2017年11月01日

ミルフォード・グレイヴス Grand Unification

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Milford Graves/Grand Unification
(Tzadic)


『人々は美味しいものが食べたいとか、綺麗な景色が見たいとか、目や口に入れるもののことはとても気にする。だが耳に入れるものに関しては驚くほど無関心だ。目や口に入れるものと同じぐらい、耳に入れる音楽は重要だ』(ミルフォード・グレイヴス)



よく「音楽には特別な力がある」とか「音楽で救われる」とかいう話がありまして、こういう話をすると人はすぐ、やれスピリチュアル系だとか意識高い系だとか言いますが、アタシはこういった話、信じています。

というよりも「特別な力がある」とか、そういう大袈裟な話にしなくても、ホンモノのグッド・ミュージックには、聴く人に「あぁ、これいいね。。。」と、特別な感情を抱かせるものですし、或いは個人個人の思い出なんかと密接にリンクして、人生語る時にはなくてはならないものだったりします。

つまり「音楽には特別な、たとえば人を救うぐらいの力があって当たり前」だと思うんです。

当たり前のことをいちいち言葉で飾って言わなくてもいい。でも、グッド・ミュージックを聴いてたまに胸の内でそういったことについて深く考察してみるのもいいのでは?

という訳で、何でいきなりこういう説教臭いことを書いているのかと言いますと、ミルフォード・グレイヴスを聴いてるんですね。

えぇ、ミルフォード・グレイヴスという人はジャズ・ドラマーであり、特に過激と言われるフリー・ジャズの世界に長年身を置いて、同時にジャンルにはこだわらないパーカッショニストとして、音楽を演奏するということはもとより「音楽と肉体や精神との関係」というテーマを真面目に考察し、体育、哲学、医学とパーカッション・ミュージックとの融合も真剣に、現実的な課題として捉え、積極的な活動をしてきた人です。

1941年にニューヨークで生まれ、60年代にはジョン・チカイ、ラズウェル・ラッド、レジー・ワークマンらと前衛ジャズの画期的なユニット”ニューヨーク・アート・カルテット”を結成し、アルバート・アイラーやジュゼッピ・ローガン、などのアルバムに参加して、一躍”フリー・ジャズの代表的なドラマー”の一人として脚光を浴びておりましたが、彼のドラミングは当初から、激しく感情を炸裂させるパワー・プレイではなく、自由なリズム展開でありながら、独特の柔らかくしなやかな打ち方と”間”を活かした空間全体を大きく呼吸させるような、そんな解放感すら感じさせるプレイが特徴的でした。

1977年には日本のフリー・ジャズ・ミュージシャンらとの共演のために来日して、阿部薫や近藤等則らとレコーディングも行います(この時作成されたアルバムが「メディテイション・アマング・アス」という名盤なんですが、この話はまた後の機会に...)。

そん時に”フリー・ジャズだ!”と、感情に任せてギャー!!とやっている日本のミュージシャン達の音を聴いて一言

「No,Not Free」

つまり、お前たちの音楽は激しくて力強いけれども、そこに自由は感じないんだと。

この話を聞いて「あ、この人はカッコイイな」と思いました。

ただの外国の偉いミュージシャンが日本に来て、エラそうに説教タレたんじゃなくて、音楽の可能性を引き出そうとして放った一言であったことは、それまでのミルフォードのドラムを聴いていたからすんなり理解できました。

「自由」

というものを音楽で表現する時は、それはもう生半可な気持ちではできない、意識を魂の根っこまで集中させて、そこにある不自由の元みたいなものを解き放つ音楽をやらなきゃいけない。という考えで音楽をやっているミルフォードは、人にも厳しいですが、自分自身にはもっと厳しいんです。

『この物質文明の社会においては、精神的なもの霊的なものが疎まれている。あらゆるものが物質的なものとしてとらえられている。例えばリズムがそうだ。それは人間やあらゆる生命体とこの自然、宇宙を反映させた生命力の表われとそのヴァイブレイションの法則なのだ』


ちょっと他の人が言えば実に胡散臭い言葉かも知れませんが(実際アタシも周囲の誰か大したことない素人が言ってたら空手チョップぐらい喰らわせそうになると思いますが)、ミルフォードはこういった自身の思想を具現化するために、規則正しい生活と節制を心がけるところから始まって、音楽理論、歴史、文学、哲学、医学、政治、宗教、物理学に至るまでの全ての学問に音楽のヒントとなることを求め、太鼓の皮の張り方やドラムのチューニングひとつひとつにも「聴く人間の心と体に作用する方法」で行うように気を配っていると言いますからやはり大したもんです。

彼の発言は本当に勉強になり、思考に良い刺激を与えてくれるワードの宝庫なんですが、直接引用するととても次元が高過ぎてそれなりの勉強を要しますので、まとめとして簡単にしたものがコレ↓

『古代アフリカでは、音楽というのは言葉以上のコミュニケーションの手段だったんだよ。嬉しい、悲しい、苦しい、楽しい、その他あらゆる感情を太鼓を使って相手に伝えることが出来た。何故なら文明によって作られた余計なものがなく、みんな自然体で人の心の精妙なゆらぎも理解できていたし、雨が降るとかあそこに動物がいるとか、そういったことも普通に理解できていたからだ。今の文明社会は余計なものが多過ぎて、音楽も抑圧されて死んだ音楽になっているから、そういったものとは真逆にある”生きている音楽”を作ることが僕たちミュージシャンの使命なんだ』




(作家、立松和平との対談で、とてもいいことを言ってます。ちょっと長いのですが時間のある時にでも)





【パーソネル】
ミルフォード・グレイヴス(ds,perc,voice)

【収録曲】
1.Grand Unification
2.Transcriptions
3.Gathering
4.Decisive Moments
5.Memory
6.Know Your Place
7.Intuitive Transformation
8.Transcendence


ミルフォードの「他の人と共演した名盤」はいっぱいあって、特にアルバート・アイラーの「ラヴ・クライ」とか、ジュゼッピ・ローガンの「ジュゼッピ・ローガン・カルテット」なんか本当にカッコイイんですが、彼のパーカッショニストとしての凄さ、表現者としての哲学の深さを聴きたきゃこのパーカッション・ソロ・アルバムでしょう。

全編ミルフォードが様々なリズムを駆使して叩く、アフリカン・パーカションと、彼自身のヴォイス”だけ”なんですが、しなやかなタッチで、まるでメロディ楽器を奏でているような、ストーリー性を持ったリズム、それが演奏の中で様々な形に変化しながら、気が付けば聴く人の意識を優しく包み込んで、えも言えぬ豊かなグルーヴに、知らぬ間に引き込んで躍動させる。

正直「パーカッション・ソロなんて退屈なだけなんじゃないかなぁ・・・」と思っていましたが、それ以前に耳に全然キツくないこのフリーな音楽を、一枚流して聴いた後、特に何も考えてないのに、感想が言葉として出てくる前に、体が何かほんわか喜んでいるんですよ。

音楽聴いて頭で理解する前に体が喜ぶ。

うん、本当は当たり前のことなんですが、それをメロディとか詞とか、他の楽器の装飾とかなーんもなしで、太鼓と声だけで感じさせるミルフォード、本当に凄い。凄いんですよ。

だからこれをジャズだとかフリー・ミュージックだとか、そういう風に意識して聴くのはよろしくないですね。「イカすグルーヴ」とユルく思って聴きましょう。確実に楽しいです♪










『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

サウンズパル店主高良俊礼の個人ブログ
http://ameblo.jp/soundspal/


posted by サウンズパル at 19:34| Comment(0) | ジャズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする