2017年08月15日

ニューシング・アット・ニューポート

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ジョン・コルトレーン&アーチー・シェップ/ニューシング・アット・ニューポート
(Impuslse!/ユニバーサル)


さてさて、昨日はコルトレーンの関係者の一人としてアーチー・シェップという兄さんがとても重要なんだよということをお話ししました。

1960年代は、コルトレーンの影響を受けたサックス奏者が次々出てくる中で、実にシェップという人は、自らの持つ、前衛と伝統の深い部分を掛け合わせた個性でもって、コルトレーンのスタイルに真っ向から挑んだ。

と、同時に持ち前の頭の良さと売り込み能力で、コルトレーンとも、所属するインパルスレーベルとも密接な関係を築き上げることに成功した人であり、アタシはこの人のプレイヤーとしての激烈で猪突猛進なスタイルと、冷静で分析力のあるプロの音楽家としての顔とのギャップが非常に面白いと思いつつ、そのどこまで人間臭いキャラクターにぞっこん惚れております。

はい、今日も大コルトレーン祭の一環で、コルトレーンのアルバムを紹介するんですけどね、今日ご紹介するのは、そんなシェップ兄さんとコルトレーンとが連名でリリースしたアルバム『ニューシング・アット・ニューポート』であります。



【パーソネル】
(AB)
ジョン・コルトレーン (ts,ss)
マッコイ・タイナー (p)
ジミー・ギャリソン (b)
エルヴィン・ジョーンズ (ds)

(D〜H)
アーチー・シェップ (ts)
ボビー・ハッチャーソン (vib)
パール・フィリップス (b)
ジョー・チェンバース(ds)


【収録曲】
1.ノーマン・オコナー神父による紹介
2.ワン・ダウン、ワン・アップ
3.マイ・フェイヴァリット・シングス
4.ビリー・テイラーによる紹介
5.ジンジャーブレッド・ボーイ
6.コール・ミー・バイ・マイ・ライトフル・ネーム
7.スキャッグ
8.ルーファス
9.ル・マタン・デ・ノワール

(録音:1965年7月2日)



アメリカの名物ジャズフェスとして、古くから”ニューポート・ジャズ・フェスティバル”というのがございます。

1950年代に制作された映画『真夏の夜』のジャズでもおなじみの、この一大フェスティバルは、とにかくジャズからブルースから一流のミュージシャン達を集め、毎年大いに盛り上がったフェスの花形でありますが、1960年代も半ばになってくると、それまでのスウィングやモダン・ジャズ勢に加えて、前衛とかフリーとか言われていた、どちらかというと避暑地での優雅な野外コンサートにはそぐわないコワモテの新しい表現の担い手達もこのステージに出てくるようになってきます。

つまりそれまでアンダーグラウンドな、一部のミュージシャンや芸術愛好家しか評価しなかった前衛的なジャズが、ようやく社会的な評価を(それでもまだまだ賛否両論ではありましたが)得て注目されてきたんですね。

で、この流れの中心にいたのはやっぱりコルトレーンです。

コルトレーン本人は「とにかく新しい音楽を創造するんだ」という、まっすぐに内側を向いた気持ちでただ音楽的な実験や冒険をあれこれやっていただけに過ぎなかったんですが、やはり

「あのマイルス・デイヴィスのバンド(つまりモダン・ジャズの本流)にいたコルトレーンが、自分のバンドを組んでからどんどん聴いたこともないような音楽を作ってくる」

と、ジャズファンの間で話題になっておったんです。



「コルトレーンのやってるような、あんな激しくてどこか根源的な衝動に溢れた音楽を一体何と言えばいいのだろう」

「そりゃあお前さん、聴いたこともないようなジャズだからニュー・ジャズって言うんだよ」

「なるほどそうか、ニュージャズか。そういやちょいと前からオーネット・コールマンとかセシル・テイラーとかも、何だかよくわかんない実験的なジャズをやってたね」

「あぁ、アイツらの音楽もニュージャズだろうな」

「お前さん方ちょっと待ってくれ、コルトレーンとかテイラーとか、コルトレーンのやってるジャズは音楽理論の約束事から解放された自由な音楽だぜ。俺は彼らのやっているジャズはそういう意味で”フリー・ジャズ”って呼びたいね」

「なるほどフリージャズか、そいつはいいね。でも最初っから何かハズレてる感じのするオーネットやセシル・テイラーと違って、コルトレーンのはどこか違うんじゃないか?アドリブで盛り上がっていくうちにスケールアウトしたりはするけど、演奏そのものはアブストラクトじゃない、リズムもエルヴィン・ジョーンズがしっかりした4ビート叩いてるしマッコイ・タイナーのピアノだって激しいがメロディアスだ。だからフリージャズとまではいかないんじゃないか?」

「確かにそれは言えてる、でも最近はコルトレーンのいるインパルス・レコードから、彼と親しい若手のレコードがガンガンリリースされてんだよ。彼らはコルトレーンの影響を受けたとか言われてるんだけどもっと過激だ。トレーンをニュージャズって言うんなら連中の音楽はもっとハチャメチャなフリージャズだよなぁ」


さぁさぁこのアルバムはそんな”ニュージャズだ!””フリーだ!”と盛り上がる世間の声も大きくなっていた1966年のニューポートでのライヴ・アルバムでございます。

タイトルの「ニューシング」といえば、インパルスレコードの旗印であり「こんなに新しいジャズをニューポートのステージでやってんだぞ、どうだ!」という、並みならぬ勢いが伺えますな。

当然ながら”ニューシング”の筆頭であるコルトレーンのグループと、最注目の若手として、自分のグループを率いて暴れていたアーチー・シェップが、このレコードの主役として選ばれ、それぞれの演奏が収録されております。つまりカップリング盤。

余談ですが最初にこのレコードを見た時は「おぉぉ、コルトレーンとシェップの共演ライヴがあるんだ、すげぇ、ウホ!あのアセンションのライヴ盤みたいな感じかぁ!?」と、ウホウホ興奮したのですが、解散寸前とはいえマッコイ、ギャリソン、エルヴィンのカルテットと、アーチー・シェップのグループはキッチリと別々でありまして、しかも収録曲のほとんどはシェップ・グループのもの。


オリジナルのレコード盤は、コルトレーンの演奏は「ワン・ダウン・ワン・アップ」一曲のみ、残り4曲はシェップで「えぇぇ!?」と思いましたが、実にこの「ワン・ダウン・ワン・アップ」がほとばしる熱演で実にエグいエグい(!)。ミディアム・テンポに非常にシンプルなリフが繰り返されるオープニングから、まるで怒気を孕んだかのようなエルヴィンのシンバルが炸裂して、そこからなだれ込むマッコイの鍵盤ガキンガッキンの打撃ソロ、これが6分50秒ですよ、6分50秒!で、コルトレーンがぐわぁぁーっと登場して吹きまくる、それはもうまるで絶叫のような凄まじいソロ。これで後半およそ6分間を一気に蹂躙して、あっという間の12分40秒がおわり。

この日のステージそのものが、コルトレーン・カルテットは2曲30分しかやっていないと本には書いてありましたが、このエネルギー、この緊張感、現場は物凄い密度の30分だったと思います。

続くシェップは、ボビー・ハッチャーソンのヴィブラフォンを加えた、ピアノなしの変則カルテットで、コチラも狂暴。遠慮というものを知らないシェップの「バギャ!ボギョ!」と雄叫びを上げるテナーの強烈な破壊力とむせかえるようなブルージーさと、やけにクールでひんやりした質感のボビー・ハッチャーソンのヴィブラフォンという正反対のサウンド・キャラクターが、激烈な演奏の中に不思議な緊張感と浮遊感がないまぜになった独特の空気を作り出し、コルトレーンのグループとは全く違う磁場のカオスでありますね。

コルトレーン単独の作品ではありませんが、それでもどちらのグループも熱演中の熱演で、とにかく余計なことを考えさせずに楽しませてくれる素晴らしいライヴ・アルバムです。特にスタジオ盤ではあれこれ趣向を凝らすシェップが、やっぱりライヴだと考えていたことすべてをかなぐり捨てて演奏の鬼と化すテナー・プレイはカッコイイですね。”ニューシング”の旗のもと、この時代の若手が、いかにコルトレーンを意識して、それを越えようと必死になっていたかが迫力と共に伝わってきます。





『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

サウンズパル店主高良俊礼の個人ブログ
http://ameblo.jp/soundspal/

posted by サウンズパル at 12:25| Comment(0) | 大コルトレーン祭 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする