2017年09月27日

ビル・エヴァンス 自己との対話

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ビル・エヴァンス/自己との対話
(Verve/ユニバーサル)

ようやくというか何というか、のっそりスローペースで、今年も秋がやってまいりました。

秋といえば、色々と「〇〇の秋」の〇〇の部分に好きなものを入れて楽しむ季節でしょう。食欲大いに結構、スポーツもいいでしょう、読書なんか最高です、芸術なんてもうヒューヒューです。

で、アタシの場合はこの時期は、溜まりに溜まった夏の鬱屈とした気分を浄化するために、感傷のスイッチをオンにして、切なくてヒリヒリする美しい音楽を聴きながら、感傷に目一杯浸ります。

個人的に

「心の鎮痛剤」

と呼んでるジャンルがありまして、それはズバリ、ジャズやクラシックなどのピアノの音楽のことなんです。

儚くて哀愁に満ち溢れたピアノの音色は、心に僅かな痛みをジンジンと響かせながら、内側にある苦しいものを、少しづつ詩に変えてくれるような、そんな効果を勝手に感じて、じんわりと耳を傾けておりますが、このジャンルの代表格といえばやはりビル・エヴァンスです。

「ピアノの詩人」と呼ばれ、ジャズの世界に”美しくそこはかとない情感”というものを、エヴァンスはそっと持ち込みました。もちろんエヴァンス以前にもうっとりするような美しいピアノを聴かせてくれる人は多くおりましたが、エヴァンスの強みは何といっても

「速めのテンポでノリノリの曲を演奏しても、どこか哀しい、何故か切ない」

と、聴く人を感じさせるその儚い詩情であります。

この感じのことを専門用語で「リリカル」といいますね。しかしこの言葉、ライターとか評論家とか、そういった専門家チックな人達がやたら連発するので、ジャズ初心者の方々には案外「なんかよーわからん言葉」と思われているようです。いかんですね、いかんですので、皆さんには


「リリカルっつったら”何か綺麗で切なくてやるせないヤツ”ですよ」

と、一言説明を入れておきましょう。お店とかネットとかで音楽に出会う際の参考にしてくださいね。

で、エヴァンスです。

心の鎮痛剤ジャンルでは、早く効いて長く効くエヴァンスのピアノは、どの時期のどの作品も、あらゆる切なさの集合体と言っても過言ではありません。

モダン・ジャズ全盛の1950年代半ばにデビューしたその時から、それまでのジャズ・ピアノの「イェ〜イな感じ」とは確実に一線を画す、内向きで知的な風情に溢れたピアノは、クールなサウンドを目指していたマイルス・デイヴィスの耳に留まり「カインド・オブ・ブルー」という、ジャズの歴史を大きく変える、知的で芸術性の高い作品を生み出すことに大きく貢献しました。

しかし、繊細過ぎる性格のエヴァンスは、マイルス・バンドでのストレスに耐えきれず、僅か1年ほどでバンドを脱退。

そこからはスコット・ラファロ(b)、ポール・モチアン(ds)と最初のトリオを組んで「ポートレイト・イン・ジャズ」「ワルツ・フォー・デビィ」など、ジャズ・ピアノ・トリオを代表する人気作を世に出しました。

このトリオは、単にエヴァンスの美しいピアノを引き立てるだけでなく、ベースのスコット・ラファロの大胆に切り込むハードなアドリブがエヴァンスの研ぎ澄まされた即興演奏の才能を更に引き出し、それまでの「ピアノ・トリオ=ピアノが主役でベース、ドラムは脇役」という常識を覆し、更にそれまで単なるリズム・セクション、もしくはBGM的にムードを演出する編成ぐらいに思われていたピアノ・トリオを「それだけで十分にスリリングで、しかもクオリティの高い音楽を聴かせることのできるフォーマット」へと、その地位そのものを高めたんです。

この初期のトリオにおけるエヴァンスの創造性というのは、今聴いても本当に鳥肌が立ちます。

ピアノとベースがガンガンとどこまでも激しくやりあっていても、エヴァンスの紡ぎ出すメロディというのは、どこか常に内側を向いているような感じがして、そして激しく弾けば弾くほど、彼の音はその、そこはかと帯びている哀しみを、もっと前面に出しているかのように響くのです。

1960年代初期に結成されたこのトリオは絶好調でした。

しかし、そんな絶頂の時に、ベーシストのスコット・ラファロが1961年、交通事故により23歳であっけなくあの世へと旅立ってしまいます。

最高の相棒を失ったエヴァンスは悲観に暮れて、かなりの鬱状態になり(この鬱がこれから後も度々彼の人生を苦しめて、結局エヴァンスの寿命を縮めることになります)ましたが、後任のベーシストとしてチャック・イスラエルが加入した後、精神は少し持ち直して、エヴァンス・トリオは復活します。

しかしエヴァンスの中でラファロの喪失は、周囲が思っているより遥かに大きく、エヴァンスはその孤独を埋めるべく、トリオやバンドでの活動以外にも、ソロ・ピアノで更に内なる世界の哀切の海へと漕ぎ出してゆくのです。




【パーソネル】
ビル・エヴァンス(p)

【収録曲】
1.ラウンド・ミッドナイト
2.ハウ・アバウト・ユー
3.スパルタカス 愛のテーマ
4.ブルー・モンク
5.星影のステラ
6.ヘイ・ゼア
7.N.Y.C`Sノー・ラーク
8.ジャスト・ユー、ジャスト・ミー
9.ベムシャ・スウィング
10.ア・スリーピング・ビー


1963年に、エヴァンスがたった一人で行った「自己との対話」がレコーディングされました。

それまでもエヴァンスは、一人スタジオでソロ・ピアノのレコーディングを試みましたが、恐らくどれも満足の行く仕上がりではなかったのでしょう(でも発掘音源としてリリースされたそれらは、孤独の内に本当に美しい輝きを宿している素晴らしい演奏です)、1年以上かけてようやく正式な”作品のためのレコーディング”となった「自己との対話」では、何と自分自身が演奏する3台のピアノを全編多重録音した、前代未聞の作品となっております。

「ソロ・ピアノ」というよりも「ピアノ・アンサンブル作品」と呼んだ方がいいアルバムですね。

実際に聴いてみても、低音でリズムを支える部分と高音でメロディを紡いでゆく部分、そしてそれら両方にアドリブで絡んでゆく部分と、3台のピアノがそれぞれどのような役割かは、何となく分かる仕様になっています。

音の印象としては、バラードでもアップテンポの曲でも、キラキラと砕けた宝石のような華麗な装飾音が、美しくも儚く鳴り響き、幻想的なイメージの世界へと誘ってくれる、非常に繊細な音世界であります。「スパルタカス愛のテーマ」は特に、エヴァンスのピアノの幽玄美の極致といっていいほど、深淵で壮大な詩情に溢れた、壮絶な美に溢れた演奏。

でも、やはりエヴァンスのカッコ良さは、原曲の表面をなぞっただけの”綺麗さ”ではなくて、やっぱり強い左手から繰り出される、信じ難いグルーヴによる、陶酔感でありましょう。

このアルバムには、セロニアス・モンクの曲が「ラウンド・ミッドナイト」「ブルー・モンク」「ベムシャ・スウィング」と3曲収録されていて、「ラウンドミッドナイト」はマイルスの愛奏曲でもありますし、エヴァンスもその後ライヴなどで何度も演奏している静かな曲でありますが、「ブルー・モンク」「ベムシャ・スウィング」は、モンクの調子っぱずれなピアノのユニークさが、軽快なテンポで強調された明るいナンバーなんです。

そんなエヴァンスの個性とは全く反対と言っていいこのナンバーを、エヴァンスは原曲のユニークさを壊さず演奏しているんですね。で、この2曲、特に「ベムシャ・スウィング」の左手を聴いて欲しいんです。

鍵盤、ガンガンに叩いて、びっくりするぐらい強靭な左手のリズムです。これが多重録音でガンゴン重なる展開があるんですが、この展開を耳で追っていくうちに、曲はノリノリでリズムも音色もゴツいはずなのに、何故か切なくなってくるんですよ。苦しいぐらいに何か泣けるものが胸めがけて一直線に刺さってくるんですよ。

色々聴いても、この「ノリノリで切なくさせる人」ってエヴァンスしかいません。何がどういう仕組みになってるのか未だによくわかりませんが、とにかく切ないし狂おしいし、ジワッと泣けてきちゃいます。

エヴァンスのピアノだけが鳴ってる空間で、しかもエヴァンスにしては珍しくノリノリでグルーヴィーな陶酔に満ちたナンバーも結構入っているので、いわゆる「内省的な作品」というのとは少し違います。

でも、この哀愁は聴く人をどうにも虜にしてしまいます。

いずれにせよエヴァンスの凄さ、いや、未だエヴァンスの凄さって究極的に儚い右手から紡ぎ出されるものなのか、強い左手から叩き出されるものなのか、究極的な答えは見付かりませんし、陶酔にヤラレてそんな気も起こりませんが、心の鎮痛剤としてはもう最高クラスのアルバムだと思って、この時期は浴びるように聴いております。



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『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

サウンズパル店主高良俊礼の個人ブログ
http://ameblo.jp/soundspal/
posted by サウンズパル at 19:33| Comment(0) | ジャズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする