2017年07月31日

ジョン・コルトレーン クル・セ・ママ

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ジョン・コルトレーン/クル・セ・ママ
(Impulse!)


前回はコルトレーン、記念すべきImpulse!第一作目の『アフリカ/ブラス』をご紹介しましたが、皆様本日はアタシが思う「コルトレーン流のアフリカ」が、更にディープな領域に立ち入って見事炸裂した、うん、コルトレーンの作品の中でも一番”アフリカ”を感じさせるアルバム『クル・セ・ママ』をご紹介いたします。

はい、曲毎に録音の日付が違ったり、メンバーが入れ替わったりしておりますが、このアルバムの収録曲がレコーディングされたのはいずれも1965年です。

1965年って何?って言いますと、あのですね、コルトレーンがマッコイ、ギャリソン、エルヴィンと一緒にバンドを組んでから5年経ったということなんですよ。

その5年間でコルトレーンは「次、また次!」と、どんどん音楽的な変化を求めて、レコーディング毎にそれを何らかの形にしてきた。もうそのコルトレーンの”変化を求める気持ち”というのは凄まじいものです。

で、そういやオレは5年前にインパルスと契約した時に「アフリカ」って曲を吹き込んだ。でもまだオレはあの時点ではまだまだ一般的なジャズのやり方でしかアフリカを表現出来てなかったよな。あれからオレはアフリカ音楽も本気で勉強したし、思想も歴史も学んだし、カルテットのメンバーもあの頃と比べて腕を上げている。そうだ、もっぺんオレが思う”アフリカ”を曲にしてレコードに残したい。うん、だったらすぐにスタジオに入るぞ。

と、コルトレーンはまるで水泳で息継ぎをするように思考を巡らせてスタジオ入りしたことでありましょう。

コルトレーンが思いを巡らせて、コンセプトを更に煮詰めた”アフリカ”これを通常のカルテットで演奏すると、まだまだフツーのジャズになってしまう(や、あくまでコルトレーン基準の”普通”です)から、今回も助っ人が必要だ。

と、呼ばれたのが、アフリカン・パーカッション奏者で、当時ジャズ周辺ではアフリカンアメリカンの民俗活動家、詩人、または思想家として一部ミュージシャン達から尊敬されていた人なんだそうです。

ジェンベと呼ばれるアフリカではポピュラーな打楽器を叩きながら、アフリカの言葉と英語を織り交ぜたスピリチュアルな詩に節を付けて唄うそのスタイルを、コルトレーンはそのまま演奏の中心にして、どちらかといえば自分達カルテットはそこに混ぜてもらおうと、ルイスに作曲も依頼します。

これがタイトル曲の「クル・セ・ママ」。

レコーディングに当たっては、ルイスのパーカッション、エルヴィンのドラム、そしてこのセッションのために連れてきたフランク・バトラーのドラムスとパーカッションと3つの打楽器がリズムを強調。更にコルトレーンが個人的に気に入っていた若手サックス奏者のファラオ・サンダース(後に正式にグループに参加)のテナーと、カルテット初期の頃にヴィレッジ・ヴァンガードのライヴなどに招いて、バスクラやベースを吹いたり弾いたりしてもらい、民族っぽい雰囲気を醸し出すのに大貢献したドナルド・ギャレットも加えた8人編成で、この大作は演奏されております。

演奏の主導権を握るのは、完全にジュノ・ルイス。

彼のパーカッションが合図となって打楽器群のリズムが打ち鳴らされ、ベースがどんより響き、マッコイのピアノがまるでアフリカの竪琴のようにリフとも効果音とも言える美しい音を断片的に鳴らす。そしてコルトレーン、ファラオ、ギャレットが荘厳なテーマ・メロディーを合奏している中で、ルイスのアフリカ語の詩「クル・セ・ママ(母の讃歌)」が、静かに、そして徐々に熱を帯びながら語られて唄われる。

ファラオの”キュルキュルキュル!”という、ゴツいマシーンのエンジンブレーキみたいな独特のテナーの吹き鳴らしも、ギャレットの不穏に炸裂するバス・クラリネットも、これはもう完全に”ノれるジャズのソロ”じゃあないんです。

西洋音楽の調制や規律からは最初からアウトした感じの、もう完全に民族音楽のような、喩えれば人や動物の声に近いフレーズで、これが歌と呼応していて、本当に「あぁ、豊かな音楽だなぁ」と、何度聴いてもしみじみ思わせるんですね。

続いての「ヴィジル」は、うって変ってジャズマンとして、一人のテナー吹きとして、エルヴィンのドラムだけをバックに・・・というか、アドリブとアドリブの対等で激烈な一騎打ちで興奮させてくれます。

コルトレーンにとってエルヴィンは、かけがえのない”触発の素”でありました。

「バックでエルヴィンが叩いてくれたら、それだけで次々とアドリブが出てくるんだ」

と、誰彼構わずそう語り、エルヴィンを絶賛していたコルトレーンの気持ち、これ聴くとすごく分かります。バックがドラム(リズム)だけというのは、つまり他に和音やルート音を奏でる楽器がない分、自由にハチャメチャにやれる訳です。ここでのコルトレーン、フリー・ジャズとまではまだ行きませんが、凄まじく暴れています。エルヴィンも定型こそ崩してませんが、こんな自由なドラムったらないです。

そして「コルトレーンのスピリチュアル・バラードの極み」と、今や若い人達に愛されていて、カヴァーやリミックスなんかも多い「ウェルカム」。

これはカルテットでの演奏ですが、いわゆるジャズのバラード特有の、甘さとか、ムーディーな夜の雰囲気とかとは、何かこう全く別の世界ですね。

コルトレーンのテナーの音はふくよかで優しく、マッコイ以下バックの演奏はしっとりとまとまっています。けれどもその”まとまってる感”を何かが飛び越えて、もう精神世界と言うしかないところから音が鳴ってる。そんな曲です。



【パーソネル】

(@)
ジョン・コルトレーン(ts)
ファラオ・サンダース(ts)
ドナルド・ギャレット(b-cl,b)
マッコイ・タイナー(p)
ジミー・ギャリソン(b)
エルヴィン・ジョーンズ(ds)
フランク・バトラー(ds,perc)
ジュノ・ルイス(perc,vo)

(A)
ジョン・コルトレーン(ts)
エルヴィン・ジョーンズ(ds)

(B)
ジョン・コルトレーン(ts)
マッコイ・タイナー(p)
ジミー・ギャリソン(b)
エルヴィン・ジョーンズ(ds)

1.クル・セ・ママ
2.ヴィジル
3.ウェルカム

実はサウンズパル店頭で『大コルトレーン祭』をしていた時、このアルバムがぶっちぎりで売れたアルバムだったんです。

「これは面白い!」

「カッコイイ!」

と、試聴して買ってくれたのは、いずれも若い音楽好き。

特に

「ジャズはメインで聴く訳じゃないけど、ジャズも好きですねー、カッコ良ければ何でもOK」

という方々に、あぁコルトレーンの音楽ってこうやって聴き継がれていくんだなぁ・・・と、激しく感動したことを今もしっかりとアタシは覚えております。

コルトレーンの音楽は、もちろんジャズとしてカッコイイんだけど、ジャズファン以外の音楽好きを巻き込む”何か”を、常に発してるんですよね。その”何か”とは何か?

うん、アタシも実はいまだによくわかんないんで、コルトレーンを飽きずに「あぁいいなぁ」「かっこいいなぁ」と思いながら聴くことが出来てます。





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2017年07月30日

ジョン・コルトレーン アフリカ/ブラス

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ジョン・コルトレーン/アフリカ ブラス
(Impulse!)


1961年4月、コルトレーンはこれより67年にあの世へ旅立つまで専属となるインパルス(Impulse!)レコードと契約を交わします。

Impulse!は、1960年に大手映画会社系列の、ABCパラマウントレコードのジャズ専門レーベルとして設立されたばかりの気鋭の新興レーベルで、61年に若手敏腕プロデューサーとして知られていたボブ・シールがレーベルの責任者に就任。

ボブ・シールという人は単なるやり手のプロデューサーというだけでなく、自らも楽器を演奏するミュージシャンであり、作詞作曲もする(ルイ・アームストロングの「この素晴らしき世界」の作者が彼だということは実はあんまり知られていないっす)人で、ジャズに関してはコルトレーンのような”新しいジャズ”から、スウィング時代のトラディショナルなものまで幅広く聴くことの出来る人でありました。

当時コルトレーンが所属していたメジャー・レーベルのアトランティックは、もちろん彼に良いレコーディング環境を与え、ブラック・ミュージックに関心が深い分、彼のやりたいこともある程度は理解してくれて良心的なサポートをしていましたが、コルトレーンの「新しい音楽」、つまりこれから彼が志向してゆくであろうアヴァンギャルドな路線に関しては、ちょいと難色を示しておりました。

アトランティックとしてはその前の年に契約した”ニュー・ジャズの旗手”と呼ばれたオーネット・コールマンの第一作目「ジャズ来るべきもの」が、当時としては破格の25000枚売れたのに、既にオーソドックスなジャズのビッグネームとしてある程度名が知られていたコルトレーンを前衛化させるのは嫌だったみたいです。

「う〜ん、君の場合は何つうかフツーにやっててもそこそこ売れるんだからさ。あんまり売れそうにないものはやめてくれよ。オーネットみたいに売れるか売れないか、フタを開けてみないと分からないようなバクチはあんまり打ちたくないんだ・・・」

というのがレーベル側の恐らく本音だったことでしょう。

コルトレーンは常に「今後の方向性」を悶々と考えて、その可能性が見えた道に、一直線に突き進むタイプの人であります。う〜ん、せっかく自分のレギュラーバンドも組んでこれからモダン・ジャズよりもモードよりも、もっとこうなんつうか誰もやったことがない新しくて深い音楽をやりたいんだけどなー・・・。

と、悩んでおったところにボブ・シールがニコニコしながらやってきて、コルトレーンの話をよく訊いて理解を示し、結構な額の契約金(これ大事)を提示して、コルトレーンをImpulse!レコードの専属ジャズマンとして引き抜きました。

道が決まればまっしぐらに突き進むのがコルトレーンです。古巣のアトランティックとの契約条件とかもよく確認しないままに、ボブと新作の話ですっかり盛り上がって、契約の一ヶ月後にはもう新しいメンバーとコンセプトを携えて、Impulse!が用意したスタジオに何事もなかったようにテナーを持って入っておりました。

コルトレーンとボブ・シールが、契約の時にどんな話で盛り上がったのか、その詳細は残念ながら分かりませんが、とにかくこの時期のコルトレーンの頭にあったものは

1.精神的なルーツに回帰するような音楽、つまりアフリカをテーマにした曲を作りたい

2.できればその世界観を強固なものにするためのオーケストラ・アレンジも付けてほしい

3.アレンジャーはなるだけ自分のコンセプトを理解する、新しい感覚を持った人間に頼みたい。あぁ、やっぱり感覚だけじゃなく、当然譜面や理論には恐ろしく強いやつがいい。できれば管楽器の心得があるやつで、ついでに言えば真面目で性格のいいやつにお願いしたい。


うん「1」と「2」はまぁわかる、でもお前「3」は要求ハードすぎるんじゃね?そんなセンスもよくて理論に強くて性格もいいヤツなんかその頃のジャズマンにいるかよ・・・・!


1.jpg

あ、いた・・・。


というわけで、コルトレーンの記念すべきImpulse!初レコーディングのアレンジャーとして白羽の矢が立ったのは、アルト・サックス、バス・クラリネット、フルートを吹きこなして誰も真似の出来ない超個性的なアドリブを繰り広げ、更に音楽理論にめちゃくちゃ強く、しかも”アイツはぶっちゃけいいヤツ”と一部ミュージシャン仲間の中で評判だったエリック・ドルフィー。

音楽的に「求めていたもの」の遥か先を行くアイディアを持っていたドルフィーとの迎合は、コルトレーンにとっては最高に幸福なことであり、また、最高に刺激的なことでありました。

加えてアクやクセの強いジャズマンの中にあって、演奏面ではアクやクセの塊のような人でありながら、性格は至って温厚、誰の話もよく聞き、決して諍いを起こさず、かつ酒や麻薬、女性のことでは一切問題を起こさない紳士であったドルフィーは、スタジオに集まったコルトレーンのメンバーやブラス・セクションのオーケストラメンバーを上手にまとめ、レコーディングはコルトレーンやボブ・シールの想像以上に和やかな雰囲気の中、意欲に満ち溢れた音楽を演奏することが出来ました。

5月と6月、二回に渡って行われたレコーディング・セッションで出来上がったアルバムがコチラ『アフリカ/ブラス』。



【パーソネル】
ジョン・コルトレーン(ts,ss)
マッコイ・タイナー(p)
レジー・ワークマン(b)
アート・デイヴィス(b,@B)
エルヴィン・ジョーンズ(ds)
(Orchestra)
ブッカー・リトル(tp)
フレディ・ハバード(tp,A)
ジュリアン・プリースター(euphonium)
チャールズ・グリーンリー(euphonium,A)
ジュリアス・ワトキンス(french-horn)
ドナルド・カラード(french-horn)
ボブ・ノーザン(french-horn)
ジミー・バッフィントン(french-horn,A)
ロバート・スイスヘルム(french-horn)
ビル・バーバー(tuba)
エリック・ドルフィー(as,fl,b-cl)
ガーヴィン・ブッシェル(piccolo,reeds)
パット・パトリック(bs)

【収録曲】
1.アフリカ
2.グリーン・スリーヴス
3.ブルース・マイナー

文字通りコルトレーンが、いや、この時代の知的探究心に溢れた黒人ミュージシャン達が、魂のルーツを求めて探究に燃えていたアフリカと、それを鮮やかに、そしてディープに彩る先鋭的で美しいブラス・セクションのアレンジが、いわゆるカギカッコの付いた”ジャズ”からコルトレーンの音楽を最初に解き放った一枚となって仕上がっております。

楽曲と、コルトレーン・カルテットの演奏の骨組みはあくまでそれまでのモード・ジャズの洗練された質感を大事にしつつ、リズムを野太く強調したツイン・ベースに、ワン・コードのリフから自在に変化して、まるでジャングルを駆ける動物の雄叫びのような音を効果的に散りばめながら、コルトレーンのアドリブがどんどん世界を押し広げてゆく「アフリカ」。

今度は美しいメロディに寄り添うように優雅に鳴り響きながら、アドリブの熱気に合わせるように全体をドラマチックに盛り上げるオーケストラ・アレンジに、ソプラノで哀愁のメロディーを感情の動きに連結させて吐き出す「グリーン・スリーヴス」。

そしてコルトレーンが大事にしていた”ブルース”のエッセンスが、ハジケたアドリブとアドリブで煮立つのを、今度はカッチリとした「進化系ビッグバンド」のようなブ厚い”鳴り”のオーケストラが見事に渋みでもって引き立てる「ブルース・マイナー」。

コルトレーンの演奏はコチラでもアツく完璧です。そしてこれだけ派手に鳴っているのに、そのコルトレーン・カルテットの演奏に、かなり激しく入り込んだりする瞬間もあるのに、一切邪魔せず引き立てに徹してるドルフィー指揮のオーケストラの圧力も心地良いです。

この時点でのコルトレーンの”アフリカ的”は、さほど民族チックなやつではなく、すこぶるカッコイイJAZZの一環として聴ける、ストレートな魅力に溢れたものであります。Impulse!第一作目は、コルトレーンにとっての「新しい音楽」の第一歩を、ジャズの歴史と音楽の歴史の両方に、確かに力強く刻み付けたものであります。

で、そんなコルトレーン、うっかり

「あ、アトランティックとの契約、そういえばまだあと1枚残ってた」

と、数日もしないうちにエリック・ドルフィーとフレディ・ハバードを連れてアトランティックのスタジオで

「えぇ、すいませんねぇ・・・」

と、アルバム『オレ!』をレコーディングします。

何か、かわいいぞコルトレーン。


(『アフリカ/ブラス』のアフリカンな雰囲気と『オレ!』のスパニッシュ・モードそれぞれのカッコ良さをじっくり聴き比べるのも一興です♪)



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2017年07月29日

ジョン・コルトレーン The 1962 Graz Concert

5.jpg

John Coltrane Quartet/The 1962 Graz Concert Complete Edition

(IN Crowd)


1950年代から60年代を生きたジャズマン達のインタビューなどで

「いやぁ、60年代はアメリカじゃあ仕事がなくて大変だったしクラブの客の態度も相変わらず酷いもんだったけど、ヨーロッパはいいよね。どこ行ってもみんなちゃんと聴いてくれるしギャラも良かった」

という話を読むことがあります。

アタシなんかが今の時代から見たら60年代のアメリカはモダンジャズが成熟して、それこそスウィング時代から活躍しているベテランから、前衛やR&B/ソウルジャズとか新しいことをやっている若手まで、ブ厚い層でそれこそ百花繚乱、クラブは毎夜素晴らしい演奏が繰り広げられていてジャズ人気すごかった。

と思うのですが、どうやらそれは違うみたいで、流行の移り変わりの目まぐるしいアメリカでは、音楽を主に聴く若者層の関心がロックやソウルなど新しい音楽に急激に向かい、ジャズマンはよっぽどの大物でなければレコードやコンサートの収入で豪勢な生活を送ることは出来ず、クラブやツアーを回っての小さなコンサートなどで生計が立てば良いのですが、それもままならない人も多くおりました。

それと、アメリカには「ジャズはクラブで飲食と会話を楽しみながら聴くもんだ」という文化風習が根強く残っておりまして、それはそれでまぁいいのですが、モダン・ジャズ以降高まったミュージシャン達の

「ちゃんと鑑賞してもらうための音楽を演りたい」

という意識とそういったクラブ文化の名残りはクラブや聴衆とミュージシャン達の間に若干の不協和音を生じさせるようにもなっていったのです。

コルトレーンやマイルスは、当時のジャズ界で先陣を切って”鑑賞のための音楽を作ろう”と頑張っていた派です。

ところが頑張って良い曲を作っても、良い演奏をしても、いつも自分達がやっているクラブでは、真剣に聴いてくれる人達はいても、酔ってくだをまいたりおしゃべりに集中している人達も多くおりました。

簡単に言うと60年代、ジャズの芸術性はどんどん研ぎ澄まされて高まったいた。けれどもアメリカではそれを正面から受け止める器が社会に乏しいばかりではなく、ジャズ人気そのものが下火になっていたために、ミュージシャン達は真剣に作った音楽をキチンと聴いてもらえないわ生活はどんどん苦しくなるわでえらいこっちゃだった。

ということですな。

ところが海の向こう、ヨーロッパでは、ジャズは

「アメリカの最先端のオシャレでカッコ良くて、芸術精度が高い音楽」

として、60年代正に人気が沸騰しておりました。

アメリカでは黒人ジャズミュージシャン達の待遇の悪さには、人種差別というのっぴきならないものが根底にあったりしましたが、ヨーロッパでは白人であれ黒人であれ、ミュージシャンはきちんと”音楽家”として待遇されます(ヨーロッパは音楽に限らず職人や一芸に秀でた人に対するリスペクトは伝統的に篤いらしいのです)。

これは同じ時代の日本もそうですね、アート・ブレイキーだったか

「日本行ったらどこ行ってもオレらは人気者で、みんな好意的で差別もないし、駅員からその辺の街のにーちゃんまでオレらのこと知ってて”サインくれ”ってレコード持ってきたりするんだぜ。いや、おったまげたね。国賓か?アメリカでの俺らの扱いは何なんだろうと思うよね」


4.jpg
(画像はイメージです)

というようなことを言ったとか。

ともかくアメリカとヨーロッパや日本でのジャズマンの待遇というのは素晴らしく、演奏もちょっと名の知れたミュージシャンだったらコンサートホールでマナーの良いお客さんの前でやらせてくれる。

だもんで60年代にはジャズマンのヨーロッパ・ツアーや、もういっそのこと移住しちゃえ!というのが流行りました。

さて、そんな60年代、ソロ・アーティストとしての評価を固めてようやく”一流”から”格別”の仲間入りをしたコルトレーンも、Impulse!レコードと契約したその年の1961年に最初のヨーロッパ・ツアーを行い、エリック・ドルフィー参加のこのクインテットは各地で熱狂を持って迎えられ帰国。

ヨーロッパでの反応や評価に気を良くしたコルトレーンとImpulse!レコードは、続けざまに翌62年にはドルフィーが抜けてカルテットになったグループのヨーロッパ・ツアーを行います。




【パーソネル】
ジョン・コルトレーン(ts,ss)
マッコイ・タイナー(p)
ジミー・ギャリソン(b)
エルヴィン・ジョーンズ(ds)

【収録曲】
(Disc-1)
1.Bye Bye Blackbird
2.The Inceworm
3.Autumn Leaves
4.Everytime We Say Goodbye
5.Mr.PC

(Disc-2)
1.I Want To Talk About You
2.Impressions
3.My Favorite Things


さてさて、そんなコルトレーンのヨーロッパ・ツアー音源は、公式非公式を問わず、様々なレーベルから素晴らしい音盤が世に出され続けておりますね。

本日ご紹介いたします「1962 Graz Concert」は、1962年の二度目のヨーロッパ・ツアーで訪れた、オーストリアのグラーツで行われたコンサートを収録した、これもLP時代からその優れた演奏密度の濃さに定評がある私家盤コルトレーンの定番アイテムであります。

グラーツという街はオーストリアで二番目に大きな都市で、街には美術館や劇場が立ち並ぶ、いかにも歴史と伝統と文化に育まれたヨーロッパの古都。

この街がどれだけ音楽に対する意識が高かったかといえば、クラシック界におけるカール・ベームやニコラウス・アーノンクールなどを輩出したといえば、音楽好きの方には少しピンときてもらえるでありましょうか。

つまりそういう、住民のほとんどがクラシック音楽に自然と慣れ親しんでいた街で、ちゃんとしたコンサート・ホールで、ガッツリ”聴き”に来ているお客さんを相手にしたコルトレーン・カルテットの良い意味での緊張が、演奏を通して伝わってくるライヴです。もちろんお客さん達の反応も最高なんです。

まず、このアルバムでは「マイ・フェイバリット・シングス」や「ミスターP.C.」「インプレッションズ」等の、この時期のコルトレーンお得意のレパートリーに加え、マイルス・バンドの定番曲「バイ・バイ・ブラックバード」や、コルトレーンがやってるのはほとんど貴重な「枯葉」が聴けます。

その「枯葉」なんですが、これがもう凄い。

元々はシャンソンの曲ですが、小粋でちょっぴり切ないジャズのスタンダードとして今は有名です。で、多くのジャズマンのカヴァーを聴いても、ほどんどが小粋でちょっぴり切ない演奏なんですが、やはりというか何というか、コルトレーンの手にかかったらそうはいかんのですよ。

まずは早めのテンポに乗って、マッコイのエモーショナルなピアノ・ソロ。そして満を持してコルトレーンのソプラノが「びひゃらぁらぁあぁぁぁーー!」と入ってきて、あとはもう

『私達が友達だったあの楽しかった日々』も

『シャベルに集められた枯葉』も

『想い出と後悔』も

『忘れてはいない、あなたが唄ってくれたあの唄』も

(*いずれも原曲の歌詞です)

ぜーんぶコルトレーンのソプラノが吹き散らかす灼熱の音符にかっさらわれて、どこかに飛び散ってしまっております。

もうね、コルトレーン、これ、原曲の歌詞とかムードとか、何っにも考えとらんですよ。ロマンチックなスタンダードのメロディーなんか、コルトレーンからしたら、壮大なアドリブの実験と手前のスパークのための材料とか燃料でしかない。

そういうところが最高なんですね。もうアドリブに全て賭けとるぞ、ワシにはこれしかないんぞ、という猪突猛進で一本気なスタンダード解釈はコルトレーンにしか許されないものだと思います。だって聴いてると原曲とかどうでもよくて、ひたすら演奏そのものの熱気に引き込まれますもんね。

そしてアタシが個人的にグッときたのは、Disc-2の「アイ・ウォント・トゥ・トーク・アバウト・ユー」です。

色んなアルバムで演奏されるコルトレーンお気に入りのバラードで、エンディングまでの長い無伴奏のサックス独奏がこの曲の肝と言われてます。

で、やはりこのヴァージョンでも、エンディングまで結構な時間を無伴奏で吹き切っていて、その瞬間瞬間にアドリブで紡ぎ出されるメロディが、他の盤での演奏と比べても、絶句するほど格別に美しいんです。

そしてこの感動の名演からテンポを上げての「インプレッションズ」「フェイヴァリット・シングス」が続きます。静かに固唾を飲んで聴き入っていた聴衆が、、最後の最後で割れんばかりの万雷の拍手を送ります。ライヴ盤ですとクラブやフェスのくつろいだ雰囲気がいいなぁとか思いますが、このアルバムはお客さんの真剣な意識が、コルトレーン・カルテットの演奏を、ひたすら高密度/高純度なものに高めてる。そんな印象が感動と共に強く脳裏に焼き付きます。




(こちらは1961年、ドルフィー入りクインテットでのヨーロッパ・ツアーの音源)


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2017年07月27日

ジョン・コルトレーン The Complete 1962 Birdland Broadcasts

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John Coltrane with Eric Dolphy/The Complete 1962 Birdland Broadcasts
(GAMBIT)

コルトレーンが1955年にマイルス・デイヴィス・クインテットに加入してから亡くなった1967年まで、実に12年しかありません。

アタシなんかは彼が亡くなって10年ぐらい後にようやく生まれた世代なもんですから

「ジャズの巨人、コルトレーン」

とか言われると、おぉ、今は亡くなっちゃってるけど、きっと20年とか30年とかやってきたんだー。とか、何となく無意識に思っちゃう訳です。

そうでなくてもレーベルを2回変え(Prestige→Atlantic→Impulse!と渡り歩き)、そこからリリースされたソロ名義のアルバムだけでも30枚を超え、他のミュージシャンとの共同名義や主要メンバーとしての参加作、更に死後に発売された未発表音源を合わせるととんでもない枚数になります。

どう計算しても信じられない程の量であり、更にその短いキャリアの中で大きな音楽的転換をやってのけてる訳ですから、もう超人的な人だったんだと思う他ありません。

もちろんそんな濃密な活動の原動力は、彼のアーティストとしてのインスピレーション、つまり創造力と感応力ではあるのですが、コルトレーンと出会い、彼のインスピレーションを大いに刺激した先輩や後輩との関わりというのも忘れてはいけません。

1960年代初頭のコルトレーンが、マッコイ・タイナー、ジミー・ギャリソン、エルヴィン・ジョーンズという理想のメンバーを得て、特にパワフルさと繊細さ、様々なリズムを同時に組み合わせて放つことで演奏のスケールをグッと拡げたエルヴィン・ジョーンズのドラミングに大きく触発されて、いわゆるモダン・ジャズから”コルトレーン・ジャズ”という独自の境地を切り開いたことは、終生彼の音楽性に深い影響を与えたであろう決定的な出来事だと思います。

ことろでコルトレーンが、このカルテット結成の前後に、実はエルヴィンと同じぐらい大きな刺激を同じバンドのメンバーとして与えたミュージシャンがおります。

それがアルト・サックス/バス・クラリネット/フルート奏者であるエリック・ドルフィーです。

エリック・ドルフィーという人は、コルトレーンよりちょい年下ですが、チャーリー・パーカーの生み出したモダン・ジャズのサックス奏法を、全く独自に進化させた特異なフレーズを持っており、また演奏テクニックもズバ抜けていて、サックスの一番低い音から超高音域を物凄い速さで激しく駆け抜けるアドリブ・スタイルはとにかく斬新を極め(今でもコピーするのは至難の技と言われてます)、同時代の鋭い感覚を持つ演奏家からは「アイツは凄い」と評価されておりましたが、いかんせん彼の個性は強すぎて、また、その斬新なコンセプトも一般の聴衆が付いていけるようなものではなかったんです。

1961年、ブッカー・リトルというまだ23歳のトランぺッターとようやく共同名義で自分のバンドを結成することが出来たドルフィーではありましたが、不幸なことにリトルが急病でこの世を去って、ドルフィーのバンドは自然消滅に近い形で崩壊。

ここでアタシら素人は、新しいメンバーを入れてバンドを結成すればいいじゃないかと思うのですが、リーダーとしてバンドを組んでメンバーを食わすには、ドルフィーの稼ぎは余りにも少な過ぎました。まずは自分が食っていけるために、どこかのバンドに入れてもらって日銭を稼がなければお話になりません。

丁度その年の5月、インパルスという新興レーベルで「アフリカ/ブラス」という最初のレコーディングをジョン・コルトレーンが行い、ブラス・セクションの一員としてドルフィーは呼ばれました。基礎的な技術はバッチリ持っていて、おまけに譜面や音楽理論に滅法強いドルフィーをコルトレーンは気に入り

「じゃあ今度はアトランティックに残ってる契約を清算するためのレコーディングをするから君、今度はソロ要員として来なよ」

と誘って、もちろんドルフィーはこれを快諾します。

そんなこんなで1ヶ月もせぬうちにドルフィーはコルトレーンとの2度目のレコーディングに呼ばれ、ここでフルート/アルトを存分に吹かせてもらったアルバムが『オレ』として、実はエリック・ドルフィー参加唯一の正式なスタジオ盤として残されております。

ドルフィーのプレイに手応えと、何よりそれまで自分が思ってもいなかったぶっ飛んだ方向からのアプローチに刺激を受けたコルトレーンは

「今後も正式なバンドメンバーとしてひとつよろしくたのむ」

と言いました。

ドルフィーもコルトレーンの事は敬愛しておりましたし、同じようにジャズの新しい方向性を模索している者同士、惹かれるものはあったんでしょう。

「チャールス・ミンガスのバンドでヨーロッパに行かなきゃならないんだけど、それが終わる9月以降なら空いてるよ、こちらこそよろしく」

と、男同士の固い約束を交わし、果たして帰国して直ぐにコルトレーンのレギュラー・バンドに馳せ参じ、精力的に行っていたツアーで凄まじい働きぶりを見せたのであります。

一言で申し上げてコルトレーンとドルフィー、両フロントのやりとりは”鬼神同士のガチバトル”でありまして

・のっけからテンション最高なコルトレーンのソロ
           ↓
・それよりもぶっ飛んだ異次元フレーズで強襲するドルフィーのソロ
           ↓
・それを受けて更に凄まじく、時にフリーキーな展開にすらなるコルトレーン


というやりとりには、毎度毎度興奮して感動して、かっさらわれて言葉も出ません。


やっぱり経済的に苦しいのと、どうしても音楽家として自分のグループで表現を極めたかったドルフィーは、1年もしないうちにコルトレーンのバンドを惜しまれつつ退団してしまうので、アルバムとしては先ほどの唯一のスタジオ盤の『オレ!』そしてImpulse!からのオフィシャルな盤として『ライヴ・アット・ザ・ヴィレッジ・ヴァンガード』のシリーズしか音源はありませんが、やっぱりこの2人の演奏に特別な何かを感じる人は当時も多かったらしく、マイナーな私家盤レーベルから、ライヴ演奏やラジオ放送用音源のエア・チェックなんかは結構出ておるんです。





【パーソネル】
ジョン・コルトレーン(ts,ss)
エリック・ドルフィー(as,bcl,fl)
マッコイ・タイナー(p)
ジミー・ギャリソン(b)
エルヴィン・ジョーンズ(ds)

【収録曲】
1.Mr.PC
2.Miles Mode
3.My Favorite Things
4.Announcement by Symphony Sid Torin
5.The Inceworm
6.Mr.PC
7.Announcement by Symphony Sid Torin
8.My Favorite Things


1962年2月9日から2月16日にかけて、コルトレーン・クインテットは、ニューヨークのクラブ”バードランド”に出演しておりました。

丁度その演奏をラジオ中継しようと、放送用機材を持った番組スタッフが現場に入って録音した演奏がこの『1962 Birdland Broadcasts』。

ファンの間では昔から「ドルフィー入りのブートといえばこれ」と定評のある音源でして、その昔LP時代には”OZONE”という私家盤レーベルからリリースされたもの↓

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が、どんな手続きを経たのかちゃんとしたレーベルの”VeeJay”の所有になって日本盤はRVCレコードから再発されて ↓

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『バードランドのコルトレーンとドルフィー』

というタイトルで出回ったこともありました。

私家盤ながらこんだけリイシューされて長く聴かれ続けているということは、もうその時点で内容は保障されたようなもんで、実際に凄まじくアツい内容です。

コルトレーン、ついこの前まで『ジャイアント・ステップス』なんかで、オシャレでカッコいいジャズの最先端を極めていたはずなんですが、もうここで聴かれるコルトレーンは、フリーに片足の親指を突っ込んだぐらいの型破りなプレイを聴かせてくれます。

「Mr.PC」「My Favorite Things」の2曲はいずれもアトランティック時代の代表曲なんですが、サックス/バスクラ/フルートで緩急自在な、言ってみれば次の瞬間に何をしでかしてくるか分からないドルフィーの異次元ソロに、コルトレーンは目一杯の速射&ゴリ押し&フレーズ崩しで対抗。

言っときますがコルトレーンもドルフィーも、アドリブの中での”うた”を大事にする人達です。

だからアドリブでどんなにフレーズを意図的に崩しても、それがトータルな演奏とのバランスを、ギリギリ崩さないところでちゃんと音楽として成り立っている。

特に「マイ・フェイヴァリット・シングス」でのドルフィーのフルートの幻想的な美しさはため息が出ます。後年、ファラオ・サンダースを入れて、ラシッド・アリに不定形ビートを叩かせて、ほとんどフリー・ジャズと化したコルトレーンの、あの泥沼な魅力とはまた違った、壮絶な音楽の対話がゾクゾクしたスリルと、演奏が全曲終わった後も「まだ何かあるんじゃないか」とすら思わせる、コルトレーン、ドルフィー、エルヴィン、マッコイ、そしてギャリソンの壮大な過渡期の音楽です。

音質も、このテのものにしては思ったより悪くありません。「ん?」と思わせるところは8曲目の「マイ・フェイヴァリット・シングス」のマッコイのピアノ・ソロがいきなりカットされてドルフィーのソロが始まるところぐらい。

それより何より演奏そのものが脳天をぶん殴られるぐらいの強烈なものなので、コルトレーン・ファンのみならず、ジャズに刺激を求めるすべての人には強烈にオススメであります。


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『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』


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2017年07月25日

マイルス・デイヴィス ワーキン

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マイルス・デイヴィス/ワーキン


(Prestige/ユニバーサル)

はい、今日も「コルトレーンのファースト・ステップを聴こう♪」と題しまして1956年の初期マイルス・デイヴィス・クインテットの作品を掘り下げていきたいと思います。

今日ご紹介しますのは「マラソン・セッション四部作」の最後の一枚になります『ワーキン』であります。

これはですのぅ、アタシは声を大にして言いたいのですが、名作揃いのこの時期のマイルスのアルバムの中でも非常に優れた出来の、名盤を通り越して芸術品の域に達してるアルバムと思うのですよ。

しかし、工事現場でタバコ吸って立ってるだけの、まるでカツアゲみたいなジャケットで損をしておる。

一応ジャケットには

『工事中→仕事中→ワーキン』

という洒落が込められてるのですが、ほんなもん言われてみらんとアメリカ人過ぎてよくわからんです。ただ怖〜い顔のマイルスに「よォ、カネ貸してくれ」とでも言われてるような気にしかならない。

しかーし!

ジャケがカツアゲだからといって、このアルバムを聴かずに放っておくのは勿体ないんですよそこのお嬢さん。

実はこのアルバムこそは、マイルスのミュートをかぶせた繊細でメロディアスなトランペット・プレイのカッコ良さ、胸にギュッとくる切なさと、レッド・ガーランドが奏でるえも言われぬ美しいピアノの大人な哀愁が目一杯堪能できる、という意味で四部作中ぶっちぎりの名作であるんです。

嘘だと思うのなら、1曲目の「イット・ネヴァー・エンタード・マイ・マインド」を聴いてごらんなさい。

「宝石を転がすような」と形容されるレッド・ガーランドのピアノが、優しく切ないアルペジオを奏で、その上に絹糸を泳がすように、マイルスのミュート・トランペットが入ってくる。

美しい美しいバラードです。理屈をすっ飛ばしてギューっと胸が締め付けれらて、あぁ、この気持ちなんでしょう。カツアゲなんて最初からない、あるのは美しい音楽が夢のように柔らかく浮かんで沈んで夢のように淡い輪郭を描く幻想の世界。

くー・・・・。
















【パーソネル】
マイルス・デイヴィス(tp,@〜DFG)
ジョン・コルトレーン(ts,A〜DFG)
レッド・ガーランド(p)
ポール・チェンバース(b)
フィリー・ジョー・ジョーンズ(ds)

【収録曲】
1.イット・ネヴァー・エンタード・マイ・マインド
2.フォア
3.イン・ユア・オウン・スウィート・ウェイ
4.ザ・テーマ (テイク1)
5.トレーンズ・ブルース
6.アーマッズ・ブルース
7.ハーフ・ネルソン
8.ザ・テーマ (テイク2)


・・・あぁいけない。マイルスのワン・ホーンが余りにも美しい1曲目に魂が持っていかれてコルトレーンを忘れてました。

そんな訳でこのアルバムでもバラード以降の2曲目からコルトレーンは参加してます。

まずはマイルスお得意のミディアム・アップ・テンポで、後にライヴでもよく演奏されることになる「フォア」で、この時期ならではの

・スムースで柔らかいマイルス→硬質で力強いコルトレーン

という対比が絶妙にバトンタッチされて、演奏の雰囲気は良い感じに小粋なものとなります。

で、カッコイイのは次の「イン・ユア・オウン・スウィート・ウェイ」ですねぇ。

コチラはグッとテンポを落としたミディアム・スロウのナンバーですが、コチラはよりクッキリとマイルスとコルトレーン、両者の個性の違いが曲調の中で見事なコントラストを際立たせます。

極力音数を絞ったマイルスのソロから、丁寧にフレーズを厳選しつつも迷いのない音を紡いでゆくコルトレーン。そのソロの直後にすかさずテーマを絶妙に崩したマイルスがリードするエンディング。これぞ粋です、モダン・ジャズの粋であります。

「ザ・テーマ」というのは、この頃のマイルス・グループがライヴのオープニングとエンディングに演奏していた、文字通りのテーマ曲。

ワクワクするようなリズムで軽やかに跳ねるマイルスと、ゴツゴツした音で力強くドッシリと歩くコルトレーン、これもまた対比がお見事。

そしてコルトレーンを大々的にフィーチャーした「トレーンズ・ブルース」と、マイルス、コルトレーンが抜けてガーランドにトリオ演奏で録音させた「アーマッズ・ブルース」と、ブルース2曲ですが、これもまた実に都会的でスマートに洗練されていて、いわゆる土臭い”ブルース”とはかなり違った味わい。

コルトレーン作曲の「トレーンズ・ブルース」は、やさぐれたワルなテーマを吹くマイルス&コルトレーンのハモり、そこからの”オシャレ不良”なマイルス、”硬派不良”なコルトレーンのソロのコンビネーションは、言うまでもなくお見事ですが、ブルースの雰囲気を損なわずに軽やかに鍵盤を転がすガーランド、ヒップに跳ねるシンバルワークでトッポい雰囲気を作り上げているフィリー・ジョーのドラムがまたいいじゃないですか。

「ハーフ・ネルソン」で再びテンポ・アップして、今度はテーマをピタリと合わせて吹くマイルス&コルトレーンにシビレてください。

淀みなく出てくるフレーズに、これ以上ないほど絶妙なシンコペーションを要所でキメるマイルス、もうたまらんですね。それを受けて勢いよく吹きつつも、マイルスに合わせるかのようにセンスのいいシンコペーションをこちらもキメてくるコルトレーン、もうたまらんですね。

以上、マイルス四部作でのコルトレーンは「マイルスの小粋で繊細なトランペットに対して、力強く勢いのあるテナー」で、大健闘どころかリーダーと肩を並べて堂々たるフロントぶりであります。

それももちろんガーランド、チェンバース、フィリー・ジョーの卓越したリズムのバッキングあればの話でもあり、何よりこの時代に開花した「スリルを孕んだ”粋なジャズ”」であるハード・バップを、メンバー全員が「こういうアプローチでやればカッコイイんじゃないか」というのを日々のライヴやセッションで研磨に研磨を重ねた結果なんだよね、という気はものすごくします。

それにしてもマイルスの”マラソン・セッション四部作”スタジオ盤なのに演奏がとってもリアルで素晴らしいライヴ感がありますね。コルトレーンの演奏だけをピックアップして書くつもりが、やっぱり曲と演奏全体のカッコ良さ、何より雰囲気の良さに引き込まれてしまい、ついつい長文になってしまいました。うん、たまらんです。






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2017年07月24日

マイルス・デイヴィス スティーミン

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マイルス・デイヴィス/スティーミン
(Prestige/ユニバーサル)

コルトレーンの歌心の源流を追って、ここのところ初期マイルス・デイヴィス・クインテット時代のコルトレーンを集中的に聴いております。

改めて聴いてやはり思うのは、コルトレーンのプレイのポリシー、つまり「それまでテナー・サックスでは誰もやってなかったシャープなサウンドで、エッジの効いたプレイをする」というのは、この時代既に確固たるものとしてコルトレーンの中で固まっていたんだなぁということです。

コルトレーンのデビューは遅く、マイルスのグループに参加した頃は既に30になろうとしていた頃でしたが、彼にとってはライバルであり、少し年下のソニー・ロリンズがその5年前には19歳にして堂々たる吹きっぷりで世間を沸かせていたことを考えると「俺は本当にジャズで食っていけるのか?」と、考え悩むばかりの20代であったであろうことは想像に難しくありません。

しかし、彼が20代ももう終わりに近付き、憧れのチャーリー・パーカーと一緒に演奏をしていたマイルスに声を掛けられた時は、既に20代の頃夢中で練習していたビ・バップの時代は終わりを迎えようとしておりました。

「ひたすら早くてヒップなフレーズを、熱気と技術に任せて吹きまくる」

というビ・バップから

「よりファンキーで、楽曲全体を考えたメロディアスなアドリブと、洗練されたモダンな演奏を」

というハード・バップの時代に突入した1950年代半ばにようやくソロ・アーティストとしての可能性を掴んだコルトレーン。そして、その時代を牽引して次の時代のドアに手をかけていたのが、自分をスカウトしてくれたマイルス・デイヴィスその人だった訳ですから、嫌でもやる気はみなぎろうというものです。

コルトレーンはしかし、その時点ではジャズ界隈のリスナーからはまだまだ未熟で何をやりたいのかよく分からないテナー吹き、という扱いを受けておりました。

テナーサックスといえばソニー・ロリンズのように、中低域を活かしたズ太い音で、よどみなく粋でイナセなフレーズを、リズミカルに次々と生み出すもの。或いはまだリスナーのほとんどは、ビ・バップより前の時代のスウィング・ジャズ・テナーの豪放磊落な、分かり易い男らしさがほとばしるプレイの残滓を追っていたのかも知れません。

このようなファンの感覚は

「誰もやってなかったことをやる」

と決めたマイルスにとってはどうでもいいものでした。

コルトレーンにとっても、エリントン楽団のジョニー・ホッジスが最初のアイドルであり、ちょっと前まではR&Bのアール・ボスティックのバンドで豪快で野性味溢れるホンク・テナーも”お仕事”で吹いていたのです。いかにロリンズやスタン・ゲッツら当時の一流テナーマンに比べて技術的には数段劣るとはいえ、プロとして求められさえすればある程度スイスイ吹けるぐらいの基本的な実力はあったでしょうが、コルトレーンの意識も

「自分ならではの、まったく新しいプレイスタイル」

な訳ですから、理解してくれるよき仲間と共に、大いに試行錯誤、切磋琢磨するべき時間は必要だった訳であります。

グループに加入したその年の1955年の演奏には、確かにコルトレーンの迷いが見て取れます(アルバム「ザ・ニュー・マイルス・デイヴィス・クインテット」)が、マイルスのコンセプトへのコルトレーンの理解力は素晴らしく、次の作品の「ラウンド・アバウト・ミッドナイト」から、プレスティジでの最後のレコーディングであります”マラソン・セッション四部作”に至る1956年の一連の演奏を聴くと、もうたった1年のうちに何があったんだと思う程の技術的な上達と、他の誰にも似ていないしっかりとした個性が確立されたサウンドとフレーズが見事に花開いているのです。



【パーソネル】
マイルス・デイヴィス(tp)
ジョン・コルトレーン(ts,ACD)
レッド・ガーランド(p)
ポール・チェンバース(b)
フィリー・ジョー・ジョーンズ(ds)


【収録曲】
1.飾りの付いた四輪馬車
2.ソルト・ピーナツ
3.サムシング・アイ・ドリームド・ラスト・ナイト
4.ダイアン
5.ウェル・ユー・ニードント
6.オエン・アイ・フォール・イン・ラヴ


という訳でマイルスの”Prestige四部作”は、マイルスの優雅で繊細なトランペットの妙技と、センス最高ハード・バップ・ジャズをどのアルバムでも心ゆくまで楽しめますが、コルトレーン・ファンにとっても最初の飛躍が刻まれた胸の透くようなカッコイイ演奏にシビレることが出来る素晴らしいアルバム達です。

本日ご紹介するのは「クッキン」「リラクシン」ときて「スティーミン」です。

何となく四部作の中では、ジャケットがかわいい「クッキン」と「リラクシン」は人気ありますが、「スティーミン」と「ワーキン」はあんまり語られることがないような気がしませんか?

うんうん、内容的にはアルバム単位で甲乙付け難いのは本当ですし、せっかくなんでもっと多くの人に「スティーミン」と「ワーキン」を聴いてほしいので、今日は大いに語りましょうね。もちろんコルトレーンを中心に。

さて、本作スティーミンは、こちらも「リラクシン」同様に、リラックスして聴ける極上のジャズです。

更に目玉としては、ノリノリのビ・バップ曲「ソルト・ピーナッツ」と、セロニアス・モンクのコミカルなノリの良さが光る「ウェル・ユー・ニードント」での、コルトレーンの炸裂するプレイでしょう。

マイルスとしては、もうこの時点でビ・バップの急速ナンバーは「もういいか」という認識だったとは思いますが、アルバム4枚分のレコーディングをせねばならないからというのと、やっぱりライヴなんかではキャッチ―で速い曲はウケが良かったんでしょう。

それにここまでに散々ビ・バップをやってきたメンバー達にとっては”お手のもの”であります。

マイルスがミュートを外してパラパラパラ!と吹きつつも、ところどころで絶妙に音を抜いて間を活かした(コレが最高にセンスいい!)ソロをすれば、コルトレーンはそれまで溜めてきたものを一気に吐き出すかのような細かい手数での激しい吹きっぷり。

それを受けて”モダン・ジャズの世界で一番派手なドラムを叩く男”(←今考えた)フィリー・ジョー・ジョーンズがハイライトとなるド派手なドラムソロで山を作って一瞬のテーマをマイルス、コルトレーンがパッと吹いてズシャッと終わり。くーカッコイイ、スタジオ盤なのに何でこんなにライヴっぽいんだろう。

感動の余韻を更に膨らますかのように、今度はマイルスがワン・ホーンで歌う見事なバラード「サムシング・アイ・ドリームド・ラスト・ナイト」から、再びコルトレーンが参加しての、怒涛の「ダイアン」そして「ウェル・ユー・ニードント」。

「ダイアン」はミディアム・テンポの小唄ですが、おっと、言い忘れていたけどこの曲のコルトレーンのソロも目玉です。

テンポに合わせた絶妙の”抜き””スカし”なら、コルトレーンはテンポに対して倍ぐらいの数の高速フレーズをブチ込む思い切ったアドリブで突っ走るんですが、この時勢い余り過ぎて「キュイッ!」と音が裏返るミス・トーンを出してるんです。コレがもう最高にシビレます。いいなぁジャズって。。。

そしてセロニアス・モンクの「ウェル・ユー・ニードント」ですが、この頃まだその独特過ぎる個性ゆえに、一般人気とは縁遠かったモンクの曲を「何でだよ、カッコイイものはカッコイイじゃねぇか」と積極的に演奏していたのはマイルスです。

マイルスの代表作と思われている「ラウンド・アバウト・ミッドナイト」だってモンクの曲です。

聴く分には独特の”飛び””はずし”が、リズムと絡まってウキウキするモンクのミディアム・アップ・ナンバーは、実は演奏する側にとっては実に難しいのですが、こんなもん結成して毎晩のようにライヴやってたマイルス・バンドの手にかかりゃ朝飯前。

コミカルで摩訶不思議な”うねり”のあるテーマをズラしたタイミングでカッコよくハモるマイルスとコルトレーンから、マイルスのスムースなソロからコルトレーンの力強いトーンが「ぎゅいーん」とフル加速していくこの流れ、たまらんですね。そこからバトンタッチした、珍しく低音をガラゴロミステリアスに転がすガーランド、その間もずーっとブイブイとぶっとい4ビートを刻み続けているチェンバースのベース、スネアとハイハットとシンバルを細かく使い分けて効果的に突っ込むところにピシャッと突っ込んでゆくフィリー・ジョーのドラム。たまらんですね、実にたまらんです。

最後は再びマイルスのワン・ホーンでの美しいバラードで、結局コルトレーンはこのアルバムではバラードでは参加せず、ミディアムからアップテンポの曲のみの参加となっておりますが、それだけにギアの入ったコルトレーンの凄さに「うひゃー!」と興奮するにはもってこいのアルバムなんじゃないかと思います。良いよ。

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2017年07月22日

マイルスデイヴィス リラクシン

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マイルス・デイヴィス/リラクシン
(Prestige/ユニバーサル)

1955年のマイルス・デイヴィス・クインテット参加からおよそ1年後にレコーディングされた、マイルスの「クッキン」「リラクシン」「スティーミン」「ワーキン」という、いわゆる”マラソン・セッション四部作”は、初期マイルスの素晴らしく繊細でスタイリッシュなトランペット・プレイと、彼のトータルな音楽家としての才能の開花を聴くことが出来る素晴らしいアルバム群であります。

そして、このバンドが初めての「ソロを大々的に取らせてもらえる、フロントマンとして雇ってくれたバンド」であったコルトレーンにとっても、独自の個性を最初に発揮させた場として、多くの素晴らしい名演を刻むことが出来たのでありました。

本日もマラソン・セッション四部作から「リラクシン」です。

このアルバムは、タイトル通りリラックスした演奏を集めたもので、収録曲のゴキゲン度は総じて高く、たとえば

「今日はちょっとマイルスな気分だね♪」

という時や

「仕事でヘトヘトになったから、ジャズでも聴いてホッとしたいわぁ」

という時なんかはそれこそピッタリなんじゃないかと思います。

マイルス・デイヴィスっていったらそりゃもうジャズの帝王で、何かよくわからんが凄い人で、ちょっと気難しい芸術家っぽいから、凄く難しい音楽をやってるんじゃないかしら?と思ってるそんなアナタ、確かにマイルスのカッコ良さって、どの時期も一貫してクールでニヒルなところで、モノによってはちょっと異常な緊張感とか、軽い気持ちでほんほんしたい時に聴いたらカウンターパンチ喰らわされる作品とかもあるんですが、で、アタシ個人的にはそんなアルバムこそがドップリギットリ浸れる最高なんだなこれ、だったりもするんですが、えぇ、世の中のほとんどの人はアタシと違って、平和を愛し、癒しを求める美しい心をお持ちだと思いますので、あえて”芸術”の方に突き進む一歩手前の50年代の音源をまずは「聴いてごらんなさいな」とオススメしたいのです。

特にバックにレッド・ガーランド、ポール・チェンバース、フィリー・ジョー・ジョーンズがいた頃のマイルスの音楽は、マイルスのニヒルでクールなキャラクターは、演奏の中心で孤高のダンディズムとしてカッコイイ音と最高の雰囲気を放ってはおりますが、この3人のリズム・セクションがそれを彩ればあら不思議、マイルスのカッコ良さそのままに、小粋で優雅で実にオシャレな極楽ジャズとして鳴り響くんですよ。

という訳でここをご覧の

「ジャズ聴いてみたいなぁ、やっぱりマイルスかなぁ・・・。でも何か難しそう・・・」

とお悩みの方いらっしゃいましたらタイトルに「〇〇〜ン」と付いているマイルスの初期アルバムをまずは聴いてみてくださいね。それかこのブログのやチャラいレビューを読んでやってくだせぇ。。。




【パーソネル】
マイルス・デイヴィス(tp)
ジョン・コルトレーン(ts)
レッド・ガーランド(p)
ポール・チェンバース(b)
フィリー・ジョー・ジョーンズ(ds)


【収録曲】
1.イフ・アイ・ワー・ア・ベル
2.ユーア・マイ・エヴリシング
3.アイ・クッド・ライト・ア・ブック
4.オレオ
5.イット・クッド・ハプン・トゥー・ユー
6.ウディン・ユー

与太はこれぐらいにして、このアルバムが先日ご紹介した「クッキン」と並んで、マラソンセッション4部作の中で特別人気が高いのは何故かというと、さっきも言ったように、楽曲演奏が軒並みくつろぎに溢れていて、ゴキゲンで親しみ易いということと、それに加えてスタジオ内のリラックスした空気もそのまま演奏の前とか後とかにちょこっと入っていて(もちろん全体の流れを妨げない程度)、実にいい雰囲気なんです。

オープニングの前にマイルスが


「(しわがれ声)先に演奏すんぞ、曲名は後で教える」

と、メンバーに呼びかけて、レッド・ガーランドが「ほいきた」とばかりに学校チャイムでおなじみの「きーんこーんかーんこーん♪」をピアノでやってアルバムが始まる。そこから小気味良いミディアム・テンポに乗ってマイルスのウィットに富んだ小粋なトランペット、コルトレーンの実に堂々とした和やかなソロでう〜ん、いいですなぁ、実にいい。

続いては美しいバラードでイントロを弾くガーランドに

「(しわがれ声)そこはブロック・コードでやってくれ」

と、やっぱりスタジオ内でのやりとりが入ってガーランド弾き直しからのマイルスの繊細で美しい美しいバラード。

はい、このバラードでのマイルスからタッチしたコルトレーンのソロがもう泣ける。

テナー・サックスらしい芯の太い音ではありますが、コルトレーンは「ズズズ・・・」と音を引きずらずに、メロディを過不足なく紡ぎ上げてゆくんです。これはこの後もずっと変わらないコルトレーンならではのスタイルなんですが、繊細な中にもマイルスと共通するけれどもどこか一味違う独特の”キレ”があって、しかも数分のやや短い展開の中で絶妙なストーリーを組み上げて、そこからレッド・ガーランドのピアノがため息のようにバトンタッチする。これたまらんですね。

で、個人的にこのアルバムのコルトレーンのベスト・プレイと思えるのが、ソニー・ロリンズが作った割とカラッと明るめのバップ・ナンバー「オレオ」です。

ちょいと早めでカリプソ入ったこの曲を、マイルスはとても気に入っていて、テンポよくアドリブを吹きまくっているんですが、こういうテンポとくればコルトレーン。

コード・チェンジを絶妙なリズムで強調しながらブンブン唸るベースでリードするポール・チェンバースとピッタリ呼吸を合わせるかのように、これ以上ないほど快調なアドリブをテクニカルにかましてくれます。だから誰だこの時期のコルトレーンへたくそだなんて言ったヤ(以下略)。

で、アルバムの最後はやっぱりマイルスの声も入ってます。

プロデューサーの

「Okか?」

という声に

「何がよ!?」

と、やや怒気含んで答えるマイルスがちょっと怖いんですが、この後ろでCDだと微妙に誰か何か言ってるなぁぐらいの声が入ってます。

何だろうと思ったらコレ、コルトレーンが

「(ビールの)栓抜きない?」

と誰かに訊いてる声なんだそうです。

全体的にゴキゲンなセッションなので、まずは雰囲気の素晴らしさを皆さんに感じてもらえたらなぁ、なんて思いつつ。。。



”ジョン・コルトレーン”関連記事


『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』


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BASEショップもありますよ(ここでしか買えない商品アリ)http://soundspal.thebase.in/
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2017年07月21日

マイルス・デイヴィス クッキン

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マイルス・デイヴィス/クッキン
(Prestige/ユニバーサル)

ジョン・コルトレーンのプロ・ミュージシャンとしてのキャリアは、ジョニー・ホッジスやディジー・ガレスピー、はたまたR&Bのアール・ボスティックといった人達のバック・バンドのメンバーとしてスタートしました。

これらの仕事は、ほとんどホーン・セクションの一人、或いはソロは吹かせてもらっても、自分の思うようなスタイルではやらせてもらえないことがほとんどで、後に巨人と言われる人のキャリアとしては実に地味であります。

そんなコルトレーンを拾い上げ、ソロ・アーティストとして世に出るきっかけを作ったのがマイルス・デイヴィスだったというのは有名な話。

どうもマイルスは最初ソニー・ロリンズを誘ったみたいだったなんですが、諸事情によってまだまだ無名だったコルトレーンにお呼びがかかったようです。

んで、コルトレーン、レッド・ガーランド、ポール・チェンバース、フィリー・ジョー・ジョーンズという、既に界隈では名が知られていた若手リズム・セクションに、まだほとんど誰も知らなかったコルトレーンを加えて作った五重奏団が、マイルスが最初に組んだレギュラー・バンドであります。

このバンド、マイルスの思惑通り、マイルスが提示する新しいコンセプト、つまりタテノリで客を沸かす演奏だけじゃなく、じっくり聴かせるスタイリッシュな都会的演奏にも、ツーといえばカーで即座に反応出来る素晴らしいバンドでした。

リーダー以外では、一番の功績はガーランド以下のリズム・セクションにあります。

もし、このバンドがサックス奏者のいない、マイルスのワン・ホーン・カルテットであったら、1950年代後半に、ゾッとするほど美しくメロディアスなバンドとなっていたでしょう。

もしかしたらマイルスは”帝王”じゃなくて”トランペットの詩人”とか、今頃呼ばれるような存在になっていたかも知れません。

マイルスの当時のコンセプトは、徹底して「クールに演奏して、ノセることもじっくり聴かせることも出来るジャズ」でありましたが、マイルスの心の内には、この頃既に

「誰もやっていないことを次々とやってやろう」

という意欲がメラメラと青白い炎となって燃えておりました。

そこでコルトレーンの加入です。

正直言ってその頃のコルトレーンは、ニューヨークでも全然無名なのはもちろん、その演奏を聴いていた人達からは

「コルトレーン?あいつヘタクソじゃないか。何だってマイルスほどの男があんな新人をバンドに入れたのかわかんねぇ」

と、批判もありました。

はい、これも有名な話ですね。

当時のサックスといえば、アルトもテナーも、チャーリー・パーカーのようにアドリブをよどみなくスイスイと吹きまくるのが一番カッコイイというのが常識でした。

たとえば既に人気を博していたソニー・ロリンズやスタン・ゲッツといった人達は、それこそテナー・サックスを自在に操って、いかにもテナーらしい中低域を活かした太い音(ゲッツはそこにしなやかさも加わります)で、難しいフレーズでも難なくこなし、何よりアドリブに一貫したメロディアスな展開があり、分かり易かったんですね。

資料によるとコルトレーンは、チャーリー・パーカーに憧れて、ビ・バップのフレーズは猛練習の末に50年代半ば頃には特に不都合なく吹けていたらしいのです。

でも、当時のジャズ界は”ビ・バップが吹ける程度”の腕利きなら腐るほどおりました。

ロリンズやゲッツといった人達が凄かったのは、それを経た上で、誰が聴いても彼らの演奏だと分かるぐらいの確固たるオリジナリティがあったからで、ただ難解なビ・バップをパーカーそっくりに吹けたところで、物まねで終わってしまうというのは、コルトレーンもよく分かっておりました。

で、ここからは”多分”の話なんですが、コルトレーンは早くから「ジャズお約束の”あの感じ”以外の演奏を展―で出来ないものか・・・」と、悩んで、でもなかなか定まらなくて、試行錯誤しているうちに徐々にトレードマークである、硬質でソリッドな音色やフレーズを生み出していったんじゃなかろうかと。で、そのトレーンの試行錯誤のサウンドやフレーズを耳にしたマイルスは、純粋に可能性の一点だけで「よし、お前はそれでいい」と、ライヴやレコーディングではその試行錯誤を本番でやらせていたんじゃないかなと思います。

一説によると

「いやぁ、何かどん臭いアイツが隣で吹いてると、オレのカッコいいトランペットが引き立つからね。いっひっひ」

と、マイルスは思ってたなんて言われてもおりますが、そうでしょうか?マイルスは演奏技量とメンバーのセンスには恐ろしく厳しい人で、もしコルトレーンの演奏に”どん臭さ”を感じていたなら、それは音楽をクールにスタイリッシュにキメたいマイルスにとっては耐え難いことで、何回か演奏して「はいクビ」となっていたはずでしょう。

ともかく1955年から56年の、マイルス・デイヴィスのグループに参加していたコルトレーンを聴いてみましょう。






【パーソネル】
マイルス・デイヴィス
ジョン・コルトレーン
レッド・ガーランド
ポール・チェンバース
フィリー・ジョー・ジョーンズ

【収録曲】
1.マイ・ファニー・ヴァレンタイン
2.ブルース・バイ・ファイヴ(フォールス・スタート)
3.ブルース・バイ・ファイヴ
4.エアジン
5.チューン・アップ〜ホエン・ライツ・アー・ロウ


1956年、マイルスはメジャー・レーベルのCBSに「ラウンド・ミッドナイト」という作品を録音します。

もう皆さんご存知、初期を代表する名盤中の名盤ですが、マイルスと彼の最初のレギュラー・バンドが凄いのは、実はこの後です。

自分とことの契約が残っているのに他のレーベルにマイルスがレコーディングしていたことに腹を立てた、所属レーベル"Prestige”は、マイルスに

「いや、メジャーからアルバムなんか出したらダメだよ。だってお前とはまだアルバム契約が残ってるから、それクリアして全部のレコーディング済まさないと訴えるよ」

と、ほとんどいちゃもんに近いクレームを入れるのですが、ここでマイルスは

「(しわがれ声で)あと何枚分だ?」

と返します。

「アルバム4枚分だよ」

と、言われ

(ざまぁみろ、アルバム4枚なんてすぐすぐ出来るもんじゃねぇよ。しばらくはウチとの契約に専念してもらうぜぇ)

と余裕ぶっこいていたレーベルに

「そうかわかった。じゃあ4枚分すぐにレコーディングしてやっからスタジオ貸せや」

と、完全に脅迫に近いノリの啖呵で答え、実際にたった2回のレコーディングで、アルバム4枚分の音源を仕上げてしまいました。

これが世に言うマイルスのマラソン・セッション4部作、すなわち「クッキン」「リラクシン」「ワーキン」「スティーミン」という、いずれも初期を代表する名盤に数え上げられる作品達です。

マイルスが"ちゃちゃっ"と、スタジオでほとんど録り直しナシであっさりと作品を仕上げちゃったというのは、つまりこのクインテットが日常のライヴでそのクオリティの演奏をしていたということで、それはつまりマイルスも凄いけど、他のメンバー達の実力も、当時のジャズマン達の中で恐ろしくずば抜けていたということです。

つまり、コルトレーン下手くそじゃなかった。

実際に初期マイルス・クインテット時代のコルトレーンのプレイ、もちろんマラソン・セッション4部作でたっぷり聴けます。

まずは4部作の中でジャケットがオシャレというのと、ミュート・トランペットによるバラード名演「マイ・ファニー・バレンタイン」が聴けるということで、シリーズ中一番人気の『クッキン』。

はい、このアルバムの決定的名演は、確かに「マイ・ファニー・バレンタイン」です。

しかしこの曲はコルトレーンが抜けたワン・ホーンなので、コルトレーン聴くなら2曲目以降。特に後半の「エアジン」「チューン・アップ〜ホエン・ライツ・アー・ロウ」でのミディアム・アップのテンポに乗っての、饒舌な吹きっぷりが素晴らしいです。

アツく盛り上がりながらも、小粋でメロディアスなプレイを繰り広げるマイルスのソロを受けたコルトレーンは、まるで水を得た魚のように、絞った音数のマイルスと好対照なソロでもうグイグイ遠慮なく行きます。行きまくります。

コルトレーンが「音譜敷き詰め奏法」のシーツ・オブ・サウンドを完成させるのは、この約1年後。マイルスのバンドを辞めてセロニアス・モンクの所で理論を学びながら猛練習を重ねた結果なはずですが、この時点でもうコード・チェンジに対して細かい手数で直線的に音を重ねてゆく方向性はすでに見出だしているように思えます。

アドリブの速度、起承転結、そしてマイルスやバックのリズムとの掛け合いも実に完璧で、聴いていて何の違和感もありません。

全体の空気感はマイルスが持つ、とことん粋でスタイリッシュなそれですが、コルトレーン中心に聴いていると不思議と熱くたぎるものを感じます。






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2017年07月19日

ジョン・コルトレーン アセンション

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ジョン・コルトレーン/アセンション
(Impulse!/Verve)


アセンショーン!

アセンショーン!!

あ、はい、すいません。あんまり暑いのでつい叫んでしまいましたが、大した意味などないのですよ。

いやぁ、アセンションですねぇ。

何というか、ジョン・コルトレーンの数ある作品中、最も賛否両論を巻き起こした問題作と言われておりますアセンションです。

このアルバムはですのぅ、一言で言いましたら

「ううむ、音楽の可能性をもっと拡げたい。そうだ、フリー・ジャズっていう言葉、最近ちらほら聞くよね。アレって2年前だったっけ?オーネット・コールマンがふたつのバンドを”せーの”で自由にやらせたアレね。エリック(ドルフィー)も参加してて、よくはわからんかったけどスリリングではあったよね。うん、今までにない何かを感じた。だからオレもやってみたいなぁなんて思ってるのよね」

と、思い立ったコルトレーンが、バンドメンバーのマッコイ、ギャリソン、エルヴィンの他に、気鋭の若手ミュージシャンと呼ばれていたコワモテの11人を集めて、景気よく派手に”君らが思うフリーでやっとくれ”と吹きまくらせて、おまけに気前よくソロも自由に吹かまくったアルバムです。

で、それの何が問題かといえば、コルトレーンがですのう、そのゲスト参加したコワモテ連中に大した注文も付けずにやりたい放題やらせた結果、1曲40分とかいうべらぼうな長さになって、おまけに何が曲のテーマでどこがサビでとか、そういうのもぐっちゃんぐっちゃんなパンクな作品になっちゃったからなんでしょうな。

えっとですね、室町幕府ってあるでしょう。アレは足利尊氏という人が作ったやつなんですけれども、武士は領地とか戦の後の恩賞とかをちゃんとやらないと不満を持って反乱を起こすというのを、自分も反乱を起こした一味だった足利さんはよく分かっていて、じゃあお前らが不満を持たないように領地あげますと、全国の土地を有力な武士さん達にほいほい土地を与えてしまった結果、今度は与えられた部下達の力が大きくなりすぎてエライことになって、でも力を持っちゃった連中をどうにもできなくて結局戦国時代に突入しちゃった政権ですね。

「アセンション」も一緒ですな。

コルトレーンが気前のいい大将の足利さんで、マッコイとかエルヴィンとかは、まぁ鎌倉時代から一緒にやっておる上杉さんとか細川さんとかでしょう。

この人達で順調に来れたもんだから、もっと新しい勢力基盤をと、アーチー・シェップとかファラオ・サンダースとかマリオン・ブラウンとか、そういう赤松さんとか大内さんみたいな、出自がどうだかよくわからんけどとにかく戦はイケイケでやたら強い新興の豪族連中を、古くからの家臣には割と何の相談もなしに

「まぁまぁアイツらにはワシがちゃんと言っておくから」

と、館に招いて重臣の席に座らせた結果、異様な緊張感が生まれて利害の対立から紛争が起こるわそれぞれにお家騒動が起こるわでエライことになちゃった。

そういうアレで明徳の乱とか嘉吉の乱とかを経て応仁の乱のカオスへと突き進んでゆくというね、もうね・・・。

うん、ごめんなさい。ジャズとかよくわからん人のために歴史で例えようと思ったのですが、がちょっと悪かった。ごめんなさいね。

でも「アセンション」の音楽をどう表現すればいいのだろうと思ったら、キーワードは「長い混沌」これでしたから、他にいい例えがないのですよ。

事実、コルトレーンはこのアルバムを録音した1965年、すごく音楽的に迷って悩んでおりました。

というのも、コルトレーンはストイックに自分の可能性を追究していた人で「これがウケたからこれでいいんだ」という妥協とは無縁の人であります。

『至上の愛』で、マッコイ、ギャリソン、エルヴィンのカルテットで、音楽的なひとつの境地に達したコルトレーンは、更なる音楽的な高みを、いわゆるフリーな表現に感じており、しかしコルトレーンはデビューから60年代までずっとどちらかといえばオーソドックスなジャズの世界を生きてきた人です。

なので自分より若く、規定の表現に囚われない人達の力を借りて、新しい何かを作る・・・というよりも今までやってきたものを一旦混沌と共に打破したかった。そういう衝動があったんでしょう。


【パーソネル】
ジョン・コルトレーン(ts)
フレディ・ハバード(tp)
デューイ・ジョンソン(tp)
ファラオ・サンダース(ts)
アーチー・シェップ(ts)
ジョン・チカイ(as)
マリオン・ブラウン(as)
マッコイ・タイナー(p)
ジミー・ギャリソン(b)
アート・デイヴィス(b)
エルヴィン・ジョーンズ(ds)

【収録曲】  
1.アセンション(Edition1)
2.アセンション(Edition2)

スタジオに集められた11人、その中で6人のホーン奏者たちは、いずれもコルトレーンより後輩で、それぞれ斬新なアイディアや表現手法を持った人達でありました。

とりわけ”フリー””前衛”と呼ばれ、彼ら自身もコルトレーンの音楽や姿勢から多大な影響を受けているファラオ・サンダース、アーチー・シェップ、マリオン・ブラウン、ジョン・チカイといったサックス奏者達の演奏に、コルトレーンは起爆剤的なものを期待したんでしょう。

多分マッコイやエルヴィンには言ったか言わなかったかぐらいの軽い説明だけでスタジオに招き、セッションする曲についての細かい打合せやリハーサルなどはあんまやらず

「ジョン。で、俺らはどうすればいいんです?」

というメンバーや後輩達の問いにも

「・・・そうだな、ソロの順番はこうだから後は好きにやってくれ。なるべく自由にだ」

と、ボソボソ言う程度の説明しかしなかったでしょうが、それこそコルトレーンやスタジオに招いた若手達の中でも特にファラオ、シェップ、マリオン、チカイらにとっては”のぞむところ”であり、このアルバムではコルトレーンと若い彼らのエネルギーが、自由な裁量で与えられたソロの中で炸裂しており、それに対してあくまでオーソドックスの枠組みを大きく逸脱したくないトランペットの2人や、そもそもこのセッションをコルトレーンがどういう思考の元におっぱじめたのかさっぱり分からない、いや、相談もなしにウチの大将は何やってんだ?という戸惑いと苛立ちを隠せないマッコイとエルヴィン(ギャリソンは多分何も考えていない・笑)との、気迫というか怒気に満ちた演奏が、1曲40分の中で、混沌に混沌を被せるような形で壮絶を描いております。

ソロの中で特に素晴らしいのはやはり後にコルトレーン、バンドに加入することになるファラオ・サンダースの強烈なフリーク・トーンと、フリー派のはずなのに優しい音で独特の”間”でもって混沌が渦を巻くこのアルバムの中で、調子はずれなはずなのにどこか和みの風情を醸しているマリオン・ブラウンのアルトです。

で、散々「難しい」とか「何やってっかわかんねー」と過去に言われてきたこのアルバムですが、実は当初言われていた”問題作要素”は、1曲40分という非常識な演奏時間と(CDだとテイク違いの”エディション1”も入ってるからトータル80分近いゾ!)、オープニングの数分以外はほとんどテーマらしいテーマもなく、各人のソロの途中でも他の奏者達がやたらフリーキーなフレーズを被せて煽ってるとこぐらい。

後はエルヴィンの繰り出すリズムも、かなり強引な乱打とかやってますが「こんなヤツらに煽られてたまるか!」と、意地の定型ビートを保ってるし、マッコイのピアノもバラバラ弾き散らかさず、ほとんど1つか2つ、多くて3つぐらいのコードをこっちも維持で叩き付けてバッキングしてるので、カルテットに被さっている若手コワモテ(あ〜らごめんなさい)の皆さんの効果音てきな「ぶおぉー!ばぎょおお!」を省いてコルトレーン・カルテットの演奏と、鳴っているソロとバックのメロディとリズムのせめぎ合いに集中して聴けば、実にまっすぐで分かりやすいノリのパワー・ミュージックとして聴けます。

「アセンション怖くない」という声は90年代ぐらいから色んな人がキチンとコルトレーンを聴いた上で挙げてきて、実際アタシもそう思いますが、もうそろそろそういうのもいいでしょう。

ジャズとか全然わからんけど、刺激やカッコ良さを求めている方々がこの作品をどう聴いて、どう反応してくださるかを、アタシは大いに楽しみにしてます。

むしろ”非ジャズファン”の「コルトレーンかっけぇ!」ランキングでは、コレとかオムとかはかなり上位にくると思いますがどうでござんしょ?


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2017年07月18日

ジョン・コルトレーン 至上の愛

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ジョン・コルトレーン/至上の愛
(Impulse!/ユニバーサル)

「至上の愛」

レコードで手に入れたジョン・コルトレーンの、この意味深なタイトル、更に意味深なモノクロの横顔写真のレコードを、何度繰り返し聴いたことでしょう。

そして、その激烈な演奏から見える、一言でいえばとことんへヴィでとことんピースフルな音楽の深みに何度引き込まれてクラクラしたことでしょう。

「アンタはコルトレーンに大分イカレてるようだが、コルトレーンの音楽って何がいいの?どんな音楽なの?」

と、今もよく訊かれます。

その都度アタシは

「う〜ん、コルトレーンは激しくて重たくて暗くて・・・でも聴いた後ココロがスカーっとするんです」

と答えます。

毎度陳腐な言い草で本当にごめんなさいなんですが、コルトレーンに感じる”特別な何か”は、これはもう聴いたことのない人には体験して、その理屈じゃない部分を感じて欲しいんですね。

コルトレーンはジャズの人で、初期、特にPrestigeやAtlanticというレーベルに所属していた頃は、どこからどう聴いてもかっこいいジャズをやっています。

だから「ジャズの巨人、ジョン・コルトレーン」とよく言われているし、実際その通りであるのですが、自分のバンドを組んでImpulse!レーベルからレコードを出すようになってからのコルトレーンを聴いていると、もう”ジャズ”という枠にはめて聴くのもどうかと思うほど深いんです。

や、たとえばマイルス・デイヴィスのようにロックビートを入れたり、エレキギターやキーボードなんかを入れて、ロックやファンクを意識したクロスオーバーな”新しさ”を感じさせる音楽をやっている訳ではまったくなくて、むしろ70年代までやっててもそういう路線には行かずにアコースティックなジャズを愚直に追及しそうな勢いでフリーフォームの20分とか30分の演奏を死ぬまで繰り広げているのが60年代半ば以降のコルトレーンなんです。

だから”新しい”とか”音楽の幅が広い”とかじゃなくて”深い”。コルトレーンがジャズという枠組みを大胆に超えているその原動力は、深さに一点集中した物凄いエネルギーなんですね。

よくガイドブックやネット記事でも名盤といわれる『至上の愛』ですが、このアルバムはコルトレーンがまだフリーフォームに突入する前に、定型をギリギリ保ちながら”ジャズ”を超える深みへ自身の音楽を到達させた一枚だと思うのです。





【パーソネル】
ジョン・コルトレーン(ts)
マッコイ・タイナー(p)
ジミー・ギャリソン(b)
エルヴィン・ジョーンズ(ds)

【収録曲】
1.至上の愛 パート1:承認
2.至上の愛 パート2:決意
3.至上の愛 パート3:追求
4.至上の愛 パート4:賛美


コルトレーンが紆余曲折を経て、マッコイ・タイナー、ジミー・ギャリソン、エルヴィン・ジョーンズという若手アーティスト達を揃えた自己のバンドを結成したのは、1960年から62年のことでした。

リーダーとしてやっと自分の思う世界を音楽で表現出来ると確信したコルトレーンが若いメンバー達を鍛えることおよそ2年から4年。

音楽だけでなく世界中のあらゆる民族文化、宗教や哲学思想にも深いインスピレーションを得ようとあらゆる書物を読みまくっていたコルトレーンは、激動の社会情勢なども目の当たりにして、真剣に「救済」について考えるようになり、メンバー達と共に連日の激しいギグやレコーディングを繰り返しながら、思想と表現を、まるで溶鉱炉で熱した金属を錬成するように練り上げていきます。

Impulse!から”ジョン・コルトレーン・カルテット”名義で立て続けにリリースされた60年代初頭のほとんどのアルバムは、どれもカッコ良く進化したモダン・ジャズでありながら、コルトレーンのサックスは定型を逸脱しそうなほどに激しく、バックも、特にエルヴィン・ジョーンズのドラムを中心にそれぞれ気迫の塊のような熱演でコルトレーンに応え、情念と情念が渦を巻いて高温で発熱しているかのようであり、そして楽曲は独特の荘厳な響きの中に、インドやアフリカといった(多分コルトレーンから見て)人類の根源の地に息付くリズムやメロディーの断片を深く埋め込んだ、やはり異様でいて特種なムードを醸すものでした。

『至上の愛』は、そんな異様でいて特種なムードを”神”というキーワードでまとめ、壮大なスケールの4部の組曲にしたものです。

”神”と言ったらアタシも含めたフツーの日本人は「むむ、何かウサン臭い宗教か?」と身構えます。

実際アタシも最初に聴いた時は、荘厳な雰囲気の中「ア、ラーヴ、シュプリーム・・・」と、低い男の声でボソボソと呟かれるタイトルにびっくらこいたものですが、コルトレーンに言う神というのは、キリスト教とかイスラム教とか、そういう特定の宗教の神様ではなく、もっと根源的な、人間の意識の内側に存在する摂理のような存在のことだとライナノーツに書いてあったのを読んで安心したという経験を持つのではありますが、演奏はこの上なくへヴィでアグレッシブで、もし”ハードコア・ジャズ”という呼び名が許されるのであればそう呼んで上げたいぐらい、意味深なタイトルとか組曲とかそういう難しそうなイメージとは裏腹の実にストレートなカッコ良さにみなぎったものでありまして

「いや、コルトレーンって演奏する前は神とか精神とかそういうことを悶々と考えてたんだろうけど、実際サックス吹いてアドリブに突入したらトランス状態に入っちゃって、それまで悶々と考えてたことなんか全部吹っ飛ばす人なんじゃね?」

というのが、20年以上何度も何度も聴いて、その都度「くー、かっこいい!」と打ち震えてきたアタシなりの現時点での結論です。

あと、ここから先は聴きながら感じて欲しい余談の部分なんですけど、前に誰かがツイッターで

「至上の愛ってラテン・ポップスだと思う」

と、興味深い発言をしていて確かに”ラテン”を意識して聴けば、特に1曲目、これは実にリズムの骨組みがキャッチーなラテンで、独特の重さや荘厳さを一旦耳から外して聴けば、いやこれほんとポップで踊れるアルバムなんじゃないかと、実は最近思っています。

そういえば60年代以降のコルトレーン、よく「難解だ難解だ」と言われてますけど、実際演奏面に関しては、言われるほど難しいことはしてなくて、むしろハードなブロウに徹した硬質でまっすぐな表現に舵を切っているような気がするんですがどうなんでしょう?







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