2020年01月17日

ハンニバル・マーヴィン・ピーターソン トリビュート・ハンニバル

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ハンニバル・マーヴィン・ピーターソン/トリビュート・ハンニバル

(Baystate/ソニー・ミュージック)


正月2日から鹿児島へ旅行へ行ってきまして、天文館の地理もよーわからぬままフラフラしていたら、ちょっと疲れてきた頃にジャストなタイミングで『モッキンバード』というレコード屋さんを見付けて入ってみました。

店内には棚に置かれたたくさんのエサ箱の中にレコードレコードレコード♪

いや嬉しいです、実に久しぶりのこの感覚。

とりあえず「欲しいものを探す」のはひとまず置いといて、隅から隅までエサ箱を漁るところから始めました。

今じゃポチッとやって、欲しいCDもレコードも買えてちゃう時代ですが、やっぱり特に狙っているものもなく、サクサクと箱や棚を漁って、思いもよらぬ良い盤との出会いがあるから、やっぱりお店で買うのがいいな。ていうか心おきなく一人でエサ箱を漁ってるこの時間、最高に幸せだな〜。と思いながら、30分ぐらい漁っていたでしょうか。


ザッと見た中で「これ、欲しいな」と目星を付けたいくつかのレコードのうち「今日は2枚だけ買おう」との決定に従って選んだ2枚が、フランキー・ライモンとハンニバル・マーヴィン・ピーターソン。

や、他にも欲しいのはいっぱいあったのですが、この2枚だけは何か強烈な一期一会を感じて選びました。決まったらもう即レジへ持って行き、そこからホテルに帰る前にある喫茶店でやりましたよアレ「収穫ブツを喫茶店でしげしげと眺めるというアレ」を。おっほっほ♪


さて、フランキー・ライモンの方は、過去にそういえばレビューを書きました。『ロックンロール』というタイトルは、全く未聴のアルバムかと思ったら、実はCDで持っていたこの↓アルバムの後半部分(CDは2in1だったのですね)でしたので




アルバムレビューは上記リンクを読んで頂くとして、本日はハンニバル・マーヴィン・ピーターソンです。


ハンニバル・マーヴィン・ピーターソンという人は、ジャズのトランぺッターであります。

ただ、1948年生まれ、ということはチャーリー・パーカーやディジー・ガレスピーらが、モダン・ジャズの初期の革新的なスタイルである”ビ・バップ”を生み出してイケイケでシーンを賑わしていた丁度その頃に生まれた彼は、ジャズマンとしては、例えば有名なマイルスとかコルトレーンとか、更にその下のハービー・ハンコックやチック・コリアなんかよりも全然若い。

ジミ・ヘンドリックスよりも5つ年下なので、ジャズの人としてはとにかく若い世代なんです。

だから、本格的にソロ・アーティストとしてデビューしたのが1970年代になってから。その頃はもういわゆるモダン・ジャズの時代が過ぎ去り、ジャズは電気楽器や流行のファンクビートなどを取り入れた、フュージョンが新しいポピュラー音楽として人気を得ようとしていた頃でした。

ところがこの人は、そんなどちらかといえばソフトでメロウなジャズが流行だった頃に、そのけたたましく吠えるトランペットと生楽器でガッツリと固めた編成のバンドを武器に、まるでそのちょい前にあの世へ行ったジョン・コルトレーンの魂を継承したかのような、硬派でスピリチュアルなジャズを頑として演奏し、一部で強烈に支持されました。


アタシはといえば、ギル・エヴァンスの有名な『ギル・エヴァンス・プレイズ・ジミ・ヘンドリックス』というジミヘン曲のジャズ・アレンジっていうすんげぇカッコいいアルバムがあるんですけど、コレに入ってる「Crossingtraffic」っていう曲で、めちゃくちゃソウルフルでカッコいいヴォーカルがフィーチャーされてたんですよ。

「うおぉ!このヴォーカルの人ヤバい!!すっげぇ有名なソウルシンガーに違いない。なになに、ハンニバル・C・マーヴィン・ピーターソン?おお、ヴォーカルだけじゃなくてトランペットとコト?コトってあの琴!?へー、この人のアルバム出てたら聴きたいな」

と、衝撃を受けて、アルバムを探したんです。

ほんで、MSPというレーベルから出ていたアルバムを見付けて「お、これだこれだ♪」と、そのファンキーでソウルフルなヴォーカルと、恐らくはバックをゴキゲンに盛り上げているであろうジャズファンクサウンドを期待して、CDを再生しました。

そしたら何と・・・(!!)

そのサウンドは思っていたようなそれとは180℃違った、激しく荘厳で、最先鋭のフリー・ジャズとインドやアフリカ音楽のような”繰り返し”のリズムやバッキングのトランス感が耳を通り越して五感全部をごっそりと別世界に持って行くようなその、この世を超越した演奏に、更にアタシは衝撃を受けました。

いやいや、まさか60年代の大好きなフリー・ジャズの大物達以降の世代でこんな凄い人がいるなんて、これはハッキリ言ってアタシは全然物をしらなかったとさえ思いました。






トリビュート・ハンニバル(紙ジャケット仕様)

【パーソネル】
ハンニバル・マーヴィン・ピーターソン(tp)
ディードレ・マレイ(cello)
マイケル・コクレーン(p)
エロール・ウォルーターズ(b)
マカヤ・ントショコ(ds)

【収録曲】
1.イーヴン・スティーヴン
2.ダホメイ・ダンス
3.セントルイス・ブルース
4.ウェル・ユー・ニードント
5.ミスティ

(録音:1976年1月16日)


鹿児島の素敵なレコード屋さんで見付けたハンニバル・マーヴィン・ピーターソンのアルバムは、正式タイトル『トリビュート・ハンニバル』ですが、喫茶店でライナノーツを見たらば『セントルイス・ブルース』という国内盤再発時独自のタイトルが付いておりました。

おお、セントルイス・ブルースといえば、戦前にブルースの皇后ベッシー・スミス他、色んな人にカヴァーされ、愛された実に古典的なスタンダードです。

ハンニバルのバイオグラフィを見れば、1948年アメリカ南部のテキサス生まれで、ジャズ・ミュージシャンとしてデビューする前は、テキサス・ブルースの巨人、Tボーン・ウォーカーや、エタ・ジェイムスなど、ブルース/R&Bのバンドのホーンセクションとして、ブラック・ミュージックの基礎をしっかりと叩き込まれており、その後ファラオ・サンダースやアーチー・シェップなど、敬愛するコルトレーンの愛弟子とも言えるジャズマン達のバックで先鋭的な表現を直に学び、個性を確立させていったとあります。

だからきっと古典的なブルースをやっても、そのフィーリングをしっかりと表現しつつも、きっと研ぎ澄まされた刺激的な演奏を聴かせてくれるに違いないというアタシの期待は、実にその通り叶えられた素晴らしい『セントルイス・ブルース』でありました。


アルバムは全体的にやはり激烈。レコードでいえば『セントルイス・ブルース』はB面で、A面の前半2曲が、いわゆる激しくて荘厳でトランスとトリップふんだんのスピリチュアル・ジャズのかなりハードなノリが炸裂。ハンニバルのトランペットは激しく吹きまくる時は本当にけたたましくて、背骨にビンビンくる程ですが、時折見せる丁寧なフレーズがまた、ほどよくグラングランにされたコチラの感覚にジワジワ〜っと染みてきて、これがまた中毒性高いのです。端的にいえばキます。


















『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

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2020年01月14日

エリカ・ポメランス ユー・ユースド・トゥー・シンク

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エリカ・ポメランス/ユー・ユースド・トゥー・シンク

(ESP/スペーシャワー・ミュージック)


アタシは元々「ぶっ飛んだ音楽」が好きでした。

パンクやメタルが好きだったというのも、その形式ではなくて「聴いている時にどんだけ気分が高揚するか、どんだけ刺激的で予測不可能で滅茶苦茶な音が自分を撃ち抜いてくれるか」ということに主眼を置いていたのかも知れません。また、そういう音楽を自分の中で「パンクだ」と形容して、好んで聴いておりました。

だからハタチを過ぎてフリージャズを好きになれた事も、そういう高揚して刺激を得てぶっ飛べる音楽をひたすら求めた結果にあった必然だと思っております。

フリー・ジャズ。後期コルトレーンの演奏を聴いて、もう人生ひっくり返ってしまうぐらいの激しい衝撃を受けたアタシは、このあらゆるお約束事を美しくぶっ壊し、何故かヒリヒリとした切ない感傷を覚えさせてくれる”パンクな”音楽が大好きになり、とことんはまり込んでしまいました。

そんな時フリー・ジャズハマりはじめの頃に出会ったのが、アルバート・アイラーの『スピリチュアル・ユニティ』というアルバムです。




このテナー・サックス、ベース、ドラムスというシンプルなトリオ編成から奇妙に歪みながら放たれる音そのもののカッコ良さにシビれ、同時にESPという1960年代のメインストリームでは絶対に受け入れられないアンダーグラウンドな表現者達の巣窟であったというレーベルの存在を知るようになります。

アメリカはニューヨークにあったレーベル「ESP」は、ニューヨークの下町ブルックリンで、1964年に弁護士であるバーナード・ストルツマンによって設立されました。

フリー・ジャズで有名ですが、特にジャンルには拘らずに、ニューヨークにたむろする前衛ミュージシャンやアート、詩、パフォーマンスなどなど、表現がぶっ飛び過ぎていてメジャーなどの会社からも敬遠されていたような人達に好んで声をかけ、レコーディングを行ったようなんですが、これが結果として、前述のアルバート・アイラーの『スピリチュアル・ユニティ』のような希代の名作を生み、サイケデリックやまだまだ一般的どころかそういう概念すらなかったノイズ・ミュージックの先駆けとなる素晴らしい”パンクな音楽”を、パンク・ロックが生まれる10年以上も前に世に送り出していたのです。

ESPから出ていたそういう元祖フリークアウト・ロックやアシッドフォークなどはどれも想像の斜め上から脳に直撃を喰らわせて、その上で脳内に浸透してトロットロに溶かしてくれるようなものが多くて、こりゃもう本当に最高♪とルンルンしつつ集めたもんです。

そんなESPの「ジャズ以外」のもので特に衝撃を受けたものとして、エリカ・ポメランスのアルバム『ユースド・トゥ・シンク』がありました。





ユー・ユースド・トゥ・スィンク(紙ジャケット仕様)


【収録曲】
1.You Used To Think
2.The Slippery Morning
3.We Came Via
4.The French Revolution
5.Julius
6.Burn Baby Burn
7.Koanisphere
8.Anything Goes
9.To Leonard From The Hospital



確か何かの雑誌でゆらゆら帝国の坂本慎太郎がオススメとして紹介していたのを見たんですよ。それで「へー、女の人でアシッドフォーク、しかもESPかー、これは知らんかったな、絶対いいだろうから聴いてみようか」と。

聴いてみたらコレがもう何というか、いわゆる想像してたゆるゆるふわふわなトリップ系じゃなくて

「気合い入れて脳味噌のネジ緩めろよお前ら!」

とでも言われてるような、エリカ嬢のハスキーでパンチの効いた声、ジャカジャカと鋭く刻まれるアコギのカッティング、かなりロックな感じでビートを叩くドラムと、全体的にフォークってよりはアコースティックなロックです。マジで言いますがこの声とギターの鋭さは、あいみょん好きとかの心に刺さると思います。だってアタシ最初にあいみょん聴いた時「あ、これはエリカ・ポメランスに影響受けてるかもな、違うかもだけど」と思いましたもん。違うかもだけど。

それはさておきとして、このエリカさんの音楽、ただのぶっ飛びミュージックじゃなくて、全体にしっかりとした美学みたいなもんが貫かれております。

その美学ってのはきっと「ためらわない」って事だと思うんです。

歌う事をためらわない、ビートに乗ることをためらわない、自分自身であることをためらわない、女であることをためらわない、フリークアウトすることもためらわない、演奏が即興演奏の泥沼に入り込むこともためらわない、美しくあるために醜くなることもためらわない・・・。

もちろんコレが気合いの入ったアコースティックなロックの範疇にはとても収まり切れない”アシッド”の部分も、たとえば1曲目がいきなりヴォーカル多重録音で、妖精と亡霊がかけあわさったような高音域で歌うパートが、主旋律のメロディとズレまくっていたり、中盤からフルートとかパーカッションとかシタールとか入ってきて、かなりフリージャズみたいな掛け合いに、熱にうかされたようなヴォーカルがのめり込んでいったりと、そりゃもう価値観や固定概念がとろけるほどに”毒”としてまぶされているんですけど、聴いた後の不思議な爽快感は何といえばいいのか、未だに言葉にならないものをこのアルバムは残してくれます。

実はエリカさん、ミュージシャンじゃなくて映像作家で詩人だったという事を随分と後になって知り「だからか〜!」と妙に納得した覚えがあります。そうなんです、音や声の細部に至るまで、最高に”芸術”なんですよ。










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2020年01月11日

オーティス・ラッシュ コールド・デイ・イン・ヘル

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オーティス・ラッシュ/コールド・デイ・イン・ヘル
(Delmark/Pヴァイン)

1月の奄美は、重くどんよりした雲がかかる、終始不穏な空模様です。

春から秋にかけての強烈な日差しが降り注ぐ中、汗をかきながら聴くブルースも最高なんですが、寒い日の不穏な空の下で聴くブルース。これもまた、心に響くものがあります。

オーティス・ラッシュの感情のドロドロを溜めて溜めて溜めて吐き出すヴォーカルと、鋭く胸を突き刺すギターがたまらなく聴きたくなりました。

元々弾き語りのカントリー・ブルースが好きで、チョーキングキュイーンのモダン・ブルースにはそんなに食指が動かなかったハタチそこらの頃のアタシは、オーティス・ラッシュの初期コブラ音源に「こ、こ、こんなヘヴィでえげつないブルースやってる人がおったんだ・・・」と衝撃を受け、以来すっかりこの人のファンになってしまいました。





で、すっかりファンになってしまったからには、この人の他のアルバムも聴きたい、いや聴かねば、買わねば。あぁうっ!!となって、さて、コブラッシュの次は何を買えばいいのかと情報を集めていたのですが、色んな書籍などで見る”コブラ以外のオーティス・ラッシュ”の評価というものが、あんまり芳しくない。

「ラッシュは50年代にコブラから強烈な作品を出したが、その後コンスタントなリリースに恵まれず、好不調のムラがそのまま演奏に出るようなものも多かった」と。

つまり、コレはラッシュへのネガティヴな評価です。ところがアタシ、こういう評価を読んで、ますますオーティス・ラッシュという人に、他にはないとことん人間的な魅力を感じ「いや、ますます聴いてみたいです」となってしまった。

そもそも、ラッシュの魅力は、歌やギターが上手いとかどうこうよりも、そのエモーショナルな感情表現です。コブラ録音は、本当にこれ以上感情が張り裂けたら演奏全体が崩壊してしまうんじゃないかと思わせる異様な緊張感に満ち溢れていて、アタシは全然知らないながら、そこに惚れてしまった訳です。

で、考えた。そんな際どい感情表現なら、きっと走り過ぎて壊れてしまうこともあるだろうし、エモーションが空振りして不発に終わることもあるだろう。いや、むしろそれこそがこの人の通常運転な訳で、むしろリアルで生々しいオーティス・ラッシュを聴きたいのなら、その好不調のムラが出てると言われている”その後”の音源にこそ神髄があるのではないかと。


都内の大きなCDショップに行くと、流石に長いキャリアを持つ人だけあって、色々なアルバムが置いてありました。その中でアルバムジャケットと帯の、ほぼ茶色で統一された魅力的な色合いのアルバムを「これ良さそうだな、買お♪」と手にいたしました。『コールド・デイ・イン・ヘル』がそれでございます。




コールド・デイ・イン・ヘル

【収録曲】
1.Cut You A Loose
2.You're Breaking My Heart
3.Midnight Special
4.Society Woman
5.Mean Old World
6.All Your Love
7.Cold Day In Hell
8.Part Time Love
9.You're Breaking My Heart (alt. take)
10.Motoring Along


”ラッシュの2枚目がこれ”だったことは、アタシにとっては本当にラッキーでした。

というのもですね、このアルバムはラッシュの実質的なセカンド・アルバム。録音は1975年で、何とファースト(というかレコードデビュー作)のコブラ録音からは20年経っております。

調べたらラッシュが所属していたコブラ・レコードは、オーナーがギャンブル好きで、その借金に絡むトラブルでギャングに殺され、レーベルは自然消滅。その後渡り鳥の如くあちこち点々としていたラッシュは本格的なアルバムのレコーディングを2度行いますが、いずれもオクラ入りに。

「ラッシュはあらゆるハードラックを背負っていた」とよく言われますが、これは本当にやりきれません。50年代シカゴでマジック・サム、バディ・ガイらと共に三羽烏と呼ばれ、期待を一身に背負っていたのに、名を挙げるチャンスであり、せっかく精魂込めてレコーディングに臨んだアルバムのリリースは、本人の知らぬ所で棚上げにされてしまう。

これはラッシュでなくとも精神的にかなりキツい出来事であります。

60年代から70年代、失意のラッシュはとにかく生演奏で稼ぐ以外になく、アメリカ国内ばかりでなく、ヨーロッパにもツアーに出かけ、ライヴを重ねます。

その時に実は、ほぼプライベート録音に近い形でレコーディングもやってるのですね。ところがその時の音源が、エモーションが空振りしてかなり苦しい内容のものが多かった。

ほいでもって、アメリカに帰国してやっとこさ掴んだこのブルース愛に溢れたレーベル、デルマークでの録音も、一般的には「かなり苦しい内容」と言われる事があるアルバムです。

実際に聴いてみると、確かに歌詞が飛んでしまったのか、うめき声ともわめき声とも言えぬ奇声を張り上げる後半の歌には、痛々しいものを感じますが、50年代の録音に比べて鋭さに加えて豊かな”箱鳴り”も感じさせるギターの音色、太さを増した声、程よい”間”を活かした暖かみのあるバンド・サウンドなど、全体的にはあの感想すら寄せ付けないほどの緊張感がみなぎっていたコブラ録音に比べ、かなり聴きやすく、楽曲もノリノリとスローとのバランスがとても良く、70年代のモダン・ブルースのアルバムとしては、これはかなり良い作品ではないだろうかとアタシは思いました。

先ほど痛々しいと言ってしまった後半の歌の部分も、これはラッシュの有り余る感情が行き場を失って暴発した結果です。むしろコブラ録音よりも、いかにも人間らしいラッシュの感情表現の生々しさがダイレクトに胸をかきむしって、このアルバムの見事なハイライトとなっております。

ラッシュのアルバムはこれ以後のアルバムに、安定したカッコイイものが多くリリースされておりますが、アタシはやっぱりラッシュといえば、この鬱屈としたエモーションを装飾ナシでありのまま叩き付けたこのアルバムにトドメを刺すんじゃないかと思っております。









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posted by サウンズパル at 17:49| Comment(0) | ブルース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする