2017年12月30日

ユタ・ヒップ・ウィズ・ズート・シムズ

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ユタ・ヒップ・ウィズ・ズート・シムズ

(BLUNOTE/EMIミュージック)

はい皆さん、2017年もあっという間で残り僅かとなっておりますが、如何お過ごしでしょう。

アタシはいつもと変わらず、働いたり動き回ったりしながら、いつもの倍ぐらいドタバタしています。

この数日、ユタ・ヒップについて書いております。ということは集中的に聴いている訳なんですが、いやぁ、こんな年末の忙しない時だからこそ、彼女のひとつひとつの音に丁寧に感情を乗せて奏で、かつしっかりとスイングしてドライブするピアノがやけに沁みて泣けてくるのです。

さて、その実力に見合ったキャリアを積むことなく、故郷ドイツから単身渡米し、名門ブルーノートに3枚の新録アルバムと、ドイツ時代に録音した1枚のアルバムをリリースしながら、2年にも満たない活動にひっそりと終止符を打ったユタ・ヒップの、今日は最後のアルバム『ユタ・ヒップ・ウィズ・ズート・シムズ』を皆様にご紹介します。

ライヴ・アルバム『ヒッコリー・ハウスのユタ・ヒップ』の内容に確かな手応えを感じていたブルーノート・レコードは、1956年7月、この女流ピアニストのスタジオ・アルバムを制作を考えておりました。

が、ユタは確かにピアニストとしてはオーソドックスなバップ・スタイルの中に、秘かに光る個性を持ちながらも、アメリカではまだまだ知名度が十分とは言えず、その上ピアノ・トリオというフォーマットでは、どうにも"押し"が弱く、ブルーノートでの1昨目のスタジオ・アルバムは、人気ホーン奏者と組ませた、少し賑やかな編成で行こうということになりました。

そこで白羽の矢が立ったのがズート・シムズです。

ズートはユタと同じ歳の1925年生まれで、まだハタチそこらの頃からウディ・ハーマン、スタン・ケントンといった大物白人オーケストラを渡り歩き、王道のスイング・テナーのスタイルでは、50年代当時の若手では最強と呼ばれておりました。

ジャズのスタイルがスイングからモダン・ジャズへと劇的に進化した後の1956年になっても、ズートはスタイルをほとんど変えることなく、時代の先端でソニー・ロリンズやスタン・ゲッツら同年代のモダン・テナーのスター達とも余裕で渡り合え、かつ豊かな暖かみに溢れた音色で、バラードやブルースもしっかりと聴かせることの出来る、真の実力派でありました。

資料によるとユタとズートは同い歳で、人見知りのユタもズートとは打ち解けて「一緒に演奏出来たらいいね」と楽しく交わしていたのがきっかけでこのセッションが実現したと書かれています。

多分実際は、当時人気と実力が絶頂にあり、かつ、ブルーノートのオーナー、アルフレッド・ライオン好みの"味のある黒いスイング感"を持っていたズートの作品を何とか作りたかったブルーノート側が

「う〜ん、ズートのレコード作りたいんだよなぁ。でもズートは今Prestigeとの契約があるし、リーダー作は無理か。・・・そうだ、ユタがズートと一緒にアルバム作りたいとか言ってたよな。丁度いいや、彼女のスタジオ盤にはホーンが欲しかったところだし、ユタ・ヒップのアルバムにズートがゲスト参加したってことにすればいいんじゃね?」

と、思い付いたんじゃあないかとアタシは思っております。






【パーソネル】
ユタ・ヒップ(p)
ズート・シムズ(ts)
ジェリー・ロイド(tp)
アーマッド・アブダル=マリク(b)
エド・シグペン(ds)

【収録曲】
1.ジャスト・ブルース
2.コートにすみれを
3.ダウン・ホーム
4.オールモスト・ライク・ビーイング・イン・ラヴ
5.ウィー・ドット
6.トゥー・クロース・フォー・コンフォート
7.ジーズ・フーリッシュ・シングス
8.ス・ワンダフル


(1956年7月28日録音)


で、内容なんですが、そんなブルーノートの思惑がチラチラ見えるぐらいに、見事なまでにズートが主役の作品に仕上がっております。

確かにこの当時は、ピアニストのリーダー作でメンバーのサックスやトランペットが目立ってることは(楽器の性質上)よくあったし、ユタも共演者差し置いてガンガン前に出る果敢な性格ではありません。

必然的にズートは目立ってしまうんですが、実はこのアルバム、トランペットでズートのかつてのバンドメンバーだったジェリー・ロイドという人も参加した2管編成なのですよ。

でも、トランペットやピアノに比べて、明らかにズートのテナーの音が、大きめに録音されてるんですね。

ズートの音は元々太くずっしりした、存在感のある音なんですが、それを考慮してもかなり意図的に目立たせようとしている録音であります。

「さぁ、大きな声では言えないが、あのズート・シムズのアルバムをブルーノートが作ってみたよ。ピアノは売り出し中のユタ・ヒップ。何?聴いたことないって?まぁ聴いてくれ、このコはドイツから来た女の子なんだが、ホレス・シルヴァーみたいな、なかなかに力強いファンキーなプレイをするんだぜ」


と言わんばかりです。

結果として、ブルーノートの「(表向き)サイドマンのズートを全面に押し出す録音」は大成功でした。

とことん豪快で、とことん男らしい優しさに溢れた、ズートのプレイが作品全体の舵取りをして、そこにしっかり寄り添うシンプルなバッキングと、ソロの時の繊細な煌めきに溢れたユタの機知に富んだピアノ、その横で控え目ながら味のあるジェリー・ロイドのトランペット、後ろでズ太い音でしっかりとした弾力あるウォーキングを刻むアーマッド・アブダル=マリクのベース、堅実な4ビート職人、エド・シグペンのドラムが無駄なく鳴り響く、実にバランスの取れた、飽きの来ない編成の妙が終始味わえます。

どの曲もこの時代のモダン・ジャズとして、または味わいの逸品揃いのブルーノートの作品として最高の出来ですが、1曲目のブルース曲『ジャスト・ブルース』と、バラードの『コートにすみれを』が出色ですね。
『コートにすみれを』は、ジョン・コルトレーンが初リーダー作の『コルトレーン』で、ジャズ史に残る名演を残していますが



繊細な音で訥々と愛をささやいているかのようなコルトレーンとはまるで違う、ふくよかな中低域を活かし、饒舌ながら余分な装飾のない、実にセンスの塊のようなズートのアプローチもまた、ジャズ・テナーの歴史に残すべきバラード名演と言えるのではないでしょうか。

ミデァム〜スローぐらいの、聴くにも味わうにも、心地よくノる分にもこのアルバムは最高です。

ユタにとっても、この作品は恐らく上出来で、これをステップにアメリカのジャズ・シーンで華麗な活躍を続けて行くはず・・・だったのですが、ユタはこのセッションの直後に

「アメリカに来て凄い人達の凄いプレイを目の当たりにして、私はすっかり自信をなくしてしまった」

という言葉を残してシーンから消え、二度と音楽の世界へカムバックすることはありませんでした。

ユタは音楽を止めてドイツにも帰らず、ニューヨークの裁縫工場で縫い子として働きながら、絵を描いて生活していたようですが、その後幸運には恵まれず、2003年独り暮らしの粗末なアパートでひっそりと息を引き取りました。享年78歳。

50年代ジャズの、都会的なセンスに溢れた彼女の作品は、どれもそれぞれに違った良さがありますが、改めて聴くとどれも共通する、ほんのりとした、哀しみが沁みます。





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2017年12月27日

ヒッコリーハウスのユタ・ヒップ Vol.2

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ヒッコリーハウスのユタ・ヒップ Vol.2

(BLUENOTE/EMIミュージック)


ユタ・ヒップという人は、ドイツからスカウトされてやってきて、1950年代のキラ星の如く輝くモダン・ジャズの名盤がズラッと並ぶBLUENOTEにおいて、ライヴ盤2枚を含む3枚のアルバムをひっそりと残し、わずか2年にも満たない活動を静かに終えてジャズの世界から姿を消した幻の女性ピアニストでありますが、その確かなピアノの実力、儚い哀愁をヘヴィな音色と強靭なグルーヴで織り交ぜたかのような唯一無二の個性でもって、決して”通好みの味わいあるミュージシャン”では終わらない強烈な存在感をジャズの歴史に刻み付けております。

前回ご紹介しました『ヒッコリーハウスのユタ・ヒップVol.1』は、そんな彼女がアメリカで初めて得た仕事、つまり彼女のピアノに惚れ込んでアメリカのジャズ界に連れてきた評論家レナード・フェザーが契約を取り付けたステーキのお店”ヒッコリーハウス”で行っていた定期ライヴの前半のステージを収めたライヴ盤です。

で、今日皆さんにご紹介する『ヒッコリーハウスのユタ・ヒップVol.2』は、同じ日の後半のステージを収めたライヴ続編なんですが、これがまたVol.1とは違った雰囲気で実に素晴らしい内容。



「何で1枚にまとめなかったの?Vol.1の評判が良かったから、後になって余った曲を集めてVol.2を作ったの?」

という読者の方からの声が、今微かに聞こえましたので、そこんところからちゃんと説明しますね。

まず、このヒッコリーハウスのユタ・ヒップ、Vol.1もVol.2も、作品として同じ時期にリリースされたものです。

何でわざわざ分けたかと言いますと、これは単純にこの時代のレコードの収録時間の関係上、2枚に分けざるを得なかっただけで、決してVol.2が後から出てきた没テイクを寄せ集めたものでもなければ、色気を出したレーベル側が、あざとく企画した続編でもありません。

そもそもがこのシリーズは『Vol.1』が前半の『Vol.2』の、同日同ステージの演奏を編集ナシで丸々収録したものであり、どういうことかというと

「ユタ・ヒップのライヴは素晴らしいから、これはどの曲もボツにせず、全部を発売すべきだと思う。何、収録時間が1枚に収まらない?だったら2枚に分けてリリースすればいい。多少売れ行きにムラはあるかも知れんがそんなことはどうだっていい。素晴らしい彼女の演奏を余すところなくジャズファンに聴いて欲しいんだよ」

という、ブルーノートのオーナー、アルフレッド・ライオンの粋で真摯なはからいなのであります。

そうなんです、ライヴ盤といえば今でこそツアー中のいくつかの演奏の中から出来の良いものをセレクトしたり、中の音にちょちょっと修正をかけたりして作られるものもあったりしますが、アルフレッド・ライオンという人はとことん現場主義で、良いと思ったら採算を度外視しても全曲収録したレコードをシリーズとして作り、かつまどろっこしい編集や、売るための細工なんぞは一切しない人でした。

何故、ドイツから来たばかりのほとんど無名のピアニストに周囲はそれほどまでに惚れ込んだのか?

それはアタシも惚れ込んだクチですから、演奏を聴いてくださいとしか言えませんが、この日のヒッコリーハウスでのライヴが、2枚の作品となってまで全ステージを収録したのかということに関しては、また別の理由があります。




【パーソネル】
ユタ・ヒップ(p)
ピーター・インド(b)
エド・シグペン(ds)

【収録曲】
1.風と共に去りぬ
2.アフター・アワーズ
3.ザ・スカーラル
4.ウィル・ビー・トゥゲザー・アゲイン
5.ホレーショ
6.アイ・マリード・アン・エンジェル
7.ヴァーモントの月
8.スター・アイズ
9.イフ・アイ・ハッド・ユー
10.マイ・ハート・ストゥッド・スティル

1956年4月5日録音


実は楚々とした気品の中に、どこか狂おしくて秘めた破壊衝動すらも感じてしまいそうな、奥深い感情のあれこれが渦巻いているかのような『Vol.1』と、エンジンがかかってグイグイ重く疾走するドライブ感でもってスイングする『Vol.2』は、雰囲気がまるで違います。

例えれば、恥ずかしがり屋で人見知りなユタさんと飲みに言ったとします。

繊細で控え目で、とにかく自分に自信がなかったと言われる彼女の性格ですから、まずはこう言ったことでしょう。

「あ、いや、私はお酒そんなに得意ではないんです。あ、話も聞いてるのは好きですがいざ喋るとなるとダメなんですよね。それと、私そんなに面白くないから・・・」

でも、彼女はとても慎重に言葉を選びながら、訥々とではありますが、その内容は真実の説得力に満ちたとても深い言葉が美しく煌めいている。そんな会話にいつしか同席している人はすっかり聞き手に回ってしまっい、気が付けば

「この人の話、もっと聞いていたい」

と、強く願うようになってしまっていた。


これが『Vol.1』です。

「あ、ごめんなさい。私の話・・・面白くないですよね。何か深刻な話ばかりしちゃってすいません・・・」

と言いつつも、酒は結構弾んでいて

「すいません、ウォッカください(5杯目)」

となってからが『Vol.2』です。

内気で知的な雰囲気は全く変わらず、酔いが心地良く回ったのか、彼女は次第に饒舌になってきます。

その言葉には気品が溢れ、どこか陰のある薄倖の魅力を常に漂わせながらも会話はリズミカルになって行き、意外にも低く、ドスの効いた言葉の力強さが前に出てきます(これ、最高にドライブする左手のフレージングのことを言ってます)。

彼女の魅力はでも、どんなに饒舌になっても、どんなに酔いが回っても決して大声を上げたり下品な内容にならないところで、どんな言葉もしっかりとその知性で選び抜かれた、余計な装飾や誇張のない、シンプルな真実が持つ芯の強さに溢れたものでありました。

そして彼女の仲間達、つまり優しく彼女の話を頷きながら聞き、お酒をそっとオーダーしたり、ツマミが切れたら運んで来たり、彼女が椅子から転げ落ちないように、しっかりと支えられる位置を近過ぎず遠過ぎない実に絶妙な距離でキープしているベースのピーター・インドとドラムのエド・シグペン。

えぇい、もう何か面倒臭いんでたとえ話終わりでストレートに演奏の話に戻しますが、このバックの2人のプレイがまた見事なんですよ。

方や”クール派”と呼ばれたレニー・トリスターノの愛弟子として、そのキッチリタイトなグルーヴに、まるでリズムマシーンのように正確な”4”を黙々刻むベーシストとして、一方は名手オスカー・ピーターソンやビリー・テイラーなど、軽やかなスウィング感が売りのピアニストとの相性抜群な、シャッシャと小粋なブラッシュワークで、演奏を心地良く飛翔させて加速させる知性派ドラマーとして名が知られた二人ですが、ここではインドは意外にもブイブイと弾力のある音で前に出て弾きまくり歌いまくってるし、シグペンも軽めのブラッシングではありますが、いつもよりリキが入ってビシバシやってハッスルしています。

とにかくもう、ユタさんの左手の強靭なグルーヴ感なんですよね。

バド・パウエルに憧れて、ホレス・シルヴァーに大きく影響を受けて、実際グルーヴィーなアップテンポの曲では独特の力強く粘る左手のラインが”まんま”だったりしますが、これだけ”ゴリッ”と骨太に走ってて、どこか儚さとか切なさを感じさせるのは、やはりこの人ならではのどうしようもないぐらいにこびり付いた個性だと思います。

インドとシグペンも、とにかくその左手に感化されまくって本気で飛ばしておりますよ。ライヴで火が点いたトリオの演奏としては、もう最高峰ぐらいの素晴らしく一体となったグルーヴであります。

ミディアムテンポの『ラ・スカラール』がもうとにかくバリバリで凄いです。聴いてください、いや、お聴きなさい。

あと、相当に濃いけどこの人のピアニストとしての本音、つまり”私はこうありたいのよ!”って部分は、2曲目のスローブルース『アフター・アワーズ』が悶絶モノの出来です。白人だとか女だとか、そういうの関係ない、誰が弾こうが感情を死ぬほど込めたらブルースはこんぐらいドロドロになるという美しい(えぇ、あえて)見本のようなブルースです。これもぜひ聴いてください。いた、お聴きなさい。






『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

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2017年12月26日

ヒッコリーハウスのユタ・ヒップ Vol.1

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ヒッコリーハウスのユタ・ヒップ Vol.1

(BLUENOTE/EMIミュージック)

冬になると聴きたくなるピアノといえば、そう、この人を忘れてはいけません。

モダン・ジャズ華やかかりし1950年代半ばにドイツからやってきてブルーノートに何枚かのアルバムをそっと残し、そして失意のうちにジャズの世界から静かに姿を消した哀しみの女流ピアニスト、ユタ・ヒップ。

確かな実力を持ちつつ、決してテクニックを派手に見せつけない楚々とした魅力のあるフレージング、そしてノリのいい軽快なナンバーを弾いてもどこか憂いを帯びた独特の音色。

ユタ・ヒップが作品を残したBLUENOTEの1500番台というシリーズは、それこそ全部のアーティストの全部の作品が”かっこいいジャズのお手本”と言っていいぐらいにファンキーでオシャレな名盤がズラッと揃っておるのですが、その中でも「ユタ・ヒップ」という文字があれば、何かこう「イェ〜イ♪」ではなく「キュ〜ン」と胸を締め付けられます。

アタシなんかは本日ご紹介する「ヒッコリー・ハウスのユタ・ヒップ」のジャケットを見て、このジャケに写ってる清楚な感じの白人女性をてっきりモデルさんだろうと思って「やっぱりブルーノートのジャケットは粋だよねぇ」なんてはしゃいでおったのですが、中身を聴いて自己紹介をするしとやかな声に続いて出てくる、さり気ない重みと哀愁のあるピアノに、最初からすっかり恋に落ちたクチです。

ユタとの出会いはバド・パウエルの『クレオパトラの夢』を聴いて、あの暗く重たい哀愁が、美しい旋律に引きずられながら転がってゆくの狂おしさが、あぁなんつうか凄くカッコイイなぁ、こんな感じのピアノもっとないかなぁと思っていた丁度その時だったんですね。

だからよく「ユタ・ヒップは革新的なスタイルを作った訳でもなくて全体的に地味だが好きな人は好き」みたいな紹介のされ方をした文章を見るんですが、アタシに言わせればてやんでぇなんです。

新しいスタイルを作ることがジャズじゃないし、影響を与えた人間の数で、そのアーティストの音楽的な価値が決まる訳ではありません。確かにユタはほんの少ししかアメリカのジャズ・シーンにいなかったし、そのスタイルも憧れだったバド・パウエルの影響からほとんど出ることはない、いわゆるオーソドックスなバップ・ピアノというやつではありますが、いやいや、音楽を聴きましょうよ。

この人みたいに内に秘めたものをフレーズに託して、情感豊かに鍵盤を転がせる人はちょっと他に見当たらないし、聴いた後にじわっと広がる儚い余韻の味わいというのがやはりどう聴いてもワン・アンド・オンリーの魅力があるんです。もちろんたった2年間のアメリカでの活動の中で残した数枚のアルバムは、どれも良質と言っていい味わいの深い逸品揃いなのです。

1925年にドイツのライプチヒで生まれたユタ・ヒップは、少女時代にジャズの魅力に目覚め、仲間達とバンドを組んで演奏を行ってましたが、時のナチス政権によってジャズは退廃芸術として弾圧の対象となっておりました。

けど、仲間達とこっそり集まっては外に漏れないようにジャズを聴き続けていたんですね。

やがて戦争が終わり、彼女の未来には希望の光が差し込みますが、この時ユタは決して許されない悲しい恋に落ち、私生児を身ごもって出産します(ユタが父親の事は一切口にしなかったので詳細は不明ですが、恐らくは進駐軍の黒人兵士との間の子ではないかと言われております)。

息子を生まれてすぐに養子に出し、全てをふっきるかのようにジャズにますます没入してゆく彼女は、やがて1950年代になると自分のバンドを率いるようになって、ドイツ全土でそこそこ名の知れた存在になり、その評判を聞きつけたアメリカのジャズ評論家レナード・フェザーがドイツに渡り何度も説得した上でアメリカに呼び寄せるという幸運に恵まれました。

が、実はユタはとてもあがり症で自分に自信が持てない性格のため、レナード・フェザーにほとんど強引に口説き落とされはしたものの

「自身がないから・・・多分少しだけ向こうに居てすぐに帰ると思う。それに私・・・私みたいな人間はきっと音楽だけで生活して行くことは出来ないと思うの。アメリカは都会だし、きっと私以上のピアニストなんていっぱい居るに決まってるわ・・・」

と、かなり後ろ向きだったようです。

不安がるユタに、何とかジャズ・ミュージシャンとしての本格的な活動を続けて欲しいとレナードは手を尽くしました。

まず、ニューヨークの多くのクラブハウスが集まる”西52丁目”地区にある、ライヴも出来るステーキの店”ヒッコリー・ハウス”のレギュラー出演者として彼女を出すように交渉し、これを承諾させ、更にブルーノート・レコードのオーナー、アルフレッド・ライオンに

「いやぁ、ドイツから凄いピアニストを連れて来たんだ。女の子なんだけどこれがバドみたいで凄く上手いんだ。アル、同じドイツ人だから贔屓してくれって言ってるんじゃない。アンタが音に公平なのはオレだってよく分かってる。まずは一度聴いてみてくれないか」

と、彼女を紹介。

レナードの言うように、音に関しては公平で厳しく、何よりも同じドイツ人だからと仕事の上でえこひいきするというような馴れ合いは、ドイツ人は大嫌いです。しかしそんなライオンをして「彼女のピアノいいね、ウチでレコード作るよ」と言わしめたユタ・ヒップ。



【パーソネル】
ユタ・ヒップ(p)
ピーター・インド(b)
エド・シグペン(ds)

【収録曲】
1.イントロダクション・バイ・レナード・フェザー
2.テイク・ミー・イン・ユア・アームズ
3.ディア・オールド・ストックホルム
4.ビリーズ・バウンス
5.四月の思い出
6.レディ・バード
7.マッド・アバウト・ザ・ボーイ
8.エイント・ミスビヘヴン
9.ジーズ・フーリッシュ・シングス
10.ジーパーズ・クリーパーズ
11.ザ・ムーン・ワズ・イエロー

1956年4月5日録音


で、この『ヒッコリー・ハウスのユタ・ヒップ』は、彼女がニューヨークへ来た最初の仕事をそのまま録音したアルバムです。

多分「あの性格ならスタジオでは緊張して本領を発揮できないだろう」と読んだライオンの彗眼でしょうね。その読み通り、このアルバムでは気負いも飾りもない、彼女の素の演奏が、しかも実際のステージでの演奏を順番すら変えずそのまま収録して『Vol.1』『Vol.2』という素晴らしいライヴ盤に仕上がりました。

今日ご紹介するのは、まずはVol.1の方です。

編成はユタのピアノに、ピーター・インドのベース、エド・シグペンのドラムス。

インドは当時最も革新的な集団として知られたレニー・トリスターノのバンドでリズムを支える知性派で、エド・シグペンの方は”ザ・トリオ”と呼ばれるオスカー・ピーターソン・トリオのレギュラー・メンバーを務める実力派中の実力派、特に2人共”ピアニストがリーダーの場合の引き立て方”というのを知り尽くしている、ユタにとっては最高の人選ですね。

実際、ステージを通してインドのキリッと締まった的確なウォーキングと、シグペンの繊細でメロディアスのブラッシュワークが、本当に素晴らしいサポートをしています。

そしてこのアルバム、全編に渡ってある種独特の重みを感じさせながらも見事にスイングして、美しいメロディもしっかりと過不足なく聴かせるユタのピアノの素晴らしさは余すところなく発揮されております。

聴きどころは前半のマイナー系疾走ナンバーの狂おしさが炸裂する『テイク・ミー・イン・ユア・アームズ』
と、しっとり落ち着いた哀しみをとことん聴かせる『ディア・オールド・ストックホルム』でしょう。

もちろん彼女にとっては”大好きなジャズ”を目一杯演奏してるんですが、この2曲には何というかそれだけでは終わらない凄みがみなぎっています。もう一度言いますが決して派手に弾きまくるタイプではないだけに、そしてアドリブも凄く丁寧に丁寧に弾いて、決して勢いに任せて熱くなるタイプではないだけに、秘めているものの重さ、あやうさみたいなものがキリキリと迫ってくるのです。はぁカッコイイ・・・。




『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

サウンズパル店主高良俊礼の個人ブログ
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