2015年12月28日

エリック・ドルフィー ラスト・デイト

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エリック・ドルフィー/ラスト・デイト
(LIMELIGHT/ユニバーサル)

「エリック・ドルフィーについては、気合いを入れて書きます!」と宣言したものの、「アット・ザ・ファイヴ・スポットVol.1」そして「アット・ザ・ファイヴ・スポットvol.2」の記事を書いてから、その後しばらくご無沙汰ですいましぇん。

あのですね、実はこの「アット・ザ・ファイヴ・スポット」完結編として「メモリアル・アルバム」というのが出ておりまして、そいつについてちょっくら書こうかと思っておりましたが、あいにく只今は入手が難しい状態になっているらしく・・・再発されたらコレ、気合い入れて書きますね。だって良い作品なんですもん。

というわけで、読者の皆さまには、アタシがすっかり「ジャズを向くきっかけ」となったエリック・ドルフィーという稀代のインプロヴァイザー(即興演奏の凄い人)について、またも私情が目一杯入った文章を書きます。ごめんくださいませ。

「アウト・ゼア」「アット・ザ・ファイヴ・スポット3部作」を一気に購入して、すっかり「ドルフィー中毒者
」となってしまったアタシ、今度はさぁどれを買おうと思ってCD屋巡りをしていた時に、またも「スイングジャーナル選定ゴールドディスク」マークの付いたアルバムを目にしました。

印象的な淡いモノトーン調のイラストの「ラスト・デイト」であります。

レーベルを見たら「LIMELIGHT」という聞いたことないレーベルのロゴがジャケットにあり(日本盤はポリグラム、ちなみに原盤の原盤はFontanaというレーベルからリリースされたもので、ジャケットが違うという少々ややこしいアレがあるんですが、ここではその話は脇に置いときます)、クレジットを見たら「ミシャ・メンゲルベルグ、ジャック・ショールズ、ハン・ベンニク」という、全く知らないメンバーというのも気に入り、また、編成がドルフィーのワン・ホーンに、ミシャのピアノ・トリオというのも「これはよさげだ♪」と、当然ですが即購入を決めました。

BLUENOTEの「OUT TO LUNCH」も同じコーナーにあってそれにも惹かれたのですが、どうせならあまり馴染みのないレーベルの作品というのを聴いてみたかったんです。

で、「ラスト・デイト」というアルバムタイトルにも、何だか妙に惹かれるものを感じていたのです。

自宅で聴く前に近くの喫茶店で、休憩がてら早速パッケージを開封して、まずはライナノーツをじっくり読みました。

そこに書かれていたのは「これは36歳で非業の死を遂げたエリック・ドルフィーというジャズマンの最期の公式録音であり、そして彼の有終の美の瞬間が、どの演奏のどの瞬間にも刻まれている」というようなことであり、アタシはそこで初めて「エリック・ドルフィー」としての人生に触れるのです。

ドルフィーは”チャーリー・パーカー以来”と云われる優れたアルト・サックスの演奏技術の持ち主でありました。

そして発想も独創的で、同時代のどのジャズマンよりも、恐らくは一歩先を言っていたと思います。

彼の死後コルトレーンが傾倒したことで「フリー・ジャズ/フリー・インプロヴィゼーション」というものが多くのジャズファンの注目を集め、同時に賛否両論も激しく巻き起こしましたが、そういったジャズ界全体の即興演奏というものに対する意識を「もっと自由でもっと過激で独創性のあるものに!」というものに変革させるきっかけに大きく貢献したのも、ドルフィーがアルト・サックス、バス・クラリネット、フルートという3つの楽器を駆使して、参加するあらゆるセッションで”ぶっ飛んだ”プレイを繰り広げていたことが下地にあったでしょう。

実際にドルフィーのプレイは技巧的な意味でも発想の上でも「ひとつの到達点」を極めたようなものでありました。

理論的に言えばドルフィーのプレイは一見自由に見えて実はひとつも破綻しておらず「このコード進行、このスケール展開での破綻ギリギリの音符」を、上下の振れ幅の凄まじい指使いで、かつ凄まじいスピードで吹いておったので、もしかしたらドルフィーがもうちょっと長生きしていたところで、本人は完全即興には走らず、敢えてスタイルはオーソドックスに留まっていた可能性は大いにあります。「鬼才」と云われたセロニアス・モンクがそうであったように。

でも、そんなドルフィーの才能や独創性を高く評価していたのは、ジョン・コルトレーンやチャールス・ミンガスといったミュージシャン仲間と、一部のファンだけでした。

1960年代前半は、残念ながらクラブに通うジャズファンのほとんどは、まだ「ゴキゲンにスイングすること」だけを演奏家に求め、ドルフィーのように聴き手に刺激を与え、感覚と思考の深いところに直接コミットする演奏スタイルは受けず、ドルフィー自身は常に生活に困っておりました。

1961年には、23歳の気鋭のトランペッター、ブッカー・リトルを筆頭に、マル・ウォルドロン、リチャード・デイヴィス、エド・ブラックウェルといった才気溢れる仲間達との念願の”自分のバンド”を組んで”ファイヴ・スポット”などでの演奏で聴衆のド肝を抜く演奏を残しながらも、そのバンドもブッカー・リトルの早すぎる死によってあっけなく未来を経たれてしまいます。

そんなドルフィーに救いの手を差し伸べたのがジョン・コルトレーンとチャールス・ミンガスであります。

どちらも自らのバンドのサイドマンとしてドルフィーを雇い、ステージでは彼の見せ場もいっぱい作りました。

そしてどちらのリーダーも、遠くヨーロッパを巡るツアーにドルフィーを同行させました。

この時のヨーロッパのジャズファンは「ジャズは芸術だ」という意識が高く「コルトレーンのバンドにいるドルフィーすげぇ」「ミンガスのライヴ観に行ったけど、あのエリック・ドルフィーって何者?いやいや凄すぎるんだが・・・」と、アメリカのジャズファンと比べて”ちゃんとした評価”をドルフィーに与えております。

で、この時ドルフィーは迷いました。

「ヨーロッパの聴衆の反応は凄くいいな、正直アメリカに帰っても僕の音楽はこんな風に理解してもらうことが出来るだろうか・・・いや、多分できないだろうな。コルトレーンにもミンガスにも世話にはなってるけど、僕がいなくても彼らの音楽は既に確立された世界観がある。それにせっかくジャズマンとして生きているからには、ソロ・アーティストとして食っていくことも考えなければいけない・・・」

と、ドルフィーは真剣に将来のことも考えました。

1964年夏、この時ドルフィーはチャールス・ミンガスのツアーで再びヨーロッパを訪れていました。

彼には婚約者がおり、ツアーが終わって生活が落ち着いたら結婚しようという約束もしておりました。

意を決したドルフィーはミンガス親分に、こう切り出すのです。

「このツアーの後、自分はヨーロッパに残りたい」

ミンガスとてバンドリーダーとして、ミュージシャンの苦労や生活のことは十二分に知り尽くした男です

「そうか・・・それはしゃあないな。で、どれぐらい残るんだい?」

「分からない。もしかしたらずっと居ることになるかも知れない」

ドルフィーの決意が固いものだとしったミンガス親分は、激励の言葉をかけ、「あぁわかった。だがあんまり長居しちゃダメだそ」とだけ言って、それ以上はその話題に触れなかったといいます。

ドルフィーはミンガス・グループでのツアーをこなしながら、現地のミュージシャン、在欧中のアメリカ人ミュージシャンらと積極的にセッションを交わし、また、レコーディングやライヴも行いました。

その中で特に気に入った3人組、すなわちこの「ラスト・デイト」のメンバーであるピアニストのミシャ・メンゲルベルグ、ベースのジャック・ショールズ、そしてドラムのハン・ベンニクというオランダ人青年達によるトリオであります。

ミシャら3人は、他のヨーロッパのミュージシャン達よりも進んだ「ジャズへの理解度」を持っていました。

相手がドルフィーとくれば、その独特のアドリブにひるんだりタジタジになる現地のミュージシャン達も多かった中、この3人は違いました。

彼らは鋭い耳でドルフィーのアドリブの感触を瞬間的に掴み、先鋭的なアプローチで鋭く切り込む、いわゆる”返し”をすることができました。

アルバム冒頭の「エピストロフィー」は、セロニアス・モンクの「難曲」といわれる複雑なリズムの組み合わせが特徴的な曲ですが、ここではミシャ・メンゲルベルグが左手と右手でテーマの独特な「バラバラ感」を更にズバッと際立たせる見事なピアノ・バッキングでガンガンに攻めております。

更にジャック・ショールズがしっかりと”軸”の定まった冷静なラインを突如崩したりまた構築したりしながら、ジワジワと盛り上げるのに対し、ハン・ベンニクが物凄いへヴィな「打撃のドラミング」(この人は手数よりも”一打の重さ”で聴かせる人です)で、もうこのトリオだけの演奏でもいいんじゃないかと思ったところにドルフィーの素晴らしく自由で最高にヘヴィなアドリブが絡みます。

アルバム全編、ドルフィーが持つ「熱さ」とミシャ・メンゲルベルグのトリオが持つ「張り詰めた緊張感」が一瞬のスキもみせずに最初から最後まで高い次元でやり合っており、最後の曲の「ミス・アン」が終わった後に流れるドルフィーの肉声

「When you hear music, after it`s over, it`s gone inthe air. You can never capture it again(音楽は中空に消え去り、それを二度と取り戻すことは出来ない)」


で、聴く側はハッと現実世界に戻される。

そんなアルバムです、これを「至高」と呼ばずして何と呼びましょうや。





【パーソネル】
エリック・ドルフィー(as,bcl,fl)
ミシャ・メンゲルベルグ(p)
ジャック・ショールズ(b)
ハン・ベンニク(ds)

【収録曲】
1.エピストロフィー
2.サウス・ストリート・イグジット
3.ザ・マドリグ・スピークス、ザ・パンサー・ウォークス
4.ピポクリストマトリーファズ
5.ユー・ドント・ノウ・ホワット・ラヴ・イズ
6.ミス・アン


聴きどころは他にも「ジャズ史上屈指の壮絶に美しい名演」と呼ばれるフルートの「ユー・ドント・ノウ・ホワット・ラヴ・イズ」をはじめとして、それこそいっぱいあります。が、あえてこれは皆さんに聴いてもらって、ドルフィーの凄さを通じて「ジャズという音楽そのものが持つスリルと緊張感のカタルシス」をぜひね、じっくり味わってもらいたいなと思っております。

ドルフィーはこのミシャのトリオを凄く気に入って「次もまた演奏しような」と約束をして、彼らとのレコーディングを楽しんだオランダの地方都市ヒルベルサムを後にして、ミンガス・グループと合流してドイツへ向かいます。

そして、ドイツでのいくつかの演奏を終えて、ミンガス・グループのレコーディングとは別に、ドナルド・バードらと行ったラジオ放送用のスタジオで演奏を終えてしばらくの後、持病の糖尿病が急に悪化してそのまま病院へ担ぎこまれ、ベルリンで帰らぬ人となってしまうのでした。

何とも悲しいドルフィーの生涯ではありますが、今改めて「ラスト・デイト」を聴くと、ヒリヒリとした緊張感はみなぎっておりますが、そのプレイからは暗い死の影なんか微塵も感じられません。

それゆえに聴く度に胸がいっぱいになってしますのです。

「音楽は中空に消え去って、二度と取り戻すことは出来ない」

その言葉通りエリック・ドルフィーのような演奏家は、彼の死後50年近く経っても未だ現れておりません。




(「You Don't Know What Love Is」この曲だけでも聴く価値アリですが、他の曲も凄いよ)


”エリック・ドルフィー”関連記事

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2015年12月26日

indigo la End あの街レコード

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Indigo la End/あの街レコード
(ワーナー)

今、各方面で話題になっている「ゲスの極み乙女」というバンドがありまして、このバンドが面白いなぁと思って聴いております。

で、ゲスの話をするとJ-POP先生のウチの奥さんが「インディゴラエンドもいいのよ」と教示してくれます。

「何だねそれは?」

と訊くと、ゲスの極み乙女のヴォーカルである、川谷絵音(えのん)クンが、ゲスを結成する前に結成して、今もやっているバンドだと。

ほうほう、確かにゲスの極みはあの、オモチャ箱どっかーんとひっくり返したようなサウンドでもちゃんと”うた”がスーッと入ってきて聴けるのは、ヴォーカルの声が柔らかで耳に心地良いというのと、どこか切ない余韻を引きずる詩的な世界観があるからだよねー。

と思いつつ、Indigo la End 聴いてみました。

あぁ、どこかUKロックの香りのする、何というか甘酸っぱいギター・ロック・サウンド(アタシはその昔のグレイプバインを思い出しました)、疾走するギター+ベース+ドラムのサウンドに乗って、切なさを壊れたガラス細工のように撒き散らしながら、そして余韻を残して消えてゆく、川谷絵音の振り絞るようなヴォーカル、うん、これ、素直に”イイ!”ですね。

やっぱりギター・ポップって「切なくてなんぼ」だと思うんですよ。アタシはUSの、パンク・ハードコアな男臭いロックが好きで、ブルースの流れを汲む泥臭ーい音楽もちろん好物なんですが、だからこそですね、こういう爽やかな、愛とか恋とかにキュンとなる音楽をたまには聴いてですね、詩心を補充せんといかんと思うのです、あ、ほら、一応歌人のはしくれでもありますし・・・(汗)。

嫁さんには色々とオススメ盤があるようでしたが、アタシが個人的に一番グッと来たのはタイトル&ジャケットも素敵なコチラ




1.夜明けの街でサヨナラを
2.名もなきハッピーエンド
3.billion billion
4.あの街の帰り道
5.染まるまで
6.ダビングシーン
7.mudai
8.アリスは突然に


2014年にリリースされた、彼らの実質的なメジャー・デビュー作になるのかな?(活動は2010年からということで、メジャーに出るまでにしっかりとした実績のある実力派なんですよ)8曲入りのミニ・アルバムであります。

バンド・サウンドは軽やかでありますが、よくよく聴くと骨組みはしっかりとしていて、特にギターの長田カーティスさんの、シングルコイルの艶やかな鳴りを活かしたメロディアスなテレキャスの音がとてもよろしい♪

あと「やっぱり絵音クンの歌詞だよ」と言う嫁先生の言に従って歌詞カードを熟読しておりますが、あぁこの”甘酸っぱい感”はやっぱり歌詞あってのものですね。

このアルバムの中でもアタシは2曲目「名もなきハッピーエンド」がこれ、J-POP史上に残すべき名曲だと思っておりますが、この「ありふれた別れ」のストーリーに感情と情景を淡々と織り込んでゆく文才、とっても素敵であります。




この時代にあえて「ミニ・アルバム」ってのもイイですよね♪

只今「ゲスの極み乙女」にハマッている皆さん、インディゴもイイですよ。ぜひチェックしてみてください。




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2015年12月25日

国本武春&ザ・ラストフロンティア アパラチアン三味線

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国本武春&ザ・ラストフロンティア/アパラチアン三味線

(武春堂/シャミレコーズ)

浪曲に関しては恥ずかしながら二代目広沢虎造ぐらいしか知らず、親父が持っていたカセットを聴きながら

「赤城の山も今宵限りィーーーー””」

と、例のドス声で物真似をするぐらいの知識しかなかったアタシでしたが、ある日テレビでロックアレンジの浪曲、浪曲!?・・・浪曲!!

の「忠臣蔵」を観て血がアツくなると共に大爆笑してしまいました。

「まぁこの国本武春という人の今風の浪曲の何てポップで楽しいこと」

と。

はい、浪曲師の国本武春さんといえば、1990年代に新進気鋭の若手のホープとして、浪曲というものを「今ある音楽」をそれこそ何こそ使って、エンターティメントとして楽しく世のお茶の間に届けてくれた人なんですね。

ある年齢層より下の世代の方には、NHK教育テレビ「にほんごであそぼ」の”うなりやベベン”と言った方がピンとくるかも知れません。

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このキャラクターの濃さにして、このポップさ。

一言でこの人を言い表せる人は、恐らくいないんじゃなかろうかと思います。

そして、それからテレビで観る機会も多くなり、その三味線演奏家としての腕の凄さに、アタシはブッ飛ぶことになります。

「ロック三味線」

という触れ込みで「スモーク・オン・ザ・ウォーター」などのロックの名曲を三味線でバッキバキに弾きまくっているのを聴いて更にブッ飛ばされます。

あのね、伝統芸能の人が一番やっちゃいけないのは

「中途半端なポピュラー音楽とかワールド・ミュージックとのコラボ」

なんですよ。

いかにも優等生然としたイケメンイケ女が、どこを目指しているのか分からない衣装を着せられて、観ているこっちが恥ずかしくなるようなステージというのは、これはまぁよくあります。

コノ人達がまた音楽知らないんでしょうね「お稽古事」としてしか音楽をやってないもんだから、ポップス曲のカヴァーなんかの、聴いてるこっちが恥ずかしくなるぐらいの凄惨なものが日曜の朝っぱらからお茶の間を凍り付かせる・・・なんてことが、まぁ今でも多々ありますが(笑)

国本武春さんの三味線は、その辺の優等生芸能とはハッキリと質が違います。

どんなアレンジであろうがどんなジャンルであろうが常に「本気」なんですよ。

三味線のあらゆる伝統的なテクニックを駆使して洋楽にチャレンジしていても、それが全然「俺様伝統芸能」みたいな鼻に付くところがなくて、また「洋」の雰囲気に呑まれることもなく、しっかりと「和」で鳴っている。

とびきりにご機嫌なアルバムをここいらで皆さんにひとつご紹介いたしやしょうかい(←感化されて浪曲風)


おっとその前(めぇ)に動画がありやしたねぇ



「本気」の和三味線が、アタシの大好きなカントリー/ブルーグラスとこんなに素敵にマッチングしておりますよ♪




【収録曲】
1.Appalachian Shamisen
2.Are You Missing Me
3.Tiger Creek
4.Lonesome Dreams
5.Lonesome Yokocho
6.It Was Your Love
7.Eureko’s Breakdown
8.I’ll Never Shed Another Tear
9.Ninja Rag
10.Little Girl And The Dreadful Snake
11.Earl’s Medley
12.This World Is Not My Home
13.Dream of A Geisha
14.Pray For Asia (アジアの祈り)
15.Rawhide
16.Shami and Bird
17.Pancake Rag


2006年リリースの「国本武春&ザ・ラストフロンティア」という、これはもうガチなブルーグラスバンドとしての作品です。こぉれが大変にゴキゲンで実に聴いてて溜飲が下がる。

いっときますがこのアルバム「三味線が主役でバックがカントリー」とかいう失礼なアルバムじゃござんせん。

国本師匠はあくまで「ラストフロンティアのメンバー」として、ギターやバンジョー、マンドリンといったブルーグラスの定番楽器と同じ土俵で「フツーに三味線」でやっております。三味線の名手であることは言うまでもなく「ブルーグラス」という音楽に特別な愛とリスペクトがなければ、この節妙なバランス感、この最高なスイング感は絶対にありえんでしょう、いや、ありえんよ。

自身のレーベルから色んな作風のアルバムを出していて、色んなスタイルで三味線を唄わせておる国本師匠でありますが、やっぱりね、本気でロックもブルースもカントリーも浪曲も「同じように大好き!」だったんだと思います。その姿勢がね、最高にロックですよ♪





(昨晩東京の友人”三味線の黒師匠”に教えてもらいましたバディ・ガイとの魂のセッション!)


(古典の傑作として「南部坂の別れ」アタシぁこれ好きなんです)


55歳といえば、浪曲の世界では「まだまだ若手」ですよね・・・謹んでご冥福をお祈りします。


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2015年12月24日

ブライアン・セッツァー・オーケストラ Boogie Woogie Christmas

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The Brian Setzer Ohrchestra/Boogie Woogie Christmas

(Surfdog Records Wea)

は〜い、皆さんクリスマスしてますか〜♪

何かと忙しいアタシは、昨晩ひとあし先に嫁さんとお友達と三人で楽しくまったりクリスマス祭りをしておりました。

いや、あのね、アタシはただどうしてもピザとケーキが食べたかったんですよ。

ほいでお酒は呑めないので、嫁さんは毎年気を利かせてシャンメリーを買ってくるんですけどね。

え?シャンメリーって何?

そらぁアナタ、アレですよ、ちびっこが飲むあの甘いノンアルコールのアレですよ。

毎年むくつけきアタシには不似合いのキャラクターものをガッツリ買ってきてくれるんですけど今年はプリキュア(!!)

はい、ピザやケーキと一緒に美味しく頂きましたとも、プリキュアのシャンメリー(^^;

そんなこんなでクリスマスイブ前夜祭はゆるゆると終わり、本日は気合いを入れて「ビッとしたクリスマス・イブ」でございます。

男ならクリスマスっつたらコレだろ?

というわけで本日はブライアン・セッツァー先輩オーケストラのゴキゲンなクリスマス・アルバム「ブギ・ウギ・クリスマス」でノリノリゴッキゲンっす!!



【収録曲】
1.Jingle Bells
2.Boogie Woogie Santa Claus
3.Winter Wonderland
4.Blue Christmas
5.Santa Claus is Back in Town
6.Baby It's Cold Outside
7.The Nutcracker Suite
8.The Man with the Bag
9.Sleigh Ride
10.Run Rudolph Run
11.Cactus Christmas
12.So They Say It's Christmas
13.O Holy Night
14.The Amens

ブライアン・セッツァー先輩オーケストラについては、もう何の説明も必要ございませんね。

ストレイ・キャッツからのファンもだけど「オーケストラでジャンピン・ジャイヴして、ロッキンなサウンドがこんなにノリノリでカッコイイんだ!」と、世界中の多くのストッレイキャッツ知らない若い人からも絶大な支持を集め、今、世界で最もアツいビッグ・バンドでございますよ♪

常に50'sサウンドを意識しながらも、現在進行形で「カッコイイ生の音楽」でいつもワクワクさせてくれるのがブライアン・セッツァー先輩であり、ノリノリでいながら最高にダンディな”大人の色気”が、その唄声とギター(グレッチ)から、もうムンムンと漂ってきて、たまらん最高なわけなんですが、そんなブライアン・セッツァー先輩とオーケストラがクリスマス・ソングをゴキゲンに聴かせてくれるアルバムがコチラ。

いやもう冒頭から「クリスマス?オーケー楽しもうぜ♪」てな具合の、ノリノリにスイングするいかにもアメリカンなサウンドが炸裂します。

聴く人にゃ、その豪快に突っ走るノリノリの「ロッキン・クリスマス・ソング」をまずは楽しんで頂いて欲しいところであります。

全14曲、ブライアン・セッツァー先輩の素敵なところは、ノリノリの中にもしっかりと円熟を感じさせるナンバーと、先人達へのリスペクトをところどころに散りばめているところでして、先輩のヒーローであるエルヴィス・プレスリーのC、女優アン・マーガレットとのムーディーなデュエットで聴かせるE、クラシック(バレエ)名曲の「くるみ割り人形」が最高にスインギーになっちゃったFでのグレン・ミラー(ジャズの凄い人で、おんなじよーにビッグバンドでこの曲やってるのよん♪)への敬意と、ギター・ソロではジャンゴ・ラインハルトのようなフレージングを感じさせたり、ジャズファンや大人の音楽ファンにもしっかりと楽しみながらも深く聴かせる”みどころ”もたくさんあって、実に飽きさせません。

何より最初に言ったように「クリスマスたのしいぜー!」って屈託なく演奏しているブライアン・セッツァー先輩の男気と、楽しくスイングしつつもガッチリ組み上げられた鉄壁のバンド・サウンドでそれに応えるオーケストラのマルチぶりが本当に凄いです。

このアルバムを店頭売っていた2002年、ロカビリー好きのお客さんが

「今年はブライアン・セッツァーのクリスマス・アルバムが出たから、クリスマスの日はリーゼントキメてこれ聴くんだー」

と、嬉しそうに買っていかれたことを思い出します(リリースされたのは確か9月の後半頃だったはず)。


そのお客さんは、普段は至って普通の髪形をしている、真面目なお仕事をされていた方です。


もうね、ブアイアン・セッツァー先輩はそういう人なんですよ、もうゴッキゲン♪









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2015年12月22日

ロンドン・コーリング ザ・ライフ・オブ・ジョー・ストラマー

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ロンドン・コーリング ザ・ライフ・オブ・ジョー・ストラマー
(ジェネオン・エンタテインメント)

ある日のクリスマス・イブの日に、ニュースで『ロック・シンガーのジョー・ストラマーさんが、22日にイングランドの自宅で亡くなりました。50歳でした。』というのを見て

「嘘だろ・・・」

と、ショックでしばらく絶句したのを、つい数年前のように記憶していたのですが、今ネットで見てみたらその年は2002年。

「嘘だろ、もう13年も前のことかよ・・・」

と、再び絶句した只今です。

はい、今日はジョー・ストラマー先輩の命日、しかも13回忌になりますね(西洋にこういう風習はないかと思いますが、日本のいちファンの気持ちとして、しっかりと追悼したいので敢えてこういう書き方をします。気持ちとしてです)。朝から大好きなクラッシュのアルバムと「ジョー・ストラマー&メスカレロズ」のCD、そしてクラッシュ結成前に在籍していた「The 101'ers」のCDを仕事車に積んで聴きまくっておりました(今日の仕事は遠出だったのでサム・リヴァースの45分強の狂盤「ストリームス」を聴くつもりだったのですが、ジョー・ストラマー先輩の日というのを思い出して急遽変更)。


ジョー・ストラマー先輩は、その音楽性だけではなく、常に「思想としてカッコイイパンク」を体現していた人だったと思います。

割と裕福な中産階級の生まれでありながら、常にその視線は「弱いもの」の方に向けられ、彼らを励まし、奮い立たせるメッセージを歌やインタビューで発信しつづけ、世の不条理やそういった不条理を生み出しているシステムと「戦え」と、音楽と行動でハッキリと世界中の音楽ファンに、先頭に立って示し続けてきた人です。

アタシは中学時代、ジョー・ストラマー先輩の姿勢を見て「こういう男にならねばな」と思って「誰に何と言われようとカッコイイと思ったものはカッコイイと思う」ことにしてきました。

非力ではありましたが「弱い人」「困ってる人」を見かけたら、自分はその人達の味方でありたいと思ってきました。

パンクロックというのは、単なる音楽かも知れません。

でも”パンク”というのは生き方なんです。

そう、教わってきましたし、今もアタシは色んな音楽に寄り道しながらも中学の時ジョー・ストラマー先輩に教えられたことを表現や日常生活の寄るべき柱にして生きております。

でも、ジョー・ストラマー先輩のそういった「ものの考え方」にひとつピーンと筋が通っていて、とてつもない説得力があったというのは、やはり純粋な「音楽に対する愛」が心の奥底の一番熱いところにあったからに他なりません。

だからアタシはクラッシュ経由で色んな洋楽を知り、そのカッコ良さを体験することが出来ました。

ロカビリー、戦前ブルース、ジャズ、スカ、ルーツ・レゲエ・・・どのジャンルの音楽も、今こうやって「カッコイイ音」として聴くことが出来ることも、原体験としてクラッシュのサウンドに触れてシビレたという体験があったからに他なりません。

で、特に若い人に「パンクロックって凄くカッコイイんだよ、ジョー・ストラマー先輩って最高に男だよ」と、ジジイになっても言い続けていきたいアタシは、今日のこの日に「まずは観ておくべき!」のドキュメントDVDをご紹介します。






このDVDボックスは単品で「Future Is Unwritten」と題されてリリースされていたジョー・ストラマー先輩の生い立ちからクラッシュでの活動、そして晩年に至るまでの足取りが、貴重な関係者たちの証言(イトコ、学生時代の友人、バンド仲間などなど)レア映像(子供時代のジョー・ストラマー先輩とか、クラッシュのあれこれとか)と、最高にカッコイイ音楽(クラッシュだけじゃなくて、MC5、ウディ・ガスリー、エルヴィス・プレスリー、ブッカ・ホワイト、U・ロイ、エディ・コクラン、ニーナ・シモンなどなど、先輩が影響を受けた様々なジャンルの音源)とが終始一貫して観る人の目と耳を釘付けにする最高のドキュメンタリー作品に、オリジナルTシャツに缶バッヂなど、色んな特典がてんこ盛りの正に「メモリアル・ボックス」であります。

個人的にはブルースについて言及している部分にグッときました。あとオープニングの「白い暴動」で鳥肌が立たないロックファンはいないと思います。そいでもって亡くなる直前2002年の、損得抜きで「心意気」で敢行した消防署ライヴ・・・。あ、あんまり書くとネタバレになりますのでアタシの能書きはどうでもいい「ロック」という言葉に何か特別なアツいものを感じる人はもう一生モノだと思ってぜひとも、いや、何卒お手本に!





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2015年12月21日

《アイルランド》アイリッシュ・パイプの魅力

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《アイルランド》アイリッシュ・パイプの魅力
(NONESUCH/ワーナー)

え〜、アイルランドの音楽というのは、いわゆる民族音楽やワールド・ミュージックにハマっている人以外でも、ファンの多い「聴く人の層の厚い音楽」だと思います。

その背景にはやっぱりエンヤやチーフタンズ、ケルティック・ウーマンなどの人気歌手やグループが「ケルト音楽」というものをポップにアレンジして、独自のポピュラー・ミュージックにして広く世に知らしめた、或いはパンクやロックの流れでポーグスやU2といったバンド達が、或いはハッキリと、或いはそこはかとなく「アングロサクソンとは違うのだよアングロサクソンとは!」という主張をその音楽の中に盛り込んで主張した等々・・・色々な要素がありましょうが、決定的なのはやっぱりアイルランドやブリテン島北部に根強く残るケルト音楽、はたまたケルト文化の名残りというものは、どこか私たち日本人が空想する「ヨーロッパのおとぎ話のイメージ」というものを強く想起させてくれるからなんだと思います。

んで、幼い頃に絵本なんかで親しんだ「世界むかしばなしの世界」とか「風の谷のナウシカ」をはじめとするスタジオジブリ初期の記憶が、どこか私たちの心の中の「懐かしさ」を感じさせる回路にこうピーンと反応する。

実を言いますと、今現在この地球上には純粋な「ケルト人」というのは存在しておりません。

ここらへんは人種や宗教が複雑に入り乱れるヨーロッパの歴史のお勉強になるんですが、ケルトという民族は8世紀から9世紀にかけて侵入してきたノルマン人(いわゆるバイキングですな)に一度滅ぼされ、更にブリテン島やアイルランド島をはじめ、ヨーロッパ各地を支配したノルマン人はそれぞれの地域において土着化して混血を繰り返し、ブリテン島では元々いたアングル人が更に侵入してきたゲルマン系のサクソン人と交わって独自の「アングロ・サクソン系民族」というものを作って繁栄するんですが、アイルランドに住むノルマン人とケルトの末裔達の混血民族(あーややこしい)は、アングロ・サクソンの支配を潔しとせず、度々抵抗を重ねて、実質支配を何度も受けながら、その中でさっきも言ったように「俺たちはヤツらブリテン島の連中とは違うんだ!」と、もう独自文化を意地で継承しておったんです。

はい、アイルランドの歴史は複雑過ぎてややこしいので、大分はしょっておりますが、大体こんな感じです。

だもんでアイルランドには、人種としての「ケルト」は消えても、文化としての「ケルト」は細々と残りました。

その典型がアイリッシュ・ミュージックであり、んでもってイギリスの支配下に置かれた北アイルランドの人々が後に飢饉から逃れるためにアメリカ大陸に大量に移り住んでカントリー・ミュージックの素になる音楽を作って・・・という風に、実はアイリッシュ音楽は、今のポピュラー・ミュージックとはその成立の一番最初の時点から、実は切っても切れない深い因縁で結ばれてるんですけど、そこまで書いちゃうと本当に長くややこしい文章になってしまいますので、今日は触れないでおきます(でも、頭の片隅に「カントリー・ミュージックのルーツはアイルランドのトラッドなんだぜぇ」ってことは頭の片隅にでも入れといてください)。

さて、そんなアイルランドの音楽、「タン、タン、タンタンタン」と、弾むような”5”のリズム(これは奄美の八月踊りのリズムとも似通ってます)と、ゆったりとしたテンポの上をそよ風が撫でるようにメロディーが流れてゆくタイプの2つの曲調に大きく分かれますが、どちらも「繰り返し」のメロディーが基本です。

そこで長年アイリッシュ・ミュージックを演奏する人たちに親しまれてきたのが、ご当地を代表する”吹きもの”の楽器が「アイリッシュ・パイプ」と「ホィッスル」であります。

はい、「アイリッシュ・パイプ」というのはこれはいわゆる「バグパイプ」ですね。


(こちらは日本におけるバグパイプの第一人者、加藤健二郎さんによる、スコットランド・スタイルの演奏です)

アイルランドに限らず、スコットランドやイングランド、それからフランス、イタリア、スペイン、更にはトルコ辺りまで、様々な呼び名で広く使われておりますが、とりわけアイルランドとスコットランドでこの楽器は非常に重要なのであります。

特にアイルランドでは「アイリッシュ・パイプ」という呼び方に並々ならぬこだわりがありますので、現地で、もしくはアイルランドの人がコレを吹いておるのを見て間違っても「バグパイプ!」と言わないように。「何ぉ!?スコットランド人なんかと一緒にするない!!」と、怒られます(半分はジョークですが半分はマジです)。

一方の「ホィッスル」というのは、これはあのお巡りさんやスポーツの審判が「ピピーー!」と吹くアレではなくて、いわゆる「笛」全般のことを言います。


(コチラも日本人。ホィッスル演奏家hataoさんによる見事な演奏です)

別名を”ティン・ホィッスル”と言いまして、今は樹脂製やプラスチック製など様々な素材のものが使われておるようですが、基本はブリキで作られたシンプルな構造のヤツで、キィに合わせて色んな大きさのものを複数吹き分けるのがアイルランド・スタイルです(ブルース・ハープの笛版と思って頂ければよろしい)。

で、前置きがかなり長くなりましたが、本日ご紹介するアルバムは、この「アイリッシュ・パイプ」と「ホィッスル」の名手で、今もアイルランド音楽界では伝統を継承し、シーンを牽引している名手(物凄い有名人)、ティンバー・フュレーによる「ほぼ独奏」(ギターの伴奏がCのみで軽く付くぐらい)のコアなアルバムです。







【演奏】
ティンバー・フュレー(アイリッシュ・パイプ&ホイッスル)
エディー・フュレー(ギター)

【収録曲】
1.レイキッシュ・バディ
2.金持ち鬼婆
3.キャッスル・テラス
4.マダム・ポナパルト
5.牛の乳をしぼる若い娘
6.フィンのお気に入り
7.ピーター・バーンのファンシー
8.オロークのリール
9.ロイズ・ハンズ
10.ブランクスティ・デイヴィー
11.りっぱな薔薇のしげみ
12.エディーのファンシー
13.銀の槍

内訳は全13曲中9曲がパイプ、4曲がホィッスル。

どの曲も「これぞアイリッシュ・ミュージックの核、ケルトの伝統の真髄」と言いたくなるほどの、混ぜ物(今風のアレンジとか華美な伴奏とか)一切ナシ!で「最近のアイルランド・ポップスから聴いてケルト音楽の深いやつを聴いてみたくなった」という人の期待には120%応えて余りあるでしょう。

また、サウンズパル店頭に立っていた時は、音楽を作っている人がサンプリングソースとしてこのCDを買う人が結構いました(皆さん試聴して「こういうの欲しかったんだよ」と仰ってました)。




(最近のフィンバー・フュレーさん、実際は吹きものだけじゃなくて弦楽器も唄もやるマルチなアーティストなんです♪)


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2015年12月19日

ブラッド・メルドー Elegiac Cycle

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Brad Mehldau/Elegiac Cycle
(Werner)


今日も寒いです。

ゴンザレス/ソロ・ピアノの記事を書き上げてからというもの、アタシの「感傷アンテナ」は、ちょいとエライことになってまして、えぇ、ピアノものばかりを自宅で、そして配達車の中で聴きまくっております。

アタシを虜にして離さないもの、それは「音そのもの」ではなく、ピアノものを聴いた後にスゥ〜っと長く細い帯を引く余韻に流れる詩情のようなもの。

それが目一杯に織り込められたものは、どんなジャンルの音楽であれ「これたまんない!」となってしまうんです。

「たまんないもの」

の最たるものがブラッド・メルドーの、この「エレゲイア・サイクル」。

これもまた例によってピアノ一台で切々と紡がれる詩情の音楽であります。

1990年代後半にデビューしたブラッド・メルドーは、一応ジャズのピアニストではあるんですけれど、何と言うか、狭い狭いカギカッコの中に収まるような人じゃないんです。

最初に「アート・オブ・ザ・トリオ」としてデビューした時は、有名スタンダードにニック・ドレイクやレディオヘッドの曲なんかもやっていて、で、インタビューで口を開けばコルトレーン、ビル・エヴァンスといっったジャズの巨匠もベートーヴェン、ニルヴァーナも同じ「音楽」として、その深遠な哲学に似た語り口で大いに語り、ウィリアム・バロウズ、アレン・ギンズバーグ、リルケなど、多くの文学からの影響も語るメルドー。

ついでに言うと体に刺青も入ってて、いや、だからという訳ではないんですが「この人はいわゆる”お勉強ジャズ”のミュージシャンじゃないぞ!」と、注目して、でも、そんなこと言ってただの変わり者だったらアレだな、なんて思って買った「アート・オブ・ザ・トリオVol.3」が、もう最高だったんですね。

何ていうんだろうこの人のピアノは。とりあえずもうとことんまでシニカルに美しく「音楽に縋って生きてきた人」ならではの、孤独とか苦悩とか葛藤とか、感情で言えば決してポジティヴではないそんなものを、持ち前の詩的感性でことごとく、こんなにもこんなにも美しいものにしちゃってアナタ一体どうしてくれるのよ!

というぐらいに激しく心に刺さるものでありました。

で、そんな彼の最新作は「ソロ・ピアノ、しかも全曲オリジナル」という訳で、これはもう予約して買わねばならんだろうと思って買いました。

結果もうハマり過ぎて離れられなくなったんですけどね

今もってこの美しい美しい「哀歌集」を、いざ言葉で説明しようと思っても感傷が上回って「うわ〜!!」となってしまいます。特に何があったという訳ではないのに、彼の繊細で危うくて心の隙間の深いところにピンポイントでズキズキと刺し込んでくる旋律が、涙腺を刺激するんです。泣けちゃって泣けちゃってしょうがないんです。



【パーソネル】
Brad Mehldau(p)

【収録曲】
1.Bard
2.Resignation
3.Memory's Tricks
4.Elegy For William Burroughs And Allen Ginsberg
5.Lament For Linus
6.Trailer Park Ghost
7.Goodbye Storyteller (For Fred Myrow)
8.Ruckblick
9.The Bard Returns


人生の中でいくつもの音楽に出会ってきて「人生を変えた一枚」というのがあるのなら、アタシはこのアルバムはその中でもかなり上位の方に来る作品だと思っています。








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2015年12月17日

B.B.キング ザ・コンプリート・RPM/ケント・レコーディング・ボックス 1950~1965

「今年亡くなった」ということもあり、アタシは改めてB.B.キングを聴いとります。

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B.B.の、もちろん唄やギターのカッコ良さは、イイ歳になって初めて「グッとる部分」もあったりしますが、それはまぁ置いといて・・・。

何だかんだ色んな音楽を好きになってくると、知識とかそういったものが増えます。

このミュージシャンの代表作はどれどれで、何年に誰それと共演して、この人に影響を受けたのがあの人で・・・とか、音楽を演奏する上で使う技術や理論的なことなど、どうしても「楽しむ上で欠かせないもの」としての知識を覚えながら、理性で音を捉えようとしております(音楽紹介のブログなんかを書いておったら尚更です)。

でも、何というか結局アタシは何も知らないんだな、やっぱり音楽って知識や理論や理性じゃなくて「それを心から欲する本能」を、無我夢中で爆発させながら、何だかんだ言ってそのアーティスト個人の「心意気」みたいなものに惚れて聴いてるんだなと思います。

いや、そんなことを思い知らされるんですよ、B.B.キングの底抜けに「陽」な唄とギターに「くーっ!」ってなっている時に。

ブルースって、アメリカ南部の黒人の、それはもう平和な今の時代の日本に住んでいるアタシらなんかには想像は出来ても実感としては感じ取れないほどの過酷な人生から生み出された音楽なんです。

「ベイビー、オレは辛いんだ。とんでもなくブルーなんだ。あぁ、この気持ちがオレをおかしくする・・・」

ブルースの歌詞でこういったパターンの曲は多くて、もちろんB.B.も音は陽気でも、歌詞をよく読むとこういう歌、けっこう唄ってます。

それでもB.B.の音楽(ブルース)は「それがどーしたよ、カンケーないぜ!楽しくやろう」と、聴いている人に語りかけているようであり、実際に本人も

「私はブルースが好きでたまんないんだよ。こんなブルーな音楽の何が好きかって?さぁそれは分からない。でも、私は実際これまでの人生で何度もブルースに救われてきたし、ブルースがどうしようもなく救われない人間の気持ちをほんのいっときでも最高にハイでエキサイティングなものにしてくれるということを私は知っている」

と語っております。だからB.B.は

「ブルースを好きじゃない人にも、ブルースを嫌いにならないように願って一生懸命やっているよ」

という言葉と共に、常にニコニコしながら「ルシール」(ギター)を唄わせて、世界中の「ブルースが好き」というミュージシャン達とは年齢や肌の色も関係なく、求められれば可能な限り共演に応じ、ファンが楽屋に来たら誰であれ心から歓迎して招き入れ、インタビュアーや評論家の、うんざりするような陳腐な質問(アナタにとってブルースとは何ですか?という類の)にも、同じように笑顔で丁寧に答え「ブルースってゴキゲンな音楽なんだよ」ということを、10代でデビューしてから89歳で亡くなるまでずーっと第一線でやってきたんだと思います。

その根底には「ブルースに恩返しをしたいんだ」もっと具体的にいえばB.B.が大好きだったTボーン・ウォーカー、ローウェル・フルスン、エルモア・ジェイムス、ルイ・ジョーダン、ブッカ・ホワイト、といった、彼が「師匠」と呼びリスペクトしているブルースマン達の音楽にも、出来たら夢中になってもらいたい。

そういう「心意気」でB.B.は音楽やっとたんだろうと思います。



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B.B.のその「心意気」を受けて、アタシもこれからもずっと「心意気」でグッドミュージックを紹介していきたい。

で、ちょいと財布にゆとりのある人は、ぜひB.B.キングの、デビューから全盛期に至るまでのホンッとに凄い勢いのブルースをドカーっと聴いて欲しい




というわけで今月16日に、PヴァインがB.B.に目一杯のリスペクト込めて作った凄いBOXが出ました。

これね、もう凄いの。

何が凄いって、内容は当然なんだけど、ライナノーツから選曲からジャケットのデザインから何から全部、日本の「本気でブルースが好きでたまんない!それもこれもB.B.のおかげ!!」という想いがビシバシ伝わってくるの。

とにかく音楽は「心意気」これです。

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2015年12月16日

ゴンザレス ソロ・ピアノ

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ゴンザレス/ソロ・ピアノ
(BEAT RECORDS/SARL GENTLE THREAT)

寒くなってきました、アタシの「感傷アンテナ」も、北風と西風がごうごうと吹きすさび、体感気温は余裕で10℃を下回ってる感じのここ奄美でもビンビンでございます。

冷たい外気や重たい空の色、風に吹きさらしの葉を落とした樹々たち、荒れ狂う海・・・。

そんなものにぼんやりと意識をゆだねておりましたら、柄にもなく「耽美」とかいう言葉が心の中に浮かんできました。

耽美という言葉は、これは難しい言葉でありますので、日常生活ではあまり使いませんよね。

でも、音楽や文学などに意識を向けますと、どうしてもこの言葉でないと説明がつかないものというのがどうもあるような気が致します。

たとえばアタシの心を狂おしく捉えて離さないピアノ音楽。

ビル・エヴァンスとかショパンとか、グールドやアルゲリッチの弾くバッハとか、ブラッド・メルドー、キース・ジャレット、セロニアス・モンク、マル・ウォルドロン・・・挙げればキリがないんですけど、今日はゴンザレスの「ソロ・ピアノ」です。

このアルバムのオリジナルは確かリリースが2004年頃だったと思いますが、アタシが最初に耳にしたのは確か2008年の冬でした。

ある日ふと衛星放送の音楽番組を見ていたら、何とも切ないピアノ音楽が、たくさんの賑やかなヒットチャートやガンガンなロック・ミュージックの合間に、まるで夢のように流れてきまして、その違和感というのが、何とも不思議だったんですね。

「あれ?なーんでこんな番組に、いきなりエリック・サティの曲流すんだろう?」

と、最初は思いました。

アルバム1曲目の「Gogol」という曲ですね。



この曲が「ゴンザレス」という名前の現代のアーティストのオリジナル曲だということを知ったのは、それよりちょっと後の話です。

この2分1秒の短いピアノだけのインスト曲、その旋律に心を奪われたその瞬間に「耽美」という言葉が激しく心に突き刺さったんです。

で、みなさん「耽美」って何でしょうね?

てか「美しさ」って何でございましょ?

アタシは思うんです。

「美しさ」っていうのは、単純な「綺麗」の表面よりもっともっと深いところに、儚さやあやうさ、そして時に厳しさや怖ろしさといったものを孕んでいるものではなかろうか?と。

たとえばショパンの夜想曲なんかは、とてもとても優しくて綺麗なメロディーですよね。

でも、そんなショパンの夜想曲を「あぁ綺麗なメロディーだな・・・」と聴いているうちに、どこか胸が締め付けられるように切なくもなってくる。

音楽であれ詩であれ、絵画であれ「美を感じる」ということは、何事もそういうものなんじゃなかろうかと思うのです。

はい、そういうことを皆さんひとつ心の片隅にでもですね、ここはひとつどうか置いてやってくださって、ゴンザレスの話に戻りましょうね。

アタシが2008年に不意に出会った「耽美」を感じさせてやまないピアニスト、ゴンザレス。




【収録曲】
1.Gogol
2.Mainfesto
3.Overnight
4.Bermuda Triangle
5.Dot
6.Armellodie
7.Carnivalse
8.Meischeid
9.Paristocrats
10.Gentle Threat
11.Tourist
12.Salon Salloon
13.Oregano
14.Basmati
15.CM Blues
16.One Note At A Time

(Disc-2:ボーナスDVD)
1.Opening Speech
2.First Note
3.Major / Minor
4.Harmony
5.Rhythm
6.Wagner / Ravel
7.White Key / Black Key
8.Melody Lesson
9.Oregano / Dot
10.Carnivalse
11.Take Me to Broadway
12.Game for Fools w/ Mocky & Jamie Lidell
13.Multiply w/Feist, Mocky & Jamie Lidell
14.When I Was a Young Girl w/Feist, Mocky & Jamie Lidell
15.So Called Party Over There w/Feist, Mocky & Jamie Lidell
16.Red Leather official video
17.Piano Battle
18.Take Me to Broadway official video
19.Worst M.C. official video
20.Pisces
21.Organism
22.Armellodie (Solo Piano concert)
23.Bundes Press Conference
24.Gonzo on Israli TV
25.Koln Concert (Solo Piano Concert)


アーティストとして活動する時のフルネームはチリー・ゴンザレスといいまして、実は専業のピアニストではありません。

気になってちょいと経歴を調べてみたら、”チリー・ゴンザレス”というエレクトロ・ヒップ・ホップのクリエイターであり、シニカルな詩を独特のミステリアスなスタイルでラップに乗せて繰り出すラッパーでもあり、あらゆる楽器をこなすマルチ・インストゥル・メンタル・プレイヤーであり、ポップスから現代音楽までを幅広くこなすジャンルレスな作曲家/アレンジャーであり、かと思えばナイトクラブでド派手なピンクのタキシード姿でステージに立ち、ミステリアスな歌や一人芝居を演じるパフォーマーであり・・・と、本当に「謎に包まれた様々な顔」を持っています。

彼の音楽におけるマルチな才能と、独特の退廃(デカダン)漂うその強烈なキャラクターを見出したのが、フレンチ・ポップの大御所歌姫であるジェーン・バーキンであり、このソロ・ピアノ・アルバムも、ジェーン・バーキンのアルバムを録音している最中にスタジオで「あ、ちょっとこのピアノを弾いてみようかな?」というノリで作った作品だといいます。

けれどもこのアルバムの全編を覆ってる耽美、というか儚くも退廃的な音楽の”美”これは「軽い気持ちでやったノリ」じゃないんです。

アルバム買って聴いたらやっぱりどの曲も美しくて、もう切ない溜息が出るほどのものなんです。

これはアタシの勝手な妄想ですが、多分このアルバムを吹き込んだ時のゴンザレスは、プロデューサーとか作曲家とかパフォーマーとかいう仮面の全部を脱ぎ捨てて、もしかしたら「アーティスト」であることすら忘れてひとりの感情を持つ「人間」として一台のピアノに向かって、心の内から自然に沸き起こってくる、目一杯の言葉にならない哀歓を委ねたんじゃなかろうかと思うのです。

感じることはその他も色々とありますが、このアルバムは2000年代に出た良質な「美しいピアノ作品」として、多分100年後はクラシックになっているだろうと思います。

「音楽聴いて切なくなりたい」

という人の手に、一人でも多くの人にこのアルバムが届きますように。。。



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2015年12月15日

ハウリン・ウルフ リアル・フォーク・ブルース

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ハウリン・ウルフ/リアル・フォーク・ブルース

(Chess/ユニバーサル)


ジャケット全体にデカデカと乗っかったハウリン・ウルフ親分が大口開けて「ガッハッハ!」と笑うこのジャケット。

いや、イイです。実にイイ。

「いい男のいい顔」っていうのは、多分こんな顔のことを言うんじゃなかろうかと思います。

中身の方もジャケットに負けず、すっごくゴキゲン♪

ウルフ親分といえば、大御所と言われようが何と言われようが、デビュー当時から全っ然変わらない、粗くやさぐれたバッタバタのギットギトのバンド・サウンドが繰り出す真っ直ぐに飛ばすビートに乗って、例のキョーレツなダミ声で吠える、吠える、んでまだ吠える!のスタイルを貫いた人でありますので、ハッキリ言ってアルバムはどれも剥き出しのブルース衝動、というよりもズカズカ遠慮のないロッキンな衝動がそのまんま音になっているものばかり。

特に「いや、ハウリン・ウルフって名前は聞いたことあるんスけど、自分、ぶっちゃけアルバム持ってないんスよね」っていう人には「そらもうどれでもいいから聴いてみなさいよ、どれもキョーレツだから♪」と言いたいんですけどね。

過去にアタシがオススメでレビューした「モーニン・イン・ザ・ムーンライト」とか「モア・リアル・フォーク・ブルース」或いは初期ウエスト・メンフィスで大暴れしていた頃の「シングス・ザ・ブルース」を読んでみて「う・・・聴いてみたいけど、何か・・・怖い・・・」と思っている方には、上記3枚よりもややポップでとっつきやすい曲が多い、この「リアル・フォーク・ブルース」をオススメします。





【収録曲】
1.キリング・フロア
2.ルイーズ
3.プア・ボーイ
4.シッティン・オン・トップ・オブ・ザ・ワールド
5.ネイチャー
6.マイ・カントリー・シュガー・ママ
7.テイル・ドラッガー
8.スリー・ハンドレッド・パウンズ・オブ・ジョイ
9.ザ・ナチェス・バーニング
10.ビルト・フォー・コンフォート
11.ウー・ベイビー、ホールド・ミー
12.テル・ミー・ホワット・アイヴ・ダン

このアルバム、何といいますかとても「唄ってるウルフ本人の機嫌が良い」アルバムなんですよね。

録音は1950年代中盤から60年代半ば、ウルフらシカゴブルースの重鎮達にとっては新しく台頭してきたロックンロールやR&Bの勢いに押され、セールス的には決して好調とは言えなかった時期にチェス・レコードからリリースされたシングル曲などをピックアップした内容ではあるんですが、ところがどっこい演奏クオリティとウルフ本人の唄のテンションはそんな世間のことなんかまったくカンケーない。

ロックンロール何するものぞ、クレイジーなのはオレらの方だぜ!と豪快に宣言しているかのようなタテノリの@から、終始ゴキゲンなテンションでウルフ親分豪快にブルースしてます、ロックしてます。

特に「Poor Boy」と「Sittin On The Top Of The World」という、ウルフが幼少の頃から生まれ故郷のミシシッピで聴いていたであろう古いブルースのスタンダードのウルフ流バンド・スタイルのカヴァーが秀逸なんですね。

前者は作者不明、ボ・ウィヴィル・ジャクソンが1926年に録音したヴァージョンが多分一番古い、その他ファリー・ルイス、ガス・キャノン、ランブリン・トーマスといった戦前ブルースマン達が唄っております。

後者は戦前ミシシッピ・デルタ地帯で人気を博したミシシッピ・シークスの持ち歌で、あのロバート・ジョンソンの「Come On In My Kitchin」の元ネタでもあります。シークスはサン・ハウスやチャーリー・パットンらともよく共演していたそうなので、ウルフは若い頃直にシークスの演奏を聴いて覚えたのかも知れません。

かと思いきやR&B風味のとてもポップなナンバーGなんかで「若いヤツらのやり方もできるんだぜ♪」と、懐の深さをまるで子供のように無邪気にアピールしてたり、強面ウルフ親分の、意外にカワイイ顔を想像できたりもするんです。

それとこのアルバムでキレッキレに大活躍しているのが、ヒューバート・サムリンのリードギター。

シカゴ時代のウルフといえば「ヒューバート・サムリンの鋭く切り込むギター」とのセットで聴いてもらえればもう間違いはないんですが、どっからどう聴いてもタフで力強いウルフの唄に、切れ味鋭く絶妙に切り込んでくるヒューバートのギターの、最も素晴らしいプレイが聴けるのは本作かなぁと思います。

あと、タイトルに「リアル・フォーク・ブルース」とあるんで

「え?あのハウリン・ウルフが生楽器バックにフォークなブルースやってんの?」

とよく訊かれますが、ご安心ください。演奏は全曲ゴリゴリの黄金期シカゴ・バンド・ブルース・サウンドです。



”ハウリン・ウルフ”関連記事


(「KILLING FLOOR」アルバム一発目からこんなでゴッキゲン♪)

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