ディープなコラム こちらにも書いてます♪

2016年04月27日

チック・コリア Now He Sings, Now He Sobs

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Chick Corea/Now He Sings, Now He Sobs
(Solid State/BLUENOTE)

日中の日差しが強くなって(4月です)、ちょっと動いただけで気持ち悪い汗が背中にジトッと滲む時期(4月です)がやってきました。

つまり奄美地方、これはもう「夏」ですよ(4月です)。

しかも連日の雨。

うへぇ・・・。

まだ梅雨入りこそ発表されておりませんが、えぇ梅雨でしょう。

もうこの時期は慢性的に頭も痛いし

うへぇ・・・。

はい、嫌な季節でございますねぇ。

「いや、こんなときこそシャキッとせにゃいかん!気合いを入れてアルバムレビュー書くぞー!!」

と、気持ちだけはやるものの、どうにも言葉が沸いてきません。

なので昨日と今日はひたすらシャキッとした音楽で、まずはこの頭痛を何とかしようかと思いつつ、聴いていたのはチック・コリアです。



【パーソネル】
Chick Corea(p)
Miroslav Vitous(b)
Roy Haynes(ds)

【収録曲】
1.Steps-What Was
2.Matrix
3.Now He Sings, Now He Sobs
4.Now He Beats The Drum, Now He Stops
5.The Law Of Falling And Catching Up
6.Samba Yantra
7.Bossa
8.I Don't Know
9.Fragments
10.Windows
11.Gemini
12.Pannonica
13.My One And Only Love


はい、チック・コリアといえばそれこそカメレオンのように、様々な顔を持つピアニスト/キーボード奏者であります。

正統派4ビートでのピアノ・トリオもやるし、キーボード(フェンダーローズ)を甘〜く鳴らしてエレクトリックなフュージョンもする。かと思えばかなり激しいフリー・ジャズな演奏もある。

アタシなんかもまだどのアルバムがとか、どのレーベルの時代がとか知らない頃に

「む。そろそろチック・コリアを聴かねばなるまい」

と思って何枚か買ったら、その全部が見事にぜんっぜん違う音楽性のもので(「リターン・トゥー・フォーエヴァー」と「クリスタル・サイレンス」と「サークル」のライヴ盤)、3枚ぶっつづけで聴いてものの見事にアタマの回線がショートしたことも今は懐かしい思い出です。

ちょうどその頃、マイルスのバンドにチックが参加している時代のなんかを同時に知ったりなんかして

「えっと、チック・コリアって人、聴けば聴くほどわけがわからないんだが・・・」

となっておりました。

そんな時、雑誌を見て「チック・コリア、ピアノ・トリオでの名盤にして最高傑作」とかいう煽り記事を目にして、うん、ジャケットもしんみょーにピアノに向かってる若き日のチックだし、これは内容マトモ(失礼)に違いなかろう。コレでダメだったらごめんだけど俺、チックよくわからんわ。

と思って、心のどこかに若干の藁をも掴む気持ちがありつつ、恐る恐る手にしたのが、今日ご紹介する「ナウ・ヒー・シングス、ナウ・ヒー・ソブス」です。

これが予想の八倍ぐらいにアタシの頭をズキューンと直撃してくれましたねぇ。

「チック、よーわからん」

が、この盤を聴いたのを境に

「チック、カッコイイがな!」

になって、最初に買って、しばらく触らんどこうと思ってた3枚を聴いて、何か「ピン!」と繋がったのは、今思い出してもアタシの音楽的な嬉しい経験でした。

はい、内容なんですが、1968年録音の、チックにとっては珍しいピアノ・トリオ作で、メンバーはチック・コリア(ピアノ)、ミロスラフ・ヴィトウス(ベース)の、新進気鋭の若手2人に、大ベテランのロイ・ヘインズのドラムという組み合わせ。

ミロスラフ・ヴィトウスといえば、あのウェザー・リポートの初代ベーシストで、独特のメロディアスでちょいとクセのあるベース・ラインをマシンガンのように繰り出す個性派であり、ロイ・ヘインズはこれはもう正統派ジャズの超大物でありながら、コルトレーンとかエリック・ドルフィー、ローランド・カークとかいうクセの強い人らのバックでも期待値以上の快演で応えてくれるスーパー仕事人。

この3人が、とにかく鋭角で徹底して都会的(てか現代的)かつ体感速度最高のクールなピアノ・トリオを聴かせてくれるんです。

チックのピアノは、タッチが硬質で、多分意図的になんだろうけど余分な情緒をズバッと斬り捨てて走るんですよね。

「どこまでが譜面に書かれたテーマでどこからがアドリブか分からないほど整ったピアノ・プレイ」

チックの演奏を一言でいえばもうコレなんですが、そのスタイルがもうこの時点でほぼ完成されております。

だから単純に「心地良いピアノ・トリオ」というよりは、ある種の緊張感を伴って、研ぎ澄まされたエネルギーがどんどん美しい音楽として昇華しておるその快楽に耳を委ねるとイイですねこれ。





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2016年04月24日

プリンス ザ・ヴォルト〜オールド・フレンズ・フォー・セール

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プリンス/ザ・ヴォルト〜オールド・フレンズ・フォー・セール

(ワーナー)

またしても気が重いのですが訃報です・・・。

芸術の分野においては「天才は夭折する」というジンクスがありますが、プリンス57歳は若すぎると思うのです。

この人こそ70になっても80になってもアッと驚くような新作を、その他もろもろの話題と共に作り続けてくれるだろうと思っておりました。或いは90を過ぎてもキワドい衣装でステージに立ち続けてくれるものと思っておりました・・・。

プリンスに関して言えば、彼は自らの音楽性の根幹にネオソウルという核をしっかりと持っていて、それを常に熱く妖しくたぎらせていた。

でも「黒人音楽じゃない、ポップスだ!」とカッコ良く主張しつづけてそれをクオリティ面でもセールス面でも叶えた。

常に鮮烈な人だったと思います。

こんな知ったようなことをつらつらと書いておりますが、実はアタシはプリンスを「うぉおすげぇ!」と思ったのは、ハタチも過ぎてからのことです。

最初に知ったのは、確か中学か高校の時に、母親が「今日はプリンスのライヴをテレビでやるから観なきゃ!!」と、キャッキャはしゃいでいた時、そのライヴを一緒にせんべいを食べながら観た時でした。

「この人は凄いのよ、ソウルをここまで進化させた・・・天才よね」

とか

「ビデオに録っとかんと、今度はいつ来日するかわからんから・・・」

とか

もう女学生丸出しでアゲアゲなテンションになっている母親を横目に、ボヘーっとしながらせんべいをかじっていたのでありますが、思春期真っ盛りに観たプリンスのライヴは、これは親子で観るもんじゃないだろうというキワドい、有り体に申し上げれば実にエロい、そしてエグいステージで、それが最初に感じたプリンスの「鮮烈」です。

しかし、そのライヴの中で、おもむろに独自のデザインの、あの白いギターを持ち出して、やおや凄まじいソロを弾き出したプリンスの、それまでのステージでの中性的な振る舞いとは打って変わって男らしい、豪快で痛快に弾きっぷりに、二度目の「鮮烈」を浴びました。

そん時はソウルとかR&BとかファンクとかディスコとかAORとか、あらゆるもんが渾然一体となって、しかしどこか妖しさとか憂いと共に綴られているプリンスの音楽の情報量を、弱い頭が処理できなかったんですね。なのでアタシのその時のプリンス認識は

「おぉ、コイツなんかオカマみたいだけど、ギターは鬼だぞ!」

でした。

んで、ハタチを過ぎて音楽の先輩達とソウルやR&Bの話になった時

「いや、プリンスは正直今までちゃんと聴いたことはなかったんですけど、自分はあのギターはとにかく凄いなぁ・・と」

たどたどしく素直にそのギターの凄さについて口にして、思わず怒られるかと思ったのですが、心優しい先輩達は「それでいいんだ、プリンスは世界で一番過小評価されているギタリストなんだよ」と。

その時はブルース、ジャズときて、そろそろソウルも聴こうかなー?という時期で、色々とかじり聴きした中ではマーヴィン・ゲイの「ホワッツ・ゴーイング・オン」カーティス・メイフィールドのファーストが、ベタだけど凄くしっくり来た。

で、プリンスの初期から80年代のアルバムを聴いてみたら、これが思ってた以上にサックリと、その”カッコ良さ”が理解できて、ようやくですよね。ようやく「うぉお、プリンスってこんなすげー人だったんだ」と気付くに至りました。


訃報に接してから3日、アタシは「プリンスらしいアルバムを一枚、タラーっと聴こう」と決めまして、この3日ほどずっとこれです。


【収録曲】
1.ザ・レスト・オブ・マイ・ライフ
2.イッツ・アバウト・ザット・ウォーク
3.シー・スポーク・トゥ・ミー
4.5 ウィメン
5.ホウェン・ザ・ライツ・ゴー・ダウン
6.マイ・リトル・ピル
7.ゼア・イズ・ロンリー
8.オールド・フレンズ・フォー・セール
9.サラ
10.エクストラオーディナリー

このアルバムは、1999年にリリースされた(丁度アタシが「プリンスすげー」とようやくなった年)アルバムで、色々あって(つうかこの人に関しては”色々”ないほうが珍しい)所属していたワーナーとの契約を解消するためにリリースした未発表/レア・トラックス集なんですが、これがポップあり、セクシャルなR&Bあり、ジャズありで、ヘタをすればそんじょのベスト・アルバムよりも彼の魅力が濃厚に凝縮されとるんです。

朝から晩まで、コレを聴きながらユル〜く追悼してるわけなんですが、いや「どんなに出来がよくてもアルバムのコンセプトからちょっとでも外れる曲はアルバムには入れない」というプリンスの美学も、この”作品ではないレア・トラック集”を聴けば逆説的に染みますね。

「プリンスの名盤」と呼ばれるアルバムの条件は、いくつかあると思いますが、アタシなりにまとめると

・楽曲のバリエーションが豊富で、しかもそれらがキチンと流れに沿って散漫になってない

・繊細な裏声からソウルフルな地声まで、変幻自在な声の魔術師ぶりがたっぷりと味わえる

・鬼のギター・ソロが存分にフィーチャーされている

・自らこなす他の楽器も、あちこちでイイ味を出している

となります。

以上の条件を、このレア・トラックスで全て軽々と満たしておるところが、コノ人のおっそろしいところなんです。

作品の数も凄く多い人なので、まずはこれを聴いて、そこからベストなり名盤「パープル・レイン」とかに行ってもいいし、いや、でも最初期の”一人変態ファンク多重録音”モノもいいなぁ・・・と、とりとめがなくなりそうなので今日はこのへんで。。。





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2016年04月21日

アストル・ピアソラとキンテート”ヌエボ・タンゴ” われらの時代

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アストル・ピアソラとキンテート”ヌエボ・タンゴ”/われらの時代
(CBS/ソニー・ミュージック)

はい、うららかな春のこの佳き日に、アタシはすっかり「アルゼンチン・タンゴしか聴きけない病」にかかってしまったようでございます。

で、ピアソラです。

前回の「タンゴ・コンポラネオ」の記事中で、アタシは確か、ピアソラはメジャーのCBSに何枚かアルバムを残しているよ、と書きましたが、本日はその肝心要の記念すべき第一弾となったアルバムをご紹介いたしましょうね。

その前に、アタシがここで勝手に「ピアソラ、ピアソラ」とはしゃいでムハーッとなってることに、多くの読者の皆さんは「?」だと思いますので、アストル・ピアソラが「新しいタンゴ(タンゴ・ヌエボ)を生み出す前」の経歴についてちょこっと解説して、皆さんに「へー、ピアソラってそんな人だったんだねー」と、少しばかり知っていただきたいと思います。

アストル・ピアソラは1921年、アルゼンチンの港湾都市マル・デル・プラタにて、イタリア系移民の三世として生まれます。

ちなみに同年生まれのミュージシャンといえば、ローウェル・フルスン御大、並木路子、チコ・ハミルトン、ジョニー・オーティスなどがおります。この中にジャズマンでありながらピアソラと同じように、クラシックからの深い影響を音楽のエッセンスとして取り入れたチコ・ハミルトンがいることに、何かしら奇縁みたいなものを感じますね。

アルゼンチンの国民音楽タンゴの大家であるピアソラなので、幼い頃よりドップリとタンゴ漬けだったのかと思いきや実はそうではなく、4歳の頃からニューヨークに移住して、そこで10代の頃まではジャズに夢中になっておったようです。

この、ピアソラのニューヨークでの原体験こそが、様々な音楽とタンゴを客観的に、或いは純粋に音楽的に比較対象して、独自のものを創造するピアソラの姿勢を育みました。

「芸術表現を味わうためには、それが古いものでも現代的なものでも、必要なのは感受性だけだ」

と、ピアソラは60年代にインタビューで語っておりますが、この徹底して客観的かつクールな視点に、彼の音楽性や音楽遍歴の全てが凝縮されているように思います。

で、ティーンエイジャーだったピアソラが「タンゴ(つまり母国アルゼンチンの音楽)をやろう!」と思ったきっかけは、16歳(だったはず)の時に再びアルゼンチンに舞い戻り、そこで1930年代末の時点で最高に先鋭的といわれたエルビーノ・バルダーロ楽団の演奏を聴いたことでありました。

ピアソラが最初に感銘を受けたエルビーノ・バルダーロ楽団の音楽は、自身もヴァイオリン奏者として、それまで「バンドネオンの補佐役」であったヴァイオリンその他の弦楽器を、時にメロディアスなソロでフィーチャーして、時によく練り上げられたアレンジの中で、美しいアンサンブルでも聴かせるといったものであります。

ピアソラはバルダーロに影響を受け、本格的な音楽理論を勉強しながら、自身もバンドネオン奏者として「オーケストラみたいな高濃度で広がりのあるタンゴ、つまりレコードでの鑑賞にも十分に応えられる新しいタンゴを作ってやろう!」との意気込みに燃えておりました。タンゴの新曲やクラシック曲などをガンガン作曲しておりましたが、1940年代の半ば、ちょうど第二次世界大戦が終わった辺りの頃に、タンゴ表現に限界を感じ、1954年には一旦タンゴを捨て、クラシックの作曲家となるためにヨーロッパへと移り住んでおりますが、その時師事した、20世紀を代表する音楽教育の巨匠、ナディア・ブーランジェの許でバッハ、特に平均律クラヴィーアを徹底して仕込まれます。

後のピアソラのスコアにバッハ的な対位法(2音以上の主旋律が互いのメロディとつながりながらひとつのメロディーになっているようなアレ)が出てきて、それがピアソラ聴きにとっては最高のカタルシスのひとつでもあるんですが、それはきっとこの時代に培われたものでありましょう。

ブーランジェ師匠には、自分がタンゴのミュージシャンであることなどを一切隠して真面目にクラシックの音楽生として通していたピアソラではありますが、ある日

「ピアソラ君、ちょっといい・・・?」

「はい先生、何でしょう」

「あなたの音楽性は・・・なんていうかなぁ、とっても独自の、他の人にない情熱があって・・・う〜ん・・・あなたはそれを今必死で隠そうとして、クラシックに没頭しているような気がするんだけど、気のせいかしら?」

「先生、私は今までクラシックしか好んだことがありませんし、これからも情熱は全てクラシックに捧げるつもりでありますが・・・」

「うん、わかる。それはそれで素晴らしいことよ。私はクラシックの教師だし、アナタには今のところクラシックの理論と表現法しか教えられない。でもね、それがもどかしく感じる時がね、ふとあったりするのよ。」

「先生・・・もう隠してもしょうがないから言いますが、実は私はアルゼンチンでタンゴをやっておりました」

「そうでしょう」

「でも・・・タンゴには限界があります。どんなに高度な技法を凝らしてスケールの大きな音楽を生み出そうが、大衆はそれを求めていない。」

「ほんとうにそうかしら?」

「えぇ・・・先生。だから私は失望しました。私の音楽は酒場やクラブハウスで一時の熱情に身も心も捧げる聴衆よりも、ホールできちんと聴く姿勢で聴き、いつまでも心に残してくれる人々に届けたいと。タンゴにはそれが出来ない。どうしても出来ないのですよ・・・」

「話を変えますアストル。バッハやベートーヴェンは、自らの何に従って曲を作り、そして演奏したと思いますか?」

「それは・・・情熱と感性です」

「そうです。ではアストル、あなたの情熱と感性はどこから生まれてきていますか?」

「それは・・・」


と(ぜーんぶ想像ですが)、つまり「自分自身の原点であるタンゴを演奏し、新しい音楽の地平をタンゴで切り開くべき!」と諭され、タンゴの世界へ戻り、長く果てしない戦いに身を投じることを決意するのであります。

そんなこんながありまして、アルゼンチンに戻ってからのピアソラは「世間のことなど知らん!」とばかりに、次々と大胆な試みを行います。

まずは1955年、タンゴのバンドとしては初の”エレキギターの導入”に踏み込みます。

とはいっても当時のエレキギター(フルアコ)はあくまで「生ギターでは出せない音量を稼ぐため」というのと、フルアコ独特の甘い音色でもって、自身のバンドネオンやヴァイオリンなどのメロディ楽器のパートを補うために、ピアソラはエレキギターを弾く演奏家をバンドに雇いました。つまりバンドに対する電気楽器の導入は、ピアソラにしてみればあくまで「常識内」のことであります。

にも関わらず、まだよくエレキギターというものを分からない保守的なファンからは、これはタンゴへの冒涜である!けしからん!と顰蹙を買うばかりではなく、ピアソラ自身脅迫状を送り付けられたり、実際不穏な人物に尾行されるなど、結構ガチでヤバい目に遭ってはいるんですが「タンゴに情熱の全てを捧げる、たとえ全世界を敵に回しても」という意志を持ったピアソラはめげません。

50年代のピアソラは、何枚かアルバムをレコーディングして、それらは賛否両論。でも確実にわずかな「賛」の声がピアソラを支えました。

50年代後半に1年ほどニューヨークへ滞在して、そこでジャズとタンゴを融合させた実験的な音楽を演奏し、ニューヨークで、ピアソラの名声は確実に高まっておりました。

「そうだ、古いタンゴのあり方に固執するアルゼンチンでウケなくても、音楽に対して、いや、新しく、そして鮮烈なものに正直な反応を示すニューヨークの人々が私の音楽を理解してくれている。ならばこのまま自分の信じる表現を究めて、それに対するリアクションを私は世界に求めるべきだ。世界が認めればアルゼンチンのタンゴもきっと変わる」

ピアソラは次々と”賭け”に出ました。

そんなピアソラに目を付け

「面白いじゃないか、それならぜひレコードで思いっきりやってみたらいい」

とオファーしてきたのが、当時の大メジャーレーベル、CBSだったのであります。

で、ようやくアルバムの紹介に移れます(汗)





【収録曲】
1.天使へのイントロダクション
2.天使の死
3.悲しいミロンガ
4.帰りのない旅
5.イマヘネス 676
6.われらの時代
7.バラの河
8.シンプレ
9.すべては過去
10.酔いどれたち
11.フイモス (昔のふたり)

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はい、1962年に製作された、タイトルもそのものズバリの「われらの時代」は、ピアソラの記念すべきCBS第一作でありまして、同時に「タンゴ・ヌエボ(新しいタンゴ)」あるいは「タンゴ・コンポラネオ(現代タンゴ)」を提唱するピアソラが、全世界へ向けて発信した、真に新しいタンゴの”粋”がギッシリ詰まった超大作であります。

ピアソラのファンにとってはすっかりおなじみの「天使の死」「天使のミロンガ」などの名曲も入っているというのがまず嬉しいのですが、このアルバムは、作品一枚がひとつの組曲のような、壮大なスケールの作品です。

ピアソラの”試み”としては、フーガ(対位法)を演奏の中でふんだんに、何の遠慮もなしに「これでもか!」と取り入れて、ひとつの曲の中で何度も何度も訪れる狂おしきカタルシスに、聴いてるこっちはハマり込んで「くぅぅ・・・!」とならずにはおれません。

メンバーには、この後もピアソラのよき相棒となるアントニオ・アグリ(ヴァイオリン)とオスカル・ロペス・ルイス(エレキギター)そしてBFHJで澄み切った芯のある魅惑のテノールでもうトロットロにしてくれるエクトル・テローサスがピアソラの音世界をガッツリと、本当に彼らひとりひとりがピアソラの分身であるかのように、音の化身となって創造しております。

楽曲のひとつひとつをじっくり解説したいのですが、私はもう何百回も聴いておりながら、この壮絶に美しく、そしてむせるような哀愁と典雅なハーモニーと激情やるかたないリズムが渾然一体となって響きあう音楽の前に、まだうまく言葉が出ないでおります。

とりあえず「ヴォーカル入りのタンゴ」としては、歴史を変えてしまった名演のBだけでも聴いて、そしてピアソラという人の「ドラマ作りの神ぶり」に浸っていただきたいなと。






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2016年04月18日

アストル・ピアソラとヌエボ・オクテート タンゴ・コンテンポラネオ

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アストル・ピアソラとヌエボ・オクテート/タンゴ・コンテンポラネオ
(CBS/ソニー・ミュージック)

ロコ高柳(高柳昌行)を、ここ数日ずーっと聴いていたら、良い感じに”タンゴ熱”が上がってきております。

アタシがピアソラを聴く時はアレです。

「とにかくタンゴを、特にピアソラの狂おしさのメーターが最初からぶっちぎりの”スーパー哀愁”を浴びるように聴きたい!」

という、実にキケンなテンションになって、自宅にあるピアソラのCDを片っ端から聴きまくります。

それにも日によって”順番”というのがあるんですな。

テンションが上り詰めている時は、緊張感ほとばしる後期、特に”アメリカン・クラーヴェ”の3部作「タンゴ・ゼロ・アワー」「ラ・カモーラ〜情熱的挑発の孤独」「ラフ・ダンサーズ・アンド・ザ・シクリカル・ナイト」このへんが最高なんですが、高柳師やカルロス・ガルデルらの古典タンゴを聴いて、ジワジワと気持ちが盛り上がってからピアソラに突入する時は、割とサラッとしたピアソラ。特に1960年代前半にメジャーのCBSにて録音されたアルバム群がとても良いようです。

CBSにはピアソラの”実験精神の発露”といわれる意欲的なアルバムが何枚かありますが、本日ご紹介いたしますのは、その中でとりわけ爽やか(それでも胸締め付ける哀切な感情の含有量は他の音楽の数億倍ではありますが)、都会的な仕上がりを見せた八重奏団による「タンゴ・コンテンポラネオ」でございます。



【収録曲】
1.ロ・ケ・ベンドラ (来るべきもの)
2.ディバガシオン (さまよい)
3.英雄と墓へのイントロダクション
4.ノポセペ (知らないよ)
5.悲しい街
6.天体
7.ある悪漢へのレクイエム
8.ボヘミアンの想い出〜ミロンギータ


ピアソラは「タンゴの革命児」と呼ばれておりますように、その作曲や演奏、楽器編成などにおいて「それまでになかった様々なこと」に、生涯かけて果敢に挑んでおりますが、このアルバムでは、さっきも言ったように「八重奏」という編成でタンゴしております。

普通タンゴといえば、四重奏か五重奏というのが鉄板です。内訳はバンドネオンにヴァイオリン、そしてコントラバスというのが基本でありますが、戦後はこの基本編成にギターとピアノが加わりました。

ピアソラも「バンドネオン+ヴァイオリン+ピアノ+ギター+コントラバス」という編成で多くのアルバムを吹き込んでおりますが、ピアソラには「酒場で躍るための音楽」であったタンゴを、もっとこう芸術的に高い表現の音楽・・・たとえばクラシック、そして彼がリアルタイムでアメリカで体験したジャズなんかみたいにしたい!というもくろみがありました。

ここでみなさんに気をつけて頂きたいのは、ピアソラの「革新」や「前衛」というのは、あくまでタンゴにジャズやクラシックの様式美を取り入れて、タンゴ本来の躍動感はそのままに音楽性を高めようとしたものであって、”音楽”としての枠を乱暴に逸脱するもんじゃあございません。

例えばこのアルバムの八重奏という演奏形態も、バンドネオンやヴァイオリン、コントラバスといった「タンゴの演奏には絶対に必要な楽器」は省いておらず、基本編成にエレキギター(音色からおそらくフルアコ)、フルート、チェロ、パーカッションなどを加え、アレンジをものすごく綿密に施したものであります。

ここでアタシがとても親和性を感じるのは、やっぱりクラシック音楽です。

特にこの盤では素晴らしい活躍をしているホルヘ・バトーネのフルートとピアソラのバンドネオン、そしてアントニオ・アグリのヴァイオリンによる、どこまでも生めかしくて官能的でありながら、荘厳で美しい主旋律の絡みをまずはじっくりと聴いて頂きたいのであります。また、ところどころでヴォーカルや詩の朗読も入っていて、これがまた作品にとっていいアクセントとなり、また、このアルバムならではの独特なストーリー性を高めております。

ライナノーツによりますと、イタリア系移民をルーツに持つピアソラが、イタリアオペラやカンツォーネなどにオマージュを捧げた面も出ている。とのことであります。アタシなんかはシャープなアレンジと上モノのスリリングな美メロのやりとりに、ジャズ的なカタルシスをもう感じまくっておるのですが、もしクラシックに造詣の深い方が聴いたら、また違った方面の楽しみもあろうかと思います。

多分経済的な理由から、たった1枚(本作です)のアルバムしか残さなかったピアソラの新八重奏団ではありますが、この作品で厳しく追究した「リズムの躍動感とメロディの透明感の調和」というものは、この後70年代、80年代、そして90年代と、段々と色濃くなっております。そいでもってすっかりピアソラ中毒のアタシは、年代をさかのぼっては追いかけて、また浴びるように何枚もピアソラを聴きまくってしまうのです。

でもいい、ピアソラの音楽って「あ、ちょっと危ないな・・・」と思いながらも没入して聴くもんですよ♪




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2016年04月17日

フランク・ミュラー/フランク三浦



いやいやフランク永井でしょう
ラベル:ネタ 社会問題
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