2016年09月09日

弁財天 龍郷町戸口

150403_142303.jpg龍郷町の戸口には「平家の伝説」があります。

曰く、壇之浦の戦いで入水したことになっている平行盛(平清盛の孫)が、ここに落ち延びて砦を構えていたと。

本当かどうかは分かりませんが、この戸口の弁財天像があるヒラキ山からは白磁や青磁の破片など、平家一門が行った日宋貿易の遺物とおぼしきものが見付かり、この山自体も昔の城跡の可能性が極めて高いと言われています。

戸口出身の人に聞いたら「早く家に帰らんと落武者の霊が出るとか、ちっちゃい頃言われたっすよ〜(笑)」と。

平家も落武者もロマンありますな。





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2016年09月07日

三上寛 このレコードを盗め!!

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三上寛/このレコードを盗め!!
(東芝/ユニバーサル)

日本において”この人は間違いなくパンク”と呼べるアーティストの一人であるのが三上寛です。

や、三上寛は別にパンクロックやってる訳でも、ブラストビートに乗っかってギャーギャー叫んでる訳でもないし、ついでに言うとルックスも

無題.png

なわけで、決して表面的にはアタシらのイメージする「パンク」のそれとは必ずしも合致しない。

むしろ正反対の極にある人、と言ってもいいでしょう。

ふふ。。。

賢明なる読者の皆さんは、アタシがここで言いたいことはもうお分かりだと思います。

そう、この外見、そして「日本のフォークシーンに現れた異端的情念のシンガー」という前情報なんかを全部ぶっ飛ばす、強烈なカオスが、この人の歌・声・そして歌詞の世界にあるんです。つうか最初聴いた時ぶっ飛ばされました。

天気予報は今日もまた、青すじたてて冗談を繰り返す
雪なんかふらせやがって、死にたがる奴等の心情をくすぐるだけさ
ああ、何てみっともない人類の平和なんだ

−なんてひどい唄なんだ より

考えてみりゃオートバイの失恋なんて誰も唄にはしないだろうが
それに比べて人間の失恋の唄は何んて多い事だろう

−オートバイの失恋 より

縦じまのTシャツを着せてやりたい
それがダメなら、よこしまな愛でどうだ

−三上工務店が歩く より



三上寛のアルバムを、その深遠でアナーキー極まりない世界を聴き進んで行けば、まだまだこれらは序の口の歌詞ではあるんですが、もうこの言葉の意味不明な破壊力、それに恥じないほどのカオスな声の威力。そして全ての文節と単語と音と息継ぎの隙間にも、ふんだんにまぶされている毒々しい情念のドロドロ。。。

ミもフタもないことを言うと、怖い人というのはよく

「コロすぞこのやろう!」

と言いますが、三上寛の場合は

「殺してもいいじゃないか、人間だもの!バーーーン!!!!」

という人です。や、ピンとこない人はとりあえず



こんな感じ。

うん、アタシがゴタゴタ言うよりずっとミもフタもない。

とにかくこれが三上寛

フォークギター片手に、故郷青森の地霊をどっさり引き連れて、ドロドロした唄をとことん唄って、そのうちフリー・ジャズ系の人らと演ったり、寺山修司とツルんだり、ピラニア軍団の一員として「新・仁義なき戦い」なんかに俳優として出演したり、近年ではエレキギターでの弾き語りや、灰野敬二、石塚俊明とのユニット「バサラ」で爆音轟音の中、ゆるぎなくも野太い絶叫を聴かせたり、ミュージシャンとしては本当に幅が広く、人間としてはもうその枠組みにハマらなくなっていて、ほとんど妖怪か仙人の領域に達しているであろう数少ないバケモノであります。

もうそう言うしかないじゃろう。

ドロドロで過激で「えぇ!?そこまで唄うの!?」と思えるぐらいエゲツない剥きだしっぷりの三上寛、どの時期の作品も強烈なボディブローを浴びせてくれますが、最近アタシのお気に入りはもっぱら80年代のこのアルバムです。


【収録曲】
1.オートバイの失恋
2.BANG!
3.海
4.夢は夜ひらく|あしたのジョーなんかきらいだ
5.なかなか~なんてひどい唄なんだ
6.三上工務店が歩く
7.パンティストッキングのような空
8.ひびけ電気釜
9.最後の最後の最後のサンバ


ジャケットには「このレコードを盗め!! 三上寛ベストアルバム」と書いてあります。

氏のイメージとは似ても似つかない、何だかカワイイぬいぐるみの写真を見てもうすでにヤラレた気分になるんですが、中身はそれ以上にヤラレた気分になります、風俗に裸で入ってきて、散々暴れてあちこちに○○して、カネは一銭も払わない客です、ハイ・・・。

これね、アタシは何も知らないで、クレジットを見たら全部初期の代表曲ばかりなんで、てっきり本当に「初期のアンダーグラウンドフォーク時代の音源を集めたベスト・アルバムだー」と。

そしたらアナタ、これ、どの曲も全部新録で、しかも原曲のアレンジくそ食らえの、やたらポップでファンキーでナウい、ヒャラヒャラなアレンジが施されてるんですよ。

もうね、これね、ディスコですよ。しかも、ギラッギラのミラーボールに照らされたオッサン達が全員フンドシで汗ねっとりかきながら、密着し合って踊ってるディスコ。

それまでアタシは、生楽器とか、エレキでもすごくトンガったダイレクトな歪みの音をバックにした三上寛しか聴いたことなかったから、正直氏の破天荒な歌世界とあからさまに”にゅーうぇーぶ”なサウンドとの無理矢理な融合のエゲツなさに「おぇっ!」となったんです。

しかし、毒をもっては何とやら、この違和感バリバリのエゲツなさこそが、真面目にアンダーグラウンドなサウンドぶちかますより百倍パンクだと、おっさんになった今しみじみと思いますねぇ。。。

このアルバムのミもフタもないポップでエゲツない質感、何かとすごく似てると思ったら、アルバート・アイラーの「ニュー・グラス」と似てる。と、最後にトドメのミもフタもないことを言っておきます。





『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

サウンズパル店主高良俊礼の個人ブログ
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2016年09月06日

ユッスー・ンドゥール&エトワール・ド・ダカール ンバラの誕生 1979−1981

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ユッスー・ンドゥール&エトワール・ド・ダカール ンバラの誕生 1979−1981
(ライス・レコード)

さて、昨日サリフ・ケイタを紹介しましたので、今回もアフリカの大物にご登場願います。

この人はおそらく、アフリカのミュージシャンで最も有名で、スティング、ピーター・ガブリエル、スティング、スティーヴィー・ワンダーら、世界的なポップスター達との数々の共演とか、日本でもドリカム、坂本龍一とも一緒に仕事をしておりますし、度々CMやドキュメンタリー番組の音楽などで楽曲が使われてもおりますので、多分「ユッスー・・・?誰?ワールド・ミュージック何?」な人でも、音を聴けば「あーーー!あのアフリカの!わかった!!」と、なると思います。

とにもかくにもユッスー・ンドゥールこそは、それまでひたすら「ディープで謎に包まれていたもの」と思われていたアフリカン・ミュージックを、欧米のポップスと肩を並べるものにした大功労者なのであります。

んで、アタシは今日、朝から「あぁぁああーー、ユッスー・ンドゥール紹介するんだけどぉ、何にしたらいいかなぁー、何をオススメしたらみんな聴いてくれるかなぁー・・・・」と悩みに悩みました。

何にせよ1970年代から現在まで、常にアフリカン・ミュージックのトップスターとして大活躍している人です。

アルバムの数も尋常じゃないし、その底なし沼のように広く深過ぎる音楽性ゆえ、アルバムも時期によって・・・どころか出す毎にその作風がガラッと変わったりしております。

なので、ここはあえて「ワールド・ミュージックを代表する大物アーティスト」になる前の、彼の原点を知る上で最も重要な時期の音源であり、彼がセネガル伝統のリズムとラテン・ミュージックから受けた影響を見事掛け合わせた独自のジャンル”ンバラ”という音楽を一番分かりやすく集めた2枚組をご紹介します。



【収録曲】
(Disc-2)
1.Thiely
2.Dom Sou Nare Bakh
3.Esta China
4.Mane Khouma Khol Thi Yao
5.Jalo
6.Absa Gueye
7.Thiapa Thioly
8.Dagotte
9.Dounya
10.Diandioli
11.Kine Kine
12.M'Badane

(Disc-2)
1.Tolou Badou N'Diaye
2.Nit Kou N'Gnoul
3.Yalaye Dogal
4.My Wa Wa
5.Lay Suma Lay
6.Diankha Demal
7.Khaley Etoile
8.Sama Guenth-Gui
9.M'Baye Gueye
10.Titeur
11.Maleo


1959年生まれのユッスー・ンドゥールルは、フェラ・クティ(1938年生)、サリフ・ケイタ(1949年生)よりも更に若い世代になります。

グリオの家系に生まれ、幼い頃からジャンベを巧みに操り唄わせる才能を開花させていた彼は、何と15歳でセネガルの首都ダカールで最も人気だった”スター・バンド”に加入。

すぐにそれと分かる特徴的な、よく通るハイトーン・ヴォイスで存在感を顕わにし、この国民的人気バンドの中心人物としての地位をあっという間に築きます。

今もユッスーといえば、あの突き抜けた晴天のようなヴォーカルでありますが、初期からもう揺ぎないスタイルを完成させていたんですね。

で、このスターバンドで、ユッスーはセネガルの伝統的な音楽をポップにしたものには飽き足らず「ここでちょっと世界にある同じ黒人音楽から、何か要素を入れてみようや」と、思い立ち、特に奴隷として西アフリカから連れてこられた黒人の子孫の多いカリブ海、つまりキューバやバハマなどの島々のアフロ・ラテン・ミュージックを、何とか自分達のアフリカン・ミュージックに融合させようと、色々と試みを見せております。

ユッスーがアフロ・ラテンに目を付けたのは、彼が元々ジャンベ奏者であり、人一倍リズムというものに鋭い感覚を持っており、南米でアフリカ時代より更に複雑で強靭なものとなったそのビートには、本能的に惹かれたものがあったのでしょう。

スターバンドでも、ユッスーがラテン・ミュージックからの影響を”試み”として融合させた成果はいくつか聴けるのではありますが、まだまだラテン音楽のコピーの域を脱していないものでした。

どうしても自分がやりたい音楽をやるには、やはり自分のバンドが必要。

そう思ったユッスーは、1979年、遂に自己のバンド「エトワール・ド・ダカール」を結成します。

このバンドは、セネガルのグリオが使う民族楽器「サバール」(ジャンベより大きい縦長の太鼓)で打ち鳴らすビートを軸に、その他伝統楽器、エレキギター、ベース、サックスなど、現代の楽器も通常編成に加え、主にキューバのルンバ、ハイチのコンゴ、そしてやはりこの要素を入れないと現代の音楽として成立しないファンクを、大幅に導入。

こう書くと「アフリカ音楽がラテンファンク化したのか!?」と、単純に捉えられそうですが、ユッスーはそこんとこのバランス感覚が尋常じゃなく、ものすごいラテン風味があっても、どう聴いてもファンクであっても、その中心の最もコアな部分にしっかりとアフリカの、いや、彼が幼い頃より慣れ親しんで完全に血肉と化したグリオの音楽がドッシリと据えてあり、トータルな音楽としては格別のオリジナリティと極めて高いクオリティの両方をしっかりと持っているものに、エトワール・ド・ダカールのサウンドは昇華しました。

このオリジナルな音楽に、ユッスーは「ンバラ」と名付け、この後ンバラはセネガルのみならず、アフリカの若者の間では、最高にカッコイイ音楽として、ひとつの時代を作ることになります。



この、1979年から1981年、超初期のエトワール・ド・ダカールの音源を集めた2枚組は、タイトル通りユッスー・ンドゥールという不世出の天才が「ンバラ」という音楽を生み出した正にその瞬間を余すところなく収めた素晴らしいCDです。

洗練を重ねて孤高の極みに達した今のユッスーもいいけど、適度に泥臭くてヤンチャなこの時期のユッスーもいいんすよ。








『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

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