2015年07月31日

ジョン・コルトレーン ソウルトレーン

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ジョン・コルトレーン ソウルトレーン

(PRESTIGE/ユニバーサル)

「初期コルトレーンの代表作」

「ジャズ好きならば何はなくとも、まずはともかく」

とか、色々と言われておりますジョン・コルトレーンの初期PRESTIGE時代の名刺代わりの一枚、と言ってもいいし、わがサウンズパルでも、お店に来る「コルトレーン聴きたいんですけど、一番わかりやすくてカッコイイアルバムって何ですか?」というお客さんの問いにもことごとく応えてきた歴戦の勇士であります(アタシの中で)。

正直アタシもコルトレーン好きになって、でも、とっかかりは後期のディープ極まりないものだったので、正直最初は初期PRESTIGE盤はナメてたんですよね。

でも、最初に聴いた「ラッシュ・ライフ」が凄かった。

何が凄いって、曲とか演奏テクとか、そんな小賢しいアレじゃなくて、冒頭の「ふわぁぁあ〜」っていう音一発。あぁ、サックスの音だけでこんなにも感情にグッと来る音出せるコルトレーン、やっぱかっけぇ、ナメたらやべー、と思ったんですな。

で「ソウルトレーン」。

アタシが初めて購入したのが確か1999年ですから「コルトレーン者見習い」になってはや2年が経ってました。

結構天邪鬼な性質ですので、みんながみんな「いいよ」「アレは持ってないと」てヤツはシカトして

「いや、やっぱり初期コルトレーンは”ラッシュ・ライフ”だぜ」

「”ダカール”の2バリトン相手にバリバリ応戦してるコルトレーンこそ漢!」

とか、まぁ偏った方向にばっか行って「ソウルトレーン」ナメてたんですな。

で、我が家のコルトレーンのCDとレコードが、総数で十何枚かになった時に、じゃあソウルトレーンでも買ってやろうか

と。

この後の展開、予想できますよね(笑)まぁ、ナメておったんです。

家でCDを開封して、プレーヤーにポン。おもむろに再生ボタンを押して流れてくるのは、結構小粋なミディアムテンポの「グッド・ベイト」

へー、意外だね、コルトレーンもこんなポップな曲やるんだー

とか、寝っ転がってタバコ吹かしながら聴いてました

まぁ、ナメてたんです(笑)。


コロコロと、軽快にピアノを転がすレッド・ガーランド、伸びのあるふくよかな低音で唄うようにベースを奏でるポール・チェンバース、安定の4ビートといえばこの人のアート・テイラーという「カッコ良くスウィングするらなばこのメンツ」なバックもゴキゲン、うん、ゴキゲン♪

と、思っていたら、コルトレーン、ソロに突入した途端にいきなりトップギアで疾走します、うはぁ、コレ”シーツ・オブ・サウンド!!”しかもー、こんなくつろいだ曲で飛ばし過ぎてるけど、何これ、演奏全体のバランス、ぜんっぜん崩れてない。

すいません「ソウルトレーン」ナメてました。。。

このアルバムがレコーディングされたのは、1958年。

58年という言葉を聞けば、このブログの読者さんなら、もう”ピン”とくるでしょう。そう、コルトレーンがマイルス、セロニアス・モンクという両雄のもとで修業をし、その個性を開花させて、一際異彩を放ち出したちょうどその時期。

この頃のコルトレーンには、迷いもためらいもありません。

もしかしたら、曲がどうとかそういうことすらも、コルトレーンにはもはやこの時点でどうでも良かったのかも知れません。

続くバラードの「アイ・ウォント・トゥ・トーク・アバウト・ユー」この曲も後にコルトレーンがお気に入りのバラードとして何度も再演されてますが、研ぎ澄まされた音&ノン・ヴィブラートで一気に吹ききる「コルトレーン流バラード」とでも言いますか、その最初の完成形が既に完璧に近い形で仕上がっております。

えっと、バラードという意味では「アイ・ウォント〜」の陰に隠れてはいるけど、4曲目の「テーマ・フォー・アーニー」も、これは彼がリスペクトしてやまないレスター・ヤングとジョニー・ホッジスの(2人ともスウィング時代のサックスのすげぇ人です)影響を、見事に消化してモダンに開花させた名演ですぜぇ。

そしてそしてこのアルバムの看板曲、いや、この演奏をしてこの作品を「名刺代わりの代表作」にしましたるのがラスト「ロシアの子守唄」。

もうね、これですよ。

あちこちで「ロシアの子守唄が名演」「ロシアの子守唄凄い!」と言われていますけど、「えぇ〜、そんなに凄いんかい、言うてもアレやろ、どうせ・・・・・・・・ほんまや」の急速調、トップギアぶっちぎりで暴れまくるコルトレーンがもう速い速い!あと、バド・パウエルの生霊が憑依(笑)して珍しく激しくブロック・コードゴンゴン、早弾きソロびゅんびゅんのレッド・ガーランドの凄み溢れる狂演にもふっとばされます。

「ジャズ 速い曲」

で、グーグル検索するよりまずは聴いてみるとよろしい。この体感速度、コルトレーン作中最速、いや、50年代ジャズの中でもぶっちぎりの「速さ」を体現させてくれますんでやっぱりナメたらいかんです。





【パーソネル】
ジョン・コルトレーン(ts)
レッド・ガーランド(p)
ポール・チェンバース(b)
アート・テイラー(ds)

【収録曲】
1.グッド・ベイト
2.アイ・ウォント・トゥ・トーク・アバウト・ユー
3.ユー・セイ・ユー・ケア
4.テーマ・フォー・アーニー
5.ロシアの子守唄

初期PRESTIGE時代のコルトレーンは、他の色んなホーン奏者と熱気ほとばしるセッション聴かせる作品も多くて、それはそれで楽しめるんですが、ワン・ホーンでコルトレーンの凄さに集中して聴き入りたい人には、コレは文句ナシでオススメです。

あと、もうひとつ重要なのが

・速い曲

・ミディアム・テンポの心地良い曲

・渋いバラード

の配分が絶妙で、トータルな作品としての完成度が、他のPRESTIGE盤と比べてもやっぱり抜きん出ておりますね、というところ。

そ「名盤!」と構える必要はありません。いつでもどこでも誰が聴いても「うん、かっこいいジャズだよね」となれる一枚です。でも、ナメたらいけんですよ〜♪







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2015年07月30日

ヴィレッジ・ヴァンガード・アゲインのジャケにて珍事発生しているの件

雲さんとこの「カフェ・モンマルトル」でアツいレビューを書かせてもらいましたコルトレーンの「ライヴ・アット・ザ・ヴィレッジ・ヴァンガード・アゲイン」

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おいおいこのブログでもレビューをガッツリ書こうと思いますが、コレはコルトレーンのアルバムの中でも超硬派、そして過激度で言っても指折りであると思うのですが、実はジャケットがとても微笑ましい。


「ヴィレッジ・ヴァンガードの前でメンバーが並んで写ってるだけじゃん」

と、お思いの方もおるでしょう。はい、アタシもそう思ってました。

このアルバムは、コルトレーンのバンドに、アリス・コルトレーン、ラシッド・アリという新メンバーが加わって初めてリリースされた作品です。

なのでジャケットは、新メンバーの「お披露目」的な意味もあってこうなったんでしょうというのは想像に難しくありません。


ジャケット、よーく見て下さいね。

コルトレーンの隣には奥さんのアリス。

その視線は、やや緊張しつつ、夫コルトレーンをしっかり見据えています。

「コルトレーンを完全に信頼し、いつも静かに甲斐甲斐しく彼を支えていた」


と云われるアリスの人柄がにじみ出ています。


そんなアリスの右隣にはジミー・ギャリソン。

フォーマルにビシッと決めたメンバーの中で唯一カジュアルないでたちで目立つんですが、彼はこの時何をしていたかというと


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アリスと仲良く手ェ繋いでる!!


いや、ちょっと、あの、コルトレーンの奥さん。。。(笑)





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2015年07月28日

コルトレーン(PRESTIGE)

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ジョン・コルトレーン Coltrane
(PRESTIGE)

コルトレーンを長年聴いていると、60年代以降の音源が若い頃のように思えて、1950年代初頭の、まだいわゆる「モダン・ジャズ」やってた頃の音源がベテランになってからの成熟した演奏に思える時があります。

もちろん50年代中頃までのコルトレーンは、まだ演奏そのものがどこかたどたどしく、テクニカルな煌きで「うおお!」と唸らせるタイプではない。でも私、コルトレーンのデビュー時の演奏って決して「下手だった」とはどうしても思えないんです。

コルトレーンが「練習の鬼」だったことはよく知られています。

例えば誰かの家でパーティーをやっている時、コルトレーンがサックス持って一人で別の部屋へ行き、黙々とスケール練習をしていた。とかいう話は有名ですが、恐らくサックスはじめた若い頃からとにかく練習に励み、モダン・ジャズの基になる基本的なテクニックや、チャーリー・パーカー、ジョニー・ホッジス、レスター・ヤング、コールマン・ホーキンス、デクスター・ゴードンといった、彼が影響を受けたサックスの先駆者達の演奏は、ほとんどレコードで何度も何度も聴いて、または実際に生演奏を観に行って、その技法的な部分は大体モノにしていたと思うのですが、向学心旺盛な若き日のコルトレーンは、それに一切満足せず、もっとストイックに”自分だけのサウンド”を追い求めていたんじゃなかろうかと、コルトレーンのどの音盤を聴いても、切実に感じます。

さて、今日ご紹介する「コルトレーン」は、タイトルズバリのジョン・コルトレーン30歳の時にレコーディングされた、堂々のデビュー・アルバム(実質的な初リーダー作)です。

録音は1957年5月。この頃既にマイルス・バンドで多くの”場数”を踏み、モンクのバンドで”修業中”だったコルトレーンの実力はこの頃もう既に多くの人が知る所であり、その吹きっぷりも堂々とした貫禄に溢れたものであります。そう、ここで聴けるのは見事に成熟したコルトレー流モダン・ジャズの、渋く黒光りする結晶そのものでありましょう。

辺拍子にぶっ飛ぶ1曲目「バカイ」は、イントロこそ奇抜でありますが、テーマが終わって各々のソロ・パートに入ると実に小粋!

コルトレーンのエッジの効いたソリッドな音色は、もちろんこの時代の他のテナーマンにはない個性であり、プレイ全体から自然と涌き出るブルース・フィーリングは、聴く人の心にそれとなく哀愁をバラ撒いてくれます。

個人的に、コルトレーンの「モダン・ジャズ風味をやや残しながらのサムシング・ニュー」なテナーと、そこはかとなく”どこか変”(もちろん褒め言葉です)のバリトン吹き、サヒブ・シハブとのガチな中低音のソロ合戦が楽しい「Straight Street」なんか、もー大好きなんですが、やっぱりコルトレーン者としてはバラード屈指の名演である「Violets for Your Furs」(邦題「コートにすみれを」)に触れない訳にはいきますまい。

甘ったるさやエロさを廃して、辛口にちょいと哀感をまぜて紡がれてゆく美しい旋律、無限に涌き出る切ない切ない唄心は、やっぱり「コルトレーンの原点」として、いつ聴いても新鮮な切なさに浸れます。





【パーソネル】
(@〜B)
ジョン・コルトレーン(ts)
ジョニー・スプローン(tp,@C〜E)
サヒブ・シハブ(bs,@CE)
レッド・ガーランド(p,@〜B)
マル・ウォルドロン(p,C〜E)
ポール・チェンバース(b)
アル・ヒース(ds)

【収録曲】
1.Bakai
2.Violets for Your Furs
3.Time Was
4.Straight Street
5.While My Lady Sleeps
6.Chronic Blues


全体的に「ジャズとして完成度の高いセッション」であり、また、噛めば噛むほど味わいの出てくるアルバムです。

アタシもこのアルバムとは、もうかれこれ15年以上の付き合いになりますが、60年代の深さ激しさのレッドゾーンぶっちぎった演奏を聴き狂った後にコレを聴くと、ホッとすると共に「あぁ、コルトレーン、やっぱりこの頃からコルトレーンだわ、唄心、この頃からブレてないよ・・・」と感慨にふけっていつも遠い目になるのです。

サイドマンとしては怪人サヒブ・シハブのバリトンが、たまらんツボをずっと刺激しますが(笑)、「小粋なレッド・ガーランド」と「重厚でダークなマル・ウォルドロン」という2人の正反対の個性を持つピアニストの演奏にもぜひ耳を傾けて頂きたいと思います。





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2015年07月27日

ジョン・コルトレーン One Down One Up: Live at the Half Note

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John Coltrane One Down One Up: Live at the Half Note

(Impulse!)



はい、今日もコルトレーン、2枚組のライヴ・アルバムを暑苦しく紹介します(笑)

録音データは1965年3月26日(disc-1)と5月7日(disc-2)


発売されたのは何と2005年

「何か、オヤジのテープ整理してたらこんなの出てきた」

と息子のラヴィ・コルトレーンがポンと世に出したものであるんですが、ラヴィ君アンタ何てことしてくれたの、コレ、質量共に本気で素晴らしいですよ。。。


アタシは「ハーフ・ノートでのライヴ」って聞いただけでソッコー買いました。

コルトレーンも大好きなんですが「ハーフ・ノート」っていうクラブ、凄い好きなんです。

下の写真見てくださいな

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これが「ハーフ・ノート」です。

写真で解るかなぁ…?コルトレーン達が立っているステージは、カウンターにコンパネ敷いた即席ステージみたいなとこで、一言で言えば「すっごく狭い」んですよ。


このお店、元々ただの飲み屋だったんだけど、店の大将がジャズ好きで「ライヴ観たいなぁ〜…。ええ〜い、カウンター潰してステージにしちゃえ!狭いけどカンケーねぇ、コレでジャズ聴けるんじゃい!!文句言うなバカっ!!」と、思い切ってライヴハウスにしちゃったという男気なお店です。

しつこいようですが、ステージすっごい狭いんです。

写真で見てもコルトレーンとエルヴィンのドラムとの距離なんかほんの数十cmです。

ドラムの脇にベーシストが立てばステージはキュウキュウ、ピアノどこにあるんだよ〜?て思ったら、何とドラムセットの真後ろの、背中当たるか当たらんかの位置にアップライト・ピアノが置いてあって、マッコイはそれを弾いてたんだとか…。

しかし、大将の男気がジャズマンにも伝染するのか、演奏する側にとっては物理的にヒジョーにやりづらいはずの「ハーフ・ノート」のことを「イイ店だった、最高の演奏をさせてくれたよ。」と、嬉々として語る往年のジャズマンは凄く多くて、ライヴ名演も数多く生まれてる(「ハーフ・ノートのウィントン・ケリーとウェス・モンゴメリー」なんか有名ですが、あの現場が“ここ”ですよ、うはっ)。

この音源自体は、ラジオ番組のためのものだったようで、ナレーションが演奏にかぶさってたり、時間の都合で演奏がフェイド・アウトしたりしてますが、それを考慮しても、絶頂を迎えていたコルトレーン・クァルテットの最高にアツい演奏が、最高にアツい現場で見事に録音されたものであると言えます。言えるったら言えるんです。

ライヴ盤に入ってたら間違いなく“アタリ”の「マイ・フェイヴァリット・シングス」と「アフロ・ブルー」がまずイイ。特に「アフロ・ブルー」は「ライヴ・アット・バードランド」でのバージョンよりもコルトレーンのテンションが高くて、ソプラノ吹きまくってます。

「マイ・フェイヴァリット・シングス」も、やっぱり“馴れ”というんでしょうか、イントロの一音からもうゾクゾクしてしょうがないのに、このテンションで20分以上もヤラレたらもうたまりません。

時間の都合でカットされてますが、このクォリティとこのカッコ良さなら、延々1時間ぶっ続けられても退屈しません、はい。

「何か暗くて重たい曲」だった「ソング・オブ・プレイズ」も、沈鬱なのは冒頭だけ、アドリブおっぱじまったら勢いが付いて走り出します。

これは“場”が生んだちょっとした奇跡みたいなもんでしょう、ホンッとにしつこいですが、演奏者同士のあり得ん距離ですもん、アツくなろうも。

いや〜、ここまで書いて、何か汗びっしょりになってしまいましたが(マジ)、このライヴの最高の山場、究極の一曲はディスク1の「ワン・ダウン・ワン・アップ」です。

シンプルなリフから一気にアドリブに突入して、コルトレーン吹きまくりーの、マッコイ鍵盤乱打しーの、ギャリソン汗かきまくりーの、エルヴィン叩きまくりーの、ほんの2、3分で、何の曲聴いてるんだか判んなくなるぐらい燃え盛るアドリブ、ガチンコの熱演に放心してしまいます。

10分ぐらいからマッコイがいつの間にか抜けて、12分ぐらいにギャリソンもフェイドアウトして、トレーンとエルヴィンのタイマンになるんですが、これ、このバンドの「良いパターン」です。

そっから約10分、トレーンとエルヴィン二人だけで、凄まじい展開になります。フツー音数減ったら、演奏はしっとりする方向に向かうはずなんですが、この二人の場合はまったく逆で、ますます手が付けられんごと盛り上がって上がって上がりつけるという…。



【パーソネル】
ジョン・コルトレーン(ts,ss)
マッコイ・タイナー(p)
ジミー・ギャリソン(b)
エルヴィン・ジョーンズ(ds)

アラン・グラント(アナウンスメンツ)

【収録曲】
(disc-1)
1.イントロダクションズ&アナウンスメンツ
2.ワン・ダウン・ワン・アップ
3.アナウンスメンツ
4.アフロ・ブルー
(disc-2)
1.イントロダクションズ&アナウンスメンツ
2.ソング・オブ・プレイズ
3.アナウンスメンツ
4.マイ・フェイヴァリット・シングス

コルトレーン、マッコイ、ギャリソン、エルヴィンの「黄金のクァルテット」の、コレは本当に到達点でありましょう。

極まり果てたその先はどうなるのか…?その結果は「ライヴ・イン・シアトル」で聴けるような深淵なるカオスになるんですが、そんな“結果”を知ってなおハラハラします。

それにしても1965年のコルトレーンは、何回ステージに立って、何回スタジオに入ったんだろう?ホントに凄いエネルギーが、彼の“最期の2年”に渦巻いてたんだと思うと、ちょっと凄すぎて気が遠くなります。。。



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2015年07月26日

セロニアス・モンク・ウィズ・ジョン・コルトレーン at Carnegie Hall

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Thelonious Monk Quartet with John Coltrane at Carnegie Hall
(BLUENOTE)

「今年の大コルトレーン祭は何をピックアップしようかな」と思いながら、あれこれとCDやレコードを物色しているうちに、1957年〜58年の「モンクとコルトレーン」が大ヒットしました。えぇ、もちろんアタシの中で(汗)

アタシは「コルトレーン者」として、マイルスのバンドで”イイ味出してたコルトレーン”も、アトランティックで”シーツ・オブ・サウンド”をイケイケのバリバリで吹いてたモーダルなコルトレーンも、エルヴィン、マッコイ、ギャリソンと「黄金のカルテット」を結成して「コルトレーンのジャズ」としか言いようのないディープな世界に突入したコルトレーンも、更に晩年にフリー化(と、世間一般では言われてますがアタシは「深化」だと思っとります)した、ディープ極まりないコルトレーンも全部好きです。

もちろん一番最初に「コルトレーン!ヤバい!パンク!!」と思わせてくれたのは晩年の音源ですが、そんなアタシに「中期以前の、モダン・ジャズなコルトレーン」のカッコ良さを教えてくれたのがセロニアス・モンクとの共演盤「セロニアス・モンク・ウィズ・ジョン・コルトレーン」でした。

モンクのピアノの一打から放たれるカッチョイイ不協和音、そして「うっはー、そうきてこうくるかー!」と新鮮な驚きと快感だらけの曲構成やアドリブ展開、でもそれはデタラメのめちゃくちゃじゃなく、ちゃんと「スウィングのツボ」を心得ているそれだなぁと、フリー・ジャズしか知らない小僧の耳にも

「うん、コレはゴキゲンなジャズ」と、理屈抜きで知らしめてくれるものでありました。

そんなモンクと、大好きなコルトレーン。

この組み合わせが悪かろうはずがございません。

「セロニアス・モンク・ウィズ・ジョン・コルトレーン」を、それこそアドリブまで鼻歌で歌えるぐらいになるまで聴き込み(こん時にエリック・ドルフィーと出会って、コレがアタシを”ジャズ好き”にする決定打だったんですが、それはまた別の機会に)、コルトレーンが部分的に参加している「モンクス・ミュージック」ほんのちょびっと参加している「セロニアス・ヒムセルフ」も即買いして

「ううぅ、モンクとコルトレーンの共演盤がもっと聴きたいぞ」と思った時に「ファイヴ・スポットのライヴ盤」を、あれは確か志木の新星堂で見付け、「アツい!すげぇ!」と興奮し・・・いやぁ話せばキリがないですが、そんな具合に「モンクとコルトレーン」を聴き込んでゆくうちに、アタシの中でもモダン・ジャズにイイネ!と思える感受性が育ったんでしょう、初期PRESTIGEでの数々のアルバムも、買ってしばらく放置していたマイルスのアルバムも「素敵!」と思えるようになりました。

でー、それからおよそ7,8年、ブルースやサイケ、フォーク、トラッド、世界の民族音楽などなど、様々な音楽を片っ端から聴きまくりながら「モダン・ジャズ集め」をやっておった2005年のある日「コルトレーンとモンクの凄い未発表ライヴが出るらしい」という情報を見つけ、東芝EMIのカタログにてリリースが公式になるやソッコーで予約を入れたのが本日ご紹介する「ライヴ・アット・カーネギー・ホール1957」であります。




【パーソネル】
セロニアス・モンク(p)
ジョン・コルトレーン(ts)
アーマッド・アブダル・マリク(b)
シャドウ・ウィルソン(ds)

【収録曲】
1.Monk's Mood
2.Evidence
3.Crepescule With Nellie
4.Nutty
5.Epistrophy
6.Bye-Ya
7.Sweet And Lovery
8.Blue Monk
9.Epistrophy(Reprise)

カーネギー・ホールといえば、アメリカで最高の「音楽の殿堂」そこに出演したコルトレーン入りのモンク・カルテット。これはもう悪かろうはずがありません。

いや、でもライヴだし、音質悪かったらどうしよう・・・とか、クラブじゃなくてホールだからなー、テンションそれなりだったら・・・でもまぁ未発表だもんね、モンクとコルトレーンだもんね、と、聴く前は正直あれこれ不安もありましたが、はい、発売日にCDを手にしてプレーヤーに放り込んでスタートボタンを押してスピーカーから音が流れてきたその瞬間(!)

不安はものの見事に、木っ端微塵に粉砕されました。

何これ!!

音!凄くイイ!!

しかもー

演奏最高バリバリ!!


ここに収録されているのは、徹底して深く、哲学的な「静と動」。

つまり「モンクのいいとこ全部」だと思います。

ピーンと張り詰めた緊張感の中に、不思議な安息感が漂うオープニングの@から、カーネギー・ホールは完全に「モンクの異空間庭園」です。

そしてやっぱりテーマに寄り添って「ふぅうわぁ〜・・・」と入ってくるコルトレーンのテナー、澄み切ってますね。

で、やっぱり「エヴィデンス」「エピストロフィー」等の飛ばすナンバーでのコルトレーンのノリノリな吹きっぷり、冴えております。極めつけは後半での”シーツ・オブ・サウンド”のキマリっぷり。どの演奏も「この時期のコルトレーンの完成形」でありますが、途中からテンポが速くなり、モンクが「オマエが主役」とばかりにスッと引く、それに応えてコルトレーンが吹きまくる「スウィート・アンド・ラブリー」コレがもう最高です。


印象としては、スタジオ盤「セロニアス・モンク・ウィズ・ジョン・コルトレーン」の絶妙な”間合いの美学”のカッコ良さが、ライヴならではの臨場感で楽しめる作品、とでも言いましょうか。

サウンズパルに来てた往年のジャズファンであるお客さんも「いや、こんな凄い音源が出てくるもんだねェ、長生きしてよかった〜」と、店内で試聴しながらしみじみと仰ってました。これは看板に偽りナシの歴史的発掘音源です。いやホント(ガッツポーズ)!




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2015年07月25日

セロニアス・モンク・ウィズ・ジョン・コルトレーン

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THELONIOUS MONK With.JOHN COLTRANE
(Prestige/OJC)

「モンクとコルトレーン」が一緒に過ごした期間は、実質1年ぐらいの短いものでありましたが、その”たった1年”が、コルトレーンに与えた変化、そしてその後のジャズに与えた影響というものがもうとんでもない質量だったんだなぁと「モンクとコルトレーン」の競演諸作品を聴いてしみじみ思うわけです。

この2人の、超個性と超個性は、ライヴ名盤ではそれこそガチンコにぶつかり合って、激しく火花を散らすカタルシスに、死ぬほど誘ってくれるんですが、一方のスタジオでは、コレが互いのクセやアクの強さが、優しく寄り添って、美しいハーモニーになっている気がいたします。

そう、世間一般では「強烈な個性」と言われているモンクとコルトレーン。

でもね、彼らの個性は決して聴き手を遠ざけるような刺々しいものではなくて、特にモンクは本質的に音楽を、その中にあるリズムや”音”そのもので、子供みたいに無邪気に楽しむ人であったんです。

モンクもコルトレーンも、何がカッコイイかっていうと、音楽に対するその純粋な想いが演奏に溢れてるところなんですよ。これはもう長年ずっとモンクもコルトレーンを聴いてるけど、一度も「もう飽きた」と思ったことがないアタシの心が証明しています。そう、飽きない!

特にモンクは、レコードやCDを何度も何度も聴いて「この次のアドリブでこう来る」と知っても、”キた瞬間”に「かっけー!!」となる。絶対なるんです。ホント不思議。

で、今回ご紹介する「セロニアス・モンク・ウィズ・ジョン・コルトレーン」。

これはですね、「モンクとコルトレーンのまとまった競演が1枚で聴ける」という、ファンにしてみれば大変に有り難い作品です。

内容は、コルトレーンのワン・ホーンをフィーチャーした曲が全6曲中3曲、コールマン・ホーキンスやジジ・グライスがサックスで、レイ・コープランドのトランペットが加わった4管ブリブリ編成の曲が2曲、そしてラスト・ナンバーはモンクのソロ・ピアノで、楽曲はどれもモンクが何度も何度も再レコーディングを繰り返してるほどの代表曲オン・パレード、そしてアルバム構成も大変に素晴らしいものであります。

今でこそ「ファイヴ・スポット」や「カーネギー・ホール」での”モンク&コルトレーン”のアツいライヴ名盤が発掘されて、このその内容の余りの素晴らしさに、ついつい本作の存在感は薄くなりがちになっている昨今ですが、このスタジオ録音ならではの綿密さ、コルトレーンがモンクとのやりとりのうちに編み出した「シーツ・オブ・サウンド」を武器に、師匠の”モンク語”ともいえる独特の和声や展開に、真摯に向き合って、じっくりと思考を凝らしながら、時にアツく、時に緩やかに”対話”を完成へと導いていっているのが分かります。





【パーソネル】
(@AC)
セロニアス・モンク(p)
ジョン・コルトレーン(ts)
ウィルバー・ウェア(b)
シャドウ・ウィルソン(ds)
(BD)
セロニアス・モンク(p)
レイ・コープランド(tp)
コールマン・ホーキンス(ts)
ジョン・コルトレーン(ts)
ジジ・グライス(as)
ウィルバー・ウェア(b)
アート・ブレイキー(ds)
(E)
セロニアス・モンク(p)

【収録曲】
1.Ruby,My Dear
2.Trinkle,Tinkle
3.Off Minor
4.Nutty
5.Epstrophy
6.Functional


特にアタシがカッコイイなぁと思うのは、1曲目の「ルビー・マイ・ディア」。

これはモンク独特の、異空間系(?)ともいえる不思議なバラードですが、とても丁寧に、そして優しく優しくテーマを吹くコルトレーンの音色の美しさが、モンクの”間”と、すごく高い次元で溶け合っていて、いつもジーンと来てしまいます。

大編成での「わけわかんねーけどすげぇなオイ」な感じも、このアルバムの聴きどころです。特に「エピストロフィー」でのアート・ブレイキーの煽りまくるドラムに触発されての、管楽器隊のソロ。コチラは”アツい”という意味で鳥肌ものです。

モンクとしては「アーティストとして一番成熟した時期」の凄さを、コルトレーンは「成長して脱皮した充実期」を見事歴史に刻んだ、これもまた名盤と言っていいでしょう。


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2015年07月24日

コルトレーン者のバイブル

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1983年発行「ジャズ批評 」No.46


これはですね、アタシが東京に居た時、仕事帰りに立ち寄ったいつもの古本屋で
「お、コルトレーン特集だ、買っとこ♪」

ぐらいの軽い気持ちで買ったんですが、この本こそが私にコルトレーンの素晴らしさ、音だけ聴いただけじゃ分からなかった「人としてのカッコ良さ」を教えてくれました。


来日ツアーの話、コルトレーンが好きで好きで、自費で追っかけた新井和雄さんのレポート、涙なしでは読めません。


ツアーに同行しているうちに、すっかりコルトレーンやメンバーと馴染みになって「カズオ、カズオ」と、家族みたいになっていった新井さん。


ある日「コルトレーン・ツアー貯金」が底を尽きかけてしまい、いつも一緒に朝食を摂るはずの新井さんがいないことにすぐさま気付いたコルトレーンが「カズオはどうした?」と訊き、スタッフが「実は彼はお金が…」と言うと

「それならカズオの分は私が持つ、心配するなとカズオに言ってくれ」

と迷わず言って即実行したコルトレーン。



もうね、コレ読んで何度泣きましたことか。。。


もし、古本とかで見付けたら、ぜひ購入して下さい。




あと、コルトレーン特集とは別記事ですが「ソニー・スティット、最期の日本ツアー」これも泣けます。


コルトレーンもスティットも、新井和雄さんも、みんな命懸けでジャズ愛してたんだなぁ…。
posted by サウンズパル at 23:29| Comment(0) | つぶやき、小ネタ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年07月23日

セロニアス・モンク&ジョン・コルトレーン Complete Live At The Five Spot1958

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Thelonious Monk〜John Coltrane Complete Live At The Five Spot1958

(GAMBIT)

コルトレーンが麻薬問題でマイルス・バンドをクビになったことは前回「アヴァンギャルド」のところで書きました。

その時「マイルスにボコられた」と、書きましたが、それはまぁ都市伝説みたいなもので、実際殴ったかどうかは本人達のみぞ知るところでありましょうが、とにかくマイルスはドラッグの副作用で演奏中にウトウトしたり、ミスを連発するコルトレーンには、当時相当アタマに来ていたようでありますので、殴りはしないまでもキツいことはやっていたであろうことは想像に難しくありません。

とにかくミュージシャンとしても人間としても、1957年当時のコルトレーンは全然”ダメ”でした。

レコードに残された演奏を聴く限りそんなことは全くないように思えますが、とにかくダメダメだったようです。そりゃあ真面目に演奏してる最中に眠りこけてたら、あのマイルスじゃなくても怒りますわ。という具合で、マイルスとの仲は相当にギクシャクしてて、周囲もかなりピリピリしていたそうです。

そんな状況を見てて「あぁ、あのコ、いいの持っとるのに勿体ないのー」と、思っていたのがセロニアス・モンクです。

この人は「自分のレギュラー・バンドは、ピアノの自分とテナー吹きと、ベースとドラムだ。あとはいらん」というこだわりを強く持っていた人で、特にテナーに関しては「フツーのヤツじゃダメね」と、テクでも人気でもなく、自分の難しいアプローチにも着いてこれる鋭く若い感性の人じゃないと、たとえ一夜のギグでも雇わないという徹底したものでした。

モンクがまだ”マイルスのバンドで何かいい味を出している若造(つっても遅咲きの人なので既に30ぐらいでしたが)のトレーンの何にピンと来たかはわかりません。

しかしともかく失意の中をモンクのバンドに誘われたことがきっかけで、想像を絶する禁断症状との苦闘の末にようやくドラッグの悪癖から立ち直り、モンクと師弟関係を築くことによって、音楽的にも急速な進化を遂げることになります。

コルトレーンが幸運だったことは、マイルスやモンクといった、彼と深く関わった音楽の先輩達が、単なる理論屋やアイディアマンではなく、共演者の感性の部分を、とても重要視して向かい合った人達だったということでしょう。

特にモンクの音楽というのは、独特の“間”や“ずらし”の美学があり、これは共演者、特にソロイストであるサックスやトランペット吹きにとっては、どういうタイミングで、どんな展開で吹けばいいのか、物凄く悩ませる。

恐らくモンクは、朝からサックス持って家に押し掛け、あれやこれやと質問してくるコルトレーンに、音楽理論のことや、アプローチのヒントになるようなことは、時間をかけて丁寧に教えたと思います。

でも「で、アンタと一緒に演奏する時は、オレどう吹けばいいの?」という究極の問いには一切答えなかったろうと思うんです。


「君ならできる、私は知っている」

(極端に口数の少ないセロニアス・モンクの口癖は「ノウ」でした。インタビューでも全部「ノウ」と答えるので、インタビュアーは「No」と拒否られてると思ったとかいう伝説もあります。ちょい余談)



とか何とか、想像ですがモンクならきっとこう言うでしょう。いや、言ったに違いない(笑)。

なぜならばモンクと共演してからのコルトレーンは、「空間を埋め尽くす音」という意味の“シーツ・オブ・サウンド“というスタイルを完成させています。

これは、ただ単に野放図に吹き散らかすんではなく「モンクの世界」という究極の“間”を意識して、考えに考え抜いた上で修得した技であります。

そろそろ話を本題に移しましょう。

そう、モンク&コルトレーン“ファイヴ・スポットの伝説”のライヴの話が、今回の本題です。


コルトレーン自身が

「一番衝撃だったのはモンクと演奏してた頃だネ、あれは確か57年だったと思うんだけど、5スポットでやってたテープを奥さんが録音してたんだ。ソイツを事ある毎にずっと聴いてるよ。あんなにスリリングなものはない」

と、認めていたけれど、長いこと「伝説」「幻」と言われていたセッションの蔵出し音源がコレです。



実は“コルトレーンがおった頃のモンク・バンド”の音源は、1957年録音のスタジオ盤「セロニアス・モンク・ウィズ・ジョン・コルトレーン」(6曲中3曲)、「モンクス・ミュージック」(コルトレーンのソロが聴けるのは6曲中2曲)、「セロニアス・ヒムセルフ」(モンクのソロ・ピアノ作。オマケの1曲でのみ参加、演奏はテーマの伴奏だけでソロは吹いてません)と、結構散発的に残されています。

これに加えて93年に本ライヴが東芝EMIから鳴り物入りで発売され、更に2005年に「ライヴ・アット カーネギー・ホール」という、2つ目の大発掘盤が出ているんですが、「カーネギー・ホール」については今度にしましょうね、ただでさえまとまっとらん話がますます収拾のつかんごとなりますから(笑)。

内容についてですが、これはもうこれまで私がぐだぐだ書いてあるように「モンクと出会ってからのコルトレーンがどんだけ凄くなったか」ということが、もう一目瞭然、いや、一聴瞭然です。


コルトレーンのっけから飛ばしまくる!一言であえて言うならばこれは「スリル」でしょう。

コルトレーンが隙間なく吹きまくるソロというものは、1つの瞬間的なカッコ良さとか、いわゆる“ノッてる“とかそんな生易しいもんじゃなく、バンドの音全部、果ては会場の全熱気まで取り込んで吐いている。

それでもってモンクの世界観を傷付けていない。

モンクはモンクで、コルトレーンを自分の世界の中で上手に泳がせて、緊張と緩和を自在にコントロールしてミステリアスなムードと高揚感を際立たせる演奏を展開しております。

コルトレーンのソロが佳境に入って熱狂がヒートアップした時に、モンクがピアノを弾くのを「ピタッ」と止めるんですね。

で、ベースとドラムだけをバックに更に吹きまくるんですが、こぉれがもう最高です。

「どこまで行くんだよ!?」というリスナーの無意識の問いかけに「行けるとこまでじゃい!!」と、無意識で応えるコルトレーンの汗だくの姿が眼前に立ち現れます。

長年聴いてると、ロイ・ヘインズのカンカンに張ったスネアの音が、モンク、コルトレーンの”凄み”を良い感じに増幅させてます。

ロイ・ヘインズとコルトレーンといえば、1963年ニューポートでの”マイ・フェイヴァリット・シングス”という大ホームランな名演がありますが、確かにコルトレーンとの相性はすこぶる良いですね、ワクワクしますね♪






【パーソネル】
Thelonious Monk(p)
John Coltrabe(ts)
Ahmed Abdul-Malik(b)
Roy Haynes(ds)@〜D
Shadow Wilson(ds)※多分EF

【収録曲】
1.Crepuscule With Nellie
2.Trinkle Tinkle
3.In Walked Bud
4.I Mean You
5.Epistrophy
6.Ruby My Dear
7.Nutty


さて、気付いた方はいらっしゃると思いますが、1993年に東芝EMIからリリースされたの「モンク〜コルトレーン、ファイヴ・スポットの伝説」は、実は現在廃盤になっております。

しかし!イギリスのGAMBITレーベルから、「音質向上&未発表追加」という素晴らしいプレゼント付きでリリースされました。

更に、これまで「57年夏」となっていたデータが、その後の調査で「58年9月11日」と、正確な日付に訂正もされています。

ん?「58年11月」って、確かコルトレーンがモンクのバンドから独立して、ソロで快進撃を繰り広げてる時じゃなかったっけ?

資料を見たら「実はこの日たまたまレギュラーメンバーだったジョニー・グリフィンが何らかの事情でファイヴ・スポットのライヴに出演できなくなり、急遽代役としてコルトレーンが参加したのだ」と。

なるほどそうですか、よく分かりました。


ところが、ところがですよ。この再発盤「Complete Live At The Five Spot1958」に追加収録された「ルビー・マイ・ディア」と「ナッティ」、ドラムが明らかにロイ・ヘインズじゃないんです(ヘインズの音がさっきも言ったようにスネアに特徴があるし、アドリブにガンガン斬り込んでくるからすぐに判る)。

としたら、ドラマーは57年当時モンク・バンドのレギュラーだったシャドウ・ウィルソンということになります。


え!?

てことは、コルトレーンが「モンクのバンドにいた時に、ファイヴ・スポットでやった演奏・・・」と言ってたのは、実はこの追加収録の演奏だったんじゃない!?

うわ、てことはもしかして、この「ファイヴ・スポット・セッション」には、実はまだまだ未発表の部分があって、そっちがいつか発見されて(もうされてるかも?)リリースされる可能性って、ものすごくあるんじゃない!!??


ええと、後半はややマニア向けの情報発信になってしまいましたが、「モンクとコルトレーン」の演奏は、本当に素晴らしくて、マニアならずともその”スリル”のとりこになれますよ♪ということ、伝わったでしょうか・・・?

長々と書きましたが「ライヴで、しかもプライベート録音にも関わらず、内容はそんじょのスタジオ盤以上にすげぇから、あるうちに買っておきましょう」ということだけ伝わればいいです、はいィ。。。



”ジョン・コルトレーン”関連記事


『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

サウンズパル店主高良俊礼の個人ブログ
http://ameblo.jp/soundspal/

BASEショップもありますよ(ここでしか買えない商品アリ)http://soundspal.thebase.in/
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2015年07月22日

コルトレーン・ジャズていうかセシル・テイラー

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今日は嬉しいことがありました。

何と、サウンズパル閉店以来初めて


「大コルトレーン祭開催期間中にコルトレーンのCDの注文が来た!」


のであります(嬉)


某所でセシル・テイラーの話に偶然なって

「あの〜、セシル・テイラーだったらおぉもっしろいアルバムが、コルトレーン絡みのでありますけどぉ…」

「なにそれー」


「回りはみんなマトモなジャズやろうってしてるのに、セシル・テイラー一人で狂ってるという…」


「うっそー!素敵ー♪」


(中略)


「…で、セシル・テイラー名義でリリースしたけど全然売れなくてコルトレーンのアルバムにしてしまえというわけでして…」


「おもしろーい!それ注文で♪」


というわけでご注文頂きましたのは、コルトレーンのアルバムなんだけど主役は“全ブッ壊し”のセシル・テイラーさんな「コルトレーン・ジャズ」


「セシル・テイラー大好きっ子」のSさん、ありがとうございます。

posted by サウンズパル at 22:31| Comment(0) | 大コルトレーン祭 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年07月21日

ジョン・コルトレーン&ドン・チェリー アヴァンギャルド


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ジョン・コルトレーン&ドン・チェリー アヴァンギャルド
(Atlantic/ワーナー)

「大コルトレーン祭」アルバム紹介が出遅れてすんませんーーー!!

という訳で、序盤の遅れを取り戻すべく、コルトレーンガンガン紹介して行こうと思います。

今年の一発目は1960年の「アヴァンギャルド」

タイトルがもう何かヤバげで、コルトレーンをこれから聴いてみようと思う人で、コレを一番最初に手に選ぶ人、多分少ないと思います。

でもね、このアルバム、数あるコルトレーンの中でも、ぶっちぎりで「楽しそうに伸び伸び吹いているコルトレーン」を堪能できる作品なんですよねー♪「アヴァンギャルド」うんうん、1960年当時の感覚で言えば、確かに斬新でドンガッてて、どこか独特の”掴めなさ”があった作品かも知れない。

でも、あれからジャズがどんどん進化していって、どころかジャズより全然奇抜でワケわかんない音楽がじゃんじゃん出てきてる今の耳で、いや、純粋に「オレぁジャズにスリル求めてんだよぉ!」と思ってる人ならば、この”ヤバさ”全然イケるしカッコイイと思えるんじゃないかと思いますんで、初心者でも全然OK、じゃんじゃんお聴きなさい。

さて、このアルバムはですね、当時ジャズ・シーンに「前衛(フリー)」という概念をブチ込んだオーネット・コールマンという人の”軍団”と、コルトレーンとの共演盤です。

ピアノレス、つまり「和音でバッキングする楽器がない」オーネットのグループは、それまでのコードやスケールの常識に捕らわれることなく、自由自在にアドリブをどんどんあらぬ方向へ解放していった。

最初は西海岸でプレイしていたオーネットが、50年代末にニューヨークに進出して来た時は、観客より先に、全NY中のジャズマン達が、クラブの最前列を陣取って、オーネット・グループの演奏をかぶりつきで観ていたそうです。

その中には単純に「新しいサウンドを体験して、それを自分の演奏への刺激にしよう」と思ってたミュージシャンもいたかも分かりませんが、「デタラメ野郎の化けの皮剥いでやる!」と思って威圧感ガン飛ばししておった連中もおったでしょう。

とにかく良くも悪くもセンセーショナルを巻き起こして、ニューヨークに出てしょっぱなでシーンを確実に震わしていたオーネットとその仲間たち。

この自由で先鋭的な演奏に触発され、真っ先にシンパシーを表明したのが、誰あろうコルトレーンでありました。

コルトレーンもまだこの当時は、マイルスのバンドから独立したばかり。

ドラッグ問題でマイルスにブン殴られていたのをセロニアス・モンクが「そんなに酷いことされるんなら、どうかね、ウチに来ないか?」と誘ったと云われておりますが、とにかくコルトレーンはマイルスのバンドを卒業して、音楽観や理論的な部分でかなり独自のゆるぎないものを持っていたモンクに、ほとんど師事するような形で音楽を学び「テナーの新しい吹き方」を模索し、夜な夜なのクラブでの演奏でそれを磨き上げ、ようやくその個性を開花させたその時期でありました。

そのひとつの成果が、めまぐるしいコード展開の中で、音符を隙間なく敷き詰める”シーツ・オブ・サウンド”というトレーン独自のスタイルであります。

これによって「マイルスのところにいた、テクはまぁまぁなんだけど、どこかシャープな吹き方の個性的なテナー吹き」から飛躍して「他の誰とも似ない個性」を確立したコルトレーンが、自分のバンドを組む前に、まずは前衛バリバリのイケイケで一気に名を馳せていたオーネット・コールマンのグループに、まぁ「共演」という形での単身での殴り込み。

いやイイ!実にイイ!このシチュエーションだけでもうサイコー胸アツじゃないですか!!

実際のところは、コルトレーンの「オーネットのグループと、まぁ出来れば一度一緒に演奏してみたい」という願いと「レーベル内の注目のグループと売り出したい若手をぶつけてやろう」というアトランティック側の利害が一致しての”コルトレーンと、オーネット抜きのオーネット・バンドとの共演作”という形になったようなんですが、いやもうきっかけなんか何だっていい。コルトレーンもオーネットも好きなアタシにとっちゃあ互いの全く違う個性がアツい火花を散らしてぶつかり合うだけでもうたまらん!なのであります。

実際に聴いてみると、変幻自在のリズムでじわじわ間合いを測りながら奇襲や強襲を仕掛けてくる”オーネット軍団”特にガンガン前に出るトランペットのドン・チェリーと、それを強烈にバックアップするチャーリー・ヘイデン、エド・ブラックウェルのリズム隊の連携がすこぶる快感です。

実際は5曲中3曲で堅実なハード・バッパーであるパーシー・ヒースがベース弾いてるんですが、ヘイデンの変化球とはまた違ったバリバリに緊張感溢れる”4”の刻みも十分にオーネット・カラーで、素晴らしいプレッシャーです。

もちろんバンドはこの軍団お得意のピアノレス。つまり和音奏でる楽器の縛りがないので、オーネットがいなくても余裕の暴れっぷり、ハジケっぷりなのであります。

で、そんな妖術みたいなサウンドに対抗するコルトレーンは、あくまで”シーツ・オブ・サウンド”での直球勝負。

実際は自由すぎるオーネット軍団の繰り出す音には、かなりの戸惑いがあったはずでありましょうが、それを振り切る凄まじい加速と音そのものの威力で、イイ勝負しています。





【パーソネル】
ジョン・コルトレーン(ts,ss)
ドン・チェリー(tp)
チャーリー・ヘイデン(b,@B)
パーシー・ヒース(b,ACD)
エド・ブラックウェル(ds)

【収録曲】
1.Cherryco
2.Focus On Sanity
3.The Blessing
4.The Invisible
5.Bemsha Swing


コルトレーンとドン・チェリー以下”オーネット軍団”の面々、どちらもお互いの手の内、というか表現したい事の全部を理解出来ていて、コンセプトが一致している訳でもない。けれどもそれはそれ、演奏聴いてると「分からないながらも互いをリスペクトし合って和気藹々と燃えているなぁ」と、感動しながらしみじみ思います。

楽曲は5曲中3曲がオーネット、1曲がドン・チェリー作曲。ラスト・ナンバーだけがセロニアス・モンク作の「ベムシャ・スウィング」なんですが、コレでの「お、お前らモンクわかってんじゃん♪」「あったりまえよー、モンクはオレらもリスペクトしてんだぜ♪」な、ゴキゲンな気持ちのやりとりが感じられて、最後まで胸アツです。

ちなみにこのアルバム、コルトレーンが初めてソプラノ・サックスをレコーディングで使った曲が入ってるアルバムでもありますんで、色んな意味でコルトレーンにとっては「転換期であり新たなスタート地点でもある作品」なんですね、アツいですね。



”ジョン・コルトレーン”関連記事


『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

サウンズパル店主高良俊礼の個人ブログ
http://ameblo.jp/soundspal/

BASEショップもありますよ(ここでしか買えない商品アリ)http://soundspal.thebase.in/
posted by サウンズパル at 19:21| Comment(0) | 大コルトレーン祭 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする