2016年12月20日

チェット・ベイカー・シングス

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チェット・ベイカー・シングス
(Pacific Jazz)

チェット・ベイカー

1950年代にデビューし、その卓越したメロディアスさを誇るトランペットの演奏テクニックと、アイドル並みの端正なルックスに加え、中性的でアンニュイな独特な声の魅力でもって、その時代のジャズマンとしては桁外れの人気を誇った(あのマイルス・デイヴィスでさえ、レコードの売り上げでは桁違いの差を付けられていた)。

そんな時代の寵児でありながら、ミュージシャンとして世に出たその時から麻薬(ヘロイン)にドップリはまり、絵に描いたような転落の後、周囲を振り回し、巻き込み、傷付け、裏切り、ボロボロになって最期は自殺とも事故とも他殺とも取れる悲惨な人生の閉じ方をした。

・・・はい、只今イーサン・ホーク主演の映画「ブルーに生まれついて」が公開されておりまして、この映画を観たことで、主人公であるチェット・ベイカーやジャズという音楽に興味を持つ人が増えているようです。

良いことですね、素晴らしい。

ところでアタシ、ミもフタもないこと言っちゃいますが、ジャズって暗い音楽だと思うのですよ。

「えぇ!?ジャズはオシャレでノリノリで明るいじゃん、どーして?」

と言う方は多いと思いますし、それ否定しません。

でもね、ジャズにのめり込むと、何の前触れもなく、フッと気付くことがあるんです。自分はこのオシャレでスイングする音楽に、どこか不吉な"死"とか退廃の匂いを感じて、それを求めて聴いている。って。

特にジャズは、繊細で美しい演奏や表現をする人に、その傾向が顕著だったりします。

ビル・エヴァンスCDが何十回同じものが再発されても、変わらず売れ続け、ジャズ・ピアノで不動の人気No1.をずーっとキープしてるのも、やっぱり単純に彼の音楽性が普遍的で分かり易い、親しみ易いというよりも、彼のピアノのガラス細工のように美しいフレーズのそこかしこから、どうしようもないものが絶えず滲んでいて、好きな人は大体その"どうしようもないもの"の魅力にヤラレてしまって中毒になるからなんだと思います。

チェット・ベイカーも、アタシにとってはビル・エヴァンスと同質の"どうしようもないもの"の不吉な美しさを、オシャレとか軽やかとかそういった表向きの顔の裏側にたっぷりと持っている人だと思います。




【パーソネル】
チェット・ベイカー(vo,tp)
ラス・フリーマン(p,celeste)
ジェイムス・ボンド(b,@〜E)
カーソン・スミス(b,F〜M)
ピーター・リットマン(ds,@〜E)
ボブ・ニール(ds,F〜M)

【収録曲】
1.ザット・オールド・フィーリング
2.イッツ・オールウェイズ・ユー
3.ライク・サムワン・イン・ラヴ
4.マイ・アイディアル
5.アイヴ・ネヴァー・ビーン・イン・ラヴ・ビフォア
6.マイ・バディ
7.バット・ノット・フォー・ミー
8.タイム・アフター・タイム
9.アイ・ゲット・アロング・ウィズアウト・ユー・ヴェリー・ウェル
10.マイ・ファニー・ヴァレンタイン
11.ゼア・ウィル・ネヴァー・ビー・アナザー・ユー
12.ザ・スリル・イズ・ゴーン
13.アイ・フォール・イン・ラヴ・トゥー・イージリー
14.ルック・フォー・ザ・シルヴァー・ライニング


「チェット・ベイカー・シングス」は、1954年から56年、ミュージシャンとしては最も元気だった時代に作られた「歌もの」のアルバム。

元々、トランペットでは10代の頃か並外れた実力で、何とチャーリー・パーカーのライヴに飛び入りしてバリバリに吹きまくって気に入られたという、折り紙付きでしたが、ライヴでは時々気分転換に唄うことがあり、それを聴いた女性客が、常にそのささやくような声にメロメロになっていたといいます。

レコード会社は、これを逃しませんでした。

「試しに」と吹き込んでシングルで発売した「バット・ノット・フォー・ミー」と「タイム・アフター・タイム」が大ヒット。

これがきっかけでブレイクしたチェットは「歌えるトランペッター」として、大々的に売り出されます。

実はチェットにとってヴォーカルは、ライヴの合間の、あくまで余技でしたが、いつの時代でも最も売れるのは歌手でありますし、本人の気持ちとは裏腹に、彼の声にはやはり、その繊細で儚い音色のトランペット同様、聴き手の理性をトロトロに溶かしてしまう、抗し難い魔力があります。

たとえば1曲目「ザット・オールド・フィーリング」での、小粋にスウィングしつつも、どこか思い詰めたような甘酸っぱい痛みがジワッと拡がる歌い出しの空気は何でしょう。3曲目「ライク・サムワン・イン・ラヴ」の、穏やかに凪いでいながら気が付くと聴き手の感情を柔らかく呑みこんでしまいそうな、この果てしない虚無感は何でしょう。声と共に、どこまでも深みに優しく堕ちてゆく「アイヴ・ネヴァー・ビーン・イン・ラヴ・ビフォア」や「ザ・スリル・イズ・ゴーン」での、ラス・フリーマンのピアノの、滅びの美に満ち溢れた情景を、どんな美しく狂おしい言葉に置き換えればいいでしょう。

もちろんこれを「オシャレで最高にクールなジャズ」として聴いて、聴き続けても全然間違いではないです。

でも、願わくばジャズに興味を持った方が、チェット・ベイカーのトランペットと唄に、ふんだんにまぶされた「毒の美味なること」にハマりますように。。。。







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『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

サウンズパル店主高良俊礼の個人ブログ
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posted by サウンズパル at 18:42| Comment(0) | TrackBack(0) | ジャズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする