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2017年08月01日

ジョン・コルトレーン ライヴ・アット・バードランド

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ジョン・コルトレーン/ライヴ・アット・バードランド
(Impulse!)

八月に入りました。

「大コルトレーン祭」は、毎年コルトレーンの命日の7月17日から8月の31日まで

「ジョン・コルトレーンという本気の音楽やってた人のアルバムを聴いて、みんなで豊かな音楽ライフを満喫しようぜ」

という、軽い気持ちで始めた企画であります。

店頭でこの祭をやっていた頃は、それこそそれまでコルトレーンなんて聴いたことなかった人や、そもそもジャズにあんまり興味がなかった人とかも

「お、今流れてるこれ誰?かっこいいね」

「ヤバイっす、飛ぶっす!」

と、まぁそれぞれが様々な反応をしてくださってコルトレーンという”一生モノの音楽”を、その時見付けてくれた。

嬉しかったですね、すごく嬉しかったです。

で、アタシが何故、数あるミュージシャンの中から、コルトレーンをこうやってピックアップしているかということなんですが、まず深い理由として、やっぱり世の中のあらゆる音楽という音楽は、それ聴いた人の心を豊かにしたり、様々な事柄について考える深いきっかけになったり、或いはどうにもならない生きづらさみたいなものを感じてる人の痛みや苦しみに寄り添うようなものだなということ。

もちろん他にも素晴らしい音楽は新旧東西問わず無限にありますが、コルトレーンってそこんところ、つまり「あぁ、いい音楽を聴いたなぁ」とか「あぁ、深い音楽を聴いた」とかいう感動を、ある意味で一番分かり易く伝えてくれる人なんじゃないかと思ったんです。

明るく楽しく、憂さ晴らしをしてくれるような音楽ももちろん結構だし、アタシ自身も大好きなんですが、たとえば悲しくてどうしようもない時に聴くコルトレーンの切々としたバラードとか、息を呑むような凄まじい迫力の演奏とか、これ本当に”効く”んですよ。

ジャズがどうとか、そういうことをとりあえず置いといても、コルトレーンの音楽は「何かを訴える音楽」として最高に深いしカッコイイものだと思いますので、もし、このブログを読んでいてコルトレーンなんて知らないという人がおりましたら、アタシはそういう人のためにこそ書いております。どうか何かのはずみででも結構ですのでコルトレーン、聴いてみてくださいね。決して「軽い、つまんない」とは思わせませんので。

はい、ちょいと能書きが長くなりましたが、今日もそんなディープで切実なメッセージに溢れたコルトレーンのアルバムを紹介しましょう。

コルトレーンがマッコイ、ギャリソン、エルヴィンと組んだオリジナル・カルテットが、結成から少し時間を経てチームワークもばっちりになってきた頃の1963年、当時ニューヨークでは名門と呼ばれた老舗ジャズクラブ”バードランド”で行われたライヴを収録した『ライヴ・アット・バードランド』。

実はコルトレーン、この前の年にエリック・ドルフィーもいたクインテットでバードランドに出演していて、この時の演奏を収めたアルバムも↓として後年リリースされましたが



コルトレーンの生前に、所属していたレーベルから出された公式な”バードランドのライヴ盤”といえばコレなんです。

何といっても必殺マイナー調ジャズ・ワルツのスピリチュアルな名曲『アフロ・ブルー』が入ってますし、ソプラノ持った激しいコルトレーンと、テナーで吹かれる甘いだけじゃない深い味わいのバラードが一枚のアルバムで両方じっくり堪能できます。

つまり「コルトレーンってどんな感じ?」という軽い感じのお問合せにも、素晴らしい演奏でズバッとお答えできる、なかなかにスグレた一枚なんです。

この時期のメンバーによる”黄金のカルテット”には、他のバンドにはない、ちょっと聴いただけで「あ、コルトレーンのカルテットの頃のだね」とすぐに分かるハッキリとしたサウンドがありました。

つまり

コルトレーンのテナーとソプラノは鳴り響く太く鋭い音色で、アツくそして凄まじい速さのアドリブを空間に叩き付ける。

マッコイのピアノはマイナー調のスケールを、力の限り鍵盤に打ち込むように放つ展開と、右手でハッとするような美しいフレーズを転がすように奏でる”押し”と”引き”で聴く人の心をガンガン揺さぶってくる。

ギャリソンのベースは、屋台骨としてアンサンブルに必要なルート音を堅実に提供しながら、特に弦を引っ掻くように「ゴリッ!ゴリッ!」と鳴らして、そのエモーショナルなプレイに凄まじい熱気がこもっている。

そしてバンドの要のエルヴィンのドラム。たとえば10分だったら10分、20分だったら20分の演奏時間の中で常にアクセルを緩めない渾身の一打。ただパワフルなだけじゃなくてその強烈な音を、コルトレーンのアドリブに合わせて細かく変化させることも出来る、まるでリズムそのものに意思があるかのような生々しいドラミングです。

これらメンバーの音が、独特の荘厳で重厚な響きを持った曲の中で一体になって重なり合い、高温で溶け合い、楽曲、メロディ、リズム全部が激しく互いを刺激し合うアンサンブルになるんです。

・・・ふぅ、ちょっとアツくなって説明っぽくなり過ぎましたが、つまりは熱く、重く、切なく狂おしいのがこのバンドならではの音世界。

聴いてるうちに凄まじく揺さぶられます、でももっともっとガンガンに揺さぶってほしくて、コルトレーンを聴きたくなるんです。そして聴いているうちにコルトレーンの激烈な演奏には何か重要なメッセージが込められるんじゃないかといった具合に、体感と思考が更にガンガン揺さぶられます。





【パーソネル】
ジョン・コルトレーン(ts,ss)
マッコイ・タイナー(p)
ジミー・ギャリソン(b)
エルヴィン・ジョーンズ(ds)

【収録曲】
1.アフロ・ブルー
2.アイ・ウォント・トゥ・トーク・アバウト・ユー
3.ザ・プロミス
4.アラバマ
5.ユア・レディ


さぁ、一曲目の「アフロ・ブルー」から、このアルバムはそんなコルトレーン・カルテットの”揺さぶり”が全開です。

「アフロ・ブルー」は、大ヒットした「マイ・フェイヴァリット・シングス」と似た構造を持った、マイナー調のジャズ・ワルツ。

コルトレーンのマイナー展開は不思議ですよね、哀しげなメロディーなのにリズムとテンポが非常に力強く、まるで北アフリカとか中東とか東欧とかその辺の民族音楽を聴いてるかのようなトリップ感に溢れております。

90年代以降クラブDJのリミックスネタとしてよく取り上げられ、ダンスフロアで人気の定番になったエピソードを出すまでもなく、何というか人の心の「哀愁で踊りたい」という本能に火を点けるんですね。コルトレーンは。

そしてこのアルバムのもうひとつの聴きどころは2曲のバラード

「アイ・ウォント・トゥ・トーク・アバウト・ユー」は、初期の名作といわれる『ソウルトレーン』で録音されて以来、コルトレーンがお気に入りとして色んなライヴで演奏してきた曲。

流れるような美しいメロディがすーっと耳に入ってくるスタンダード・ナンバーですが「エンディングでの長い無伴奏サックス・ソロ」が、コルトレーン演奏の醍醐味です。

ここでもラストで無伴奏に突入します、そして、そこからの展開が、もうめくるめくスケール・アウトとふと原メロディに戻る瞬間との波状攻撃で素晴らしいんです。

そしてもう一曲のバラードの『アラバマ』。

これはいわゆるバラードの、甘く愛を奏でる趣旨とはまるで違う、重く悲しく、静かな怒りを秘めた痛切なバラードです。

このアルバムが録音された年に、アラバマ州の黒人教会で、ミサの最中にダイナマイトが投げ込まれ、4人の女の子が犠牲になったという痛ましい事件が起こったんです。

この事件はアメリカ全土を深い悲しみと怒りに包みました、そして日頃から音楽で世界を平和にして、差別とか対立のない世界にしたいと真剣に考えていたコルトレーンにも大変なショックを与えました。

ただ、コルトレーンの場合はこういった痛ましい事件を受けて「あぁ悲しいね」だけでは収まらない、悲しみも怒りも絶望も、一曲のメロディとアドリブの中に全て込めて吹いています。

これはアタシなんかがどうこう言うより、聴いて頂いた方が早い。とにかくコルトレーンという人の、この曲に限らず音楽全般にどんなメッセージを込めていたんだろうかという部分が切実に沁みてきて皆さんに訴えかけると思います。

この日の客入りは少なかったらしく、拍手もまばらで歓声もほとんど聞こえないんですが(これがこのアルバム唯一の不満な点です)、当時のアメリカでクラブでの客入りって多分こんな感じが普通だったんだろうなと思うと切なくなってしまいますが、どこまでもアツく盛り上げる曲と、思考の奥深くに沈み込む曲と、全身全霊で吹き切るコルトレーン本当に凄いです。

この日の生演奏を間近で聴けたお客さんは、どれほどの衝撃を受けただろう、そしてどれほどの”考えるきっかけ”を感じただろうと思います。







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『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』


サウンズパル店主高良俊礼の個人ブログ
http://ameblo.jp/soundspal/
posted by サウンズパル at 19:29| Comment(0) | 大コルトレーン祭 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする