2018年04月27日

ホロヴィッツ ザ・ラスト・レコーディング

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ホロヴィッツ/ザ・ラスト・レコーディング

(Sonny Crassical/SMJ)



ホロヴィッツ晩年のコンサート名盤『モスクワ・ライヴ1986』を聴いていたら、ホロヴィッツ晩年の音源の素晴らしさについてもうちょっと書
いてみたくなりました。

ちょっとコレはアタシの持論でありますが、クラシックでもジャズでもロックでも、あらゆる分野にそれぞれの巨匠とかレジェンドとか言われる人達がいて、その人達はもちろん自分の分野を究極に極めているんだけど、フッと拘りが抜けたように、ジャンル的な垣根を超えた自由を感じさせる演奏をすることがあって、それをアタシは晩年のホロヴィッツに凄く感じてしまいます。

若い頃は超絶技巧と指をペターっと鍵盤にくっつけた独自のタッチから生み出される、演奏の圧倒的なダイナミズムで聴く人を圧倒してきたホロヴィッツ。

しかし、極端に神経質な性格と、それに起因する様々な心身の不調に死ぬまで悩まされ、常に内なるものとの戦いに生きてきた人であります。

恐らく若い頃は、不調を力づくで克服して、全盛期の煌めきを取り戻そうと躍起になって不調にもぶつかって行ったでしょう。でも、歳を取ってから、特に80を過ぎた最晩年の演奏を聴くに「あ、もうダメなものはダメなんだ。しゃーない。じゃあ得意な部分を活かした演奏を、俺は更に磨くわ」という爽やかな開き直りが功を奏した穏やかさの中に、程良い緊張感と研ぎ澄まされた精神の美をかいま見ることが出来るのです。


1989年、ホロヴィッツが86歳の時に録音された『ザ・ラスト・レコーディング』は、先日紹介したモスクワ・コンサートと共に、それまでの音楽人生の陰と陽が見事な調和で混ざり合い、その完璧な深みを宿した音楽の絶妙なコントラストを見せてくれます。

内容的な解説をする前に、この時のホロヴィッツはどんなだったかというと、感情の起伏が極端に激しく、ちょっとでも機嫌を損ねると当たり散らしたり、演奏中だととんでもなく乱雑に弾いて周囲を困惑させたりすることもしばしばだったようです。

あれ?このワガママっぷりってもしかして若い頃と全然変わってない?

いえ、逆に悪化してるんですね。単純に人として見れば、元々の気難しさが爺さんになって更に面倒臭くなった、実に困った人です。実に困った人であるんですが、純粋に音楽に向き合える良い環境で、静かに集中してピアノに向かえば、この世のものとは思えない美しいメロディ感覚と、老人とは思えないほどの恐ろしく粒の揃った力強い音色で、まるで聖人が弾いているかのような音楽を生み出す。

実際『ラスト・レコーディング』は、ホロヴィッツの自宅に録音機材を持ち込んで録音されました。一流の機材が揃ったスタジオではなく自宅での公式作品の録音にしたのは、第一に86歳のホロヴィッツの体力的な事に配慮してのこととは思いますが、やはり慣れた環境でリラックスした演奏をしてもらうことで、ホロヴィッツの良い所を最大限に引き出そうというレコード会社の中の”分かってる人”の上手な気配りの優しさも感じられます。




【ハイドン】
1.ソナタ第49番 変ホ長調 Hob.XVI:49 第1楽章 アレグロ
2.ソナタ第49番 変ホ長調 Hob.XVI:49 第2楽章 アダージョ・エ・カンタービレ
3.ソナタ第49番 変ホ長調 Hob.XVI:49 第3楽章 フィナーレ : テンポ・ディ・メヌエット
【ショパン】
4.マズルカ第35番ハ短調 作品56-3
5.ノクターン第16番 変ホ長調 作品55-2
6.幻想即興曲 嬰ハ短調 作品66
7.エチュード変イ長調 作品25-1
8.エチュード ホ短調 作品25-5
9.ノクターン第17番ロ長調 作品62-1
【リスト】
10.バッハのカンタータ第12番 「泣き、嘆き、悲しみ、おののき」 による前奏曲
【ワーグナー】
11.「トリスタンとイゾルデ」 より 「イゾルデの愛の死」


この、自宅レコーディングは結果的に大成功。ハイドン、ショパンとお得意の小品から、リスト編のバッハとワーグナー(つまり演奏者のセンスと技巧と相当な集中力が試される曲)の選曲は、恐らくホロヴィッツ本人の強い希望によるものでしょう。演奏を聴いてビックリしたんですが、このアルバムからは遺作というと連想される、暗い死の影なんかは全然感じられなくて、若い頃と全然変わらないイケイケで、特有の凛とした芯の強さの音色と、周囲の空気をもごっそり揺さぶるダイナミズムに溢れた演奏を武器に、ホロヴィッツは果敢に楽曲に挑みまくっておるんです。


言っても86歳、そりゃちょっとしたミストーンが出たり、テンポが一瞬ぐらついたりするところもあったりしますが、いやむしろそういうマイナス要素があっても「それがどーした!」と挽回し、逆にカッコ良く聴かせてしまうところがもう最高です。特にショパンの即興曲とかエモーショナルの極みな『イゾルデ愛の死』なんかでは、譜面にはない即興も入れて、かなり大胆に攻めてるんですよ。

冒頭で「ジャンルを超えたカッコ良さ」と書きましたが、そうそう、それはこういうところ。他のジャンルの音楽を取り入れるとか、そういう上っ面じゃなくて、クラシックならクラシックをとことんやって極めた音を出して向こう側へ突き抜ける。その突き抜けっぷりが聴き手の意識にあるジャンルやカテゴライズの壁を綺麗さっぱり吹き飛ばしてくれるんです。

ここでホロヴィッツが披露している即興も、変に演奏を崩すためのものではなくて、楽曲を効果的に美しくするために、恐らくは厳選と試行錯誤を重ねた音を弾いているんでしょう。むしろ学問としての側面が巨大になり、楽譜や作曲家の権威が高まって固定された20世紀以前のクラシックの空気を知っている最後の世代だから出来る(ホロヴィッツ自身は20世紀の生まれですが、彼が師事した人達は19世紀の自由な空気を知っていた人達です)、これは正しく洗練されたオシャレと言うべきでありましょう。

レコーディングは1989年の10月20日と11月4日の2回に渡って行われました。

2回目のレコーディングを終えた後もホロヴィッツはとても上機嫌で、更に収録を増やす予定でもあったと言います。

が、その日のうちに急に容態が悪化して食事中に急逝。

技巧的な面で彼より上手い演奏家は、恐らく結構いると思いますが、こんなにも演奏そのもので聴かせる人は今後出てくるかどうかと思ってしまいます。

もし興味を持たれた方がいらっしゃるなら、このアルバムぜひじっくり聴いてください。何度も言っている音そのものの澄み切った美しさと、独自のタッチから繰り出される圧倒的な強靭さを誇るグルーヴが、若い頃から変わらないこの人の魅力ですが、晩年の”間”の取り方は、更に輪をかけて凄いです。










『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

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2018年04月23日

ホロヴィッツ モスクワ・ライヴ1986


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ホロヴィッツ/モスクワ・ライヴ1986

(Deutsche Grammophon Gesellschaft /ユニバーサル)



体調絶賛不良中でございますので、ピアノものしか聴けません。

という訳で、ここ数日はバド・パウエルを聴きまくり、そこからジャズやクラシックのピアノを穏やかに聴いております。

ん?「穏やかに」というのはちょっと違いますねー。


カッコいいピアニストってのは、もちろん「うぅぅっ」ってくるぐらい耽美な音を奏でるんですが、その耽美の中にどうしようもない哀しみだとか、ふとした狂気の部分を感じさせてくれる人が多い。っていうかそういう部分がないと、ただの「綺麗でお上手なピアノね」で終わってしまって思い出に残らない。

これ、アタシだけかなぁと思ったら、周囲のピアノ好きの意見を聞いたり、ネット好きな人のブログレビューなんか読んでおりますと「あ、この人も狂気感じているなー」と思って安心します。

うん、安心していいもんだろうかとちょっと思いますが、そういうもんです。そういうもんらしい。

で、今日はクラシック。

ウラジミール・ホロヴィッツといえば、20世紀を代表する巨匠として、クラシックの世界ではもうレジェンド中のレジェンドであります。

バロックからロマン派、近現代音楽までそのレパートリーは幅広く、どんな時代の曲だろうが、その澄み切って豊かに鳴り響く音色で見事に演奏してしまう。

しかも余りにも独自の解釈で(例えば古典をロマン派っぽく弾くとか)自分流に演奏してしまうので「ホロヴィッツの演奏は、作曲した音楽家でなくホロヴィッツ聴くための演奏なんじゃね?」と皮肉られたりとか、あるコンサートで指揮者と意見が合わず「いや、オレはぜってーこのテンポじゃなくてもっと速くこうだ!」と、演奏中にマイ・テンポに設定変えしてしまい、結局オーケストラも巻き込んでノリノリに仕立て上げ、聴衆からやんやの喝采を受けたとか、また、極度の神経過敏で、そのために体調を崩してしまうこともしばしばで、演奏にはその調子のムラが出てしまうこともあったり、病院から大量に処方された薬を飲みながら、お酒も好きでガンガン飲んでしまい、フラフラになったままコンサートを行ったりと、まぁなかなかにパンクな人です。

もちろんホロヴィッツという人を、アタシはアタシなりに、そういった「天才とか巨匠ならではの破天荒エピソード」で決定的に好きになった訳ですけれど(えぇ、ミーハーです)、そのもっと前、そんなエピソードを知らない時に、アタシはやっぱりその澄み切った、豊かに響く音色の魅力にヤラレてしまいました。

最初に聴いたのは、やはり定番のシューマン『子供の情景』だったと思いますが、ここでびっくりしたのが、音が消え入りそうなほど小さく弾いた時に掠れない。言うまでもなくピアノの音の大小というのは、タッチでの指の力の強弱なんですね。つまり大きな音を出そうと思ったら指に力を入れて、小さく出そうと思ったら指の力を抜いて鍵盤を叩く。

で、当然小さな音を出す時は力を極力抜いている訳ですから、音の輪郭は音量相応に微かな響きになるんですよ。でも、ホロヴィッツの小さな音は、音量は限りなく小さいのに、その音には芯があるどころか凛として粒が立っているんです。

まるで録音時に機械の方をいじって、音量レベルだけを落としたような音ですが、普通に考えて演奏の途中で何回もそんな絶妙な演出を、しかも昔の演奏家がする訳がありません。

本当に不思議なんですが、これ、ホロヴィッツ独自の”技”のようで、どんなに名人と言われるピアニストも、限りなく小さな音でこれほどしっかりと音を響かせることは出来ないんだということを後で知って、もう完全にこの人すげぇとなった訳です。





【D.スカルラッティ】
1.ソナタ ホ長調 K.380(L.23)
【モーツァルト】
2. ピアノ・ソナタ 第10番 ハ長調 K.330(300h) 第1楽章: Allegro moderato
3. ピアノ・ソナタ 第10番 ハ長調 K.330(300h) 第2楽章: Andante cantabile
4. ピアノ・ソナタ 第10番 ハ長調 K.330(300h) 第3楽章: Allegretto
【ラフマニノフ】
5. 前奏曲 ト長調 作品32の5
6. 前奏曲 嬰ト短調 作品32の12
【スクリャービン】
7. 練習曲 嬰ハ短調 作品2の1
8. 練習曲 嬰ニ短調 作品8の12
【シューベルト/リスト編】
9. ウィーンの夜会 (ヴァルス・カプリース 第6番)
【リスト】
10. ペトラルカのソネット 第104番 (巡礼の年 第2年≪イタリア≫から)
【ショパン】
11. マズルカ 嬰ハ短調 作品30の4
12. マズルカ へ短調 作品7の3
【シューマン】
13.トロイメライ (≪子供の情景≫から)
【モシュコフスキ】
14.火花 作品36の6
【ラフマニノフ】
15.W.R.のポルカ


演奏:ウラディミール・ホロヴィッツ(p)


晩年は衰えたとか、指が動かなくなったとか、色々細かいことを言われてはおりますが、アタシにとってはそんなことはどうでも良くて、要はこの人の豊かな音色が堪能出来る盤だったら、もう何でもいいんです。

という訳でこの人の「音の凄さ」は、コンサートでの生演奏を録音したアルバムでリアルに聴くことが出来ます。

このモスクワ・コンサートは、ホロヴィッツ83歳の時にモスクワで行った、演奏もお客さんの反応も最高の一枚。

ウクライナ生まれで、ずっとアメリカを拠点に活動していたホロヴィッツが、久々に故郷(当時ウクライナはソビエト連邦)に錦を飾る形となったこのコンサート。当然本人は気合いが入ってますし、お客さんにしては「ソビエト圏の伝説の英雄が来る」という期待感でもう胸がいっぱいだったでしょう。

跳ねるように闊達なスカルラッティのソナタから始まって、モーツァルト、ラフマニノフ、スクリャービン、ショパン、シューマンと、過去に名演を残した得意の作曲家のナンバーを総動員してお客さんの期待に応え、それに対するお客さんの拍手や「ブラボー」のやりとりが本当に心温まるんですが、このコンサート、特にモーツァルト以降のホロヴィッツの没入の仕方がもうハンパないんです。

ラフマニノフの前奏曲(嬰ハ短調)からスクリャービンの練習曲が、感情炸裂(でも、音は乱れない)の凄まじいハイライトが、やっぱり名演と言われておりますし、事実名演極まりないぐらい、聴いてるこっちの意識まで根こそぎ持って行きます。

で、そんな根こそぎ持って行かれたままの感情に追撃をかけるようなショパンのマズルカ、切ない!あぁ切ない!!

・・・はいすいません、興奮し過ぎました。もうね、何と言えばいいんでしょう、クラシックとか巨匠のとか、このアルバム聴く時は一切そんなもん頭から外して聴きましょう。音楽です、超音楽です。

ハァハァ、こんな感情丸出しなのに、こんなに美しく乱れないピアノって、もうね、もう何と言えばいいんでしょう。


『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

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2018年04月21日

バド・パウエル ザ・シーン・チェンジズ!

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バド・パウエル/ザ・シーン・チェンジズ 〜アメイジング・バド・パウエル5

(BLUENOTE/EMIミュージック)


本日もバド・パウエルということは、アタシは今絶好調に夏バテしております。

いや、眩暈がですね・・・。まぁいいか。

本日皆様にご紹介しますのは、バド・パウエルのアルバムの中でもダントツの人気、そしてもはや「モダン・ジャズ・ピアノを代表する名盤と語り継がれる作品」と言っても良いのではないでしょうか。バドがブルーノート・レーベルに残した『アメイジング・バド・パウエル』というタイトルを持つ5枚の作品の最後を飾る『ザ・シーン・チェンジズ』であります。

かつて、ジャズ喫茶が全盛の頃、このアルバムがひっきりなしにリクエストされていたと言います。

それこそ気合いの入ったジャズファンから、ジャズはそんなに詳しくないよという人まで次々魅了して大人気を獲得した。

バドのアルバムは、他にも凄い作品というのがいっぱいあったにも関わらず、そして、バドは確かに偉大ではありますが、その頃(日本でジャズ喫茶が全盛だったのは1960年代から70年代)は50年代の名作のリイシューはもとより、新譜として刺激的かつ内容の素晴らしいアルバムもたくさん出ていたにも関わらず、です。

ジャズにおける『ザ・シーン・チェンジズ人気』は、それから80年代、90年代になっても消えることなく残り続けました。

ブルーノートの名盤がCDでリイシューされると、やっぱりこのアルバムや、ソニー・クラークの『クール・ストラッティン』が中心になって、それはそれは売れるんですよ。


しかも、買う人のほとんどが「ちょっとこれからジャズを聴いてみたくて・・・。で、最初に聴くんだったらやっぱりピアノかな?で、これがすごくいいって聞いたんで・・・」という感じで買っていくんですね。

そのあまりにも自然な「何となくコレ」といった感じを見ると、あぁやっぱりこのアルバムの良さはしっかり語り継がれているんだなぁと、感慨もひとしきりだったんです。


その”もの”について、具体的な情報が薄くなるほど時が経過しても”何となくの伝承”として、魅力が知られてるって凄くないですか?

アタシは素直に凄いと思います。


で、このアルバムに何がそんなに人の心を惹き付けるんだろうと考えて、実際聴いてみますと「あぁ、これだ」と、ジャズそんなによくわかんない人でもピンとくる強烈な要素がひとつあります。

それはですね、やっぱり冒頭の『クレオパトラの夢』です。

この曲はミディアム・アップの程良い(聴いた人の耳がしっかりついてこれる)速さで、哀愁たっぷりのマイナー・スケールが走るナンバー。

つまり

”ノリがいいのに暗い”

曲なんです。

あぁ、やっぱりアレだよ。クレオパトラの夢なんて初心者向けで、バドにはもっといい演奏がどーたらこーたら言う人もいますけど、これはいいよ。やっぱりねぇ、アタシも含めて日本人は、こういった哀愁系疾走ナンバーに弱いんだ。この曲は今風に言うところのエモい曲ですよ。元々エモい、つまりダークなカッコ良さが売りのバドなんですが、その中でも特にエモい曲がこの『クレオパトラの夢』だということは、バドが大好きで、アルバム何枚も買って、どのアルバムにもしっかり中毒になったアタシでもこれは認めざるを得ない。

何だかんだ言ってもこのイントロが鳴って曲が走って行くのを聴くだけで、理屈抜きで胸がギューッとなる感じに襲われてついつい追いかけてしまう。

もちろんアタシ個人的に”好き”なバドのアルバムは他にあります。

でも、そういったお気に入りを聴いてもなお、このアルバムを思い出したように聴くと、このアルバム独自の「持ち味のダークさから、ちょっぴり哀しみの成分を抽出して増幅させた感じ」に、ついクラッとなってしまいます。






【パーソネル】
バド・パウエル(p)
ポール・チェンバース(b)
アート・テイラー(ds)

【収録曲】
1.クレオパトラの夢
2.デュイッド・ディード
3.ダウン・ウィズ・イット
4.ダンスランド
5.ボーダリック
6.クロッシン・ザ・チャンネル
7.カミン・アップ
8.ゲッティン・ゼア
9.ザ・シーン・チェンジズ

(録音:1958年12月29日)



はい、このアルバム独自の”哀しみ”これが日本人特有の「演歌(マイナー調の音楽)に本能的に惹かれる心」を、多分どうしようもなくくすぐってしまうんですね。

アメリカでは、「バドのたくさんあるうちの、まぁ悪くない1枚」ぐらいの評価であり「何で日本ではアレが特別人気なんだ!?」とびっくりされるという都市伝説も聞いたことがありますが、それはすっごく分かります。派手で景気のいいゴージャスな表現と、このアルバムでのバドのピアノ表現は、まるで対極にあったりします。

でも、単純に”暗い”だけじゃあないんですね。看板の『クレオパトラの夢』だって、ノリだけ聴くとシャキシャキとしたテンポでドライブするナンバーですし、バドがこのアルバムのために気合いを入れて作曲したオリジナル曲のほとんどは、ミディアム・テンポなノリのいい曲が多いんです。

だけど全体のイメージが、ジャケットの色合いとピッタリ重なる、そこはかとなく重たいブルーな雰囲気というのが、やっぱり最大のポイントでしょう。

ピアノだけを聴くとバドは非常に調子が良さそうではありますが、ところどころ音が乱れて、グシャッと潰れているところなんかもあります。でも、この”潰れ”を、バドは実にカッコいいジャズ的な”崩し”に持って行くんです。

「バドは天才だ」と、色んな所で書かれていて、その引き合いに初期のバリバリ指が動いていた頃の超絶プレイは出されますが、いやいやいや、ちょいとお待ちよお父さん、アタシはバドの”天才”は、こういう風に無意識でマイナス要素も音として出た時にプラス要因にしてしまう、この体に染みついたセンスの良さにこそあると思います。

このアルバムは、バックのサポートの素晴らしさも特筆モノです。

ベースのポール・チェンバースは、言うまでもなくこの時代、レコーディングにセッションにライヴの助っ人にと一番忙しかった人で、安定したぶっといビートを提供する間違いのないベース・プレイはもちろん、フロントでガンガンやっているピアニストやホーン奏者のアドリブ・メロディを引き立てる歌心溢れるウォーキングがとにかくズバ抜けている人です。

形こそは王道のモダン・ジャズ、つまりビ・バップの定型をしっかりと守るバドですが、アドリブで「どう切り込んでくるか分からない緊張感」ってのが結構あるんですが、アドリブでノリノリになって次々出てくるフレーズに、チェンバースは迷うことなく”この瞬間で一番歌ってるベースライン”をサラッとぶつけてバドのメロディアスな側面をしっかりと引き出しております。

そして、それ以上にバドの個性を引き出しているのが、バドとは長年の付き合いのドラム職人アート・テイラー。

特にミディアム・ナンバーで決まりに決まるビシバシと歯切れの良いスネアとシンバルが、最高に決まっておりますよ。しかもほぼ全編スティックじゃなくてブラシを使っているんですが(バドの指示だといわれております)、これがもう鋭い!

ドラマーのバンドでの重要な役割は、全体のグルーヴを支えて、ソロを奏でるフロントをガンガン煽りまくることだと思うのですが、テイラーのビシバシ決まるドラムは正にそれで、もちろんこの強靭なグルーヴの上でバドがアドリブに集中出来ているのは伝わってきますし、それ以上に”刻むこと”に全神経を動員した結果、バドの全てのプレイがハッキリと浮彫りになって妖艶な輝きを放っておるようであります。


ノリノリで切なくて、どこか暗くて夜が似合う。これはジャズの醍醐味になるイメージの一部でありますが、まだジャズとかよくわからなかった頃のアタシがジャズに抱いていて、そして憧れていたイメージであります。

で、バドを選ぶ「何かよくわかんないけどジャズのカッコいいピアノのやつが聴きたいなぁ」という人の期待も、このアルバムが持つ、ノリノリで切なくて、どこか暗くて夜が似合う、そんなイメージが十分に満たしてくれるでしょう。切なくてカッコイイものに感動する時、選ぶ言葉は「くぅ〜切ない!素敵!」でいいんです。『ザ・シーン・チェンジズ』は、理屈じゃないいくつかの要素だけで、人をコロッと虜に出来る、やっぱり素晴らしいジャズ・ピアノの名作なんです。





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