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2017年08月12日

デューク・エリントン&ジョン・コルトレーン

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デューク・エリントン&ジョン・コルトレーン
(Impulse!/ユニバーサル)


2000年年代以降「リスペクト」という言葉を若い人達が使うようになって、アタシは凄く嬉しく思っております。

リスペクトっていえば、尊敬とか敬意を払うということですね。はい、尊敬とか敬意とかいうのは、人間関係の根幹であり、最も深い部分に美しく根ざすものだと思うんです。

家族や友達など、近しい間柄での信頼に根差したリスペクトも素晴らしいですが、やっぱりアタシは、年齢とか趣味とかものの考え方とかが違っても、どこか尊敬できるものを他人に感じる「いや、あの人とは考え方違うけど、正直凄い人だと思う」とかいうのこそ、大いなる敬意、つまりリスペクトだと思いますね。

さてここに、そんな”リスペクト”に満ち溢れた素晴らしい一枚のアルバムがあります。

タイトルは『デューク・エリントン&ジョン・コルトレーン』。

はい、戦前からジャズの代表的なビッグバンド・リーダー、ピアニストと呼ばれ、ずっと人気と尊敬を一身に集めてきたデューク・エリントンと、戦後60年代以降の”新しいジャズ”のリーダー格として売り出し中だったコルトレーンとが、年齢やスタイルの違いを越えて、美しい音楽を魂と魂の大いなる交感で作り上げた素晴らしい作品です。

録音年月日の1962年9月26日といえば、コルトレーンが丁度『バラード』を録音していた時期ですね。つまりこのアルバムはレーベル側の

「ジョン、アグレッシブないい感じのアルバムは結構出したから、そろそろ落ち着いて聴けるバラードか何かでも作ろうか。古くからのジャズファンにも”お、アイツはちゃんとしとる”って思われるようなジャズアルバムをさ」

といった意向に沿ったものと思われます。

レコーディングはたった一日だけ、しかしあのエリントン(当たり前ですが当時どのミュージシャンからも尊敬されていました)が来るとなれば、コルトレーンのテンションはかなり上がったでしょう。

エリントンにしてみれば

「あぁ、そういえばインパルスのボブ・シールがスタジオに来てくれって言ってたな。誰のレコーディングだったか・・・。あぁそうそう、ジョン・コルトレーンとかいう子だよ。私はよく知らないが、ジョニー(ホッジス)のバンドに一時いた若い子らしいね」

ぐらいのもんだったと思いますが、エリントンの偉いところは、相手が若造だろうがよく知らない相手であろうが、「あ、コイツの音楽は本気だな」と分かればスッと懐に入って行って、一人のミュージシャンとしてそれに応えるところであります。




【パーソネル】
デューク・エリントン(p)
ジョン・コルトレーン(ts,ss)
アーロン・ベル(b)
ジミー・ギャリソン(b)
サム・ウッドヤード(ds)
エルヴィン・ジョーンズ(ds)

【収録曲】
1.イン・ア・センチメンタル・ムード
2.テイク・ザ・コルトレーン
3.ビッグ・ニック
4.スティーヴィー
5.マイ・リトル・ブラウン・ブック
6.アンジェリカ
7.ザ・フィーリング・オブ・ジャズ


実際に、このアルバムのセッションも、ジャケットが表すように緊張しているコルトレーンのところにェリントンがスッと寄って行って

「大丈夫だよ、君は君のスタイルでやればよい。君はサックス奏者だろう?なら私は君のプレイが映えるような伴奏をしよう」

と、優しくささやきながら行っているかのようであります。

アルバムにはのっけから名演が入っておりまして、美しいピアノが心地良い静かな時間の流れを導き、それに呼応するテナーが上質な歌を紡いでゆく「イン・ア・センチメンタル・ムード」。もうこのアルバムがどんなアルバム?って問いには「これをお聴きなさい」で全て答えられるぐらいの美しいバラードです。

この曲はエリントンが、看板ソロイストであったジョニー・ホッジスの、甘くとろけるようなアルトをフィーチャーした演奏を多く残した、いわばエリントン版「サックスのための協奏曲」とでも言える曲です。

しかも、そのアルト奏者のジョニー・ホッジスというのは、サックスを始めたばかりの頃のコルトレーンにとってはもう神様みたいな憧れのアイドル。で、目の前にいるのはホッジス通り越してデューク・エリントン。

そのデュークが「イン・ア・センチメンタル・ムードをやろうか。君、吹いてごらん」とニコニコして言ってる。普通に考えて何この神シュチュエーション!という事態でしょう。

で、ここからが”リスペクト”です。

コルトレーン、恐らくはエリントンやホッジスに対する、もうほぼ万感に近い思いをテナーに込めて吹いてます。当たり前ですがいくらホッジスに憧れてて、エリントンに並ならぬ敬愛の念を持っているからといって、まんまホッジスのようなスタイルではやらない。それやるとかえって失礼だということを心得ているコルトレーン。彼のテナーから芳香と共に放たれるのは、繊細でシャープな輪郭の、まぎれもなくコルトレーンのトーンとメロディです。

2曲目以降も、終始リラックスした極上の雰囲気の中、両者互いに敬意を払いながら、絶妙に自分のスタイルを織り交ぜながら演奏をしております。

コルトレーンがソロを吹いている間はバッキングに徹して、しかも絶妙な”間”と”空間”をそこに敷いてゆくエリントンのピアノ、本当に素晴らしいですね。そのエリントンの”間”を察知したコルトレーンも、どの曲でも吹き過ぎず、得意の”シーツ・オブ・サウンド”奏法の核の部分だけを抽出したような、中身の濃い演奏で聴かせてくれます。

レコーディングの最中、緊張でうまく表現できないと悩んだコルトレーンは「もう一度録音していいですか」と、切羽詰まった感じで言ったそうですが、エリントンは「どうしてもう一度録るんだい?一度やって素晴らしい演奏が録れた。それで十分じゃないか」と答え、コルトレーンは自分の一番痛いところを突かれた上で、ジャズの極意を諭されたような気持になったといいます。

たった一回のセッション、全曲ワン・テイク。そしてコルトレーンのことをよく知らないエリントン。もし、何度かレコーディングを重ねたら、コルトレーンにも”激情スイッチ”が入ってガンガンに吹きまくる展開があったでしょうし、それに応えたエリントンが「マネー・ジャングル」で見せたような本気を出して、コルトレーンをねじ伏せる瞬間もあったかも分かりません。

でも、アタシはこのアルバムに関しては、この距離感、このお互いに敬意を払い合いながら音楽的な”優しさ”の部分を絶妙な間合いで溶け合わせた演奏こそが至福だと思います。









posted by サウンズパル at 11:54| Comment(0) | 大コルトレーン祭 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする