2016年07月30日

ソニー・ロリンズ テナー・マドネス

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ソニー・ロリンズ/テナー・マドネス
(Prestige/ユニバーサル)

ソニー・ロリンズとジョン・コルトレーン。

今や「モダン・ジャズ・テナーを代表する両巨頭」として、ジャズ好きにはこの2人の名は別格のところに並び称される御両所ではありますが、2人はスタイルもキャリアも実は全く違います。

ロリンズはモダン・ジャズが全盛期を迎える50年代の初めには既に10代にして「アイツは上手い」との評価を確立し、あちこちのセッションに引っ張りだこの人気者でありました。

早くから「これがモダン・ジャズのテナー」といわれるスタイルの、ある種の王道を作り上げた、いわゆる早熟の天才で、しかも職人気質で兄貴肌な人であります。

そういう人には付き物の「時代の流れにどう対応すればいいんだろう?」という悩みもしっかりと経験し、シーンからぷいっと姿をくらましたりしてはおりますが、その都度

「難しく考えたってわかんねー。オレはオレでいいんだよー!」

と、心配した周りが引くほどのタフな開き直りでカムバックし、基本変わらない豪快かつ粋なスタイルで、今も(2016年現在)元気に吹いております。

一方のコルトレーンですが、ロリンズより4つ年上でありますが、若い頃はほとんど「バックバンドの一員」として地味な営業をやってたり、とにかくいつかサックスでスターになる日を夢見ながらも、下積みの毎日でした。

後に自己のスタイルをドカーンと開花させて、60年代という激動の時代の象徴とも言われながら、身を削るように音楽に没入し、1967年に40歳という若さで他界してしまいます。

このように、全く生き様もスタイルも正反対と言っていい二人であります。

それゆえに何かと対比され、ライバルと見られ、アタシなんかも無意識でジャズのテナー・サックス聴く時は「これはコルトレーン系、あれはロリンズ系」とかいう聴き分けなんかもしちゃっております。

二人はそれぞれ強烈な個性を持っていますから、比べて聴くのは何かと楽しいんですね。

でも、実際に、共に若手のテナーマンとして切磋琢磨、というかロリンズの背中をコルトレーンが必死に追っていた頃は、ライバルというより気の合う戦友で、音楽やサックスのこと以外にも、他愛のない話で盛り上がったり、カネの貸し借りを気軽にするほどに二人の友情は厚かったようです。

そもそもコルトレーンがブレイクするきっかけになったのは、1956年にマイルス・バンドに加入したことであります。

実はこの話、最初ロリンズに来ていて「あー何か忙しいから無理っすわー」とロリンズ、一応断りを入れた後に「コルトレーンってヤツがいるよ、コイツは無名だけどなかなか面白いんだ」と紹介しておりまして、もしロリンズがマイルスにコルトレーンを推薦してなかったら、その後のコルトレーンの大ブレイクはあったかどうか怪しいし、ジャズの歴史も恐らく全然違うことになってたんじゃないかと思うと胸アツでありますね。

さてさて、本日ご紹介する、ロリンズとコルトレーンの仲良し共演が聴ける「テナー・マドネス」は、1956年、正しくそんなロリンズとコルトレーンのほほえましい友情が生んだアルバムであります。




【パーソネル】
ソニー・ロリンズ(ts)
ジョン・コルトレーン(ts,@)
レッド・ガーランド(p)
ポール・チェンバース(b)
フィリー・ジョー・ジョーンズ(ds)

【収録曲】
1.テナー・マッドネス
2.恋人が行ってしまったら
3.ポールズ・パル
4.マイ・レヴェリー
5.世界一美しい娘

(録音:1956年5月24日)

このアルバムを作ったプレスティジというレーベルは、とにかく「ホーン奏者夢の共演」とか「楽しいジャム・セッション」の類が好きな会社で、このアルバムも、当時売れっ子だったロリンズと、売り出し中だったコルトレーンを、プレスティジが組ませたのかな?と思っていたら、元々は完全にロリンズのワン・ホーンの予定でレコーディングの段取りが成されたアルバムだったようです。

それを知ってか知らずかコルトレーン、ダチのロリンズのレコーディングだし、バックやってるのはマイルス・バンドで一緒に演奏してるガーランド、チェンバース、フィリー・ジョーだし、ということでテナーを持ってスタジオに遊びに行ったんですね。

で、多分コルトレーンのことですから、レコーディングの最中、テナーのケースを傍らに置いて、メンバーやプロデューサーの方に目でチラッ、チラッとアピールしてるうちに

「コルトレーン、吹いちゃいなよ」

「1曲だけならいいべ?」

という流れに持って行ったんだと思います。

口下手なコルトレーン、自分の口ではよう言わんで、こういう風に相手から「どうしたんだい?」と声をかけてもらおうアピールを、若い頃はよく使っていたようで、例の「ブルー・トレイン」のレコーディングも、この手を使ったとか、色々と可愛いんですが、プレスティジは基本ユルいレーベルだし、売れっ子のロリンズに「いいんじゃね?ね?」と言われ、あっさり「じゃあ1曲ね」となったと思います。

「テナー・マドネス」は、軽快なミディアム・テンポのナンバーなんですが、だもんでロリンズとコルトレーンの、適度な緊張感はあるんだけれども全体的に和やかなソロのやりとりは、聴いている方も実に優しい気持ちで安心して聴けるんです。

この時期、テナー奏者としてはロリンズが完全にスタイルを確立していて、アドリブも憎らしいぐらいにスイスイと出てきて「流石だなぁ」と感心します。

コルトレーンはまだまだフレーズそのものがぎこちなくもありますが、二人の共演(対決ではない)を聴く限り、コルトレーンはよく言われてるように全然”ヘタクソ”じゃないんですね。

フレーズはぎこちないけれど、演奏がノッてくる中盤辺りから、ロリンズっぽいフレーズをポンと繰り出したり、ロリンズもそれに応えるように、コルトレーンっぽい細かなフレーズ展開をちょろっと披露したり、二人共何だか余裕を持って演奏を楽しんでる感じがするのです。

「上手い/下手」だけで単純に考えれば、そりゃあこの時期のロリンズがケタ違いなわけで、それはしょうがないのですが、恐らくロリンズが「コルトレーンは面白いよ」と言っていた裏には

「フツーのバップ・フレーズ吹いてさえいりゃそこそこ上手いし、仕事もまぁあるんだろうけど、そういったことに満足しないで、他の誰にも似ていないスタイルでやろうとしているコルトレーン、コイツぁヤバいヤツかも知れない・・・」

と、案外思っていたのかも知れません。

さて「テナー・マドネス」2曲目以降は完全なロリンズのワン・ホーンで、もう「流石」の小粋な名演が続きます。純粋にロリンズ聴くためのアルバムとして聴いてもお釣りがくる好内容ですんで、いずれちゃんとした「ロリンズかっけぇ!」なレビューも書きますね。


まずは「初期コルトレーン、こんなこともやってたんだ」というのと「コルトレーン、ヘタじゃない」というのを、よくよく聴いて知ってもらいたいなと思います。


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2016年07月29日

ジョン・コルトレーン Live At The Jazz Gallery 1960

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John Coltrane/Live At The Jazz Gallery 1960 (2CD)

(RLR records)

ジャズを語る上で絶対に知ってなきゃダメな人じゃないけれど、知っていればきっと楽しい、何だか得した気分になるドラマーで、ピート・ラ・ロカという人がいます。

有名どころではソニー・ロリンズの「ヴィレッジ・ヴァンガードの夜」や、ジャッキー・マクリーンの「ニュー・ソイル」などに参加していて、特に「ニュー・ソイル」では”異次元”と呼ばれる、それまでのイケイケの流れガン無視の、極端に音数の少ない”間”だらけの斬新なドラム・ソロで、多くのジャズ・ファンに

「むむ・・・ピート・ラ・ロカ、ヘンなのは名前だけじゃないわい」

と思わせたツワモノなんです。

一言で言えば”ヘン”なドラマーではありますが、別にフリー・ジャズな人でもないし、エルヴィン・ジョーンズみたいに猛烈なドラミングでキョーレツなインパクトを残す人でもありません。

むしろコノ人は、普段のバッキングは、リズム・マシーンのようにカチカチした4ビートをキッチリ刻んでいるんですけど、いきなりドラム・ソロで「はぁ!?」てことおっぱじめたり、カチッ、カチッ、と刻まれるそのビートをよくよく聴くと、何か非常に病的なものを感じたり・・・。

つまり、ラ・ロカは「ジャズ史に燦然と輝く個性」ではないけれど「ジャズ史にそこはかとなく漂う個性」。

ほれ、見た目からして明らかにイカツいだとかイッちゃってるヤツよりも、見た目フツーで礼儀正しいけど「あの人本当は・・・」という人の方が何かヤバイあの感じを、その演奏のそこかしこからプンプン醸し出しているのがラ・ロカと覚えておいてくださればと思います。

はいはい、何でコルトレーンのCDの紹介なのに、何故アタシがピート・ラ・ロカの説明からクドクドと始めたかというのには、ラ・ロカはアタシがジャズのドラマーの中では一番好き、という個人的事情の他に、ほんの一瞬だけしかコルトレーンのバンドにいなかったラ・ロカが参加した音源というのは、これまで「ないもの」と思われていたのに、実は奇跡的にライヴのテープが残っていて、しかもそれがCDの時代になって初めて陽の目を見た、という実に貴重なアルバムを、本日ご紹介するからでございます。





【パーソネル】
ジョン・コルトレーン(ts,ss)
マッコイ・タイナー(p)
スティーヴ・デイヴィス(b)
ピート・ラ・ロカ(ds)

【収録曲】
(Disc-1)
1.Liberia
2.Everytime We Say Goodbye
3.The Night Has A Thousand Eyes
(Disc-2)
1.Summertime
2.I Can't Get Started
3.Body And Soul
4.But Not For Me

(録音:1960年7月27日)





1960年7月27日、コルトレーンお気に入りだったクラブのひとつ「ジャズ・ギャラリー」というお店での演奏を収めた2枚組のアルバムで、いわゆる私家盤というヤツなんですが、音質はこのテのものにしてはなかなかに良好で、とにかく「ピート・ラ・ロカが参加した唯一の音源」という、ややマニアックな目的で聴かずとも、コルトレーンの”アドリブの鬼”と化したアツいアツいプレイのカッコ良さが、タップリのボリュームで楽しめますんで、これはマニアならずとも、まず持っていて損はないと思います。

この頃のコルトレーンはといえば、メジャーのAtlanticと契約を果たし「さぁ、俺のバンドを組むぜ!」と、かなり張り切っていた時期であり、これぞと思った若手に声をかけてガンガンプレイしていた時期です。

この数ヶ月後にはマッコイ・タイナーは既に固定メンバーとなり、更に”最強の相棒”エルヴィン・ジョーンズが加わって、その翌年にはなかなか定まらなかったベーシストの座にジミー・ギャリソンが落ち着いて、いよいよ”黄金のカルテット”と呼ばれる、強力無比なコルトレーン・ミュージック製造マシーンが出来上がるのですが、まずはその前夜祭的な熱気が、この2枚組は凄まじくたぎっております。

聴きものは何といってもDisc-1冒頭を飾る30分越えの「リベリア」でしょう。

ラ・ロカの、かなり鋭く直線的に刻まれる”4”の疾走ビートに乗って「これでもか!」と、持てる力と煌きを総動員して、一心不乱にアドリブに狂うコルトレーン。

後年、Impulse!からは、トレーンのアドリブにどこまでも過激に反応するエルヴィンのドラムと共に長時間の吹きまくりの中で何度も何度も絶頂に達する壮絶なライヴ盤も多く出している「コルトレーン・バンドのサックスとドラムの真剣勝負長時間」の原型が、既にこのライヴで演奏されていることに、ファンとしても、単純にジャズ好きとしても、これは興奮せずにはおれません。

面白いのは、コルトレーンはガンガンに吹きまくって「もっとリズム来いよ!」と煽りまくってるんですが、ラ・ロカはその煽りを受けて、更にミニマルに4ビートを執拗に刻むんですよ。

フツーのドラマーならば、アドリブがヒート・アップするに従ってオカズを増やしたり、ビートを崩して逆に煽りをブチ込むところ、このタダモノでないドラマーは、大粒の汗を散らしながら定型を一切崩しません。

ここらへんがラ・ロカの「フツーじゃないところ」なんですよね〜。

そして23分くらいからドラム・ソロが始まるのですが、キた!キた!キた!!ラ・ロカ必殺の

「流れぶった斬り、静寂からのまったく違うビート・ソロ」

これね、聴いた人しかわからん類の超体験なんで、聴いたことない人はぜひ聴いてください。5速とか6速とかに入れて最高速で走ってる途中にスコッ、ん?ニュートラル?あ、はい、すいません、ニュートラル入りましたすいません、的な・・・・あー「サマー・タイム」でも同様のドラム・ソロが入ってるんで、これはもう聴いてください。

その他の曲はほどよくコンパクトにまとまっておりますが、コルトレーンのソロは尋常じゃないほどのイマジネーションが沸き立っていて、この時期のライヴ演奏としては二重丸です。

この後エルヴィン・ジョーンズを迎えて、正規のスタジオ盤で演奏されることになる(特に「マイ・フェイヴァルット・シングス」と「コルトレーン・サウンド」は、ご一緒に聴かれることをオススメします)ナンバーが多く、併せて聴くと驚きや発見がたっぷりありますよ。

あぁ「サマータイム」は、アルバムレコーディングの時に”あえて”を狙ってあのアレンジにしたのかと思ったら、実はこの時からもう「ハードボイルド路線」で吹かれてたのね。

繰り返し言いますが、このアルバムの目玉は「ピート・ラ・ロカのミニマルなドラミング」でありますが、やはりカッコイイのは炸裂しているコルトレーンの鮮烈かつ猛烈なアドリブ・プレイです。





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2016年07月27日

ジョン・コルトレーン オレ

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ジョン・コルトレーン/オレ!(Atlantic/ワーナー)

このブログの「大コルトレーン祭」は、とりあえずコルトレーンの作品や参加作など、聴いた片っ端からレビューという形で書いてアップしておりますので、時系列でややこんがらがってしまうかも知れません。

すいませんなぁ・・・、アタシはどうしても順番通りに事務的に作業するのが苦手なので、とりあえずバーって書いてから、時系列整理した記事をアップしますんで、ホントすいません。。。

とりあえず、このブログではよく「初期コルトレーン」「中期コルトレーン」「後期コルトレーン」と、ざっくりした言い方をよくしますんで、軽く

・初期=1950年代(レーベルでいえばPrestige時代)

・中期=1950年代末から1960年代最初付近(レーベルでいえばAtlantic,Impulse!最初の方ぐらいまで)

・後期=1960年代(レーベルでいえばImpulse!コルトレーン、マッコイ、ギャリソン、エルヴィンのカルテットの終わり頃以降)

こんな感じを頭に入れていただければと思います。

厳密には「中期」「後期」をどうしようかすごく悩んでおるのですが、このブログはマニアのためのブログではなく

「今からコルトレーンでもちょいと聴いてみよう」

というビギナーな皆さんのためのブログですので(?)細かいことはとりあえず置いといてざっくり、です。


そんなわけで本日もAtlantic時代「中期コルトレーン」のアルバムをご紹介。

「エリック・ドルフィー参加のコルトレーンのアルバムってばすっげぇヤバいんだぜ!」

ということは、今まで散々興奮気味で言っておりますが、コルトレーン・グループにドルフィーが参加したのはほんの一瞬。

ライヴ盤では公式/非公式で数枚出ておりますが、実はソロイストとして参加した公式なスタジオでの録音盤はたった一枚だけなんです。

それがこのアルバム「オレ!」です。



Ole

【パーソネル】
ジョン・コルトレーン(ts,ss)
フレディ・ハバード(tp
エリック・ドルフィー(as,fl)
レジー・ワークマン(b)
アート・デイヴィス(b,@A)
エルヴィン・ジョーンズ(ds)

【収録曲】
1.オレ
2.ダホメイ・ダンス
3.アイシャ

(録音:1961年5月25日)


録音は1961年5月。

実はこの時コルトレーン、アトランティックで大成功を収めたのですが「君のオリジナルな表現をもっといい条件でレコーディングしたいんだ」と、あるレーベルからのヘッドハンティングを受けておりました。

このレーベルこそ、1960年代に颯爽とシーンに登場し、コルトレーンをはじめとする多くの先鋭的なミュージシャン達を世に送り出し、コルトレーンにとっては”終いの棲家”となるインパルス・レコードだったのです。

契約金はもちろんアトランティックよりもいい、でも、何より自分の音楽にこれまでにないぐらいの深い理解を示し「やりたいことがあったらどんどんスタジオ入ってやっちゃっていい」という破格の条件はコルトレーンにとっては魅力でした。

もちろんアトランティックもコルトレーンの音楽に、それまでのジャズにはない”新しさ”を感じ、色々とサポートはしてくれましたが、他にも多くのスターがキラ星の如く所属している大メジャーのアトランティックにあっては、多少なりとも「やりたいことより売れるものを」というプレッシャーは感じておったのでしょう。コルトレーンはメンバーを引き連れてImpulse!と契約します。

ほんでもってブラス・セクション入りの超大作「アフリカ/ブラス」というアルバムをレコーディングしたのですが、実はコルトレーンとアトランティックとの間には、あとアルバム一枚分の契約が残っておった。

「コルトレーン、まだ一枚分あるよ」

「あ・・・しまった・・・」

といった具合に、コルトレーンはバタバタと古巣のスタジオに戻って、アルバムをレコーディングします。

しかしそこはコルトレーン、いわば消化試合のようなレコーディングとはいえ、手抜きは一切致しません。

スタジオにはコルトレーン、マッコイ、レジー・ワークマン、アート・デイヴィス、エルヴィン・ジョーンズといったリズム・セクションに加え、コルトレーンのお気に入りで、新しく正式メンバーとなったドルフィーと、若手有望株のトランペッター、フレディ・ハバードも連れて行って、この時点で最も刺激的な編成&書き溜めておいたとっておきの楽曲を持ってアトランティックへの”最後のご奉公”をガチンコで行います。

コルトレーンの気合いの入りようは、どの楽曲のどの瞬間からも炸裂しておるのですが、やっぱり一番カッコイイのはタイトルにもなっている最大の目玉曲「オレ」でしょう。

「オレ!」は、スペインの闘牛士の掛け声。文字通りスパニッシュ・モードの2コード進行で、エルヴィンのシンバルが気持ち良く8分の6拍子を刻む中、コルトレーンのソプラノ〜ドルフィーのフルート〜ハバードのトランペットが、それぞれに全く違う個性をアツく燃焼させながら大空に舞い上がり、実に濃厚な聴き応えでもって聴く人の五感に降り注ぎまする。

コルトレーンは軽くテーマを吹いて、すぐにソロをドルフィーに譲るんですよね。

恐らくコルトレーン、この若くて自分よりはるかにぶっ飛んだ感覚を持った天才ソロイストに、ちょいと花を持たせてあげよう的な感じで一番手を任せたと思うんですが、このドルフィーのソロがもう全然”あたりまえ”じゃなくてすこぶるカッコイイんですよ。

続くフレディ・ハバードは流石にオーソドックスなスタイルからちょい前衛なものまでこなせる実力派とあって、一番オーソドックスで、一番スペインな”カチッ”としたソロでじわじわ雰囲気盛り上げてくれてるんですけど、その後にたまんなくなって出てくる感じのコルトレーンのソプラノのソロがもー異次元!!

その後発掘されたライヴ音源でも

・コルトレーン、軽くソロを吹く→ドルフィーがそれよりブッ飛んだソロを吹く→頭に血が上ったコルトレーンが激しく吹きまくる

というパターンがよく出てきて、もうホントにコルトレーン、自分のバンドにとことん刺激を与えてくれる起爆剤としてドルフィーを雇ったんだなと、聴きながらほれぼれしつつ感動します。

続くモーダルなAはこっちはドルフィーのアルトもカッコイイけど、フレディ・ハバードのプレイがミソです。

曲だけ聴くとマイルス・デイヴィスが好んで吹きそーな感じなのですが、もちろんマイルスとは違う、ちょいと手数を増やしつつ知的さも感じさせるハバード、アブストラクトなドルフィー、その中間を悠々行くコルトレーンのテナーが楽しめます。

繊細なバラードのBでは、再び「コルトレーン=ソプラノ、ドルフィー=フルート」になりますが、主旋律からソロへと3人が美しくアドリブを繋げて行くのがたまらんですね。ただ単純にアツいだけじゃなく、アンサンブルの美しさも聴くべきでしょう。

ライヴ盤と違って、実はドルフィー、かなり「ぶっ飛び」をセーブしてるんですが、スタジオ盤ということと、作品としてのトータルな”出来”を考えたら、敢えて6割ぐらいで吹いてるドルフィーの判断は正解でしょう。

あと、重厚なリズムに奥行きを与えてるレジー・ワークマンとアート・デイヴィスの2ベースの官能的な絡みも、実はこのアルバム独特の空気を作ってる大事な要素です。

聴きどころはやっぱり@のベース・ソロ、2本でアルコ(弓弾き)してるところがあるんですけど、この2人のベースだけが描く幻想画のような世界、これがもうクセになってたまらんです。

コルトレーン好きとしては、それぞれの年代で「これ、いいよね!」というアルバムあるんですけど、アタシは特にAtlanticといったらこのアルバムに”好き”を通り越した特別なものを凄く感じます。

いや、コルトレーンはどれもいいんですけど、代表作と言われるものを既に持っている人「その次」にどうですか?これは本当に凄くいいですよ。


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