2018年04月21日

バド・パウエル ザ・シーン・チェンジズ!

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バド・パウエル/ザ・シーン・チェンジズ 〜アメイジング・バド・パウエル5

(BLUENOTE/EMIミュージック)


本日もバド・パウエルということは、アタシは今絶好調に夏バテしております。

いや、眩暈がですね・・・。まぁいいか。

本日皆様にご紹介しますのは、バド・パウエルのアルバムの中でもダントツの人気、そしてもはや「モダン・ジャズ・ピアノを代表する名盤と語り継がれる作品」と言っても良いのではないでしょうか。バドがブルーノート・レーベルに残した『アメイジング・バド・パウエル』というタイトルを持つ5枚の作品の最後を飾る『ザ・シーン・チェンジズ』であります。

かつて、ジャズ喫茶が全盛の頃、このアルバムがひっきりなしにリクエストされていたと言います。

それこそ気合いの入ったジャズファンから、ジャズはそんなに詳しくないよという人まで次々魅了して大人気を獲得した。

バドのアルバムは、他にも凄い作品というのがいっぱいあったにも関わらず、そして、バドは確かに偉大ではありますが、その頃(日本でジャズ喫茶が全盛だったのは1960年代から70年代)は50年代の名作のリイシューはもとより、新譜として刺激的かつ内容の素晴らしいアルバムもたくさん出ていたにも関わらず、です。

ジャズにおける『ザ・シーン・チェンジズ人気』は、それから80年代、90年代になっても消えることなく残り続けました。

ブルーノートの名盤がCDでリイシューされると、やっぱりこのアルバムや、ソニー・クラークの『クール・ストラッティン』が中心になって、それはそれは売れるんですよ。


しかも、買う人のほとんどが「ちょっとこれからジャズを聴いてみたくて・・・。で、最初に聴くんだったらやっぱりピアノかな?で、これがすごくいいって聞いたんで・・・」という感じで買っていくんですね。

そのあまりにも自然な「何となくコレ」といった感じを見ると、あぁやっぱりこのアルバムの良さはしっかり語り継がれているんだなぁと、感慨もひとしきりだったんです。


その”もの”について、具体的な情報が薄くなるほど時が経過しても”何となくの伝承”として、魅力が知られてるって凄くないですか?

アタシは素直に凄いと思います。


で、このアルバムに何がそんなに人の心を惹き付けるんだろうと考えて、実際聴いてみますと「あぁ、これだ」と、ジャズそんなによくわかんない人でもピンとくる強烈な要素がひとつあります。

それはですね、やっぱり冒頭の『クレオパトラの夢』です。

この曲はミディアム・アップの程良い(聴いた人の耳がしっかりついてこれる)速さで、哀愁たっぷりのマイナー・スケールが走るナンバー。

つまり

”ノリがいいのに暗い”

曲なんです。

あぁ、やっぱりアレだよ。クレオパトラの夢なんて初心者向けで、バドにはもっといい演奏がどーたらこーたら言う人もいますけど、これはいいよ。やっぱりねぇ、アタシも含めて日本人は、こういった哀愁系疾走ナンバーに弱いんだ。この曲は今風に言うところのエモい曲ですよ。元々エモい、つまりダークなカッコ良さが売りのバドなんですが、その中でも特にエモい曲がこの『クレオパトラの夢』だということは、バドが大好きで、アルバム何枚も買って、どのアルバムにもしっかり中毒になったアタシでもこれは認めざるを得ない。

何だかんだ言ってもこのイントロが鳴って曲が走って行くのを聴くだけで、理屈抜きで胸がギューッとなる感じに襲われてついつい追いかけてしまう。

もちろんアタシ個人的に”好き”なバドのアルバムは他にあります。

でも、そういったお気に入りを聴いてもなお、このアルバムを思い出したように聴くと、このアルバム独自の「持ち味のダークさから、ちょっぴり哀しみの成分を抽出して増幅させた感じ」に、ついクラッとなってしまいます。






【パーソネル】
バド・パウエル(p)
ポール・チェンバース(b)
アート・テイラー(ds)

【収録曲】
1.クレオパトラの夢
2.デュイッド・ディード
3.ダウン・ウィズ・イット
4.ダンスランド
5.ボーダリック
6.クロッシン・ザ・チャンネル
7.カミン・アップ
8.ゲッティン・ゼア
9.ザ・シーン・チェンジズ

(録音:1958年12月29日)



はい、このアルバム独自の”哀しみ”これが日本人特有の「演歌(マイナー調の音楽)に本能的に惹かれる心」を、多分どうしようもなくくすぐってしまうんですね。

アメリカでは、「バドのたくさんあるうちの、まぁ悪くない1枚」ぐらいの評価であり「何で日本ではアレが特別人気なんだ!?」とびっくりされるという都市伝説も聞いたことがありますが、それはすっごく分かります。派手で景気のいいゴージャスな表現と、このアルバムでのバドのピアノ表現は、まるで対極にあったりします。

でも、単純に”暗い”だけじゃあないんですね。看板の『クレオパトラの夢』だって、ノリだけ聴くとシャキシャキとしたテンポでドライブするナンバーですし、バドがこのアルバムのために気合いを入れて作曲したオリジナル曲のほとんどは、ミディアム・テンポなノリのいい曲が多いんです。

だけど全体のイメージが、ジャケットの色合いとピッタリ重なる、そこはかとなく重たいブルーな雰囲気というのが、やっぱり最大のポイントでしょう。

ピアノだけを聴くとバドは非常に調子が良さそうではありますが、ところどころ音が乱れて、グシャッと潰れているところなんかもあります。でも、この”潰れ”を、バドは実にカッコいいジャズ的な”崩し”に持って行くんです。

「バドは天才だ」と、色んな所で書かれていて、その引き合いに初期のバリバリ指が動いていた頃の超絶プレイは出されますが、いやいやいや、ちょいとお待ちよお父さん、アタシはバドの”天才”は、こういう風に無意識でマイナス要素も音として出た時にプラス要因にしてしまう、この体に染みついたセンスの良さにこそあると思います。

このアルバムは、バックのサポートの素晴らしさも特筆モノです。

ベースのポール・チェンバースは、言うまでもなくこの時代、レコーディングにセッションにライヴの助っ人にと一番忙しかった人で、安定したぶっといビートを提供する間違いのないベース・プレイはもちろん、フロントでガンガンやっているピアニストやホーン奏者のアドリブ・メロディを引き立てる歌心溢れるウォーキングがとにかくズバ抜けている人です。

形こそは王道のモダン・ジャズ、つまりビ・バップの定型をしっかりと守るバドですが、アドリブで「どう切り込んでくるか分からない緊張感」ってのが結構あるんですが、アドリブでノリノリになって次々出てくるフレーズに、チェンバースは迷うことなく”この瞬間で一番歌ってるベースライン”をサラッとぶつけてバドのメロディアスな側面をしっかりと引き出しております。

そして、それ以上にバドの個性を引き出しているのが、バドとは長年の付き合いのドラム職人アート・テイラー。

特にミディアム・ナンバーで決まりに決まるビシバシと歯切れの良いスネアとシンバルが、最高に決まっておりますよ。しかもほぼ全編スティックじゃなくてブラシを使っているんですが(バドの指示だといわれております)、これがもう鋭い!

ドラマーのバンドでの重要な役割は、全体のグルーヴを支えて、ソロを奏でるフロントをガンガン煽りまくることだと思うのですが、テイラーのビシバシ決まるドラムは正にそれで、もちろんこの強靭なグルーヴの上でバドがアドリブに集中出来ているのは伝わってきますし、それ以上に”刻むこと”に全神経を動員した結果、バドの全てのプレイがハッキリと浮彫りになって妖艶な輝きを放っておるようであります。


ノリノリで切なくて、どこか暗くて夜が似合う。これはジャズの醍醐味になるイメージの一部でありますが、まだジャズとかよくわからなかった頃のアタシがジャズに抱いていて、そして憧れていたイメージであります。

で、バドを選ぶ「何かよくわかんないけどジャズのカッコいいピアノのやつが聴きたいなぁ」という人の期待も、このアルバムが持つ、ノリノリで切なくて、どこか暗くて夜が似合う、そんなイメージが十分に満たしてくれるでしょう。切なくてカッコイイものに感動する時、選ぶ言葉は「くぅ〜切ない!素敵!」でいいんです。『ザ・シーン・チェンジズ』は、理屈じゃないいくつかの要素だけで、人をコロッと虜に出来る、やっぱり素晴らしいジャズ・ピアノの名作なんです。





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『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

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2018年04月18日

バド・パウエル ストリクトリー・パウエル

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バド・パウエル/ストリクトリー・パウエル

(RCA/SMJ)



ストリクトリー・パウエル!あぁ、言葉の意味はよーわからんが、何という胸を打つ言葉の響き、そして俯いて一心不乱にピアノを弾いているパウエルのポートレイトが大写しになったこのほの暗いジャケットの何と美しいことでありましょう。

このアルバムには特別な思い入れがあります。

あれはいつだったか、多分若い頃であります。

みんなそうだと思いますが、訳もなく気分が落ち込んで、一人になると何だか酷く感傷的な気分になって、涙がボロボロ落ちる時期がありました。そう、若い頃です。

特に都会に住んでいて一人、どうしようもなく孤独感にさいなまれ「あぁ、俺はひとりぼっちなんだ」と、すごく寂しくて悔しくて情けなくなってしまう、そんなブルーな気持ちは、あろうことか仕事の休憩時間に襲ってきました。

バックルームでアタシは一人、そしてドア一枚隔てた表(職場)では、同僚さんがお客さんと喋る声や、BGMで流している賑やかな音楽が聞こえます。

この賑やかな感じがいけなかった。

弁当も食べる気にならず、ペットボトルのお茶をボーっと持っているだけで、無性に悲しくなってきます。もちろん理由なんてないのですが、深みにハマッてしまった心は、もっともらしい理由ばかりを求めてしまいます。

いけない、こんな気持ちではいけない・・・。

考えても考えても、いや、考えるから余計に気持ちは落ち込むものです。

その時、ふと、周囲の音が一瞬止まりました。

多分表のCDを変えるためにストップしたのでしょう。

やがて・・・。

軽快な調子のピアノ、ベース、ドラムがジャズを奏でました。

あぁ、こんな気分の時はこういう音楽がいいなぁと、少し気持ちがホッとしましたが、イントロが流れ終わってメインテーマをピアノが奏でた時、妙な違和感が耳に重くのしかかってきました。

不思議・・・曲はゴキゲンなのに、ピアノの、特に左手のタッチが凄まじく粗くて重いんです。その粗くて重いタッチが醸すムードは、その時アタシが抱えていた、訳もなくどん底な不安や寂寥とシンクロして、グイグイと心を惹き付けます。

正直ジャズは好きになり始めた時期だったけど、まだまだその頃は感情を激しく揺さぶってくれるフリー・ジャズにしか、強烈には惹かれておりませんでしたが、このジャズ、何の変哲もないストレートなジャズでしかもピアノ・トリオの演奏なのに凄い。心を激しく揺さぶって、狂おしくかき乱す何かがある。

それはお客さんが中古の状態を確かめるために視聴したレコードでした。

覚えておこうと遠目からチラッと見ましたら、音のイメージにピッタリのポートレイトに、僅かに確認できた”POWELL”の文字。

あれ?バド・パウエル?

そう、知っているどころか何枚か持っていて家で聴いているはずの、あの有名なバド・パウエルです。

帰宅して家に2枚あるバドのアルバム『ザ・シーン・チェンジズ』と『ジニアス・オブ・バド・パウエル』をじっくり聴いてみました。

どちらも彼の代表作として有名なアルバムです。

実際『ジニアス・オブ・バド・パウエル』は、初期の頃の、凄まじいスピードで駆け抜ける前半の収録曲にパンク・スピリッツを感じ、『シーン・チェンジズ』は、曲として気に入ったマイナー・チューンの『クレオパトラの夢』をいいなと思って、ちょっとオシャレな作品として聴いておりました。

しかし、アタシは実はちょっとだけ気付いておったんです。この人の本質は、テクニックとかオシャレではなく、根底にある狂気の部分とか、ジャズという音楽の持つ、暗くて重い”どうしようもなさ”の部分で音楽やってるところなんだろうなということを。

実際に初期の名盤『ジニアス・オブ〜』で感じたのはカミソリのような鋭い狂気、精神的にボロボロになった1950年代後半の人気盤『ザ・シーン・チェンジズ』で感じたのは、この人特有の、どこか重たくて引きずるような情念の魅力でありました。

それはまだぼんやりとした直感的なものだったのですが、この日聴いたバド・パウエルの演奏で、アタシの直感は確信に変わりました。








【パーソネル】
バド・パウエル(p)
ジョージ・デュヴィヴィエ(b)
アート・テイラー(ds)

【収録曲】
1.ゼアル・ネヴァー・ビー・アナザー・ユー
2.コスクレイン
3.虹の彼方に
4.ブルース・フォー・ベシー
5.タイム・ウォズ
6.トプシー・ターヴィ
7.ラッシュ・ライフ
8.エレジー
9.ゼイ・ディドント・ビリーヴ・ミー
10.波止場にたたずみ
11.ジャンプ・シティ


(録音:1956年10月5日)


この日聴いて、狂おしく虜になってしまったのが『ストリクトリー・パウエル』バドのアルバムでは珍しいRCAというメジャー・レーベルの、たった2枚しかない作品のひとつで、最初に録音されたものだということでした。

そして、中期から後期のバドの持ち味といえる、重く沈んだ音色が奏でる独特のムードが演奏の前面に出た最初のアルバムとされております。


恐らくは彼がこの頃抱えていた精神の病、ドラッグ、アルコールその他もろもろの影響が色濃く出たのでありましょう。RCAの2枚目である『スインギン・ウィズ・バド』よりも好調に走る演奏や、右手の華麗なアドリブのノリは鳴りを潜め、アルバム全編がミディアム・スロウから、盛り上がってもちょっと小走りになる程度のテンポで統一され、それが余計にバドの指から繰り出される重く歪んだ情念の響きを際立たせております。


最初に胸倉を掴まれたのはもちろん1曲目の『ゼアル・ネヴァー・ビー・アナザー・ユー 』でありましたが、アルバムをじっくり聴くと、ポピュラー曲として有名な『虹の彼方に (Over The Rainbow)』の、訥々とした弾きっぷりからジワリと迫る切実な感傷、『ラッシュ・ライフ』の、夕暮れの光景がボロボロと音を立てて崩壊してゆくような滅びの美のようなもの、破れた哀しい恋の感情が歌われる『ゼイ・ディドント・ビリーヴ・ミー』、流れるような気品の中に何とも言えない寂しさが溢れる『水辺にたたずみ』など、さり気ないスタンダード曲が、どれもバドの情念にまみれて本当に素晴らしいんです。

アタシはこのアルバムに激しく心打たれたことがきっかけで、バド・パウエルというピアニストの本当の素晴らしさに気付きました。単純に「調子が良くて、胸のすくような快演を繰り広げているアルバム」でもないし、アドリブも冴えまくっている訳ではありません。でも、この病んだ精神の奥底から訴えてくる音楽衝動の切実さ、これが多分バド・パウエルという人がジャズの中でも大きく語られ、今も虜になってしまう人を増やし続けている理由のような気がします。









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2018年04月15日

バド・パウエル スインギン・ウィズ・バド

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バド・パウエル/スインギン・ウィズ・バド


忙しさが続くと、肉体的にも精神的にも徐々にすり減ってきます。

いわゆる「ストレスが溜まる状態」なんですね、えぇ、実にいけません。

このブログを読んでいる皆さんのストレスが溜まった時の解消法というのは、きっと好きな音楽を浴びるように聴くことと思いますが、如何なもんでしょう。

アタシは精神のシグナルが黄色く点滅し出したら「あぁ、こりゃヤバイな」と察知して
バド・パウエルを聴きまくるモードが作動してしまいます。

えぇ、バド・パウエルです。

1940年代、若くして颯爽とジャズ・シーンにデビュー、その圧倒的なテクニックと湯水の如く次々湧いてくる煌めきに満ちたアドリブの、他の追随を許さないメロディアスさでもって、天才、神童の名を欲しいままにし、また、デビュー直後に巻き起こったジャズの大革命であるところのビ・バップ・ムーヴメントでも中心的役割を果たし、彼が築き上げたリズムとアドリブのスタイルは、そのまんまモダン・ジャズ・ピアノの究極のお手本として、後続のピアニスト達の演奏法に軒並み影響を与えた、ジャズ・ピアノの申し子のようなバド。

しかし、天賦の才能がありながら、人気や活躍と比例して、元々患っていた精神の病をどんどん悪化させ、更にお約束のようにドラッグやアルコールにも蝕まれ、彼の人としての一生は、決して幸せと言えるものではありませんでした。

更に1950年代以降はかつての超人的なテクニックも影を潜め、録音によってはほぼ彼のその時の精神状態が音に出ているものもあったり、彼の作品は聴いていて決して爽やかに心が晴れるようなものではありません。

ですが、敢えて言わせてもらいます。

アタシにとっては、彼の1950年代以降の作品こそが、テンパッて切羽詰まった精神の崇高な拠り所であり、苦悩して病み葛藤する人間が、一縷の希望のような美の生々しい姿を見せてくれる最高の芸術であります。

そうですとも、本当にキツい時は「癒し」なんていう生ぬるく薄っぺらい価値観をベタベタ塗りたくられた音楽なんぞに用はありません。同じように...いやいや、手前の悩みや苦労なんざよりずっとずっとヘヴィなものにまみれつつも、それでも美しく心の奥底に響いてくれる音楽がいいんです。

1950年代以降のバドについて説明すると、閃光のような速さで超絶技巧フレーズを奏でる右手から、神は去ったかも知れませんが、その代わり左手に悪魔が宿りました。

ちょい大袈裟なたとえかも知れませんが、50年代以降のバドの何がそんなにカッコイイかと言われれば、あの「ガーン」と和音を押さえただけで全てのムードが重く妖艶な輝きを放つ左手のタッチ。

よく「ビ・バップ以降の全てのモダン・ジャズ・ピアニストは、バドのやっている事をまずはまんまコピーして、それから自分達のオリジナリティを確立していった」と言われるほど、バドのプレイ自体は非常にオーソドックスで、理論的にはもはや研究され尽くした感もあるといえばあるんですが、バドの影響を受けたピアニスト達が、誰一人真似できなかったのが、この左手から醸し出されるムードとニュアンスなのであります。

そう、実はアタシはバド聴いて「すげぇな」と心底思ったアルバムは、初期の凄まじいテクニックと才気のほとばしりが生んだアルバムではなく1956年録音のRCA盤『スクリクトリー・パウエル』。

このアルバムでの凄まじく重い、まるで虚無そのものが鳴り響いているかのような左手のプレイを聴いてから、それまで「かっこいいー!」と思っていたバド・パウエルに対する感情は、もうこれを聴かないとどうにかなってしまいそうな程に焦がれてしまいました。つまり”虜”になってしまったんですな。




(ちょっと昔の記事なので短い。このアルバムに関しては改めてレビューしますね)。

バド・パウエルといえば、有名な『クレオパトラの夢』が入ってる”アメイジング・バド・パウエル・シリーズ”をリリースしているブルーノートのアルバムが何といっても人気です。次が初期の演奏からもしっかりと録音していてリリース数も多いVerveです。

RCAにはバドのアルバムはたった2枚しかなくて、しかもジャズ雑誌やガイドブックなどではほとんど話題になってなくて、正直ノーマークでしたが。これはアレなんですね、評論家の間でRCAのバドは「精彩を欠きはじめた頃の作品」として、あんまり評価が高くなかったんです。

でも実際聴くと、50年代中期以降のバドは素晴らしいし、特にその皮切りとなったRCAの2枚は何かこう特別に胸をかきむしられるような狂おしさに溢れてる。それでいて疲れた心身にその狂おしさがジワジワ染みてきて何だか泣けてくる。






【パーソネル】
バド・パウエル(p)
ジョージ・デュヴィヴィエ(b)
アート・テイラー(ds)

【収録曲】
1.アナザー・ダズン
2.オールモスト・ライク・ビーイング・イン・ラヴ
3.ソルト・ピーナッツ
4.シー
5.スウェディッシュ・パストリー
6.ショウナフ
7.オブリヴィオン
8.暗い夜
9.ゲット・イット
10.バードランド・ブルース
11.ミッドウェイ

(録音:1957年2月11日)

はい、今日は胸をかきむしられるような狂おしさに溢れるRCAのバド、その素晴らしい2作目『スウィンギン・ウィズ・バド』をご紹介します。

録音は1957年、『スクリクトリー・パウエル』の前年であり、この直後にブルーノートで『アメイジング・バド・パウエル』Vol.3からVol.5までの怒涛の録音を行う訳で、つまりバドにとっては色々あって病んでしまったけれど、その中でも創作意欲に満ち溢れた時期の録音といえるでしょう。

トリオ編成でリズムを支えるのは、ジョージ・デュヴィヴィエ(ベース)とアート・テイラー(ドラムス)という、バドにとっては気心の知れた信頼できる仲間です。ズ太い音で安定したリズムを提供しながらも、実はアドリブによるメロディ作りのセンスも優れたデュヴィヴィエと、芯のある繊細さで的確なリズムキープをさせたらこの人!のテイラー。この2人のサポートはバドを心地良くくつろがせ、そして十分な刺激を与えまくっております。

やや早めのミディアムナンバーで、得意のビ・バップ・フレーズをキメまくって疾走するオープニングの『アナザー・ダズン』、デュヴィヴィエの高速ランニングと、ビシバシ叩きまくるテイラーのスネアに煽られて走るピアノに興奮する『ソルト・ピーナッツ』、多分収録はこのアルバムのみの珍しいオリジナル曲『ミッドウェイ』(こういうちょっとマイナー調のナンバーで走るバド最高なんですよ)等、タイトルの「スインギン」に偽りなしのスピード感溢れるナンバーがやはり看板ですが、このアルバムで実は効いているのがバラードとブルース。

特に『ライク・サムワン・イン・ラヴ』でのイントロを聴いてみてください。アタシが散々「バドの左手ヤバイ!」と言ってるのはコレなんです。曲自体はキュートともいえるぐらいにポップな美メロで、実際バドのプレイもとてもロマンチック。でも、これですよ、この主旋律と同時にガラゴロ言ってる左手のアルペジオ、これなんです。このガラゴロが、綺麗なメロディに死ぬほどの哀感をふんだんにまぶした、もう何か切なさの絵巻物みたいな壮絶な”絵”を浮かび上がらせてくれてヤバイんです。

バラードは他にも丁度いい並びで入ってて、その死ぬほどの耽美と虚無と哀感が、感情を振り乱して走るミディアム・ナンバーの後に耳と胸を襲います。あぁ、何でこんなにカッコイイ音楽が、リアルタイムでちゃんと評価されてなかったんだろう。それはさておきでもしもアナタが心身共に疲れてて、そんじょの生ぬるい音にはとても救いなんて求め得ないと思ったら、RCAのバドを聴いてみてください。きっと激しくかきむしられてかきむしられて救われます。

やっぱりギリギリの水際で鳴っている音楽、良いんですよ。






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『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

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2018年04月07日

デイヴ・ブルーベック・クァルテット ブルーベック〜デスモンド

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デイヴ・ブルーベック・クァルテット/ブルーベック〜デスモンド
(Fantacy/ユニバーサル)


デイヴ・ブルーベックといえば、大ヒットして日本のお茶の間にも「ジャズってオシャレな大人の音楽」という認識を埋め込んだ『テイク・ファイヴ』の人であり、ディズニー曲をジャズアレンジで演奏した作品を出したり、映画や舞台の音楽などを多く手がけたり、とかくポップで親しみやすいジャズを演奏する人の代表格という評価がほぼ固まっております。

アタシもブルーベック、たとえば天気のカラッと晴れた休日の午後なんかに

「あ〜、こりゃいいね〜♪」

なんて言いながらよく聴いてます。

ジャズの人でありながらブルーノート・スケールをほとんど使わず、特有の”ズレ”や”タメ”の成分が薄い、サクサクと流れてゆくようなビートに乗って、濁りのない明快なピアノの音が春の小川の如くサラサラと流れるこの人の音楽は、ジャズとかそんなことを意識しなくても、日々を豊かにしてくれるごくごく当たり前の”音楽”として聴ける。

さもありなん。この人の場合は、ジャズ・ミュージシャンでありながら、そのキャリアの初期から、場末の薄暗いクラブハウス向けの音楽ではなく、レコードに刻まれて各家庭に楽しみをお届けする音楽を趣向していたから。とにかく「成功を夢見て夜の街に飛び込み、現場のセッションでとことん鍛え上げられ、ついでに酒とクスリとバクチと女を覚えた」という典型的な”陰”を持つジャズマンのイメージとは、とことん対照的なところにブルーベックはいるのであります。

その原点は彼の生い立ちにまで遡ることが出来ます。

1920年、カリフォルニア州郊外のそこそこ裕福な農家に生まれた彼の家には、母親の趣味で4台のピアノと蓄音機があり、彼の家のリビングは、家族や遊びに来る両親の友人などが集まってほのぼのと音楽を楽しんでいたようで、その雰囲気が楽しかったブルーベック少年、やがて自分もピアノを覚え、家族やお客さんのために演奏して「上手だね」というお褒めの言葉とご褒美の小遣いを貰うことに喜びを感じておった。と、まぁ実にピュアな少年期を過ごし、すくすくと音楽を身に着けておりました。

彼が大好きだった蓄音機のレコードでは、デューク・エリントン、ファッツ・ウォーラーなどと共に、クラシックやヒルビリー(カントリーの前進)を好み、学生時代になるとジャズではなく、地元カリフォルニアのヒルビリーバンドでピアノを弾いており、この幼少期から学生時代の音楽体験が、彼の表現姿勢そのものを決定付けたような感じが致します。

やがて「本格的に音楽を勉強したいなぁ」と思ったブルーベックは、丁度その時フランスから亡命してきたクラシック音楽の作曲家、ダリウス・ミョーという人に出会います。

実はこの人が凄い人で、クラシック音楽家といえども、杓子定規の考え方を持たないその自由かつ時に批判をも受けるぐらいの独創的な作曲をする人で、フランスではエリック・サティらと共に『近現代音楽の大物』とも言われるほどの人であります。

この師匠と若きブルーベックの間で、どのようなやりとりが行われたかの詳細はあまり残されてはおりませんが、最初からガチガチのクラシック教育ではなく、クラシックもポピュラーも同じように「楽しみのための音楽」として素直に吸収していたブルーベックの自由な感性に、20世紀のクラシック界では”反骨”の部分を担う一人であったミョーが「いいね」とならない訳はありません。恐らくは褒めて伸ばしながら理論的な部分は期待を込めて徹底的に厳しく指導したことと思われます。

その証拠に、ブルーベックのピアノのタッチというのは、曲はポップでサラッとしているのにピアノプレイに関しては「うはぁ、そこまでやるか!」というぐらいに激しくガンガンゴンゴン鍵盤を叩きながら感情を炸裂させることがあるんです。でも、そんな激しいプレイでもトーンもリズムも乱れず、演奏そのものの典雅な味わいが褪せないというのは、やはり音楽と演奏の基礎となる部分が相当にしっかりしているからですね。

で、ブルーベックはミョーのもとで理論的な部分に大いに自身を付けて「よし、俺はジャズとクラシックを融合させた、それまで誰も聴いたことのない音楽を作るんだ!」と野望に燃えます。燃えて燃えて地元の色んなところでオリジナル曲や、スタンダードの一風変わったアレンジのものを演奏しまくるのでありますが、残念なことにこの時点では誰も彼の音楽に共感せず、演奏に理解を示す人もいませんでした。

ずっと人気者だったのに、ここで初めてブルーベックは「理解してもらえない」ということに失望し「こうなったらもうジャズなんか止めてクラシックの作曲家になろうかな」と思い詰めて、師匠のミョーのところに相談に行きます。

「せっかく先生に教えてもらった理論を駆使して個性的なジャズをやっているのに誰も理解してくれません。やっぱりボクにはジャズ向いてないんじゃないかと思うのですが・・・」

と、悩みを申告に打ち明けるブルーベックでしたが、これに対するミョーの答えが素晴らしかった。

「君ね、たかだか理解してもらえなかっただけで何を言ってるの。ボクなんかね”あんなのクラシックじゃない”とか”アイツはふざけてる”とか散々言われてきたし、分今もクラシックの世界にいるカチカチ頭の連中にはそう言われてるよ。冗談じゃない、クラシックだって大衆音楽だろ?ジャズだって大衆音楽だ。だから君がアメリカで作曲を学びたいと思うんだったらアメリカの大衆音楽であるジャズを真剣にやるべきで、そこからたくさん学ぶべきだ。つうか君ほんとはジャズ好きだろ?ジャズから多くを学びたいと思ってるんだろ?」

優れた作曲家であるばかりでなく、音楽の数々の現場を潜り抜けてきた師匠の言葉には、有無を言わさぬ説得力がありました。奮起したブルーベックは、ますます独自の手法を探究することに情熱を捧げ、ナイトクラブでもガンガン演奏を行います。

で、客にウケなかったら「何故ウケなかったのだろう」という反省点を徹底的に吟味して、研ぎ澄まされた実験精神とお客さんウケするエンターティメント精神の両方を信じられないレベルで両立させてゆくのです。



【パーソネル】
デイヴ・ブルーベック(P)
ポール・デスモンド(as)
フレッド・ダットン(b,@〜C)
ワイアット・ルーサー(b,D〜Q)
ハーブ・バーマン(ds,@〜G)
ロイド・デイヴィス(ds,H〜Q)

【収録曲】
1.クレイジー・クリス
2.ア・フォギー・デイ
3.ライオンズ・ビジー
4.サムバディ・ラヴズ・ミー
5.アット・ア・パフューム・カウンター
6.マムゼル
7.ミー・アンド・マイ・シャドウ
8.フレネシー
9.ジス・キャント・ビー・ラヴ*
10.ルック・フォー・ザ・シルヴァー・ライニング
11.マイ・ロマンス*
12.アイ・メイ・ビー・ロング*
13.ジャスト・ワン・オブ・ゾーズ・シングス*
14.ルルズ・バック・イン・タウン*
15.ストリート・イン・シンガポール*
16.オール・ザ・シングス・ユー・アー*
17.不思議の国のアリス*
18.スターダスト*

*ボーナストラック

(録音:@〜G 1951年8月、H〜Q 1952年9月)


一言でいえばブルーベックの音楽は

『ポピュラー・ミュージックとしてのすこぶる聴きやすいジャズ、でも分かる人には分かる実験性の刃を隠し持った音楽』

でした。

ただ、彼のピアノの音は非常に澄み切っていて硬質であり、単独ではポップな曲を演奏していてもどこか厳格な感じになってしまう。そんな時(1948年)初めて8人編成のバンドで共演したメンバーの中に、ブルーベックの理想とする、流麗でどこまでも透き通った音のアルトサックス奏者がおりました。

話をすれば、彼は幼い頃からクラシックやポピュラーをやってきたブルーベックとはまるで対照的に、サックスを手にした時からジャズにどっぷりで、当時大人気だったチャーリー・パーカーのスタイルでクラブのステージにガンガン立ち、更にそこから自分のオリジナリティを確立したいと鍛錬を重ね、自分の持ち味である今のトーンに辿り着いたんだと語ります。

その洗練されたまろやかな音色とは裏腹に、知的な風貌と鋭い眼つき、言葉の節々から感じられる、夜の世界で修羅場を潜ってきた男独特の気性の荒さを感じ取ったブルーベックは「コイツだ!」と思い「一緒にバンドを組まないか?」と声をかけ、男はこれに「あぁいいぜ」と即答します。

この男こそが、この後もずっとブルーベックとコンビを組み『テイク・ファイヴ』を始めとする”ブルーベックの代表曲”の数々も手掛けることになるポール・デスモンドその人であります。

本日ご紹介するアルバム『ブルーベック〜デスモンド』は、1950年代初頭に二人が初めて組んだコラボレーションを収録した実質的なデビュー作で、戦前からポピュラーなスタンダードがブルーベックの軽妙なノリと洗練の中に硬派な味わいを醸す音楽性で見事に料理された傑作アルバムなんです。

サクサクしたノリの良い曲、とことんしっとりとしたバラードの両方で、ブルーベックはいかにも楽しそうにガンガン鍵盤を叩き付け、よく聴くと奇妙にアウトしたフレーズのアドリブを展開していて、デスモンドは淀みの全くない彫刻のような美しい音で美しいメロディを吹いてるんですが、この人の端正なサウンドやフレーズに軟弱さは一切なく、逆に職人ならではの気骨を感じてしまいます。

で、このアルバムの凄いところは「どんなにブルーベックが暴れようとも(特に9曲目『ジス・キャント・ビー・ラヴ』での左手ガンゴンは鬼!)、リズム隊の軽やかなビートとデスモンドの美しいアルトがしっかりと”上質で聴きやすいジャズ”として、難しいことはよくわからずともじっくり聴かせて楽しませてくれるところ」なんです。

ブルーベックといえば『テイク・ファイヴ』以降の60年代のアルバムが、オリジナル曲もたくさんあって人気ではありますが、このアルバムは演奏してる曲がスタンダードばかりなのに、ちゃんとブルーベックとデスモンドの個性が全開で、聴いてるうちに(いや、最初の印象でも)どの曲もこのコンビが書いたオリジナル曲のように思えてしまいます。

アタシは昔からブルーベックに関しては、演奏が上手い人だなぁと思っておりましたが、それ以上の”一筋縄ではいかない強烈な個性”を、このアルバム聴く毎に、感嘆と共に噛みしめております。「テイク・ファイヴ以外で何かないかなぁ」とお思いの方もぜひ。








『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

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2018年04月01日

高田漣 ナイトライダース・ブルース

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高田漣/ナイトライダース・ブルース
(ベルウッド)

またも久々の更新でございます(汗)

前回ライ・クーダーについて書いてから、いろいろと”ナチュラルで心地の良い音楽”について考えておりました。

ブルースやカントリー、フォークなんかを核にして、その周辺にハワイアン、カリプソ、レゲエ(ルーツ・レゲエ)などなど、世界中の音楽のエッセンスを散りばめててゆくといえば、言うはたやすいが実際にやってみるとなると、演奏テクニックはもちろん、扱う全ての音楽に対する深い理解や愛情がないととても自然には出来ないものでございます。

唐突に高田漣のことを思い出したのは、彼もまたスライド・ギターの名手であり、これまでリリースしてきた作品の中ではブルースにカントリー、ハワイアン、テックス・メックス、R&B、アイリッシュなどなど、世界中のありとあらゆる音楽が豊かに響きあってひとつのコンセプトを形成しているというところが、ライと実に共通する、というだけではありません。

やはりこの人もまた。ライと同じようにコアとなる大好きな音楽(音楽体験)があって、それを心の中で大切に大切に持ちながら、聴いてきた世界中の音楽にもその気持ちを伝達させて自分自身の表現に取り入れている。

何だか難しい言い回しになりましたが、つまり音楽が心から大好きな人達なんです。

高田漣は、フォークシンガーの高田渡の息子として生まれ、10代の頃からギタリストとして活動していました。

2世の人といえば、偉大な親の存在を意識し過ぎて壁を越えられないという共通の苦しみがあったりしますが、この人の場合は「親父は親父、俺は俺」と、早い段階から気持ち良くサックリ割り切っていて、お父さんもまたお父さんで「倅は倅、俺は俺」とまた好き勝手やっていたんです。

早い段階からペダル・スティール・ギターをメイン楽器に、色んな人のセッションで、まずはバック・ミュージシャンとしてキャリアを積んだ高田漣。スティール・ギターといえば「ハワイアンの楽器」として知られておりましたが、この人のサウンドはナチュラルな心地良さがありながら、どこかニューウェーブやエレクトロニカに通じる表現の”新しさ”みたいなものがありました。

で、2002年に待望のソロ・デビュー・アルバム『LULLABY』をリリースしましたが、70年代の名曲達をシンプルな編成とペダル・スティール・ギターの魅力でじっくり聴かせるこれが素晴らしい作品で、実力派としての評価を不動のものとしました。

その後も色んなミュージシャンのツアーやレコーディングのサポート、映画音楽の制作や、高橋幸宏、高野寛、原田知世らとのユニット”pupa"など、それこそジャンルを股にかけた幅広い活動を重ね、音楽的にそれぞれ違ったカッコ良さに彩られたソロ・アルバムもコンスタントに制作しております。




【収録曲】
1.ナイトライダー
2.ハニートラップ
3.Ready To Go ~涙の特急券~
4.Take It Away,Leon
5.Sleepwalk
6.ハレノヒ
7.ラッシュアワー
8.文違い
9.思惑
10.バックビート・マドモアゼル

そして2017年にリリースされた『ナイトライダース・ブルース』です。

これがもう何というか、実に素晴らしい。音楽的にはタイトルにある通り”ブルース”が軸になっているし、高田漣のスティール・ギター、ギター(エレキとアコギ両方)、バンジョーの見事な弾きっぷりは堪能出来るし、ブルースを中心に、ロックンロール、カントリー、R&B、ロカビリー、ジャンピン・ジャイヴ、セカンドライン、ハワイアンなどの、アメリカのルーツ音楽の豊かな響きが曲ごとじゃなくて、いろんなトラックの中でごくごく当たり前に溶け合っている。

で、そんな感じの、何というか「音楽の深いとこ」を上質にまろやかに、サウンドで表現してはいるんだけど、その鳴り方が「洋楽聴かない人おことわり」みたいな敷居の高い感じでは全然なくて、むしろごくごく日常のことをサラッとユーモアやホロッとした切なさを交えながら歌われる歌詞(これがブルース!)と張り上げない優しい声の効果で、ブルースとかアメリカン・ルーツ・ミュージックとか、そんなもん全然わかんなくても「これは良い日本語の音楽!」と、誰が聴いても心和む仕様になっているのが、もう何というか本当に素晴らしいんです。

「かわいいあのコに、気がつきゃカードも判子も渡しちゃった〜」

と、軽やかな曲調で歌われるもんだからつい「あらあら(^^;」となってしまう『ハニートラップ』、ジャンプ・サウンドにスティール・ギターか絡んで独自のウエスタン・スウィング×ハワイアン・スウィングみたいですこぶるカッコイイ『Take It Away Leon』(原曲はレオン・マッコーリフの超ご機嫌なウエスタン・スウィング・ナンバーなの〜♪)、セカンドラインの陽気なリズムに乗って満員電車と道路渋滞を歌う、ちょいと切ない『ラッシュアワー』が特にオススメですが、どの曲も良いよ、良いのよ〜♪






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2018年03月18日

ライ・クーダー Chicken Skin Music

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Ry Cooder/Chicken Skin Music

(Reprise Music)

スライド・ギターの名手にして、ロックンロール、ブルース、カントリー、ハワイアン、ラテン、テックス・メックスなどなどなど、世界中のあらゆるルーツ・ミュージックを縦横無尽に駆け巡る、音の探検野郎、ライ・クーダーであります。いやもう「人間らしいぬくもりのある音楽が聴きたいよ、そしてギターもカッコイイヤツね」という問い合わせを受けたならば、もう迷わずこれだろうと、自身を持ってオススメするのはきっとアタシだけではありますまい。

そうなんです、ライ・クーダーといえばスライド。

アタシが初めてその妙技にヤラレたのは、高校時代にブラインド・ウィリー・ジョンソンのスライド名曲『Dark Was The Night』の、余りにも有名なあのカヴァー・バージョンを耳にした時でした。

その美しい音ですすり泣いているかのような旋律はもちろん、それ以上にその旋律を通じて、見たこともないしあんまりよくわからん”アメリカの風景”が、脳裏にうわぁ〜んと迫ってきて「これはこれは!このギター誰が弾いてんの!?何?ライ・クーダー?知らん、どのバンドの人?え?バンドじゃない?何だそれウホッ!!」と、やたら感動したことがきっかけでありました。

決して派手なギターソロをギンギンにかます訳ではないけど、その曲に一番合った感じのセンスの良いフレーズを、スライドや優しいフィンガー・ピッキングのバッキングで弾くそのプレイは、どこまでも誠実でカッコイイ職人技で、やっぱり彼が奏でる音楽からは、アメリカ南部だったりハワイの海辺だったり、カリブに浮かぶ島の集落だったり、そういう見たことも行ったこともないけど、どこか懐かしい原風景なものが強烈に感じられ、アタシは聴いてくうちにギタープレイの技術的なことより何よりも、その”風景”にどうしようもなく惹かれてしまって、それがすっかり”ハマる”という状態に、いつの間にかなっておりました。

プロフィールを見ればアメリカ西海岸の大都会ロサンゼルスに生まれ、ブルースやカントリーを愛する音楽少年としてスクスク育ち、60年代には同じようにアコースティックなルーツ音楽が大好きだった黒人青年のタジ・マハール
と出会って意気投合。それからタジとのバンド”ライジング・サンズ”やキャプテン・ビーフハート(!)などでギタリストとして活躍し、ローリング・ストーンズの名盤『レット・イット・ブリード』に参加したことがきっかけで「アメリカン・ロックの真髄を知るスライド・ギタリスト」として注目を浴び、ソロ・デビュー。

売れ線の音楽には一切脇目もふらず、ただひたすらにアメリカや世界中の古いトラディショナル・ソングを持ち前のセンスで蘇らせながら、彼を敬愛する多くのミュージシャンや世界中にいる真の音楽ファンにアツく支持されて今に至ります。

そう、彼こそは「音楽が本当に好き!大好き!」という熱意だけで音楽やっている稀有な人、彼が奏でる音楽にはあざとさもなく、いろんな音楽をチャンプルーしてる割には、その音楽が1枚のアルバムの中でもとっ散らかることもなく自然に心地良く響いておるのです。

さてさて、ここまで読んでライ・クーダー知らない方や聴いたことがないという人も多いと思いますので前置きはこれぐらいにしてオススメのアルバムを紹介しましょう。





【収録曲】
1.Bourgeois Blues
2.I Got Mine
3.Always Lift Him Up / Kanaka Wai Wai
4.He'll Have To Go
5.Smack Dab In The Middle
6.Stand By Me
7.Yellow Roses
8.Chloe
9.Goodnight Irene


アルバム『チキン・スキン・ミュージック』は、1976年リリースの、ソロ名義としては5枚目のアルバムで、個人的には彼の作品の中でも「これこれ、この雰囲気なんだよね♪ ライ・クーダーの音楽って♪」と最もワクワクさせてくれる一枚です。

のっけからアメリカン・フォーク・ソングのレジェンド、レッドベリーのブルースが、乾いた良い感じのギター・アンサンブル(ギター×スライドギター×マンドリン×アコーディオン)でアレンジされた、ほんわかナンバーでグッときます。

収録されているのは全てアメリカのフォークやブルース、R&Bのクラシックスなんですが、ここで単なるカヴァーに終わらせないのがこの人の凄いところ。そう、こういった誰もが「アメリカの古い歌」として知っているようなナンバーにも、深い繋がりのある”周辺の民俗音楽”テイストをたっぷりとふりかけて、懐かしく心に訴える原風景を見せてくれるのがライ・クーダー。

具体的には、このアルバムでは”雰囲気”としてアメリカとメキシコ国境地帯の音楽である”テックス・メックス”とハワイアンのテイストが、全体に絶妙に、そして深く絡んでおります。

テックス・メックス側からはアコーディオン奏者のフラコ・ヒメネス、ハワイアンからはギターでギャビー・パヒヌイという、それぞれそのジャンルの大御所中の大御所と言ってもいい”ホンモノ”がガッツリ参加。

とりあえずパヒヌイのおおらかなヴォーカルが、ライの優しいギターと夢のようなハーモニーを聴かせる7曲目『黄色いバラ』と8曲目『クロエ』(こっちはパヒヌイのギターが最高)、これ、原曲ハワイアンではないのですが、何でこんなにもハワイアン独特の”横ゆれ”の心地良さに満ちているんでしょう。

更にパヒヌイは参加していないけど、ライのギターとハワイアン・チャントのコーラス隊による天国のような感想に泣く3曲目『いつも優しく』も、ハワイアン名曲として永遠に語り継がれて良い出来であります。

テックス・メックスの楽しさは4曲目『浮気はやめなよ』で。

まったりしたスンチャカリズムに乗った歌とヒメネスのほわ〜ん切ないメロディのアコーディオンにコーラス・ワーク。これですねぇ、うまく言えないけど、メキシコ系住民の多いテキサスのとある街角、そこでただ自分達のささやかな楽しみのために、テキーラひっかけながら音楽やっているおじちゃん達の、すこぶるゴキケンなあの感じ、あの感じですよ。

ライ・クーダーという人は「この音楽が好きだから」というシンプルな理由で今もひたすらにルーツ・ミュージック探求の旅を続けております。

もちろんあらゆる音楽のことに尋常じゃない程深く精通していて、たとえばブルースやカントリーとハワイアンやカリプソなんかが別々の地域で勝手に生まれて発展したんじゃなくて、根っこのところで様々な交流があってしっかり繋がっていることも理解している訳です(だから彼の全ジャンルの”ごった煮”はごった煮じゃなくてちゃんと繋がっている音楽として聴ける)。

でも、聴いている人にはそういう難しいことを一切考えさせない。むしろライが音楽的にとても高度で凝りに凝ったことをすればするほど、聴く人(はぁいアタシです)は、その音楽が醸す夢のように心地良い響きと、そこに込められているストーリーの奥深さに「はぁぁいいねぇ〜」と、シンプルに感嘆のため息を漏らすのです。










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2018年03月16日

スリム・ハーポ ティップ・オン・イン

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スリム・ハーポ/ティップ・オン・イン
(Excello/ユニバーサル)

読者の皆様、大変ご無沙汰しておりました。

パソコン移転に伴うシャバダバで、しばらく更新が出来ずにおりましたが、本日無事我が家にネット回線が開通、今日からブログも更新出来ます。

このおよそ1ヶ月の間「書けないストレス」でムギーッ!となっておりましたね、アタシは大体機械とか新しいものに疎くて、パソコンなんてしばらく使えなくてもまぁ文字打つだけならスマホでもいけるんじゃね?とかたわけた気持ちでおった訳ですが、それこそが高度情報化社会の落とし穴で、なかなかスピーディーに文字が打てないスマホと苦闘してあっさり白旗、挙げてしまったんですね〜。。。

でもね、もう大丈夫ですよ。何てったって今日通った回線は光ですから、光っていうのはアレですよね、光速っていうぐらいですから、そりゃまぁべらぼうに早いんですよ。じゃあブログもそんな感じでこれまでよりも数段ぐらいスピードアップして・・・。

すいません、まだ新しいパソコンのキーボードに慣れておりませんので、しばらくはミディアムスロウのユルいペースでやらせてください。

でも、気合いは入っておりますので、皆様には本日ご紹介するこの人の記事で「おぉ、コイツは流石に気合いが入っとる」ということをご確認くださいね。

じゃじゃん♪

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はぁ〜い、そのユルさ”気合いの入ってなさ”でいえばブルース界でも1,2を争うユルめの大将、スリム・ハーポさんであります♪

ファンキーな曲でもどこか腰の砕けたノリ、一切力まない「ほぇ〜、ほぇ〜ん♪」とした歌声の魅力についてはこのへんに書いておりますが、まーその「ブルースといえば渋い!ゴツい!キョーレツ!」という、ある種のパブリックイメージに、ぶつかっても壊れない豆腐のようなテンションで挑んで勝てるだけの脱力を持っている人なんでありますが、この人のサウンド、そして何ともチルな歌唱の魅力ってのは、一度知ってしまうとこよなく愛せてしまう不思議な引力を持っております。

特にブルースといえば、後のシカゴ・ブルースの元となった強烈に泥臭いミシシッピ〜メンフィス系の流れと、よりゴージャスでタフなサウンドの中にカラッと洗練された味のあるテキサス〜ウエスト・コースト系とに大分されますが、この人が拠点にしたルイジアナというところは、そのどちらでもない中間地帯。

高温多湿で沼地が多いという気候条件に加え、アメリカの州の中では最後までフランス領だったという特殊な事情からか、この地で進化したブルースも、まったく独自のものなんですね。

簡単に言えば、さっきから言ってるように「独特のユルさ」というのに尽きるとは思います。

更にそこに一言大事な要素を付け加えれば、そのユルさが何だかポップでオシャレな方向に、不思議と作用していることでございます。

実際、スリム・ハーポの1950年代の音源を集めた最初のアルバム『レイン・イン・マイ・ハート』は、全体的にシンプルなR&Bライクなサウンドと、8ビートや表題曲の8分の6拍子など、キャッチーな中にとことん聴く人を和ませていくうちに、独特の蒸すようなディープなグルーヴに引きずりこむような、穏やかさの中に隠れた凄味を感じさせるアルバムでした。

ハーポの個性というか、その唯一無二の持ち味というのは、このファースト・アルバムの中にその骨組みが全て完成されている状態でゆわ〜んとそびえ立ってると言っていい。

ところが、そんなハーポのユルユルで気持ち良い歌とサウンドの真骨頂が、進化した様々な機材の力を得て本当の意味で他を圧倒するほどのものに仕上がったのは、1960年代以降の演なのであります。

この時代全盛を極めたアナログエフェクター、すなわちスプリング式のごくごくシンプルな作りだけれども、使い方次第では摩訶不思議な効果を生み出すエコー(ぼわーん)やトレモロ(びよんびよん)を駆使して、ユルさに磨きをかけた、いや、持ち前のユルさにトロットロのあんがかかった、例えれば天津丼的な旨味溢れるのが、彼の人生後期、すなわち1967年から69年の音源を集めた名盤がコチラの『Tip On In』

↓ ↓ ↓






【収録曲】
1.ティップ・オン・イン
2.ティ・ナ・ニ・ナ・ヌ
3.メイルボックス・ブルース
4.アイヴ・ビーン・ア・グッド・シング・フォー・ユー
5.ヘイ・リトル・リー
6.アイム・ゴナ・キープ・ホワット・アイヴ・ガット
7.アイヴ・ガット・トゥ・ビー・ウィズ・ユー・トゥナイト
8.アイム・ソー・ソーリー
9.マイ・ベイビー・シーズ・ガット・イット
10.アイ・ジャスト・キャント・リーヴ・ユー


イントロからキレのいい8ビートと、ゆわんゆわん揺れるトレモロをアホみたいに効かせたギターが、あぁもう最初から言っちゃいますけど、初期ローリング・ストーンズのあのサウンド”まんま”です。いかに60年代な、サウンドそのものがカラフルな香気とムンムンの熱気をふりまきかがら踊っている、実にオシャレでちょいとトッポくて、でも明るい力強さと妙にリアルな自由と説得力に満ち溢れたあのサウンド。

タイトル曲の『ティップ・オン・イン』や続いての(個人的にはこの曲がアルバムの中で一番好き!)ダンスナンバー『ティナ・ニ・ナ・ヌ』なんか、実に腰を揺さぶるロッキンな横ノリで、このビートがあともうちょっと激しく鋭角にかったらファンクになるギリギリのところなんですが、そこで勢いに突っ走らずにぶらんぶらんなルーズなノリでとどまっているところはもう流石です。

で、ハーポのヴォーカルとハープは、デビュー時から全く変わらずユルい。エコーも深くなっているから余計にサイケというか、脱力感が増幅された感じがあるんですが、このサウンドで楽しく躍らせながらしっかりじっくりと音楽を聴かせるには、やっぱり頭に血が上っていてはダメで、この「やる気なんてないもんねー」と、やや言葉をリズムの端に引っ掛けるようにして、語りと唄の中間ぐらいの絶妙なヴォーカルじゃないとなんですね。

このサウンドの斬新さとヴォーカルの”太くて柔らかい後ノリ”が生み出すグルーヴ、ブルースとしてはもちろん極上ですが、黎明期ロックの源となったオシャレでノリのいいブラック・ミュージックとしても純粋に楽しめます。あぁいいなぁ、とことん自由な音楽だなぁ。。。

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2018年02月06日

ザ・ベスト・オブ・リロイ・カー


6.jpgザ・ベスト・オブ・リロイ・カー
(Pヴァイン)

今更ですが「ブルース」という言葉には「ひどく憂鬱な」とか「メランコリックな」とかいう意味があります。

アタシなんかはブルースが好きで、ほいでもって好きになったのが刺激が欲しい盛りの十代の頃だったもんですから、どうしても「イカレててカッコイイ音楽がブルースなんだ!ある意味でパンクよりパンクなんだ!」という気持ちで割と接してきました。

これはある意味において正しい。

しかし、ブルースにはどんなにタフで泥臭い演奏にも、どこか心の脆い部分をふっと突いてくる切なさとかやるせなさみたいなものがグッとくる瞬間があって、特に気持ちが疲れていたり、辛い事があって落ち込んでいる時なんかは、ブルースの本質である”ブルーな感情”これがたまんなくクるんです。

えぇ、もしもアナタがブルースに興味を持って聴き始めたはいいけれど、まだ何かどれも一緒なような気がして今ひとつピンと来ないと思っている時は、ぜひ気持ちが酷く落ち込んで、出来れば「あぁ、もう音楽すら聴く気になれない・・・」ぐらいの、ヤバ目の精神状態になっている時にブルースを聴いてください。アタシもそうしてちょっとづつブルースという音楽を身に染み込ませてきたクチです。

今日はちょいと、そういった「ブルース特有のやるせなさ」をとりわけ感じさせるブルースマンをご紹介します。

戦前に活躍したブルースの人達のことを「戦前ブルース」と言います。

この中にもまぁ年代や地域によって色々なスタイルがあるんですが、それはひとまず置いといて、この時代のブルースの人達の中には、後の時代のブルースやロック、ポップスに決定的な影響を与えた人というのが結構いるんですね。

そんな人達の中で、実はしれっと一番大きな影響力を持っているんだろうなぁと思う人が、シンガー/ピアニストのリロイ・カーであります。

「リロイ・カーって?」

「初めて聞いたぞ」

「誰それ知らん」

という人も結構いると思います。

何しろブルースで有名な人というのはほとんどギタリストです。B.B.キング、ロバート・ジョンソン、バディ・ガイ、Tボーン・ウォーカー・・・。この人達は戦後のロック・ギタリスト達に直接影響を与え、超有名なロックスター達の口から「あの人は凄いんだ」と、名前が出てきたから「おぉ、あんな凄い人達が凄いというんだから、そりゃきっと凄いだろう」と、世界中のキッズ達(はぁいアタシも♪)が「伝説の先輩の先輩」式に名を覚え、その音楽とギター・プレイの秘密みたいなものを必死で追いかけたといういきさつがありますな。

そこへいくとピアニストというのはどうも一段地味な感じで扱われてたりするんですが、何を隠そうリロイ・カーこそが、ロバート・ジョンソンを皮切りに「伝説の」と呼ばれるそれ以降のブルースマン達に凄まじくリスペクトされて、彼が作り出した珠玉の名曲は、今になってもブルース、ジャズ、ロック、カントリー等あらゆるジャンルのミュージシャン達に、様々なアレンジでカヴァーされ、愛聴され続けているんです。

リロイ・カーという人は、その切ない情感で目一杯訴えかけるメランコリックな歌声と、ドライブし過ぎず、心地良く転がるムーディーなピアノ、それにギターのみをバックに従えたシンプルで耳に入り易いアレンジ、そして何よりツカミのしっかりした、親しみのあるポップな楽曲で、ブルース史上初、いや、もしかしたらアメリカン・ミュージック初のミリオン・ヒットを放ち、1920年代後半に、ブルース演奏のあり方そのものも大きく変えました。

それまでの”ブルース”といえば、大きく南部のスタイルであるところのギターやピアノの弾き語り、もしくはもっと一般的だった、ギター、フィドル、バンジョーなどによるストリングス・バンド・スタイル。そしてシカゴやセントルイスなど、北部の都会で人気だった、ジャズバンドを付けたオーケストラ形式の、主に女性シンガーが主役の、クラシック・ブルースと呼ばれるスタイルでした。

カーのスタイルは、そのどっちでもない、ピアノとギター形式なんですね。

大体この時代というのは、生演奏では「とにかく音が多くて賑やかな方が良い。踊れる」という考え方が普通です。ブルースはある意味でダンス・ミュージックでありましたから、ピアノとギターだけでしんみりやる曲なんて、例えばジューク・ジョイントやダンスホールで、みんなが踊り付かれた時の休憩用のBGMぐらいに思われてました。

しかし、リロイのスタイルは「部屋の中で一人でも鑑賞できる」という、当時の新しいメディアであるレコードの特性に、実にピッタリ合ったものだったんです。

レコードで聴くということは、生演奏の喧騒の中でよく聴き取れなかった歌詞や、演奏の細かいニュアンスに込められた、感情の動きとか、そういった繊細なものに、聴く人の耳も行くということですから、カーの繊細な歌とピアノや、バックで細かいフレーズをメロディアスに奏でる、スクラッパー・ブラックウェルのギターも、主に酒に関する嘆き節、恨み節に普遍的な「あぁ、そうだよなぁ」という恋や人生のドラマを散りばめた歌詞が、レコードに刻まれて、それを買った人のプライベートなスペースで再生されることによって、計り知れない感動や共感を引き起こしたんです。

今のあらゆるメディアで音楽を簡単に聴ける感覚だと、ちょっとこの感覚は理解できないかも知れません。でも、気軽に音楽を聴けるメディアがSP盤を鳴らす蓄音機(しかもこれも相当高価)だった時代、針を落としたレコードから流れる音楽が、初めて聴く甘く切ない音楽だったら、一体どんだけの感動が胸に押し寄せてくるでしょう。リロイの音楽は、聴きながらにしてそういった情景も、何だか淡くイメージさせてしまう、柔らかいけどとても不思議な引力を持っています。



【収録曲】
1.How Long How Long Blues
2.Tennessee Blues
3.Mean Old Train Blues
4.Low Down Dirty Blues
5.Baby,Don’t You Love Me No More
6.Prison Bound Blues
7.Gambler’s Blues
8.Naptown Blues
9.Love Hides All Faults
10.Gettin’ All Wet
11.Rainy Day Blues
12.Christmas In Jail - Ain’t That A Pain?
13.Papa Wants A Cookie
14.Alabama Women Blues
15.Low Down Dog Blues
16.Lonesome Nights
17.Bad Luck All The Time
18.Big Four Blues
19.Going Back Home
20.When The Sun Goes Down


さて、リロイ・カーという人が、何故そういった独自のスタイルを、1920年代という時代に作り上げることが出来たのでしょう。その秘密は、彼の生まれと拠点にしていた場所とが深く関わっております。

リロイ・カーは1905年に、テネシー州ナッシュヴィルに生まれました。

そう、この地は知る人ぞ知るカントリーの聖地、地理的にはいわゆる”中部”という場所で南部のように強烈にブルースが根付いている土地ではない。でも、多くの人々は娯楽として音楽を楽しんで、その中には黒人のブルースもジャズも、白人のヒルビリーもあったといいます。

その後8歳の頃にインディアナ州ミネアポリスに移住。

少年時代からピアノを弾いていたリロイは、サーカスに紛れ込んだり、徴兵の年齢に達してないのに年齢を誤魔化して軍隊に入ったりしておりました(動機はよくわかりませんが、多分軍楽隊に入るのを狙っていたか、面倒臭い徴兵をとっとと終わらせるためでしょう)。

とにかくミネアポリスという街は、北部も北部、カナダの国境に近いようなところです。

ここで自由な空気を謳歌し、しかも大都会のシカゴやデトロイトといったブルースが溢れているような街からの影響もさほど受けず、リロイはピアノを弾き、そして机に座ってじっくり歌詞を書きながら自分の”ブルース”を磨き上げて行きました。

即興で思いつくままに歌い、リズムやフレーズに合わせて歌詞を繋いでゆくことも多かったこの時代のブルースのやり方とは、彼のスタイルはまるで違います。しかしこれが、言うまでもなくポップで歌詞もしっかりしていて、かつ繊細で切なさの塊のような新しいブルースの誕生に大きく作用しました。

リロイはそのままミネアポリス周辺の酒場で人気のシンガーソングライターになります。

行く先々で人気を博し、レコードも異例のミリオン・ヒットとなり、彼の名前は遠く南部まで知れ渡るようになりました。

先も言いましたが、彼の繊細なプレイ・スタイルは、まだギターをバッカバッカと叩き付けるような弾き方が主流だったミシシッピ・デルタの一人の若者、ロバート・ジョンソンに決定的な影響を与え、言うまでもなくこれが戦後の主流となるモダン・ブルースの”形”となるのです。

残念ながらリロイは若い頃からの大酒がたたって30歳で短い生涯を閉じてしまいましたが、レコードデビューしてたった7年かそこらで音楽のひとつのスタイルを「もう後はアレンジを加えるだけ」ぐらいのものに仕上げました。

そして、そんな偉大な業績や影響力のことを考えなくても、この人の音楽は、最初の一音が流れた瞬間に「あ、これは切ない・・・!」と、聴く人の心に直接ヒリヒリと迫るものを持っています。ひどく憂鬱な感情、過ぎ去ったとしてもまだどこかに漂っているような宿命の残り香のような音楽。

そう、これこそブルースであります。





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2018年02月05日

フランク・ザッパ Freak Out

6.jpg
Frank Zappa/Freak Out
(MGM/Unive)

フランク・ザッパという人には、ハッキリいって「これが代表作!」というアルバムがございません。

や、こんなことを言うと誤解を受けるかも知れませんが、長いキャリアの中で目まぐるしく音楽性をアメーバのように進化させ、その都度その都度「一言では何とも言えないスケールの強烈作」というものをポンポンリリースしておりますし、これは本人自身の哲学で「コイツはこういうヤツだ」という固定観念でのジャンル分けとか定義付けとかを「バーカ、残念でしたー」とひゃらっとかわす姿勢というものを持っております。

だから聴いてきた身として「ザッパは○○だ!」「ザッパはこうだ!」と、一言でサクッと言えないんです。

たまたま昨日紹介した『ワカ・ジャワカ』なんかは、ザッパが怪我をして車椅子生活になった時に

「よっしゃ、じゃあ大編成でジャズロックやるぞ」

と張り切って、コンセプトが明確になったんですが、それでも

「こ、これは一体何?ジャズ?ロック??うぅぅん、わかんねー、わかんねーけど得体の知れん凄さがあるぅぅ」

と、聴き手に思わせるに十分な、ストレートなインパクトを持つアルバムとして紹介しました。

当然凄いアルバムです。

でも、それでもなおこの1枚でフランク・ザッパという類まれなる個性を持つミュージシャンについてある程度語れる、というものではございません。

という訳で、今日もザッパです。

はい、今日は更に時代をさかのぼって、フランク・ザッパが初期に組んでいた”マザーズ・オブ・インヴェンション”名義でリリースされました記念すべきデビュー・アルバムについてお話をいたしましょう。

1940年、メリーランド州に生まれたザッパは、少年時代からありとあらゆる音楽や芸術に興味関心が深く、小学生の頃から色んな楽器をマスターしながら、ラジオやレコードを聴き狂い、特に7インチ・レコードのブルースやR&Bとエドガー・ヴァレーズの現代音楽に強く感銘を受け、早くから「どこにもない音楽を作ってやろう」という意欲に燃えていたと云います。

高校時代に、地元でもザッパ同様「アイツは変わり者すぎてヤバい」と評判だったある男と意気投合してバンドを結成しました。

この男、後に”キャプテン・ビーフハート”として、ザッパ同様アメリカの音楽史に巨大な一石を投じてアンダーグラウンド・ロックの歴史そのものと言われる程に大暴れするんですが、ザッパは彼がヴォーカルを務めるバンドのギターとして、一緒に大暴れ。

この時の2人がどんだけ凄かったかといえば、ダンスパーティーで踊りに来てた連中に対し、粋で踊れるR&Bナンバーを演奏したかと思いきや、盛り上がる寸前にグッチャグチャの即興演奏をおっぱじめてエンディングで何事もなかったように曲を終え、同年代のある意味ウブな少年少女達をことごとく茫然とその場に仁王立ちさせてしまうぐらい凄かったそうであります。

ステージではそんな感じでありましたが、ザッパは真面目に音楽を学び、大学では和声や作曲法などの高度な音楽理論を早々に極め、更に卒業後はスタジオに就職し、ここで機材をいじくるうちにアッサリと多重録音のノウハウも身に付け、音楽に関してはもう学ぶことが何もなくなりました。天才です、いや、ここまで来るともう天才過ぎて変人の域であります。

24歳になった1964年の母の日、スタジオにメンバーを集め「じゃあ母の日だから”マザーズ・オブ・インヴェンション”ってバンド結成してデビューな。異論は認めない」と、強引にバンド活動を始めます。

※「インヴェンション」というのは2声の鍵盤楽器演奏を意味する音楽用語ですが、語源となるラテン語の”インヴェンチア”には”思い付き”という意味があります。


この時のメンバーが、フランク・ザッパ(g)、ライ・コリンズ(vo)、エリオット・イングバー(g)、ロイ・エストラーザ(b)、ジム・ブラック(ds)。

1964年といえば、まだスーツやスーツを模したフォーマルなステージ衣装を着てロックをするのが常識だった頃、カジュアルな出で立ちで、奇妙でよじれた、いわゆる”ノリ”に特化しないロックを演奏しているマザーズの演奏は評判になり(もちろん賛否両方含めて)、65年には当時ジャズレーベルだけれども、ジャズ以外に何か面白い音楽ないかとロックやR&B方面に手を伸ばしていたVerveレーベルから声がかかり、デビュー・アルバム録音が決まります。

余談ですがVerveはマザーズをデビューさせた翌年の1967年、ニューヨークでヴェルヴェット・アンダーグラウンドをレコーディングし、名盤『ヴェルヴェット・アンダーグラウンド・アンド・ニコ』も世に出しています。





【収録曲】
1.Hungry Freaks, Daddy
2.I Ain't Got No Heart
3.Who Are the Brain Police?
4.Go Cry on Somebody Else's Shoulder
5.Motherly Love
6.How Could I Be Such a Fool
7.Wowie Zowie
8.You Didn't Try to Call Me
9.Any Way the Wind Blows
10.I'm Not Satisfied
11.You're Probably Wondering Why I'm Here
12.Trouble Every Day
13.Help, I'm a Rock
14.It Can't Happen Here
15.Return of the Son of Monster Magnet


この時代のロックの連中が意識していたのは、言うまでもなくビートルズとローリング・ストーンズです。

彼らのブレイクによって、イギリスばかりでなくアメリカにも、その影響を受けたバンドが多く出てくるようになり、ヒットチャートにはロック、R&Bなどのポップな音楽が毎週のように新曲を送り込み、大いに世間を賑わせておりました。

恐ろしいことにザッパは”そこ”に正面から自分達の音楽をぶつけてきたんです。

はい『フリーク・アウト!』と、わざわざアルバムタイトルに「!」まで付けて

「お前ら何生ぬるいポップな音楽ばっか聴いてやがるんだよ、もっと病的にアウトしろよ!」

と、世間に対して喧嘩をふっかけているのがこのアルバムです。

じゃあ、やってることもきっとロックをぎちょんぎちょんにブチ壊した、かなりあっぶねー感じの音楽なんじゃね?

と、思うでしょう。

ところがここでザッパがやっているのは、音だけ聴けば”案外マトモ”な、当時流行のロック・サウンドであり、R&Bやドゥー・ワップなんです。

でも、それぞれが強烈な「今流行っている音楽の皮肉たっぷりなパロディ」なんですよ。

1曲目はいきなりストーンズの「サティスファクション」のリフかと思われるギターから、歌い方までミック・ジャガーをモロ意識してる曲ですし、曲が進むにつれて、ビートルズのパロディ、ドゥー・ワップのバラードを極端にディフォルメしてコミカルで大袈裟なものに仕上げた曲などが次々出てきます。

歌詞も同様に皮肉と黒いユーモアが効いていて、何というか喧嘩の仕方が最高にイヤラシい痛快さがあって、更にマトモ―な曲の節々でギターがトチ狂ってアウトしたり、ただのパロディだけじゃなく”ブチ壊し”もしっかり入っていて、うほっ、やっぱりこのアルバム痛快!

と安心してはいけません。レコードでいえばC面D面に当たる後半が、前半の流れを軽く打ち消すほどの、即興演奏、フリーキーな多重録音他何でもアリの、凄まじくアシッドサイケな展開。これをトドメとばかりブチ込んできます。

よくロックバンドのファーストは、未完成だけど荒削りな良さがあるとか言われる名盤が多いですが、フランク・ザッパに限ってはこの時点で「皮肉の毒がたっぷり入った不健全なロック」というものを極めてるんです、いや、極め尽くして出てくる音がもう極まり果ててるんです。

だってアメリカでサイケデリックとかフラワームーヴメントとか出てくるのはこの後ですよ、あぁオソロシイ。

でも、コレで終わらずに「また世間をコケにする音楽作ってやろうぜ」と、全く斜め上からの音を次作、そしてその次、さらに次・・・と出してくるザッパ師、本当にオソロシイ・・・。



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2018年02月04日

フランク・ザッパ ワカ/ジャワカ

6.jpg
Frank Zappa:Waka/jawaka
(Univ)

さて今日もアタシは元気に「ミクスチャーとは何か」という事を考えております。

音楽を夢中で聴いていた時代、つまり1980年代末から90年代前半にかけて、この言葉を目にするようになった訳なんですが、アタシが最初にこの言葉を知ったのは、スラッシュメタルのアンスラックスと、ヒップホップ・グループであるボディ・カウントとの記事を読んだことがきっかけだったと記憶しておりますが、それからレッチリやビースティ・ボーイズとかも有名になって

「ミクスチャーというのは、当時最先端のロックと、当時最先端のラップをミックスさせた音楽なんだよ」

という認識が、ほぼもう世間の常識みたいになって、それで90年代後半のジャパコアブームで、それらに影響されたバンドもいっぱい出てきて活躍したというのが”ミクスチャー”というものに対する最も鮮烈な印象。

ところが・・・!

ところがなんです皆さん、アタシのこういった捉え方、考え方というのを、一発で粉々に粉砕する強烈な、もうキョーレツなアルバムと、アタシはある日で出会ってしまったんです。

そのアルバムというのは、フランク・ザッパの『ワカ・ジャワカ』であります。

う〜ん、フランク・ザッパ。

この人はですねぇ、もうほんとアタシは若い頃からヤバイヤバイって散々聞かされてた人です。

いっちゃん古い記憶でいえばスティーヴ・ヴァイが超絶バカテクギタリストとしてブレイクした頃に

「スティーヴ・ヴァイの師匠でフランク・ザッパという人がいて、この人がヤバイんだ。何がヤバイかってバカテク過ぎて何やってっかわかんねーからヤバイ」

という話です。

ね、スティーヴ・ヴァイの師匠だったら、そりゃもうハードロックの早弾きバリバリの、タッピングとかすげーキメて・・・とか、そんな人だと思うじゃないですか。

でも、それは違ったんです。

何だったか忘れましたけど、MTVか何かの番組でフランク・ザッパのライヴを収録したのがあって、それをボヘーっと観てたんですが、まーその時はさっぱり何が何なのか分かりませんでした。

「メタルでもハードロックでもないし、ギターも確かに何やってるか分からないフレーズ弾いてるんだけどわからん。何これ?凄いの??」

ぐらいに、アタシの中での”ファースト・フランク・ザッパ”は、脳内に”?”ばかりを残して余りにもあっという間にスーッと去って行ってしまったんですね。

ザッパとの再会は、それから5年後ぐらい。アタシが東京のレコード屋さんで下働きをするようになってから。

まぁその頃というのはフランク・ザッパ、いわゆるオフィシャル・ブートというのが鬼のようにリリースされていて、ロックコーナーの一角のかなりのスペースを「ザッパ大魔神○○!!」というセンセーショナルなタイトルが印刷されたセンセーショナルな黄色い帯のCDがザーーーーッと並び、それがまた結構な頻度でよく売れて行くという不可解な現象を目の当たりにし

「フ、フランク・ザッパってそんなに凄いんですか・・・」

と、恐る恐る先輩に質問したら

「お前それ、ザッパフリークの前で絶対言うんじゃねぇぞ」

と。

ザッパフリークとは何ですと?と訊けば、ジャズファンよりもプログレファンよりもある意味コアなマニアで、とにかくフランク・ザッパのアホみたいにリリースされている作品を全て買い揃えることは当たり前、のみならず中古だろうが何だろうが、ちょっとでも仕様が違えば即ゲットするオソロシイ人達なんだと先輩は説明してくれました。

はぁあ凄いですねぇ、世の中には大変な人達ってのがいるもんでございますねぇと感心と共におののいておりましたら、そもそもフランク・ザッパという人が、時期によってやってる音楽もエラい違ったりするし、ジャンルとか関係なく何でも呑み込んで自分の表現にしてしまう、そんなブラックホールみたいな人でヤバイから、ファンがああなるのも無理はなかろうと。

はい、正直アタシがフランク・ザッパという人に興味を初めて持ったのは、音楽に衝撃を受けたというよりも、そういう話を聞いたからなんです。

「ザッパ、ヤバイんですね!」

「おお、ヤバイぞ!」

「何聴いたらいいっすかね!?」

「コレだ!」

と、オススメされたのは、初期のサイケデリック・ロックをやっている『フリーク・アウト』と、ジャズロックやってるという『ワカ・ジャワカ』です。




【収録曲】
1.Big Swifty
2.Your Mouth
3.It Just Might Be A One-Shot Deal
4.Waka/Jawaka


アタシも順番に聴けば良かったんですが、いきなり『ワカ・ジャワカ』を聴いてしまいまして、もうコレにぶっ飛ばされた訳です。

オープニングからギター、ドラム、そしてホーン・セクションがめくるめく展開する様々なリズムのリフを容赦なくブチ込んでくるこの開始僅か1分そこら(!)

普通ロックって、イントロがあって、印象的なリフがあって、リズムがひとつのビートを刻んで、で、AメロとかBメロとかサビとかで、リズムを変えて・・・っていうパターンがあるじゃないですか。これがのっけからガン無視されて、開始から1分そこらでワシャワシャワシャーーーー!!!!!とリズムが違うパターン違うパターンで展開されて、で、普通のいわゆる”Aメロ”に当たる部分では、暗く不気味な感じで、ギターとかトランペットのアドリブが展開されて行く。

え?いやお前らオープニングであれだけハジケてガンガンやってたのに何だこれ?凄いぞ!!てか、これはジャズ?ロック?意味がわからん!ザッパヤバい!!!!

コレが人生初めての”キョーレツなザッパ体験”でした。

実際このアルバムは、ザッパが「ジャズとロックを軸に、ありとあらゆる音楽をやってやろう」と燃えていた時期の1972年、え?ちょっと待って、1972年っていえば、まだジャズと他の音楽が掛け合わされた最初の時期でフュージョンという言葉すらも生まれてなかった時期ですよ。

そんな時期に、この全編インストで、ジャズだかロックだか何だかよーわからん、ジャンル混合の究極みたいな音楽ですか。変態だろ!

と、当たり前に思った訳ですが、やっぱりこのアルバムは色んな意味で「変態ザッパの極み」として、名盤扱いされている訳で、で、何でザッパがそんなジャンルごった煮のぶっ飛んだアルバムを作ろうと思ったのかといえば、ステージで暴漢に襲われて大怪我をして車椅子生活になっちゃったんだと。

「あ?車椅子?う〜ん、ステージで暴れらんねーからスタジオで暴れちゃうもんね〜」

と、嬉々としてスタジオに引き籠って

「よし、じゃあオーケストラでジャズロック・アルバム作るよー」


と、椅子に座ってフィーバーした結果がコレなんだと。

あかん、やっぱりこの人ヤバいわ・・・。「だからザッパこそが早すぎたミクスチャーのオリジネイター」とかいう話をクソ真面目にしようと思ったんですが、音楽だけでなく精神がミクスチャーでしたね、こういう人にはもう敵いません。。。


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