2016年08月19日

デュ・プレ 白鳥(チェロ名曲集)

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デュ・プレ/白鳥(チェロ名曲集)
(ワーナー・ミュージック)

音楽といえば、ほとんどアタシはガソリンのように耳から心に投入し、落ち込んでいる気持ちを奮い立たせたり、テンションをアゲたりするために聴いています。

でも、全部が全部そんなだとキツい、たとえば魚にとっての水のように

「あって当たり前だけど、ないと生きていけないもの」

として音楽に相対する気持ちを大事にしたいです。


クラシックは、パンク小僧・ロック小僧だったアタシにとっては長年「何か学校で教えられるタイクツな音楽」でしたが、実はそう思っていたのは、ツッパリたい年頃特有のよくあるポーズだったわけで、密かにバッハとかいいなと思って聴いてたりしました。

「いいものはいい」

なんて陳腐をぶっこくつもりは毛頭ございませんが、ロックだろうがブルースだろうがジャズだろうがクラシックだろうが、人間が喜怒哀楽をメロディやリズム、或いは歌詞に託して、魂を注入して作り上げた音楽に変わりはないわけです。

つまり

「カッコイイものはパンク!」

この精神で音楽をどんどん聴いてどんどん感動すれば、ジャンルなんてちっとも怖いものでもややこしいものでもない、ましてや「クラシック=難しい」なんてのはそれこそ20世紀より前の、もうとっくに化石になりつつある考え方なんじゃないかと思っております。

そう思わせてくれたきっかけをアタシにくれたのが、ジャクリーヌ・デュ・プレでした。

何かの雑誌で

「夭折の女性チェリスト」

とか書かれていたものを見て、まぁ似てはおりませんが、何か写真で見たその顔の表情に、何となくジャニス・ジョプリンに通じるものを勝手に感じて、少し気になってたんです。

そんなある日、テレビでたまたま彼女の映像を目にしました。

曲に合わせて体がゆらゆらと、次第に大きく激しく揺れて、その美しいチェロの音に、彼女が揺れるごとにどんどん情念が上乗せされるような、それは衝撃的な映像でした。


「パンクだ・・・」

この表現が適切かどうかはわかりませんが、とにかくアタシはそう思いました。何てことだ、クラシックにあんなに激しい音楽をする人がいたんだ、すげぇや、と一人で勝手に興奮して「ほれみろ、やっぱりジャニスと同じ種類の人だったじゃないか」と勝手に納得したわけです。

彼女の本当の魅力に目覚めたのは、CDを買ってからです。




【演奏】
ジャクリーヌ・デュ・プレ(チェロ)
ジェラルド・ムーア(ピアノ)@〜EI
ロイ・ジェスン(オルガン)F
オージアン・エリス(ハープ)G
ジョン・ウィリアムス(ギター)H

【収録曲】
1.シチリアンヌ(シチリア舞曲)*パラディス
(2〜4:3つの幻想小曲集 作品73)*シューマン
2.T.優しく表情を持って
3.U.快活で、軽やかに
4.V.速くて熱情を持って
5.無言歌 ニ短調 作品109 *メンデルスゾーン
6.エレジー ハ短調 作品24 *フォーレ
7.アダージョ(トッカータ、アダージョとフーガ ハ短調 BWV.564より)*J.S.バッハ
8.白鳥〜《動物の謝肉祭》より *サン=サーンス
9.ホタ〜《スペイン民謡組曲》より *ファリャ
10.コル・ニドライ 作品47 *ブルッフ


これも”たまたま”だったんですが、ある日ふと「そうだ、ジャクリーヌ・デュ・プレってすごかったな」と思い出し、どれでもいいからとCDを適当に選んだんですが、これが大当たり。

映像で見た時に耳に入ってきた彼女のチェロは、もう最初から最後まで激烈な情念の渦で、そういうのを覚悟してましたが、実際に音盤で聴いてみると、そのチェロの音は情念そのままに、より深い優しさや、繊細な感情のつづれおりを見せてくれます。

このアルバムは、メンデルスゾーンとかシューマンとかバッハとか、聴けば「あ、これか!」となる曲もたくさん入ってるし、ピアノでサポートしているジェラルド・ムーアのプレイもとても優しくて、余分なアレンジもないし、聴き易いです。

デュ・プレのチェロの、何というか情熱と慈愛が完全に諸刃状態でひとつの音の中にヒリヒリと溶け込んでいるあの音を聴くと、・・・いや、何度聴いても胸がいっぱいになります。





(本編とは関係ありませんが、ダニエル・バレンボイムとの素敵なセッション)


『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

サウンズパル店主高良俊礼の個人ブログ
http://ameblo.jp/soundspal/


posted by サウンズパル at 19:04| Comment(0) | TrackBack(0) | クラシック | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする