2017年03月22日

ニトムズ 自己融着ブチルゴムテープ No.15 19mm×10m J7100

電子機器のケーブルの絶縁ぐるぐる巻きになくてはならないのがゴムテープです。

昔はネチャネチャするビニールテープを四苦八苦しながらやってましたが、最近は「ゴムテープ」なるスグレものが出てるんですよ。





素晴らしいのは、ちょいと加工して巻きつけると、ゴムが勝手に溶け合ってくっついてしまうところなので、失敗も怖くありません。

素材は柔らかいゴムなので、配線だけじゃなくて他にも色んな用途に使えそうですね♪

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2017年03月20日

キース・ジャレット 生と死の幻想

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「綺麗」と「美しい」の違いとは何か?

尋ねられるとつぶさには答えられないので、じっくりと考えてみました。

すると思うに「綺麗」というのは、主に視覚や聴覚に鮮やかに飛び込んでくる、その瞬間的な何かのことで「美しい」というのは、視覚や聴覚にありのまま飛び込んできた情報に止まらず、それによって何かしらの想像の力が働く、端的に言えばそこからストーリーが導き出されるものの事全般を指すのではないかと思います。

いやもっとシンプルに「美しい」というものは「綺麗では収まらない恍惚や陶酔を孕んだもの」ではないでしょうか。

例えばキース・ジャレット。

この人のピアノは「綺麗」の最たるものです。

ピンと背筋が伸びるような、濁りのないタッチ、繰り出すフレーズの端正さと透明度は、これがジャズであることを忘れさせてしまう、つまり恍惚と陶酔でもって「これは何」という根幹の部分にある心の壁を溶かしてしまうぐらいのものを持っている。

でも、ここまでなら単なる「綺麗」です。

キース・ジャレットの音楽は、そこから更に聴く人の心の深淵に、スッと入ってきて、色々と狂おしく掻き乱します。つまり美しい。

矛盾するかも知れませんが、何故彼の表現が美しいのか?それは「完璧じゃないから」だと思うんです。

綺麗なメロディーを弾いてるけれど、ギリギリのところで甘美に流れる事を断固拒否してるかのような、厳しい音の選び方や、演奏中の「イー、イー」という妙な唸り声。

正直これがなければキースは完璧。

と、思う要素は結構あるんですが、それらがなかったらキース・ジャレットというピアニスト、恐らく記憶にすら残らない存在で終わったことでしょう。

キースの言葉です。

私達はもっと花のように努めるべきである。
彼らにとっては毎日が生の体験であり、死の体験でもあるから。

−キース・ジャレット.



どうでしょう?花について語るとき、ほとんどの人はその美しさ、眩しいほどの生命の咲き誇る様を無条件で讃えがちですが、彼は慎重に言葉を選びながら

「花というのは生でもあるが死でもあるよ」

と言ってます。





【パーソネル】
キース・ジャレット(p,ss,fl,perc)
デューイ・レッドマン(ts,perc,@B)
チャーリー・ヘイデン(b)
ポール・モチアン(ds,@B)
ギレルミ・フランコ(perc,@B)

【収録曲】
1.生と死の幻想
2.祈り
3.グレイト・バード


この言葉が記されたライナノーツが入っているのは、アルバム「生と死の幻想」。

最初に知った時は、何だか70年代のハードロックのアルバムジャケットにしか見えず、もっと具体的には

「どこのシン・リジィだよ」

としか思えず、中身がまるで想像できなかったので、気にはなるけど(大好きなlmpulse!レーベルのだし)、聴くのは大分遅くなってしまっていたアルバムです。

キースといえば、今も籍を置いているドイツのECMレーベルでの、とにかく美しいピアノ・トリオやソロ・ピアノ、それかヨーロッパのミュージシャン達と、洗練と透明を極めた"ヨーロピアン・カルテット"だよな〜と思っていた所に、インパルスという、キースのイメージとはちょっと合わない、フリージャズやカルトでモンドなポップスに寄った個性派や、或いは30年代40年代に活躍したスウィング・ジャズの往年の名手達による渋くて硬派なイメージのレーベルから出された、しかもクレジットを見ると、ビル・エヴァンスと組んでいたポール・モチアンは分かるけど、デューイ・レッドマンやチャーリー・ヘイデンという、フリーの親玉オーネット・コールマン系のコワモテな方々。

うん、どんな音かますます想像できません。

購入までどれくらいかかったか、とにかく長い時間かかりましたが、ようやく聴いた時は、トリオやソロ・ピアノやヨーロピアン・カルテットとはまるで違うサウンドながら

「あ、美しい・・・」

と、絶句しました。

フルート(キースが吹いてる)とパーカッションが、どこか奥アジア辺りの民族音楽を思わせつつ、やはり端正さと切なく儚い美旋律を炸裂させるピアノが出て来てから、聴く人をためらいなく恍惚と陶酔の世界へ誘うタイトル曲「生と死の幻想」から、チャーリー・ヘイデンの生き物のように艶かしいベースとピアノの深い対話の「祈り」再び民族音楽調のパーカッションとサックスが炸裂する中、その土臭さに激しく対抗するかのようなメロディアスなピアノでぶつかってゆく「グレイト・バード」まで、音楽を聴きつつも、古代遺跡に刻まれた一大叙情詩の世界を浴びているような特別な感覚・・・。

これを「美しい」と言わずして何と言いましょう。

ライナーによると、この時期のキースは思うところあって、ジャズの表現からはどんどん逸脱して行きたかったんだとあります。その逸脱を音にしたものがこのインパルスの、アメリカン・カルテットの演奏であるよと。

確かに「ジャズ」を逸脱して、何というか上の次元の美しさをモノにしたような音楽であります。この底無しの幻想美にいつまでも酔いましょう。



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2017年03月18日

ジェイムス・コットン 100%コットン

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ジェイムス・コットン/100%コットン
(BUDDAH/Pヴァイン)


モダン・ブルースといえば、ドス黒いサウンドを効かせたバンドの中で時にパワフルに、時にファンキーに響くブルース・ハープがオツなものであります。

昨日は、色んな思い出を巡らせながらジェイムス・コットンの「100%コットン」を聴いておりました。

言うまでもなくブルースハープの最高にカッコイイ名盤のひとつであり、70年代、ファンクに最も接近し、そして最も劇的な音楽的成功を納めた一枚。

ジェイムス・コットンを初めて聴いたのは中1の時です。

当時THE BOOMが大好きだった私は、とりあえず宮沢和史みたいになりたいからという理由でハーモニカ、KeyAの10穴ブルースハープを楽器屋で買ってきて「星のラブレター」を練習していました。


そん時親父が「ほれ、ハープ吹きたいんならこういうやつ聴けばいいよ」と、カセットテープをホイッと渡ししたんです。

ラベルには「ハープアタック!」とぶっとい字(親父直筆)で書いてありました。

このアルバムは、1970年代からのブルースを語る上ではハズせない気合いの入ったレーベル”アリゲーター”からリリースされた、ジェイムス・コットン、ジュニア・ウェルズ、キャリー・ベル、ビリー・ブランチという凄い顔ぶれによるブルースハープ夢のジャムセッション盤です。

もちろん当時そんなこと知らず「へぇ」ぐらいに思ってました。

中1のクソガキにブルースなんていきなりグッとは来なかったし、ハープも何をどうやって吹いてるのか分からなかった。

というのが正直なところでしょう。

ただ「ブルースを聴いてる」という、ちょっとだけ大人の優越感に浸るために、ちょこちょこ聴いて悦に入ってはいました。

自分でもあんまピンと来とらんくせに、友達に「おぅ、コレがブルースじゃあ」とか言って、今もう穴があったら入りたいぐらいの赤面モノなのですが、まぁそんなもんです。

それからジェイムス・コットンを好きになるまでに、宮沢和史を通り ボブ・ディランを通り、ポール・バターフィールド、ジュニア・ウェルズ、リトル・ウォルターと、かなり遠回りして「ジャケがカッコイイ」というだけの理由で「100%コットンライヴ」というCDを買いました。

これは燃えました。

シビレて、吹いて、踊りました。

ブルース、特に戦後のモダン・ブルースといえば、ヘヴィでダウナーな雰囲気の中、とにかくタメの効いた辛口な味わいだとばかり思っていたのですが、ここでのジェイムス・コットンのプレイは「ブルース」というよりノリノリでイケイケのファンクであり、その爆発的なノリは、それまで戦後のブルースに勝手に抱いていた重く暗いイメージを、パワフルにぶっ飛ばすものでありました。

ちなみにこの時期のコットンのブルースは「ファンク・ブルース」或いは「ブルースファンク」と呼ばれてたようですが、コレは本人が意識してこう呼べといったのではなく、レコードを聴いた人らがそれぞれそう命名して、このノリの良さを語り継いでいったものだそうです。だってファンクなんだもん。

その時初めてジェイムス・コットンを、知りもしないのに聴いてから8年後。私は19になっておりました。

そんでもってジェイムス・コットンをもっと深く知ろうと、それまでのファンク路線からルーツ回帰へと舵を切った90年代以降の作品や、彼が参加していた頃のマディ・ウォーターズ・バンドの作品も聴き漁りました。

アンプリファイドバリバリで、いかにもワルなリトル・ウォルターや、音色の中にドロドロした狂気が渦巻いている感じのジュニア・ウェルズのハープとはまた違う、生音を大切に紡ぎながら、はっちゃける時もどこか純朴さや、自然な泥臭さを感じさせるコットンのプレイには、とことん人情が滲んでおりました。

それでいて古臭いとは少しも感じません。



【収録曲】
1.Boogie Thing
2.One More Mile
3.All Walks Of Life
4.Creeper Creeps Again
5.Rockett 88
6.How Long Can A Fool Go Wrong
7.I Don't Know
8.Burner
9.Fatuation
10.Fever

3月16日の夜

「さぁ、明日も仕事はハードだ。気合い入れるためになんつーかこう、ファンキーで芯のある音楽、車で流さないとね」

とか、割と軽い気持ちで、コットンの「100%コットン」を選んでカバンに入れたんです。

午前中

「ほらみろブラザー、やっぱりジェイムス・コットンにして良かったぜぇ。のっけからギラギラしたモダン・ブギでノリノリだろーが。そして間髪入れずに恐ろしくタメの聴いたミドル・ファンクの"One More Mile"だ。俺はもうこの2曲だけで天国行ける自信あるが、ところがブラザー、ジェイムスはそっから畳み掛けやがるんだ。わかるかい、アーハー?ちょいと小手調べの正調ブルースの"All Walks Life"から怒濤のインスト"Creeper Creepers Again"と来て、名刺代わりの最高にゴキゲンなナンバーの"Rockett88"だ。それからそれから最後までアツく聴かせてラストは何だと思う?オリジナル・ソウル・ブラザーNo1、リトル・ウィリー・ジョンの"Fever"だぜ。しかもヤワじゃねぇ、しっかりブルースしてるし、何よりジェイムスの声が野太くて切ない、そんじょの小僧にゃこんな風には出来ない、って当たり前だろ?ジェイムス・コットンだぜ」

と、心の中で一気に呟いて車を走らせ、駐車場でちょいとニュースをチェックしたとき真っ先に飛び込んできた訃報...


頭が真っ白になりましたが「もうこれははなむけに1日中聴き狂うしかないな」と思って、アタシはコットン好きになるきっかけになった「100%コットン」と「100%コットンライヴ」、それと彼の初期の素晴らしいプレイが聴けるマディ・ウォーターズの「トラブル・ノー・モア 〜シングルス1955-1959」を、ひたすら聴き狂っておりました。

コットンは70年代に最先端のファンクを演奏に取り込んでも、ハーモニカの音色そのものを電気増幅することを潔しとせず、ナチュラルな音色で実にモダンで味わいの深いプレイを貫いておりました。スタイルよりも何よりも、アタシがコットンを特別カッコイイなと思うところはそこです。








ブルース入門編 〜初心者のための優しいブルース講座〜



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