2017年08月14日

アーチー・シェップ フォア・フォー・トレーン

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アーチー・シェップ/フォア・フォー・トレーン
(Impulse!/ユニバーサル)

只今ブログで「大コルトレーン祭」と題しまして、ジョン・コルトレーンの特集をやっております。

もちろんこの特集は「ジャズの巨人にして音楽の偉人、ジョン・コルトレーンを多くの方に知ってもらい、聴いてもらおう!」という気持ちでやっておりますが、コルトレーンという、とりあえずジャズの中でも超有名の部類に入るコルトレーンを知って、共演者とか関係するミュージシャンのプレイを聴いて

「お、これは知らんかったなぁ、この人の演奏をもっと聴いてみたいぞ」

と、どんどんジャズの脇道に逸れていっても全然OK、むしろ音楽の聴き方としては、どんどん脇道に逸れながら知らない音楽を知っていくってのが本当に楽しいし、実りのある聴き方だと思いますんで、このブログをお読みのピースな音楽好きの皆さん、もしブログ中で知らないアーティストとかのことが書いてあったら(ジャズに限らず)、試聴でも何でもいいんで、ぜひとも聴いてみてくださいね。

というわけで本日は「コルトレーンの関係者」として、バンドメンバーでこそなかったけれども、とても重要な人として、アーチ−・シェップ兄さんでございます。

コルトレーンが活躍した1960年代は、彼を中心にした”新しいジャズの人脈”がシーンに大きく形成された時代でもありました。

特にコルトレーンは、セシル・テイラー、オーネット・コールマンらと共に、それまでの「心地良く聴くジャズ」の概念からちょいと逸脱した、いわゆる”ニュー・ジャズ”(後にフリージャズと呼ばれるよ)の有力な親分として、若いモンにも慕われてましたし、また、彼の所属するレーベル”Impulse!”も、ニューシングを合言葉に、コルトレーンの周囲に集まる個性的で前衛的な音楽性を持っておる若いのを常に探しておりましたので、彼らはコルトレーンの知己を得て、Inpulse!からレコード・デビューというのが、ジャズの世界のひとつの流れとして形成されておりました。

そうやって梁山泊のようなImpulse!に集まってきた若手フリージャズ・ミュージシャンといえば、アルバート・アイラー、ファラオ・サンダース、マリオン・ブラウン、そしてアーチー・シェップであります。

で、アタシはこのアーチー・シェップという人、個人的に”シェップ兄さん”とつい呼んでしまうぐらい好きです。

何でかっつうと、コノ人は非常に人間臭い。

や、アイラーもファラオもマリオンも、とても魂のたぎったヒューマンな音楽をやっていて、人間臭いという意味では他のジャズマンよりも頭3つ分ぐらい飛び抜けた人達ではあるんですが、コノ人達はミュージシャンというよりは修行僧とかそんな感じの人達です。

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(左からアルバート・アイラー、ファラオ・サンダース、マリオン・ブラウン)

何というか、彼らは非常にピュアで素朴な人達で、演奏を聴いてもキャリアを見ても、もう生粋の、根っからの音楽バカというか、音楽や表現の事に対して、余計なことは一切考えずにまっしぐらに突き進むタイプなんですね。個性は違えど、コルトレーンとは”同種”でありましょう。


で、そんな中一人異彩を放つシェップ兄さんはどうか

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うん、写真で見ても、ミュージシャン、運動家、活動家、頭の切れるヤクザの若頭、不動産屋、カネ持ってる寺の住職の普段着・・・。見ようによっては何にでも見えてしまう、でもキャラだけは強烈に濃い。そんな風情がありますねぇ。

実際にシェップ兄さんは、音楽的にも時代時代で様々な変換を経ております。

ザックリと

・(60年代)フリージャズの闘士としてバリバリに激烈な演奏をしてた。アフリカ音楽の要素もちゃっかり取り入れてた

・(70年代)”ブラック”をキーワードに、ソウルやファンク寄りの演奏を繰り広げる。アフリカ音楽に接近した演奏もちゃっかりやってる

・(80年代〜今)フリーやブラックな感じを上手に残しつつ、スタンダードやバラードを、オーソドックスなスタイルで吹いている

な感じで、割とその時代その時代の”注目されるもの””受け入れられそうな感じ”に敏感な嗅覚を活かしてスタイルを変えて対応していった感がしないでもないです。


そして、デビューからコルトレーンが亡くなる前後、兄さんは影響力のあったコルトレーンに必死で近付いて、そのネームバリューを自分のためにガンガン活用していったフシもあるんですよ。

節目節目で「○○フォー・トレーン」というアルバムを出しているし、コルトレーンの『アセンション』『至上の愛』ではスタジオに入ってるし(呼び集められた『アセンション』はともかく『至上の愛』はカルテットの録音なのに何故?という気がします)、多分何かコルトレーンの動向を掴んで「やぁやぁ、遊びに来ましたよ」といった具合に押しかけていったんでしょうな。

悪くいえばあざとい、抜け目ない。思いっきり計算に基づいた俗っぽい感覚で、ピュアでまっすぐな人の多いコルトレーン一家の中で”ワシがワシが”のズカズカ丸出しでその地位とスタイルを確立したシェップ兄さん。

こう書くとディスってるとか思われそうですが、アタシはそんな俗っぽいところこそがコノ人の魅力であり、シェップ兄さんの抜け目のなさが、ともすれば閉鎖的なものになりがちな前衛ジャズのシーンの実際に起爆剤になり、色んな層の人達に、そういう音楽も聴くきっかけを与えたと信じております。

それに、無節操にやるのも、コルトレーンみたいな音楽に対してストイックな人に、自分をズカズカで売り込んでその成果をモノにするのも、長いキャリアを音楽家として生きていくのも、並外れた実力がないと出来んことだと思うのですよ。

何よりシェップ兄さんは時代毎にスタイルは変えましたが、プレイそのもの、特にテナーの音色自体は一貫して火傷しそうなぐらいアツくて八方破れでずーーっと一貫してます。そしてどんなスタイルの音楽をやろうが、根っこのところに濃厚な”ブルース”を感じさせてくれます。だから皆さん、シェップ兄さんを聴きましょう♪






【パーソネル】
アーチー・シェップ(ts)
アラン・ショーター(flh)
ラズウェル・ラッド(tb)
ジョン・チカイ(as)
レジー・ワークマン(b)
チャールズ・モフェット(ds)

【収録曲】
1.シーダズ・ソング・フルート
2.ミスター・シムズ
3.カズン・メアリー
4.ナイーマ
5.ルーファス


さて「コルトレーンとの重要な関係」という意味で本日皆さんにご紹介するのは、兄さんがコルトレーンの推薦でImpulse!とめでたく契約を交わしてリリースした最初のアルバム「フォア・フォー・トレーン」であります。

「オレはコルトレーンとこんなに親しいんだぜ!」と言わんばかりのタイトルにジャケットで、あぁ最高とウットリしますね。で、中身もオリジナル曲の「ルーファス」を除いて全部コルトレーン・ナンバーで固めた、戦略仕様で、「で、どうなんだ?」と思うんですが、これが実にオリジナルな、シェップ兄さんの個性/俺節が炸裂しておるんです。

この人の個性は一言で言うと

「トラディショナルなアレンジに破天荒なアドリブ」

です。

テナー、アルト・サックス、フリューゲル・ホルン、トロンボーンの4管をフロントに配した重厚なアレンジで、リズムや展開そのものは、モダン・ジャズ以前のスウィングっぽいというか、実に地に足の付いた安定感があります。

で、しっかりしたリズム、しっかりしたホーン・アンサンブルをバックにシェップのソロがアドリブでブルージーな「ゴリゴリギャリギャリ〜!」という金属音をけたたましく響かせながら徐々に、そして瞬間的にぶっ壊れてゆく、その壊れ方が快感のツボにビシバシはまってくるんですね。

しかも、それぞれの曲をオリジナルのコルトレーンの演奏で聴くと、とってもシャープで都会的な感じがしますが、それらをまるで昔からジャズのスタンダードとして当たり前にある曲であるかのように、土着のブルース・フィーリングをドロドロに絡めて「さぁ喰らえ!」とガンガン叩き付けてくるからもうたまらんのです。

アーチー・シェップという人は「コルトレーンに影響を受けて自分もそうなろうと思った人」ではなくて、コルトレーンという色んな意味で大きな影響力を持っていた人に、野心ギラギラで自分自身の個性を遠慮なくぶつけていきながら、ミュージシャンとして成長を重ねた人なんだろうなぁと思います。やっぱりとても人間臭いですね。



”アーチー・シェップ”関連記事




『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

サウンズパル店主高良俊礼の個人ブログ
http://ameblo.jp/soundspal/

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2017年08月12日

デューク・エリントン&ジョン・コルトレーン

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デューク・エリントン&ジョン・コルトレーン
(Impulse!/ユニバーサル)


2000年年代以降「リスペクト」という言葉を若い人達が使うようになって、アタシは凄く嬉しく思っております。

リスペクトっていえば、尊敬とか敬意を払うということですね。はい、尊敬とか敬意とかいうのは、人間関係の根幹であり、最も深い部分に美しく根ざすものだと思うんです。

家族や友達など、近しい間柄での信頼に根差したリスペクトも素晴らしいですが、やっぱりアタシは、年齢とか趣味とかものの考え方とかが違っても、どこか尊敬できるものを他人に感じる「いや、あの人とは考え方違うけど、正直凄い人だと思う」とかいうのこそ、大いなる敬意、つまりリスペクトだと思いますね。

さてここに、そんな”リスペクト”に満ち溢れた素晴らしい一枚のアルバムがあります。

タイトルは『デューク・エリントン&ジョン・コルトレーン』。

はい、戦前からジャズの代表的なビッグバンド・リーダー、ピアニストと呼ばれ、ずっと人気と尊敬を一身に集めてきたデューク・エリントンと、戦後60年代以降の”新しいジャズ”のリーダー格として売り出し中だったコルトレーンとが、年齢やスタイルの違いを越えて、美しい音楽を魂と魂の大いなる交感で作り上げた素晴らしい作品です。

録音年月日の1962年9月26日といえば、コルトレーンが丁度『バラード』を録音していた時期ですね。つまりこのアルバムはレーベル側の

「ジョン、アグレッシブないい感じのアルバムは結構出したから、そろそろ落ち着いて聴けるバラードか何かでも作ろうか。古くからのジャズファンにも”お、アイツはちゃんとしとる”って思われるようなジャズアルバムをさ」

といった意向に沿ったものと思われます。

レコーディングはたった一日だけ、しかしあのエリントン(当たり前ですが当時どのミュージシャンからも尊敬されていました)が来るとなれば、コルトレーンのテンションはかなり上がったでしょう。

エリントンにしてみれば

「あぁ、そういえばインパルスのボブ・シールがスタジオに来てくれって言ってたな。誰のレコーディングだったか・・・。あぁそうそう、ジョン・コルトレーンとかいう子だよ。私はよく知らないが、ジョニー(ホッジス)のバンドに一時いた若い子らしいね」

ぐらいのもんだったと思いますが、エリントンの偉いところは、相手が若造だろうがよく知らない相手であろうが、「あ、コイツの音楽は本気だな」と分かればスッと懐に入って行って、一人のミュージシャンとしてそれに応えるところであります。



デューク・エリントン&ジョン・コルトレーン

【パーソネル】
デューク・エリントン(p)
ジョン・コルトレーン(ts,ss)
アーロン・ベル(b)
ジミー・ギャリソン(b)
サム・ウッドヤード(ds)
エルヴィン・ジョーンズ(ds)

【収録曲】
1.イン・ア・センチメンタル・ムード
2.テイク・ザ・コルトレーン
3.ビッグ・ニック
4.スティーヴィー
5.マイ・リトル・ブラウン・ブック
6.アンジェリカ
7.ザ・フィーリング・オブ・ジャズ

(録音:1962年9月26日)


実際に、このアルバムのセッションも、ジャケットが表すように緊張しているコルトレーンのところにェリントンがスッと寄って行って

「大丈夫だよ、君は君のスタイルでやればよい。君はサックス奏者だろう?なら私は君のプレイが映えるような伴奏をしよう」

と、優しくささやきながら行っているかのようであります。

アルバムにはのっけから名演が入っておりまして、美しいピアノが心地良い静かな時間の流れを導き、それに呼応するテナーが上質な歌を紡いでゆく「イン・ア・センチメンタル・ムード」。もうこのアルバムがどんなアルバム?って問いには「これをお聴きなさい」で全て答えられるぐらいの美しいバラードです。

この曲はエリントンが、看板ソロイストであったジョニー・ホッジスの、甘くとろけるようなアルトをフィーチャーした演奏を多く残した、いわばエリントン版「サックスのための協奏曲」とでも言える曲です。

しかも、そのアルト奏者のジョニー・ホッジスというのは、サックスを始めたばかりの頃のコルトレーンにとってはもう神様みたいな憧れのアイドル。で、目の前にいるのはホッジス通り越してデューク・エリントン。

そのデュークが「イン・ア・センチメンタル・ムードをやろうか。君、吹いてごらん」とニコニコして言ってる。普通に考えて何この神シュチュエーション!という事態でしょう。

で、ここからが”リスペクト”です。

コルトレーン、恐らくはエリントンやホッジスに対する、もうほぼ万感に近い思いをテナーに込めて吹いてます。当たり前ですがいくらホッジスに憧れてて、エリントンに並ならぬ敬愛の念を持っているからといって、まんまホッジスのようなスタイルではやらない。それやるとかえって失礼だということを心得ているコルトレーン。彼のテナーから芳香と共に放たれるのは、繊細でシャープな輪郭の、まぎれもなくコルトレーンのトーンとメロディです。

2曲目以降も、終始リラックスした極上の雰囲気の中、両者互いに敬意を払いながら、絶妙に自分のスタイルを織り交ぜながら演奏をしております。

コルトレーンがソロを吹いている間はバッキングに徹して、しかも絶妙な”間”と”空間”をそこに敷いてゆくエリントンのピアノ、本当に素晴らしいですね。そのエリントンの”間”を察知したコルトレーンも、どの曲でも吹き過ぎず、得意の”シーツ・オブ・サウンド”奏法の核の部分だけを抽出したような、中身の濃い演奏で聴かせてくれます。

レコーディングの最中、緊張でうまく表現できないと悩んだコルトレーンは「もう一度録音していいですか」と、切羽詰まった感じで言ったそうですが、エリントンは「どうしてもう一度録るんだい?一度やって素晴らしい演奏が録れた。それで十分じゃないか」と答え、コルトレーンは自分の一番痛いところを突かれた上で、ジャズの極意を諭されたような気持になったといいます。

たった一回のセッション、全曲ワン・テイク。そしてコルトレーンのことをよく知らないエリントン。もし、何度かレコーディングを重ねたら、コルトレーンにも”激情スイッチ”が入ってガンガンに吹きまくる展開があったでしょうし、それに応えたエリントンが「マネー・ジャングル」で見せたような本気を出して、コルトレーンをねじ伏せる瞬間もあったかも分かりません。

でも、アタシはこのアルバムに関しては、この距離感、このお互いに敬意を払い合いながら音楽的な”優しさ”の部分を絶妙な間合いで溶け合わせた演奏こそが至福だと思います。









posted by サウンズパル at 11:54| Comment(0) | 大コルトレーン祭 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月09日

マリオン・ブラウン ラ・プラシータ 〜ライヴ・イン・ヴィリサウ

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マリオン・ブラウン・カルテット/ラ・プラシータ 〜ライヴ・イン・ヴィリサウ
(Timeless/Solid)

1960年代に”フリー・ジャズの闘士”としてデビューし、世に紹介されながら、その実全然闘士じゃない。

たとえばコルトレーン史上最大の過激な問題作とされる『アセンション』に名を連ねる11人衆の一人として参加しながらも、激烈だったり先鋭的だったり猛烈だったりする他のホーン奏者達の中で、一人「ぱら〜ひゃら〜」と、何ともいえないユルさを醸すアルト・サックスを吹いていたのがマリオン・ブラウン。

アタシは『アセンション』や、アーチー・シェップの『ファイヤー・ミュージック』という、これまたImpulse!レーベルに録音された60年代の過激派ジャズの名盤と言われるアルバムなんかでこの人を知って、そのアブストラクトな音楽解釈と、別の次元のユルさやのどかさを感じさせるちょっと変わった音楽性と、繊細で澄み切ったアルトの音に惚れて、大好きになったアーティストです。

1930年代にアメリカ南部のジョージアで生まれ、ミュージシャンを目指してニューヨークへ出てくるも、どうやら仕事がなかったようで、古本屋の店員として働いてたら、その古本屋に常連として来ていたのがコルトレーンやアーチー・シェップ、ファラオ・サンダースとかいう人達で、文学や哲学、絵画や演劇など、彼らが欲する芸術関連の事柄に博識な店員さんのマリオンと親しく話すうちに、彼が実はミュージシャン志望で、アルト・サックスを吹くという事が判明し、コルトレーンが

「マリオン、君アルト吹くんだって?」

「うん、ちょっとね。一応学校で音楽理論とかの勉強もしたよ」

「そっかぁ、君は芸術全般に深い知識を持っているから、きっと個性的な演奏も出来るんだろう」

「いやぁ、勉強して理論は得意なんだけど、下手くそだからそっちの仕事にはなかなかありつけないんだ」

「(聞いてない)俺ね、今度新しい感性持った連中と一緒にアルバム作ろうかと思ってるんだ(メンバーにはまだ言ってないけど)。よかったら君参加してくれよ」

「え?いやいや、ボクは本当に下手だよ。君と一緒になんてそんな・・・」

「大丈夫、ホーン奏者は俺も入れて全部でえーっと・・・結構な人数いるから、好きに吹いてくれればいいから」

「え?いや・・・あの・・・その・・・」

といった具合に、半ば強制的に誘われて参加した『アセンション』のセッションが、マリオンのレコードデビューだったんですね。

で、マリオンはやっぱり演奏は下手です。

や、こんなこと言うと語弊があるかも知れませんが、この時期はみんなが基本として習得していたビ・バップの複雑で速いスケール展開を、もしかしたらちゃんと習得してなかったんじゃなかろうかと思えるフシがあります。

ただ、音色はそんじょのサックス吹きに負けないぐらい透明で美しく、何より「ぷわー」と吹くフレーズそのもので情景を描くセンスみたいなのは、ちょっと他の誰とも似ていないぐらい個性的で、磨かれたセンスがあるのです。

マリオンは、そういう意味で単なるアルト・サックスの演奏家というよりは、トータルな音世界を描く芸術家と言った方が良いでしょう。

『アセンション』の後はESPレーベルから実験的なソロ・アルバムを出し、そこで形式的には”フリー・ジャズ”とカテゴライズされてもいいような自由な即興演奏を聴かせてくれますが、やっぱりどんなに力んで過激なフレーズを吹こうとしても、どんなにアブストラクトにメロディーを解体しようとしても、この人の演奏からは、どこかのどかで大らかで、そしてすごくすごく繊細な、絵画のような心象風景が淡く浮かびあがってくる。

これに感動したアタシは、いつしかマリオン・ブラウンを”癒し系フリー・ジャズ”と呼ぶことになりました。

アメリカ南部のジョージアで生まれ育ったマリオンは、小さい頃から教会の土着的なゴスペルや、街にやってくるブルースマンやストリング・バンド、或いはまだ南部では消えていなかったメディスン・ショウやボードヴィル・ショウ(行商隊が大道で客寄せのために行う音楽とか演劇とかそういうやつ)なんかもちっちゃい頃に見ておったでしょう。

そういうアメリカ南部という土地で吸収したものを、持ち前の知識と感性で、幻想的に吐き出すことを、彼は最初から”ジャズ”というジャンルを通り越して表現したかったのかも知れません。

70年代になると

「よし、俺はこれでいいんだ」

という清々しい開き直りが出てきて、トータル・コンセプトに優れた、まるで映画のサウンドトラックのような、ジャズありポエトリー・リーディングあり、アフリカンテイストあり、クロスオーバーありの、美しい美しいアルバム達を、世に送り出すようになるんです。

そして70年代後半、自分が作曲した過去の曲やジャズのスタンダード・ナンバーを、今度は自分のアルト・サックスを中心に、シンプルなバンド編成で演奏することに目覚めて、ライヴやレコーディングに精を出すんですが、今日ご紹介するのはその中でも「あれはいいよね〜♪」と、何となく聴く人みんなを幸せな気分にさせてくれる素敵なライヴ・アルバム。





【パーソネル】
マリオン・ブラウン(as)
ブランドン・ロス(g)
ジャック・グレッグ(b)
スティーヴ・マクラヴァン(ds)

【収録曲】
1.ラ・プラシータ
2.フォーチュナート
3.ソニームーン・フォー・トゥー
4.ポスコ
5.アイム・ソーリー
6.ソフト・ウインズ

1977年に、スイスのヴィリサウというところで行われたライヴを収録したアルバムですね。

77年といえば、モダン・ジャズのブームはとっくに過ぎて、マリオンらが盛り上げていた前衛ジャズも昔の話。

世の中は空前のディスコ・ブームで、ジャズの人達も、若手の連中はマイルスやハービー・ハンコックに続けとばかりに電気化したポップな音楽をこぞってやっていた頃でありました。

が、マイペースなマリオンは

「それならそれで別にいい」

とばかりにアコースティックな編成(ギターはアンプ通してますが)で、別にロックやファンク要素を強調もしないバンドを引き連れて、世界中の小さなライヴハウスやコンサート会場をドサ回りしたマリオンは、気骨の人といえば気骨の人なんですが、60年代の後半からずっとフランスに住んでマイペースな活動をしていたので、特に世の中の動きとか流行とか、あんま関係ないし別にどうでもいいという気持ちの方が強かったんだと思います。根っからのアーティストであります。

実際の演奏も、そんなマリオンのスタンスがサウンドにもいい感じに表れている、実に自然で肩の凝らないものです。

元々ニューヨークのアンダーグラウンド界隈の住民であった頃も、レコードには「あれ?今のよく聴くとすごくポップじゃない?」という瞬間がちらほらあったどころか、アドリブこそフリーク・アウトするけれども、曲自体はまったり系のカリプソとかだったり、バラードも得意(といってもジャズの人達の”むせび泣く哀愁の”とかそんな感じじゃない、どちらかというと自然界の精霊と交信しているような感じのやつ)だったから、このライヴで再演しているオリジナル曲のカドが取れて、たとえば「ラ・プラシータ」とか、まんま爽やかなトロピカル・チューンになってるの全然違和感ないし、スタンダードのヨレた感じのソウル・ジャズ風味(B)も「いいね、ゴキゲンだね」と自然に聴けます。

で、バックを固めるメンバーの演奏がまた素晴らしいですね、特にギターのブランドン・ロス。

この人は後に80年代のロフト・ジャズ・シーン(というフリー系の流れを組む硬派なジャズですぜ)の中心人物の一人となって、シーンを牽引し、後にプロデューサー/シンガーソングライターとしても才能を発揮する、今の時代のジャズの超大物なんですが、この頃はバークリー音楽院を中退してブラブラしているうちにアーチー・シェップに誘われてプロデビューしたばかりで、そのギター・プレイも若さと、狭い意味での”ジャズ”にも、狭い意味での”前衛”にも囚われない、明るい自由さを感じさせるプレイであります。

特に音色がトロンとしたトロピカルな雰囲気を醸しておりまして、この音色と、ソロフレーズもバッキング・フレーズも常にゆるやかにアウトしているんで、その辺の間隔も演奏中の呼吸もマリオンとはぴったりなんです。

ベースのジャック・グレッグも、ドラムのスティーヴ・マクラヴァンのプレイも、リーダーのマリオンのコンセプト、というかそのユルい性格を熟知しているかのように変幻自在で、ビートの定型はきっちりしっかり守っていながらも、いわゆる紋切型の4ビートは一切やりません。

だからアルバム全体通して聴いても、全く個人的な感想ながら、どこかアフリカとかハイチとかドミニカとか、そういうところの現地バンドの人達が、ジャズをベースにした自分達のオリジナルな音楽を楽しみながら演奏しているようで窮屈さはゼロ。

ものっすごく気合いの入った名盤!という訳でもないし、息を呑むような超絶ウルトラプレイが聴けるアルバムはないです。

でも、聴いている人の気持ちを何となく「いいなぁこれ」と幸せにしてくれるアルバムであることは確かです。

あ、そんなこと言ったらマリオンのアルバムって全部そんな感じなんですよ。そこがいいんだよなぁ・・・♪



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『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

サウンズパル店主高良俊礼の個人ブログ
http://ameblo.jp/soundspal/
posted by サウンズパル at 19:15| Comment(0) | ジャズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする