2017年05月24日

ザ・フューチャリスティック・サウンド・オブ・サン・ラー

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ザ・フューチャリスティック・サウンド・オブ・サン・ラ
(Savoy/LONEHILLJAZZ)

サン・ラーが地球に降り立って103年、地球を離れてからやがて四半世紀が過ぎようとしておりますが、彼の人気は従来のジャズファンのみに留まらず、サイケなロックやプログレ、音響系が好きな人達、ヒップホップやハウス/テクノなど、クラブユースな音楽が好みの方々にも「カッコイイ」と広く受け容れられておるのです。

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サン・ラーの音楽を、彼のことを何も知らないリスナーに聴かせてみると、例えばロック好きなら「クレイジー!」ということになり、電子音好きには「ディープ」との反応が返ってきて、ジャズに興味のある人には「ぶっ飛んでる!」ソウルやファンクが好き人には「渋い!」と、それぞれ目論んだ通りの反応が返ってきてニンマリしたこともありました。

何故、サン・ラーがそんな風に若い人達にウケるのかといえば、一言でいえば彼が元々”ジャズ”というひとつのジャンル内で収まるような表現に拘らず「これはいい」と思ったサウンドはどんどん取り入れて極めていたからでありましょう。それでいて表現の根本にある”ジャズ”の手を抜くことは決してなかった。

カラフルに、変幻自在に立ち回る、一流の実力者揃いのビッグバンドを駆使しての、自由で解放の喜びに満ちたサウンドや、キラキラした派手な衣装、ヴォーカルナンバーやダンサーも入れた”見て、聴いて、体感して楽しめるステージ”が、そのまま普遍的なものであり、彼が活動を始めた1950年代の初頭から現在の三代目サン・ラー・アーケストラ(リーダーは長年サックス奏者を務めてきたマーシャル・アレン)にまで、変わらず受け継がれてきた「純粋に楽しくカッコイイもの」が、流行やテクノロジーの変化に呑まれたり流されたりすることなく変わらぬ魅力を放っているからだと思います。


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5月22日は、サン・ラーの誕生日、や、土星から来た古代エジプト人の末裔であるところの彼流に言えば”地球に降り立った日」でありました。

そこでサン・ラーの音楽と深い見識と体験から練られた彼の宇宙哲学を愛するアタシとしては、コレはサン・ラーを聴かねばならぬぞと初期の頃から最近までのアルバムを色々と物色して自宅や車で流しておりました。


第二次世界大戦が終わった翌年の1946年、地球での生まれ故郷アラバマ州バーミンガムで、大学の音楽教員養成コースの学生として過ごしていたサン・ラーは

「世界が大混乱に陥り、望みを失ったとき、君の話に世界が耳を傾けるだろう」

という宇宙からの啓示を受け「よし、では俺は本格的にプロの音楽家になるぞ」と、南部から黒人がまず行く街として賑わっていたシカゴへ移住します。

シカゴといえばブルースやR&Bがあちこちで流れていたブラック・ミュージックの都ですが、もちろんこの地ならではのジャズも盛んでした(元々戦前にニューオーリンズから移住してきたジャズマン達が根強い影響を残していたのがシカゴでもあるんですが、その話はまたいつか・・・)。

サン・ラーはここで自らのオーケストラを組むべくメンバーを集め、自身の目的(地球人を音楽の力によって正しく導くこと)を理解する演奏家達とビッグバンド形式の”サン・ラー・アーケストラ”(箱舟の”アーク”とオーケストラを掛け合わせたオリジナルの言葉)を結成。

その頃の音楽は、フレッチャー・ヘンダーソンやデューク・エリントンの影響を受けた正統なスウィング・ジャズに、当時人気だったR&B風の楽曲も絡めたものでありましたが、当初からステージで自身の深遠な宇宙哲学を語るサン・ラーは”キワモノ”と思われてました。

しかし「いや、彼は宇宙がどうとか言ってるけど、音楽はホンモノだぞ。クオリティ、ハンパなく高いぞ」と理解して支持するほんの少数のファンや演奏家仲間、音楽やクラブ業界関係者らの支えを受けて、シカゴではそこそこ順調に活動しておりましたが、シカゴ在住14年目の1961年、たまたまツアーで出かけたカナダのモントリオールで、何故か現地の学生達の間で大人気を博してしまい、そのままシカゴには帰らず、ニューヨークに拠点を移しました。

サン・ラーの突然の”引越し”に驚き困惑したメンバーの中にはシカゴに帰った人もおりましたが、信じて付いてきたメンバーと、ニューヨークでサン・ラーとアーケストラの演奏に惚れ込んだ”凄腕のサックス奏者”であるパット・パトリックが加入して、アーケストラの団結はますます強くなるのです。

そいでもって本日皆さんに、おぉ、これはぜひ紹介したいなぁと思ったのが、そんなニューヨーク移住第一弾に当たる記念すべきアルバム「フューチャリスティック・サウンド・オブ・サン・ラー」(1961年録音)です。50年以上前の音楽ですが、これは永遠に未来志向の音楽と言えるでしょう。



【パーソネル】
サン・ラー(p)
バーナード・マッキンニー(epn,tb,bells)
マーシャル・アレン(as,fl,bells)
ジョン・ギルモア(ts,b-cl,bells)
パット・パトリック(bs,bells)
ロニー・ボイキンス(b)
ウィリー・ジョーンズ(ds,perc)
リア・アナンダ(conga)
リッキー・マーフィー(Vo,E)

【収録曲】
1.Bassism
2.Of Sounds and Something Else
3.What's That?
4.Where is Tomorrow?
5.The Beginning
6.China Gates
7.New Day
8.Tapestry From An Asteroid
9.Jet Flight
10.Looking Outward
11.Space Jazz Reverie

前にもちょこっと書きましたが、キャリアが長い上に、ライヴ盤、タイトル違い、ジャケ違いなども含めてべらぼうに数のあるサン・ラーのアルバム、本腰を入れて聴くとなると、それなりの覚悟が必要ですが、大まかなサウンドの特徴として

1.初期(50年代〜60年代頭頃)

スウィングを根っ子に持ったストレート・アヘッドなジャズ・サウンドの中に光るユニークさ

2.フリー期(60年代〜70年代はじめ)

通常の4ビートの枠を超えて歌モノ増える。フリーキーな実験的色合いも濃くなってきている

3.フリー〜ファンキー期(70年代〜80年代)

ムーグシンセが大活躍、フリーキーでカオティックな中にどこかポップな味わいもあったりする

4.大団円期(80年代後半〜90年代)

時にフリークアウトした演奏も炸裂させながら、楽曲はジャズ・スタンダードのカヴァーなど徐々に聴き易くもなる。


な感じになりますが(あくまでザックリな分類です)、このアルバムは1の初期サウンド。

初期のサン・ラーって、実は真っ当過ぎるぐらい真っ当にスイングしてて、時代はビ・バップとかハードバップで、みんなオレがオレがでソロを競ってたのですが、サン・ラーの場合はどちらかというと、まずはバンド・サウンドをキッチリ作り上げてから、その上でメンバーの個性を自由に発揮させるという、実に理知的な演奏を聴かせてくれます。

で、そのバンド・サウンドってとっても楽しいんです。

キッチリとスウィングはしてるけど、そこに民族音楽的な"はずし"や"崩し"が独特の浮遊感を産み出していて、この時点でもう「他のどのバンドにもないポップさと未来感と奇妙な懐かしさ」がもわもわと湯気を立てています。鈴やパーカッションが終始シャカポコ鳴ってるのも雰囲気十分です。

このテの無国籍っぷりの代表曲といえばヴォーカル入りの「チャイナ・ゲート」で、サン・ラーは冷やかしじゃなく相当真面目に世界中の民族音楽を研究していて、実際この曲もちゃんとした中華チューンなんですが、間延びしたヴォーカルの効果もあってどこかユーモラスなんです。

で、各人のソロも光ります。

見事なのはジョン・ギルモア、マーシャル・アレン、パット・パトリックのサックス隊ですね。

特にAHJで聴けるジョン・ギルモアのテナー・サックスのソロ。

ギルモアはコルトレーンに影響を与えた程の超凄腕かつ感覚も非凡な新しさを持ったテナー吹きでありましたが、このアルバムでは無国籍スウィングをバックにしながら、コルトレーンとウェイン・ショーターを混ぜてそれらをかなり骨太に仕上げたような見事な"ぶっ飛び一歩手前"のソロ、これはぜひ聴いてください。

一見スイング・ジャズのスタイルを知的に再現してるように見えて、アレンジもソロも実はかなり斬新で鮮烈なアルバムです。







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『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

サウンズパル店主高良俊礼の個人ブログ
http://ameblo.jp/soundspal/
posted by サウンズパル at 19:19| Comment(0) | TrackBack(0) | ジャズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする