2017年08月24日

ジョン・コルトレーン・カルテット・プレイズ

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ジョン・コルトレーン・カルテット・プレイズ
(Impulse!)

暦の上ではもう秋ですが、残暑はまだまだ続いております。

嫌ですね、暑いしセミはもうこの世の終わりとばかりにミンミンジンジン鳴きまくってるし、一年で一番体力も気力も奪われるのがこの8月の後半なんですが、こんな重たい季節に聴きたくなるコルトレーンのアルバムに『ジョン・コルトレーン・カルテット・プレイズ』というのがあります。

終始どんよりとした不穏な空気と、聴く人の意識を深く深く瞑想の内側へと誘うかのような、ある意味スピリチュアルなムードが、アルバム全体を覆い尽くすような、いかにも60年代以降Impulse!時代のコルトレーンといった辛口でも甘口でもない、しいて言えば”重口”の味わいですね。

録音年は1965年で、名盤で代表作と言われる『至上の愛』と、最大の問題作と呼ばれる『アセンション』の間に挟まれた時期に録音され、しかもさっきも言ったように全編に渡って重く内省的なムードで覆い尽くされておりますので、コルトレーンの作品の中でもいささか地味な扱いを受けていたこともあって、お客さんにオススメしてても「へー、こんなのあったんだ。知らなかった〜」とか言われることもありました。

えぇ、そんな可哀想なアルバムなんですが、さっきも言ったように、このアルバムには独自の濃厚を極めた”重口の味わい”があって、アタシは大好きです。名盤や問題作と呼ばれている作品に衝撃を受けた後に、実際にアーティストの深い持ち味、もしかしたらその人が本当に表現したかった深層のサウンドは、こういったアルバムの中にこそあるんだと思います。

それこそ『ライヴ・アット・ザ・ヴィレッジ・ヴァンガード・アゲイン』を聴いて

「うわぁ!何だこりゃ!!コルトレーンってこんなヤバい音楽やってたんだ!こんなんパンクですわ、ぬはっ!!」(←アホ)と、すっかり鼻息を荒くしたハタチそこらのチンピラだったアタシが、池袋のWAVE(懐かしいね)のアナログコーナーに走って買った2枚目のコルトレーンのレコードがコレ。

そん時も確かギラギラ暑い夏の時期で、朝も昼も夜も「ヴィレッジ・ヴァンガード・アゲイン」と「カルテット・プレイズ」をターンテーブルに交互に乗せてききまくっておりました。

ムシ暑い部屋の中で、汗をダラダラかきながら「よし聴くぞ!」と気合いを入れて聴いてたのが「アゲイン」の方で、意識せずムードに浸るために頻繁に流してたのは、実は「プレイズ」の方だったんですよね。何というか「聴こう」と構えなくても針を落としてレコードを回してさえおれば、自然と音が入ってくる。

そして厚さと疲れにいい感じにヤラレた心身を休めるために部屋の片隅に腰を下ろし、タバコふかしながらボーッとする時、ひたすらダークで重たいはずのこのアルバムに入ってる楽曲、コルトレーン・カルテットの演奏から繰り出されるフレーズのひとつひとつが、不思議な心地良さを伴って、体から心の奥底の方(多分)に、ジワジワと入り込んできて、そこに優しく拡がっていった感覚を、今でも思い出しますし、今でもこのアルバムを聴くとその感覚がじわっと蘇ってきます。




【パーソネル】
ジョン・コルトレーン(ts,ss)
マッコイ・タイナー(p)
ジミー・ギャリソン(b)
アート・デイヴィス(b,B)
エルヴィン・ジョーンズ(ds)

【収録曲】
1.チム・チム・チェリー
2.ブラジリア
3.ネイチャー・ボーイ
4.ソング・オブ・プレイス

(録音:1965年2月28日、5月17日)


まぁ、そんなことを言っても、所詮は”個人の感想”です。

聴いてどう感じるかは、これからこの作品に出会う皆様方お一人お一人に体験して頂くことにして、ちゃんとした説明を致します。

実はこのアルバムには”チム・チム・チェリー”というもうひとつの呼び名があって、それは何でかと言いますと、はい、一曲目に収録されておるからなんですね。

”チム・チム・チェリー”といえば、ミュージカル「メリー・ポピンズ」の歌です。それ以前に

チムチムニー、チムチムニー、チムチームチェリー、わたしーはーえんとーつ そうじーやーさん♪


と、皆さん保育園や幼稚園なんかで唄った経験はあるんじゃないんでしょうか。そう、我が国ではそんな感じで子供の歌う童謡として有名です。

そんな、みんなが知っているマイナー調の3拍子の曲、これをコルトレーンが最高にカッコいいジャズ・ワルツにしてるんです。ソプラノ・サックスを最初は切々と哀愁のあるメロディーを慈しむように、でもアドリブに入ると指の速度を早め、狂おしさに青白い炎を燃やしながら。

コルトレーンの伝記本とかジャズのガイドブックの類では、コルトレーン最大のヒット曲となった「マイ・フェイバリット・シングス」みたいなミュージカル・ナンバーで、3拍子で、しかも同じようにソプラノ・サックスを吹いて、再びヒットを飛ばそうと目論んだレーベル側が、コルトレーンにカヴァーさせたと書いてありまして、確かにそんな背景はレコーディング時にはあったと思うんですが、もうこの時期の”コルトレーン・ミュージック”を4人で揺るぎない領域にまで作り上げたコルトレーン・カルテットには、ヒットとか有名曲とかそういうのはどうでもいいことで、スタンダードをいかに自分達の世界の奥深くで鳴らしてしまうか、それだけを激しく思考しながら、別世界の”チム・チム・チェリー”がここに仕上がっております。

同じことは、3曲目の「ネイチャー・ボーイ」にもいえます。

ナット・キング・コールのヒット曲として知られ、サラ・ヴォーン、スタン・ゲッツ、マイルス・デイヴィスなどなど、多くの有名ミュージシャンがカヴァーしている、大スタンダード。

原曲は美しいバラードですが、これも主たるメロディーがマイナースケールで出来ておりまして、例えばナット・キング・コールなんかのヴァージョンは「ちょっと物悲しい」くらいの悲しさを、コルトレーンはもうどこまでも沈み込む壮大なスケールの鎮魂歌のように仕上げていて、逆にアタシは何年か後にナット・キング・コールのオリジナルを聴いて「え?こんな感じだったの」とぶったまげたほど。

有名ミュージカルナンバーと、誰もが知る歌モノの有名バラードを入れたアルバムなのに、キャッチ―に仕上がるはずの曲なのに、ここまで深淵に沈めてしまうコルトレーン、容赦なくかっこいいです。。。

オリジナルの「ブラジリア」「ソング・オブ・プレイス」も、同様に深く沈み込むナンバーであります。

特にエンディングの「ソング・オブ・プレイス」は、ジミー・ギャリソンの長い長いベース・ソロがありまして、これがアルバム全体にそれまで漂っていた静かな熱気を吸いこむブラックホールのようで、で、実際ギャリソンの重厚な静寂に収縮されたカルテットのエネルギーが、3分30秒辺りで低音をゆっくりと響かせながら登場してくるコルトレーンの、まるで暗闇に流れ出すマグマのようなテナーで、これまた重く響き渡る。

アルバム全体的に重く、最後までドカーン!と炸裂する場面はないんですが、とてつもないエネルギーが煮立ってることを、この「ソング・オブ・プレイス」のコルトレーンが出てきて吹いている場面でいつも感じます。


深く、重く、・・・と何度も言ってますが、これこそがコルトレーンです。






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サウンズパル店主高良俊礼の個人ブログ
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posted by サウンズパル at 19:20| Comment(0) | 大コルトレーン祭 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする