2017年01月11日

チック・コリア リターン・トゥ・フォーエヴァー

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チック・コリア/リターン・トゥ・フォーエヴァー

今年は酉年!ということで、ネット上では「酉(鳥)」にちなんだお気に入りのレコードやCDのジャケットを貼り付ける人などがたくさん居て、年明けから実に楽しく盛り上がりました。

アタシはすっかり乗り遅れてしまいましたが、パッと思いついた「鳥ジャケ」といえば、冒頭に貼り付けたチック・コリアの「リターン・トゥ・フォーエヴァー」のジャケ。

ファンの間では「カモメ」と呼ばれて親しまれておりますね。寒空と冷たそうな海の間を高速で飛んでいる海鳥の一瞬を写したこの写真は、とても美しいのですが、同時にキリリとした緊張感があります。素晴らしい。

若山牧水の短歌で

白鳥はかなしからずや空の青海のあをにも染まずただよふ

というのがありますが、アタシがこのジャケットを見て想起するのは、何となくそういう詩的でちょっと哀しい風景なんです。ぼうっと見入っていると、どこか彼方へ飛ばされてしまいそうな叙情の魔力みたいなものを持っているジャケット。

で、中身の方はどうなんだ?

と言われると、これがジャケットに全然負けてない深い詩的な内容なんです。

よく「70年代フュージョンの幕開けを告げた名盤」とかいううたい文句で紹介されることの多いこのアルバム、確かにフェンダーローズとエレキベースが音の中心にあるし、リズムもそれまでの”ジャズっぽい”チーチキな4ビートから凄まじく進化した16ビートが乱舞する訳で、そういう意味では一般に「ジャズの次の音楽」と思われてそーなフュージョンの、確かにこれは先駆けとなった作品、サウンドであることは間違いないんですが、チック・コリアがこの”リターン・トゥ・フォーエヴァー”(直訳すると”永遠に帰す”うひゃ!)というバンドで試みた「新しいジャズ、いや、もうジャズとかぶっちゃけ超えちゃっていいかも?」な、壮大なスケールで実験精神と幻想的音世界が交錯するこの音楽は、リリースから45年経って完全に「この音楽」で独立したと言っていいと思います。

「フュージョン」というのは、元々「融合」という意味の言葉です。

ジャズにおいて使われるようになったのは、1970年代。それまでやっていたアコースティックなモダン・ジャズに音楽的にもセールス的にも限界を感じるようになったミュージシャン達が、試みとしてソウルやロック、またはラテンやブラジリアン・ポップスの風味をジャズに取り入れて、更にそれをエレキギター(フルアコじゃなく、ソリッドボディの完全エレキ)やキーボードとかの電気楽器の音で、如何にも今っぽく聴こえるようにアレンジしようと、つまりはフュージョンというものは「ジャズじゃない音楽の要素をジャズに融合してみよう」というところから生じた呼び名です。

それが時代を経て「融合当たり前」になってきて、更にそれをどんどん聴き易いポップなものにしようとみんな頑張って、80年代には、ジャズの心得のある人達が演奏する、軽やかで爽やかなシティ・ミュージックのいちジャンルとして「フュージョン」が、完全に出来上がります。

で、物心付いたのが80年代になってからのアタシにとってフュージョンというのは、よくあちこちで耳にしていた、あの爽やかでいかにも屈託のない音楽のことでした。


【パーソネル】
チック・コリア(el-p)
ジョー・ファレル(fl,ss)
スタンリー・クラーク(b,el-b)
アイアート・モレイラ(ds,perc)
フローラ・プリム(vo,perc)

【収録曲】
1.リターン・トゥ・フォーエヴァー
2.クリスタル・サイレンス
3.ホワット・ゲーム・シャル・ウィ・プレイ・トゥデイ
4.サムタイム・アゴー〜ラ・フィエスタ


だからどうしても、この冷え冷えとしたジャケットから「あのフュージョン」の音が全く想像できなかったんです。

で、ジャズを聴くようになってからの90年代後半頃のチック・コリアは、何だかジャズの世界の大物で、まぁこれは見た目からですが、とっても優等生に見えて、ギトギトでバリバリの(何じゃそりゃ?)を求めるアタシには、チック・コリアのリターン・トゥ・フォーエヴァー、とても二の足を踏んだ一枚でした。

ところがある日、たまたま偶然このアルバムの1曲目「リターン・トゥ・フォーエヴァー」を耳にします。

ひたすら妖しいエレピに執拗なトランスリズム、思い詰めたようにメゾソプラノを張り上げるフローラ・プリムの、ひんやりとした狂気を感じさせるヴォーカル。涼しげながらも、ジトッとした湿度と独特の”圧”を伴うフルート、そして中盤から出てくる実にキリッと演奏全体を引き締める、ソリッドでキレキレのリズム。

「これだ!!」という感動と「これは!?」という衝動的な疑問が、アタシの中で激しくスパークしましたね。

これは確かにジャズなんだろうけど、今まで聴いたどのジャズとも違う刺激と哀愁と詩情と、それらが全部整然とした展開の知的な楽曲の中でごちゃ混ぜになって、どうしようもない中毒性を醸している音楽。

先輩に

「何ですか!?」

と訊けば

「チック・コリアだ」

と。

「いや、こんな妖しくドロドロでサイケでシビレる音楽が、チック・コリアとかそういう大メジャーな人のものであるはずがない!どっかブラジル辺りのインスト・サイケ・バンドかプログレのすごいやつだろう」

と食い下がるアタシ。

すると先輩

「バカだなぁ、チック・コリアって元々イカレてるだろ?エレクトリック・マイルスのバンドにいて、自分のバンドでピアノ弾く時はフリー・ジャズやってたようなヤツだぜ?」

と。


あぁ、それでもう何かすべてが腑に落ちました。

チック・コリア、70年代以前の活動は、確かにマイルスの、あのファンクとインドとドロドロがカオティックに炸裂する「オン・ザ・コーナー」なんかでエレピガンガンに弾いてたり、サークルとかいうトリオで、無調のアブナいピアノ弾いてたりしてました。

そのチック・コリアが、最初に「マトモになろう!」と思ったのがコレで、恐らくその時点での彼の中では「やったぜ、すごくポップなアルバム作ったよ!」だったはずです(実際フローラ・プリムがしっかり歌詞を唄うAとかCは、音は深遠だけどメロディはとても聴き易い。

私はこの音楽を「美しい」と思います。

澄みきった心象と混沌、静謐さと激しい躍動感、知性と狂気、その他あらゆるものが、絶えずせめぎあい、互いの世界を侵食しながらひとつの鮮烈な、誰も見たことのないような絵を描いていくリターン・トゥ・フォーエヴァーの音楽を美しいと思います。





(タイトル曲「リターン・トゥ・フォーエヴァー」何て妖艶で激しいんでしょう♪)


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『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

サウンズパル店主高良俊礼の個人ブログ
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posted by サウンズパル at 19:25| Comment(0) | TrackBack(0) | ジャズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする