2017年12月25日

ローラ・ニーロ イーライと13番目の懺悔

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ローラ・ニーロ/イーライと13番目の懺悔
(ソニー・ミュージック)

はい、相変わらず”歌”というものについてガラにもなく真面目に色々考えております。

ここのところのアタシのテーマは”ブルースとローラ・ニーロ”なので、前回のデビュー・アルバム『モア・ザ・ア・ニュー・ディスカバリー』に続きまして、本日は1968年にリリースされたセカンド・アルバム『イーライと13番目の懺悔』について書きたいと思います。

前にもちょっとお話しましたが、ローラ・ニーロという人は、まるで歌という生き物が人間の姿をしているかのような、言ってみれば化身のような存在です。

大体シンガーとかミュージシャンというのは、優しいとか激しいとか、声が綺麗とかパワフルだとか、何かに特化した形容詞で語られることが多く、実際聴いてみたら「あ、その通りだ」と思うことも多いのですが、ローラ・ニーロに関しては不思議なことに「ローラ・ニーロは〇〇なシンガーだよ」と、一言で形容するのはなかなか難しく、例え出来たとしても、その形容詞から彼女の個性や存在感、または歌に込められた底無しの情感や情念といったものがスーッと抜けて行く。

無理矢理形容してしまえば、彼女の声はとても澄んでいて妖しく濁っていて、繊細な感情表現とパワフルなエモーションの塊が同時に滲み出ながら吐き出されていて、明るいけどどこか闇があり、複雑な思考とストレートな感情の吐露が同じ瞬間に同じ言葉をつぶやいて叫び、つまり彼女の声は聴く人の魂のための子守唄であり、彼女自身の叫びである・・・。と。かなり無理矢理な感じになってしまいますが、実際に彼女の歌を聴くと、この全部を「あ、なるほど」と思えてしまう。そういう特別なシンガーなんです。



【収録曲】
(Disc-2)
1.ラッキー
2.ルー
3.スウィート・ブラインドネス
4.ポヴァティ・トレイン
5.ロンリー・ウィメン
6.イーライがやって来る
7.タイマー
8.ストーンド・ソウル・ピクニック
9.エミー
10.ウーマンズ・ブルース
11.ファーマー・ジョー
12.ディセンバーズ・ブードア
13.懺悔
14.ルー (デモ) (Previously unreleased) (ボーナス・トラック)
15.ストーンド・ソウル・ピクニック (デモ) (Previously unreleased) (ボーナス・トラック)
16.エミー (デモ) (Previously unreleased) (ボーナス・トラック)

(Disc-2)
1.ラッキー (MONO)
2.ルー (MONO)
3.スウィート・ブラインドネス (MONO)
4.ポヴァティ・トレイン (MONO)
5.ロンリー・ウィメン (MONO)
6.イーライがやって来る (MONO)
7.タイマー (MONO)
8.ストーンド・ソウル・ピクニック (MONO)
9.エミー (MONO)
10.ウーマンズ・ブルース (MONO)
11.ファーマー・ジョー (MONO)
12.ディセンバーズ・ブードア (MONO)
13.懺悔 (MONO)
14.イーライがやって来る (シングル・ヴァージョン) (MONO)
15.セイヴ・ザ・カントリー(国を救え) (シングル・ヴァージョン) (MONO)


『イーライと13番目の懺悔』は、ちょろっと聴いて深く不思議な感動を、ヒリヒリした感傷の疼きと共に覚えたローラ・ニーロという人のことをもっと知りたくて、アタシが最初に買ったアルバムです。

黒の背景に黒髪の、何とも言えない知的な憂いを感じさせる表情の女性だけが大写しになったポートレイト、このジャケットだけで「あ、これは買いだ」と思ってなけなしのカネをはたいてレコードを購入し、想像よりもやはり素晴らしくバラエティに富んだ飽きの来ない内容に夢中になった思い出深い一枚なんです。

楽曲はファースト・アルバムより更にジャズ的な洗練を推し進めたような感じで、都会的なジョニ・ミッチェル、雨の日の透明なジャニス・ジョプリン、或いは感情の振れ幅が凄まじいキャロル・キング、のような感じと言えるでしょうか。明るいのにどこかエキセントリックな狂気、あぁまた形容詞の泥沼にはまり込んでしまう・・・。

このアルバムからもR&Bを代表するコーラス・グループ、フィフス・ディメンションがカヴァーした大ヒット曲『スウィート・ブラインドネス』や『ストーンド・ソウル・ピクニック』、そしてカヴァー・ヒットの大家といえばの3ピース・ロック/ポップス・バンド、スリードッグナイトがヒットさせた『イーライがやってくる』など、ソングライターとしての凄まじさを証明するポップス名曲がたくさん入っているし、かの鬼才ポップスター、トッド・ラングレンが「イーライと13番目の懺悔は僕が一番影響を受けたアルバムなんだ」と語るなど、”凄いよ”ということの裏付けにはかかせませんが、そんなことすらアルバムを聴いて彼女の歌を聴きながら、めまぐるしく展開する凄いアレンジの曲が持つ、ソウルもジャズもたっぷり入っているけど(サックスには何とズート・シムズも参加している!)、そのどちらからもカッコ良く飛翔しているグルーヴに身も心も任せながら「はぁあ・・・くぅぅ・・・」と悶えて聴くのが正解です。

それにしてもこの声、そして誰にでも受け入れられそうな(実際他人がカバーして大ヒットとなった)曲をたくさん作っていながらも、全てが個性的過ぎてリアルタイムではあまり多くの人に理解されなかったというローラの音世界。

その素晴らしさ、それ以上に感情の一番脆いところをダイレクトに揺さぶってくる”歌”や”音”が持つエモーションはどう言葉で表現したらいいんでしょう。分かりませんね、未だに分かりません。その底知れぬ、安易な形容を美しく拒絶するローラの魅力は怖いぐらいです。だからいつまでも飽きることなく聴き込む度に聴き惚れてしまいます。






『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』
posted by サウンズパル at 19:08| Comment(0) | ロック/ポップス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月24日

清水翔太 SNOW SMILE

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清水翔太/SNOW SMILE
(ソニー・ミュージック)

のっけから手前の話で恐縮ですが、たまにイベントなどに出て下手なサックスを吹いたり歌を歌ったりします。

で、生で他の人の歌や音を色々と聴いて、目の前にいる人達の音や言葉の世界にズブズブとのめり込んでいると、ふと「音とは何ぞや」「歌とは何ぞ」という深淵な思考に入ってしまうことがよくある訳です。

特に「歌」ってのは凄いですね、人間が声を出して、そこに言葉を乗せてそれをメロディーに乗っけると物語が出来上がってしまう訳ですから、アレ、凄いですよね、何でしょうね、と思いつつ、ここんとこブルースのことやローラ・ニーロについて書いておりますが、うん、やっぱり「歌」について考えるとこれはもうとりとめもない。恐らく永遠のテーマだと思います。

これは何もライヴで生の歌唱を聴いてるだけのことではなくて、ふと流れてる音楽を耳にした時もスイッチが入る時があるんですね。

で、そういう時のスイッチをよく押してくれる最近のシンガーといえば清水翔太です。

不思議なんですよねこの人の声は、力強い質感で聴いてる人の心をグッと鷲掴みにするタイプとは正反対の、とても優しくて繊細な高い声、でも一旦気持ちの中にスッと入ってきたらもう離さない、そういう芯の強さがある声なんです。

聴いた印象としては90年代の洋楽R&Bのあの爽やかさです。

そして日本語歌詞をそのグルーヴィーなサウンドに自然に乗せることの出来る独特の語感。

普通洋楽テイストのJ-POPは、ノリやメロディへの"収まり"を重視する余り、歌詞の意味が犠牲になることが多いんですが、この人の歌唱はとにかく言葉を大切に大切に、胸の奥底から掬って吐き出している感じで、メロディやサウンドの心地良さに耳を傾けていたら、いつの間にか言葉の意味が入ってきて、これは大変に良いと思って聴いています。

調べてインタビューなどを追いかけて読んでいたら、やはり90年代のR&Bやソウル・ミュージックには並みならぬ愛着があり、特にそれらの音楽が持つメッセージ性を大切にしたいと、その穏やかな歌声とは裏腹なアツいテンションで語っていて、こういった人が今の日本の音楽シーンで、若い人達のカリスマとして支持を集めている、最高じゃないかと、心は踊りますね。






【収録曲】
1.SNOW SMILE
2.側に...
3.DREAM -JAZZIN'PARK A LONG AUTUMN NIGHT REMIX-
4.SNOW SMILE -INSTRUMENTAL-



今日はせっかくクリスマスなので、そんな清水翔太のクリスマス・ソングを。

メロディは上質なR&Bです、そして雰囲気も最高にメロウなので、流して聴きながら雰囲気を味わうのも良いですが、歌詞も甘いだけじゃない切なさがフワッと溢れててこれまた良いのですよ。

クリスマスという特別な日に「ただいま」「おかえり」の日常の安らぎを求めるストーリー、まるで切ない映画のワンシーンを切り取ったような歌ではないですか。









『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』
posted by サウンズパル at 11:48| Comment(0) | クリスマス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月23日

チカソー

昨晩は名瀬屋仁川通りに程近い入舟町のバー『WOODNOTE』にて、アコースティック・クリスマス・ライヴに弾き語りで出演してきました。

といっても「クリスマス?ケッ」ぐらいの実に硬派で濃いメンツが集った、非常にディープで、10組出演した中で似通った音楽性の人達同士というのが全くいないという、色んなロックとロックンロールとブルースの狂乱の宴。えぇ、久々に深夜遅くまで楽しみましたよ〜。

「とりあえず歌え」というオファーを頂いた先週から、アタシは今回は全曲ブルースで行こうと決めてました。

しばらくギターを触ってなかったので、リハビリのためにオープンAチューニングの勘を取り戻すべくロバート・ジョンソンをやっていたら、案外弾けてなくもなかったので、ロバート・ジョンソンの2曲(『Kind Herted Woman Blues』『Come On In My Kitchen』は決まり。さてあとは何を歌おうか、おっとジョン・リー・フッカーの『Hobo Blues』があったべな、じゃあこれにしよう。あとオープン・チューニングでいけるのは・・・おぉ!アルヴィン・ヤングブラッド・ハートの『Big Mama's Door』があったではないか!じゃあこれ。

という具合に割と楽しく選曲をしてたんです。

で、久々の身を入れた練習。

洋楽曲を練習する時、アタシはまず歌詞カードをじっくり読んで頭に叩き入れ、歌詞カードがない時は聴き取りで歌詞の意味を頭に入れるところから始めます。

英語を”音”として覚えてその音の通り発声するのが一番手っ取り早いんですが、それだとよくある”雰囲気英語”になってしまいます。これはいけない。

という訳で、それこそこれらのレパートリーは頭に派生系の物語が生まれるまで何度も何度も聴き込んで読み込んで、昔モノにした曲ですが、意味を馴染ませるのにやり過ぎということはありません。

しかし、ひとつだけ歌詞の意味は分かったけど、その意図がよく分からなかったのが、一人だけ世代の違うアルヴィン・ヤングブラッド・ハート(1996年デビュー当時33歳)の『ビッグ・ママズ・ドア』です。



親指で弦をバチバチ弾く、非常にかっこいいデルタ・ブルース系の曲です。

このギターに憧れて、若い頃必死で研究し”オープンAの3フレカポ”に辿り着くまで3年ぐらいかかった曲なんですが、様になるように歌えるまでにはもっと時間がかかりました。

というのも、歌詞が実に牧歌的で、特にこれといった深い意味もないように、その当時思ったんですよ。

以下に歌詞と手前でやった訳をのっけます。


『Big Mama's Door』
(Alvin Youngblood Hart)

Goin' Down to Chikasaw
Gon' Take That Right Hand Road
Said I Ain't Gon Stop
'Til I Come Up in Big Mama's Door

Folk Down to Chikasaw
Say They All My Name
And When I'm Down There,Man
They Sho'be Glad I Came

Girl That I'm Lovin'
Got the Great Long Curly Hair
But Her Mama and Papa
Sho'Don't How Me There

What You Gonna Do
When You Find Your Biscuit Roller Gone?
Get in That Kitchen,Man
And Roll'em'Til She Come Home

Get Up in Them Woods
Man,We Sho' Have Lots of Fun
When I Come 'Round That Conner
Gonna See My Pony Run

Goin' Down to Chikasaw
Gon' Take That Right Hand Road
Said I Ain't Gon Stop
'Til I Come Up in Big Mama's Door

【日本語訳】※てきとう

チカソーへ行くんだ
道をまっすぐ、ビッグ・ママ(ばあちゃん)んちへ辿り着くまで
オレは一気に駆け抜けるんだ

チカソーのヤツらは
みんなオレの事を知ってるから
オレが来てそこに居る間は
いい感じに歓迎してくれるだろう

オレの愛しい女は
長いカーリーヘアだぜ
けどアイツのママとパパは
(オレに)あんまりいい顔はしない

ビスケットローラーが
なくなっちまっていたらどうする?
キッチンに駆け込んで
彼女が帰ってくるまでにロールしておけよ

森へ行こうぜ
たくさんのお楽しみが待っているから
そこのコーナーを回って来た時に
オレのポニーが走ってくるのを見たいんだ

チカソーへ行くんだ
道をまっすぐ、ビッグ・ママ(ばあちゃん)んちへ辿り着くまで
オレは一気に駆け抜けるんだ




どうです?簡単にいえば「ばあちゃんがいるチカソーに彼女がいる」ぐらいの他愛もない感じで、ビスケットローラーやポニーのくだりが、ブルースによくある性的な暗喩表現だなとは思うのですが、余りにもほのぼのとしてて、歌詞になかなか感情移入が出来ない。

ブルースの場合は歌詞の意味を呑み込むと、意味以上のへヴィなものがドワーッと降りてくる瞬間があって、アタシはコレを”ブルースが憑依する現象”と呼んでるんですが、この歌からは挑んでも挑んでも、待っても待っても”それ”が降りてこなかった。あぁだから家では歌っても人前で披露することはなかったんだ、そうじゃったそうじゃった・・・。

と、はいごめんなさいして歌詞カードを閉じようとしたんですね。

そしたら歌詞カードの隅っ子に書いてる注釈に

※チカソー:オクラホマ州に位置し、同名アメリカン・インディアンの居住区として知られる。

と、書いてあって、はい、読者の皆さんはこの時点でお気付きだと思いましょうが、アタシの脳裏を物凄い勢いで横切ったのはコレです。






この数日間、アタシの頭にこびりついて離れなかった『ブルースの成立とアメリカ・インディアンの”失われた文明”との深い関わり』のこと。

え、え、え??ちょっと待って!

と思って、アルヴィン・ヤングブラッド・ハートのことをよく調べてみました。彼もまたその複雑な成り立ちのブルースに出自が絡まっている末裔の一人ではないかと・・・。

アルヴィン・ヤングブラッド・ハートは1963年カリフォルニア州オークランド生まれ。

残念ながらその父母のルーツには、先住民と思しき人物の話は確認できませんでした(お父さんはGM社に務めるフツーのサラリーマン)。

が、彼の祖父母がミシシッピのデルタ地帯のど真ん中にあるキャロル・シティという村に住んでいて、少年時代はその”19世紀で時間が止まったような場所”で生活しておったそうなんです。

そして、そこに住んでいる叔父さんが、何と若い頃にチャーリー・パットンを観たことがあり、その話をアルヴィンは”鮮烈な原体験”として耳にしているという話なんですね。

ほうほう、ここでアタシの中で一本繋がりました。

そのギター・スタイルは戦前のカントリー・ブルースやヒルビリーまで網羅する幅広いものでありながら、とりわけミシシッピ・デルタ・ブルースへの造詣が深く、アルバム『ビッグ・ママズ・ドア』ではパットンの代表曲『ポニー・ブルース』をオリジナルに忠実な素晴らしいカヴァーで収録しているアルヴィンの、少年時代の鮮烈な原体験として、ミシシッピ・デルタでの生活や、叔父の「パットンを観た話」があるのなら、言い方は変ですがデルタの地霊となって彷徨っているパットンの、レコードや演奏を通しての交信というのはあったに違いなく、彼の内なるパットンが『ビッグ・ママズ・ドア』という曲を書かせた。

事実、この歌をパットンの物語として読み解けば、驚くほどリアルなドキュメントとして実感を覚えることが出来ます。


Goin' Down to Chikasaw
Gon' Take That Right Hand Road
Said I Ain't Gon Stop
'Til I Come Up in Big Mama's Door

そう”ビッグ・ママ”は実在したパットンの、アメリカ・インディアンの祖母であり、歌詞の中の”チカソー”は言うまでもなくその祖母の住む居留地。

Girl That I'm Lovin'
Got the Great Long Curly Hair
But Her Mama and Papa
Sho'Don't How Me There

そこでは美しく、自分に好意を寄せているネイティヴの彼女がいる(”カーリーヘア”で濁しているが”ロング・ヘア”は間違いなくインディアンの象徴)。しかし、黒人の血が濃い、つまりピュア・ネイティヴでないパットンが夫になることを、部族の両親は許さない。

Get Up in Them Woods
Man,We Sho' Have Lots of Fun
When I Come 'Round That Conner
Gonna See My Pony Run

Goin' Down to Chikasaw
Gon' Take That Right Hand Road
Said I Ain't Gon Stop
'Til I Come Up in Big Mama's Door

つまりこの居留地から抜け出して、二人で駆け落ちしようぜ。そう、今回こそはそのつもりで、オレ(パットン)はあの娘のいる、ビッグ・ママの居留地へ行くんだ。

と、最初の印象とはまるで違う深いストーリーが成り立ちます。

更に皆さん、この記事を読んで下さい(アタシにこのテーマについて考えるきっかけを与えてくださった方のブログ、必読です)↓
『岩野亮介 工房報告』〜 チャーリー・パットンのチェロキーへの帰属問題「Down the dirt road blues」

この歌詞をもっと深読みして

『”チカソーの娘”を、パットンが切望して結局勝ち取ることが出来なかったチェロキーの土地の権利』

として読むことは出来ませんか?



そして更に、これはアタシ自身の不勉強を恥じねばなりませんが、歌詞カード注釈の

『※チカソー:オクラホマ州に位置し、同名アメリカン・インディアンの居住区として知られる』

これ実は惜しい間違いで、地名の”チカソー”は、ミシシッピ州にある「かつてチカソー族が住んでいた土地」であり、そのチカソー族は、チェロキーやクリーク、チョクトー、セミノールといった他の部族らと共に、オクラホマの辺鄙な居留地に強制移動させられ、現在細々とその命脈を保っておるのです。

アルヴィンがその事実を知らないはずはなく、敢えて今現在チカソーの住んでいない”チカソーへ行くんだ”と歌った意図は、それこそ

「ブルースのルーツである、失われたアメリカ・インディアン文化への魂の旅」

であるのではないでしょうか。

いや、たまたま「この曲いいな、今度歌おうか」と、軽い気持ちで練習した『ビッグ・ママズ・ドア』の、一見他愛もない歌詞に、そこまで掘れる深い意味があったとは・・・。ただただ驚愕すると共に、これはもうブルースの導きだなと腹を据える気持ちでおります。

















”ブルース入門編 〜初心者のための優しいブルース講座〜”



『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

サウンズパル店主高良俊礼の個人ブログ
http://ameblo.jp/soundspal/
posted by サウンズパル at 14:36| Comment(0) | ブルース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする