2018年01月15日

キャロル・キング ファンタジー

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キャロル・キング/ファンタジー
(ソニー・ミュージック)

昨日は70年代ニュー・ソウルの旗手、ダニー・ハサウェイの名盤『ライヴ』を紹介しました。

戦後アメリカが反映の影で抱えていた様々な問題は、公民権運動やベトナム戦争、ヒッピー・ムーヴメントなど、といった大きな社会的な動きの中で、その問題を大きく外に噴出させます。

これに大きな反応を示し、社会の動きをある方向からリードしていたのが音楽のシーンであります。

とりわけアメリカ北部、シカゴやデトロイトといった都市部での黒人ミュージシャン達は、人種差別や貧困といった、自分達の直面する問題にとりわけ真剣に向き合い、あらゆる形の問題提起を歌詞に込めた歌を作るようになりました。

音楽的には元々”ノーザン・ソウル”と呼ばれていた北部のソウル・ミュージックは、60年代から70年代にかけてその洗練を更に加速させていきます。

この非常に社会的知性の強い歌詞と、都会的な洗練を極めたサウンドというのは、これを好む多くの若いリスナーだけでなく、既にシーンの表舞台で活躍している、一流と呼ばれるアーティスト達からも憧れの対象として見られておりました。

ダニー・ハサウェイが1970年『Everything is Evreything』(邦題『新しいソウルの光と道』)をリリースしてソロ・デビューを果たした時、このレコードを夢中になって聴き、周囲のミュージシャン仲間達に「これは最高に素晴らしいからぜひ聴きなさい」と配って回ったシンガーソングライターが、キャロル・キング。

彼女のダニーへの傾倒は半端なものではなく、アルバム『つづれおり』に収録した『きみの友だち』をダニーに提供。この歌はダニー・ハサウェイ&ロバータ・フラッグのデュオによるスマッシュ・ヒットとなり、もちろんダニー自身の持ち歌ともなります。

アタシなんかはどうしてもキャロルといえば『つづれおり』のイメージがあって、その完璧過ぎるほどに完璧なポップス。つまり爽やかで聴き易く、耳にスイスイ入ってくる究極に優しくちょっと切ない彼女の音楽が、その頃アタシの知っているソウルやR&Bと直接繋がらなくて「んん?」と思ってたんですが、それは違うんです。大きな勘違いだったんです。

アタシがキャロル・キング独特の”この感じ”と思っていた音というのは、実は60年代のノーザン・ソウルが下敷きになった、ソウル・ミュージックの延長線上にある音だったんです。

「ソウル大好き!」を公言してはばからなかったキャロルが、そういう意味で本当にやりたい音楽をやったアルバム、つまり目一杯「私のソウル」を歌ったアルバムが1973年リリースの『ファンタジー』でありましょう。




【収録曲】
1.ファンタジー・ビギニング
2.道
3.愛
4.涙の消える日はいつ
5.愛の日々をもう一度
6.ウィークデイズ
7.ヘイウッド
8.この手に平和な世界を
9.悲しみのシンフォニー
10.微笑にささえられて
11.コラソン
12.ヒューマニティ
13.ファンタジー・エンド
14.ビリーヴ・イン・ヒューマニティー(Live)*

*ボーナストラック


全曲作詞作曲、そしてバックにはデヴィッド・T・ウォーカー(ギター)、チャールズ・ラーキー(b)、ハービー・メイソン(ds)というリズム・セクションを軸にした、ソウル/ジャズ・ファンク系の腕利きミュージシャンで固めた完璧な編成。

そしてキャロル自身が「ファンタジーの世界なら黒くも白くも、男にも女にもなれるの」と高らかな宣言から始まり、貧困、人種差別、麻薬やシングルマザーの問題など、正にニュー・ソウルが提起していた歌詞が、キャロルの繊細なハスキー・ヴォイスと最高にメロウなグルーヴと共に、優れた物語のように空間を流れ、包み込み、消えた後にもヒリリと切ない余韻を残します。

例えば『道』(『You've Been Around Too Long』)の、クールに刻まれるハイハットの16ビートと、デヴィッド・T・ウォーカーが奏でる、上品な色気に満ちたギターの甘い甘いトーンが刻む絶妙な”裏”のカッティングといったらもう絶品です。

キャロル本人が言うように、これは黒人とか白人とかそういう表面的なことは全く関係ない、社会との軋轢に悩む全ての若者に向けて優しく優しく奏でられる最高のソウル・ミュージックであり、そして最高のポップスでありましょう。

この、ソウルへの傾倒が単なるミーハーなものではなく、その音楽的な美しさや思想の切実さに共鳴したキャロルの”本気”であることは、やや暗いトーンで切々と愛と平和を訴える『愛』(Being at War With Each Other)や、タメの効いたリズムとピッタリと息も音色も合わせた彼女のピアノがカッコイイ『ハリウッド』、そしてこのアルバムのハイライトであり、彼女が作った全ての楽曲の中でも屈指の名曲『ヒューマニティ』(Believe in Humanity)の妥協のない”アーバンなファンキーさ”で、心身両方の奥底で感じてください。

正直キャロル・キングは『つづれおり』が名盤で、それさえ聴けば後は一緒だろうと思っていたアタシ、もちろん『つづれおり』が彼女の代表作で20世紀のポップスそのものの究極形と言っていい珠玉の名曲揃いなモンスター・アルバムであるという認識は少しも揺らぎませんが、彼女が大好きな音楽を、理想のサウンドを奏でるメンバー達ととことんまで突き詰めたこの『ファンタジー』、どれが好きかと言われたら「コレが一番好き!」と即答で答えてしまう作品です。

『つづれおり』しか聴いたことない人はぜひとも、そうでなくてもソウル好きならば何が何でも(!)





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『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

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2018年01月13日

ダニー・ハサウェイ ライヴ

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ダニー・ハサウェイ/ライヴ
(Atco/ワーナー・ミュージック)

デジタルダウンロードが最盛の時代にあって、ここのところアナログレコードやカセットテープなどの売り上げが伸びていると聞いております。

ほんでもって、僅かではありますが「やっぱり音楽はCDで聴きたいな」と、ダウンロードからCDに戻っている人もいるよという嬉しい話も耳にします。

当たり前の話ではあるんですが、やっぱり音楽ソフトっていいよねって思うのは、中身だけではなくて、歌詞カードやブックレットからジャケットに至るまでが、そのアーティストの心が入ったひとつの”作品”なんですよね。

で、不思議なことにそういう付加価値のいっぱいあるものってのは、手にした人にもたくさんのエピソードをお届けしてくれます。

「あのCD聴いてた時に失恋してさ、毎日泣きながら聴いてた」

とか

「友達の家に行ったら誰々のCDがあって、聴かせてもらったらエラいカッコ良かった」

とか

あぁすいません、アタシは発想が貧困な人間なので、こういったベタなたとえしかパッと出てきませんが、とにかくCDやレコードとか、そういった”モノ”としての音楽ソフトは、手にした人にとって、その人だけの特別な思い出が出来るんだよ、だからとってもいいもんだよ。

ということを、アタシはこれからも大々的に説いていきたいと思っております。

や、とにかく手軽に音楽聴きたいって時にはダウンロードも全然アリだし、youtubeで知らないアーティストを検索で引っかけて出会うとか、そういうことも素晴らしい。音楽に使うお金だって限られている訳だし、色んな素敵なものがタダで聴ける環境があるってのは否定しても何も始まらんですが、それを十分に肯定した上で

「気に入ったやつは記念としてCDとかレコードで聴いてみる」

っていうことを、どうかやってみてください。アナタの気に入った音楽の方からアナタに何らかの形で応えてくれるでしょう。

はい、音楽って本当に良いもんなんですよ。何より心を豊かにハッピーにしてくれる。


特にCDやレコードなど「作品」として作られた音楽にとっては、アルバム1枚という作りはひとつのドラマであります。

聴いているうちに、この曲がどうとかいった感覚ではなく「何か1枚通して聴いてしまうよね、グッとくるわ〜」という上質な感動に包まれる。

どのジャンルにも、そういったものの”究極”というのがあって、そういうのがいわゆる名盤というやつになります。

ベタな展開ですまんですが、今日は名盤を紹介しましょう。

その昔、アタシが大人になるかならないかぐらいの時、音楽好き、ロック好きの先輩の家に遊びに行けば、大体の確立でその人の家にあるアルバムというのがありました。

ダニー・ハサウェイの『ライヴ』です。

たとえば、CD棚にメタルやらローリング・ストーンズやら並んでいる中に、もしくはRCサクセションとかボ・ガンボスとか並んでる中に、唐突に『ダニー・ハサウェイ/ライヴ』と書かれた背表紙を発見するんですね。

そして、その率というのが、どういう訳か異常に高い訳です。

訊けば大体

「おぉ、コレはソウルだね。これいいぞー」

と、単純明快な答えが返ってきます。

というのも、この人達は「それ以上は知らん」訳なんですが、でも「これはいいものだから」と手に入れて棚に置き、大事に聴いてる訳です。

その頃はアタシもソウルとかはそんなに知らんかったので「ほぉ〜」ぐらいな感じでした。「どんな感じっすか?」と尋ねて耳にしても「なるほどオシャレでカッコイイわ」ぐらいの感想でとどまっておりました。ブルースは好きだったんですが、その反動でブラック・ミュージックには容赦ない濃さ/ドス黒さみたいなのを求めてたから、70年代の洗練されたソウル・ミュージックっていうのは、あぁ、まだオレには早いかなとしか、その頃は突っ張ってたので思えなかったんですね。

でも、そのほんの数年後に、このアルバムの凄さというか奥底からくる凄い”泣き”の部分に触れて

「うぉ!ダニー・ハサウェイって凄いですね!!あの”ライヴ”ってアルバム超名盤じゃないですか!!」

と興奮し、その都度

「いやだからお前、アレはいいぞって俺言っただろ」

とツッコミを喰らいました。





【収録曲】
1.愛のゆくえ(What's Going On)
2.ザ・ゲットー
3.ヘイ・ガール
4.きみの友だち
5.リトル・ゲットー・ボーイ
6.ウィアー・スティル・フレンズ
7.ジェラス・ガイ
8.エヴリシング・イズ・エヴリシング

何がどういうきっかけで、急に響いたのかは分かりません。ハタチ頃のアタシの精神状態といえば、よくある若者に特有の不安定なそれで、バカみたいなことばかり考えていて心はキュウキュウだった。そんなバカみたいな心に、この人の声、メロウでとことん優しい演奏、最高に暖かなライヴ会場の雰囲気みたいなものが一気に押し寄せたんでしょう。

何とはなしにいいなと思って聴いていたマーヴィン・ゲイの『ホワッツ・ゴーイング・オン』と、元々好きだったキャロル・キングの『きみの友だち』という2曲の絶品カヴァーが、とにかくぶわっときて、涙腺を刺激しました。

いや、人間本当に感動的なものに触れると、何も言葉が出なくなってボロボロと涙だけ出るってのは本当ですね。そんな体験がアタシの”はじめてのダニー・ハサウェイ体験”でした。いや、厳密には”はじめて”ではなかったんですが、そんなこたぁ関係ありません。感動で胸がいっぱいになったんです。

ダニー・ハサウェイがマーヴィン・ゲイ、カーティス・メイフィールドと並んで70年代ニュー・ソウルを代表するシンガーということや、元々アレンジャー/作曲家として60年代シカゴのソウル・シーンでは高い評価を受けていた人だったということ、彼のオリジナル曲はとても優しいけど、歌詞には非常に社会性の強いメッセージが込められているということ、ソロ・アーティストとして順調な活躍をしていたけれど、精神の病に悩まされ、若くして不幸な事故でこの世を去ってしまったことなどは、後で知りましたし、いずれもこのアルバムを聴いた”感動の裏付け”でありました。

もちろんロックやブルース、フリージャズだらけのアタシのCD棚に「珍しくソウルのアルバム」としてこのアルバムはありましたし、その後これを中心に70年代ソウルのCDもどんどん増えていったのでした。今でもこのアルバムは、色んな音楽の「これ、優しいな」という部分を見出すための、良い基準となっております。つまり良いんです。えぇ、言葉なんて今も上手に出てきません。







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『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

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2018年01月12日

レイ・ハラカミ Unrest

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rei harakami/unrest
(Rings)


当時はアタシもリリースされる新しい音楽や古い音楽を、ただ夢中で追っかけてすげーすげー言ってただけでしたが、今になって考えてみると1990年代というのは、新しい手法で作られる音楽も、伝統的な手法への回帰を高らかに謳う音楽も、皆「今のリアルな音」というのもを表現の芯の部分に持ちながら、それぞれのジャンルが試行錯誤と切磋琢磨の程良い緊張感に満ちていたと思います。

だから自分がハマって購入するジャンルというものはあっても、その周辺で、例えば仲の良い友達とかがハマッているジャンルの音も聴かせてもらっては刺激をもらうというのは、音楽を聴く上でごく当たり前のことだったんですね。

とりわけアタシの周囲は、テクノに強烈にハマッてる人が、どこに行っても一定数おりました。

テクノに関しては

「何かアレだろ?打ち込みの繰り返しリズムの上で、電子音がピコピコ言ってるようなやつだろ?」

ぐらいに思っておりましたが、友達から

「いや違うよ、コレ聴いてみろよ!」

と言って聴かされたものがいっぱいあって、その中で

「なるほど、これはちょっと並の感性じゃないかも知れない。つうかテクノとかどうとかじゃなくて普通にカッコイイ音楽として聴けるぞ」

と思ったアーティスト達の中から、エイフェックス・ツイン、スクエア・プッシャー、ケン・イシイの名前を覚えました。

これも今にして思えば、なのですが、80年代は音楽が中身の質の部分はとにかく、出来るだけ新しく、いろいろ出来る機材を導入して、最先端の音を作ろうという考えの元に、テクノロジーを使った音楽というものが、シーンの表舞台で華やかに鳴り響いていたような気がしますが、これが90年代に入ってくると、進化というものに留意しつつ、その中で「新しい音楽」を奏でるために敢えて最先端よりも個性を確立することを選ぶアーティストが、ぼちぼち表舞台にも出てきた時代だったのだと思います。

で、テクノ・シーンの話になるんですが、外から見たら単なる”無機質な打ち込み音楽”でしかなく、恐らく中で音楽を作ってる本人達も「あぁそれで結構だよ」という意識があったのかも知れません。

テクノやハウスといった音楽は、あくまでクラブ・カルチャーの中の現場でその音を浴びて踊る人達のための音楽という認識があり、世に出される作品というのは、アナログレコードにジャケットすらない白とか黒とかの愛想のないプロモ盤のようなものばかりであり、事実それらは「今度クラブでこういう音楽流すから」というアーティスト達の無言の意思表示でもありました。

ところが90年代以降、この流れに変化が起こります。

世界でも日本でも”実力派”と呼ばれる、ポップスでもクラブでもファンを持つシンガー達によって、テクノ出身のアーティスト達が作成したトラックが使われたり、また、シングルのカップリング曲でリミックスと呼ばれるDJの録音アレンジが施されたものが、ポップスファンにも普通に鑑賞されるようになり、徐々に「生音楽(って言うのか)と電子音楽」を隔てる壁が薄くなってくるという現象が常時あちこちで起こっていたんですね。

今日ご紹介するレイ・ハラカミという人なんですが、この人はそんな時代を代表する電子音楽家で、もしかしたらこの人が生み出した音楽こそが、そんな時代を先頭きって切り拓いていったのかも知れません。

電子音だけど非常に繊細で透明で、その抽象的な表現の中にしっとり切ない”歌”を持っている。

この人の音楽を一言で言い現わすとこんな感じになります。

テクノと呼ばれるジャンルの中でも、リズムに特化せず、メロディというよりも”音と音との響き合いの隙間”に浮かび上がるフレーズを軸に音楽を展開し、特種な浮遊感の中でそれを泳がせるような、いわゆるアンビエントな質感で出来た音楽のことを『エレクトロニカ』と呼びますが、この人はその分野の世界的なアーティストです。

1996年に、ケン・イシイの変名ユニット『Flare』に収録されているリミックスを手掛けたことによってデビューしましたが、この時既に独特の”間”のある心地良い電子音で個性を発揮して、テクノ界隈のみならず、日本のロックやポップスのミュージシャン達の間で「京都から凄い人が出てきた!」と話題になっていたようです。

レイ・ハラカミは、後に矢野顕子、くるり、UA、ナンバーガール、GREAT3などなど、J-POPの名だたるバンドやシンガー達から依頼を受け、プロデュースやバックトラックの作成、リミックスなどで多くの名曲名演奏を生み出すことになります。

そのバックトラックは、敢えて旧式のMIDI機材を中心としたシンプルなサウンドを、逆再生という非常に古典的な手法で使うというスタイルを軸にした、電子音なのにどこかぬくもりのある質感を大事にしたもので、加えて過度に音を詰め込まない、モコモコしたアナログな音質、主旋律のどんなメロディにも美しく絡むメロディアスなトラックなどが「これはもうテクノとかエレクトロニカとか言うよりも、21世紀のポピュラー音楽の主流になる音なんじゃないか?」と各方面で絶賛され、レイ・ハラカミという名は世界的にも稀代のトラックメイカーとして知られることになるんです。

残念ながら活動が絶頂にあった2011年に40歳の若さで急逝してしまうんですが、それでも彼が作り出した”最先端よりも遥かなもの”であるところの音楽は、時代によりかからない、孤高の優しさと深さに満ち溢れているんです。






【収録曲】
1.on
2.more elbow
3.dessert
4.wreck
5.rho
6.pass
7.vice versa
8.code
9.after bonus (bonus track of this reissue album)
10.objective contents
11.bioscope
12.unrest

個人的にはUAの『閃光』とか矢野顕子とのユニット"yanokami"とか、くるりの『ばらの花』のリミックスとか、J-POPのズバ抜けた名曲が多い人ですが、レイ・ハラカミのソロ名義でその原点のサウンドが聴けるのが、このファースト・アルバム『Unrest』です。

彼のアルバムの中では最も”テクノ”と言っていいかも知れないこのアルバムの音楽は、基本王道といっていいミニマルな打ち込みが主となっております。楽曲そのものはどれも抽象的で幻想的ですが、独自の、いや、ワン&オンリーといっていい、ヒュッと胸をかすめて消えてゆくようなペーソスがふんだんに盛り込まれた音の質感、これが繰り返し聴いているうちに、本当に意識の奥底にジワジワと染み込んで、そして時折思い出したように切なくさせてくれて、これがとてもいいんです。

よく日本人が作るこういったエレクトロニカな音楽は、禅とか俳句とかに喩えられたりしますし、確かにレイ・ハラカミの音楽が持つ独自の情緒とか、和の音階じゃないのに和な感じのするトラックは、そういう風に評価されてなるほどと思いますが、静謐でメロディアスだからといって、決して内側に小さく入り込んでいるだけじゃないんですね。どんなに哲学的でもその音が持つ可憐な明るさみたいなものは、確実に外に向かってると思います。

そういうところがポップスと上手く溶け合ったんですよね、というよりこの人は最初からポップスを作っていたのかも知れません、使った機材がたまたま電子機器だっただけで。










『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

サウンズパル店主高良俊礼の個人ブログ
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