にリリースしていたのが、エクセロというレーベルであります。

実はこのエクセロ、会社があったのはテネシー州ナッシュビルという、ルイジアナからは大分離れた場所だったんです。

ナッシュビルという土地はカントリー・ミュージックの盛んな場所で、オーナーのジェイ・ミラーは最初この地でカントリーのレコードを製作しておりましたが、実はこのジェイ・ミラーさん、生まれ育ちはルイジアナというバリバリのバイユーボーイでありました。

黒人には差別的な言動もあったとの事ではありますが、それでもブルースが大好きで、カントリーでぼちぼち稼ぎながらブルースをレコーディングしようと、地元ルイジアナからブルースマンを呼んだり、ルイジアナに赴いてはいい感じのブルースをたくさんレコーディングしておったんですな。

そんな訳で50年代後半にはロックンロールの全国的なムーヴメントが沸き起こります。え?ロックンロールのブーム来ちゃったらブルース売れなくなっちゃったんじゃないの?とお思いかも知れませんが、南部ローカルなシーンではまだまだブルースの需要は多く、かつ、ルイジアナのブルースがオシャレでスローなロックンロールみたいだったから、若い奴らにも「いいじゃん、踊れるじゃん!」と密かにウケておった訳です。

そんなエクセロからは四天王と呼ばれるブルースマン達が輩出されました。

スリム・ハーポ、ライトニン・スリム、ロンサム・サンダウン、そして今日ご紹介するレイジー・レスターです。

つうかエクセロにからデビューしたブルースマン達って大体芸名で、そのネーミングが「シュッとしたハーモニカ野郎」「シュッとした稲妻野郎」「淋しい夕暮れ(もう意味不明)」「怠け者レスター」って、何かもう凄いんですが、コレはどうも本人達が好んで付けた訳ではなくて、オーナーのジェイ・ミラーさんが「ユーの名前はこれね」って、割と好き勝手テキトーに名乗らせたものだったとか。

しかしまぁ彼らの実にテキトーで、ユルユルどころかガバガバのネーミングが、そのルーズで程良く力の抜けたブルース・スタイルに実にピッタリなんですよねぇ。

レイジー・レスターは、1933年ルイジアナ州バトンルージュの生まれであります。

本名はレスリー・ジョンソンといって、ギターも弾くしハープも吹く、いわゆるマルチ・プレイヤーっぽい人で、作曲もします。

例によって昼間は働きながら、夜になると地元のクラブでいつか大人気になってやるぞとギターやハーモニカの腕を磨いていた時に、たまたまレコーディングに向かうためにバスに乗っていたライトニン・スリムに

「あ、アンタはあの有名なライトニン・スリムさんじゃないですか!」

と声をかけたところ

「あぁそうさ、オレがかの有名なライトニン・スリムだぜぇ。バリバリだぜぇ、ハンパないぜぇ」

と、ノリのいい返事が返ってきたので

「どこ行くんすか?ライヴっすか?オレも一緒に行っていいっすか?」

と、何かしつこく訊いたら

「あぁ?ライヴじゃないぜぇ、レコーディングだぜぇ、来たけりゃ来ればいいぜぇ〜」

と、ユルユルに許可されたので

「おぉぉ、すげぇや、オレ今からライトニン・スリムさんのレコーディングに行くんだ。帰ってきたら友達に自慢しよう」

と、ワクワクドキドキで同行したんですね。

ほいで、エクセロが用意したスタジオに行ったけど

「関係者以外お断りです」

なんてことにならないガバガバのセキュリティの中、勝手に友達みたいな顔をしてレコーディングを見学しようとしていたところ。

「ハープのヤツはどこ行ったんだぜぇ?」

「アイツまだ来ないねー、どこ行きやがったのよもー!」

「おいおいミラーのダンナぁ、オレのバリバリのブルースはハープねぇとダメなんだぜぇ」

「んなこと言っても来ねぇもんはしょうがないよー。スリム、ユー先に何曲かやってよ。ハープなしでも出来るのあんでしょ!」

「いんやぁ、今のオレの気分はハープなんだぜぇ」

つまりレコーディングに呼んでいたハープ吹きが遅刻したのかすっぽかしたのかスタジオに現れない。そんなことでモメております。まーこの時代、特に南部ではよくあることです。

ここでレスターは「この状況って、もしかしてオレが出るべきなんじゃね?」と、物凄くポジティブに解釈し

「あの〜、ハープが要るんすよね?自分、まぁちょっとハープ吹けるんすよ。いや、まープロの人に比べたらアレっすけど、いや、アレじゃないっす、自分、吹けるっす。吹くっす!」

と、何と憧れの人のレコーディングの場という状況の中で自分の売り込みを始めちゃった。

「えぇと、ユーはさっきから何かいるよね?いるけど見たことないね。スリム、このユーは誰?」

「知らないぜぇ、その辺のガキだぜぇ」

「ユー、本気で言ってる?ハーモニカ吹ける?」

「吹くっす」

「ヘタクソだったら承知しないけどマジで言ってる?」

「吹くっす!」

「風呂入る時とメイクラヴの時脱ぎ捨てるのは?」

「服っす!!」

「オッケー吹いちゃいな。ユー名前は?」

「レスリー・ジョンソンっす」

「じゃあ芸名はレイジー・レスターね。何か仕事もしないでプラプラしてそうな感じだから」


「うぃっす(えぇぇレスリーもジョンソンもかぶってないし!それに見た目?見た目仕事してないヤツに見えるのぉ?オレ結構ちゃんと仕事してるし怠け者じゃないけどなぁ!・・・まぁいいか)!やるっす!」


という訳で、何といきなり何のコネも実績もないままに、ライトニン・スリムのサポート・メンバーとして、レスターはレコード・デビューを果たしました。

この時の演奏はスリムにもミラーにも気に入られ、後にソロ・デビューも果たしつつ、その後もライトニン・スリムのレコーディングにはサポートとして参加も継続しております。




アイム・ア・ラヴァー・ノット・ア・ファイター コンプリート・エクセロ・シングルス 1956-1962 アンド・モア

1.I'M GONNA LEAVE YOU BABY
2.LESTER'S STOMP
3.GO AHEAD
4.THEY CALL ME LAZY
5.I TOLD MY LITTLE WOMAN
6.TELL ME PRETTY BABY
7.I'M A LOVER, NOT A FIGHTER
8.SUGAR COATED LOVE
9.I HEAR YOU KNOCKIN'
10.THROUGH THE GOODNESS OF MY HEART
11.I LOVE YOU I NEED YOU
12.LATE IN THE EVENING
13.A REAL COMBINATION FOR LOVE
14.BYE BYE BABY, GONNA CALL IT GONE
15.YOU GOT ME WHERE YOU WANT ME
16.PATROL BLUES
17.(I'm So Glad) MY BABY'S BACK HOME
18.WHOA NOW
19.IF YOU THINK I'VE LOST YOU
20.I'M SO TIRED
21.MY HOME IS A PRISON / SLIM HARPO
22.ROLE ON OLE MULE / TABBY THOMAS
23.NOTHING BUT THE DEVIL / LIGHTNIN' SLIM
24.GONNA STICK TO YOU BABY / LONESOME SUNDOWN
25.HOODO PARTY / TABBY THOMAS
26.ROOSTER BLUES / LIGHTNIN' SLIM


レイジー・レスターのエクセロ時代は1956年から62年。このアルバムにはその頃に残した全てのシングルと、後半に同じくエクセロ仲間のスリム・ハーポ、ライトニン・スリム、ロンサム・サンダウン、タビー・トーマスの6曲が収録してあります。

エクセロに残されたルイジアナ・バイユー・ブルースには、どれも独特のユルさと同時に、ロックンロールの時代にも対応した軽快なシャッフル・ビートのノリ、更にエコーやトレモロを活かしたモダンでトッポい味のあるトーンがあり、いかにも50年代の気のいい不良な雰囲気が最高なんですが、その中でもレスターのブルースは特にロッキンな魅力の強いものであります。

他のエクセロ・ブルースマン達よりちょいと若いレスターが好きでよく聴いていたのが、ジミー・リードやリトル・ウォルターなどのシカゴのロッキンなバンド・ブルースの人達で、あぁなるほど、ユルさの中のザラッとしたワイルドな感触は、ルイジアナ・ブルースとシカゴ・ブルースのいいとこ取りのようなカッコ良さと、それを見事にミックスする、この人独自のセンスが最初からすんごい光ってるなぁと納得。初期のローリング・ストーンズなんかは、どれだけこのサウンドに影響を受けたことだろうとか想像しながら聴くとまたこれがすこぶるハマるし実に楽しい。

レイジー・レスターさん、実は2018年の8月に亡くなっております。それも85歳の大往生で、亡くなる直前までデビューした頃と一切テンション変わらない、ユルくて暖かくて、実に”気のいい不良””な、素敵な素敵なブルースをずーーーっと続けてたんですねぇ。













『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

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2019年07月06日

ブラームス 間奏曲集4つのバラードより&2つのラプソディ(グールド)

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ブラームス 間奏曲集4つのバラードより&2つのラプソディ(グールド)
(SMJ)


この時期になりますと毎年言ってるような気がしますが、調子が悪いです。

あの〜、気温と湿度が上がりますと、頭がのぼせてボーッとなるでしょう。それが元々の自律神経の乱れみたいなのと合体して、体調はおろか気分まで落ち込んでくるからいけません。


さて、ここから健康番組みたいな展開になりますが、体が重い、気分も何だか盛り上がらない。そんな時はどんな音楽を聴いたらいいでしょう?

ある程度元気があれば、ガンガンに元気の出るような、ポジティブな音楽を聴くのもいいかも知れません。

でも、本当に調子悪くて、端的にいえば誰とも会いたくないような時は、どうなんでしょうね。心が出所不明の悲しみに覆われて、ふさぎこんでしまう、そんな時はアタシの経験上ですが、とことん静かに悲しみに沈ませてくれる音楽が良いです。

「沈み込む」ってのは悪いことじゃあないんです。とことん沈んで、沈んで沈んでいくうちに、自然と癒えることもありますし、沈み込んだその先で、悲しい部分に繋がった美しい何かを見付ける事もあります。

アタシは一体何を言ってるのでしょう。まぁ「あーコイツ暑いからいよいよ頭おかしくなった」と思われても結構です。話をつづけましょう。

音楽の素晴らしい所は、自分自身の悲しい気持ちだったり、イライラだったり、そういうどちらかといえば日常生活にとっては厄介なものになるようなネガティブ、つまり負の感情と結びついて、それらと共鳴して発散させたり浄化させてくれるものがあるという事です。

心身共にキツイとき、アタシは沈み込むためにピアノを聴きます。

ジャズにせよクラシックにせよ、ピアノという楽器はちょっと繊細な人を演奏家として惹き付ける楽器であるようで、色んな意味でシンパシーを感じる人や演奏がたくさんあります。

で、グールドです。

グレン・グールドといえば、クラシックの世界のみならず、あらゆる音楽好き、ピアノ好きにとって、これはもう象徴的な存在でありましょう。

自己の演奏を徹底的に研ぎ澄ます事にその繊細過ぎる神経の全てを注ぎ込み、それゆえに世間から見て「奇行」と思われるような行動も多く、かくいうアタシも彼の演奏よりも、そのエピソード(寒さを極端に恐れ、真夏でもマフラーとブ厚い手袋をしていたとか、コンサート活動からの引退を宣言して、以後はスタジオに引き籠っての創作活動のみをしていたなどなど)に興味をくすぐられて、それこそ興味本位で知った人ではあったのですが、試しに聴いてみた彼のバッハがんもぅ素晴らしく心に染みて、以来「落ち込んだ時の友」だと勝手に思っているんです。

グールドのバッハというのは、一言でいえば「感情」が鍵盤に活き活きと乗っている。聴いているといつの間にか、その美しく研ぎ澄まされた音に仕込まれた喜怒哀楽の揺さぶりに、こちらも気持ち良く巻き込まれてゆく快感があります。

で、バッハ以外のグールドがどうなんだと思って、バッハ以外を物色していたアタシの琴線に物凄い勢いで突き刺さったのがブラームス。

あのですね、グールドの弾くバッハというのは、さっきも言ったように、喜怒哀楽の全てで、芸術表現として完璧なものだと思うんですよ。これがブラームスになると、喜怒哀楽というよりも徹底して”悲哀”に特化した、いわば人類の悲しみのためにあるような音楽のように思います。

ブラームスという人はですね、いわゆるロマン派という、モーツァルトがそのきっかけとなって、ベートーヴェンが大成させた、人間の感情表現に特化したクラシック音楽の流れにおる人なんですが、ドラマチックで非常に繊細な起伏を持つ曲を作る一方で、バッハを敬愛し、古典的な技法の中にあるエモーショナルな部分というのも丁寧に抽出して、独自の美意識がたゆたう音楽を生み出した人でもあるんです。

その音楽に対する姿勢というのが、これがストイック。過大に評価されることを好まず、自分が作った曲も最初に起こした譜面は全て「これは完全ではない」と廃棄する程の完璧主義者だったようです。

また、楽曲が認められ、知名度もあって金銭的にも恵まれる状況になっても質素なアパートに住み、余分なお金はほとんど親戚や若い音楽家への援助に充てていたほどに、音楽一筋の人でありました。

ここら辺が、同じように「音楽が全て、というよりも他の無駄なものは一切必要ない」という姿勢を生涯貫き通していたグールドから見ても、大いにシンパシーを感じるものであったのではないでしょうか。




ブラームス:間奏曲集、4つのバラードより&2つのラプソディ(日本独自企画盤)


【収録曲】
1.間奏曲集 間奏曲変ホ長調 作品117-1
2.間奏曲集 間奏曲変ロ短調 作品117-2
3.間奏曲集 間奏曲嬰ハ短調 作品117-3
4.間奏曲集 間奏曲変ホ短調 作品118-6
5.間奏曲集 間奏曲ホ長調 作品116-4
6.間奏曲集 間奏曲イ短調 作品76-7
7.間奏曲集 間奏曲イ長調 作品76-6
8.間奏曲集 間奏曲ロ短調 作品119-1
9.間奏曲集 間奏曲イ短調 作品118-1
10.間奏曲集 間奏曲イ長調 作品118-2
11.4つのバラード 作品10より 第1曲 ニ短調
12.4つのバラード 作品10より 第4曲 ロ長調
13.2つのラプソディ 作品79 第1曲 ロ短調
14.2つのラプソディ 作品79 第2曲 ト短調


これ聴いてください。1曲目の『間奏曲変ホ長調 作品117-1』からもう凄いんですよ。

美しく澄み切った音、はもちろんですが、音が現れる前の空気すら、すんと澄み渡った”祈り”の空気にすら感じられます。たまに「最初の1音が出て来る前から”あ、これは凄いかも”と思わせる作品」というのがありますが、このアルバムは正にそれ。

この『作品117-1』は『子守唄』というタイトルが付いております。本当に無駄のない美しいメロディが、しんしんと心に降り積もってゆくような自然な音の連なり、ほんの少しでもリズムが崩れたら全てが儚く消えてしまいそうな繊細な構造。ブラームスの曲って「うわぁ・・・」と溜息が出るような美しさを持つ曲が本当に多いのですが、これはもうその究極。何ですかこれは、華美な装飾が全くなくて、無駄のない悲哀とそれに裏付けられた優しさだけが、これほどまでに人の心を激しく揺さぶるとは!


はぁぁ、冷静になってアルバムを紹介しますね。

このアルバムは前半の間奏曲が1960年、後半のバラードとラプソディが1982年の録音です。

つまり若い頃と、晩年の亡くなる直前の演奏を合わせたものですが、凄いのは若い頃と晩年の演奏の間に変化やブレが一切なく、ひたすら自分の感情を脇に置いて、ブラームスと真摯に対話をして、彼が表したかった感情のみを指先に集めて紡ぎ出している、その趣が最初から最後まで徹底しております。だから余計な装飾が一切なく、純粋な悲しみと哀しみだけしかここにはありません。

グールドは本当に凄いなぁ「感情表現」ってのは演奏家の持っているそれだけじゃなくて、作曲家の・・・というよりは音楽そのものが持っている微妙な揺らぎを感情として汲み取って、それを表現出来てるんですよねぇ。人間の感情というのはどんなものでも強くて粗いのですが、音楽そのものの精妙な揺らぎって、繊細でそこはかとない。でもこういうのは、心の一番奥にある部分に優しく届きますね。


















『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

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2019年07月03日

J.B.ルノアー 1951-1954 His JOB Recording

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J.B.Lenoir/1951-1954 His JOB Recordings
(JOB/Paula Records)


突然ですが皆さんに、とってもお得なというか、豊かになれる音楽の聴き方をお教えします。


まずですね、誰かお気に入りのアーティストがいるとします。

そしたら、その人のアルバムを次々とおっかけて行くのはもちろん最高なんですが、そこでちょいと寄り道して、その人が所属しているレーベルというのがあったら、ぜひそのレーベルの知らないアーティストの作品もツマミ食いしてみてください。


そしたらですね、何となくアナタが好きなアーティストのサウンドに近いものが見付って、何か得した気分になるということがあるんです。

しかし、この”レーベル聴き”の本当の醍醐味というものが実はありまして、それが実は

「自分が全然知らなかった、想像すらしてなかったようなキャラクターのアーティストに出会える」

ということなんです。


はい、ブルースのレーベルといえば、これは誰もが通る道でありますところのシカゴのチェス・レコード。

言うまでもなくアタシも、本格的に戦後のブルースも聴いてみようと思った時、マディ・ウォーターズとハウリン・ウルフぐらいしか知らなかったので、じゃあそのマディやウルフがいるチェスってレーベルの知らない人のを買っちゃえと思い、何となくジャケットの雰囲気が良さそうだったので買ったのが、J.B.ルノアーの『ナチュラル・マン』というアルバムでした。

聴いてみてびっくりしたのは、ドロッと粘り付くような濃厚なフィーリングがみなぎっているものの多いチェス・レーベルの中にあって、実にカラッとした味わいの、洗練された「都会」を感じさせるサウンドに、変声期の少年のようなハイ・ピッチなヴォーカル。

「へぇぇえ、こういうのもシカゴ・ブルースなんだ」

と、柔らかくも嬉しい衝撃を受けて、聴き入っていたものです。

大体ブルースを好きになってからは、衝撃がガツンとくるようなキョーレツなものに興奮して、そういうやつばかりを追いかけておりましたが、このJ.B.ルノアーという、名前も経歴も全然知らなかった謎のブルースマンの声には、それまでの「ブルースっていいな」が、90度ぐらい覆されたような気持ちになりました。

特にそのハイ・ピッチな声の魅力には、いつの間にやら完全に憑りつかれておったようで、特に何か心がどうしようもなく渇いてる感じがする時によく聴いています。ゴリ押しでなく、聴く人の心を自然と解放してくれるような声、うん、実に気持ち良く染みます。

J.B.ルノアーはいつの時代の人かというと、1923年生まれで、マディ・ウォーターズよりひと世代若い。つまりリトル・ウォルターやボ・ディドリー、チャック・ベリーとかと近い世代ですね。幼少時にブルースを覚え、青春時代にはR&Bの先例を受け、50年代から60年代にかけて新しいスタイルのブルースを切り開いて行った世代であります。

ルノアーはどうかと言いますと、これが割と早熟の天才であります。

アメリカ南部ミシシッピの、貧しい小作農一家に生まれ、貧しいながらも家族全員音楽好きでお父さんも他の兄弟達もギターを演奏してブルースに親しんでいた環境で育ち、十代になる頃にはやっぱりギター片手にアメリカ南部を歌い歩いております。

そうこうしているうちにニューオーリンズに辿り着き、そこでサニーボーイ・ウィリアムスンやエルモア・ジェイムスなどとギグをこなし、いよいよミュージシャンとして成功したいと強く願うようになり、ついには1949年、親戚のつてを頼って大都会シカゴへ出て行くのですが、ここで出会ったのが、当時シカゴの顔役として、自身も人気ミュージシャンでありながら、南部から出て来る若手ミュージシャン達に仕事を紹介したり生活の面倒を見ていたボスマン、ビッグ・ビル・ブルーンジィ



(マディとビッグ・ビルの泣けるお話はコチラに書いてあるぞ)


「お〜う、キミはいい声をしてるね。うん、ギターもなかなか俺好みの流麗なスタイルだ。どうだいコイツらとちょっと共演してみないかい?」

と、ビッグ・ビルに紹介された”こいつら”というのが、何とメンフィス・ミニーにビッグ・メイシオ、そして一足先にシカゴに出て来たマディ・ウォーターズという凄い面々。

彼らとのセッションは見事成功し、特にマディ・ウォーターズとは、歳は10歳ぐらい離れているけど、共に最近シカゴに来た者同士で気が合ってちょくちょくクラブで共演していたそうです。


「ミシシッピからやってきた、無名の個性派シンガー」

は、あっという間に話題になり、シカゴで一発当てたい小規模レコード会社がこぞって彼のレコーディングをしたがりました。

紆余曲折あって、最初に彼の音源を公式にレコーディングしてリリースしたのが、JOBというレーベル。後にチェス、VeeJayというシカゴ・ブルースを代表するレーベルに録音を残し、60年代はヨーロッパでも人気を博したルノアーですが、今日はシンプルな編成で、彼の味わい深い声の魅力がたっぷり味わえるJOB盤をご紹介いたしましょう。




1951-1954 His J.O.B. Recordings

【収録曲】
1.Let's Roll(Take2)
2.People Are Meddling (In Our Affairs)
3.I Have Married
4.I'll Die Tryin'
5.The Mountain
6.How Much More
7.Let's Roll (Take1)
8.The Mojo (Take1)
9.Slow Down Woman (Take1)
10.I Want My Baby (Take1)
11.How Can I Leave
12.Play A Little While
13.Louise
14.The Mojo (Take4)
15.Slow Down Woman (Take2)
16.I Want My Baby (Take2)
17.When I Was Young
18.Bassology
19.Worried About My Baby
20.Livin' In The White House
21.Please Don't



ゼブラ柄のタキシードでビシッとキメて、ウキウキするようなロッキンなブルースでクラブを沸かせていたJ.B.ルノアー。その飄々としたキャラクターとは裏腹に、歌詞は社会批判や時事ネタにまで突っ込んだ、なかなかに知性溢れるもので、それを少年のような甲高い声で歌うものですから、もうどれだけ個性的で、当時群を抜いた存在感を放っていたか、想像するだけでクラクラします。


さてさてJOBでの基本編成は、ルノアーの声とギター、そしてピアノにベースというトリオであり、後半のセッションではサックスなども加わって、程良く賑やか(この”程良く”ってのがいいんですよ)。

楽曲そのものは、流石に1940年代から50年代前半のスタイル、つまり、戦後50年代半ば以降の、間合いと粘りと爆発みたいなああいうノリではなくて、ピアノやギターのバッキングが綺麗に整った「4」を刻んでいるような、ある意味平坦なリズムが演奏の基軸であります。

が、リズムを切り裂くルノアーのハイトーン、そして前半で大暴れする、鍵盤をガラゴロ言わせながら強烈な音塊を叩き込んでくるサニーランド・スリムのピアノ、これがまぁ最高で、ユルい雰囲気の中で炸裂する狂気みたいなものをビシバシとスピーカーから飛ばしてくれます。

そして後半はJ.T.ブラウンというサックス奏者が加わり、グッとオシャレなニューオーリンズR&Bみたいなノリになっておりますね。ここでバッキングはスムースに粋に、そしてソロではガツンと決めるJ.T.ブラウンのサックス、コレが前半のサニーランド・スリムとはまた違った、攻守織り交ぜた個性で良いのです。うん、良い良い♪

ルノアーは68年に不幸にも交通事故で亡くなってしまいました。世代的にはR&Bでありながら上質な「ブルース」を歌う事に生涯を懸けたような硬派な人で、表現の幅は年代毎に豊かに拡がっており、弾き語りからバンドスタイルまで色んなブルースを聴かせてくれますが、やっぱりブルースのコアな衝動がギッシリ詰まった原点であるところのJOB盤と、チェスの『ナチュラル・マン』の味わいは薄れません。


















"J.B.ルノアー関連記事”


”ブルース入門編 〜初心者のための優しいブルース講座〜”


『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

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