2016年08月08日

ジョン・コルトレーン セルフレスネス〜フィーチャリング・マイ・フェイヴァリット・シングス

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ジョン・コルトレーン/セルフレスネス〜フィーチャリング・マイ・フェイヴァリット・シングス
(Impulse!/ユニバーサル)


「この人のこの1曲!」

というのは、どのジャンルの音楽でもあると思いますが、コルトレーンにとってのそれは「マイ・フェイヴァリット・シングス」だと思います。

念願の自分のバンドを組んでから、早速スタジオに入った1960年に最初のヴァージョンをレコーディングしてからというもの、コルトレーンはまるで何かに取り憑かれたように、この曲をライヴの度に演奏し、そして演奏毎にアレンジをどんどん変え、最終的には亡くなる前年の「ライヴ・アット・ザ・ヴィレッジ・ヴァンガード・アゲイン」で聴かれるヴァージョンのように、もはや原曲がどんなメロディだったかすら思い出させない混沌と深淵を極めた状態になってゆくのです。

さて、そんな「マイ・フェイヴァリット・シングス」を、ヴァージョンごとにその違いとそれぞれの持ち味の良さを聴き比べ、噛み締めるのが、われらコルトレーン者の至福の喜びのひとつであるんですが、ファンの中でも

「このマイ・フェイヴァリット・シングスは格別だ!」

という絶品が、1963年7月のニューポート・ジャズ・フェスティバルで演奏されたライヴ・ヴァージョンであります。

確かにこの「マイ・フェイヴァリット・シングス」は、それ以前のものともその後のやつとも、ちょいと雰囲気が違います。

他のヴァージョンにはない、軽やかな疾走感を感じさせるこのライヴ・ヴァージョン、タネを明かせばドラムがいつものエルヴィン・ジョーンズではなく、ピンチヒッターで参加したロイ・ヘインズなんですね。

ヘインズは、1940年代から活躍するベテラン・ドラマーで、コルトレーンにとっては憧れの人、チャーリー・パーカーとも一緒に活動していた人です。

そんな大ベテランだから、ドラム・プレイもきっと堅実で渋いものだろうと思いきや、いやいやいや、何が何が、コノ人はちょっと変わった人でして、フロントに立つプレイヤーがモダン・ジャズの王道を行くスタイルの人だったら、それこそ的確に、最高にオシャレでキレの良いリズムを提供するんですが、いざクセのある若手(当時)と組んだら俄然燃えて、自分のクセも全開にして鋭く切り込むドラミングでブイブイ言わせちゃう、結構なヤンチャ男子なんですよ。

有名なところではエリック・ドルフィーの「アウト・ゼア」、これでドルフィーとロン・カーターのチェロが醸し出す摩訶不思議世界の中心にあって、シュッシュシュッシュとソリッドな4ビートを刻んでフロントを鼓舞するプレイは、これはもう最高なんですが、コルトレーンとの相性も抜群で、そん時麻薬の療養施設に入ってたエルヴィンの代わりに呼ばれて叩いてたんですが、その叩き方は、重厚な複合リズムをどんどん繰り出して、音を”外”に拡げてゆくエルヴィンとはまるで正反対

「スタタタタタ!」

「パシャン!パシュッ!」

と、主にカンカンに張ったスネアを細かく刻みつつ、あり得ない速度(体感)とタイミングで必殺の切れ味鋭いオカズで斬り込んでくるというスタイルなのです。

スネアが中心なので、リズム全体の感じはフワッと軽くなります。

それでもアドリブに合わせて大事なところではガンガン攻めるので、コルトレーンにとってもヘインズのドラミングは、良い意味でいつもと違う刺激に満ち溢れておったことでしょう。

事実、この日のニューポート・ジャズ祭での「マイ・フェイヴァリット・シングス」の演奏時間は17分強(!)コルトレーンもそんなヘインズの軽快にビュンビュン走るスネアと”唄うリズム”にいい感じに触発されて、アドリブがすこぶるメロディアスなんですよ。

エルヴィンと組んだ演奏では、加速しっ放しで演奏がトップギアに入ってからの壮絶な”吹きvs叩き”のカタルシスがもうたまらんのですけどね、ここでは「あ、気持ちよく唄ってたら何か結構な時間たっちゃったね、てへ」みたいな感じの、激しいけれど暖かいやりとりに、メンバーもついほだされている活き活きとしたライヴの空気が伝わります。






【パーソネル】
(@A)
ジョン・コルトレーン(ts,ss)
マッコイ・タイナー(p)
ジミー・ギャリソン(b)
ロイ・ヘインズ(ds)

(B)
ジョン・コルトレーン(ts)
ファラオ・サンダース(ts)
ドナルド・ギャレット(b-cl,b)
マッコイ・タイナー(p)
ジミー・ギャリソン(b)
エルヴィン・ジョーンズ(ds)
フランク・バトラー(ds,perc)
ジュノ・ルイス(perc)

【収録曲】
1.マイ・フェイヴァリット・シングス
2.アイ・ウォント・トゥ・トーク・アバウト・ユー
3.セルフレスネス


(録音:@A1963年7月7日,B1965年10月14日)



で、このアルバムの特別なのは「マイ・フェイヴァリット・シングス」だけじゃない。

2曲目「アイ・ウォント・トゥ・トーク・アバウト・ユー」これもコルトレーンお得意の、何度も録音しているバラード曲なんですが、こちらでより繊細に、メロディやフレーズのひとつひとつに神経を張り巡らせているロイ・ヘインズのドラム、このテの演奏では人が変わったように優しいピアノを弾くマッコイ・タイナー、そしていつもより明確でいてメロディアスなラインを弾いているジミー・ギャリソンと、実にピシャッと決まっております。

コルトレーンは前半で目一杯哀感漂うフレーズを唄わせていて、この曲はもちろんバラードで、特徴的な”崩し”は前半ないにも関わらず、どこかに凄みを感じるなぁ・・・と思っていたら、エンディングと思わせてからのカデンツァ(無伴奏、テナーだけのパート)に突入(!)

これは完全にソロ・インプロヴィゼーションともいえる、強烈な感情の吐き出しです。

「うわ・・・無伴奏のエンディングやべぇ・・・」

と思って息を呑んで聴いていたら、エンディングと思わせておいて、実は演奏時間の半分(およそ4分間)を無伴奏で吹きまくっているという、これもコルトレーン・ファンの間では「あのカデンツァは神!」とささやかれている伝説の名演。

で、後半(つうか最後の曲)は、日付けもメンバーもガラッと変わったスタジオでの「セルフレスネス」。

「アイ・ウォント〜」の余韻にクーッと浸っていたら、パーカッションも鳴りまくっての、ファラオのテナーもキュルキュル言って(絶叫は控えめ)、何ともアフリカ的なお祭りの雰囲気が実にゴキゲンで、ついついCDをリピートにして、また1曲目から聴いて「マイ・フェイヴァリット・シングス」で燃えて「アイ・ウォント・トゥ・トーク・アバウト・ユー」でしんみりしつつ壮絶な吹きっぷりにおののいて「セルフレスネス」で祭りを楽しんでしまいます。

2000年を過ぎてから63年のニューポートジャズ祭での未発表曲(「インプレッションズ」)が発掘され、「セルフレスネス」と差し替えられて、楽曲も演奏順に並べ替えられた「コルトレーン・アット・ニューポート」というアルバムがリリースされておりますが、それでもこのアルバムの作品としての価値と面白さが変わることは少しもありません。




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2016年08月06日

パンテラ 俗悪

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パンテラ/俗悪

(Wea/ワーナー・ミュージック)

すごくザックリと極端に言って

「ヘヴィな音、ラウドな音、トンガッた音の究極が聴きたい!」

という衝動をお持ちの方は、まずパンテラを聴いておれば問題はなかろうと思います。

アタシがパンテラを知ったのが、セカンド・アルバム「俗悪」がリリースされた1992年。

アタマの悪い高校生真っ盛りの頃ですねぇ。

音楽仲間のIの家で、親戚から送られてくる、最新のMTVのビデオなんぞを観ながら、あーでもないこーでもないと、生意気にも音楽談義に花を咲かせていた時です。

アタシらのその頃の先生は、ビーバス&バッドヘッドでした。

ご存知の方は多いと思うんですが、このコたちです↓

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コレが番組の中のアニメで、音楽のテレビを観ながら

「おもしろくねー」

「チャンネル替えるぜグヘヘヘ・・・」

とか言いながら、勝手にヘヴィメタルとかパンクとかハードロックとかに、どんどんチャンネルを替えて、曲に合わせてクールだの何だの言いながらヘッドバッキング&エアギターをするとかいう、まぁグダグダで最高な番組だったんですが、コイツらを観て、アタシら田舎のアタマの悪い高校生は

「こ、コイツら俺だ・・・!」

と思って、勝手なシンパシーをビシバシ感じておった。

で、まんまとそのノリにハマッたアタシは、どんどんヘヴィでラウドな音楽を漁っては聴きまくっておったのでした。

その日も、例の如く秘密基地のようなIの家で、あーでもねーこーでもねーと、ダラダラしながら音楽談義に花を咲かせておりました。

「やっぱメタリカ最高だぜぇ?フツーに半音下げチューニングやってあの感じ出るか?」

「ヘヴィさで言えばブラックサバスだろうがよ、オジーが最初にやっとったバンドで・・・」

「あぁ?昔のロックは何かチンタラしててあんまりノレないんだよ」

そん時スレイヤーのビデオクリップが流れ、一通りヒャーヒャー言って

「な?やっぱコレだろぉがよ、極悪な音に限るぜぃ♪」

と、その時

聴いたこともないヘヴィなリフをズンズン刻む凶悪なギターの音に、耳が釘付けになって、何も言えずにしばらく呆然としていたら、メタルらしからぬ坊主頭のイカツいのが

「復讐だーーー!!(字幕アリ)」

と、これまた聴いたことのない潰れた声で叫ぶのを聴いて


「ふぉほぉ!誰!?」

「し・・しらん!ヤベぇ!!」

と、一応真っ当な反応をしつつも、しっかりと「エアギター&ヘッドバッキング」でノリノリになっておりました。

「俗悪」のCDを買いに走ったのは、そっから1週間も経ってなかったと思います。





【収録曲】
1.マウス・フォー・ウォー
2.ア・ニュー・レヴェル
3.ウォーク
4.ファッキング・ホスタイル
5.ディス・ラヴ
6.ライズ
7.ノー・グッド(アタック・ザ・ラディカル)
8.リヴ・イン・ア・ホール
9.レギュラー・ピープル
10.バイ・ディーモンズ・ビー・ドリヴン
11.ホロウ
12.ビス


脳天をハンマーでブン殴られたような衝撃を覚えた「復讐だー!」はしっかりと一曲目に入っておった安心しましたが、このアルバムは、それまで

・ロックのアルバム買う→速い曲、激しい曲だけ聴いてあとは飛ばす

という、実にケシカラんアタシの音楽の聴き方そのものを激変させました。

どの曲も「うそっ!?」てぐらいにヘヴィで、しっかりとした聴き応えがあって、それよりも何よりも”音”に乗っかってる1音辺りの情念とか激しさの質量がハンパないんです。

本当に「どんなにすればこんなアホみたいに凶悪なギターの音出るんだろう・・・」と、考えに考えて、通常の、ギター+アンプ+ディストーションの組み合わせではダメだと早々に諦め、BOSSのメタルゾーンというエフェクターをかませたレスポールで、ヤマハのベースアンプにぶっこんで「一応それらしい音」ぐらいまで、えぇ、頑張りました。

このアルバムがリリースされてから一気にそれまでのヘヴィメタル/ハードロックの音質は、ガラッと変わりましたね。「どこまでヘヴィで、しかも厚みのある”ドコォ!”っていう音が出せるか?」みたいにギター界がなって、その後のモダン・ヘヴィネスの流れが生まれたんだと思うと、間違いなく歴史を変えた一枚でしょう。

今でもパンテラのこの時期の音を越えるヘヴィ・サウンドはないような気がします。いや、物理的に加工して、色々と乗っけて重くなった音はいくらでも出来るんですが、ギターとアンプの歪み基本のナチュラルなセッティングで、この音を出せと言われたら、もう物理的なものを超えた、人間の限界に挑むしかないです。



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2016年08月03日

マイルス・デイヴィス サムデイ・マイ・プリンス・ウィル・カム

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マイルス・デイヴィス/サムデイ・マイ・プリンス・ウィル・カム
(Columbia/ソニー・ミュージック)


コルトレーンが世に出るきっかけとなったのは、1956年にマイルス・デイヴィスのバンドに参加したことです。

マイルスという人は、とにかく「新しいこと」を常にやり続けることによって、ジャズの歴史というものを常に最前列で切り開いてきた人で、だからこそ「ジャズの帝王」なんて呼ばれておるわけなんですが、それだけに自分が出す音だけでなく、メンバーが出す音やフレーズにも、人一倍神経を尖らせておりました。

マイルスがメンバーに常に求めていたことは

「誰にでも出せる音、弾けるフレーズをするな。最初は多少ぎこちなかろうと、リスナーから批判されようと、お前にしか出せない音を出せ」

ということでございます。

ソニー・ロリンズの推薦で、コルトレーンがマイルスのバンドに加入した時も、まずはテクニック云々より

「コイツに新しいことが出来るのだろうか?」

と、マイルスは厳しい目で見ていて、その意欲を試したといいます。

結果は、最初こそ心無い聴衆からヘタクソだのギクシャクしてるだの音が硬いだの言われておりましたが、そんなの一向に気にしないマイルスのお陰で、コルトレーンは徐々に「自分だけの音、自分だけのフィーリング」を、ピンと張り詰めたマイルス・デイヴィス独自の音世界の中で開花させることに成功します。

けれども、その頃のコルトレーン、酒や麻薬に溺れかけていた上に、大事なリハーサルやライヴの最中に眠りこけたり、音楽的なこと以外では、本当にダメ人間で、それにキレたマイルスは、1年ほどでコルトレーンをクビにします。

クビになったコルトレーンはサァ大変だ、せっかく自分の音楽性を理解してくれていたマイルスのところを離れたら、どうやって食っていけばいいのかわかりません。

マイルスに頭を下げて「もう酒もクスリもやりませんから・・・」と、言いたかったのではありますが、マイルスがそんな甘い親方ではないということは、コルトレーンもよく知っておりました。

そんな時に「ウチに来ナヨ」と言ってくれたのが、セロニアス・モンク。

この人はマイルスと同じか、もしかしたらそれ以上に優れたオリジナリティと、独自の音世界を持っている人で、音楽的なことで色々なことを質問したいコルトレーンにも

「あ?そんなのテメーで考えろ!」

と、突き放さない、優れた人格者でもあったので、コルトレーンは嬉しくなって毎朝早くからたくさんの譜面を持ってモンクの家に行き、モンクに音楽のことをドバーっと質問攻めにしたのです。

それらひとつひとつに、ピアノを使って的確に答えるモンクにコルトレーンはますます心酔し、更に高度な質問を次々と考えてはモンクのところに朝から押しかける・・・。

こんな生活をしておるうちに、「とにかく音楽が何より」のコルトレーンです。酒なんか呑んでる暇も、クスリ打ってぼんやりしてる暇もなくなって、人間的にも音楽的にも、大成長を遂げるのであります。

これが1957年から58年のお話です。

モンクのところで成長して、晴れて自分名義のアルバムも出せるぐらいの、いっぱしのミュージシャンになったコルトレーン。


翌年にはメジャー・レーベルのアトランティックと契約を交わし、一流の仲間入りを果たすのですが、そんなコルトレーンの活躍を見ていて

「ほぅ・・・アイツやりおるなぁ」

と思って、またバンドに誘いたいと思っていたのが、かつての親分だったマイルスです。

この頃コルトレーンがモノにしていた独自の”シーツ・オブ・サウンド”というのがありまして、これはひとつのコード進行の中で、超高速で音を吹き詰めるアドリブの方法です。

一方のマイルスという人は、アドリブからとことん無駄を省いて、最小限の音で独自のひんやりした雰囲気を作れる人です。

「全く違うアドリブの方法を同じ曲の中で使ってみるのは新しいじゃん?」

マイルスは恐らくそう思っておった訳でしょう。

しかし、既にメジャー・レーベルの所属スターであるコルトレーンを、かつてのようにサイドマンとして、子分扱いするわけにはいきません。

コルトレーンの方も「契約があるから・・・」と、あんまり乗り気ではなかったのですが

「じゃあゲストみたいな感じで参加してくれればいいから・・・」

と、説得して、50年代末から60年代初頭にかけての「第二期マイルス・バンドへの参加時期」という時代があるのです。

しかし、この頃のコルトレーンはもう自己の表現というものに堂々とした姿勢でおり、マイルスが「こうだ!」と思ってそこへ引っ張って行こうとしても、コルトレーンは自分のあくまで自分のやり方を貫きます。

この時期のマイルスのグループの音源を聴いていると、ソロが”マイルス色”から”コルトレーン色”にめまぐるしく変わる中で、独自の緊張感が漂っていて、そのスリリングな風情というものは、聴く側にとっては大変面白いものであるんですが、やはり両雄は並び立たず。話し合いの末、コルトレーンはマイルスのグループを去り、後任にウェイン・ショーターという若者を推薦します。

この、ウェイン・ショーターが後のマイルスのサウンドに大躍進をもたらすのでありますが、それはまた別の話。




【パーソネル】
マイルス・デイヴィス(tp)
ジョン・コルトレーン(ts,@D)
ハンク・モブレー(ts,@〜CE)
ウィントン・ケリー(p)
ポール・チェンバース(b)
ジミー・コブ(ds)

【収録曲】
1.いつか王子様が
2.オールド・フォークス
3.プフランシング
4.ドラッド・ドッグ
5.テオ
6.アイ・ソート・アバウト・ユー


(録音:@1961年3月20日,A〜CE3月7日,D3月21日)


今日ご紹介いたしますのは、コルトレーンが参加した最後のスタジオ盤となったマイルスのアルバム「サムデイ・マイ・プリンス・ウィル・カム」です。

コルトレーンが参加しているのは1曲目と5曲目の2曲なんですが、クールで静謐極まりないマイルスのソロからバトンタッチしてコルトレーンが加速を始めると、演奏全体の温度がグググーっと上がる、もうこの時期のマイルスVSコルトレーンでしか味わえないカッコ良さ、このゾクゾクする瞬間を、飽きることなく何度も味わえます。

60年代の幕開けを告げるマイルスの代表作ともいえるアルバムで、実は一瞬だけマイルスのグループに参加したハンク・モブレーの、調和を大事にしたプレイの素敵さもまたいいんですが、コルトレーン・ファンには「いつか王子様が」と「テオ」の2曲を聴くだけでも持っている価値はあります。






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