2016年11月14日

Lady Day: the Complete Billie Holiday on Columbia 1933-1944

4.jpg
ビリー・ホリディ/Lady Day: the Complete Billie Holiday on Columbia 1933-1944
(Columbia)

そういえばジャズについてはたくさん書いておりますが、ジャズ・ヴォーカルのことはあんまり書いてないなと、ブログの過去記事を見て思いました。

いや、ジャズ・ヴォーカルが嫌いとか苦手な訳じゃないんです。

むしろアタシは、疲れた時、なーんにも考えたくない時、ただもう優しさに包まれて眠りたい時は結構な頻度でヴォーカルものを聴いております。

エラ・フィッツジェラルドにサラ・ヴォーン、ヘレン・メリル、アニタ・オデイ、サッチモ、カーメン・マクレエ、ダイナ・ワシントン、ナット・キング・コール、ジョニー・ハートマン、アン・バートン、ブロッサム・ディアリー、ジュリ・アレン、ジュリー・ロンドン、フランク・シナトラ、ジミー・ラッシング、ビッグ・ジョー・ターナー、マーク・マーフィー、ミリー・ヴァーノン・・・あぁ! 彼女(彼)たちこそ、もう40の中年オッサンなアタシにとっては救いの大天使達なのです。

なのでいつか書こう!それこそ読んでくれている人にも、ジャズ・ヴォーカルの人間的な優しさ(慈愛)に満ち溢れた声が届くような文章を・・・!

と、思っていますが、実はアタシにとっては、彼女(彼)たち”大天使”の上の存在がおりまして、この人のことをいつか書こう、いつかじっくり書かねばと思いながら

「あぁぁあああ!!好き過ぎて書けない!!!!」

と、ずーーーっと悩んでおりました。




その人の名はビリー・ホリデイ。



ジャズの世界では、他の並み居るヴォーカリスト達と一線を引くように”不世出の”という特別な称号でもって讃えられ、かつ”レディ・デイ”という美しい名前でその唄の切なさ/儚さが今も多くの人々の口から語られている特別な存在・・・。

かつて、アタシは十代の時に戦前ブルースにハマりました。

18の頃の、暑い夏だったと思います。

夏休みで奄美に帰省したその時、実家(サウンズパル)の試聴機に入ってる『ブルースベスト』みたいなタイトルのオムニバス盤を何気に聴いておりましたら、ジャケ裏のクレジットに「奇妙な果実/ビリー・ホリデイ」とありました。

中学の頃、そういえば親父に言われたことがあります。

「お前、ブルース聴くんだったら”奇妙な果実”ぐらい知っとらんといかんぞ」

反抗期だったアタシは「あぁ、はいはい」ぐらいに聞いてましたが、気にはなってたんです。

かつて、ブルースの故郷アメリカ南部では、ほとんど集団ヒステリーとしか言えない白人による黒人のリンチ殺人が盛んに行われていて、あろうことかそれがまるでサーカスやスポーツの見世物のように宣伝され、土産物まで売られて、娯楽として人々に受け容れられていたことを。そして「奇妙な果実」は、とある女性シンガーが、そういった狂った風習に、渾身の静かな怒りを向けて唄った伝説的な曲であるということを・・・。

でも、その頃はまだその唄がビリー・ホリデイの代表曲であるということも、その歌詞の内容も、実際のアメリカ南部での酷い有様がどのようなものだったかも知りません。ブルースというのはあくまで「自分自身の気持ちの暗い部分に妙にフィットして、それととことん向き合わせてくれるか、それとも真逆を向いて踊らせるかをさせてくれる、実にゴキゲンな音楽」でしかありませんでした。

ヘッドフォンを耳に充てて、初めて聴いたその唄は、暗く冷たい地の底で、弱弱しい声の女性が悲痛な呻き声を上げているかのように聞こえました。

ビリーの声は、それは何と言ったら良いか、単純に人種差別反対だとか、社会派のミュージシャンがひとうつの問題に怒りや否定の意思を表明して・・・とか、そういう類のものではなくて、もっと根源的な・・・こ
ういう言い方は余り好きではないのですが、実際に不幸で理不尽な死にみまわれた人々の無念や悲しみを、この翳りのある声を持つシンガーが、自身の内側に掬い上げ、声として唄として搾り出すように吐き出している。そんな生々しさを感じました。そして、言葉で説明のしようもないぐらい激しく打たれました。

「これがビリー・ホリデイ・・・」

そこから先も数日間はしばらく”絶句”の状態が続きましたね。

これはもう、こういうオムニバスで有名な曲だけを聴いていたんじゃ、きっと気持ちが収まらないと観念したアタシは、東京に戻って早速ビリー・ホリデイをたくさん買ってじっくり聴くことを決意しました。

その頃、まだ東京のあちこちを知らなかったアタシが唯一心の拠り所にしていた池袋のヴァージン・メガストアのジャズコーナーに行き、国内盤輸入盤も含めて思いの他大量にあった『ビリー・ホリデイ』のコーナーの前で立ち尽くし、どれを買ったらいいかしばらく途方に暮れてしまったことは言うまでもありません。

その時「あぁいかん、とりあえずベスト・アルバム買お。そしてどうせなら2枚組だ!」と、たくさんの呆然を振り切って買ったのが、当時ソニー・ミュージックから出ていた2枚組の「レディ・デイの肖像」というアルム。はい、ベスト盤だと思ってましたらコレが違ったんですね。戦前に録音された彼女の音源のほとんどをキッチリ集めた初期音源集。

すべて「奇妙な果実」が生まれる前の録音です。当然入ってなかったんですが、結果としてこのアルバムと初期ビリーと出会えたことが、アタシにとっては最高に幸せなことだったんです。



(今ではコチラのタイトルで、曲も増えてリイシューされてます↓)



【パーソネル】
ビリー・ホリディ(vo)
ロイ・エルドリッジ(tp)
バック・クレイトン(tp)
テディ・ウィルソン(p)
ベニー・グッドマン(cl)
レスター・ヤング(ts)
ベン・ウェブスター(ts)
ベニー・カーター(as,cl)
フレディ・グリーン(g)
ミルト・ヒントン(b)
ジョー・ジョーンズ(ds)
ケニー・クラーク(ds)




【収録曲】
(Disc-1)
1.Your Mother's Son-In-Law
2.Riffin' the Scotch
3.I Wished on the Moon
4.What a Little Moonlight Can Do
5.Miss Brown to You
6.Sunbonnet Blue
7.What a Night, What a Moon, What a Girl
8.Im Painting the Town Red
9.It's Too Hot for Words
10.Twenty-Four Hours a Day
11.Yankee Doodle Never Went to Town
12.Eeney Meeney Miney Mo
13.If You Were Mine
14.These 'N' That 'N' Those
15.You Let Me Down
16.Spreadin' Rhythm Around
17.Life Begins When You're in Love
18.It's Like Reaching for the Moon
19.These Foolish Things
20.I Cried for You
21.Guess Who
22.Did I Remember
23.No Regrets
24.Smmertime
25.Billie's Blues
26.Fine Romance

(Disc-2)
1.Fine Romance
2.I Can't Pretend
3.One, Two Button Your Shoe
4.Let's Call a Heart a Heart
5.Easy to Love
6.With Thee I Swing
7.Way You Look Tonight
8.Who Loves You
9.Pennies from Heaven
10.That's Life I Guess
11.I Can't Give You Anything ButLove
12.One Never Knows, Does One
13.I've Got My Love to Keep Me Warm
14.If My Heart Could Only Talk
15.Please Keep Me in Your Dreams
16.He Ain't Got Rhythm
17.This Year's Kisses
18.Why Was I Born
17.I Must Have That Man
20.Way You Look Tonight [Alternate Take]
21.Who Loves You (Alternate Take)
22.Pennies from Heaven (Alternate Take)
23.That's Life I Guess (Alternate Take)
24.I've Got My Love to Keep Me Warm (Alternate Take)


まず、このアルバムは、ビリー・ホリディのデビューからその周辺の時期(1930年代初頭)から最初の絶頂期(1930年代中盤)の素晴らしい歌唱が収められております。

バックを固めるのも、ベニー・グッドマンにレスター・ヤング、テディ・ウィルソン、ベン・ウェブスターなどなど、当時のスウィング・ジャズの超一流どころのスター・プレイヤー達。

や、その時はバックのメンツがそんなに凄いとか、正直知らずに聴いてたんですけどね。ビリーの可憐で、でもどこか独特の哀しみをうっすらと纏っているような歌唱に、最高に上質で、最高に”香る”演奏で応えるバックのサウンドを聴いて「すげぇ!コレが戦前のジャズか」と、訳も分からず勝手に感動したもんです。

「What a Little Moonlight Can Do」での、軽やかに飛翔して、意外にもパワフルなところも聴かせるベニー・グッドマンのクラリネット、そして今も”伝説”として語られる「All of Me」での、レスター・ヤングのテナーとの、魂の通い合った切ない切ない声とテナーの涙なしには聴けないやりとりなどなど・・・。「奇妙な果実」が収録されておらずとも、アタシは十分にビリー・ホリデイという人を知ることが出来ましたし、その素晴らしさもまた十分に感じることが出来ました。今でも事ある毎に聴いている愛聴盤です。

ビリーの唄は「楽器のよう」と言われておりました。それまでヴォーカリストは譜面に忠実に、アレンジに添うように(或いはヴォーカリストの唄い方や声の質に合わせてアレンジはあらかじめしっかりと作り込まれるもの)唄っていたのですが、ビリーは独自の間とタイミング、絶妙な”ズラし”で、まるで楽器がアドリブで唄うような、今のジャズ・ヴォーカルの基本中の基本となるスタイルの骨組みを、この時代すでに作り上げていたのです。

多くの人が言うように、確かにビリーの声は明るくはありません。でも、この初期音源の、哀しいけれどそれを振り切って懸命にスウィングしようと張り切って、或いはバラードで内側から滲むヒリヒリした情感と苦しくせめぎあいながらも、澄み切った優しさを感じさせるビリーは格別です。

あぁ・・・書きたいことは無限にありますが、ビリーについて書いていたら多分一晩では終わらないでしょう。

とりあえず皆さんは、まずビリーの繊細で美しく、そして何よりこの時代のジャズならではの香気溢れる演奏にも耳を傾けながら、ひたすら空気感とか叙情を感じてください。






『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

サウンズパル店主高良俊礼の個人ブログ
http://ameblo.jp/soundspal/
posted by サウンズパル at 19:42| Comment(0) | TrackBack(0) | ジャズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする