2015年08月31日

コルトレーンのバラード

さて、早いもので明日から9月。

2015年の「大コルトレーン祭」は。サウンズパルがseesaaブログに越してきて初でありましたが、皆さんどうだったでしょうか?お楽しみいただけましたでしょうか?

毎年コルトレーンの命日の7月17日から、夏が終わるまでをひとつの区切りとして大好きなコルトレーンの作品を、1枚でも多く、なるべく分かりやすく、コルトレーンを知らない人にも読んで頂けたらとの想いで今年も書かせて頂きました。

正直「あぁあアレも紹介したい!」「しまった、コレを出すの忘れてた!」という気持ちや「あのアルバムはもっとこういう言い方も出来たのになぁ・・・」「この作品はまだまだ言葉に出来ない良さがあるんだよー!」という想いもありましたが、いや、まだまだ、来年も再来年も、アタシの寿命が尽きるまで「大コルトレーン祭」はライフワークとしてやり続けていきたいと思いますので、皆さんどうか来年も、懲りずにお付き合いくださいますよう、伏してお願い申し上げまする。


さてさて「大コルトレーン祭」の最終日の本日でありますが「今日はどのコルトレーンでシメようかなぁ・・・」と思っておりましたが、折からの低血圧で頭がボヘーっとしていて、無意識に掴んだのが「バラード」でした。

やっぱりね、コルトレーンの神髄って「うた」だと思うの。

アタシはコルトレーンなら何でもOKで、それはもう後期のブリバリにフリーなやつから、それこそ超初期の、まだ自己のスタイルを確立していない時代の(50年代マイルス・クインテットとか、ソニー・ロリンズの「テナー・マドネス」で、もう剣もほろろに打ち負かさちゃってるのね)コルトレーンも、どの時期どの演奏も好きなんですが、それは何て言いますかね〜、やっぱりコルトレーンという人がとっても人間臭いからなんだ。

コルトレーンって人は、これはツイッターである方と盛り上がったんですが「一言でいえば「カッコよくない」

普通は「カッコよくない」っていう言葉は、相手をsageる言葉なんだろうけど、それはちょっと違う意味で、あのね、コルトレーンって人は「格好付けない人」だったと思うんですよ。

ジャズなんて今では何か高尚で、演奏する人らも、音楽学校出てるようなエリートな人たちばっかりで、アッキリ言ってオシャレでしょう。昔は昔で「すっごいオシャレなワルがモテるためにやる音楽」だったんですよ。

これはジャズに限らず、ブルースもR&Bも、ソウルもヒップホップもそうで、やっぱりアメリカ黒人のどうしようもない性(さが)って言うんですかね、ギンギラギンにオシャレして、最先端の服なんかをパリッと着込んで、トッポい不良用語(スラング)で会話したり、ソイツを曲名にしちゃったり、で、結果としてモテちゃう。

例えば「ジャズの帝王」って呼ばれたマイルス・デイヴィス。

彼は60年代中頃まで、黒や灰色のスーツをカッコ良く着こなしていて、60年代後半の「エレクトリック時代」になると、タンクトップに黒パンに、デッカいサングラスかけて、晩年はギラギラのラメ入りの衣装とオーダーメイドの赤いトランペットで、とにかくオシャレっていうか「見た目」にもこだわって、実際「帝王マイルス」っていうイメージは、音楽性とかラッパの実力とかもそうなんだけど、彼の流行に対する鋭い嗅覚と、徹底した「オレ演出」の巧みさが創り上げたって言っても過言ではないと思うんですよ。

でも、コルトレーンはそういう「自分をどう見せるか」ということにはほとんど頓着しないで、とりあえずステージではかなり着古した黒のスーツに黒ネクタイ、というスタイルをずーっと変えずに、流行のことなんかもインタビューでは言及することなく、ただ淡々と、自己の内面を見つめるような言葉と音楽をやっておった。つまり不器用だったんですね、この人の頭の中にはきっと「自分を凄いと思わせよう」ということなんか、ほとんどなくって、ただもう純粋に、弱いところもカッコ悪いところも演奏に「ホロッ」と出てるのに、そういうことにすら気付かないぐらいピュアな人だったんじゃなかろうか、と思うから、アタシはコルトレーンの全部を肯定したくなるんです。ええ、熱烈に。

ちょうどコルトレーンの「うた(バラード)」について考えていたら、動画で高野雲さんのラジオ番組「快楽ジャズ通信」の、素晴らしい解説を拾いましたんで、皆さんにご紹介します。アタシのへたくそな文章よりもずっとずっと詳しく分かりやすく、コルトレーンの「バラード」について教えてくれますんで、ぜひ聴いてみてください↓




そうそう、コルトレーンのいいところは「ダメな俺の肯定」なんですよね〜・・・。


今日車でずっと聴いてたはコレ。あの「バラード」にボーナストラックがたくさん入った2枚組のデラックス・
エディションです。

これのボーナス・ディスクの方には「グリーン・スリーヴス」の別テイクが何トラックも入ってるんだけど、これがグッと沁みるんですよね・・・。


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2015年08月30日

ケニー・バレル&ジョン・コルトレーン

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ケニー・バレル&ジョン・コルトレーン
(PRESTIGE/ユニバーサル)

八月ももうすぐ終わりだというのに、相変わらず暑い奄美です。

昨日の”ムトゥ・ガレージin笠利”でのIricoライヴの熱気が未だ覚めやらぬ状態ですので、本日はコルトレーンのアルバムの中でも屈指の「大人が香る一枚」をご紹介します。

はい、コルトレーンとモダン・ジャズを代表するギタリスト、ケニー・バレルとの共演作「ケニー・バレル&ジョン・コルトレーン」でございます♪

私にとってコルトレーンという人の音楽は、何かこう、特別な気持ちで、ある意味「襟を正して聴く音楽」なんですが、この作品は、そういう気負いなく聴けるからイイんですよね。

聴きながら出てくる言葉も

「あぁ、いいわ〜」

「素敵〜」

ばかりでございます。

バレル兄さんもコルトレーンも、何といいますか、このアルバムではひたすら「イイ男」うん、コレに尽きますね。

最初はあのコルトレーンと、ジャズ・ギタリストといえば、これはもう神様みたいな存在である大物ケニー・バレルとの共演盤だから、さぞかし強烈な個性と個性が、高次元で激突するようなスリリングなサウンドを期待していたら、案外こざっぱりまとまった内容だったんで、最初は戸惑いましたが、それはコルトレーンを主役と思い込んで聴いていたからで、バレルを主役とするハードバップ・セッションにコルトレーンがゲストとして参加したもんだと思えば、これがなかなかによろしい。


先程バレルを「モダン・ジャズを代表するギタリスト」と書きましたが、これは称号じゃなくて、音や演奏そのものがそうなんです。

だから「ジャズのギターものが聴きたいな」と思ったら、まずバレルを聴いてみて下さい。

好不調の波が演奏にでることもなく、作品によってスタイルが違う、なんてことも、まぁない人なんで、どれから聴いてもよろしいかと…。

さて、そんなバレルの「モダン・ジャズ看板男ぶり」は、本作でも十二分に発揮されております。
伝統的なブルースの技法とフィーリングを核に持ちつつ、そこにジャズならではの洗練を加えた彼の演奏は、上質な大人の雰囲気であります。

このアルバムは、全体的にミディアム/ファストな曲が主軸ですが、バレルは良い意味で大人。ノリノリにはなっても決して突っ走らずにフレーズを唄わせます。

コルトレーン一人だけ、ハードバップから一歩踏み出した独自のアドリブで、バレルとは全く違うアプローチで演奏に入ってくるのですが、バレルの音世界に無理なく溶け込んでますね。

そこらへんの“雰囲気の妙”は、トミー・フラナガン率いるリズム・セクションの活躍によるところも多いでしょう。

バレル&コルトレーンの穏やかで紳士的なやりとりの極みが、デュオによる見事なバラードCです。
トレーンのテナーが奏でる美しい主旋律にバレルがコードバッキングとオブリガードで寄り添う、3分12秒の美しい演奏。

これだけで聴く価値アリなんですけど、やっぱりアルバム全編通して聴いて

「いいわ〜」

「素敵〜」

と、多くの方にウットリして頂きたいなと思うとります。






【パーソネル】
ケニー・バレル(g)
ジョン・コルトレーン(ts)
トミー・フラナガン(p,@B〜D)
ポール・チェンバース(b,@B〜D)
ジミー・コブ(ds,@B〜D)

【収録曲】
1.フライト・トレーン
2.アイ・ネヴァー・ニュー
3.リレスト
4.ホワイ・アイ・ワズ・ボーン?
5.ビッグ・ポール


ちなみにこのアルバムの録音年月日は1958年3月7日、あの名盤「ソウルトレーン」録音の1958年2月7日からちょうど一ヶ月後の録音で、本作でのコルトレーンの絶好調ぶりは「ソウルトレーン・セッション」で勢いを掴んだからかな?なんて考えながら聴くのも楽しいもんでございます。




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2015年08月26日

特攻の拓〜Early Days〜

えぇと、奄美は本日からお盆です。

こちらのお盆は一部の地域を除いて旧暦に合わせて行われますので、本日からなのです。

奄美のお盆はとにかく「忙しい!!」(汗)

ウチは特に忙しいので本日からウルトラハードモード突入、ブログの更新もちょいとお休み・・・せざるを得ないかも知れませんので今日は小ネタで。



皆さんはこの漫画、知ってますでしょうか?

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はい、1990年から週間少年マガジンで連載されていた伝説のヤンキー漫画

『疾風伝説 特攻の拓』

でございます。

ちなみに読み方は

「しっぷうでんせつとっこうのたく」

ではなく

「かぜでんせつ ぶっこみのたく」

です。

あのね、アタシは元々少年誌、あんま読まない子だったの。

理由は、小遣い貰ってもつい甘いもの買っちゃうんで、漫画とか買うお金が残らなかったというのと、男の子の漫画って「力こそ正義」的なそういうガチムチなヤツが多くて、何か淡さとか儚さとか切なさとかを求めていた自分には「何かー、ちょっと世界違うかなー」とか思って、敬遠してたってのはあるかもです。

「強い男」

うん、憧れてはいたんですけどね、少年漫画に出てくる主人公や周辺人物には、強いが故の孤独とか、優れているが故の苦悩とか、そういういわばペーソスが感じられなくて、それだったら例えばガンダムとかボトムズとか、子供向けアニメの世界の方がいいかなーと、中学高校の頃は思ってました。

そんな時、持病の蓄膿症の治療するために病院通っておりました。

病院の待合には漫画、ありますね。

んで、ヒマなもんでジャンプとかマガジンパラパラ読んでたら、

あるヤンキー漫画に信じられないフレーズが出てきました



わたくしといふ現象は假定された有機交流電燈のひとつの青い照明です


これですね「特攻の拓」に出てくる、主人公拓ちゃんのお友達の天羽時貞という、ハーフだかクオーターだかの、バケモノみたいに強い人物が、確か敵対する族を一人で全滅させた後につぶやいていた言葉なんですけど、分かる人には分かりますよね?そう、宮沢賢治の「春と修羅」の序文です。


5歳の時に出会って以来「これはもう一生モノだ」と思った、大好きな大好きな宮沢賢治ですよ。

それをヤンキー漫画の中で「バケモノ」と言われている凶悪な登場人物が、何かある毎につぶやいている。

しかもこの天羽クンという人は凄腕のギタリストでもあり、ヤンキー漫画なのに「ジミ・ヘンドリックス」とか、ジョー・サトリアーニとか、ロバート・ジョンソンの「ラヴ・イン・ヴェイン」とか、そういった音楽用語がバンバン出てくる。

主人公浅川拓ちゃんの所属する(というか、不良でも何でもないのに仲間に気に入られて無理矢理参加させられてた)暴走族の「爆音小僧」のメンバー達も、チャック・ベリーだとか、エフェクターのこととかに、どういうわけかやたら詳しくてマニアックなんです(そんなヤンキー集団絶対いねぇ・笑)。


もう「コレだ!」と思ってハマりましたね。

そして一巻から順に集めて、18・・・巻ぐらいまで読んだかなー

主人公、浅川拓ちゃんも、元々はイジメられっ子だし、よくある他のヤンキー漫画の主人公みたいに強い訳でも何でもないんです。だけど、特別な魅力(”やさしさ”なんだろう、きっと)があるから、さっき言った「爆音小僧」の仲間達とか、横浜や横須賀、湘南の暴走族の「バケモノ」と呼ばれる総長クラスの連中とかと”マブダチ”になったり、奇妙な縁で一目置かれるようになるんです。

読んではおりませんが、最終回は確か漫画に登場する全ての暴走族の大乱闘を、拓ちゃんが”ミラクル”で治めるっていう結末だと聞いております。

そんな根底にやさしさがある異色のヤンキー漫画「特攻の拓」のことは、今もふと懐かしく思い出したりしてるんですが、何と「5年ぐらい前に”アーリー・デイズ”っていうサイドストーリーが連載されてたよ」という話を小耳に挟みました。

しかも、その主人公が”天羽セロニアス時貞”らしいんです。

いやこれは読まねばいかんでしょう。

というわけで、早速1巻を購入しました。

ストーリーは「特攻の拓」本編の1年前のおはなしです。

いきなり天羽の生まれ故郷、ニューヨークのハーレムからストーリーが始まるのですが


いきなりコレです

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うぉう!!!ブルースマン!!!!

このおじちゃん(Mr.VooDoo)は、5歳の天羽が”ナイフをギターの弦の上で滑らせた時に、この子はきっとアポロシアターのステージに立つ”と直感し、そのギターの才能を見出した人みたいです。

天羽クン、本編ではライヴの後”スピードの向こう側”に行って死んじゃうんですけどね(泣)

(そう、天羽時貞という人物は、この漫画の中で恐らく最も「悲しい宿命」を背負った人物なんです。。。)

そっから場面は急展開して、本編では七代目爆音小僧総長で拓ちゃんの友達、鮎川真里(当時まだ中学生)の大暴れから、作中最大の大物”鰐淵晴樹さん”と天羽の壮絶な対決とか、まぁ話はテンポ良く展開していくんですが、続きどうなるんだろう、楽しみです。









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2015年08月24日

筋肉少女帯 エリーゼのために

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筋肉少女帯/エリーゼのために
(トイズファクトリー)

大槻ケンヂ率いる筋肉少女帯

8年の休養期間を経て嬉しい復活をした2006年から、もうすぐ10年が経とうとしておりますが、いやいや、筋肉少女帯の音楽的カッコ良さ(ヘヴィメタル/ハードロック王道なのに)と大槻ケンヂ氏の屈折しまくって320°ひねり返ってユーモアが炸裂する、もう何て言っていいか最高な言葉と世界観のテーマパークぶりは、恐らくこれからもずっと不変で「何かー!カッコイイけどー!面白過ぎるーーー!!」と、多くのキッズ達の心を鷲掴みにして318°ぐらいひねり返してくれるでしょう(あはは、意味わかんねー)。

という訳で、アタシが筋肉少女帯にすっかり夢中になったのは、アタマの悪い中学生から、よりアタマの悪い高校生へと進化するちょうどその過渡期の頃で、えぇと、母親が面白がって「元祖!高木ブー伝説」をカセットに録音したのをアタシの机の上にそっと置いておいたもんで、ついでに言うと、一緒に入っていたのがスターリン(後期ね)、ラフィン・ノーズとかだったかなぁ・・・。で「うぉおぉおおい、コイツらパンク!!」と感動してしまったことが全ての始まりでした。

学校で「おいオマエら!筋肉少女帯ヤバいぜ!!」と言って聴かせても、田舎の悲しさか、誰もその素晴らしさに共感してくれず、結局当時の名瀬市内で「ヤバイよな!」と共感してくれた、隣の中学のYという男だけでした。

「何てやるせない青春なんだ!」

と、アタシ思ったですねー。

でも、筋肉少女帯の音楽というのは、恐らくは全国の「何てやるせない青春なんだ!F*CK!」と、じめーっと思っていた少年少女達の心に深い楔を打ち込みよったんですね。

それはその後の筋少の快進撃、大槻ケンヂの”もはや文化人枠”ぐらいのもんになっている活躍ぶりが実際に証明しております。

さてさて、アタシが筋肉少女帯、すっかり大好きになったのは、1990年リリースのアルバム「サーカス団、パノラマ島へ帰る」でした。

この、江戸川乱歩、或いは寺山修司を彷彿させるアングラで怪奇で猟奇な世界にふんだんにまぶされた”笑い”のエッセンスは、少年アタシをすっかり虜にしたもんだったんですが、更に衝撃だったのが翌91年リリースの「エリーゼのために」




【収録曲】
1.人生は大車輪
2.世界の果て ~江戸川乱歩に~
3.ソウル コックリさん
4.戦え!何を!?人生を!
5.じーさんはいい塩梅
6.生きてあげようかな
7.スラッシュ弾問答
8.妄想の男
9.悲しくて御免なさい
10.新興宗教オレ教
11.愛のリビドー(性的衝動)


この作品から、筋少は、それまでの怪奇、猟奇路線から、その頃テレビとか雑誌とかでよくネタにしていた”自虐”へとダイナミックに舵を切ります。


「コックリさんに訊かないと、俺は何にもわからないんだぁーーーー!!!」

と絶叫して「全部がダメなオレ」全開の「ソウル コックリさん」でもうぶっ飛びましたもんです

後は「君のためによかれと思ってラブソングを作ったけど悲しくてごめんなさい」な「悲しくて御免なさい」とか

「オレをバカにしているのにオレを愛さないのか?お前、矛盾している」

「ドストエフスキーだってオレが電波で操っているんだ」

と、必殺自虐&妄想フレーズ核融合の「妄想の男」とか

「胸に秘めた言葉は”あいすいません”」かよ!?

な「戦え!何を!?人生を!」

とか、とにかく歌詞読んでください。

自虐も屈折もここまでくると、わけのわからんポジティヴなエネルギーになってしまいます。

もうね、歌詞だけ読んでも大槻ケンヂさん、何て素敵な人なんだろうと、悶絶するわけですよ。


名曲&歌詞の「必殺自虐フレーズ」満載の、これはもう傑作なんですが、その中でも傑出しているのはやはり

「スラッシュ禅問答」

です。

あのね、コレ、丁度アタシ「ヘヴィメタルより激しくて凶悪な”スラッシュメタル”っていう音楽があるらしいぜ」と知った頃です。

すいません、メタリカよりもスレイヤーよりも、アンスラックスよりも最初に知った「スラッシュメタル」がコレです。

高速ブラストビートに、これまたもう「禅問答」な歌詞がアレで、アタシにとっては永遠のギターヒーロである橘高文彦さんのギターがもうブッ飛んでいて凄いんですが、もっと凄い事実として、何と、歌人の福島泰樹が参加してるんです(!!)

アタシは、友川カズキのCDに参加してる福島康樹の絶叫を聴いて「短歌ヤバイ!!!」って思って、今それが興じまくって、えぇ、まぁ短歌人なる結社にも入ってしまった訳なんですが、まさかこの時既に出会っていたとは、思ってもおりませんでした。

オープニングがあの有名な

「二日酔いの無念極まる僕のためもっと電車よ真面目に走れ」

ですよ。

16の頃に「ヤバいヤバい、スラッシュ禅問答ヤバい」ってはしゃいでたその20年後に

「えぇぇぇぇえぇぇぇええ!?福島泰樹参加してたんだぎゃあああぁぁぁぁp;あdfhsgdjkhjl;f:!!!」

となって、今物凄い勢いでコレ書いております、ハイぃ・・・。


まぁ、とにかくこのアルバムは、筋肉少女帯の中でも屈指の「ハードロック&ヘヴィメタルサウンド」が聴けるということと、歌詞世界が「自虐」を軸に非常に高い文学性を持って炸裂しておるということで、えぇと、そんなことはどうでもよくて、歌人を志す若いアナタ、聴いてください。撃たれるから。はい!






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2015年08月23日

ジョン・コルトレーン メディテーションズ

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ジョン・コルトレーン/メディテーションズ
(Impulse!/ユニバーサル)

コルトレーンが音楽を通じて目指すもののひとつに

「表現を”ジャズ”からより高いレベルのものに昇華させる」

というものがありました。

なので特に1960年代以降、特に1964年の「至上の愛」以降、コルトレーンの楽曲には、精神世界、或いは宗教的なモチーフをタイトルに付けた楽曲や、そういったコンセプトのアルバムが多くなりました。

コルトレーンの思い描いていた「精神世界」それはアタシらのような凡人が、すんなり理解できるような平易なものでは決してございませんが、だからこそ後期コルトレーンの”叫び”や抽象的な音楽の断片から「ふわぁ〜・・」と浮き上がってくる美しい”うた”の断片が琴線に触れて、聴く側の想像を掻き立ててくれます。

さて、コルトレーンが「自己の内面を探究し、それを表現するための手法」として気に入っていた言葉のひとつがメディテーション、日本語で言うところの「瞑想」であります。

瞑想といえば仏教でお坊さんが静かに座禅をしているアレを思い浮かべるんじゃないかと思いますが、コルトレーンはやはり表現者だなと思うのは「瞑想」とタイトルに冠しても、その上っ面をなぞるだけの安直な音楽は絶対にやらなかったことです。

1965年9月2日に、コルトレーンは当時のメンバー、マッコイ・タイナー、ジミー・ギャリソン、エルヴィン・ジョーンズをスタジオに招き、最初の「瞑想」、つまり前ご紹介した「ファースト・メディテーションズ」のセッションを行い、それをレコーディング致しました。

この作品自体は、リスナーとしては何の問題もない「炸裂と沈降の果てにどこへ行くかわからない美しいあやうさ」を秘めた非常に素晴らしい作品でありますが、コルトレーンからしてみれば「いや、これはまだまだ、オレの考えている”瞑想”のイメージとは違う」と思ったのでしょう。せっかくレコーディングして、作品として仕上げながらもその音源はお蔵入り、リリースされたのはコルトレーンの死後何年も経ってからだったということは以前にも書きました。

では、コルトレーンの「瞑想」とは一体何だったのでしょう?

その前に、コルトレーンがそのミュージシャン人生の中で大きなテーマにしていた「信仰」というものを少しばかり説明する必要があるでしょう。

コルトレーン自身は、当時のアメリカ黒人としては当たり前のように、幼い頃はキリスト教(プロテスタント)を信仰する家庭に生まれました。

幼少の頃に体験したゴスペルでの強烈なトランス体験が、彼の心の奥底にはしっかりと根を張っておりました。

ゴスペルって、今は「みんなでハッピーになろうぜ」みたいな、大分聴き易い、ポップなものになっているようで、また「小さい頃からゴスペルクワイア(聖歌隊)に入って、それをステップにプロ歌手に」という指向もあるようで、それはそれでまぁいいんですが、コルトレーンの少年時代(1930年代〜40年代)というのが、教会といえば、もう黒人社会にとっては「それが唯一の救いの場」であり、ゴスペルも凄まじい勢いで聴衆をトランスさせ、失神者が出るのは当たり前だったよーな時代であります。

成人してからのコルトレーンは、特定の宗教に拘らず、キリスト教やイスラム教、仏教やインド哲学、そしてアフリカのシャーマニズムに関する研究本などを読みふけっていたといいます。

自分が経験したゴスペルの原体験が、時間と海を越えて、遠くアフリカ大陸で、恐らくは彼の先祖が信仰していたであろうその土地その部族の、見知らぬ祭祀の現場のサウンドが、彼の想像の中で結び付き「よし、ではそれを音楽で表現しよう」と思うに至ったことは、後期コルトレーンの音楽を聴くに、想像に難しくはありません。

コルトレーンが常日頃から「リズムをもっと強調したい。何というかもっとこう・・・様々なリズムのパターンが同時に鳴り響き、その複合自体がひとつの音楽になるような・・・そんなものをやりたい」といったようなことを口にしておりましたのも、複合リズムが幾重にも重なって、まるで合唱のように響くアフリカン・パーカッションのアンサンブルを意識しておったからだと思います。

そこへいくとエルヴィン・ジョーンズというドラマーは「複合リズム大将」なんですね。

正面に立って「どわー!」と吹きまくるコルトレーンのバックで、それを物凄くドラマティックに演出できるだけのパワーとパッション、そして何よりシンバルとスネアとタムとハイハット、バスドラと、ドラムセットにくっついているもん全部を同時に使って定型の中で複雑な”リズムのうねり”を生み出すことに関しては、恐らく同年代で右に出るドラマーはおらんかったでしょう(キレた時のアート・ブレイキーも凄まじいけどネ♪)。

しかし、1965年の時点でコルトレーンは「定型」で自分の思い描く世界を表現する限界を感じておりました。

「ファースト・メディテーションズ」のすぐ後の1965年9月30日にシアトルで行われたライヴでは「定型を吹かないサックス奏者」であるファラオ・サンダースをメンバーに向かえ、燃えるように激しい演奏を展開しておりますが、ここでバンド内にはコルトレーンとメンバーの間で、微妙な緊張感が漂うようになります。

”事件”はその2ヵ月後の1965年11月23日に起こりました。

コルトレーンは「う〜ん”メディテーション”なんだけど・・・もう一回、新しい編成で録り直したいんだ」とメンバーに告げてスタジオに集めました。

口下手で説明下手なコルトレーンのことですから、恐らくちゃんとは話しとらんかったのでしょうね。

スタジオにはコルトレーン、ファラオ、マッコイ、ギャリソン、そして「2人目のドラマー」であるラシッド・アリがおり、やや遅れて(エルヴィンが遅刻するのはいつものことです・笑)エルヴィンがやってきました。

「何だよよコレ、聞いてねーぞ!何でオレのセットに知らないヤツが座っってんだよ!!」

エルヴィンはカンカンに激怒したといいます。

そりゃそうですよね、多分ちゃんと説明しなかったコルトレーンが悪い(^^:

「まぁ聞いてくれエルヴィン、今度のセッションは、これこれこういう訳で、ツイン・ドラムで複合リズムをやってみたいんだ、ていうかこれからはこういったスタイルで行こうと思うんだが・・・」

当然エルヴィンの腹は収まりません。

実はファラオ・サンダースが加入して、コルトレーンの演奏がどんどんフリーになって、長時間化していった頃辺りから、バンド内でエルヴィンはよくキレてました。ライヴ中にドラムセットを蹴り飛ばしてステージを降りたということもあったぐらいですから、で、エルヴィンは見た目もアレで怖いから(汗)こん時のスタジオには、想像を絶するピリピりした緊張感が漂っていたでしょう。

コルトレーンが必死になだめすかしたのか、それともプロデューサーのボブ・シールがギャラをチラつかせたのかは分かりませんが、とにかくエルヴィンはドラムセットを蹴り飛ばすことなく、レコーディングにはキチンと参加しております。




【パーソネル】
ジョン・コルトレーン(ts)
ファラオ・サンダース(ts)
マッコイ・タイナー(p)
ジミー・ギャリソン(b)
エルヴィン・ジョーンズ(ds)
ラシッド・アリ(ds)

【収録曲】
1.ザ・ファーザー・アンド・ザ・サン・アンド・ザ・ホーリー・ゴースト
2.コムパッション
3.ラヴ
4.コンシークエンス
5.セレニティ

肝心の演奏ですが、流石にツイン・ドラムで一方は定型ポリリズム(エルヴィン)、一方は不定形パルス・ビート(ラシッド)を、これはもうお互いに闘志剥き出しで叩き合っているこの緊迫感、そこにフリーク・ットーンしか吹かないファラオと「オレはメロディーで勝負じゃあ!」と張り合っている(よーに聞こえる)マッコイとのギラギラした、もう完全に「対決」の空気、最高にスリリングです、こんな素晴らしい”ヒリヒリ”に満ちたアルバムは他にありません。

コルトレーンのプレイは、冒頭の「父と子と精霊」から、もう一人でどんどん「祈り」の方へと沈降しております。

あぁそうか、コルトレーンの思い描く「瞑想」は、混沌や殺伐の中から見出す一筋の光明、・・・つまりハチャメチャなように聞こえるフリーな演奏の中からやっぱり「すーん」と立ち上がる「うた」の美しさなんだなぁ・・・と、アタシはこのアルバムを聴いて何十枚目かのウロコが、今耳から落ちました。





”ジョン・コルトレーン”関連記事

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2015年08月20日

ストレイ・キャッツ Live At Rockpalast 1981 & 1983(DVD)

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ストレイ・キャッツ Live At Rockpalast 1981 & 1983(DVD)
(ヤマハミュージックアンドビジュアルズ)


うぉい!

うぉいうぉいうぉい!!!!


ですよ、これホント。


いやもう、何で今頃ストレイ・キャッツのこんな凄いライヴ映像が発掘されてDVD化されてんのかと。

おいおいおい、そんな話俺は聞いてねーぞと。

あのですね、このですね、ストレイ・キャッツの「ライヴ・アット・ロックパラスト 1981&1983」というのはですね、その昔「ストレイ・キャッツがデビューしたての頃にドイツで演ったすげーライヴのビデオがどっかにあるらしー」と、ずーーーーーーーーーーーーーーーーーーっと伝説として語られていたアレなんですよ。

そりゃあ今ドキはyoutubeなる便利なもんが出来て、色んなバンドやアーティストの貴重な映像がタダで観れるよーになってはおって「未発表映像」の価値もひと昔前に比べれば半分以下ぐらいに落ちてしまってはおるでしょう。

でもね「ストレイ・キャッツのロックパラスト」ナメたらいかんです。

「パンクなオレらのロカビリー聴きやがれ!踊りやがれテメーらっ!!」

と、ギラギラしてサイコーにトンガッてた頃のブライアン・セッツァー先輩、リー・ロッカー先輩、スリム・ジム・ファントム先輩のトリオによる、ギンッギンのサウンドが、アメリカから遠く離れたドイツで大炸裂した、言えばまぁ「歴史が変わった瞬間」をリアルに収録したDVDですよ、ぶっちゃけyoutubeにちょこっとアップされとったりもするんですが、いやいやいや、画質も音質も徹底的にマスタリングされて、凄まじく生々しくなったDVDの質に比べれば、あんなもんではストレイ・キャッツのホントーの凄さは100分の1しか世間に伝わりませんてば(その動画映像観ただけでももう感激して鳥肌立ったんですが、DVDで観たら鼻水モノでした、いや、マジで)、ナメとったらいかんです。ホンッと凄いライヴですこれほんと・・・。







【収録曲】
(1981)
1.スウィート・ラヴ
2.ダブル・トーキン・ベイビー
3.ランブル・イン・ブライトン
4.ワン・ディザイア
5.ユバンギ・ストンプ
6.ドリンク・ザット・ボトル・ダウン
7.嵐の中の大使館
8.気取りやキャット
9.悩殺ストッキング
10.インポータント・ワーズ
11.ロック・タウンは恋の街
12.涙のラナウェイ・ボーイ
13.サムシング・エルス
14.ゴナ・ボール
(1983)
15.ベイビー・ブルー・アイズ
16.ダブル・トーキン・ベイビー
17.ランブル・イン・ブライトン
18.ドリンク・ザット・ボトル・ダウン
19.サムシング・ロング・ウィズ・マイ・レイディオ
20.ビルト・フォー・スピード
21.憧れのブラックキャデラック
22.涙のラナウェイ・ボーイ
23.思い出サマーナイト
24.あの子のタウン
25.気取りやキャット
26.Sexy 17
27.フォギー・マウンテン・ブレイクダウン
28.ザ・レイス・イズ・オン
29.ティアー・イット・アップ
30.オー・ボーイ
31.ロック・タウンは恋の街


↓TシャツとボーナスCDの付いた初回限定盤はコチラ!




興奮し過ぎて、肝心の中身について全然書いてませんでしたが、このライヴはいずれもドイツで開催されたコンサートのアツいステージを収録したものです。

ドイツって、クラシックとかテクノとかのイメージありそうでアレなんですが、今も気合いの入ったパンクスとかサイコビリーバンドとか、インディーズで結構アツい国で、音楽的には色々とヤバい感性持ってる人、多いとこなんですよね。

別にジャンルとか関係ナシで「良いライヴ」って、もちろんステージに立つ側のパフォーマンスが凄いとか、そういうのもあるんでしょうが、そこに集まってるオーディエンスが、その時目の前で鳴っている”音”(ステージ上でのアクションやちょっとした表情も全部含めて”音”っつーことで)に対して、どんだけ夢中になって、本気のレスポンスで応えてるかってのが凄く大事だなって思うんです。

そこへくるとドイツのオーディエンスのレスポンスは本当に凄い、素晴らしい。

1981年って言えば、ストレイ・キャッツがファースト・アルバム「涙のラナウェイボーイ」とセカンドの「ごーいんDOWN TOWN」リリースした年でしょう。

前にも言ったよーに、ストレイ・キャッツはアメリカより先にヨーロッパでブレイクしたバンドです。

つまりアメリカ人にとっては懐メロぐらいでしかなかったロカビリーが、ヨーロッパの若者たちにとっては凄く新鮮でカッコ良くて、憧れのスタイルであった。でも、その当時のヨーロッパのリスナーは「生のロカビリー」を観た事はあんまりなかった。

つまりドイツの人にとってはストレイ・キャッツ「とりあえず知ってるけど観るの初めて」ぐらいのもんだったんです。

自分達のサウンドを、どんだけ聴いてくれるか分からない、遠い国のオーディエンスに向けた演奏。コレ、ストレイ・キャッツにしてみれば気合い入って当然なんですけど、それが全然空回りしてなくて、こんだけ凄まじい”良い出来”になってるのは、やっぱりオーディエンスの反応が、それぐらいアツくて、ほんっとに”真剣”だったからだと思うんです。「ロック・タウンは恋の街」での大コール&レスポンスとか、ホントに鼻水出るぐらい感動しますってば!

後半の「1983」は、ローレライでの野外ロックフェス。

コレはU2とかストラングラーズとかスティーヴ・ミラーとかジョー・コッカーとか、ロックの一流どころが大終結したイベントだったんですけど、この時期のストレイ・キャッツはバンド活動休止前の、ちょっと尋常じゃない緊張感に溢れたステージを展開してくれちゃってます。

選曲はファーストから「セクシー・アンド・セブンティーン」までのベスト的セレクトで、こりゃもう鼻水通り越して鼻血モノなんですが、コレも今まで出回っていた海賊盤みたいな動画と比べるのは失礼なぐらい音も映像もイイ!です。


「ストレイ・キャッツは見た目から入っても全然OKなパンクなんだよねー」

とは、かつて私の尊敬する音楽兄貴が言った名言ですが、ホントにまだ聴いたことない人「ネオロカ?何それ」な人こそ、もうストレイ・キャッツの3人がどんだけカッコ良くて、今でも全然セクシーで、ダサ要素皆無で、最高にクールな”ロックンロール3ピース”の究極だと、観て知って欲しいし、「ストレイキャッツ?昔そーいえば聴いていたなー」っていうそこのお兄さんにこそ、「いや、今でも好き。アツい」と実感して欲しいと、アタシは切に願います。

いや、ほんと、こんな凄い映像、しかも2本立てで出てるなんて、アタシゃ知らなかったよー!!


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2015年08月17日

ジョン・コルトレーン ダカール

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ジョン・コルトレーン/ダカール
(Prestige/ユニバーサル)

今日も暑かった上に急な土砂降りがあったりと、配達業には散々の亜熱帯気候満載の奄美から「大コルトレーン祭2015」をお届けしております。

今回ご紹介するのは、うん、コレはコルトレーンのアルバムと言っていいのかしらん?なちょいと変わったアルバムです。

何が「ちょいと変わってる」かと言いますと、このアルバム、フロントが「バリトン・サックス2本とコルトレーンのテナー」の変則的な3管編成なんでございますねぇ。

バリトン・サックスといえば、大体ジャズやる人にとっては”一番低い音のサックス”。

スウィング・ジャズの時代はアンサンブルには欠かせなかったりしてましたが「ソロ取ってブイブイ言わせる」という楽器ではなかったようです。

そんなバリトン・サックスでソロを取ったり、リーダー作を吹き込む人がボチボチ出てきたのが、ビッグ・バンドの時代からモダン・ジャズのスモール・コンボ(4人とか5人とかのバンド・スタイル)になってきてから。

まずは白人で、テクもある上にルックスも素晴らしくカッコ良かったジェリー・マリガンという人が、西海岸で人気を博してから、この楽器の、それまで隠れた存在だった実力者達にも脚光が当たるようになり、名手と呼ばれる人たちが次々と表舞台に出て参りまして、好きな人には「くー、たまらん!」の低音ブリバリのソロでもってハード・ドライヴィングなジャズを聴かせてくれるレコードが色んな形でリリースされ出しておったんです。

本作で「2バリトン」でイカしたソロをゴリゴリ吹いているペッパー・アダムスとセシル・ペインも、間違いなくモダン・ジャズ・バリトン・サックスの”名手”と呼んでいい実力派です。

ペッパー・アダムスは白人で、その理工系の大学院生のようなルックスとは裏腹に、なかなか野太い音色で豪快な力技を得意とする人で、1958年にニューヨークに出てきてから注目を集め、後にドナルド・バードとの双頭クインテットやチャールス・ミンガスのグループ、モダン・ビッグ・バンドの「サド=メル・オーケストラ」での重要メンバーとして長年硬派な吹きっぷりでファンを魅了してくれた人であります。

一方のセシル・ペインはモダン・バリトンの黒人代表。

この人は通称”バリトン持った渡り鳥”の異名を持つ根っからのセッション・マンで、50年代からそれこそ色んなレーベルで、アート・ブレイキーとかデューク・ジョーダンとか、90年代になってからはエリック・アレキサンダーとかとも実に良い感じの競演に多く名を連ねております。

この人もブルース・フィーリング濃厚な”ブリブリ”の吹き手さんですが、最も影響を受けたのがチャーリー・パーカーの高速ビ・バップ・フレーズという訳で、ギアが入ったらバリトンならではの低音を響かせながら高速でもすっ飛べるテクニシャンでもあるんです。

このアルバムは、最初にちょこっと言いましたが、正確には「コルトレーンのアルバム」としてレコーディングされた訳ではなく「プレステイジ・オールスターズ」として、ブレイク前年のペッパー・アダムスと、隠れ名手のセシル・ペインの「バリトン・バトル」に、「あ、でもやっぱバリトンだけだとちょっとまだ売れるかどーかわかんねーから、ちょっとスタイルの違うコルトレーンのテナー入れれば面白いんじゃね?」という、このレーベルお得意の「思い付き」で録音されたセッション・アルバムなんですね。

面白いのは、このアルバムがレコーディングされたはされたんですが、1957年当時にはリリースされず、プレステイジの倉庫にテープがほったらかしにされてたらしいです(ここがいかにもアメリカのインディーズらしい・笑)。

ところがコルトレーンがプレステイジを離れ、メジャーのアトランティック、更に新興のイケイケレーベル、Iインパルスと契約して、あれよあれよとスターダムにのし上がっていった1963年に

「今のコルトレーンの人気に便乗して”コルトレーンのアルバム”ってことでリリースしちゃおうぜ♪」

と、コルトレーン名義で、タイトルも「ダカール」という、一応ちゃんとしてるっぽいけれども、実は1曲目の曲名をそのまんま持ってきただけという名前で販売しちまったんですね(これが実にアメリカのインディーズらしい・笑)。

でもですね皆さん、そんなレーベルの”いいかげん”なアレとは比例して、このアルバムの中身は、演奏から作曲、アレンジまで実にしっかりしていて「2バリトン」という変わった編成ながら、実は隠れた名盤と言っていいぐらい、充実した内容なんです。

最初はアタシもですね「うわー、バリトン2本にコルトレーンかよー、コレ相当ヘヴィだろうなー」と、聴く前からちょっと覚悟はしておったんです。つまりひたすらボリボリゴリゴリうるさいだろうと。

でも、実際聴いてみたら「イイ!これイイ!!」でした。

まずはペインとアダムスのバリトン、結構ハードに吹きまくってはいるんですが、2人共それぞれの個性を尊重して、程よい「間」をアドリブのところどころに効かせてくれてます。

この「間」ってのは、特にモダン・ジャズには欠かせない要素で、コレが出来る人の演奏って、聴いてて全然疲れないんですよねー。セシル・ペインは元々豊かなブルース・フィーリング持ってる人だし、セッション野郎ですから、そこらへんの”引き”は心得たもんですが、ペッパー・アダムス、まだこの時20代で無名だったにも関わらず「おぬしやるな」って感じです。

あと、二人共当たり前に「上手い」。バリトンというコントロールの難しい楽器を巧みに操って、特にミディアム・テンポでハードボイルドな渋味がある楽曲で、そのイメージを崩さず流麗に、でもブリバリに吹いていて、最初から最後まで小気味が良いです。

そこにコルトレーンのテナー(!)

コレ、ピッタリはまるんですよねー。

元々「テナーらしいズ太い中低域」にシフト置いてない、中域〜高音域のフレーズで細かいフレーズを吹きまくるこの時期のコルトレーンの”シーツ・オブ・サウンド”が、2バリトンの間で良い感じのスマートさで、演奏をグイグイ加速させてくれております。やりおると思ってたらそれ以上にやりおります、57年のコルトレーン。



【パーソネル】
ジョン・コルトレーン(ts)
ペッパー・アダムス(bs)
セシル・ペイン(bs)
マル・ウォルドロン(p)
ダグ・ワトキンス(b)
アート・テイラー(ds)

【収録曲】
1.ダカール
2.マリーズ・ブルース
3.ルート4
4.ヴェルヴェット・シーン
5.ウィッチェス・ピット
6.キャット・ウォーク

楽曲も、演奏には参加していませんが、実はモダン・ジャズ・ヴィブラフォンの名人で「小粋なんだけどちょいと前衛な曲」書かせたらピカイチのテディ・チャールズの@BE、これが実に名曲です。そうそう、この「ハード・パップの2m先」ぐらいのハードボイルドさが、個性的な3人のスタイルに”パシッ”とハマッてるんですよ。

もちろんこの日の為にペッパー・アダムスが持参したACも「あぁコレはバリトン吹きの曲だよね」と妙な説得力がありますし、アルバムの中で濃い陰影を描いているマル・ウォルドロンのDも、味わい深い(マルが作曲してコルトレーンと一緒に演奏したナンバー、プレステイジにちょこちょこあるけど、コルトレーンのダークな部分、上手に引き出すの上手いのよねー)良曲です。ピアノでもフロントに負けない重層なサポートで頑張ってるし、いいぞマル!

編成は独特ですが、これは素直に「カッコいいモダン・ジャズの、カッコいいサックスが聴けるアルバムですよ」と、素直にオススメできます。

コルトレーン者としては、「いやぁ、こんなに面白いアルバムあったんだ」と、最初から何か嬉しくてヘヴィ・ローテーション率は今でも高いアルバムですが、もし、仮にこのレコーディングにコルトレーン参加してなくても好きになってただろうなー♪ 「バリトン・サックス」という楽器のカッコ良さ、奥深さだけでも語れるアルバムです。








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2015年08月16日

ザ・ラフ・ガイド・トゥ・サイケデリック・サルサ

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ザ・ラフ・ガイド・トゥ・サイケデリック・サルサ

(ライス・レコード)

世界各国の音楽の中でも、とりわけ質の高いものを厳選して聴かせてくれる「ザ・ラフ・ガイド〜」シリーズは、我が国が誇るワールド・ミュージックの良心、ライス・レコードの素晴らしいコンピレーション・シリーズであります。

で、その「ザ・ラフ・ガイド〜」の中でも特にサイケな音源ばかりを集めてシリーズ化したすんばらしい企画が「ザ・ラフ・ガイド・トゥ・サイケデリック〜」シリーズであります。

これね、アタシね、とても目の付け所がいい企画だなと思うんです。

特に60年代〜70年代の音楽史を見れば、当然アメリカとイギリスの、要は「英語圏の音楽」がポピュラー・ミュージックとして扱われ、大体「それ」が基準だったんですね。

で、世界の若者達は、ラジオやレコードで聴くロックなんかを「かっけー!」と真似する訳なんですが、今みたいにネット動画とかもない、テレビもそんなに普及していない時代、外国のロックやポップスが”ちょっとおかしな伝わり方”をしておったんですよ。

英語圏以外の国では、大体がギターアンプとかトレモロとかオルガンとかそういう最先端な楽器を、まぁ各国の国民性もあろうかとは思いますが「何かよくわからんけど、このツマミ回せばいいんじゃね?」「えっと、ボタンがいくつかあるけど・・いいか、全部ONにしちまえ!」というダイナミックな発想で、それはもう「天然サイケ」としか形容のしようがない音楽が街に流れ、若者の間で人気を博したんです。

日本も例外じゃないですよ?マーティ・フリードマンとかサーストン・ムーアとかジム・オルークだとかジョン・ゾーンとか、いわゆる「日本大好き」なアーティスト達は口々に言います。

「60年代の日本の歌謡曲こそサイケだ」

と。。。

「そんなバカな」

と思って、例えば勝新太郎のアルバムとか青山ミチとかぴんから兄弟とか、色々と「サイケ耳」で聴いてたら

「あ・・・ホントだ。歌もヤバイけどバックがサイケ・・・」

と、痛烈に実感したものです。


と、このままでは話が「サイケでアシッドな昭和歌謡談義」になってしまいそうなので強引に軌道修正をしましょうね(汗)

アタシがサイケ好きになった時にハマッたのは、70年代の中南米サイケでした。

あのですね、南米ロックは今もアツいけど、何というかアノ人たちおかしいんだ。アメリカ人の「全部ぶっこんでしまえ!」的なアタマの悪さも好きですが、ラテンの人たちは何て言いますかね、そういう陽気な壊
れっぷりにマイナースケールで死ぬほどの情念がぶっこんでくるからもうね、始末が悪いんです(笑)。


東京で務めておった時、アタシのサイケ先輩だったYさんに「これ、南米サイケな」と言われて聴かされたヤツや大体どれも”大当たり”でした。あとカンボジアのロック、アレは「うをっ!」て思ったんだけど「あぁ、カンボジアのバンドの連中は全部ポル・ポトに殺されてるから今もう誰一人残ってるヤツいねーんだ」という言葉聞いてゾッとしました。

・・・話を南米に戻します(汗)

「サルサ」と聴けば皆さん何を想像しますか?


あぁ、はい。大体の人は社交ダンスのBGMと答えるでしょう。その通りです。ちょっと音楽詳しい方なら「オルケスタ・デラルス!」というバンド名も出すでしょうね。それも合ってます。


このサルサという言葉、直訳すれば「ソース」になります。

ソースって、色んな野菜やら香辛料やらを全部ごった煮して煮詰めたアレです。

だから意訳すれば「サルサ」はごった煮音楽!

アメリカの南東沖にキューバという国があるのは皆さん知っていると思いますが、この国のすぐ隣にプエルトリコという国があります。

プエルトリコという国は、キューバと一緒に戦ってスペインから独立するんですが、とっても複雑な経緯を経て「アメリカの中の特別自治連邦区」という、半分独立国で、半分アメリカの自治州みたいなそういう特殊な地域になってるんですね。

しかし、プエルトリコは1950年代になっても政治経済がなかなか安定せず、特に農村の荒廃が深刻化しました。

農業で食って行けない人達は、一番近いアメリカの大都市ニューヨークに、職を求めて大量に移り住みます。

彼らは”ニューヨークのプエルトリカン”という意味で”ニューヨリカン”と呼ばれました。

言語はスペイン語、そして彼らにとっては英語圏の音楽よりは、お隣のキューバで流行していたソンやルンバがポピュラー・ミュージックとして肌身に染み付いていたのですが、アメリカに住んで世代を経たニューヨリカン達は、あくまでリズムの主軸をクラーヴェ(4拍子のリズムを3拍で繋ぐ、ラテン音楽独特の”チャッ、チャッ、チャ。チャッ、チャッ、チャ。というアレ)に置きつつも、ジャズやソウル、R&B、60年代以降はロックンロールからロック・ミュージックなど様々な音楽を独自に融合させた革新的な音楽を次々と生み出して行った。

コレが”サルサ”です。

で、音楽的なこととはまた別で、とっても重要な時代背景にも、サルサを語る時にはどうしても触れなければなりません。

ターニングポイントはやはり1960年代です。

よく「激動の60年代」と呼ばれておりますが、この年代アメリカは内外で抱えている様々な問題が一気に噴出しておりました。

外交においてはソ連との冷戦、ベトナム戦争、そして極めつけはケネディ大統領時代に「米ソの核戦争が始まる」と世界を震撼させたキューバ危機が起こります。

内政においては、このブログでも何度も何度も書いてきた黒人公民権運動、ドラッグの蔓延など、いずれも大国アメリカを根底から覆すような大きな事態が、文字通り全米を揺るがしておった訳なんです。

この黒人公民権運動に呼応して、「俺達中南米移民にも人権を!」と、在アメリカのヒスパニック系の若者達が声を挙げました。

当時の黒人青年達がブラック・ナショナリズムを大儀として掲げるブラック・パンサー党を立ち上げると、ラテン系の青年達も”ヤング・ローズ”という政治団体を立ち上げ、政権と激しく対立や衝突もやっておった訳です。

このようなニューヨリカンやチカーノ(メキシコ系移民)といった中南米移民の血を引く過激な若者達のカウンター・カルチャーとして、サルサは更に発展し、人気を博しました。

「サルサの牙城」と呼ばれたファニア・レコードの中心人物であったジョニー・バチェーコは反体制側の若者による人種を越えた連携」を目指しており、あのウッドストック・フェスティバルの仕掛人となるマイケル・ラングとは60年代当初から、深い親交を持っており、二人の間では「サルサの熱気とロックの熱気を社会変革へのエネルギーにしようぜ」というような話をガンガンやっておったとも言われております。

白人(アングロサクソン)の若者が、社会に対する鬱屈した感情をロックで爆発させておった頃に、ラテン系の若者達はサルサで、そして黒人達はソウルや前衛ジャズなどで・・・といった具合に、60年代は音楽史の中でそれぞれが別個に動いてそれぞれのムーヴメントを巻き起こしていたように見えますが、実はどの音楽も、互いに影響を与え合いながらガッツリ結びついておったわけなんですね。

もちろん、彼らを結びつけていたのは、単純に音楽だけではなく、ドラッグや暴力などでもあったということは、コレ非常に大事な事なので書き記しております。つまりロックもソウルもフリー・ジャズもサルサも、同じように”ヤバいところ”から生まれたヤバい音楽なのですと。


さて、サルサの歴史をサラッと書いたつもりですが、もちろんライス・レコードは「サルサとサイケって、実際不自然な組み合わせでも何でもねーし」ってことを、実によく分かってらっしゃいます。




【アーティスト/収録曲】
1.Grupo Fantasma Feat. Larry Harlow/Naci De La Rumba Y Guaguanco
2.La Mecanica Popular/La Paz Del Freak
3.Quantic Presenta Flowering Inferno/Dub Y Guaguanco
4.Conjunto Siglo 21/Jud Ross
5.Ray Perez Y Su Orquesta/Recordando Los Soneros
6.San Lazaro/Muchacho Tranquilo
7.Bacalao Men/Japones
8.Nelson Y Sus Estrellas/Londres (London)
9.Los Sander'S De Nana/Recuerdos
10.Los Pambele/Cannabis
11.Fruko Y Sus Tesos/El Son Del Carangano
12.Orchestra Rytmo Africa-Cubana/Vamos Pa' Dakar
13.Bio Ritmo/Chuleta


このタイトルもジャケットも秀逸なコンピレーション「ザ・ラフ・ガイド・トゥ・サイケデリック・サルサ」は、60年代から最近に至るまで、新旧のサルサ・バンドの中から、有名無名を問わず「うん、サイケ!」と、納得の、実にディープな曲ばかりガッツリ13曲もセレクトされております。

ギャンギャンに鳴りまくるオルガン、アシッド感満載のファズやトレモロかかったギター、そして明らかに”ブッ飛びすぎ”のエコーなど、もう何でもアリです。でも、あえて「ロック寄りの曲」ではなく、しっかり黒くうねって哀愁をバラ撒く”ラテン曲”だけでアルバムを構成しておりますから、その選曲センス、内容の統一感は流石と唸るしかございません。

全曲詳しい解説を付けたいんですが、特にアタシが気に入った曲について、ちょちょっと書きますね。


まずはConjunto Sigloの「Jud Ross」この不自然な揺れのトレモロギターのイントロ!と思ったら、おい!そのまんまソロ弾くんかい!!と、全編揺れっぱなしのトリップ野郎なギターがこれ最高です。

Bacalao Men「Japones」は、一聴凄くマトモな曲みたいなんですが、あれ?これ、バックで「キュキュキュッ」て鳴ってるのって、DJのスクラッチ・ノイズだよね?いやいや、コレは実にアンダーグラウンド臭プンプンで実によろしい。中盤のピアノソロもジャジーでイイよイイよ〜♪

Los Pambeleの「Cannabis」なんかは、イントロの掛け声から、ヤクザな香りプンプンで「あぁ、サルサって本当にやべー音楽だったんだなぁ〜・・・」と、もうね、ゾクゾクしますよね。オルガンサイケとしてもコレは秀逸です。怪しさ&イカガワシさ共に本盤のクライマックスでしょう。


Orchestra Rytmo Africa-Cubanaは1980年にヒットした「Vamos Pa' Dakar」この辺はグルーヴだけで躍らせる名曲で、特に「サイケ」の看板外しても「カッコイイラテンの曲」として、DJプレイでもリスニングでもいけます、いや、イケます。

最終トラックはサルサの”今”を代表するバンドBio Ritmoの「Chuleta」。

これなんかはフツーに健康的で”踊れるサルサ”ですが、間奏で音数少なめで妖しくゆらぐエレピの音がうん、サイケ。タイトルを日本語訳すれば「あばら肉」うん、サイケ。

ドロッドロな前半と、徐々に洗練がかってくる後半への流れも、コンピとしてはもう満点です。

とりあえず社交ダンス経由でラテン音楽に興味を持った人も、映画「サルサ」で感動した人も「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」のあの感じが好きな人も、ディープでブッ飛んだロックでは飽き足らない人も「サイケデリック・サルサ」これはぜひ聴きましょう。汗だくになりながら聴いて残暑をブッ飛ばしましょう(!)





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2015年08月15日

ジョン・コルトレーン バラード

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ジョン・コルトレーン バラード
(Impluse!/ユニバーサル)

今日は終戦記念日です。

私は父方の祖父を戦争で亡くしました。

また、奄美も連合国軍の空襲に連日晒され、祖母は乳飲み子だった父を抱えて防空壕を飛び出し(赤ん坊の泣き声が、敵のレーダーに探知されるからと追い出されたとか)、戦闘機の機銃掃射を受けて九死に一生を得ました。

母方の祖父は日中戦争の頃からずっと北支で戦っておりました。

輜重兵と言っても、ピンと来ない人も多いでしょうが、つまり補給部隊の管理職みたいな立場だったんですね。

ある日突然部隊長から

「我が部隊はこれより沖縄へ行く!だがお前だけは現地に残って内地から来る補充兵の指導をしろ!」

との命令を受け、結局はそれが運命の分かれ道となって戦死することなく帰ってきました(沖縄へ行った祖父の部隊は玉砕しています)。

いずれにしても、祖父母が「ちょっとした運命の分かれ道」で違う方向へ行っていたら、今の私はこの世にありません。

平和はそれほどにまで尊いものです。

あの戦争で亡くなられた全ての方々の冥福を祈ると共に、自分が生かされていることへの感謝を捧げずにはおれません。

さて、只今は奄美サウンズパル恒例の「大コルトレーン祭」の期間であります。

「音楽は平和のための祈りそのもの」という思想を強く持っていたコルトレーン。

(その思想的な部分については、7月17日の個人ブログに書きましたのでぜひともご覧ください)
http://ameblo.jp/soundspal/entry-12051312539.html

なので毎年「終戦の日」と「大コルトレーン祭」が重なる8月15日は、コルトレーンのバラード演奏を、じっくりと、私も共に祈るような気持ちで聴いております。

今年の「8月15日」は、その名もズバリの「バラード」これ聴いてます。



【パーソネル】
ジョン・コルトレーン(ts)
マッコイ・タイナー(p)
ジミー・ギャリソン(b)
エルヴィン・ジョーンズ(ds)

【収録曲】
1.セイ・イット
2.ユー・ドント・ノウ・ホワット・ラヴ・イズ
3.トゥー・ヤング・トゥ・ゴー・ステディ
4.オール・オア・ナッシング・アット・オール
5.アイ・ウィッシュ・アイ・ニュー
6.ホワッツ・ニュー
7.イッツ・イージー・トゥ・リメンバー


ジャケットと内容に関しては、もはや説明も要らないぐらいの名盤でしょう。

それこそジャズはよくわかんないけど「コルトレーンのバラードなら知ってる」という人も多いと思います。

余りにもポピュラー過ぎて、私はうっかり「何年も聴き逃してたアルバム」でもあるんですが、コレはただの「売らんがためのコマーシャリズム」で作られたアルバムじゃあないんですね。

色んな人が「アレはいい」という理由はちゃんとありますよ。

ひとつはやはり「聴き易く、親しみ易い」ということ。

ノン・ビブラートで「スーッ」と吹くコルトレーンのスタイルは、この時代のジャズ・テナーでは本当に珍しいものでしたが、それは彼が最初に手にしたサックスがテナーではなくアルト・サックスであったことが大きく影響を与えたからだと思うんです。

楽器を始めたばかりのコルトレーンが夢中で聴いていたのが、デューク・エリントン・オーケストラの花形アルト奏者ジョニー・ホッジッス。

この人の音色は、特にバラードを吹かせたら「花々の呼吸」とでも言いたくなるような、それはそれ芳醇な香気を放つものでありましたが、このアルバムでのコルトレーンの無駄のない清楚なアドリブライン、メロディのひとつひとつを慈しむように吹いて唄い上げているのを聴けば

「あぁ、やっぱりコルトレーンの原点はバラードなんだなぁ・・・・」

と、しみじみ思います。

気になる人はジョニー・ホッジスもぜひチェックして頂きたいんですが、話をコルトレーンに戻しましょう。

ここで演奏されている曲は全部おなじみのスタンダード。

コルトレーンは、特に1960年代以降(このアルバムが録音されたのは1961年から62年)はオリジナル曲を多く演奏して、それを何度も何度も過激に塗り替えるようなアツい演奏を繰り広げていたんですが、ここでは原曲持つ美しい骨組みに一切手を加えてません。

美しい音です、本当に美しい音で、聴き終わった後も、ほのかな余韻がいつまでも消えない、そんなアルバムです。

いつもはアツくなるコルトレーンを恐ろしい手数のドラミングで煽るエルヴィンも、「ガン!ゴン!」とキョーレツなアクセントで応戦するマッコイも、ここではひたすら情感豊かに、各々の楽器で静かに”唄って”おります。

もう何百回も聴きましたが、このアルバムでのマッコイのピアノ、凄く澄んでいて美しいです。


私はへたっぴぃながら音楽を演奏もしていて、これもへたっぴぃながら短歌も詠んでおります。

技術的な面でいえばもうひたすら「己を磨く」これしかないんだと思うんですけど、音楽にしても文章にしても、心が表れますよね。

コルトレーンの心は、さっきも言ったように、真剣に「世界が平和であるために、自分は何をすべきだろう」と考え悩む程ピュアだった人です。

その心の美しさが、どの演奏にも出ているから、こういったバラード演奏は、いつまでも飽きない、本当に深い味わいを感じさせてくれるし、逆にどんなに激烈な演奏であっても、聴く人の心を荒ませるような暴力性を一切感じさせないんだと思います。

今「バラード」3回目のループで「セイ・イット」のマッコイのイントロから清流のようなコルトレーンのソロが私の耳と心を浄めております。

あぁそうか、私が「大コルトレーン祭」をやっているのも、コルトレーンの音楽を聴いて欲しい!という気持ちより、もしかしたらその奥底にあるピースフルな魂の何とかを、読者さんに感じてもらいたいなぁという気持ちがあるからなのかも知れません。

まぁそれはそうと、やはり「バラード」いいですよ。ジャズのこと、別に詳しくならなくてもいいから、雰囲気で楽しみたいとかそういう軽い気持ちで手にとっても全然応えてくれる、本当に美しくクオリティの高い名盤だと思います。









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2015年08月14日

榎本健一 エノケン芸道一代

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榎本健一/エノケン芸能一代
(キングレコード)

戦前戦後にかけて大活躍した昭和の喜劇王”エノケン”。

遡れば欽ちゃんやドリフターズを経由して、ビートたけしにまで至る「ドタバタコメディ」の大立役者であり、浅草で生まれたとされる「東京の笑い」のスタイルを築き上げた、オペラに面白可笑しい日本語の歌詞を付け、庶民の間で流行していた「浅草オペラ」と喜劇を融合させた等々、もう色々と出てきます。

とにかくコメディアン、お笑い芸人としては、この人を語らずばはじまらない。

ぐらいの人であります。

小柄な体を舞台の上でジタバタさせながら走り回るその芸風は、海を越えてAC/DCのアンガス・タングに絶対的な影響を与えた!と思うのは私だけでしょうか(はい、アタシだけですね・笑)。

アタシが小さい頃は、明治生まれ大正生まれのおばあさん達がまだ元気でありましたから

「エノケンは凄かった」

「あんな人もう出てこんだろうね、笑いも芝居も出来て、歌も物凄く色んな歌が自由自在に唄えるんだからねぇ・・・」

と、もう「伝説」ぐらいの勢いでよく耳にしておりました。

興味を持って調べてみたら、何とも型破りな人で、エノケンは小学生の頃の修身(今で言う道徳の授業ですな)で、上から甲乙丙丁と、戦前の通知表の評価は四段階なんですが、それの”丁”を取ってしまった。

「おい、道徳で”丁”て何やった?何やった?何やった?」となるぐらい痛快ですが、何とエノケンその通知表に勝手に線を引いて”丁”の字を”甲”にしたっていうからタダモノではありません。

で、勉強なんかしないし、学校卒業したら満州に行って馬賊になろうと思ってたといいますから、この人の破天荒ぶりは筋金入りです。

よく立川談志とかビートたけしが「芸人になるようなヤツは、どうせ芸人にしかなれねぇようなどうしようもない人間なんだよ」みたいな事を言っておりますが、

はい、その源流をエノケンに見たような気が致します。

大正〜昭和期の浅草は、そんな「どうしようもない天才」達がウロウロ(つうかブラブラ)してる、東洋一の歓楽街。

そこでエノケンは当時流行の兆しを見せていた浅草オペラの「根岸大歌劇団」にコーラス・ボーイとして入団します。

そこで本格的なクラシックからジャズ、浪曲や小唄に至るまで、ありとあらゆる音楽を見事モノにしたんでしょうエノケンは、あれよあれよと舞台の座長を張りながらも、歌手としてお茶の間に欠かせぬ存在になっていったのでありました。


と、訊いてはおったので、ある日「そこまで凄いっていうんなら、どれちょっと聴いてやるか」と思って買ったのがキング・レコードからリリースされておりますベスト盤「エノケンの芸道一代」







【収録曲】
(第一部 エノケン浅草に現われる)
1.「天国と地獄」序曲
2.ベアトリ姉ちゃん
3.わしゃ貴族だよ
4.桶屋の唄
5.ブンブン
6.海軍大臣の唄
7.13番目の唄
(第二部 エノケン舞台で暴れる)
8.新どんどん節
9.スカラー・ソング
10.東京節(パイのパイ節)
11.洒落男
12.エノケンのダイナ
13.月光価千金
14.私の青空
(第三部 エノケン銀幕に活躍)
15.大道役者
16.武勇伝
17.恋のなれそめ
18.だって逢わずにゃいられない(ザッツ・オーケー)
19.惚れた男が親殺し
20.ナムアミダブツ
21.おくみちゃんとのデュエット
22.幽霊の歌~高砂や
23.からくりの口上
24.与力とのやりとり
(第四部 エノケン・TVで張切る)
25.無茶坊弁慶
26.チョンボ・マンボ
27.ピン・ポン・パン

これが凄い!

軽い気持ちでやや上からな心持で買って聴いたらすいませんでした!!が出てきました。

とにかくもう「コメディアン、榎本健一」を忘れさせるぐらい歌が上手く、また、ジャズにクラシックに浪曲に歌謡曲(の先駆けとも言える演歌節)に、大道芸の口上にと、びっくりするぐらいその引き出しは多彩。しかもどの歌もしっかり「物語」として聴かせるだけの説得力が、ややすっとんきょうだけどじんわりと人情がにじみ出るエノケンの”声”にあるんですねぇ・・・。

「さあ評判だ評判だ!六十余州にその名も高い天下の豪傑、どんぐりどん兵衛大先生がご当地お目見えの珍しい武芸でござる。何しろ刃渡り六尺に余る大太刀を、目にもとまらぬ早業で、ものの見事に引き抜いてお目にかけるという、剣道得意の刃業。見るは宝薬(ほうやく)。これを見ないのは一生の損だよ!」

とかいう口上や、流暢な江戸弁のセリフなんかは、自分の芸の肥やしにしようと思って随分と、そらもう暗唱できるまで聴き込んだものです。

あと、代表曲といえば「オーレーは村じゅうーで一番、モボだーとーいわれーたおとこー」の「洒落男」ですが、エノケンはジャズ・ヴォーカリストとしても最高にカッコイイ。

モーリス・シュバリエの 持ち歌、"Louise”の歌詞を念仏にした「ナムアミダブツ」とか、ビング・クロスビーの代表曲「ダイナ」を「旦那」とコミカルに掛けた「エノケンのダイナ」とか、「結婚行進曲」の歌詞を「高砂やー高砂やー」で唄っちまった「幽霊の歌~高砂や」とか、その辺の「和製ジャズ・スタンダード」の素晴らしいセンスの良さ、これはジャズ聴き込んで本当に「凄い!」と思いました。

ちなみに「武器」と「ブギ」を掛けた(もう最高!)「無茶坊弁慶」で弾いてるめちゃくちゃオシャレなブギ・ウギ・ピアノ、一体誰なんだ。すげぇよコレ、陳腐な言葉でお茶を濁したくはありませんが”いつまでも色あせない凄さ”がギュギュっと凝縮されたアルバムです。いや、もうそう言うしかなかろうと。。。


『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

サウンズパル店主高良俊礼の個人ブログ
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BASEショップもありますよ(ここでしか買えない商品アリ)http://soundspal.thebase.in/
posted by サウンズパル at 19:07| Comment(0) | 日本のロック・ポップス・その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする