2017年07月08日

ジミー・リード アイム・ジミー・リード

5.jpg

ジミー・リード/アイム・ジミー・リード
(VeeJay)

みんな、うだるような暑さと湿気が絶好調な夏に聴きたいものといえばやっぱりレイジーでダウナーなブルースだよね♪

・・・ん、かなりの数の「いや、それは違う」という声も聞こえたような気もしますが、気にしない、気のせいです。話をつづけましょう。

今日みなさんにご紹介するのは、ぜひとも扇風機の前でビールでもやりながらシャツのボタンを5つほど外してダラダラ聴いて頂きたいブルースの代表格、ジミー・リードであります。

音楽の歴史に大きな足跡を残し、今なお世界中からリスペクトされている”ブルースの巨人”たとえばマディ・ウォーターズ、B.B.キング、ハウリン・ウルフ、ジョン・リー・フッカー、ロバート・ジョンソンなどなどなど・・・そういう名前が挙がる人達に比べたら若干知名度は劣るかも知れませんが、実はコノ人、楽曲のカヴァーされ具合、究極的に影響を受けたローリング・ストーンズ経由で、その後の音楽に与えた影響度という意味で、そんな巨人達を凌ぐほどのものなのであります。

実際にジミー・リードは、ブルースの歴史上屈指のヒットメイカーです。

覚えやすいメロディに単純明快な歌詞、そして”ダウンホーム・スタイル”と呼ばれる泥臭さを感じさせるレイジーな曲調、あんまり声を張り上げず、ゆったりまったりの語り口調のようなヴォーカル。

何よりも曲のほとんどがですね、例のブルースといえばの「ズッズジャッジャ、ズッズジャッジャ」のウォーキング・ビート”だけ”で成り立っていて、曲の違いといえば、コレがユルいか遅いかぐらいなんですね。

コノ人の辞書には「速い」とか「魂絞る」とか「頑張る」とかいう文字はないのでありまして、大体がコノおっさんは「酒が飲めりゃなんでもいい」ぐらいの筋金入りのドランカーなんですね。

まぁブルースマンなんて大体そんな人間ばかりなんですが、演奏に支障をきたすぐらいのレベルを常にキープしていた(エンディングや間奏のタイミングを決めないでずっとダラダラやってるからメンバーが勝手に決めてたとか、ライヴ中歌詞が出てこないぐらい当たり前なので、ちゃんと奥さんが横に立ってて、歌が止まったら耳元でその都度ささやいたとか、まぁザラです)のは、コノ人とテキサスのスモーキー・ホグぐらいだと伝説になってるぐらいのへべれけです。

だからその性格と性質上、気合いを入れて激しく演奏するなんてコノおっさんは出来なかったし、そもそもやる気がなかった。でも、人間というのは何が成功に繋がるか分からないというのは、この人の書く曲が、1950年代から60年代、それこそロックンロールの波に押されてブルースが軒並み勢いを失いかけていた頃に、ロックンロールを聴く若者から

「オーイェー、ジミー・リードの曲はロックンロールみたいなブルースだよな♪」

と、若者に大いにウケて、出す曲出す曲どれもヒットしていたこと。

ミシシッピからシカゴに出てきて、とりあえず食うためにカタギの仕事を転々としていたジミーなんですが、若い頃から大酒飲みで、田舎にいた頃からハーモニカとギターに多少の心得があるもんですから

「なんかこー夜は毎日呑んで昼の仕事したくねぇな、そうだ、ブルース唄ってメシが食えればいいんじゃね?」

と、実に適当なことを思い付いて

「今シカゴで一番売れる可能性のあるレーベルってどこ?あ?チェス?マディ・ウォーターズとかハウリン・ウルフとかリトル・ウォルターとかいんの?オレ、3人ともカッコイイなぁ、憧れるなぁって思ってたんだよ、じゃあそこに売り込みに行こう」

と、これまた実に適当に思い付いてチェスに行くのですが

「あー、ごめんね。ウチはマディとウルフとリトル・ウォルターでいっぱいいっぱいなんだ」

と、あっけなく追い返されます。

ここでガックリ来たジミーでしたが、ライヴで一緒に演奏するメンバーで、ドラムを叩いていたアルバート・キングというでっかい男が

「えぇと、今から出来るみたいなんだけどヴィー・ジェイってとこがあるんだと。そこに行けばいいんじゃね?」

と、新興のインディーズレーベルのVeeJayレコードを紹介し、ジミーはそこへ。で、まんまとレコーディング・アーティスト第一号となって、更に「まさかそんなに売れるとは思ってなかった」ヴィージェイのドル箱の看板ブルースマンとして快進撃を続けることになります。

えぇ、このVeeJay、後にジョン・リー・フッカーとか、ジャズのウィントン・ケリー、リー・モーガンとか凄いアーティスト達が60年代に結構な量の作品をレコーディングするんですが、その資金を稼いだのはほとんどジミー・リードだと言っても過言ではありません。ウィントン・ケリーの名盤「枯葉」や「ケリー・グレイト」をいいねと思って聴いているジャズファンの方、いらっしゃいましたらジミー・リードに感謝してください。

さて、皆さん気になることがあるでしょう。

そうです「ジミーにVeeJayを紹介したアルバート・キングというドラマー」なんですが、はい、あのアルバート・キングです。

アルバートはその頃ジョン・プリムという人のバンドにいて、彼がギタリストなもんだから、とりあえずまぁ叩けはするドラムをやってたんですね。で、ジミー・リードと知り合って

「オレのバックで叩いてくれよ」

「うん、いいけどオレ、本業はギターだからドラムはシャッフルぐれーしか叩けねーよ」

「あぁ、オレはそういう曲しかやらねぇからいいんだよ」

と、アッサリ決まったんだそうです。

後に

「ジミーはアイツぁ仕事中なのに酒ばっか呑んでライヴもレコーディングも全然真面目にやんないから辞めた」

と、怒ってバンドを脱退してます。あぁブルース・・・。




【収録曲】
1.Honest I Do
2.Go On to School
3.My First Plea
4.Boogie in the Dark
5.You Got Me Crying
6.Ain't That Lovin' You Baby
7.You Got Me Dizzy
8.Little Rain
9.Can't Stand to See You Go
10.Roll and Rhumba
11.You're Something Else
12.You Don't Have to Go


ジミー・リードの話をしてたら、もうそんなのばっかダラダラ出てきてしょうがないので、アルバムを紹介します。

ジミーは1958年からVeeJayが倒産する1966年までの間に実に10枚のアルバムをリリースしてますが、大体どれも一緒です。「ズッズジャッジャ、ズッズジャッジャ」のシャッフルに「ほぇぇ〜、ほえぇ〜ん」とヴォーカルが入り、ややへにゃったギターに首からホルダーでぶら下げたハープが良い感じにイナタく鳴り響くと。

ワンパターンもいいところで、最初聴いた時は「何これ飽きるんじゃないか!?」と思ったけど、不思議と何十年聴いてても飽きません。ローリング・ストーンズはこの人のダル〜なビート感覚とひなびたサウンドの何ともいえない持ち味を徹底して研究して、キッチリカッチリしたのが身上の英国ロックに大きな風穴を開け、ミック・ジャガーに至ってはヴォーカルのヨレ具合まで完全にモノにしている感がありますが、じゃあお前はローリング・ストーンズのメンバーぐらいジミー・リードを好きなのかと言われたらちょっと自信がありません。

何故ならコノ人の音楽は聴き手に「オレのブルースを聴けぇえ!」と強烈に迫ってくることもなければ、聴き手を一発でノックアウトしてやろうとかそういう野心めいた、いや、悪魔めいたところが実に希薄で「うん、聴きたきゃ聴けばいいよね〜」と、淡々と飄々としている”だけ”なんですよ。でも聴いちゃう、気が付けば何か聴いちゃってる。

困ったなぁ、音楽的なことを真面目に解説しようとすればするほど、この人のユル〜いブルースは、そういう知識や言葉をうにゃうにゃとすり抜けてしまう。そういう人なんで皆さんどうかひとつよろしく。






『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

サウンズパル店主高良俊礼の個人ブログ
http://ameblo.jp/soundspal/
posted by サウンズパル at 12:01| Comment(0) | TrackBack(0) | ブルース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月05日

ランシド ・・・アンド・アウト・カム・ジ・ウルヴス

4.jpg
ランシド/・・・アンド・アウト・カム・ジ・ウルヴス
(Epithph/エピック)

丁度ニルヴァーナの大ブレイクで、それまで洋楽の激しいロックといえば、ヘヴィメタル一辺倒だった洋楽に、空前のオルタナティヴ・ロックという新しいムーヴメントが吹き荒れました。

アタシら世代(当時の高校生)のロック小僧やギター小僧達が、ヘヴィメタ雑誌を講読してキャッキャ言ってたのが、もうあっという間にロッキンオンとかロッキンfとかクロスビートとか、それまでは「なんでぇ、あんな軟弱な雑誌」と、どちらかというと馬鹿にしてたのが、ニルヴァーナとかソニック・ユースとかレッド・ホット・チリ・ペッパーズとかの情報ほしさに最初はコッソリ、段々堂々と、最終的には結構得意気に読むようになって、口の悪いヤツは「メタルとかだっせぇ」とか、ほんの短期間、そう、ほんの数ヶ月ぐらいで言うようになって、あぁ、これが流行ってやつか・・・。と、その時初めて流行の移り変わりを実感として初めて体験した覚えがあります。

でも、当時ニルヴァーナが大ブレイクしたからと言って、出てくるバンドが全部ニルヴァーナみたいなものだったかと言われると、そうではなかったと思います。

「オルタナティヴ」のくくりに入れられてはいても、パンクっぽいもの、ヘヴィメタルの暗黒な要素を強く持つもの、よりカジュアルでポップなものなど、そのジャンルにはたくさんの個性や表現スタイルの違ったバンドがおりました。

そりゃそうでしょう、元々それまでの”ロック”に当てはまらない、何か新しい個性を持っている、カテゴライズが難しいものを「オルタナティヴ」の中に全部詰め込んで、メディアがそう読んでいた訳ですから。

そんなこんなで、90年代というのは、ロックという音楽が多様化を極めた最初の時代です。

常に”新しい何か”に向いていた若者の目は、多様化に背中を押される形で、ルーツにも向けられました。

それが70年代のパンクロックのシンプルかつストレートな音楽性とスピリッツでした。

元々アメリカのインディーズ・シーンは、メタルが流行ろうがオルタナが出てこようが、パンクが下支えしていた時代が長く続いていて、モトリー・クルー、ガンズから、メタリカやニルヴァーナ、レッチリといったメタル/オルタナのブレイクしたバンド達は、パンクロックへのリスペクトに言葉を惜しまず語っており、また「地元シーンでクールなのは・・・」と語る先輩や後輩のバンドには、正統派なパンクやハードコアのバンドも数多くいて、それぞれがそこそこ有名になって、徐々にパンクも復権していた頃、グリーン・デイが大ブレイクして、そこから日本でのお馴染みの、空前のネオパンク/メロコアブームが、オルタナやグランジと入れ替わるような形で吹き荒れます。

この時はポップで軽くて一緒に歌えるバンドが多かったですね。

でも、そんな中で80年代ハードコアのまんまな出で立ちと硬派でエッジの効いた音楽性を持っていたランシドは独特で、ブームを牽引しながらもブームとは毅然と並立しているようなカッコ良さがありました。

1993年にファースト・アルバム「ランシド」でデビューして、翌94年にはセカンド・アルバム「レッツ・ゴー」を出したランシドでしたが、サウンドの他を寄せ付けない強靭さはあれど、この時はまだまだ一部の相当にコアなパンク好きにしか知られていないバンドでしたが、95年にリリースした三枚目のアルバム「・・・アンド・アウト・カム・ジ・ウルヴス」に収録のナンバー「タイム・ボム」がヒットして、一部のパンク好きから洋楽全般を好む若いファンにも広く受け容れられるようになり、90年代を代表するパンクロック・バンドとしての評価を不動のものとしていきます。





【収録曲】
1.マクスウェル・マーダー
2.ジ・イレヴンス・アワー
3.ルーツ・ラディカルズ
4.タイム・ボム
5.オリンピア WA.
6.ロック、ステップ・アンド・ゴーン
7.ジャンキー・マン
8.リステッド M.I.A.
9.ルビー・ソーホー
10.ダリー・シティ・トレイン
11.ジャーニー・トゥ・ジ・エンド・オブ・ジ・イースト・ベイ
12.シーズ・オートマティック
13.オールド・フレンド
14.ディスオーダー・アンド・ディスアレイ
15.ジ・ウォーズ・エンド
16.ユー・ドント・ケア・ナッシン
17.アズ・ウィキッド
18.アベニューズ・アンド・アレーウェイズ
19.ザ・ウェイ・アイ・フィール


1995年の、確かコレ、夏の終わりに出たんですよ。

アタシは夏休みで帰省してて、昼は実家で働いて、夕方からはビヤガーデンでバイトしてたんですけど、そん時丁度ブルース中毒の症状が出始めたのと、その前の年にやっぱり帰省してハマッたランシドの新しいアルバムがリリースされるのを、もうすごく楽しみにしてたんですね。

で、実家とビヤガーデンでバイトしたお金はブルースのCDとランシドでほとんど綺麗になくなったというどうしようもない話は置いといて、ファーストもセカンドも最高に荒削りで、やさぐれそのまんまの音が脳天にガンゴン飛んでくるあの感じが大好きだったんで、レコーディングとかどうやってんだろうと思ったら、ほとんどが一発録りで20曲ぐらいアルバムに入ってるくせにレコーディングには1週間もかけてないとか、そういう話読んで「おぉ、これぞパンクスピリッツ!」とか、アタシ喜んでたんです。

で「・・・アンド・アウト・カム・ジ・ウルヴス」は、初めてちゃんとしたプロデューサー迎えて1ヶ月以上製作にかけたアルバムだと聞いて、ちょっと勢いとか削がれてたりすんじゃないのか?ポップになってたらどうしよう?とか、前からとても共通点を感じていたクラッシュみたいに、三枚目だからロンドン・コーリングみたいなジャンルレスなアルバム出すんじゃないのかな?とか、不安と期待は入り混じっておりましたが、そんなの関係ないとばかりに相変わらず硬派でストレートで、前作前々作からは上手に音のゴワゴワを抑えて変わりにより鋭く威力のあるものにしたサウンドが、一発目から頭に刺さりました。

ヒットした「タイム・ボム」からしてリズムがスカなんですよね、で、実はこのアルバムの中では音楽の幅を広げようとリズムやアレンジ(つってもギター2本に、曲によってせいぜいオルガンがちょこっと入っただけの男らしい編成)に相当な工夫をしてあって、で、歌詞と見事に連動した楽曲も、見事に一緒に歌えるようなものが多いのですが、ストレートに”響く”と”余計なものがない鋭さ”は、ランシドのアルバムの中でも際立っているような気がします。



一言でいえばものすごくパンクなんです。

「何がどうパンクなの?」

と言われれば

うん、そういう疑問を持ってる人が聴いて”やべ!カッコイイ!すごくパンク!!”と思えるアルバムだからなんだよ。と答えます。







”ランシド”関連記事


『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

サウンズパル店主高良俊礼の個人ブログ
http://ameblo.jp/soundspal/
posted by サウンズパル at 19:23| Comment(0) | TrackBack(0) | ロック/ポップス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月03日

レニー・トリスターノ ニュー・トリスターノ

5.jpg
レニー・トリスターノ/ニュー・トリスターノ

「毒を食らわば皿まで」

という言葉が好きなので、今日もしつこくレニー・トリスターノをご紹介致します。

トリスターノという人は、その音楽同様にとてもストイックな人で、自分にも他人にも妥協をいうものを一切許さない性格でした。

そんな人ですので、多くの弟子を育てつつも、音楽以外のことでツルんだりフザケたことをやったりする、いわゆる”お友達”のクルーは持ちません。

むしろ高潔な人ですから、酒や麻薬やギャンブルに溺れるミュージシャン達の集団には「お前たちは何故音楽に集中しないのか」と、イライラしながら見ていたんだろうと思います。

トリスターノはだからレコード会社との関係性も、より高潔なものを求めました

一人の芸術家として扱うこと、レコードの中身に関しては完全なる主導権を自分に取らせること。

メジャーレーベルのアトランティックと契約する時も、トリスターノの契約条件はレコード会社にかなり厳しめの注文が並んでいたといいます。

ところが言うまでもなくレコード会社というのは「売れるもんを作ってなんぼ」であります。

売れることなど一切考慮に入れず、ただひたすらに厳しく己の世界を追究するトリスターノに

「いや、先生。もっとこういう風にした方がリスナーも喜ぶかと・・・」

と、ちょくちょく言ってくるレコード会社に

「いや、私はもっとこう表現の高みを感じられるものを作りたい」

と譲らないトリスターノ。

更にトリスターノが

「レコーディングしたい」

と言っても

「いやぁ、あまり売れないからなんとかかんとか」

と、何かと理由を付けてそれを先延ばしにするレコード会社。

結局メジャー契約をしてもなかなか売り出すチャンスを掴めないアトランティック側の苛立ちと、満足行くリリースをさせてもらえないトリスターノの不信感は募るばかりで、遂にはトリスターノの方が

「お前らなんぞもう知らんわい!」

と、1960年代以降は自主レーベルを作ってそこから作品を出すことを決めて、以後彼は亡くなるまで特定の商業レーベルからのリリースはほとんど行いませんでした。


で、今日なんですが、ご紹介するのはそんなトリスターノ先生が、大手アトランティックから出した貴重な二枚のアルバムのうち、昨日ご紹介した「鬼才トリスターノ」とは対になって語られる「ニュー・トリスターノ
」であります。






【パーソネル】
レニー・トリスターノ(p)

【収録曲】
1.ビカミング
2.C マイナー・コンプレックス
3.ユー・ドント・ノウ・ホワット・ラヴ・イズ
4.デリバレイション
5.シーン・アンド・ヴァリエイションズ
6.ラヴ・ラインズ
7.G マイナー・コンプレックス


1962年、トリスターノがレーベルに「怒りの起き土産」として最後に残した作品は、あの鋭い切れ味と容赦ないほど硬質で透明で重厚な美学の結晶といえる「鬼才トリスターノ」よりも更に容赦ないトリスターノの完全ソロ・ピアノ作であります(!)

先に結論から言っておきますと、ジャズという音楽に・・・・、いや、音楽に打ちのめされたい!

と、思う方はもう有無を言わさずお聴きなさい。

冷徹にすら思える崩れないリズム、鍵盤に打ち下ろされる凍ったハンマーのような打撃力の強い音塊、バッハ、シェーンベルクからと思われるクラシカルな(雰囲気で酔える”柔らかクラシック”ではないっす)ハーモニーなのに、ズンズンと直角な渦を描きながらいつのまにか奇妙に歪んで横に横に伸びてゆくメロディーとリズム。

ここにはトリスターノの全てが詰まってます。

一言でいえば「空前絶後」いや、相当に古い音源なんですが、古さは一切なくて、かといって派手な新しさもなくて、ただもう音楽の核。それも太陽から遠く離れた冷たい惑星の限りなく絶対零度に近い氷の核、そのカッコ良さと圧倒的な質量だけがここにあります。

たとえば左手が4分音符で綺麗なベースラインを弾く上に、わざと強引に8分とか16とかの拍の違う右手を重ねて、それが寸分の狂いもなく流れていく。そこから生まれるグルーヴは、前にも言いましたが決して「ノレる、踊れる」グルーヴではないのですが、大きく空間を歪めて揺さぶって、聴く人の神経に直接作用する危険極まりないものなんです。

で、右手のフレーズも、通常だったらメジャーかマイナーの音階で、どこかで「パタン」とオチを付けて途切れるところを、オチを持って来ずに敢えて繋がりをうにょうにょと融解させて、息継ぎナシで延々と繋げてゆく。この”ブレスなし”のどこへ連れていかれるか分かんないフレーズが生む、これまた特異なグルーウも大変にヤバイんです。

このヤバさを体験しないでここまで読んでしまった人は、もう半分ぐらい中毒なんで、トリスターノを何でもいいから今聴いておくべきです。











”レニー・トリスターノ”関連記事




『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

サウンズパル店主高良俊礼の個人ブログ
http://ameblo.jp/soundspal/
posted by サウンズパル at 19:23| Comment(0) | TrackBack(0) | ジャズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする