2018年01月31日

ジェイムス・イハ レット・イット・カム・ダウン


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ジェイムス・イハ/レット・イット・カム・ダウン
(Virgin/EMIミュージック)

俗に「エヴァーグリーンな名盤」と呼ばれるものがあります。

アタシもクソガキだった時分からこの言葉をよく耳にしたり目にしたりしまして

「ところでエヴァーグリーンって何なのさ?」

と、周囲の人に質問しても、

「エバーグリーンっていやぁそらお前、エヴァーグリーンだよ」

「ビートルズのアルバム・・・とかのことなんじゃね?」

と、まるで意味が掴めない。

アタシも大概アタマが悪いのですが、この時ばかりは英語辞典などを引っ張り出して一生懸命調べました。

マジメ〜な辞典には

【エヴァーグリーン】※意味:樹木などが枯れることなく常に葉を繁らせていること。

とあります。

おっけー、何となく意味は分かった。つまり音楽で言うところの「結構昔に作られたやつだけど、その魅力が色あせない名曲や名盤のこと」でよろしいか。

・・・よろしかったようでございます。

はい、音楽の世界で”エヴァーグリーン”という言葉が使われている時、それは大体アコースティックで、どちらかといえば穏やかで、かつ世代を超えて「これ、いいよね」と和やかに愛され、聴き継がれているもののことと思って間違いない。

たとえばキャロル・キングの『つづれおり』とか、クロスビー・スティルス・ナッシュ&ヤングの『デジャ・ヴ』とか、おじちゃん、マーヴィン・ゲイの『ホワッツ・ゴーイング・オン』は?あぁいいねぇたまんないねぇ・・・。てな具合に、穏やかで優しくて、万人に愛される要素満載の名盤達のタイトルとジャケットと音楽が、脳裏にフワッと浮かび上がってきますねぇ。

で、歌は世につれじゃないけど、”エヴァーグリーン”と冠される作品というのは、ロックやソウル全盛期の60年代から70年代に限ったことではありません。80年代90年代、そして2000年代と、時代と共にテクノロジーも進化する時代にも、そういう一言でいえば”上質なポップ”が色褪せない作品というのは、しっかりとリリースされていて、ちゃんと聴き継がれているものなんですよ。

その中で90年代の「これは究極だな」と思い、今もこよなく愛聴しているのが、ジェイムス・イハのアルバム『レット・イット・カム・ダウン』。

この人はオルタナティヴ・ロックを代表するバンド、スマッシング・パンプキンスのギタリストなんですね。で、ビジュアルからお分かりのように、日系人です(でも日本語はほとんど喋れない)。

スマッシング・パンプキンスというバンドは、そのラウドでありながらキッチュな世界観を持つ、非常に個性的なバンドでありました。サウンドもなんですが、メンバー4人の見た目も、それぞれ非常にキャラが濃くて
CDを聴くだけでなく、PVも実に魅せる作りでとても楽しかった。

スキンヘッドの妖怪みたいなビリー・コーガン(ヴォーカル&ギター)の両脇に、謎の東洋人ジェイムス(ギター)、妖精のようなダーシー嬢(ベース)、そして背後にややゴツくていかにもアメリカの悪ガキ然としたジミー・チェンバレン(ドラムス)と、もう並んだ絵面を見るだけで「なんじゃこりゃ!」だったんですよね。毎回新曲が楽しみだったし、MTVとかで流される新曲のPVはもっと楽しみだったんです。

さて、そんなスマッシング・パンプキンスでジェイムス・イハはどんなギターを弾いてたかというと、ギターソロや主要なフレーズを派手に弾きまくるビリーのバックで黙々とコードやリフのバッキングに徹しておりました。

へぇぇ、普通ヴォーカルもギター弾くバンドだったら、ヴォーカルのヤツがコード弾いて、ギタリストがソロとか弾くんじゃない?と思われるところですが、そこんとこは本人が

「う〜ん、ビリーの方がボクより間違いない上手いしギターソロとかのびっくりするようなアイディアをいっぱい持ってる。だからボクは難しいことは彼に任せて、安心してリズムを刻んでるんだよ」

と、実に謙虚に語ってたりするんです。

なんだ、じゃあギターあんま上手くないのかと思うなかれ、実はスマパンの曲は、特にポップでドリーミーな曲でのクリーントーンでのイントロのアルペジオなんか、ジェイムスが弾いてるんですが、これが別に特別なことはやってなくても、何か切なくて”グッ”とくるんですね。

ジェイムスは、ギタリストとしてはそういう美的センスの部分で非凡と言っていいぐらい優れているし、何よりコンポーザーとして、ビリーの出したアイディアをハッキリと聴く人に伝わるようなサウンドにする才能に溢れていた人であったと言います。




【収録曲】
1.ビー・ストロング・ナウ
2.サウンド・オブ・ラヴ
3.ビューティ
4.シー・ザ・サン
5.カントリー・ガール
6.ジェラシー
7.ラヴァー、ラヴァー
8.シルヴァー・ストリング
9.ウィンター
10.ワン・アンド・トゥー
11.ノー・ワンズ・ゴナ・ハート・ユー
12.マイ・アドヴァイス*
13.テイク・ケア*
14.フォーリング*

*ボーナストラック


そんなジェイムス初のソロ・アルバムとなる『レット・イット・カム・ダウン』は、スマパン解散(2000年)の2年前の1998年にリリースされました。

最初は「スマッシング・パンプキンスのギタリスト、ジェイムス・イハのソロ・アルバム!」と言われても、「そうか、きっとそこはかとなくいいアルバムなんだろうな」ぐらいにしか思ってませんでした。まぁポップでキャッチーなギターポップでもやるんだろうと。ですがそれは、もう本当にナメた気持ちでした。

アルバム1曲目『ビー・ストロング・ナウ』の、爽やかなアコースティック・ギターのカッティングがシャランと鳴るイントロを聴いた瞬間「参りました、これは名盤です!」と、土下座したい気持ちになったんです。

いや、激しく心を鷲掴みにするようなロック名盤ならいざ知らず、正直アコースティックの、どこまでも爽やかで穏やかで、主張もそんなに激しくない、言い方が合ってるかどうか分かりませんが、こんなにさり気ないアルバムに、ここまでヤラレるとは思いもよりませんでした。

このアルバム、全曲通して”そう”なんです。

つまり、穏やかで優しくて、音もとことんシンプルにアコースティックで、しかもジェイムス本人の声も、ささやくような、つぶやくような、しつこいようですが主張も激しくないし、歴史を変えたとかそういうインパクトとは程遠い。いやむしろそういったものから一番遠い地平をイメージさせて、その清浄な空間で鳴り響く音楽なんです。

そして、大体ポップな曲や作品というのは、ちょっと聴き続ければ良い感じにBGMになっていくものなんですが、このアルバムに収録された曲に関しては、いつまで経ってもBGMにはなってくれません。いつまでもいつまでも、本当に心地良いんだけど、「歌」「曲」そして「音楽」として、爽やかなサウンドに秘められた想いの深さなものを聴き手にしっかりとした形で伝えてくる。

そのそこはかとなく超絶に深い優しさ、説得力は、70年代ポップスの色んな名盤と比較しても引けをとりません。いや、他の何かと比べるのが失礼なぐらい、このアルバムの世界は清らかに際立っております。

で、更に凄いのは、今スマパンを知らない若い人達の間で「ジェイムス・イハのアレ、いいよね」と、密かに聴かれているらしいのです。

エヴァーグリーンと言わずして何と言いましょうか。こういうのなんですよ、はい、こういうのなんです。

楽曲のどの瞬間を切り取っても、ポップスとして完璧に形が出来上がっていて、音からは言いようのない優しさとふわっとした切なさが零れてくるような、アタシが使えば柄に合わないかもしれませんが、センチメンタルとかロマンチックとか、そういった言葉に浸らずにはおれない、それもいつまでも。そんなキラキラした情景の美しさが、このアルバムなんです。















『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

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2018年01月29日

ザ・アルマナック・シンガーズ WHICH SIDE ARE YOU ON? THE BEST OF

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The Almanac Singers/Whitch Side Are You On? The Best Of
(Revola)

ジャズをガンガン聴いていたら、アコースティックのゴキゲンな音楽を聴きたくなってきましたという訳で本日はフォークです。

このブログでは度々フォークについて解説しておりますが、フォークというのは元々「民謡」「民族音楽」という意味を持つ言葉であります。

アコースティックギターやその他の楽器を使って、伝統的な音楽を演奏する。それがアメリカにおける元々の”フォークソング”の始まりなんですね。では、アメリカにはどんな民謡があって、どんな民族音楽があったのでしょうと言えば、これは主にアメリカ南部から中西部におったアフリカ系黒人やアイルランド系白人の人達が歌っておった伝承歌です。

はい、お気付きの方も多いと思うんですが、この中で黒人達が歌っていた音楽は後にブルースと呼ばれ、白人達が歌っておった音楽が後にカントリーと呼ばれるものに進化して行きます。

実は奴隷としてアメリカ大陸に連れて来られた黒人達の子孫と、アイルランドの貧困から逃れるためにアメリカにやってきたアイルランド移民というのは、極めて近い生活圏におりました。

カントリーの生まれ故郷として知られる中西部ケンタッキーやテネシーは、アパラチア山脈に面する炭鉱地帯として栄えました。

ここに労働者として働いていたのが、黒人やアイルランド系、そして少数のヒスパニック系の人達。

それぞれが移民であり、人種的な対立は多少あったかも分かりませんが、そんなことよりもそれぞれの生活の方が切実であります。同じ鉱山で働くうちに、交流も生まれ、特に大事な娯楽である音楽ではそれぞれの楽器や民謡を持ち寄って、或いは辛い炭鉱でのうさを晴らすための歌詞を作ってはそれに曲を付けて楽しんでおりました。

ここでアフリカ由来のバンジョーと、アイルランドからやってきたフィドル(ヴァイオリン)、ヒスパニック系のギターが出会い、それぞれが「お前んとこのその楽器いいなぁ」と、交換していくうちに、カントリーの原型である”ヒルビリー”が生まれました。

労働者というのは基本的に旅から旅の旅がらすであったりします。

黒人が炭鉱で覚えたフィドルを農村に持ち帰って演奏すれば人気者となり、白人が街でバンジョーを弾けば「珍しい楽器だなぁおい」と注目を浴びるのは必然。という訳でフィドルは南部のブルースバンドの初期形態とも言える”ストリングス・バンド”のソロ楽器に、バンジョーはカントリーの基本となるブルーグラスという音楽には欠かせないものになって、それぞれのコミュニティでその奏法は独自の進化を遂げてゆくことになるのです。

ちょいと余談めいた話に思われるかも知れませんが、アメリカの”フォーク”を語る時、このブルースとカントリー、それぞれの誕生にまつわるエピソードは避けて通れないところでありますのでご容赦を。

何故ならばまだ”バラッド”とか”トラディショナル”と呼ばれていた頃の初期ブルースと、ヒルビリー時代のカントリーには、全く同じ歌が共通して伝承されていたりするんですね。今もスタンダードとして色んな歌が歌い継がれてもおります。



(その集大成みたいなアルバムがコレですね、ボブ・ディランによるトラディショナル・ソング弾き語り盤)


原初のフォーク・ソングというのは、それぞれの民族に伝わる伝承歌であると同時に、そういった貧しい境遇に置かれた人達による生活の歌でありました。

アメリカにおいて、これらの音楽が広く注目を集めたのが、太平洋戦争の終った1940年代から50年代にかけてであります。

何故流行ったかといえば、大恐慌と呼ばれる世界的な経済の行き詰まりが大きな戦争を引き起こし、アメリカはそれに勝利したんです。結果として経済発展を遂げ、多くの中産階級が生まれたんですが、その流れに乗ることの出来なかった人達の生活というのは相変わらず苦しい。で、相変わらず苦しい人達というのが、戦争の前から底辺であえぐ移民や貧しい労働者、田舎で小作農をやっている人達だったりする。

この人達の”フォークソング”が、都会に住む中産階級の人達の目を、彼らが置かれた貧しい境遇に向かわせることになります。

この流れがそのまま50年代〜60年代のフォーク・リヴァイバル運動、そして公民権運動ともリンクして行くんですね。で、戦後のアメリカン・フォークには2人の重要な人物がおります。

それが、ウディ・ガスリーとピート・シーガーであります。

両方ともフォークの神様として知られますが、季節労働者として各地を放浪しながら歌い歩いたウディと、ニューヨークで民俗音楽の研究家として知られるアラン・ロマックスの許で実地研修を重ねてフォークソングというものを体系的に理解し、身に付けていったピート・シーガーは、出自や活動的は違えど、それぞれの立ち位置から、社会問題というものを何とかしたい。そのために歌を使って多くの人々に貧しい人達の現状を知ってもらうことが大切だということを、切実に考えておりました。

シーガーはそんな訳で、1941年に歌手であり、社会活動家であったリー・ヘイズと共に”アルマナック・シンガーズ”を結成しました。このグループは、トラディショナルなアメリカの伝承歌を演奏し、かつ世相を見事に反映した歌詞で「歌う新聞の社会面」とも言われるほどの影響力を発揮し、フォークソングの新時代を切り拓きます。

これに、アラン・ロマックスの仲介で放浪のシンガー、ウディ・ガスリーが加わったり、ブルースギタリストのジョッシュ・ホワイトなど、多岐に渡る才能が集って、批評精神に溢れた歌詞とは裏腹に、実に楽しくゴキゲンな音楽を奏でる生楽器バンドとして、アルマナック・シンガーズの輪は広がっていくんですね。て、こんな表現でいいのか。





【収録曲】
1.Ground Hog
2.Ride an Old Paint
3.Hard, Ain't It Hard
4.House of the Rising Sun
5.Babe O' Mine
6.State of Arkansas
7.Side by Side
8.Away, Rio
9.Blow the Man Down
10.Blow Ye Winds, Heigh Ho
11.Coast of High Barbary
12.Golden Vanity
13.Haul Away, Joe
14.Sinking of the Rueben James
15.Union Maid
16.Talking Union
17.All I Want
18.Get Thee Behind Me Satan
19.Song for Bridges
20.Which Side Are You On?
21.Dodger Song
22.Plow Under
23.Liza Jane
24.Deliver the Goods
25.Billy Boy
26.Belt-Line Girl
27.Ballad of October
28.Washington Breakdown
29.Round and Round Hitler's Grave
30.C for Conscription
31.Strange Death of John Doe


はい、彼らのベスト・アルバムを聴いてみましょうね。

歌詞は貧富の格差や反戦、政治家や資本家に対する辛辣でコミカルな批判、或いは「労働組合に入ろうぜ」みたいなものも多く、えぇ?政治的??と思われるかも知れませんが、彼らの場合はどちらかというと「俺達の主張を聴け!」みたいな強制的なものじゃなくて、あくまでゴキゲンな楽曲でもって、この世の過酷な現実を笑い飛ばしたり「まぁ色々あるけど俺達楽しく乗り越えて行こうや」みたいな、あっけらかんとしたポジティブさを感じます。

チャカチャカと景気よく飛び交うギターやバンジョー、マンドリン、アコーディオンの音に、陽気なコーラス、その雰囲気はとことん”祭り”です。日本で言うならこれは明治時代に流行った”ええじゃないか”みたいなもんだと思います。誰でも寄っておいで見ておいで♪っていうアレですね。

とにもかくにも、その音楽の中には、戦前から確かに息付くアメリカン・ルーツ・ミュージック独特の、土や草の匂い、たくましく生きる人々の屈託のない生命力みたいなものを感じます。ブルースやカントリー
或いは日本のフォークでも、とにかくどれか少しでも好きで聴いている人にとっては、あぁ、これが戦後フォーク・ミュージックの原点だなぁと、楽しく聴きながらしみじみと思えることうけあいです。

そいでもって、パンクの持つメッセージ性みたいなのに強く惹かれる諸兄には、これはポーグスやジョー・ストラマー先輩のルーツとして、純粋に軽快な音楽に秘められたアツいものを感じてもらえればと思います。うん、楽しいよ。




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2018年01月28日

ガトー・バルビエリ アンダーファイアー

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ガトー・バルビエリ/アンダーファイアー
(Flyng Dutchman)

ここ数日に渡って、70年代ジャズそれぞれのスタイルの中からアタシの好きなアルバムをご紹介しております。

で、もうそろそろ飽きたと。別のを紹介してくれという声もちらほら挙がっておりますので、本日でキリ良く一旦この特集の打ち止めとさせて頂きます。

さてさて、ビリー・ハーパーデヴィッド・マレイというフリー・ジャズ系の人から始まって、大ベテランのディジー・ガレスピーによる見事なソウルジャズ/ジャズファンク、そしてフュージョンの立役者、コーネル・デュプリーによる見事なギター・アルバムと、紹介してきて、ひとつ気付いたことがあります。

それぞれにジャズという枠組みの中で、みんな”違い”を意識して、それぞれの信ずる表現にひた走っていた70年代ですが、実は彼らの手法には、”融合”という共通したものが必ず使われております。

その動機には「何か流行りのものを取り込んでおかないと時代に取り残される」という現実的な焦りの感情もあったにはあったでしょうが、この時代音楽はビシッとフォーマルにスーツをキメて演奏するものから、GパンにTシャツとか、或いはジャケットを羽織るにしてもネクタイなしのカラフルなものだったりとか、何というか
「音楽なんだから気軽に楽しもうぜ」という空気が世界中に良い感じに拡がっていったんではないかなぁ。

その結果として、ジャズの人達もソウルの人達も、ロックの人達も互いのフィールドを、古い慣習に囚われることなく行き来出来るようになったんじゃないか、そして、そういったセッションの中から「これは新しい!」と思われる音楽が、自然発生的に生まれていったんじゃないか(ファンクだってプログレッシブ・ロックだってそうですもんね)と、前向きに捉えていい部分もいっぱいあると思います。

で、ジャズの世界には、アメリカ国内で演奏されるポピュラー・ミュージックのみならず、国境を越えてやってくる音楽との、古くからの付き合いというものがございました。

それは何か?キューバやプエルトリコなどから、或いは中南米、メキシコを経由してやってきたラテン・ミュージックであります。

ラテンといえば戦前には既にデューク・エリントンらビッグバンドの人達が、そのリズムや扇情的なフレーズなどをスウィングジャズに上手に取り入れて料理しておりました。元々ニューヨークには独自の結構な数のラテン・コミュニティがあり、そしてジャズ・ミュージシャンも黒人なら、キューバとかからアメリカに移住してくる人達も、元々は先祖を同じくする黒人同士。

リズムで会話すれば、自然と打ち解けて深い交流が始まるんですね。

そんなこんなでジャズやブルースといったアメリカン・ブラック・ミュージックに根付いたラテン音楽は、1940年代には今度はアメリカのジャズの様式をキューバ音楽に取り入れることで成功して生まれた”マンボ”という音楽がアメリカに逆輸入(?)のような形でもたらされ、例えばディジー・ガレスピーや、R&Bジャンプ・ミュージックの巨匠、ルイ・ジョーダンなんかが、コミカルな自分達の楽曲に”ノリ”の要素としてラテンのリズムやエッセンス、ルンバのリズムなどをそのまんま取り入れて、すっかりポピュラーなものにして行くのです。

で、戦後50年代にキューバ革命が起こり、アメリカに亡命して来たミュージシャン達によって、本格的な”マンボ・ブーム”が起こり、社交ダンスにもラテンがちゃんとした項目として入ったりと「ラテン」というのは、これはもうお茶の間レベルでのポップな音楽として、アメリカで周知されて、アメリカで周知されちゃったらもう世界中でそんな感じに周知されるようになったんですね。

だがしかし!そんな”ポップなラテン”のあり方に一石を投じた、いや、図らずも一石を投じることになった男が70年代に颯爽と登場します。

肩まで伸びた長髪に黒いハット、大きなサングラスに胸元を大胆に開いたシャツで武装してサックスを吹く、アルゼンチンから来た伊達男。それが本日の主役、ガトー・バルビエリであります。

この人は元々「チャーリー・パーカーみたいなストレートなジャズをやりたくて」アメリカにやってきたんです。

でも、アメリカには凄腕のバップ吹きなんていくらでもいる。

そんな中で見事に芽が出なくて、ヨーロッパに移り住んだり、師匠のドン・チェリーと一緒にフリー・ジャズに手を染めて、ESPなんていうアンダーグラウンドで相当ヤバいレーベルから初リーダー作なんかを出しているうちに、音の根源に目覚め

「オレはラテン・アメリカンとしてのルーツを前面に出せばいいじゃないか。ショーで演奏されるような洗練されたラテン・ミュージックじゃあなくて、オレがちっちゃい頃から聴いてきた、喜びも哀しみもそのまんまブチ込まれたような、飾りのないアルゼンチンの音楽をやるんだ」

と、それまでやっていたフリーから大きく舵を切って、フォルクローレやタンゴなどの要素をそのまんま煮込んだような楽曲、そして中南米の民族楽器をジャズのフォーマットにフツーに取り込んだ編成のバンドを組み、70年代に大ブレイクを果たしました。

その路線は大いに当たり「ジャズに注入したラテンの濃い血」とか「激情のテナー」とか言われておるうちに、日本ではその哀愁とコブシの効きまくったサックスが、演歌の血を持つ日本人から多大なる共感を引き出して、ジャズ喫茶でのリクエスト上位の常連になるほどの人気者となったんです。



【パーソネル】
ガトー・バルビエリ(ts,vo)
ジョン・アバクロンビー(g)
ロニー・リストン・スミス(p,el-p)
スタンリー・クラーク(b)
ロイ・ヘインズ(ds)
アイアート・モレイラ(ds,perc)
ジェームス・エムトゥーメ(perc)
ムーレイ・マリ・ハフィッド(perc)

【収録曲】
1.エル・パラナ
2.月に歌う(トゥクマンの月)
3.アントニコ
4.マリア・ドミンガス
5.エル・セルタオ

(録音:1971年)


そんなガトーがまず「オレはラテンで行くべ」という宣言のようなアルバムを出したのが、フライング・ダッチマンという”新しいジャズをやるべよ!”と気炎を上げていた新興のジャズ・レーベルであります。

ここのプロデューサーが、60年代に”インパルス・レコード”のプロデューサーとして、コルトレーンやそれに続く新しい感性を持ったジャズの若手を次々世に送り出した人で、こういう人がまぁガトーのような、どこにも寄りかからない個性(クセともいう)を持った人は放っておかなかったんですな。ガトーの”これがやりたい!”という、当時のジャズの常識からしたら相当無茶なコンセプトを、フライング・ダッチマンというレコード会社は見事なフォローでしっかりと作品化してくれておるんです。

メンツを見ればロニー・リストン・スミスにジョン・アバクロンビー、スタンリー・クラークにアイアート・モレイラ、そして何故かロイ・ヘインズという、脈絡もへったくれもない、ジャズのあらゆるスタイルからの選抜メンバーが顔を揃えてますが、顔ぶれからはほとんどラテン色は見えてきません。

強いて言えばパーカッションを3人揃えた辺りに意気込みを感じますが、やっぱりロニー・スミスやスタンリー・クラーク辺りから感じるのは、柔らかファンク、スピリチュアル・ジャズ路線かな〜?という感じです。

ところがどっこい、このアルバムで見事主導権を握っているのはガトーとパーカッション部隊で、サウンドは見事にラテン。いや、当時アメリカで流行っていたマンボやサルサなんかのああいうポップな感じは一切なく、むしろもっともっと"土着"が濃い、見事にサイケデリックな密林音楽の趣が、それぞれのはっちゃけた即興演奏を軸にカラフルに展開され、その中でガトーのテナーが目一杯の感情を爆発させて、泣き叫び、むせび泣くのであります。

最高なのがアルゼンチン・フォルクローレの英雄のアタエアウタ・ユパンキ『トゥクマンの月』のカヴァーです。

これ、マイナー調の三拍子なんですが、ガトーのテナー、目一杯コブシを効かせてアドリブを吹かず、原曲の美しいメロディーをひたすら忠実にやってます。

で、オープニングからアドリブを敷き詰めるのがロニー・リストン・スミスのピアノだったりするんですが、これがもうこれがもう、これがもう素晴らしい!原曲メロディを忠実に吹くガトーと対象的にアドリブだけで弾き切るピアノ、この流れが美しくて毎度言葉も出ませんのよ。

で、ガトーがメロディ吹いて歌うんです。ガトーはサックスと違ってヘナッとした声で決して上手くはないんですけど、実に味があって切ない節回しで、あぁ、この曲のこのアレンジだったらこの声じゃなきゃっていう、妙な説得力があるんです。ジョン・アバクロンビーが弾く中南米臭プンプンのガットギターのカッティングもたまりません。

「ガトーはどれもいい」が私のモットーですが、特に70年代のガトーは、ジャムセッションならではのスリル、そしてジャズのあれこれを知り尽くしたメンバー達による独自の解釈が良い方向に作用した「ラテン・ミクスチャー」なムード、そしてこのアルバムの『トゥクマンの月』みたいな必殺哀愁曲が入っておりますので、皆さんにはたまらなくオススメ致します。良いよ。



(フォルクローレの英雄、ユパンキのアルバム。コレ聴けばガトー・バルビエリが何を表現したかったのかの理解もグッと深まりますぜ♪)


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