2016年08月31日

ジョン・コルトレーン The Atlantic Years in MONO

早いもので今年も8月の最終日、えぇ、夏が終わろうとしておりますね。

毎年ジョン・コルトレーンの命日、7月17日から、夏が終わる8月の31日までやっております『大コルトレーン祭』今年も皆様のお陰をもちまして、素晴らしく盛り上がったのではないかと思います。

アタシにとっては、コルトレーンという人はそれこそジャズという素晴らしい音楽のカッコ良さを教えてくれた人ではあるんですが、長年聴いていると、どうもそれだけではない「音楽」というものに対する真剣な姿勢や、物事を深く思考し、自分なりの精神のあり方の見つけ方とか、そういう人間にとって最も深い部分を教えてくれている人であります。

多くの読者の皆さん、これは毎年言いますが、特に「コルトレーンって知らない」という人にアタシは常に語りかけようと思います。

あのね、たかが音楽、たかがジャズかも知れないけど、音楽の中には、人の心の奥深いところを理屈抜きで揺さぶって、とてつもない感動を与えてくれるものがあって、その感動は、アナタが生きる上で、きっと色んな局面でアナタを強く助けてくれるものと思います。

コルトレーンかっこいいなと思うのは、まだアタシも「何故カッコイイのか?」という答えも見付からぬままの手探りですが、とにかく聴いた感じやフィーリングで「これはものすごく自分のためになりそうだ!!」と一番強烈に感じているのは、今のところコルトレーンです。

まぁ、そこんところは、今後も皆さんと一緒に考えていければと思います。

さて『大コルトレーン祭』最終日の本日は、ドカンとボックス・セットなど紹介いたしましょう。





《収録内容》
ジャイアント・ステップス
バグス・アンド・トレーン
・オレ!
コルトレーン・プレイズ・ブルース
アヴァンギャルド
・コルトレーン・レガシー(アウトテイク集 *1970年発売)


本当は「カネのある人向け」のボックスセットを紹介するのは気が引けるのですが(気軽に安いアルバムからでも聴いてほしいと思っとりますんで、はいィ)、今回のこのボックスは、特にスペシャルなものなのです。

タイトルには「アトランティック・イヤーズ」とあります。

ご存知の方も多いと思いますが、この箱は、コルトレーンが長い長いサイドマン時代、そしてインディーズ・レーベルの時代を経て、ようやく念願の契約を交わしたメジャー・レーベル”アトランティック・レコード”でリリースされたアルバム(リーダー作3枚とミルト・ジャクソンとの双頭アルバム、そして死後にリリースされたアウトテイク集の計5枚)をまとめたものです。

この頃のコルトレーンといえば、マイルス・デイヴィスやセロニアス・モンクのバンドでの経験から、それまでにないまったく独自のジャズ・テナーのスタイルを築き上げ、特に”シーツ・オブ・サウンド”と呼ばれる超高速でアドリブを間断なく吹きまくるそのプレイで、モダン・ジャズ以降の新しいサックスの音をドカーンと世に放っていて、コルトレーンのプレイだけを聴いても非常に活き活きとしていて、何かこう胸のすくような独特の爽快感と高揚感が味わえてもうたまらんのですが、それに加え、エルヴィン・ジョーンズ、マッコイ・タイナー、エリック・ドルフィーなどなど、彼の斬新なプレイを真に理解して、それに見合った新感覚の演奏で盛り上げることができるバンドメンバーも出揃って、もうCDで聴いてても「すごいすごい」と声が思わず出てしまう。それが「アトランティック時代のコルトレーン」なのであります。

で、このボックスに収められている音源は、すべてモノラルのリマスタリングが丁寧にほどこされております。

何故モノラルかといえば、これはもうこの時代のジャズの「音が中心に集まって、スピーカーからドカンとくる快感」をもたらしてくれるのは、これはどう録音技術や再生技術が向上しても、当時のモノラル音源でしかなしえないからなんです。

丁度ここに収められた演奏が録音された1950年代末期から60年代初頭というのは、ステレオが出始めた頃でありました。

ステレオというのは音が左右に分かれて再生されることによって、立体感と奥行きが広がる。

これは実に画期的なシステムではあったのですが、この時代のステレオは試行錯誤の繰り返しで、音の中心がスコーンと抜けていて迫力に欠けていたり、バランスが悪く楽器によってはかなり押さえ込められた音質になっていたりと、問題も多々ありました。

コルトレーンのアルバムも、ステレオでリリースされたり再発されたりしておりましたが、その都度問題もあったので、最近はモノラルでのリイシューというものが、徹底して見直されてきているんですね。


アナログもあります↓



こっちは7枚組で少々値は張りますが、何といってもシングルで発売された「マイ・フェイヴァリット・シングス」の限定7インチ盤が付いているのがもーたまりません。

それにモノラルの音を聴くなら、アナログは質が違いますよ。

デジタルでカットされない「不可聴音域の周波数」が、音に素晴らしいツヤと丸みを感じさせてくれるんですよね。アタシは「何が何でもアナログ派」ではないんですが、や、コルトレーンに関してはやっぱりCDとアナログ盤をぜひ持って頂いて、その日その日の気分でそれぞれ聴いていて欲しいです。

ある日突然アナログの音に

「うわぉっ!!!!!」

となります、必ずなります。


さて、重ねましてみなさま、今年も『大コルトレーン祭』にお付き合いいただきましてありがとうございました。

来年もどうかお楽しみに!

A Love Supreme

皆さまが多くの素晴らしい音楽の感動と出会いますように!







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2016年08月30日

マディ・ウォーターズ シングス・ビッグ・ビル

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マディ・ウォーターズ/シングス・ビッグ・ビル
(Chess/ユニバーサル)

マディ・ウォーターズといえば、戦後シカゴ・・・いや、もうブルース全体を代表する、揺ぎ無いビッグ・ネーム中のビッグ・ネームですが、意外なことにこの人は初レコーディング(商業用の)が1946年で33歳の遅咲きです。

伝記によると、故郷ミシシッピで若い頃からボトルネックのスライドギターを片手にブルースを唄い、地元ではそこそこ知られた存在ではあったようなのですが、この頃のスタイルはまだ完全にサン・ハウスチャーリー・パットンら、先輩ミシシッピ・デルタ・ブルースマン達の影響をモロに受けたスタイルで、もちろん濃厚なデルタ・ブルースの深みや味わいは放っていたものの、後年のようにオリジナリティに溢れた革新的なサウンドは完成どころかその気配すら感じさせてはおりませんでした。

そうなんです、いかに”帝王”マディとはいえ、最初から斬新なことをやっていた訳じゃなかったんですね。

マディが”マディ・ウォーターズ”として、唯一無二の電気化されたドロッドロの新しく刺激に溢れたブルースを生み出すのは、いや、彼の”はじまり”の何もかもは、30代になってようやく「音楽で食って行く」と決めてシカゴに辿り着いてからなんですね。

ところが大都会シカゴに出てきても、実は人見知りのマディ、音楽の仕事を探そうにも、何をどうやって良いかさっぱり分からずに、とりあえず昼間の仕事をしながら、ストリートで弾き語りなどをやっていました。

時は1946年、長く続いた第二次大戦が終わり、アメリカは勝者の国として、空前の好景気に沸き上がっていた頃で、音楽も洗練された派手なものが、世の中の雰囲気と共に好まれるようになっていた頃、マディはシカゴの路上で、ミシシッピ・デルタ直送の、泥臭く洗練とは無縁のブルースを、黙々と演奏しておりました。

アコースティック・ギターでボトルネックを滑らせて、人生の困難や辛苦をブルースする。

これは、ブルースとしては実に正しいスタイルなのですが、都会の様々な娯楽や、これより正に明るく輝かしい時代に突入する予感に溢れた空気に酔わされていたシカゴの住民には「何だ?田舎モンがしみったれたことやってるぜ、ヘッ、そんなブルースなんざぁ今ドキ流行んねぇよ」と、極めて冷ややかに見られていました。

それもそのはず、シカゴのブルースは、マディがやってくる何年も前から、バンド形式の洒落たジャズ風味のものが流行し、重たく暗いミシシッピのブルースなんぞは、とっくの昔に廃れたスタイル(それでもシカゴに出てきてブルースを流行らせたのは、ほとんどがミシシッピやメンフィスなど、深南部出身の人達だったのでありますが)として、もう見向きもされていませんでした。

しかし、マディには意地がありました。

「ブルースはオレがガキの頃から、どうしようもない気持ちになった時、唯一支えになった音楽なんだ。それだけじゃねぇ、サン・ハウス、チャーリー・パットン、ロバート・ジョンソン・・・あの人達の演奏は本当に凄かったさ。ジューク・ジョイントで音楽なんか聴いちゃいねぇ、泥酔して暴れる連中を、彼らの声とギターが何度黙らせてきたか、オレは知ってる。そうさ、人間の根本は、シカゴだろうがミシシッピだろうが変わらねぇ、ブルースには特別な力がある。あぁ、あるはずさ。今は分かってもらえなくてもきっと・・・」

道行く人に冷淡に無視されながら、或いはタチの悪いヤツらに「田舎に帰んな」とバカにされながらも、マディはそんな雑音を無視して、それでも黙々と路上でブルースを唄っておりました。

で、そんなマディの評判を耳にした一人の男との出会いが、彼の人生をガラッと変えることとなります。

ある日マディが演奏している時、洒落たダブルのスーツに粋なハット、そして高級時計とつま先までピカピカの革靴で身を固めた紳士がやってきてこう言いました。

「お前、なかなかいいな。声もいいがギターにも何かこう迫るものがある。ちょいと垢抜けりゃあそれなりにいいもんになるぞ。・・・見たところ音楽の仕事を探してるようだが、どうだい?やってみる気はあるかい?」

「ありがとう旦那・・・だがアンタは一体・・・?」

「オレもブルースやってんだ、へへ、ついでに言うとミシシッピの生まれよ。名前はビッグ・ビル、よろしくな兄弟」

そう、この紳士こそがビッグ・ビル・ブルーンジィ

1920年代にシカゴに出てきて、この地のブルースに洒落たムードと演奏面で多くの洗練をもたらした張本人、マディにしてみれば、昔から評判で知っていた「目指す成功者」そのものでありました。

ところがこのビッグ・ビル、人格的に大変よく出来た人で、マディのように随分年下で、おまけに田舎から出てきたばかりの人間にもちっとも偉ぶらず、気軽に声をかけて、仕事まで紹介してくれる。

人見知りなマディではありましたが、ビッグ・ビルの人柄と滲み出る「頼れる兄貴臭」にすっかりほだされて、ミシシッピから出てきて間もないこと、ブルースで成功したいが、今のところ自分のスタイルでは誰にも相手にされず、むしろ冷たく扱われていることなどを話し込みました。

「つうことはアレだな、生活もカツカツだろう。よしわかった、俺に任せろよ兄弟」

と、ニッコリ笑ったビッグ・ビルは、マディに色々な仕事を紹介したり、住まいの面倒を見たり、ミュージシャン仲間を紹介したり、それこそ手取り足取り何もかも世話をしたといいます。

それからマディはエレキを手にし、それまでの軽快なジャズ系アレンジのシカゴ・ブルース・サウンドの常識を覆す、タフでワイルドで目一杯泥臭くかつトンガッた新たな”電気化シカゴ・ブルース”を作り出し、ご存知のようにブレイクします。

マディの”親分”であるビッグ・ビルは、目をかけたマディのブレイクを大いに喜び「アイツは大したヤツだ、いつかはやると思ってた」と、周囲に語っていましたが、マディの新しいスタイルのブルースの成功は、結果としてビッグ・ビルのスタイルを”前の時代のもの”として彼方へ追いやることにもなってしまいました。

けれどもビッグ・ビルはそんなことちっとも意に介すことなく、自分はフォーク・ブルース・ブームの再評価時代に”ミシシッピの農夫兼ブルースマン”という与えられたキャラクターにも躊躇なくこなしながら、可愛い子分の成功を喜んでおりました。

マディは口には出さずとも「あぁ、結果的にそうなってしまったとはいえ、人気商売の宿命だとはいえ、ビッグ・ビルを辛い境遇に追いやってしまったなぁ・・・若い頃の恩返しも含めてあの人にはまた華やかな第一線で人気者になってもらわないと・・・」と、きっと思っていたことでしょう。




【収録曲】
1.テル・ミー・ベイビー
2.サウスバウンド・トレイン
3.ホエン・アイ・ゲット・トゥ・シンキング
4.ジャスト・ア・ドリーム
5.ダブル・トラブル
6.アイ・フィール・ソー・グッド
7.アイ・ダン・ガット・ワイズ
8.モッパーズ・ブルース
9.ロンサム・ロード・ブルース
10.ヘイ・ヘイ

ところがそんなことをマディが考えているうちに、ビッグ・ビルは1958年、喉頭がんで死去してしまいます。

その一報を受けてマディがすかさず「追悼盤」としてレコーディングしたのが本アルバム「シングス・ビッグ・ビル」なのであります。

当時はブルースなんて「ヒット曲が溜まったらそれを集めたアルバムをリリースする」という時代に「いや、こういうコンセプトで作りたいんだ!」と、我を通すことが出来たのも、マディの人気ならではのことでありましょうが、そんなことよりもとにかく

「ビッグ・ビルという人はな、みんな知らないかも知れないが、シカゴでいち早くブルースの歴史を作った凄い人だったんだ!このオレがこの世で一番尊敬してるんだ!ということを世の中に知らしめたい!!」

という気持ちが先に立ったんでしょう。全体的に統一された空気感の中で、ビッグ・ビル作曲の素晴らしい楽曲に、マディ渾身の力強い喉が炸裂する、物凄い希薄に満ちた一枚に仕上がっております。

実はこのアルバムで、マディはトレードマークのボトルネックをあえて封印(ビッグ・ビルはボトルネック使わなかったので、それに倣ったのでしょう)、そしてバンド・サウンドも歪みやエコーなどの”ギラギラな成分”を敢えてひかえめに、1930年代のブルースに歪みの少ない音であえて挑んでおります。

ところがところがこれが全然古さを感じさせない、むしろいつもより気合いの入ったマディの豪快なシャウトを中心に、いつものマディよりもちょいと小洒落たバンドの音がギュッと凝縮されて、これもまたリアル・ブルースと納得させる見事な演奏です。

シカゴ・ブルースの王者マディの成功の大元にビッグ・ビルあり、ブルースファンの皆さんにはぜひこれは知って頂きたいエピソードなんですが、やっぱりアレですよね、音楽ってスタイルとかテクニックとかもちろん大事ですが、それ以上に「気持ち」ですよね。





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2016年08月29日

【告知】9月3日(土)UNITE2

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「UNITE 2」
2016年9月3日(土)

開場19:00 開演20:00
前売¥2,500 当日¥3.000 
※共に1ドリンク別オーダー

《LIVE》
・Destroy the Babylon
・gnkosaiBAND
・森 拓斗&盛 保道&西平せれな
・ハンバーグハンバーグ
・Irico ect.

《LIVE silkscreen painting》
・GRINDLODGE
・SUNNY DAYS

《DJ&selector》
・GAZI fr CORAL SOUND
・TSUKASA


ライヴ、DJ、そしてTシャツの製作販売もアリな盛りだくさんイベント『UNITE』の第二弾、いよいよ今週末9月3日に開催です!

「横浜と奄美を繋ぐイベント」として、今回も奄美横浜から、素敵なバンドもいっぱい出演します。

アタシのバンド”Irico”も、ちょろっと出演させてもらいます。てへ、お楽しみに♪

チケットありますのでお気軽にお問い合わせくださいね。

ラベル:告知 ライヴ 奄美
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2016年08月27日

レイ・ドレイパー・クインテット・フィーチャリング・ジョン・コルトレーン

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レイ・ドレイパー・クインテット・フィーチャリング・ジョン・コルトレーン
(Prestige/New Jazz/ユニバーサル)

世の中には「良い」「悪い」という言葉の他に「味がある」という非常に素敵な言葉があります。

もうね、アタシはこの”味”という言葉大好き♪

そうなんですよ、特に音楽の分野でいえば、歴史に残る名盤とか、天才アーティストとか、もう本当に凄い人の凄い演奏、たくさんあります。

しかし、しかしですよ皆さん、完璧な凄いものばかり聴いていたら、耳が疲れませんか?

アタシにはこんな経験があります。

ちょっとジャズに興味を持ったお客さんで

「もう本当に本当に初心者なんで、とりあえず名盤を教えてください」

という、実に真面目で熱心な方がいらっしゃいまして、で、アタシもそん時は若かったので

「これはもう一流の物凄い名盤を揃えてお応えせねば・・・」

と、やや張り切りすぎていたんでしょうね。

頑張って張り切って、そらもうジャズの”超”の付く名盤を少しづつじっくりとオススメしてたんですが、ある日

「何か・・・ジャズってもっと気軽に聴ける音楽だと思ってたのですが、私にはまだまだ敷居が高すぎるような感じがします・・・」

と、その方は悲しそうにおっしゃってました。

私も悲しかった

でもね、これはアタシが悪いんです。

自分だって本当は「名盤」と、高いところに置かれて燦然と光を放つアルバムには衝撃を受けたけれども、そこから

「ジャズっていいな・・・」

と、心から思えるようになったのは、何か軽い気持ちで

「これって何かいいんだよな〜」

と、にこやかに聴けるアルバムに、”味”の魅力をたくさん教えてもらったからではなかったか?

だってお客さんにオススメするのに、世間の評価とか、狭い世界の中だけでの評判とか(ジャズの世界なんて狭い狭い)に一切を頼って、そこに自分が耳で聴いて「これはいいもんですよ」というものを入れて、お客さんに考えて判断してもらうってことを考慮してなかった。

はい、いけませんね。

そこからの反省の意味も込めて、アタシは「評判はあまり聞かないものをなるべく聴こう」と思って、色々とマイナーなものばかり聴いていた時期があります。

その中で引っかかったのが、チューバ奏者、レイ・ドレイパーのこのアルバムです。




【パーソネル】
レイ・ドレイパー(tuba)
ジョン・コルトレーン(ts)
ギル・コギンズ(p)
スパンキー・デブレスト(b)
ラリー・リッチー(ds)

【収録曲】
1.クリフォーズ・カッパ
2.フィリデ
3.トゥー・サンズ
4.ポールズ・パル
5.パリの空の下
6.アイ・ハドント・エニワン・ティル・ユー


いや、引っかかったというか、単純に「コルトレーンが参加してる」ということで、完全なミーハーで見付けたアルバムなんです。ついでに”ミーハーってさいっこう♪”な話もしたいのですが、これやると長くなりますので・・・。

えぇと、話をレイ・ドレイパーに戻しましょう。

皆さんはチューバという楽器、知ってますか?吹奏楽部とかでよくアンサンブルの重低音部分を担当する、あのヒマワリのお化けみたいなデカい楽器です。

そんな楽器でありますので、ソロでブイブイ言うジャズの世界では、あんま使われてないんですね。

しかし、ドレイパーは気合いと根性で、この楽器で何とソロを吹くんだい!という志を持ってジャズの世界での飛躍を夢見ておりました。

「ちょいと変わった楽器をやってる若いのがおる」

ということで、彼に目を付けたレーベルが「NEW JAZZ」という子会社を立ち上げたばかりのプレステイジ・レコード。

「とりあえずー、レイ・ドレイパーのアルバム作りたいんだけどー、彼全然無名のあんちゃんだしぃ、チューバだけだと売れるかどうか物凄く不安だからー、誰かそこそこ有名なヤツと組ませるかー」

というわけでもう一人のホーン奏者として白羽の矢が立ったのが、当時プレスティジから初リーダー作を出したばかりのコルトレーン。

さてさて、そんなアルバムがどういう風に仕上がってるかと言いますと・・・。

『耕運機VSスポーツカー』

なのであります。

ドレイパーがモゴモゴした全く抜けのない音で「ブハブハブハ・・・」と、たどたどしいソロを吹けば、コルトレーンがその後で、体感速度はその10倍ぐらいの全開のソロでシャーーーー!!と駆け抜ける。漫才でいえばドレイパーは完璧なボケでコルトレーンは完璧なツッコミ。

この時レイ・ドレイパー17歳、コルトレーンは30歳。

怖いもの知らずでボフボフやっているドレイパー、相手がチューバだろうが少年であろうが容赦なく本気で吹きまくるコルトレーン、まったくどんな子供とどんな大人なんだと思います。

そして、物凄く扱い辛いであろうチューバでのソロは、さっきも言いましたが実にたどたどしく、コルトレーンとのソロの応報も、お世辞にもバランスが良いとは言えません。

が、何でしょうこのチグハグを「また聴きたいな♪」と思わせる不思議と後を引く唯一無二のオツな味わいは。

まぁ、色々と「不思議だな〜、不思議だなぁ〜」と思いながら、アタシは長年愛聴しております。

よくよく考えながら聴けば、ものすごーく抜けの悪い(失礼!ディスってないよ)ドレイパーのチューバと、とことん硬質でメリハリの効いたコルトレーンのテナーという、全く対照的なサウンドの間には、本人達が意図していないところで、実に絶妙な”緩急の差”が生じて、それが聴く人の生理的な部分に直接作用して、「何かすっげぇスリリング!」と思わせる効果が出ておるのです。

それから「ドレイパーのソロはたどたどしい」と書いて、実にその通りなのですが、どの曲でもテーマ(曲の最初のメロディーをハモる部分)で、ドレイパーはセンスのいい、もっといえば非凡なカッコイイ”ハモり”をバシッ!とキメておるのです。

うんうん、やっぱりアンサンブル要因として、多分ブラスバンドで鍛えまくったんでしょう。それからやっぱり才能あるんですわ。サックスとかトランペット奏者みたいに、先頭に立ってガンガン吹きまくるんじゃない、アンサンブル人としてメインフレーズを引き立てるズバ抜けた才能がこの人には。

あと、ドレイパーには作曲の才能もあります。

アルバム前半の3曲は彼のオリジナルなんですが、これがまた派手さはないけど、哀愁系のミドルテンポで加速する、聴けば聴くほどイイ曲なんですよ。

ドレイパー自身はこの後パッとすることなく1984年に強盗に襲われて悲劇の最後を迎えてしまいましたが、もし、彼が契約したのがPRESTIGEでなくBLUENOTEで、その作曲とアレンジの才能を開花させていたら・・・とか、ふっと夢想してしまいます。







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2016年08月23日

マノウォー Kings of Metal

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Manowar/Kings of Metal
(Atlantic)

今は地下ですが、それでもCD屋をやっていると、最近よく訊かれます。

「BABYMETALってどうですか?どう思います?」

て。

最初の頃は何のことかわからず

「何ですかそれ?」

と、逆に訊き返してたんですけど、ある人から

「アイドルの子たちが本格的なメタルをバックに唄ってるんです、面白いっすよ」

と、教えてもらい、映像を見せてもらいました。

なるほど、ギンギンの、かなりハードなメタル・サウンドに乗って、恐らくは80年代のヘヴィ・メタルのリアルタイムを知らないであろう女の子達が、アイドルの”風味”を残しながら激しくパフォーマンスを繰り広げる。

これは色んな意味で”ギャップ”のツボがハマる、非常に面白く、かつ画期的なアイディアだと思います。

はい、BABYMETALに関する個人的な”感想”はここまで。

そんなことよりもアタシはCD屋として

「うん、これをきっかけにして、もっと世の中の色んな世代の人に、ヘヴィメタルという最高にアツくてクールな音楽のカッコ良さを知ってもらえたらいいなぁ・・・」

と、切実に思っているんです。

そう、こういう時にこそ全国のCD屋、バンドマン、ギョーカイジンその他音楽にたずさわる人らは、便乗しまくってグッド・ミュージックを世の中に広める努力をせねばならんのではないですか。たとえ一人であってもアタシはします。

というわけで本日は「メタルの中のメタル」といえばこのバンドでしょう、マノウォーです。

ヘヴィメタルの時代が始まった1980年にアメリカから世に出てきて、2016年まで大きくスタイルを変えることなく

・重い

・激しい

・情感てんこ盛り

の3拍子揃った、気合いの入ったメタルをずーーーーっと演奏してきたバンドなんですよ。

彼らのモットーはズバリ

「混じりっ気ナシの純粋なへヴィ・ミュージックを、常に全力で演奏すること」

です。

「偽メタルには死を!」

を合言葉に、メジャー・レーベルとの契約書へのサインも血で行うなど、何というかもう徹底して”気合い”。

サウンドも、実はちゃんと聴けば叙情的だったり、深い知性に裏付けられた展開やアレンジもふんだんに楽曲の中に盛り込んでいるのですが、それは長年聴いて気付けばいいわけで、とにかくフルゲインにしたギターの轟音とバカテク、ベースとドラムの繰り出す容赦なく攻撃的なリズム、そしてヴォーカル、エリック・アダムスのパンク・スピリッツに溢れた、実に男・・・いや、漢らしい太みあるハイトーン・ヴォイスにグッと握り拳を固めて聴けばいいわけです。

アタシは高1の頃、アタシよりも全然洋楽、特にメタルに詳しい友達に、マノウォー教えられました。

そん時聴いてたメタルといえば、メタリカにパンテラにスレイヤー、メガデス、アンスラックス、スキッド・ロウ、ガンズ、オジー、それからラウドネス、X Japan・・・そんぐらいの、もうホントに有名どころしか知らなかったのですが、ある日

「マノウォー知ってるか?」

と、言われ

「まのおう?何じゃそれ?」

だったのですが

「ほれ、まぁ聴いてみろ。これがメタルだ」

と、CDを貸してもらい

「ほんとかよ・・・」

と思いながら帰宅して、翌日ソイツに会うなり

「ホントだった・・・」

と、拳握り締めて即答しました。

そんぐらい彼らのサウンドは、迷いとか妥協とか一切ない、力強さがストレートに「ガツン!」とくる刺激的なサウンドだったんです。





【収録曲】
1.Wheels of Fire
2.Kings of Metal
3.Heart of Steel
4.Sting of the Bumblebee [Instrumental]
5.Crown and the Ring (Lament of the Kings)
6.Kingdom Come
7.Pleasure Slave
8.Hail and Kill
9.Warrior Prayer
10.Blood of the Kings

そん時友達に貸してもらったのが、このアルバム「Kings of Metal」です。

1988年にリリースされた、彼らの6枚目のアルバム。

どこを切り取っても激しいしヘヴィだし、もう言うことありません。

初期の頃はもっとアメリカンな、ロックンロール寄りの演奏もやっていて、それもまたカッコイイんですが、このアルバムでドでかく打ち立てた世界観は「ヘヴィメタル」という意味において絶対的に揺ぎ無く、また、最近久々に引っ張り出して聴いてみましたが、その揺ぎ無いサウンドの威力は、2016年の現在においても全く損なわれないままに強烈であります。

その余りにも硬派な姿勢と、世評を物ともしない鋭角に特化したサウンドゆえに、セールス的には彼らから影響を受けつつも、よりポップな味付けのメタルバンドらの後塵を拝した形になりましたが、成功した後輩バンド達が口々に彼らへのリスペクトを語り、伝説として語られる。そして、そんな自分達への敬意を表す後輩達やファンを本当に大事にするという、音だけじゃなく、そういう気持ちの部分の”漢らしさ”もまたカッコイイと思うのです。




(これはもう名曲ですわね)
『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

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BASEショップもありますよ(ここでしか買えない商品アリ)http://soundspal.thebase.in/
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2016年08月21日

ジョン・コルトレーン ジャイアント・ステップス

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ジョン・コルトレーン/ジャイアント・ステップス +8
(Atlantic/ワーナー・ミュージック)


「金字塔」といえば正にこのアルバムのことでありましょう。

いや、アタシも長年コルトレーン者をやっております、個人的に大好きなアルバム、特別なアルバムはいーーーーっぱいあります。

しかし「じゃあお前、客観的にコルトレーンの”ズバリ名盤”というアルバムを紹介できるのか?」と言われたら、まず間違いなく本アルバム「ジャイアント・ステップス」のことは語ります、えぇ、このアルバムを語らずして、コルトレーンは語れない。

ちょいと専門的な言葉を使えば、コルトレーン流モード・ジャズの集大成、コード・チェンジの弾幕の中で間断なく吹きまくる”シーツ・オブ・サウンド”の快楽をひたすらに浴びられる、念願のメジャー・レーベルのアトランティックで、たっぷり時間と予算をかけてレコーディングすることができたコルトレーンの、やる気と喜びに満ち溢れた、伸び伸びとしたプレイが気持ちいい、とか、まーそれこそ色々と細々挙げることはできますが、一旦そんな細かいこたぁどーでもいい(!)

とにかく「あぁあ、ジャズってカッコイイ!!」という純粋な感動に、これほど満ち溢れたアルバムがありますか?いやない!

という意味において「ジャイアント・ステップス」は、コルトレーンの数ある名盤の中でも、やっぱり何をどう考えても頭ひとつ、スコーンと抜けている作品だと断言して、過言はないのです。

はい、ここまで読んで「そこまで言うならだまされてみよう・・・」と思った方は、こっから先の文章はすっ飛ばしてもいいんで、今すぐ画面をスクロールしてポチッてください。





【パーソネル】
(@〜DFJ〜L)
ジョン・コルトレーン(ts)
トミー・フラナガン(p)
ポール・チェンバース(b)
アート・テイラー(ds)
(E)
ジョン・コルトレーン(ts)
ウィントン・ケリー(p)
ポール・チェンバース(b)
ジミー・コブ(ds)

(GHI)
ジョン・コルトレーン(テナー・サックス)
シダー・ウォルトン(ピアノ)
ポール・チェンパース(ベース)
レックス・ハンフリーズ(ドラムス)

【収録曲】
1ジャイアント・ステップス
2.カズン・マリー
3.カウントダウン
4.スパイラル
5.シーダズ・ソング・フルート
6.ネイマ
7.ミスターP.C.
8.ジャイアント・ステップス
9.ネイマ
10.カズン・マリー
11.カウントダウン
12.シーダズ・ソング・フルート
13.ジャイアント・ステップス
14.ネイマ
15.ジャイアント・ステップス


はい、ここまで読んでおられる方、アタシの与太にお付き合いくださいましてありがとうございます。

皆さん、あのー、よく音楽を聴いてて「わかる」とか「ピンとこない」とかあるでしょう。

ちょいとコレの話をします。

その「わかる」「ピンとくる/こない」ってのは、多分ですけど、ノリの良さ(スピード感)だと思うんです。

今の時代だと「ジャズ」って言ったら「落ち着いた大人の音楽」と思う方が、多分ほとんどだと思うんです。

イメージで言えば、オシャレなバーで、ゆったり流れてる感じとか、あー、アタシの想像力がアレなんで、上手く伝わらないかもですが、とにかく”ジャズ”といえば、そういう図が頭に流れる方、多いと思います。

しかし、コルトレーンのこの時代、つまり1950年代というのは、ジャズといえば全然落ち着いた音楽じゃなくてむしろ逆で、若い人達が、ひたすらクレイジーになりたくて、案外何にも考えんで、ただ刺激を求めて聴いてたフシが大いにありました。

今でこそあれこれと理論的なこととか解明されたり、その後の歴史と照らし合わせて「ジャズとは・・・」とか、そういう頭良さそーな口調で語れるようにもなってきましたが、そんな風にジャズが冷静に語られるようになってきたのは、実はつい最近なんですね。

もちろんこの時代にも評論というのはあったし、色んな人がレコードを出す度にキチンと解説してくれる偉い人はおりましたが、いざクラブに行くと、ほとんどの人がそのド迫力、かつキレッキレのジャズの生演奏を目の当たりにして、純粋に興奮してキャーキャーヒューヒュー言ってクレイジーになっておったわけです。

とにかくこの時代、ジャズの「強み」といえば、理屈抜きで聴く人の心をエキサイティングなものにさせるストレートなわかりやすさ、そして体感の凄まじい速さにあったんじゃないかとアタシ思います。

で、コルトレーンの「ジャイアント・ステップス」このアルバムは、コルトレーンという、とてもとても創造意欲と実験精神に満ちたサックス吹きが、聴く人にその”体感”を、それこそあれこれ考えて、曲も演奏も死ぬほど工夫を凝らして、極限までリアルなものに仕上げたアルバムなんだと思います。

ホント、語り尽くそうと思えば、こっからが長くなるんですけど、まずはこの「駆け抜ける音楽」のカッコ良さ、皆さんも体感してください。



(個人的にこのアルバムの中で一番”加速”を感じる「Mr.P.C.」です、アタシはコレにとことんヤラレました)



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2016年08月19日

デュ・プレ 白鳥(チェロ名曲集)

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デュ・プレ/白鳥(チェロ名曲集)
(ワーナー・ミュージック)

音楽といえば、ほとんどアタシはガソリンのように耳から心に投入し、落ち込んでいる気持ちを奮い立たせたり、テンションをアゲたりするために聴いています。

でも、全部が全部そんなだとキツい、たとえば魚にとっての水のように

「あって当たり前だけど、ないと生きていけないもの」

として音楽に相対する気持ちを大事にしたいです。


クラシックは、パンク小僧・ロック小僧だったアタシにとっては長年「何か学校で教えられるタイクツな音楽」でしたが、実はそう思っていたのは、ツッパリたい年頃特有のよくあるポーズだったわけで、密かにバッハとかいいなと思って聴いてたりしました。

「いいものはいい」

なんて陳腐をぶっこくつもりは毛頭ございませんが、ロックだろうがブルースだろうがジャズだろうがクラシックだろうが、人間が喜怒哀楽をメロディやリズム、或いは歌詞に託して、魂を注入して作り上げた音楽に変わりはないわけです。

つまり

「カッコイイものはパンク!」

この精神で音楽をどんどん聴いてどんどん感動すれば、ジャンルなんてちっとも怖いものでもややこしいものでもない、ましてや「クラシック=難しい」なんてのはそれこそ20世紀より前の、もうとっくに化石になりつつある考え方なんじゃないかと思っております。

そう思わせてくれたきっかけをアタシにくれたのが、ジャクリーヌ・デュ・プレでした。

何かの雑誌で

「夭折の女性チェリスト」

とか書かれていたものを見て、まぁ似てはおりませんが、何か写真で見たその顔の表情に、何となくジャニス・ジョプリンに通じるものを勝手に感じて、少し気になってたんです。

そんなある日、テレビでたまたま彼女の映像を目にしました。

曲に合わせて体がゆらゆらと、次第に大きく激しく揺れて、その美しいチェロの音に、彼女が揺れるごとにどんどん情念が上乗せされるような、それは衝撃的な映像でした。


「パンクだ・・・」

この表現が適切かどうかはわかりませんが、とにかくアタシはそう思いました。何てことだ、クラシックにあんなに激しい音楽をする人がいたんだ、すげぇや、と一人で勝手に興奮して「ほれみろ、やっぱりジャニスと同じ種類の人だったじゃないか」と勝手に納得したわけです。

彼女の本当の魅力に目覚めたのは、CDを買ってからです。




【演奏】
ジャクリーヌ・デュ・プレ(チェロ)
ジェラルド・ムーア(ピアノ)@〜EI
ロイ・ジェスン(オルガン)F
オージアン・エリス(ハープ)G
ジョン・ウィリアムス(ギター)H

【収録曲】
1.シチリアンヌ(シチリア舞曲)*パラディス
(2〜4:3つの幻想小曲集 作品73)*シューマン
2.T.優しく表情を持って
3.U.快活で、軽やかに
4.V.速くて熱情を持って
5.無言歌 ニ短調 作品109 *メンデルスゾーン
6.エレジー ハ短調 作品24 *フォーレ
7.アダージョ(トッカータ、アダージョとフーガ ハ短調 BWV.564より)*J.S.バッハ
8.白鳥〜《動物の謝肉祭》より *サン=サーンス
9.ホタ〜《スペイン民謡組曲》より *ファリャ
10.コル・ニドライ 作品47 *ブルッフ


これも”たまたま”だったんですが、ある日ふと「そうだ、ジャクリーヌ・デュ・プレってすごかったな」と思い出し、どれでもいいからとCDを適当に選んだんですが、これが大当たり。

映像で見た時に耳に入ってきた彼女のチェロは、もう最初から最後まで激烈な情念の渦で、そういうのを覚悟してましたが、実際に音盤で聴いてみると、そのチェロの音は情念そのままに、より深い優しさや、繊細な感情のつづれおりを見せてくれます。

このアルバムは、メンデルスゾーンとかシューマンとかバッハとか、聴けば「あ、これか!」となる曲もたくさん入ってるし、ピアノでサポートしているジェラルド・ムーアのプレイもとても優しくて、余分なアレンジもないし、聴き易いです。

デュ・プレのチェロの、何というか情熱と慈愛が完全に諸刃状態でひとつの音の中にヒリヒリと溶け込んでいるあの音を聴くと、・・・いや、何度聴いても胸がいっぱいになります。





(本編とは関係ありませんが、ダニエル・バレンボイムとの素敵なセッション)


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2016年08月18日

ミルト・ジャクソン&ジョン・コルトレーン バグス&トレーン

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ミルト・ジャクソン&ジョン・コルトレーン/バグス&トレーン
(Atlantic/ワーナー)


コルトレーン関連のアルバムの中には、強烈なインパクトこそ薄いけれども、格別な味わいの深さ故に「何かいいんだよな・・・」と、気が付けばお気に入りになってしまって、更に気が付けば、長年良い感じで付き合ってくれる良き友人のような存在になってくれるアルバムというものがあります。

ヴィブラフォン奏者ミルト・ジャクソンと組んで、上質な”大人の味わいのジャズ”を聴かせてくれる「バグス&トレーン」は、その最たるものでありましょう。

はい、コルトレーンはもちろんジャズを代表するビッグ・ネームですが、ミルト・ジャクソンは更にコルトレーンより先輩で、ジャズの世界において「ヴィブラフォン(鉄琴)」という楽器の奏法をモダンなものとして大成させた人。

いずれも超の付くほどの大物なんですが、この2人のカッコイイところは、こういう「大物同士の顔合わせ」で、これみよがしな派手な演奏に終始しないところ。

コルトレーンにしてみれば、この年(1959年)にようやく契約に漕ぎ着けたアトランティックは念願のメジャー・レーベル。

その記念すべき第一作目は、かつて自分がデビュー前に、同じバンド(ディジー・ガレスピー・グループ)で先輩としてよく可愛がってくれたミルト・ジャクソンとの共演作。

マイルス、そしてセロニアス・モンク(この人はミルトとは親友ともいえるほどの仲良しだった)のバンドで腕を上げ、自分のスタイルを立派に築き上げたオレを見てくれよ先輩、というはやる気持ちはコルトレーンにはバリバリあったでしょう。

しかしカッコイイのは

「オーケー、ジョン。皆まで言わずともお前がカッコイイってこたぁわかってるよ。それよりどうだい、久しぶりに一緒に演るんだ、気負わず楽にいこうぜ」

とばかりに、終始リラックスした雰囲気を醸して、コルトレーンをいい感じにクールダウンさせているミルト・ジャクソンの演奏の貫禄です。

個人的にその”落ち着き”がじんわり空間にしみていて「あぁ、カッコイイなぁ・・・」としみじみ思うのはブルース・ナンバーの@とかDとかで、これ、よくよくソロを聴くと、コルトレーン結構シーツ・オブ・サウンドを駆使した”吹きまくり”やってるんですが、ミルトのヴィブラフォンが「コォ〜ン」と一打鳴るだけで、演奏全体のバランスが奇跡的に整ったカッコイイジャズに仕上がるからあら不思議。




【パーソネル】
ミルト・ジャクソン(vib)
ジョン・コルトレーン(ts)
ハンク・ジョーンズ(p)
ポール・チェンバース(b)
コニー・ケイ(ds)

【収録曲】
1.バグス&トレーン
2.スリー・リトル・ワーズ
3.ナイト・ウィ・コールド・イット・ア・デイ
4.ビ・バップ
5.ザ・レイト・レイト・ブルース


コルトレーンのアルバムとしては、ミルト・ジャクソン、ハンク・ジョーンズ、そしてコニー・ケイ(この人がドラム叩くとどんなセッションでも一段上質なものになってるように聞こえます)と3人の”ジャズ紳士”の醸す、うっとりするようなクールで渋い雰囲気にほだされて、程よく緊張感を残しながら楽しくくつろいだ演奏が出来た、ガチのリーダー作ではなかなか聴けない仕上がりになっております。

それにしても恐るべきはミルト・ジャクソン、どんなクセのある共演者とやってもダレることなく相手の個性を活かして、かつ自分自身もちゃっかり楽しんで演奏出来てしまうその実力と肝の太さであります。






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2016年08月17日

ライトニン・ホプキンス ライトニン&ザ・ブルース コンプリート・ヘラルド・シングルズ

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ライトニン・ホプキンス/ライトニン&ザ・ブルース コンプリート・ヘラルド・シングルズ

(Herald/Pヴァイン)

夏が嫌いなくせに、夏になると暑苦しくてどうしようもなく濃い音楽が聴きたくなります。

困ったものです、えぇ、困ったもので、自分でもこの性分は何とかせにゃならんと思っております(棒読み)。

しかしアタシの大好きなジャズやブルースやロックやソウルなどの暑苦しいおっちゃん達はこう言うのです

「夏?しゃらくせぇ、ゴキゲンだぜ!」

と。


えー、ちなみにここんとこアタシの営業車のカーステの中からそのようにおっしゃっているのは、ライトニン・ホプキンスさんです。


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真夏でもビシッとジャケットでキメて、胸元ガーっと開けて帽子を思いっきり斜めに被る王道の不良ファッションに騙されてはいけません。このヒトのやっておる音楽(ブルース)は、そのダーティーな見た目以上にダーティ極まりないものであります。

そうそう、アタシはよく「ブルース聴きたいんだけど、何聴けばいい?」という問いを、ありがたいことによく頂きますが、そん時は迷わずライトニン聴いてもらいます。

好き嫌いはさておいて、ほとんどの人が「これはブルースだね、見事にブルースだ」と、とりあえずは納得してくれるところを見ると、やはりライトニン・ホプキンスという人は「ブルース」なのでしょう。

どの時代のどのアルバムを聴いても「くー、たまらんねこれ」と、アタシも理屈を超えてなってしまいます。

あえて陳腐をぶっこきますが、ブルースというのはスタイルとか理屈とかじゃないんですね。毎度おんなじよーな曲をやっていようがチューニングがズレてよーが、かっこいいブルースマンにかかってしまえば、そういうのも全部含めてだからライトニン・ホプキンスは「ブルース」だと思います。


ささ、みなさんライトニン・ホプキンスを聴きましょう♪





【収録曲】
1.Nothin’ But The Blues
2.Don’t Think Cause You’re Pretty (Blues Is A Mighty Bad Feelin’)
3.Lightnin’s Boogie (Boogie Woogie Dance)
4.Life I Used To Live (Gonna Change My Ways)
5.Sick Feelin’ Blues (I’m Achin’)
6.Evil Hearted Woman
7.Blues For My Cookie
8.Sittin’ Down Thinkin’
9.My Baby’s Gone
10.Lonesome In Your Home
11.Lightnin’s Special (Flash Lightnin’)
12.My Little Kewpie Doll (Bad Boogie)
13.I Love You Baby
14.Shine On Moon
15.Had A Gal Called Sal
16.Hopkins’ Sky Hop
17.Lightnin’ Don’t Feel Well (I Wonder What Is Wrong With Me)
18.Finally Met My Baby
19.That’s Alright Baby
20.Don’t Need No Job
21.They Wonder Who I Am
22.Remember Me
23.Grandma’s Boogie (Lightnin’s Stomp)
24.Please Don’t Go Bab
25.Early Mornin’ Boogie (Hear Me Talkin’)
26.Moving On Out Boogie (Let’s Move)


てなわけで本日のオススメは、1952年に「ヘラルド」という小さなレーベルに残した録音のすべてが収録されている「ライトニン&ザ・ブルース」です。

「ヘラルドのライトニン」といえば、ファンの間ではダーティー・ライトニンの極致といわれておるもので、えぇ、全編エレキギターをギャンギャンにかき鳴らして、ベースとドラムだけをバックに、エゲツない音で最高にィやっさぐれたブルースをやっておる音源なんですよ。

まー、暑い夏に聴くとコレ、かなりいい感じにギトギトきます。

このテのブツの解説をする時は、アタシゃ毎回言いますが、1952年、エフェクターもないし、アンプのツマミにゲインなんぞ付いてない時代です。

そんな時代に何をどうやってるのかわからない、どうせアタマがオカシイだけなんだろうけど、エレキギターの音がワシャワシャ歪んでるんですよ。

後半になってから出てくるノリノリのブギーはもちろんなんですが、のっけからのヘヴィネス全開なスロー・ブルースのギターソロで「もうなんじゃこりゃ!」てぐらいのトーンがギンギン鳴り響くんです、もう曲がどうとか時代がとか一切関係ナシで、「これはパンク(=ブルース)!」と、興奮せざるを得ない、うん、得ませんな。



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2016年08月08日

ジョン・コルトレーン セルフレスネス〜フィーチャリング・マイ・フェイヴァリット・シングス

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ジョン・コルトレーン/セルフレスネス〜フィーチャリング・マイ・フェイヴァリット・シングス
(Impulse!/ユニバーサル)


「この人のこの1曲!」

というのは、どのジャンルの音楽でもあると思いますが、コルトレーンにとってのそれは「マイ・フェイヴァリット・シングス」だと思います。

念願の自分のバンドを組んでから、早速スタジオに入った1960年に最初のヴァージョンをレコーディングしてからというもの、コルトレーンはまるで何かに取り憑かれたように、この曲をライヴの度に演奏し、そして演奏毎にアレンジをどんどん変え、最終的には亡くなる前年の「ライヴ・アット・ザ・ヴィレッジ・ヴァンガード・アゲイン」で聴かれるヴァージョンのように、もはや原曲がどんなメロディだったかすら思い出させない混沌と深淵を極めた状態になってゆくのです。

さて、そんな「マイ・フェイヴァリット・シングス」を、ヴァージョンごとにその違いとそれぞれの持ち味の良さを聴き比べ、噛み締めるのが、われらコルトレーン者の至福の喜びのひとつであるんですが、ファンの中でも

「このマイ・フェイヴァリット・シングスは格別だ!」

という絶品が、1963年7月のニューポート・ジャズ・フェスティバルで演奏されたライヴ・ヴァージョンであります。

確かにこの「マイ・フェイヴァリット・シングス」は、それ以前のものともその後のやつとも、ちょいと雰囲気が違います。

他のヴァージョンにはない、軽やかな疾走感を感じさせるこのライヴ・ヴァージョン、タネを明かせばドラムがいつものエルヴィン・ジョーンズではなく、ピンチヒッターで参加したロイ・ヘインズなんですね。

ヘインズは、1940年代から活躍するベテラン・ドラマーで、コルトレーンにとっては憧れの人、チャーリー・パーカーとも一緒に活動していた人です。

そんな大ベテランだから、ドラム・プレイもきっと堅実で渋いものだろうと思いきや、いやいやいや、何が何が、コノ人はちょっと変わった人でして、フロントに立つプレイヤーがモダン・ジャズの王道を行くスタイルの人だったら、それこそ的確に、最高にオシャレでキレの良いリズムを提供するんですが、いざクセのある若手(当時)と組んだら俄然燃えて、自分のクセも全開にして鋭く切り込むドラミングでブイブイ言わせちゃう、結構なヤンチャ男子なんですよ。

有名なところではエリック・ドルフィーの「アウト・ゼア」、これでドルフィーとロン・カーターのチェロが醸し出す摩訶不思議世界の中心にあって、シュッシュシュッシュとソリッドな4ビートを刻んでフロントを鼓舞するプレイは、これはもう最高なんですが、コルトレーンとの相性も抜群で、そん時麻薬の療養施設に入ってたエルヴィンの代わりに呼ばれて叩いてたんですが、その叩き方は、重厚な複合リズムをどんどん繰り出して、音を”外”に拡げてゆくエルヴィンとはまるで正反対

「スタタタタタ!」

「パシャン!パシュッ!」

と、主にカンカンに張ったスネアを細かく刻みつつ、あり得ない速度(体感)とタイミングで必殺の切れ味鋭いオカズで斬り込んでくるというスタイルなのです。

スネアが中心なので、リズム全体の感じはフワッと軽くなります。

それでもアドリブに合わせて大事なところではガンガン攻めるので、コルトレーンにとってもヘインズのドラミングは、良い意味でいつもと違う刺激に満ち溢れておったことでしょう。

事実、この日のニューポート・ジャズ祭での「マイ・フェイヴァリット・シングス」の演奏時間は17分強(!)コルトレーンもそんなヘインズの軽快にビュンビュン走るスネアと”唄うリズム”にいい感じに触発されて、アドリブがすこぶるメロディアスなんですよ。

エルヴィンと組んだ演奏では、加速しっ放しで演奏がトップギアに入ってからの壮絶な”吹きvs叩き”のカタルシスがもうたまらんのですけどね、ここでは「あ、気持ちよく唄ってたら何か結構な時間たっちゃったね、てへ」みたいな感じの、激しいけれど暖かいやりとりに、メンバーもついほだされている活き活きとしたライヴの空気が伝わります。






【パーソネル】
(@A)
ジョン・コルトレーン(ts,ss)
マッコイ・タイナー(p)
ジミー・ギャリソン(b)
ロイ・ヘインズ(ds)

(B)
ジョン・コルトレーン(ts)
ファラオ・サンダース(ts)
ドナルド・ギャレット(b-cl,b)
マッコイ・タイナー(p)
ジミー・ギャリソン(b)
エルヴィン・ジョーンズ(ds)
フランク・バトラー(ds,perc)
ジュノ・ルイス(perc)

【収録曲】
1.マイ・フェイヴァリット・シングス
2.アイ・ウォント・トゥ・トーク・アバウト・ユー
3.セルフレスネス


で、このアルバムの特別なのは「マイ・フェイヴァリット・シングス」だけじゃない。

2曲目「アイ・ウォント・トゥ・トーク・アバウト・ユー」これもコルトレーンお得意の、何度も録音しているバラード曲なんですが、こちらでより繊細に、メロディやフレーズのひとつひとつに神経を張り巡らせているロイ・ヘインズのドラム、このテの演奏では人が変わったように優しいピアノを弾くマッコイ・タイナー、そしていつもより明確でいてメロディアスなラインを弾いているジミー・ギャリソンと、実にピシャッと決まっております。

コルトレーンは前半で目一杯哀感漂うフレーズを唄わせていて、この曲はもちろんバラードで、特徴的な”崩し”は前半ないにも関わらず、どこかに凄みを感じるなぁ・・・と思っていたら、エンディングと思わせてからのカデンツァ(無伴奏、テナーだけのパート)に突入(!)

これは完全にソロ・インプロヴィゼーションともいえる、強烈な感情の吐き出しです。

「うわ・・・無伴奏のエンディングやべぇ・・・」

と思って息を呑んで聴いていたら、エンディングと思わせておいて、実は演奏時間の半分(およそ4分間)を無伴奏で吹きまくっているという、これもコルトレーン・ファンの間では「あのカデンツァは神!」とささやかれている伝説の名演。

で、後半(つうか最後の曲)は、日付けもメンバーもガラッと変わったスタジオでの「セルフレスネス」。

「アイ・ウォント〜」の余韻にクーッと浸っていたら、パーカッションも鳴りまくっての、ファラオのテナーもキュルキュル言って(絶叫は控えめ)、何ともアフリカ的なお祭りの雰囲気が実にゴキゲンで、ついついCDをリピートにして、また1曲目から聴いて「マイ・フェイヴァリット・シングス」で燃えて「アイ・ウォント・トゥ・トーク・アバウト・ユー」でしんみりしつつ壮絶な吹きっぷりにおののいて「セルフレスネス」で祭りを楽しんでしまいます。

2000年を過ぎてから63年のニューポートジャズ祭での未発表曲(「インプレッションズ」)が発掘され、「セルフレスネス」と差し替えられて、楽曲も演奏順に並べ替えられた「コルトレーン・アット・ニューポート」というアルバムがリリースされておりますが、それでもこのアルバムの作品としての価値と面白さが変わることは少しもありません。




”ジョン・コルトレーン”関連記事


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