2017年11月25日

ソニー・ロリンズ ナウズ・ザ・タイム

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ソニー・ロリンズ/ナウズ・ザ・タイム
(RCA/ソニー・ミュージック)

世の中には、色んなポジティヴ・ミュージックが溢れてますが、アタシの中で「聴くと元気に、前向きになれる音楽」といえば、これはもうソニー・ロリンズです。

ズゴッと野太いテナー・サックスの音に、豪放磊落、それでいてメロディの骨の部分がしっかりと濃い輪郭で、アドリブの小節を重ねる毎にくっきりくっきり際立ってゆくプレイ・スタイル。ちょいとばかり実験的な方向性を取り入れたり電気楽器を導入したり、長いキャリアの中で色々とやってはいるけれど、基本は全く変わらない、安心して聴けるモダン・ジャズの王道そのものなストレートな音楽性。

だからロリンズのアルバムには、大ハズレという盤がありません。

どの時期のどのアルバムも

「よし、気合いを入れて聴くぞ」

ではなく

「ジャズ聴くよ〜」

或いは

「ジャズを聴くのだー」

ぐらいの気持ちに、サクッと気持ち良く男前なサウンドで応えてくれる。そして聴く人の気持ちをムクッと前向きにしてくれるのがロリンズです。思わず「兄貴、ワシついていきます」ってなっちゃいますね、えぇ、なっちゃうんです。

特にアタシが「ジャズを聴くのだー」の気分で楽しめるなぁと思うのが、1960年代RCAに移籍してから録音されたいくつかのアルバムたちです。

何というか、50年代若手のホープとしてバリバリに活躍していた頃の、理路整然と豪快なプレイと比較して、一層砕けて、肩の力を抜いて楽しめるんですよ。

ここに至るまでには、ロリンズ自身にちょっとした出来事がありました。ジャズファンにはすっかりお馴染みの「ロリンズ雲隠れ」であります。

そう、ロリンズは1959年に”人気絶頂なのに何故かふいっと失踪した”んです。

突然の雲隠れ(実は2度目)に「マジか!?」と「またか!」で騒然となったジャズ界隈でしたが、2年後にロリンズは「やぁやぁどうもどうも」と、何事もなかったように戻ってきたんですね。

理由については、実は今もよく分かっておりません。本人も訊かれる度に

「あぁ、オーネット・コールマンが出てきて、アイツのやってることが余りにも凄くて、オレのスタイルは古いんかなーとか色々考えたんだよね」

「毎日夜に演奏ばっかしてるとね、生活が乱れちゃうんだよね。寝不足で酒飲んで、運動不足で、あーこれはいかんなー、どっかで立て直さないとなーとか、色々考えたんだよ」

「ライヴとかレコーディングとか、本番ばっかりで練習する時間がなくてね。もっと巧くなりたい、ならなきゃ、と、色々考えたんだよ」

と、まぁ要するに「色々考えた」と本人が言っておるから、色々考えたんでしょう。

で、何をやってたかといえば、掃除夫のアルバイトをしながら、ヨガで体と精神を鍛えて、公園にテナー持ってって練習してたけど、公園で吹いてたら苦情が来たもんで、車しか通らない橋の上ならいいだろうと思って橋の上で練習してたよと。

この辺のメンタルが、実にもう兄貴ですよね。確かに繊細でストレスに弱い人だったから、雲隠れという行動に出てしまったんでしょうが「イヤんなったらとりあえず環境から離れて、やりたいことに集中すればいい」と思い立ったらポーンと出来ちゃうメンタルは見習いたいものです。

で、そんな生活を2年ぐらい続けて「もういいか」となってシーンに復帰。で、復帰した第一作目は、そうだね、オレ橋で練習してたから『橋』でいいんじゃね?と。

兄貴・・・。



【パーソネル】
ソニー・ロリンズ(ts)
サド・ジョーンズ(cor,C)
ハービー・ハンコック(p,@EF)
ロン・カーター(b,@D〜F)
ボブ・クラウンショウ(b,A〜CG)
ロイ・マッカーディ(ds,@〜G)

【収録曲】
1.ナウズ・ザ・タイム
2.ブルーン・ブギ
3.アイ・リメンバー・クリフォード
4.52丁目のテーマ
5.セント・トーマス
6.ラウンド・ミッドナイト
7.アフタヌーン・イン・パ
8.フォア

収録年1964.1月,2月


はい、そんなこんなで復帰作『橋』と共にロリンズ兄貴は、ファンに暖かく歓迎されて、再びジャズの人気テナー奏者として活躍することになります。

そんなRCAでの「やりたいことをそこそこ気合いを入れてやるのだ」な精神が、良い感じに小慣れてきた復帰2年後の『ナウズ・ザ・タイムス』が本日のオススメなんですが、ハッキリ言いますと、これ、ロリンズのアルバムの中で1,2を争う”適当さ”が、良い感じに作用したアルバムです。

やる曲はどれも、もうロリンズにとっては朝飯前ぐらいの、人気スタンダード曲、メンバーはハービー・ハンコックとかロン・カーターとか、その当時マイルス・デイヴィスのバンドで、バリバリにトンガッた洗練ジャズの最先端をやってた顔ぶれもおりますが、彼らもこのアルバムではマイルス・バンドとか、或いはその頃の自分の作品みたいな緊張感をそんなに出さず

「おぅ、いいねえ。楽しいねぇ」

みたいな感じで好きに吹きまくるロリンズ兄貴と、和気藹々で楽しんでおります

どの曲もいい意味で、曲の良さなんか全然活かしてない。ひたすら自分が楽しむため、気持ちいいプレイをしたいがために人気のスタンダードを持ってきて、その曲を単なる下敷きにして、アドリブを徹底的に伸び伸びと楽しんでいる。

と書くと誤解を受けそうですが、これはアドリブのセンスというものが人並外れてカッコいいロリンズ兄貴だから許される芸当なんですね。

で、実はその「曲を単なる素材としてアドリブに力を全振りする」ってスタイルをジャズの世界で最初に確立して必殺技にしちゃったのが、ロリンズが最も尊敬し、サックスのお手本にしたチャーリー・パーカーなんですが、1曲目のタイトル曲からしてこれはパーカーの曲(『ナウズ・ザ・タイム』は、曲としては全然大したことないっす。パーカーがアドリブを楽しむためだけに作った曲って感じするっす)で、あぁ、このアルバムは「オレはパーカーみたいにやるよ、楽しくね♪」と、大いに宣言しちゃってるアルバムなんだなーと、アタシも聴きながら楽しく感じております。

後は名盤『サキソフォン・コロッサス』の再演になる陽気なカリプソの『セント・トーマス』もいいですな。ハービーのピアノが抜けた、テナー+ベース+ドラムスのトリオで、和音の制約から離れた明るく健康的なプレイであります。

ロリンズが気の合う仲間達とお気楽なセッションを楽しんでる雰囲気、そしてどの曲もアドリブが最高なんだけど、アドリブ過多にならずに頃良い時間でサクッと終わる構成にも親しみを持てますね。ロリンズ兄貴はこれでいいのだ。





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2017年11月23日

ソル・ホオピイ Classic Hawaiian Steel Guitar 1933-34

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Sol Hoopii/Classic Hawaiian Steel Guitar 1933-34
(OJC)

こんな季節に何事かと思われるかも知れませんが、今日はハワイアンです。

ハワイの音楽といえばハワイアンですね。今、フラダンスをやっている人がかつてなく多くなってたり、また、昭和の昔からハワイアンのテイストを取り入れた「憧れのハワイ航路」のヒットを皮切りに、夏のビアホールの定番といえば生バンドが演奏するハワイアンがBGMの定番だったり、我が国では昔からハワイ人気、ハワイアン人気というものがあって衰えを知りません。

やっぱりアレですね、ハワイには戦前から日系移民が多くおりますし、王国だった頃は当時のカメハメハ大王が、アメリカやヨーロッパに対抗するために日本の皇室と縁組をして仲良くなろうとしたとか、そういう歴史もありまして、更に気候や風土は違えど、やっぱり島国ということで、お互いに本能的な親近感みたいなものが湧くんじゃなかろうかと思うんですがどうなんでしょう。

日本から行く観光客が多いのも、気候が穏やかとか治安がいいとか、そういうことだけじゃないと思うんですよね。「何となく安心する」のその「何となく」の部分はもっと掘り下げて考えてみたい。という訳でアタシはよく、戦前とかの古い時代のハワイアンを聴いてるんです。


さてこの「ハワイアン」なる音楽、ほとんどの人はハワイの伝統音楽だと思っておりますが、実は少々歴史が複雑であります。

元々ハワイにはフラという重要な文化があります。

これは元々は王宮のみで披露される芸能であり、神事でありました。

原初のフラを伴奏する音楽というのは、歌と打楽器だけの非常にシンプルなものだったそうですが、19世紀という割と早い段階で、西洋音楽の要素を取り入れてモダン化したんですね。

ハワイというところは1700年代に発見されてから、事あるごとに植民地化したい欧米列強の標的にされておりましたが、歴代の王様が非常に聡明な人が多く「ヨーロッパ人の平和的な移住は認めるけれども武力侵攻は認めない」という政策を貫き、実にしたたかにそれを実行したんです。

だから西洋の文明や文化は、ハワイにはしっかりと根付いております。で、19世紀以降のモダン・ハワイアンが更にモダンなポピュラー音楽になるのは1900年、アメリカによる完全な併合が成ってからのことであります。一気に移住してきたアメリカ人によってジャズやカントリーなどが持ち込まれ、ハワイの音楽家達もこぞってこれらの音楽の要素をハワイアンに取り込んで演奏するようになりました。

そのひとつの象徴がスティールギターであります。

ハワイアンバンドには必ずといっていいぐらいに使われる、あの横に寝かした状態でバーをスライドさせ、キュイ〜ンと独特のトロピカルな風情を醸してくれるあの楽器は、元々はギターを膝に置いてナイフをスライドさせる、ブルースのスライドギターから影響を受けて誕生した楽器なんです。

はい、かなーり前置きが長くなってしまいましたが、本日ご紹介する人はソル・ホオピイ。戦前の1920年代から30年代にかけて大活躍し、ハワイアンの歴史の中でスティールギターの演奏を最初に確立した人であります。

ソル・ホオピイは1902年ホノルル生まれのネイティヴ・ハワイアンです。

音楽一家(何と21人兄弟!)に生まれ、生計のために3歳からウクレレを手にして十代の頃にはもうギターを弾いていて、その頃には彼の弾くギターは膝に置いてナイフをスライドさせるスタイルだったと言います。

その頃の仕事は、豪華客船の専属バンドでギターを弾くことであり、それが評判になって何とそのままサンフランシスコに渡り、現地のカントリーバンドのメンバーになりました。

アメリカでみっちりカントリーの技法を覚え、ハワイに帰ったソルは、仲間とトリオ編成のバンドを結成。このトリオがまた、ジャズにカントリーに何でもござれ。しかもハワイの伝統的な古典歌謡などもしっかりとレパートリーの中に入れて、ハワイにいるどの人種、どの界隈の人のリクエストにも間違いなく応えられる驚異的な演奏技術とアレンジセンス、そして音楽的に底無しの懐の広さを持っており、地元ハワイはもちろん、アメリカでも大人気になったんです。



(フラとブルースの融合、その名も「フラ・ブルース」)





【収録曲】
1.I Like You
2.Drifting and Dreaming
3.I Want Someone to Love Me
4.King's Serenade
5.King Kamehameha (take A)
6.Kolo Pa
7.Don't Stop Loving Me
8.Akaka Falls
9.My Little Grass Shack in Kealakekua Hawaii
10.Weave a Lei - Flower Lei
11.An Orange Grove in California
12.Aloha Beloved
13.The Lei Vendor
14.On Our Parting Day
15.There's Nothing Else to Do In Ma-La-Ka-Mo-Ka-Lu
16.My Hawaiian Queen
17.Midnight's Near
18.Hula Girl
19.Hula Blues
20.Under the Tropical Moon
21.Ten Tiny Toes - One Baby Nose
22.Oh! Lady be Good!
23.King Kamehameha (take B)
24.It's Hard to Say Good-Bye


このCDは、ホオピイが1933年から34年、つまり全盛期に残した音源集であります。

聴いてびっくりなのが、まずそのスティール・ギターのテクニックです。

アンプもない時代でしたから、ギターでソロを取るというのは大変なことだったんですが、ホオピイのギターは単音で弾くメロディも、弾きながらのバッキングも、このまんま一流のジャズ・オーケストラのソロイストになれるんじゃなかろうかと思うぐらいに完璧です。この時代で彼のテクニックに対抗できる人といえば、ブルースではロニー・ジョンソンブラインド・ブレイク。ジャズでは白人ギタリストのエディ・ラングにフランスのジャンゴ・ラインハルトぐらいではないでしょうか。

ハワイアンとして、もちろん楽しくまったりも聴けますが、アタシのよーに戦前のブルースやジャズ、カントリーとか、そういうアコースティックなルーツ・ミュージックがたまらなく好きな人間の探究欲みたいなのも、楽しく聴きながら幸せに満たしてくれる素晴らしい演奏です。つまりハワイアンに興味がないけど、アンプラグドな音楽が好きな人にはぜひ聴いて欲しい人がソル・ホオピイですし、フラやハワイアンが好きな人にとっては「これが原点なんだ!」と新鮮な感動に浸りながら、一生穏やかに付き合っていける音楽だと思いますので、超絶オススメしておきますね♪

それにしてもソル・ホオピイのスライド奏法、1920年代に入る前には既に確立されてたと言います。シルヴェスター・ウィーヴァーによってブルースのスライドギターがレコーディングされたのが1923年だから、もしかしたらホオピイはアメリカでブルースマンに直にスライド奏法を学んだことになりませんかい?そうなってくるとブルースの誕生近辺にもこの人は深く関わってるということになりそうですが、そこら辺を示す資料は今のところありません(逆に彼の演奏がブルースマン達のスライド奏法に影響を与えたという話はわんさか出てきました、ワォ!)。ふむぅ・・・。



(シルヴェスター・ウィーバーによる”スライドギター最初の録音”についてはここに書いております)





『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

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2017年11月21日

ブリューワー・フィリップス ハウンドドッグ・テイラーに捧ぐ

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ブリューワー・フィリップス ハウンドドッグ・テイラーに捧ぐ
(Delmark/Pヴァイン)

ブルースはパンクだ!!

という衝動を、ギャンギャンに歪んだギターの音と、ギター+ギター+ドラムスという変則トリオの絶妙なコンビネーションで、ブギまたブギのノリノリサウンドで最高に爆発させてくれるの唯一無二のバンドがハウンドドッグ・テイラー&ザ・ハウスロッカーズであります。

ブルースがそろそろ渋い大人の音楽と言われるようになり初めるようになった1970年代、ようやく出てきたおっさん達が、渋くない、良い意味でのチンピラ魂を全開にしてあひゃひゃと暴れ回るそのサウンドは、今もってブルース云々を通り越して「これはガレージ・ロックだ!」と狂喜する若者やおっさんを量産してると言いますから恐ろしい話であります。

で、そのハウスロッカーズ、ギター+ギター+ドラムスの変則トリオと書きましたが、ぎゅいんぎゅいんに歪ませたスライドで暴れるリーダーのハウンドドッグ・テイラーの隣で、大人しくコード・カッティングとかせず、ゴワゴワに歪んだ音でベースとほぼ同じフレーズをボコボコ弾きまくっているイカレたギタリストがおりまして、この人が本日の主役、ブリューワー・フィリップス!!!!

あのですねぇ、もうハウスロッカーズでのブリューワー・フィリップス、最高なんですよ。

ベースと同じフレーズ弾いてるんだったら、ベース弾いた方がバンド・サウンドに重みが出ていいんじゃないかと普通は思うし、実際その通りなところを、あえてギターで通してる理由とかそういうのはまーーーったくわかんないんですが、多分本人達に訊くと

「あぁ?そんなの決まってんじゃねぇか、やかましいからよ。ヒャッヒャッヒャ!」

としか返って来なさそうなので、そこんとこ、深く突っ込むのはやめときます。

とにかくもうハチャメチャなコンビネーションで、音楽やっているというより、一緒に悪いことやってるのを楽しんでいるような、ハウンドドッグ・テイラーとブリューワー・フィリップスです。

二人は共に戦前の南部生まれ(テイラー1915年生、フィリップス1924年か1930年生)、戦後にシカゴに出てきて70年代にハウスロッカーズを組むんですが、実は戦前に南部のあちこちでたまたま偶然会っていたようです。

「あぁ、オレが南部でチンピラやってた頃だな。ブリューワーはトラックの運転手だったみたいなんだよね。で、何故かアイツとは偶然会うことが多かったよ。歩いてたらトラックの運転席から”アンタよく会うけど何なんだ!”って。何なんだもクソもねぇよヒャッヒャッヒャッ!音楽?いんや、アイツがギター弾くなんてのを知ったのは、シカゴに来た後だ。1959年にヤツと一緒にやるようになってからだな。」

(ハウンドドッグさん、ブリューワーはメンフィス・ミニーにギターを習ってたらしいんですが・・・)

「メンフィス・ミニーかぁ、ありゃあイイ女だよなヒャッヒャッヒャ!何だって?アイツがメンフィス・ミニーにギターだって!?馬鹿言っちゃいけねぇよ、ミニーはその頃大人気でオレですらなかなかお近付きになれなかったんだ。アイツみてぇなチンピラ相手にされるかよ!」

(むしろブリューワーのギター・スタイルは、ジミー・リードのバックでウォーキングを刻んでいたエディ・テイラーに通じるものがあるように思えるんですがどうなんでしょう?)

「(機嫌がコロッとなおる)あぁそうだなぁ。エディとヤツはミシシッピにいた頃からよくツルんでたらしい。釣り仲間だってよ、ヒャッヒャッヒャ!お前さん真に受けちゃいけねぇぜ、アイツらの釣りは酒場でおねーちゃん釣るやつだからな」

(はぁそうですか・汗、で、エルモア・ジェイムスの破天荒なスタイルに影響を受けたアナタとジミー・リードのダウンホームなロッキン・スタイルをお手本にしたブリューワーが組んで・・・)

「おぅ、そうよ。オレが知る限りエルモアとジミー・リードってのは50年代シカゴの花形よォ。だからそのスタイルを掛け合わせたオレらのハウスロッカーズってのは結局イカしたバンドよ。ヒャッヒャッヒャッ!!」

はい、ハウンドドッグ・テイラーさん、ありがとうございました。

どうでしょう?このオッサンほとんどアテになりませんが、ブリューワー・フィリップスの前半生というものを少しは喋ってくれたでしょうか。話を続けます。

ハウンドドッグ・テイラーとブリューワー・フィリップスは、1959年から1975年まで仲良くハウスロッカーズの活動を続けました。

ブリューワーはハウンドドッグより10歳ぐらい年下でありますが、お互い”兄弟”と呼び合うフラットな関係で、冗談を言い合い、時に喧嘩もしながら日々のギグをこなしていたんですが、ある日のことブリューワーが

「よぉ兄弟、オレはゆうべお前の不細工な嫁さんとよろしくやってたぜぇ」

という、タチの悪い冗談を言ってしまい、それに激怒したハウンドドッグが持っていた銃で足を撃つという事件が起きてしまいました。

誤解のないように言っておきますが、ブルースの昔からヒップホップの現在まで、ブラックミュージックのコミュニティでは、このテのキツい冗談というのは、仲良しの証として言い合うというコミュニケーションが存在しております。

恐らく普段からこの二人にとって、このテの冗談は挨拶代わりの当たり前のことではあったんでしょうが、この日はハウンドドッグ、虫の居所が悪かったのか、つい発砲してしまいました(”つい発砲”ってところが何ともですが・・・)。

ブリューワーもこれにはアタマに来て「絶縁だバカヤロウ!」と。

ついでに刑事告訴して、ハウンドドッグは逮捕収監となるはずだったんですが、実はこの時ハウンドドッグは癌の末期で、後日警察ではなく病院に担ぎ込まれました。

銃をぶっ放たれて絶縁を突き付けたとはいえ、長年の相棒です。その相棒が明日をも知れぬ命で、病院で最期の時を待っていると知ったブリューワー、とにかく見舞って和解しようと病院へ駆け付け、いや、ハウンドドッグ、あの時はお前の機嫌も考えねぇでヒドいこと言っちまった。んなこたぁねぇよ、オレの方こそいくら虫の居所が悪かったとはいえ、相棒を撃っちまうなんてヤキが回ったな。お陰でこのザマだ、本当にすまねぇ。と、二人はめでたく和解。

俺達もう還暦のいいジジイなのに何やってんだろうな、おいおいハウンドドッグ、お前はそうかも知んねぇが、オレはまだ50だぜ?いや、55か。まぁどっちでもいいや。元気になったらまたブギしようぜ。あぁそうだな、なんて会話を交わしたその2日後に、ハウンドドッグ・テイラーはあの世へと旅立ってしまいました。

ハウンドドッグ・テイラーの偉いところは、世に本格的に認められたのが1970年代で、いわゆるロック世代の連中からは大御所扱いされなかったところなんです。世代的にはB.B.キングよりもちょい上で、マディ・ウォーターズは2コ上。

でも、そういう風にあがめられているブルースマン達のことなどどこ吹く風で、一貫して変えなかったダーティーなブギーを、相変わらず下町の狭く汚い(失礼!)クラブで演奏することで日銭を稼いでおった。もちろん彼をリスペクトする若いロック・ミュージシャンはたくさんいたでしょうが、そういうところにやあやあと出て行って、物分りのいい大人な演奏など絶対しなかった。カッコイイですよね、や、それしか出来なかっただけかも知れませんが。。。





【収録曲】
1.You Don't Have To Go
2.For You My Love
3.You're So Cold
4.Hen House Boogie
5.Lunchbucket Blues
6.Don't You Want To Go Home With Me
7.Blue Shadows
8.My Baby Don't Love Me No More
9.Laundromat Blues
10.Looking For A Woman
11.Cross Examination
12.Homebrew
13.Right Now
14.Tore Down
15.Let The Good Times Roll
16.Do What You Will Or May


ハウンドドッグが亡くなってからのブリューワーは、相変わらずゲットーの仲間達とツルみ、派手ではないものの、しっかりとブルースに根を生やした活動をしており、ギターを持ってゴキゲンにブギーする彼の姿はやはり小さなクラブハウスにありました。

で、1996年にいきなり「ハウンドドッグに捧ぐ」なるタイトルで、新作としてこのアルバムがリリースされた訳です。

とりあえずその事実だけでも事件なのに、このアルバム何が最高かって、ちょいとスクロールしてもう一度ジャケットを見てください。明らかに目つきのヤバいおっさんが、シャツのボタンほとんど外して、手に持ってるのはギターじゃなくて何故かハンマー(!)こんなもんアーティスト写真じゃなくてリアル事件現場の防犯カメラじゃないですか。

内容は、そんなちょっとアレな感じのジャケットに負けず劣らずの、実にタフで1950年代とか60年代の”ヤバかったころのシカゴ・ブルースそのまんま”の濃厚な香りのする、見事なダウンホーム・ブルース。

ハウスロッカーズのあのプレイしか知らなかったから、どんな演奏するんだろうと、少しハラハラしましたが、1曲目ジミー・リードの「You Don't Have To Go」のゴキゲンなウォーキングと、程よいドスが効いて実に味のあるヴォーカル、そしてルーズだけれどもキメるところはバシッとキメるバンド・サウンドを聴いて「あ、これは間違いない」と思いました。

必殺のブギーは、もちろんいい感じのがたくさん入ってますが、それだけじゃなくて、スロー・ブルースでメロディアスなチョーキング(抑え目だけどこれがまたいい!)を披露してくれるギター・ソロも実は上手い、いや、旨いんですよ。

とにかく全く”作り物”な感じのしない、往年のシカゴ・サウンド(しかもかなりやさぐれて渇いた質感のある)ですよ。1995年の録音!?ウソでしょ、何このリアリティ!!と、100回聴いて100回思えるダーティーな雰囲気、実にヤクザで最高です。

大物のスーパープレイを聴く醍醐味はもちろん素敵ですが、ブリューワー・フィリップスみたいな、現場第一主義でずっとやさぐれてきた人のサウンドを聴いて「くーーーー!!」ってなる素晴らしさがブルースにはありますね、えぇ、あるんです。くーー!





”ブルース入門編 〜初心者のための優しいブルース講座〜”



『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

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