2016年11月06日

グレイトフル・デッド ライヴ・デッド

4.jpg
グレイトフル・デッド/ライヴ・デッド
(ワーナー・ブラザーズ)

穏やかな秋晴れの日曜日。えぇ、やること(=やらねばならないこと)はいっぱいあります。

でも、こんな日は頑張りたくない。

アタシは怠け者なので”頑張れ”とか”気合いだ”とか、そういう言葉、嫌いなんです。出来ることなら一生頑張らないで、かつ誰にも迷惑かけることなく、ダラダラ過ごしていたい。

そんな訳でグレイトフル・デッドです。

グレイトフル・デッドといえば、全ロック史上最も理想的な形で「ヤル気のなさ」を体現したバンドであり、ユルくて好き放題であるがゆえ、1960年代末〜70年代のヒッピームーヴメント花盛りのアメリカで時代の象徴として人気を集め、今もなお”デッドヘッズ”と呼ばれる熱狂的なファンによってカリスマ・・・というよりもうひとつの国家ばりの存在になっておるバンドです。

結成は1965年。元々はジャグ・バンドで、古いブルースやフォーク、カントリーなんかをぶんちゃかやるバンドだったようですが、当時拠点にしていたカリフォルニア州ベイエリアでは、ビートニク思想の影響を強く受けた若者達が、思い思いの衣装を身に着けてドラッグやりながら遁世的な生活を営むライフスタイルが流行。

で、元々そういうのが好きだった中心メンバーのジェリー・ガルシアらが「そうだ、俺達もエレキギター持って構成とか決めねー自由な曲やってみようぜ。これから時代はコレだぜぇ?」と、始めたのがグレイトフル・デッドの成り立ちで、こういった即興性の強いロックのことは後に”サイケデリック”と呼ばれるようになりました。そして全米から世界中に”サイケ”は流行るんですね。

時代の波に上手く乗ったグレイトフル・デッドは、地元のヒッピー達にまず絶大な人気を誇ります。

とにかくライヴを精力的に行っていた彼らの演奏は、今で言うジャムバンドの走りであり、自由に始まって自由に終わるそのスタイルは、自由を求める若者達にとっては音楽でそれを体現しているバンドであるとすぐに認識されたのでしょう。彼らのライヴは、会を重ねる毎に異様な風体の若者達で会場の外まで埋め尽くされることになります。

ここで、グレイトフル・デッドが最初の”ヤル気”を出して行ったのが、何と「ファンの秩序化」。グレイトフル・デッドのライヴを観にやってくる若者達は、自由を求め、時としてそれが乱痴気騒ぎになったり、近隣住民や警察に迷惑をかけることもあったため「お前ら一旦落ち着いてルールを守って自由に楽しもうぜ」ということで、メンバー達が自ら率先して、ファン同士の友情を大切にとか、暴力はいけないということを説いたり、ファンのためにご飯を作ったり、健康診断を受けさせたりして、ファン達と家族のような共同体を作ることに一生懸命になりました。

でも、ステージでは自由きままにセッションのような演奏で何時間もぼよよんやっておったんですね。ヤル気出すのはそこじゃないと、冷たいツッコミを入れられそうなのですが、デッドですからそれでいいんです。

やがてグレイトフル・デッドが初期の頃から”手塩にかけて育てたファン達”は、1000人規模のコミューンを組織して、彼らの全米から世界中のツアーに同行するようになります。

長髪ジーンズ髭ぼうぼうの異様な集団が、ド派手なツアー車両を先頭に1000人規模で大移動に興じるその様子は、さながら「民族大移動のようであった」と、記述には残されております。

熱狂的なファン達が、しかもロックバンドのファン達が集団になると、何やら不穏ヤバい空気とか、暴徒化して他の集団や警官隊などと衝突、とか、そういう展開にもなりそうなものなのですが、デッドのファン達は移動した先々で実に秩序立った行動を取り、ローカルのファンに優しく、チケットが取れなかったら取れなかったで近隣で野宿をしながら会場から漏れてくる音をのんびり楽しんだりして過ごしたそうで、近隣や警察とトラブルになるようなことはあまりなかったと言います。

このファン達が「デッドヘッズ」と呼ばれ、追っかけだけじゃなく、バンドの公演に関するあらゆる情報交換や、彼らの音楽やグッズ、独自の平和思想を熱心に追究する世界的なネットワークとなって今に至ります。そうそう、グレイトフル・デッドの魅力はとことん自由でヤル気が感じられない(というよりもヤル気の押し付けを一切しない)おおらかな音楽性だけじゃなく、今や雑貨やTシャツでも欠かせない独自のキャラクターグッズなど、結構ファンシーな部分に力を入れているところだったりします。

o0744105313612351619.jpg
(こういうのとか)

o0424020710243418834.jpg
(こういうの結構あちこちで見るでしょう)

グレイトフル・デッド自体は、ジェリー・ガルシアが亡くなった1995年に一旦解散して、その後散発的に再結成したり、関連バンドがわらわら結成されたりして、今も何かしらの活動をやっております。無論デッドヘッズ達は張り切ってライヴやフェスに出かけるのです。そこでのんびりデッドの音楽を楽しみながら、知らないデッドヘッズ達と出会って「いよう兄弟」「よろしくね」と、新たな友情を育んでいるとのこと。

で、実際にデッドヘッズ達と絡んだ事のある人から訊いた話では、彼らはいわゆる閉鎖的で排他的な”おっかけ心理”でガチガチになった人達ではなく、純粋にグレイトフル・デッドの音楽とその思想が好きでファンになったことを誇りに思いこそすれ、それを鼻にかけたり他の音楽をバカにしたり、自分達の思想を押し付けてきたり、そんなことはしない人達だったと。

また、若い世代の音楽好きの人達は、ライヴで出会ったそんなデッドヘッズ達の人柄に惚れてデッドヘッズになる人達も多いと聞きます。何かいいですよね、そういうの♪



【収録曲】
1.ダーク・スター
2.セント・ステファン
3.イレヴン
4.ターン・オン・ユア・ラヴ・ライト
5.デス・ドント・ハヴ・ノー・マーシー
6.フィードバック
7.グッドナイト
8.ダーク・スター (シングル・ヴァージョン) (ボーナス・トラック)
9.ライヴ/デッド コマーシャル (ボーナス・トラック)

で、ファンというよりも”仲間”を大事にして、楽しくユルくライヴをこなすこと以外はほとんど頑張らないデッドの良さは、やっぱりライヴ盤にあります。

や、スタジオ盤でも基本”ユルい、まったり、頑張らない”を貫いてる人達だし、唐突にほんわかカントリーやってるアルバムとかで結構良いブツがあったりするんで、そもそもこの人達のアルバムを、どれが名盤とかどれがそうでないかとか、そういう細かいことを言うこと自体が何か違うような気がします。そもそもこの人達の音楽は「よっしゃ、今日は気合い入れて聴くぞ!」ってなもんでもないし・・・。

このアルバム「ライヴ・デッド」は1969年、初期デッドの人気ライヴ・アルバムです。

演奏はほとんど即興演奏が主体で、エレキギター、キーボード、ベース、ドラムスが、思いつくまま自由にカントリーにブルース、ジャズやカリプソなどの要素をごちゃまぜにしたリフを奏でながら、楽器同士がそれぞれの音と穏やかに絡んで全体の空気を緩やかに膨らませていきます。

”即興”とは言っても、ここで演奏されているのは決して難しい印象を与えるものでもないし、長時間演奏が聴き手に忍耐を与えるものでもありません。「好きに聴いて飽きたら聴くのやめらばいいんだよ♪」そう、優しく言っているような、来るものを徹底して拒まないし去るものも徹底して追わない、心地良い風通しと結構オシャレな浮遊感に溢れた懐の広い音楽。

楽器やバンドをやってる人間から言わせてもらえば、こんだけ自由度の高い演奏で、しかもリズムとか結構ガンガン入れ替わったりしてるのに、一見それぞれ好き勝手やってるような音が決まる時にはガッツリ一丸となって物凄く気持ちいい決まり方するのに、そういうキメの部分をわざとらしく強調したりしないのって凄いなぁとか色々感心したり、改めて衝撃を受けることの多いアルバムなんですが、まぁそれより何より彼ら独特の開放感と浮遊感の気持ち良いサウンドにてろ〜んと酔いましょう。





『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

サウンズパル店主高良俊礼の個人ブログ
http://ameblo.jp/soundspal/
posted by サウンズパル at 17:34| Comment(0) | TrackBack(0) | ロック/ポップス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする