2015年10月31日

ファッグス First Album

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Fugs/First Album
(ESP)


ESPといえば激動の60年代の”アンダーグラウンドな空気”を一手に引き受けてきたようなレーベルといった感があります。

アタシがこのレーベルのことを知ったのは、言うまでもなくアルバート・アイラーの「スピリチェアル・ユニティ」でありますが、当時ジャズについての知識なんかあんまりなかったアタシは”レーベル買い”をよくしてたんですね。

で「このESPというレーベルはなかなかに面白いかもしれない」と、直感センサーがピーンと働いて収集しました。

ジャケットは大体モノクロで、何だかぐにょぐにょしたイラストや写真のコラージュで、何だかオドロオドロしい。中身もどよーんとしたオドロオドロしいものばかりで、ジャズ聴き始めの頃はESPに結構ウキウキワクワクしたものです。

そんな時出会ったのがファッグスでした。

ファッグスのジャケットは、他のジャズのやつとは違って、マトモな集合写真です。

しかしまぁそこに写ってるおっさん達が、何だか小汚い(失礼)感じで「これ、ESPだよな?ジャズ・・・っぽくないけどまぁいいかESPだからフェイントで実は物凄いドロドロなジャズかもしれん・・・」

と。

その頃はESPがジャズだけじゃなくて、当時のサイケ、アシッドフォークなんかも出していたレーベルだとは知らなかったんですね。

で、ファッグス。

聴きました。

最初に聴いた感じは「何この脱力!ヤル気はあんのか!?歌はグダグダだし演奏も・・・うん、上手いとは言えないし・・・」でしたが、何というか、素人っぽいのに妙に味があって「実はコノ人達、本当は凄いんじゃ・・・?」と思わせる不思議な魅力を感じました。

元々ロック好きで、パンク、オルタナとか聴いてた頃から、いかにもインディーズの粗いバンドの演奏とかサウンドとか、たまらん好きだったアタシです。

ファッグスには(全然爽やかさないけど)ヴァセリンズのファーストとか、ベックの海賊盤とか、そういったのに通じる”何か”があったんです。いや、あるんです。

大体楽曲は「脱力系ロックンロール(へなちょこ)」と「よれよれフォーク、カントリー」みたいな曲ばっかです。たまに恐らくはバケツか何かをただ叩いているであろうリズムに乗って、おっさんが詩みたいなものを叫んでる曲もあります。

ヴォーカルは誰がやってんだかよくわからんです。

一応メインっぽいおっさんが唄ってるんだけど、そこにグダグダなコーラスが入ってきたりして、とにかくもうカオスです。

楽器はほとんど生楽器ですが、ちゃんとした「ギター+ベース+ドラム」の編成じゃないグダグダにエレキギターだけが鳴ってるとかいう曲もあったりして「バランスとかクソ食らえ!」なオッサン達のパンクな意気込みみたいなのが感じられてとても素敵です。


特に心を撃ち抜いた曲が10曲目の「ナッシング」

「まーんでいなーしん、ちゅーずでいなーっしん、うぇんずでいさーすでいなーーぁあっしん♪」

と、まぁその「月曜日から日曜日までナッシングで、全部ナッシングだぜオラぁ」と、グダグダ唄ってるだけの曲なんですが、アタシも大概アタマ悪いので

「素晴らしい!これぞ詩だ!悟りの境地だ!!ロック魂、ぃやっほい♪」

と、勝手に感極まったものでございます。






【収録曲】
1.Slum Goddess
2.Ah, Sunflower Weary of Time
3.Supergirl
4.Swinburne Stomp
5.I Couldn't Get High
6.How Sweet I Roamed From Field To Field
7.Carpe Diem
8.My Baby Done Left Me
9.Boobs A Lot
10.Nothing
11.We're The Fugs
12.Defeated
13.The Ten Commandments
14.CIA Man
15.In The Middle Of Their First Recording Session The Fugs Sign The Worst Contract Since Leadbelly's
16.I Saw The Best Minds Of My Generation Rock
17.Spontaneous Salute To Andy Warhol
18.War Kills Babies (Live)
19.The Fugs National Anthem (Live)
20.The Fugs Spaghetti Death (No Redemption No Redemption)-A Glop Of Spaghetti For Andy Warhol (Live)
21.Rhapsody Of Tuli


後になって実はファッグスというバンドは、アメリカではヴェルベット・アンダーグラウンド、キャプテン・ビーフハート、フランク・ザッパのマザーズと並び称されるアンダーグラウンドを代表する大物バンドであるとか、メインヴォーカルのおっさん達は、実はビートニク詩人として有名なトゥリ・カッファーバーグとエド・サンダースであるとか、後にキャロル・キングやデヴィッド・クロスビー、グラハム・ナッシュ、ジャクソン・ブラウンなどのバンドメンバーとして、或いは70年代以降のアメリカン・ポップスの名曲を次々と世に送り出すことになる音楽界(メジャー)の大物、ダニー・コーチマーが主要メンバーだったとか、まだデビューする前のジミヘンが「ファッグスのメンバーに教えてもらって”効果音的な音が出せるエフェクター”を使い始めるようになった」とか(アナログエコーのことかね?)、まぁ「本当は凄い人達だった」てのを知って色々とびっくりするんですけど、とりあえずそんなことは後から知ればいいことです。

ファッグスは、特にこのファースト・アルバムは、今もアタシの中では「脱力系ロックンロール/スーダラなアシッド・フォーク名盤」として、永遠に良い具合のグダグダなままで、時々色んな無駄の詰まった脳味噌をユルユルのトロトロにかき混ぜてくれます。

ちなみにこれ以降のファッグスは、よりソリッドなロック・サウンドになって、歌も演奏も上手くなってカッコイイんです。ファッグスなめたらいかんです。





(これたまらん、素敵すぎる)




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2015年10月29日

ガトー・バルビエリ In Search Of The Mystery

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Gato Barbierri/In Search Of The Mystery
(ESP)

ジャズの中でも、その哀愁溢れる音色と、腹の底から情念を絞り出すブロウで、デビューから50有余年多くの中毒者を生み出している、まったく罪なテナー吹き、ガトー・バルビエリ。

アタシも「チャプター・ワン」を聴いて以来、すっかりその”ラティーナの土着の色気”なるものにすっかりメロンメロンになりまして「ガトーならば何でも聴く!」というぐらいに惚れてしまったものです(今も惚れております)。

で、人間というのは「惚れた男の過去」というものが気になるもんです。

なかんづく

「最初どんなだったか?」

という事柄ってのはすごーーーーーく気になるもんです。

ほいで、ちょいと過去を探ってみました。

ガトー・バルビエリ、1932年アルゼンチン生まれ。十代の頃にチャーリー・パーカーに憧れてクラリネットを購入、その後アルト・サックスを買い、ジャズを志すようになる。

ふむふむ

地元のバンドに加入して、テナー・サックスを手にし、1953年にピアニスト/アレンジャーとして有名なラロ・シフリンのオーケストラに入団する。

なるほど、十代でジャズにときめいて、ハタチそこらで一流オーケストラのメンバーに入るなんて、当初からなかなかの腕があったようです。

1950年代、血気盛んな20代の頃のガトーの夢は、本場アメリカのジャズ・シーンに出て、恐らくはソニー・ロリンズやコルトレーン、ハンク・モブレーみたいな「モダン・ジャズの人気テナー奏者」になることだったでしょう。

しかし、当然と言えば当然ながら、アメリカには腕の立つテナー吹きはごまんとおりました。

アルゼンチンから出てきた無名の若者が「あの〜、演奏させて欲しいんですけど・・・」と言っても、ほとんど相手にされないか、ちょろっと出させてもらっても(恐らくは)まだ自分のスタイルを完成させる前のガトーの音は、聴衆の記憶にもミュージシャン仲間の「お前、面白いなぁ」というレーダーにも引っかからなかったのだろうと思います。

そんなこんなでくすぶっているうちに、アメリカのジャズ・シーンはどんどん進化していきます。

モダン・ジャズは60年代を迎える頃にはもう「ちょっと古臭いかな・・」と言われるようになり、多くのミュージシャン達が稼ぎを得るためにヨーロッパに移り住みます。

で、ガトーも「この際だから移住しちゃえ」と、ヨーロッパに向かいます。

これが1962年のこと。

んで、この時にある人物と運命的な出会いを果たして、その人のバンドに参加したことがきっかけで、それまでくすぶっていた彼の才能が、一気にスパークします。

そのバンド・リーダーの名はドン・チェリー。

そう、1950年代に「最も過激なバンド」オーネット・コールマン・カルテットの2枚看板であったトランペット奏者であり、60年代のジャズに「フリー」という言葉と概念を刻み付けた立役者の一人です。

60年代以降のドン・チェリーは、ただ過激な演奏をするだけでなく、自身の「アフリカン・アメリカン」というルーツを表現の中に見出し、アフリカや中近東、アジアなどの民族音楽なども研究し、即興演奏の中に取り入れたステージを、ヨーロッパで繰り広げて、意欲的な作品も次々とリリースしておりました。

ヨーロッパで出会った”師匠”の開かれた感性に大いなる刺激を受けたガトーの中では、沸々とたぎるものが出てきはじめておりました。

「アルゼンティーナとしての自分自身」という熱い血であります。

ドン・チェリーのバンドでガトーは、何かふっきれたような、力強いブロウで聴衆を圧倒します。

ヨーロッパでの人気は、そこそこあったようで、そこに目を付けたESPレコードという、ニューヨークの「アンダーグラウンドな音楽”しか”リリースしない!」という実に奇特なインディーズ・レーベル(フリー・ジャズだけじゃなくて、サイケとかアシッド・フォークとか、もーホントに凄いのよこのレーベル・・・)が、1966年、ドン・チェリーのライヴ盤「Live at Cafe Montmartre」をリリースします。

ここでのガトーは、当時世界的に注目を集めていたジョン・コルトレーン・カルテットに加入したニュー・カマー、ファラオ・サンダースのような、激烈猛烈な「フリーク・トーン炸裂しまくりィク!!!!」な熱演を繰り広げておりますが、多分そのインパクトにESPの製作陣が

「なぁ、そこのテナーのキミ、ウチでアルバム作らないかね?」

と、声を掛けたんだろうと思います。

そんなこんなで翌1967年に、ESPからリリースされたガトーの記念すべきデビュー・アルバムがコチラ

「In Search Of The Mystery」

であります。




【パ−ソネル】
Gato Barbieri(ts)
Calo Scott(cello)
Norris Jones(Sirone)(b)
Bobby Kapp(ds)

【収録曲】
1.In Search of the Mystery/Michelle
2.Obession No.2/Cinemateque
3.Obsession No.2
4.Cinemateque


もうね、「あの”チャプター・ワン”での、ラティーノ炸裂のガトーのデビュー作、そしてドン・チェリー・グループでの”ジャズのフォーマットに則りながらのオーバーブロウ製造マシンなガトーが、初リーダー作でどうなっちゃってんのか」

て、すごーく期待して買ったんですよね。

そしたらコレが、「ラテンなガトー」でも「ジャズのガトー」でもない、実にキッパリガッツリの”フリー・ジャズなガトー”♪

オリジナルはたったの2曲収録なんですけど、10分経っても20分経っても曲が終わんないんです。

「チェロ入りピアノなし」

という珍しい編成のバックが「どよーん」「でろーん」と、ひたすら不穏なムードを作ってくれるその上で、ガトーは全リミッター解除状態で

「ビギィィィーーーー!!」

「バギャァァァアーーーー!!!!」

と、吹きまくり。

一言でいえば荒削り、うん、これほどまでに「演奏と感情」が直結したアルバムはないでしょうね。

ただもう波状攻撃で押し寄せるカタルシスの波に撃たれる快感に特化した、これは「頭で考えるより感じて欲しい作品」です。

でもね、ガトー独特の”哀愁”どんなにフリーキーなスタイルでも、絶対にどこかから零れ出てるんですよね。

このアルバムでも「あぁ、ここ泣ける!」ってとこいっぱいありますんで、そこはまぁぜひ聴いてください。荒削りだけどしっかり”聴かせる”成分もむせ返るほど入っとりますよ。



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2015年10月27日

ベリー・ベスト・オブ・ルーファス・トーマス

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Very Best of Lufus Thomas
(Stax)

何かで「一番○○なもの」を定義するというのは実に難しいものです。

が、もしも誰かに

「世界一ファンキーな親父を挙げよ」

と言われたら私は躊躇なく

「それはルーファス・トーマスだ」

と答えるでしょう。

ファンクの帝王が俺達のジェイムス・ブラウンであることは揺ぎ無い事実であり、で、ルーファス・トーマスが狭義で言うところの「ファンク」というジャンルに収まるか?つったらそうれどころではないんだけれども、「ルーファス・トーマスが世界一ファンキーな親父」であることは、これはもうそれ以上に動かし難い事実なんです。

何と言っても「50を過ぎてからブレイク」ってのがいいですよね。

1910年代生まれのルーファスは、旅芸人の家庭で生まれ育ち、その後メンフィスのラジオ局でB.B.キングの後任としてブルースやR&Bを紹介する番組の人気DJとして、いわゆる”ローカル・シーンの立役者”となりました。

その時既に彼は40代過ぎのオッサンだったんですけど

「イェ〜イみんな聞いてるかい?オレはいつまで経っても十代の、気持ちまでつゆだくの若者さ。さぁ、オレのガチョウをどうしてくれよう。オレたちゃいつだって明るく愉快、でもカネがない。ハッハッハ、オレがルーファス!さぁ、わいわいはしゃごうぜ♪」

というゴッキゲンなMCと、幼い頃からステージのコントと歌で鍛え上げた、伸びのある声と軽妙なマシンガントークが若者の間で大人気。

やがて誰もが知る「ゴッキゲンなガチョウ親父・ルーファス」として、南部一帯の若者の間で大人気になります。

ルーファスがDJをしていた頃(1950年代後半)の流行は、洗練された都会的なソウル・ミュージックでしたが、ルーファスはいつだって、どんな曲を紹介する時だって南部魂を忘れない「土臭い笑い」で、古いスタイルのR&Bやブルースも

「ちょっと待ってくれ、コイツは古いがいい音楽なんだ。なぁブラザー、女を口説く時にコイツをかけてフラレてもこの曲のせいじゃない、愛が足りなかったのさ。苦情は受け付けないぜぇ”ルーファス、次どういった曲で口説けばいいんだ?”って相談にならいつでも乗るぜぇ」

と、良質かつ泥臭い”都会の流行とはまた違ったソウル・ミュージック”を、どんどんプレイして浸透させています。

その最大の成果が”サザン・ソウル”の代名詞ともなった「スタックス・レコード」のブレイクでしょう。

実はこのレーベル、当初はテネシーやケンタッキーの白人層向けにカントリーやロカビリーのレコードを作っていたのですが、南部でジワジワ盛り上がる「サザン・ソウル・ミュージックを!」という大衆の熱気に押されるような形で、R&B、ソウルをレコーディングしてリリースすることになるんです。

この時「ちょいと親子でデュエットやらないか?」という誘いがルーファスのところにきて

「あぁいいよ」

と、引き受けたらしいんですが、何と”ルーファス親子”の”子”の方の、そう、ルーファスの娘、カーラ・トーマスの「Cause I Love You」が大ヒット、こん時からルーファスは「人気DJ」から「カーラのおやっさん」として脚光を浴びることになります。

人前に出る時のルーファスは「ずんぐりむっくりの体格に見事に禿げ上がった頭頂部とお茶目な顔」という、「おっさんとしては完璧」と言えるルックスをよりワイルドに演出するために「ド派手なジャケットに短パン、ハイソックス」という姿でキメます。

この時既に50を過ぎていたんですが、このルックスと、幼少時代から培ってきた”客の心を盛り上げる巧みな話術とパフォーマンス”に「いや、実はおっさん物凄い歌うまいがな!」という評判が評判を呼び、ルーファスは何と、1970年のファンク〜ディスコ・ブーム到来その幕開けを告げた名曲「Do the Funky Chicken」で、一躍全世界の人気者になります。

その後も一発屋で終わることなく、2001年に亡くなるまで次々とヒットを放ち、ルーファスは国民的な人気者であり続けました。


ブラック・ミュージックのファンの間では「ワッツタックス」での「観客柵超えの大ファンク祭」はもう伝説でありましょう





アタシも最初観た時「うわぁ、バーケイズ従えて出てきたこのオッサン、何者なんだろう?」と思ってましたが、その圧倒的なステージ展開にもう神業を感じました。

「うぉぉ!おっさんめちゃくちゃファンキー!!」

の、一言に尽きますね♪





1.The Dog - Single Version
2.Walking The Dog (Live @ Pj's)
3.Can Your Monkey Do The Dog
4.Somebody Stole My Dog-Single Version
5.Jump Back
6.Little Sally Walker-Single Version
7.Sister's Got A Boyfriend-Single Version
8.Sophisticated Sissy
9.Memphis Train - Single Version
10.Funky Mississippi
11.Do The Funky Chicken
12.Sixty Minute Man (Pt.2)
13.The Preacher And The Bear
14.(Do The) Push And Pull (Part.1)
15.The World Is Round
16.The Breakdown (Part.1)
17.Do The Funky Penguin (Part.1)
18.2006/3/8
19.Boogie Ain't Nuttin' (But Gettin' Down) (Part.1)
20.Do The Double Bump



さて「50を過ぎて大ブレイクした”スーパーおっさん”」でありますルーファスですが、家庭でも実にいいお父さんでありまして、十代でサザン・ソウルの歌姫として大人気だった愛娘カーラに「ちゃんと学校は出るんだぞ、この業界は一寸先は闇だからな」と、アドバイスしつつ、しっかりと大学まで出しているんです。

ステージの上でも愛の深さもファンキーなルーファス・トーマスは、おっさん達の希望の星です、あぁ、アタシもこういうおっさんになりたいなぁ。。。



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2015年10月26日

Very Best of KILLING FLOOR 2003-2015

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Very Best of KILLING FLOOR 2003-2015

(DOOLITTLE DISK)

昨晩の『ハシケンmeets伊藤大地 with アニョ VS KILLING FLOOR at ASIVI』での感動が冷めやらぬまま&の寝不足とでものっすごくボワ〜っとした頭で書いております。

「KILLING FLOOR」という名前を知ったのはいつだったでしょう。

多分、ジャズにハマッて「日本のバンドでイカしたのはいないかなぁ。ええっと、何ていうかさぁ、真面目ーにジャズやってるとかそんなんじゃなくて、気合いの入ったロック魂みたいなものを感じさせてくれる荒削りなのが聴きたいんだよなぁ・・・」と思ってた時、誰かに

「あのバンド”知る人ぞ知る”だけど、ジャズでもロックでもないし、色んなのがガチャーン!ってぶつかってる感じ・・・うぉん何だろう、トンガッてて凄い。あぁ・・・ライヴが凄いらしい」

ということを教えてもらいました。

その時は

「へー、じゃあ覚えとくよー」

ぐらいなもんだったと思います。

それから何年か経ってハシケンがフルバンドで奄美に来た時、会場で物販をやってて、で

「うぎゃあ!あのアルト・サックスの音、すっげぇカッコイイ!めちゃくちゃトンガッてるけどファンキーだし何かすげぇ!!」

「うわー、うわー、ライヴ終わったら絶対話しかけよー」

と、もうキラッキラした気持ちでおったんです。

ドキドキしながらその小柄なアルトの人に

「あの・・凄くカッコ良かったです!」

というようなことを、やや自分の拙い言葉をフルに使って何だかしまらない感じであったと思います。

そん時に

「いや、僕は東京でキリングフロアーってバンドやってるんですよ」

「キリングフロアー!?・・・あの、名前聞いたことあります!」

「うわー、マジですか?嬉しいなー」

これが、キリングフロアーのリーダー、福島ピート幹夫さんとの出会いでした。

そこでもうサックスの話やらジャズの話やら何やらで盛り上がって、更にピートさんとの付き合いは深いものになって・・・と、続くんですが

とりあえずその時出ていた「ライヴ・ブートレグ」というCDを入手して、3編成を基本とした、ブ厚いサウンドが、変幻自在&鋭くうねりながら突き刺さるビートによって、「ジャズでもロックでもファンクでもスカでも何でもある」なサウンドに、もうすっかりヤラレて

「奄美でKILLING FLOORを観たい!!!!」

というのが、アタシの15年越しぐらいの夢だったんですね。

その夢が昨日叶いました、もう何も言うことありません。

福島ピートさんのアルト、キレッキレだけど色気あって、佐藤綾音さんのテナーとクラリネットは、技術的にというよりも「聴かせる」という意味ですごく上手くてグッときいて、関口シンベさんのトランペットは、もう”踊ってる”って表現しか思い浮かばなくて、スティックベースのウッディ・モジャさんのプレイは、想像を遥かに超えた自由自在なリズムとメロディーをガンガン繰り出して、中里敦さんが手堅いドラミングでグルーヴの核を作って、そこに呼応する竹ノ家智美さんの唄心あるパーカッション、「バシュッ!バシュッ!」と物凄い切れ味で切り込んでくる伊藤大地さんのドラムと・・・、もう書ききれんぐらい凄いライヴを観せられました。

あの〜、東京近辺に住んでる人、キリングフロアーのライヴは絶対に行った方がいいです。

多分アタシのこんな文章じゃ、ライヴの凄いことの「カケラ」も伝わらないと思いますんで、とにかく体験してください。

それが色々と忙しかったり何なりで忙しくて難しいという人は、せめてCDでその「何でもあるサウンド」を体験してください。

ベスト盤出てます。





【収録曲】
1.MANA BEE
2.GOLLIRA
3.SEE SAW
4.NUBA
5.GOLDEN ELEPHANT
6.BARBECUE JOE
7.PIKE PIKE PIKE
8.TAKE7
9.IRON
10.AFRICAN GINGER
11.SEA MONKY
12.RADICAL X
13.S-SKA
14.FIRE BALL KID
15PAPAPPA-RAPPA


これ凄いアルバムですよ、2003年から2015年の間にリリースされた音源から、本当に「厳選に厳選」って感じでファンキーな曲もトランシーな曲も、メロウな曲もゴリゴリな曲も、ノリノリな曲もオールインストでガッツリです(何かもうわけわからん)。

メンバーとしてはトロンボーンの浜野謙太の、あの今お茶の間でみんなが知っている(役者さんとしても色々出てる、よね)コミカルな感じは一切ナシ!この人の”ガチ”なプレイは聴けるのは、多分ここだけなんじゃないかなーと思います。

他にも色々と書きたいことはいっぱいあるんですが、とりあえずこのブログを読んでいる守備範囲の広い音楽ファンの皆さんへ、硬派なジャズやロックが好きな人は、キリングフロアーぜひ聴いてください。

本当は「ライヴに行ってねーーーー!!」て、大音量で叫びたいんですが、とりあえず、とりあえずCDでもいいです。アツいです。




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2015年10月24日

ギター・スリム アトコ・セッションズ

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ギター・スリム/アトコ・セッションズ
(ATCO/ワーナー)

ギター・スリム、直訳すると「ギター伊達男」

うむ、ブルースマンっていう人種は「泥んこ水」とか「吠える狼」とか「稲光ホプキンス」とか、物凄い芸名の人多いけど、ギター・スリムは突き抜け過ぎていて実にカッコイイ。

「オレはカッコイイんだぜ」

「オレはワルなんだぜ(I'm A Man)」

っていうことを誇示するのは、これはもうブルースの昔からヒップホップの現在まで、アメリカ黒人音楽のミュージシャン達の間で脈々と流れ続けている伝統文化なわけなんですが、これね、名前でもってこういう見栄を切るって、やっぱりそんぐらい気合い入ってないとダメなんでしてね

もし、ソイツが芸名通りの実力がなかろうもんなら

「お前何がじゃ、ダッセェ」

と、バカにされるし、ヘタすりゃ袋叩きに合う。

そんな世界の中で堂々

「オレはギター・スリムだ!」

と名乗れるこの根性というのは相当なもんであります。

こんな名前を名乗るからには、まずギターの腕前が並じゃなければいけないし”スリム”を名乗るからにはイケメンでオシャレでトッポくないといけない。

お顔をじっくりと見てみましょう。

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うむ、ゴツいけれども優しい目をしたイイ男です、髪型もキチッとセットして、スーツやシャツにネクタイの着こなしも実にオシャレ、うん、これはモテたでしょう。うんうん。

と、感心どころじゃありません。

まぁこの人の人生と音楽は「スリムどころじゃねぇだろう!」てぐらいに壮絶なんですね。

まずこのギター・スリム、1950年代の一瞬のうちにシーンに現れて、ビルボードNo1に14週連続チャート・インするというヒットを放ったと思ったら、1959年の冬、あっという間に、32歳という若さであの世に旅立っております。

そのエピソードときたら

「全身真っ青な服を着て、髪まで青く染めてステージに立って絶叫し、爆音でギターを弾きまくっていた」

「かと思うと、ソロを弾きながらステージから客席へ下り、熱狂する客たちの間をすり抜けて会場を出て行った。でもアンプからはずーっとギターの音が鳴り響いている。一体ヤツはどこに行っちまったんだ?って思ったら、ハイウェイを走ってる車を止めて道路の真ん中で弾いてやがった」

とか

地元ルイジアナのイベントに、T・ボーン・ウォーカーゲイトマウス・ブラウンローウェル・フルスン、といった、錚々たるメンツが顔を揃えた時、居並ぶ大先輩達の前に「ズン」と立ち

「ようこそ、ここにはこの国最高のギタリスト達が今集まってる。でもオレが今夜ここを発つ頃にゃ、誰もアンタらがココに居たってことすら覚えてないと思うぜぇ♪」

と言い放ち、実際に凄まじいパフォーマンスを繰り広げて聴衆を呆然とさせたという伝説もあります。

他にも「アイツのギターの音はとにかく凄かったよ、音がデカ過ぎて何百人という観客が絶叫しようがヤツのギターの音がそれに掻き消されることはなかった。」

とか

「レコーディング・スタジオにいた時、声がガラガラなのを気にしたスタッフがオリーブオイルを飲むように勧めたら、その辺にあった香料オイルをビンごと飲んでしまった」

とか、そんな話には事欠きません。

さてさて、そんなギター・スリムの音楽、もうバケモノか何かみたいに言われている彼の”ブルース”はどんなもんだったんでしょう?

実はアタシ、ギター・スリムとは「ブルース聴きはじめ」の頃に出会っております。

「アトランティック・ブルース・ギター」というオムニバス盤が、アタシの「最初に買ったブルースのCD」という話はこのブログで散々しましたが、ブラインド・ウィリー・マクテルミシシッピ・フレッド・マクダウェルジョン・リー・フッカーときて、4曲目にギター・スリムの曲が入ってたんです。

収録されていたのは、アルバム「アトコ・セッションズ」の冒頭を飾る「Down Through Years」






【収録曲】
1.ダウン・スルー・ジ・イヤーズ
2.オー・イエー!
3.イフ・アイ・シュッド・ルーズ・ユー
4.イット・ハーツ・トゥ・ラヴ・サムワン
5.アイ・ウォント・マインド・アット・オール
6.ハロー,ハウ・ヤ・ビーン,グッドバイ
7.ホウェン・ゼアーズ・ノーウェイ・アウト
8.イフ・アイ・ハド・マイ・ライフ・トゥ・リヴ・オヴァー
9.ギター・スリム・ブギ・2
10.ストレンジ・シングス・ハプニング
11.アロング・アバウト・ミッドナイト
12.プレンティ・グッド・ルーム
13.カックル
14.マイ・タイム・イズ・エクスペンシヴ
15.ギター・スリム・ブギ・3


これね、ぶっとびましたよ。

何が凄いかって、その歌声です。

余りにもパワフル過ぎて、どう例えて言えばいいのか未だによく分かりませんが、強いていえば

「体全身を振り絞って、喉まで出てきた内蔵を、口に腕突っ込んで引きずり出してその辺に投げ捨てるような唄いっぷり」

とでも言いましょうか。

それからオーティス・レディングだとか、サム・クックとか、ハウリン・ウルフとか、そういう「シャウトする黒人ヴォーカル」というのを知ったんですが、アタシに一番最初の最初に”それ”の凄さを感じさせ、のけぞらせてくれたのはギター・スリムなんです。

大体「アトランティック・ブルース・ギター」に入ってる人のアルバムは買いましたが、ギター・スリムもアタシはアルバムとしては「アトコ・セッションズ」から入りました。

コレが実に「破天荒そのものだったギター・スリムのやぶれかぶれの壮絶シャウト」を聴くには最高のアルバムなんですよ。

録音レベル明らかに吹っ切っている声で「なう・だん・すじえーーーーー!!(Now Down Through The Years)」と絶叫する冒頭から、テンションは最後まで下がりません。

むしろ楽曲はメジャーで、ポップなもんが多いんですよね。

典型的なルイジアナ・ロッキン・ブルース調のAIKとか、典型的なニューオーリンズ・スタイルのミディアム・スロウ・ナンバーのBDEFJとか、T-ボーン、ゲイトマウス系の小気味よいギター・ソロを聴かせるHとか、MNとか、トンガっててワルい空気ムンムンではあるけれど、決して聴く人を寄せ付けないぐらいに濃すぎるってもんでもない。

ここら辺が、ロックンロール全盛時代に、ヒットチャートにガンガン切り込んでいったギター・スリムの”スリム”たる所以でありましょう。

もちろん歌声とクセのあるギター・プレイ(Lの、たった3音しかない単音ギター・リフは明らかにイカレてる!なお、この曲のこのギター・プレイはフランク・ザッパ先生に大いなるインスピレーションを与えた模様)ゆえに、末永く飽きさせることなく、むしろ聴き込む毎に何とも良い具合の味がじわ〜っと滲むものであります。

このアルバム、まず聴いて欲しいのは、やっぱりギター・スリムの強烈なシャウトを軸にした「唄のカッコ良さ」です。あと、50年代オールディーズ好きな人、実に「これよ、これこれ、ゴッキゲンじゃんよ♪」って空気を目一杯味わえますぜ。

さて、破天荒なブルースマン、ギター伊達男ことギター・スリムの「伊達じゃないんだぜぇ」な凄さ、知っていただけたと思いますが、肝心なギターについてはまだ語っておりません。

そっちに関しては、彼がこのアルバムを録音するちょいと前にレコーディング契約を交わしたスペシャリティというレーベルの「ザ・シングス・ザット・アイ・ユースト・トゥ・ドゥ」という、これはもう本当にクレイジーな名盤があります。

これはもう「おいおいマジかよ、アンプにゲインボリュームがなかった時代のヤツだろ?ありえねぇぜ」というぐらいに、クレイジーなギターが大炸裂しております。

という訳でギター・スリムの”ギター”の部分はまた次回。


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2015年10月22日

リトル・ウォルター ヘイト・トゥ・シー・ユー・ゴー

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リトル・ウォルター/ヘイト・トゥ・シー・ユー・ゴー

(Chess/ユニバーサル)

関ジャニ∞ 渋谷すばる君の、愛に溢れた”リトル・ウォルター語りを聞いて、アタシもついつい興奮して、自宅にあるリトル・ウォルター「ヘイト・トゥー・シー・ユー・ゴー」のレコードを取り出して「あぁカッコイイわぁ・・・」と、ノリノリなりながらそのド迫力のジャケットをしげしげと眺めておりました。


これこれ、この「傷だらけの顔」LPで見ると凄まじい迫力なんですが、CDでも全然凄まじいです(汗)

リトル・ウォルター、本名マリオン・ウォルター・ジェイコブスJr.

ルイジアナのクレオールの家庭に生まれるも、10代の頃には既に家を飛び出して、17歳の頃にはもうシカゴの路上でブルース・ハープをブイブイ言わせていて、ついでに言うとその頃には、伝承で語られているように、常に銃やナイフを懐に忍ばせ、酒、博打、女絡みのトラブルも多かったそうです。

36歳の時、些細なことから酔っ払いに殴られた傷が元で死んだことから

「リトル・ウォルターといえば喧嘩っぱやいチンピラ」

というイメージもありますが、実は、彼の顔面の傷のほとんどは、同じ黒人のヤクザな連中に付けられたものではなく、彼に差別的な態度や一方的な暴力をふっかけてきたシカゴの白人警官に、果敢にも立ち向かって行ったことによって付けられた「返り討ち」の傷なんだとか。

当時はブルースマンといえど、白人警官には馬鹿を装って揉めるのをやり過ごすか、へりくだってご機嫌を取るかしかなかった時代。

「おい、そこの小僧(白人警官は大人の黒人にも差別的にこう呼んでいた)、何やってんだ!」

と、高圧的な態度を取ってくる警官に

「小僧だと?俺に言ってるのか、このクソヤロウ!!」

と、完全にブチ切れた顔で悪態を付くウォルターが、警官数人に袋叩きに遭っている光景というのは、相棒だったハニーボーイ・エドワーズをはじめ、マディ、ロバート・ジュニア・ロックウッド、ジミー・ロジャース、またはチェスのオーナー、レナード・チェスなど、数々の人が何度となく目にした「日常茶飯事」だったことでしょう。

そんなことを考えるとね、やぶれかぶれだったリトル・ウォルターの人生というものについて考えながら彼のブルースを聴く時、何とも言えない切ない感傷が心をふっとよぎるんですよね・・・。

彼は決して見境なく誰彼構わずつっかかるタイプではなく、どっちかと言えば「愛されたい」「好かれたい
」という気持ちが優先して突っ走るタイプだったんじゃなかろうか。

シカゴの白人警官などと言えば、当然黒人社会にとっては「自分らを差別して迫害する憎い敵」であり、その敵にへりくだることなく突っかかることでウォルターは仲間達から一種ヒーローのように思われたかったんじゃなかろうか・・・と。

まぁ、これは本人の言葉が残ってるわけじゃないので何とも言えませんが、彼のブルース、特にソロ・デビューして「どっちかというと泥臭いブルースよりもR&B調の曲でもって売れたいぜ!」という気概に溢れた楽曲を連発して、それがまた見事にヒットしたこと、師匠のマディには「お前の歌は軽いのよ。ブルースとしてはなっちゃいねぇな」と、よく注意されたという、その棄てばちで良い意味での軽薄さに溢れた歌声が、彼の破天荒な生き様と、もう見事すぎるぐらい見事に符号してしまうので、ついつい感情移入してしまいます。

で「ヘイト・トゥ・シー・ユー・ゴー」であります。




【収録曲】
1.ノーバディ・バット・ユー
2.マイ・ベイビーズ・スウィーター
3.ローラー・コースター
4.アズ・ロング・アズ・アイ・ハヴ・ユー
5.オー・ベイビー
6.テイク・ミー・バック
7.エヴリシングズ・ゴーイング・トゥ・ビー・オールライト
8.メロウ・ダウン・イージー
9.ヘイト・トゥ・シー・ユー・ゴー
10.アイ・ガット・トゥ・ファインド・マイ・ベイビー
11.エヴリバディ・ニーズ・サムバディ
12.ブルー・ミッドナイト
13.アイヴ・ハド・マイ・ファン
14.キー・トゥ・ザ・ハイウェイ
15.ブルー・アンド・ロンサム
16.アイ・ガット・トゥ・ファインド・マイ・ベイビー(別テイク)
17.アイヴ・ハド・マイ・ファン(別テイク)


1952年に「ジューク」「マイ・ベイブ」等の曲がR&Bのチャートに入り(いずれも「ベスト・オブ・リトル・ウォルター」に収録)、願望通り「R&Bのスター」になったウォルターですが、その絶頂期はほんの数年。

ロックンロールの台頭によって、従来の「ブルース」が苦戦を強いられるようになった1950年代半ば、ウォルター自身は「オレはR&Bのスターだぜ!」とは思ってはいたものの世間からみたら「ブルースハープ吹くヤツぁブルースマンだろうが」と思われていたのか、セールス的には非常に苦戦を強いられるようになってきます。

そんな中で作られた彼のこのアルバムは、セカンドになるわけなんですが、個人的には「ジューク」を凌駕するほどの必殺インスト・ナンバー「ローラー・コースター」とか、よりR&B/ロッキンなノリの良さが炸裂した名曲はこのアルバムの方が多くてお気に入りなんですが、残念ながらこのアルバムの中から、R&Bチャートを沸かせたヒット曲は出ませんでした。

しかし、本当に良いものというのは、必ず後世の評価というものががついてくるもんなんですね。

「このアルバムのジャケットに惹かれてリトル・ウォルターを知った。そしたら何てクールなんだ!ブッ飛んだよ。曲もヒップだし、ウォルターのアンプリファイド・ハープはもう神業だね。」

と、彼の死後その内容を多くの後輩ブルースマン、そしてロック・ミュージシャン達に大絶賛された「ヘイト・トゥ・シー・ユー・ゴー」は、今では彼の代表作として、広く世界中で聴かれ、そして愛されております。

本当にどの曲もカッコ良くて、実に”ワルい”ですよ。

リトル・ウォルターが生涯残したオリジナル・アルバムはたった3枚で、どれも最高ですが聴く側の「思い入れ」をこんだけ集めたアルバムつったらないでしょう。歌の魅力、時代を先取りしまくったアンプリファイド・ハープの魅力共にどんだけ言葉を尽くしても、恐らくは尽くしきれないでしょう。

あとこのアルバム、個人的にどうしてもグッときてしょうがないが”一瞬”があります。

それはF「エヴリシングズ・ゴーイング・トゥ・ビー・オールライト 」で、曲終わった最後の最後に、アカペラでウォルターが「・・・エヴリシング、エヴィリシング、エヴリシング、イズ・ゴーイング・トゥ・ビー・オールライト・・」と、呟くように、自分自身に言い聞かせてるかのように唄ってるんですけど、このワン・フレーズに、彼の「全然” エヴリシングズ・ゴーイング・トゥ・ビー・オールライト ”じゃなかったブルースマン人生」が凝縮されてるようで、えぇ、いつも泣かされるんですよねぇ・・・。





”リトル・ウォルター”関連記事




(必殺インスト「ローラー・コースター」まるでビッグ・バンドのサックス・ソロを聴いてるようです♪)


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2015年10月20日

アマリア・ロドリゲス 幻のファースト・オリジナル・アルバム

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アマリア・ロドリゲス/幻のファースト・オリジナル・アルバム
(ライス・レコード)

カルロス・ガルデルのところで、タンゴの成り立ちみたいなものについて書いていたら、どうしてもそれとシンクロする、ファドのことを書かねばと思い、えぇ、書くことにします。

皆さんはポルトガルという国はご存知ですよね?

そう、スペインの横っちょにある小さな国ですが、かつて大航海時代と呼ばれた時代、スペインと共に世界中の海へ繰り出して、その派遣を争っていた、強力な海洋大国だった国であります。

今は、ワールドカップに出場する度に、ブラジルやスペイン、アルゼンチン、ドイツ、イングランドといった強豪達とサッカーでその覇を競っている国、と言った方が世間の理解は早いのかもしれません。

さて、アルゼンチンの港町で生まれたタンゴと同じように、ポルトガルのファドは生まれました。

「ファド」という言葉は「運命・宿命」というものを意味するポルトガル語です。

その言葉が指し示すように、ファドの調べは美しくもあり、陽気な曲であっても独特の”憂い”を持っているものが多く、聴く人の心を切々と打つものが多いです。

本日ご紹介するのは唯一無二の存在感とその強力な歌唱力で、今なお多くのファンの心をうち震わせてならない”ファドの女王”アマリア・ロドリゲスであります。

もちろんアマリア以前にも”ファディスタ”と呼ばれる歌手は男女問わず名高い名手は多く存在し、アマリア以後も素晴らしい歌手はたくさんいるのですが、やはりファドはアマリアを置いて語ることはできない。

というのも、それまでポルトガルの「民謡」でしかなかったファドを、世界中に知らしめ、一躍有名にしたのがアマリアなのです。

その影響力は、タンゴやシャンソンといった「ファドとは限りなく出自を近くする音楽」へと及び、また、かつてポルトガルの植民地であり、同じポルトガル語を話す国であったブラジルのサンビスタ(サンバのシンガーたち)、更には日本でも、ちあきなおみを筆頭に”アマリアの唄うファド”から影響を受けたものを言えばキリがありません。

さて、そんなアマリア、何がどう凄いのかと言いますと、彼女の声です。

またまたアタシの話で申し訳ないのですが、ふとしたはずみでファドのオムニバス盤を買ったことがありまして、その時はちょうど”戦前ブルースしか聴けない病”でもあったということで、ほとんどがSP盤か古いレコードからの録音であったノスタルジックな音楽に

「あぁ、いいねぇ・・・」

と浸っておりました。

その時いきなり、いきなりですよ。

もの凄い情念と、もの凄い透明感という、通常ならばまず同じ次元に存在しないはずのものが、たった一人の女の人の”声”の中に存在しているという、あり得ない歌声を聴きました。

それが、1950年代初頭に録音された、若き日のアマリア・ロドリゲスの歌声だったんです。

そん時はまだファドという音楽が何たるか、また、アマリア・ロドリゲスというシンガーがどんぐらいのもんなのかまっっっったく知らない時ですよ。

一聴で、そのオムニバス盤の中に入ってる他の十数曲が霞むほど、アマリアの歌声は”濃厚”でした。そして”切ない”を通り越して狂おしいものでした。

それから必死で色んなレコード屋さんのワールド・ミュージック・コーナーにも足を向けるようになって、アマリアのCDを(輸入盤中心に物凄い数あるのを見て、その時やっと「あぁ、この人有名な人だったんだ」とやっと気付いた次第、遅いよ俺!)片っ端から購入しては聴いておりました。

まだ世界に名が知られる前の初期音源集(オムニバスに入ってたのと同じ音源)や、リスボンの小さなカフェで行われたライヴの超名作「カフェ・ルーゾのアマリア・ロドリゲス」も買ったし、晩年になってより歌声に深みと重みが加わったEMI盤・・・とにかく「買うもの全部が当たり」だったことに、いちいち驚愕していた覚えがありますな。

ところでそんなアタシも「これ欲しい」と思いながら当時は中古ですらお目にかかることがなかった「幻のファースト・アルバム」と呼ばれた作品が、何と国内盤で復刻しております。



【収録曲】
1.Eu Disse Adeus a Casinha
2.Fado Nao Sei Quem Es
3.Maldicao
4.Cuidado Coracao
5.Ai Lisboa
6.Marcha Da Mouraria
7.Foi Deus
8.Eu Queria Cantar-Te Um Fado
9.Maria Da Cruz
10.Confesso
11.Vamos os Dois Para a Farra
12.Los Asituneros


これですね、1958年にフランス・コロンビアからリリースされて「ポルトガルの歌姫」から「世界のアマリア」に、彼女を押し上げた、もう名盤中の名盤なのですよね。

「世界リリース」とはいっても、バックには”いつもの2メンバー”のドミンゴス・カマリーニャ(ギターラ)とサントス・モレイラ(ヴィオラ、といってもヴァイオリンのおっきいアレじゃなく、ポルトガル・ギターのこと)だけを従えた、極めてシンプルで無駄のないもの。

このレコーディングの直前にアマリアは、パリ・オランピア劇場でコンサートを行い、これの評判があっという間に世界中に広がったので、これは二重の意味で”凄い音源”と言っていいと思います。


これはもう聴いてください、それ以上何も言うことはありません。






(Eu Disse Adeus a Casinha)

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2015年10月19日

チャック・ベリー 生誕89年祭!

ツイッターでとある方に教えてもらったのですが、本日10月18日は「ロックンロールの代名詞」チャック・ベリー御大の誕生日であります(!)


御年89にして、今も現役(ステージに立ってるとかだけじゃなく、相変わらずカネにがめつくて、ツアー先でバックバンド調達して、一切の妥協ナシに唯我独尊を貫いてるって意味でも)でありますよ。

ブルースやロックのレジェンド達が次々と鬼籍に入ってゆく中、チャック御大にはもう100まで現役でいてほしい、との願いを込めて、皆さんにチャック御大のアルバムをご紹介いたします。

「あ、そーいえばオレ、チャック・ベリーって聴いたことねー」て人(特にバンドやってるそこのキミだぞ!)この機会に聴いてね♪


「アフター・スクール・セッションズ」
(全てはここから始まった!1957年リリースの記念すべきオリジナル・ファースト・アルバム)

「ワン・ダズン・ベリーズ」
(矢継ぎ早にリリースされたセカンド「スウィート・シックスティーン」「ロックンロール・ミュージック」収録」)

「ベリー・イズ・オン・トップ」
(名曲「ジョニー・B・グッド」収録のサード。”ロックンロール”が時代を呑み込んだ!!)

「ロッキン・アット・ザ・ホップス」
(「ロックンロール」がゆるぎないひとつのジャンルとなった絶頂期の逸品。逮捕収監前にも関わらずこの素晴らしいクオリティ。)


「ニュー・ジューク・ボックス・ヒッツ」
(逮捕にも、ロックンロールに対する世間からの逆風にもめげずに放った5枚目。ビートルズ、クラプトン、ロジャー・ダルトリーもこのアルバムが好き)

「セントルイス・トゥ・リバプール」
(”ビートルズ人気”が追い風に!ムショの中で集中して書いた名曲揃いの6枚目「アルバム単品ならコレだろう」という熱狂的ファンも多いっす)


「チャック・ベリー・イン・ロンドン」
(チャックをリスペクトするイギリスロック勢とのゴキゲンなセッションとライヴ)


Live At The Filmore Auditrium
(スティーヴ・ミラー・バンドを従えての”フィルモア”でのライヴ、意外とブルース・ナンバーが良いんですコレ)


アルバムはまだまだありますが、とりあえず代表的なものをガッツリレビューしてあります。



そして、チャック・ベリーを更に分かりやすく知るために必見の映画がこちら↓

「キャデラック・レコード」

モス・デフ演じるチャック・ベリー、似すぎ!!!



あと、DVDではこれはもう必見ですね




「ロックンローラー、そして”人間チャック・ベリー”に生々しく迫った迫真のドキュメント」です。









2015年モスクワでの御大。リズムがどうとか音程がどうとかもはやカンケーない、イントロさえ弾いてゴキゲンに唄いさえすれば、あとはもう客が勝手に大合唱してくれる境地。うむ、カッコイイ!!

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2015年10月18日

昨日はライヴ、みんなとの再会

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昨日はアシビで行われたイベント「JAPANESS Q!!」に行ってまいりました。

きっかけはハザマリツシ君のブログです。


ハザマリツシブログ「アルバム!」

えっと、彼、9月にファースト・アルバム出したんですよ。

コレの告知文で

「(前略)奄美大島のCDショップサウンズパルのイカれた店長、たくさんの人の『手』にとって欲しくてCDとしてリリースすることにしました!」

と、書いてあり。

「これは買わねばな」

と思っていたところに凱旋ライヴの告知ですよ。

このイベントは、

・mollen(モーレンー) 
・ハザマリツシ
・ゆれる

他、奄美出身で、それぞれ東京とか大阪で頑張っているバンドやアーティストが中心になっているイベントです。

こっから、アタシ個人の思い入れをドバー!と書きます。

ハザマリツシ、モーレンーの長村創君、ゆれるのAmi、ユータ君、この人達ってのは、中学の頃からサウンズパルに入り浸って、一緒に本当に本当に楽しくて深い時間を過ごさせてもらった音楽の仲間なんだ。

彼らは「サウンズパルに育てられた」って言うかも知れないけどとんでもない、アタシは好き勝手喋ってるだけで、彼らは好き勝手グッド・ミュージックを自分達で選んでどんどん聴きまくっていた。

で、島から巣立って、それぞれの場所で自分の感性の赴くまま、どんどん勝手に”クールなヤツら”に成長してった(創君は”SUTH BLOW”ハザマリツシは”寸止海峡”というステップをそれぞれ経て”)。

そんな彼らの、昨日のライヴは本当に「凱旋」だったわけ。

もうね、彼らアタシの想像をはるかに上回るサウンドで、もう正直ビビりました。

まだ上手く感動が言葉になっていないけれど、そして、昨日観た「奄美出身で今内地で頑張っているアーティスト」は3組。

まだまだ奄美出身で、頑張ってる「サウンズパルの仲間」はいっぱいいるんだよなぁ、ってことを思うと、胸がジーンとアツくなってきて、あ、はい、すいません。上手く表現できないけど、音楽ってやっぱり最高です。

ハザマリツシのアルバム、買ってきました。



コイツについては今から聴いて、本人の希望通り「あることないこと書こう」と思ってます。



うふふ・・・。











みんなイイネ!



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2015年10月17日

カルロス・ガルデル〜Best of

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Best of Carlos Gardel
(EMI)


タンゴといえば1997年にキョーレツな”ピアソラ体験”をして以来、すっかり中毒になってしまったアタシなんですが、ピアソラをある程度聴いているうちに

「ちょっと待て、ピアソラが影響を受けたタンゴが聴きたいぞ」

と、思うようになりました。

あのですねアタシ、音楽聴く上でとっても大事なことって

「好きなアーティストが影響を受けたアーティストをどんどん掘ってゆく」

ってことだと思うんですよ。

ミーハー心でいいんです「これカッコイイ!」と思ったバンドなりミュージシャンなりが一言でも「誰々が好きで聴いてた」というのを目にしたり耳にしたら、ソッコーでメモってその音楽を聴いてください。

でも、まぁそん時は「これの何に影響受けたんだろう」「今イチわからん」とアナタは思うかも知れません。

でもね、それでいいんです。

そういう音楽ってある日突然”クる”んですよ。

「何だこれ!こんなにカッコ良かったか!?」

と、ぶっとぶほどの衝撃を受ける日が、必ずきます。

その時が、アナタの感性が”広がった”瞬間です。

感性が広がると、色んなものがカッコ良く聴けるようになります。えぇ、ジャンルとかカンケーなく、音楽聴くのが楽しくて楽しくてしょうがなくなるんですよ。とっても豊かになれるんですよ♪

おっと、話が大分横道に逸れました(汗)

で、ピアソラよりも古い時代のタンゴのCDを探して

・・・とはいっても、最初は本当にどのアーティストを聴けばいいのか全然分かりませんでしたし、大体大型CDショップに行っても「タンゴ」ってほとんどない。

だからオムニバス盤とか、クラシック・ギターの演奏家がタンゴをやっているのを中心に買いました。

その作曲者の中で、頻繁に目にするようになったのが「カルロス・ガルデル」という名前です。

「わが愛しのブエノス・アイレス(Mi Buenos Aires Querido)」という曲




は、そういえばタンゴとか洋楽とか全然知らない時から、何となく耳にしていた曲だったので

「えぇ!?これ、タンゴだったんだー」

とびっくりすると共に

「よし、カルロス・ガルデルという人をちょいと聴いてみよう」

と思ってCDを買いつつ、バイオグラフィ的なものも、調べてみました。

ガルデルは、1910年代から35年にかけて活躍したタンゴの歌手、作曲家でありますが、その活動は音楽には収まらず、端正なマスクと持ち前の美声を活かし、何と俳優としても人気を博し、単なるスターを越えた「アルゼンチンの国民的英雄」として、今も語り継がれる程の偉大なアーティストです。

その人気も、単に華やかな成功とカリスマにあったものでなく、しっかりとした音楽的な才能と革新性に裏付けられたものでありました。

タンゴ関連の資料に目を通せば、よく「タンゴは港で生まれ、ガルデルが育て上げた」みたいなこともよく書かれております。

事実ガルデルが世に出る前(1890年代頃から1900年代初頭)まで、タンゴという音楽は単なる「酒場で踊るための音楽」でしかなく、曲も単調で歌が入ってもそれは演奏の添え物的なものの域を出ない、他愛もない内容のものがほとんどだったようです。

タンゴを生んだアルゼンチンのブエノス・アイレスという街は、絶えず人が流動する港町です。

タンゴが生まれた時代にアルゼンチンに集まってきた人々の多くは、スペインやイタリアから新大陸へ一攫千金を狙ってやってくる移民達や、海に出たらば明日の命など知る由もない船乗り達やそれに関わる海千山千の商売人達でした。

いずれも「生きてくためにあんまり深いことは考えない」ような人達であったことは想像に難しくありません。タダでさえ陽気でアツいラテン気質の民族ですから、「ひとつの音楽の芸術性を高めるために、深く追究する」ようなことにはあまり興味がなかったのかも知れません。

ガルデルもそんな中で民謡や俗歌などを中心に唄うシンガーの一人でしかありませんでしたが、
「Mi Noche Triste(我が悲しみの夜)」 で、独自の哀愁を帯びた曲調と豊かな声量と表情豊かな声でもってタンゴの歌唱法を確立。

それが瞬く間にラテン・アメリカ諸国で空前の大ヒットを記録し、本格的な作曲活動に踏み出すと共に、南米からニューヨーク、パリなどの国際的なツアーを行い、世界的な成功を収めるに至りました。

ガルデルの海外での成功が、アルゼンチン国内でタンゴを見直す動きに拍車をかけたのでしょう。

酒場やダンスホールでしか演奏されなかったタンゴは、ちゃんとしたホールや演劇場で”鑑賞音楽”として演奏されるようになり、そこでまたガルデルの作った楽曲の質の高さに注目が集まることになります。

更に、無声映画からトーキーの時代への転換期が重なって、アルゼンチンの映画では、ガルデルが役者として演じて唄うシーンがあれば、その映画は大ヒットという具合に、メディアもガルデルの魅力を多くの人に伝える追い風になり、人々の心にタンゴという音楽はキッチリと焼きつくことになりますが、絶頂期の1935年、ガルデルは不慮の飛行機事故により、44歳という若さで伝説となってしまいます。

ところがガルデルの残した楽曲は、今もタンゴでは欠かすことのできない重要なレパートリーとして演奏され、クラシックでもよく採り上げられるほどになっております(さっきも言ったように、オムニバスやクラシック・ギターものとかには絶対というぐらい入ってる!)。

と、ダラダラと「カルロス・ガルデルってばこんなにも凄いんど!」ということを書いてきましたが、ガルデルの魅力=「タンゴという音楽が正に産声を上げて形になってゆくその過程」であります。







【収録曲】
1.Mi Buenos Aires Querido
2.Melodia de Arrabal
3.Leguisamo Solo
4.Tomo y Obligo
5.Silencio
6.Golondrinas
7.Por Una Cabeza
8.Sus Ojos Se Cerraron
9.Volver
10.Rubias de Nueva York
11.Dia Que Me Quieras
12.Cuesta Abajo
13.Madreselva
14.Amargura
15.Estudiante
16.Soy Una Fiera
17.Buenos Aires
18.Arrabal Amargo
19.Volvio una Noche
20.Lejana Tierra Mia

とは言っても、ガルデルのCDはなかなか出回ってません。

その中にメジャー・レーベルEMIから、値段よし選曲よしのベストが出ているのは、天佑と言っていいと思います(つまり出ているうちに買っといた方が良いということ)。

個人的には土着のフォルクローレや、フランスのシャンソンからの影響、同じくラテン圏の音楽であるファドとの類似点なんかを、この時代(戦前)のガルデルの音源から感じることが出来て深い感慨に浸っております。


単純に「戦前録音のノスタルジックな音楽を聴きたいな〜」という軽い気持ちで耳にしてもガルデルは心地良く酔わせてもくれますよ〜♪




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