
ジェイムス・イハ/レット・イット・カム・ダウン
(Virgin/EMIミュージック)
俗に「エヴァーグリーンな名盤」と呼ばれるものがあります。
アタシもクソガキだった時分からこの言葉をよく耳にしたり目にしたりしまして
「ところでエヴァーグリーンって何なのさ?」
と、周囲の人に質問しても、
「エバーグリーンっていやぁそらお前、エヴァーグリーンだよ」
「ビートルズのアルバム・・・とかのことなんじゃね?」
と、まるで意味が掴めない。
アタシも大概アタマが悪いのですが、この時ばかりは英語辞典などを引っ張り出して一生懸命調べました。
マジメ〜な辞典には
【エヴァーグリーン】※意味:樹木などが枯れることなく常に葉を繁らせていること。
とあります。
おっけー、何となく意味は分かった。つまり音楽で言うところの「結構昔に作られたやつだけど、その魅力が色あせない名曲や名盤のこと」でよろしいか。
・・・よろしかったようでございます。
はい、音楽の世界で”エヴァーグリーン”という言葉が使われている時、それは大体アコースティックで、どちらかといえば穏やかで、かつ世代を超えて「これ、いいよね」と和やかに愛され、聴き継がれているもののことと思って間違いない。
たとえばキャロル・キングの『つづれおり』とか、クロスビー・スティルス・ナッシュ&ヤングの『デジャ・ヴ』とか、おじちゃん、マーヴィン・ゲイの『ホワッツ・ゴーイング・オン』は?あぁいいねぇたまんないねぇ・・・。てな具合に、穏やかで優しくて、万人に愛される要素満載の名盤達のタイトルとジャケットと音楽が、脳裏にフワッと浮かび上がってきますねぇ。
で、歌は世につれじゃないけど、”エヴァーグリーン”と冠される作品というのは、ロックやソウル全盛期の60年代から70年代に限ったことではありません。80年代90年代、そして2000年代と、時代と共にテクノロジーも進化する時代にも、そういう一言でいえば”上質なポップ”が色褪せない作品というのは、しっかりとリリースされていて、ちゃんと聴き継がれているものなんですよ。
その中で90年代の「これは究極だな」と思い、今もこよなく愛聴しているのが、ジェイムス・イハのアルバム『レット・イット・カム・ダウン』。
この人はオルタナティヴ・ロックを代表するバンド、スマッシング・パンプキンスのギタリストなんですね。で、ビジュアルからお分かりのように、日系人です(でも日本語はほとんど喋れない)。
スマッシング・パンプキンスというバンドは、そのラウドでありながらキッチュな世界観を持つ、非常に個性的なバンドでありました。サウンドもなんですが、メンバー4人の見た目も、それぞれ非常にキャラが濃くて
CDを聴くだけでなく、PVも実に魅せる作りでとても楽しかった。
スキンヘッドの妖怪みたいなビリー・コーガン(ヴォーカル&ギター)の両脇に、謎の東洋人ジェイムス(ギター)、妖精のようなダーシー嬢(ベース)、そして背後にややゴツくていかにもアメリカの悪ガキ然としたジミー・チェンバレン(ドラムス)と、もう並んだ絵面を見るだけで「なんじゃこりゃ!」だったんですよね。毎回新曲が楽しみだったし、MTVとかで流される新曲のPVはもっと楽しみだったんです。
さて、そんなスマッシング・パンプキンスでジェイムス・イハはどんなギターを弾いてたかというと、ギターソロや主要なフレーズを派手に弾きまくるビリーのバックで黙々とコードやリフのバッキングに徹しておりました。
へぇぇ、普通ヴォーカルもギター弾くバンドだったら、ヴォーカルのヤツがコード弾いて、ギタリストがソロとか弾くんじゃない?と思われるところですが、そこんとこは本人が
「う〜ん、ビリーの方がボクより間違いない上手いしギターソロとかのびっくりするようなアイディアをいっぱい持ってる。だからボクは難しいことは彼に任せて、安心してリズムを刻んでるんだよ」
と、実に謙虚に語ってたりするんです。
なんだ、じゃあギターあんま上手くないのかと思うなかれ、実はスマパンの曲は、特にポップでドリーミーな曲でのクリーントーンでのイントロのアルペジオなんか、ジェイムスが弾いてるんですが、これが別に特別なことはやってなくても、何か切なくて”グッ”とくるんですね。
ジェイムスは、ギタリストとしてはそういう美的センスの部分で非凡と言っていいぐらい優れているし、何よりコンポーザーとして、ビリーの出したアイディアをハッキリと聴く人に伝わるようなサウンドにする才能に溢れていた人であったと言います。
【収録曲】
1.ビー・ストロング・ナウ
2.サウンド・オブ・ラヴ
3.ビューティ
4.シー・ザ・サン
5.カントリー・ガール
6.ジェラシー
7.ラヴァー、ラヴァー
8.シルヴァー・ストリング
9.ウィンター
10.ワン・アンド・トゥー
11.ノー・ワンズ・ゴナ・ハート・ユー
12.マイ・アドヴァイス*
13.テイク・ケア*
14.フォーリング*
*ボーナストラック
そんなジェイムス初のソロ・アルバムとなる『レット・イット・カム・ダウン』は、スマパン解散(2000年)の2年前の1998年にリリースされました。
最初は「スマッシング・パンプキンスのギタリスト、ジェイムス・イハのソロ・アルバム!」と言われても、「そうか、きっとそこはかとなくいいアルバムなんだろうな」ぐらいにしか思ってませんでした。まぁポップでキャッチーなギターポップでもやるんだろうと。ですがそれは、もう本当にナメた気持ちでした。
アルバム1曲目『ビー・ストロング・ナウ』の、爽やかなアコースティック・ギターのカッティングがシャランと鳴るイントロを聴いた瞬間「参りました、これは名盤です!」と、土下座したい気持ちになったんです。
いや、激しく心を鷲掴みにするようなロック名盤ならいざ知らず、正直アコースティックの、どこまでも爽やかで穏やかで、主張もそんなに激しくない、言い方が合ってるかどうか分かりませんが、こんなにさり気ないアルバムに、ここまでヤラレるとは思いもよりませんでした。
このアルバム、全曲通して”そう”なんです。
つまり、穏やかで優しくて、音もとことんシンプルにアコースティックで、しかもジェイムス本人の声も、ささやくような、つぶやくような、しつこいようですが主張も激しくないし、歴史を変えたとかそういうインパクトとは程遠い。いやむしろそういったものから一番遠い地平をイメージさせて、その清浄な空間で鳴り響く音楽なんです。
そして、大体ポップな曲や作品というのは、ちょっと聴き続ければ良い感じにBGMになっていくものなんですが、このアルバムに収録された曲に関しては、いつまで経ってもBGMにはなってくれません。いつまでもいつまでも、本当に心地良いんだけど、「歌」「曲」そして「音楽」として、爽やかなサウンドに秘められた想いの深さなものを聴き手にしっかりとした形で伝えてくる。
そのそこはかとなく超絶に深い優しさ、説得力は、70年代ポップスの色んな名盤と比較しても引けをとりません。いや、他の何かと比べるのが失礼なぐらい、このアルバムの世界は清らかに際立っております。
で、更に凄いのは、今スマパンを知らない若い人達の間で「ジェイムス・イハのアレ、いいよね」と、密かに聴かれているらしいのです。
エヴァーグリーンと言わずして何と言いましょうか。こういうのなんですよ、はい、こういうのなんです。
楽曲のどの瞬間を切り取っても、ポップスとして完璧に形が出来上がっていて、音からは言いようのない優しさとふわっとした切なさが零れてくるような、アタシが使えば柄に合わないかもしれませんが、センチメンタルとかロマンチックとか、そういった言葉に浸らずにはおれない、それもいつまでも。そんなキラキラした情景の美しさが、このアルバムなんです。
『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』
サウンズパル店主高良俊礼の個人ブログ
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