2017年10月01日

ウェブスター・ヤング フォー・レディ

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ウェブスター・ヤング/フォー・レディ
(Prestige/OJC)

夏が苦手で、というのも、夏になると目に見えて調子を崩したり、体の具合が明らかにおかしくなってきますので、7月8月は、実は「バテないぞ!」と気を張り詰めているんです。

ここ最近は、そういった気合いのおかげか、夏に目に見えて調子を崩すということはないのですが、その反動で9月になって不調が来ます。

不調というのは具体的には眩暈や動悸、えぇ、持病です。何とか誤魔化して馴染ませるために、色々と休み休み、今出来る環境にあるというのがせめてもの救いです。

調子がアレなもんで、この時期に聴ける音楽というのは限られても来ます。

ノリノリで爆音でけたたましいものは大好物なんですが、調子が悪い時は心は喜んでも体が喜んでくれないのでパス。

というとまったりした音楽、静かな音楽という具合になってきて、必然的にジャズやクラシックのCDやレコードに手が伸びることが多くもなるのです。で、ここんところ聴いているのが、マイナーなジャズ・トランペット奏者達のそこはかとない作品たちであります。

あのですね、トランペットという楽器は基本やっぱり派手でけたたましい楽器なんですよ。

ジャズがその創世記の頃、ソロ楽器として唯一もてはやされたのが、トランペットのご先祖のコルネットという楽器で、コレが何でソロ楽器としてもてはやされたのかというと

「音がデカいから」

という、実にシンプルでそれ以外ない理由からで、そもそもラッパ系の楽器というのが、軍楽で使われる号令のラッパが最初の形態でありますので、これはけたたましくないとお話にならないという因果がございます。

だもんで、時代を経てジャズで使われるようになっても、トランペットというのはやっぱりソロ楽器として一等派手で、ビッグバンドでも4,5人のコンボでも高音を煌めかせながら演奏を盛り上げる役割、というのが多いような気がします。これでは体調の悪い時に、とてもじゃないが聴けたもんじゃない。

しかーし!1950年代以降、マイルス・デイヴィスが消音機を被せた”ミュート奏法”を大々的に使うようになってから「トランペット=派手に吹きまくる」という常識は、ちょっとづつ覆され、その後この分野には、訥々と丁寧にメロディを吹くタイプの演奏家も出てきました。

うん、これなら調子悪い時も聴けるぞ!

と、皆さんにオススメしたい人がウェブスター・ヤングという人であります。

ミュージシャンのカッコ良さを測る要素として、味わい、テクニック、カリスマ、革新性という4つの要素があるとすれば、この人は徹底して”味わい”の人。

そのミュートを被せたコルネットから出されるフレーズは優しく哀しく、そして聴く人を淡い世界へいつの間にか誘ってくれる、実に奥深い味わいを持っておるのです。

50年代にはジャッキー・マクリーンやデクスター・ゴードンなどのサイドマンとして活躍し、その控えめでいながらもジャズのツボを押さえた演奏で、上手にリーダーを立てている作品をそこそこ残しつつも、60年代以降は一線から退き、音楽学校で理論を教える講師をやっていたことからも、性格的にもきっと控え目な人だったんでしょう。




【収録曲】
ウェブスター・ヤング(tp)
ポール・クィニシェット(ts)
マル・ウォルドロン(p)
ジョン・ピューマ(g)
アール・メイ(b)
エド・シグペン(ds)

【収録曲】
1.ザ・レディ
2.ゴッド・ブレス・ザ・チャイルド
3.モーニン・ロウ
4.グッド・モーニング・ハーテイク
5.ドント・エクスプレイン
6.奇妙な果実



さて、そんなヤングの初リーダー作にして、正式なものとしてはこれが唯一のアルバムが本作「フォー・レディ」であります。

このアルバムは「不世出のジャズ・シンガー」と呼ばれたビリー・ホリディに捧げられたもので、1曲目のオリジナル曲以外は全てビリー・ホリディがこよなく愛したナンバーばかりが揃えられ、メンバーも、丁度この時ビリーのバンドのピアニストだったマル・ウォルドロン、そしてビリーが音楽的にも人間的にも最高の敬愛を抱いていたテナーサックス奏者、レスター・ヤングのスタイルを最もピュアな形で形容し、レスターの”大統領”というあだ名に対し”副大統領”というニックネームを持っていたポール・クィニシェット(この時レスターが亡くなっていたので、彼に声がかかったんでしょう)をメンバーに従えた、トリビュート・アルバムです。

ビリー・ホリディという人の歌唱スタイルは、歌詞を噛み締めるように切々と、訴えるように歌うスタイルで、このスタイルがまた、ヤングのコルネットととても相性がいいんですよ。感情をドバッと出さず、くすんだ音色で丁寧に紡ぎ出す。

コルネットはトランペットより素朴な、味のある暖かい音色で、出てくるフレーズそのものにも、演奏全体にも、何となく淡く儚い翳のようなものが、じんわりと広がっております。このアルバムの何がたまんないかって、郷愁というか哀愁というか、そういうものがフワ〜っと当たり前のものとして、空間を埋め尽くすぐらいの質量で存在しているところがたまんないんです

。意識せず、ただ部屋で何となく流してるだけで、何だか泣けてくる、これです。グッド・ミュージックと言わずして何と言いましょう。

バックのメンバー達のプレイも、その”淡い哀感”を醸すのに、本当に見事なサポートをしています。

特にポール・クィニシェットの柔らかくメロディアスなテナー、マルのモノトーンの世界観なピアノ、ジョン・ピューマの滑らかな音色の、品の良いギターが楽曲の上で溶け合って、もう聴いてるこっちの意識もゆるやかにいけない世界へ持っていかれてしまいます。

アルバムのハイライトは後半「ドント・エクスプレイン」と「奇妙な果実」という、ビリーの愛唱曲の中でもとりわけてしっとりと、切々と訴える力のあるナンバー。

「ドント・エクスプレイン」は、アール・メイの深い響きのベースがまずイントロを奏で、そこから他の楽器が入ってきます。ここからの、どこまでも切なく堕ちてゆくアンサンブルをぜひ聴いてください。

どなたかのホームページで「ヤングがすすり泣き、クィニシェットがむぜび泣き、マルがもらい泣きする」と、この曲が評されてました。アタシはこの記事を書くに当たって、それ以上の表現を何とか探して書いてやろうと思いましたが、いや、降参です。これ以上に見事な表現はありません。

そして「奇妙な果実」。ひたすら重く、暗く、不吉なアレンジのイントロ、悲痛なメロディーに渾身の悲しみを込めて歌い上げるコルネット、もう言葉もありません。

「奇妙な果実」以外は余りにもそこはかとなく、しっとりとした風情が続くアルバムですので、最初は「うん、しっとりしていいね」ぐらいに思ってましたが、いや、これは凄いアルバムです。表面の優しさの裏に、中毒性がたっぷりと塗り込まれております。














『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

サウンズパル店主高良俊礼の個人ブログ
http://ameblo.jp/soundspal/
posted by サウンズパル at 11:19| Comment(0) | ジャズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする