2018年04月18日

バド・パウエル ストリクトリー・パウエル

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バド・パウエル/ストリクトリー・パウエル

(RCA/SMJ)



ストリクトリー・パウエル!あぁ、言葉の意味はよーわからんが、何という胸を打つ言葉の響き、そして俯いて一心不乱にピアノを弾いているパウエルのポートレイトが大写しになったこのほの暗いジャケットの何と美しいことでありましょう。

このアルバムには特別な思い入れがあります。

あれはいつだったか、多分若い頃であります。

みんなそうだと思いますが、訳もなく気分が落ち込んで、一人になると何だか酷く感傷的な気分になって、涙がボロボロ落ちる時期がありました。そう、若い頃です。

特に都会に住んでいて一人、どうしようもなく孤独感にさいなまれ「あぁ、俺はひとりぼっちなんだ」と、すごく寂しくて悔しくて情けなくなってしまう、そんなブルーな気持ちは、あろうことか仕事の休憩時間に襲ってきました。

バックルームでアタシは一人、そしてドア一枚隔てた表(職場)では、同僚さんがお客さんと喋る声や、BGMで流している賑やかな音楽が聞こえます。

この賑やかな感じがいけなかった。

弁当も食べる気にならず、ペットボトルのお茶をボーっと持っているだけで、無性に悲しくなってきます。もちろん理由なんてないのですが、深みにハマッてしまった心は、もっともらしい理由ばかりを求めてしまいます。

いけない、こんな気持ちではいけない・・・。

考えても考えても、いや、考えるから余計に気持ちは落ち込むものです。

その時、ふと、周囲の音が一瞬止まりました。

多分表のCDを変えるためにストップしたのでしょう。

やがて・・・。

軽快な調子のピアノ、ベース、ドラムがジャズを奏でました。

あぁ、こんな気分の時はこういう音楽がいいなぁと、少し気持ちがホッとしましたが、イントロが流れ終わってメインテーマをピアノが奏でた時、妙な違和感が耳に重くのしかかってきました。

不思議・・・曲はゴキゲンなのに、ピアノの、特に左手のタッチが凄まじく粗くて重いんです。その粗くて重いタッチが醸すムードは、その時アタシが抱えていた、訳もなくどん底な不安や寂寥とシンクロして、グイグイと心を惹き付けます。

正直ジャズは好きになり始めた時期だったけど、まだまだその頃は感情を激しく揺さぶってくれるフリー・ジャズにしか、強烈には惹かれておりませんでしたが、このジャズ、何の変哲もないストレートなジャズでしかもピアノ・トリオの演奏なのに凄い。心を激しく揺さぶって、狂おしくかき乱す何かがある。

それはお客さんが中古の状態を確かめるために視聴したレコードでした。

覚えておこうと遠目からチラッと見ましたら、音のイメージにピッタリのポートレイトに、僅かに確認できた”POWELL”の文字。

あれ?バド・パウエル?

そう、知っているどころか何枚か持っていて家で聴いているはずの、あの有名なバド・パウエルです。

帰宅して家に2枚あるバドのアルバム『ザ・シーン・チェンジズ』と『ジニアス・オブ・バド・パウエル』をじっくり聴いてみました。

どちらも彼の代表作として有名なアルバムです。

実際『ジニアス・オブ・バド・パウエル』は、初期の頃の、凄まじいスピードで駆け抜ける前半の収録曲にパンク・スピリッツを感じ、『シーン・チェンジズ』は、曲として気に入ったマイナー・チューンの『クレオパトラの夢』をいいなと思って、ちょっとオシャレな作品として聴いておりました。

しかし、アタシは実はちょっとだけ気付いておったんです。この人の本質は、テクニックとかオシャレではなく、根底にある狂気の部分とか、ジャズという音楽の持つ、暗くて重い”どうしようもなさ”の部分で音楽やってるところなんだろうなということを。

実際に初期の名盤『ジニアス・オブ〜』で感じたのはカミソリのような鋭い狂気、精神的にボロボロになった1950年代後半の人気盤『ザ・シーン・チェンジズ』で感じたのは、この人特有の、どこか重たくて引きずるような情念の魅力でありました。

それはまだぼんやりとした直感的なものだったのですが、この日聴いたバド・パウエルの演奏で、アタシの直感は確信に変わりました。








【パーソネル】
バド・パウエル(p)
ジョージ・デュヴィヴィエ(b)
アート・テイラー(ds)

【収録曲】
1.ゼアル・ネヴァー・ビー・アナザー・ユー
2.コスクレイン
3.虹の彼方に
4.ブルース・フォー・ベシー
5.タイム・ウォズ
6.トプシー・ターヴィ
7.ラッシュ・ライフ
8.エレジー
9.ゼイ・ディドント・ビリーヴ・ミー
10.波止場にたたずみ
11.ジャンプ・シティ


(録音:1956年10月5日)


この日聴いて、狂おしく虜になってしまったのが『ストリクトリー・パウエル』バドのアルバムでは珍しいRCAというメジャー・レーベルの、たった2枚しかない作品のひとつで、最初に録音されたものだということでした。

そして、中期から後期のバドの持ち味といえる、重く沈んだ音色が奏でる独特のムードが演奏の前面に出た最初のアルバムとされております。


恐らくは彼がこの頃抱えていた精神の病、ドラッグ、アルコールその他もろもろの影響が色濃く出たのでありましょう。RCAの2枚目である『スインギン・ウィズ・バド』よりも好調に走る演奏や、右手の華麗なアドリブのノリは鳴りを潜め、アルバム全編がミディアム・スロウから、盛り上がってもちょっと小走りになる程度のテンポで統一され、それが余計にバドの指から繰り出される重く歪んだ情念の響きを際立たせております。


最初に胸倉を掴まれたのはもちろん1曲目の『ゼアル・ネヴァー・ビー・アナザー・ユー 』でありましたが、アルバムをじっくり聴くと、ポピュラー曲として有名な『虹の彼方に (Over The Rainbow)』の、訥々とした弾きっぷりからジワリと迫る切実な感傷、『ラッシュ・ライフ』の、夕暮れの光景がボロボロと音を立てて崩壊してゆくような滅びの美のようなもの、破れた哀しい恋の感情が歌われる『ゼイ・ディドント・ビリーヴ・ミー』、流れるような気品の中に何とも言えない寂しさが溢れる『水辺にたたずみ』など、さり気ないスタンダード曲が、どれもバドの情念にまみれて本当に素晴らしいんです。

アタシはこのアルバムに激しく心打たれたことがきっかけで、バド・パウエルというピアニストの本当の素晴らしさに気付きました。単純に「調子が良くて、胸のすくような快演を繰り広げているアルバム」でもないし、アドリブも冴えまくっている訳ではありません。でも、この病んだ精神の奥底から訴えてくる音楽衝動の切実さ、これが多分バド・パウエルという人がジャズの中でも大きく語られ、今も虜になってしまう人を増やし続けている理由のような気がします。









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2018年04月15日

バド・パウエル スインギン・ウィズ・バド

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バド・パウエル/スインギン・ウィズ・バド


忙しさが続くと、肉体的にも精神的にも徐々にすり減ってきます。

いわゆる「ストレスが溜まる状態」なんですね、えぇ、実にいけません。

このブログを読んでいる皆さんのストレスが溜まった時の解消法というのは、きっと好きな音楽を浴びるように聴くことと思いますが、如何なもんでしょう。

アタシは精神のシグナルが黄色く点滅し出したら「あぁ、こりゃヤバイな」と察知して
バド・パウエルを聴きまくるモードが作動してしまいます。

えぇ、バド・パウエルです。

1940年代、若くして颯爽とジャズ・シーンにデビュー、その圧倒的なテクニックと湯水の如く次々湧いてくる煌めきに満ちたアドリブの、他の追随を許さないメロディアスさでもって、天才、神童の名を欲しいままにし、また、デビュー直後に巻き起こったジャズの大革命であるところのビ・バップ・ムーヴメントでも中心的役割を果たし、彼が築き上げたリズムとアドリブのスタイルは、そのまんまモダン・ジャズ・ピアノの究極のお手本として、後続のピアニスト達の演奏法に軒並み影響を与えた、ジャズ・ピアノの申し子のようなバド。

しかし、天賦の才能がありながら、人気や活躍と比例して、元々患っていた精神の病をどんどん悪化させ、更にお約束のようにドラッグやアルコールにも蝕まれ、彼の人としての一生は、決して幸せと言えるものではありませんでした。

更に1950年代以降はかつての超人的なテクニックも影を潜め、録音によってはほぼ彼のその時の精神状態が音に出ているものもあったり、彼の作品は聴いていて決して爽やかに心が晴れるようなものではありません。

ですが、敢えて言わせてもらいます。

アタシにとっては、彼の1950年代以降の作品こそが、テンパッて切羽詰まった精神の崇高な拠り所であり、苦悩して病み葛藤する人間が、一縷の希望のような美の生々しい姿を見せてくれる最高の芸術であります。

そうですとも、本当にキツい時は「癒し」なんていう生ぬるく薄っぺらい価値観をベタベタ塗りたくられた音楽なんぞに用はありません。同じように...いやいや、手前の悩みや苦労なんざよりずっとずっとヘヴィなものにまみれつつも、それでも美しく心の奥底に響いてくれる音楽がいいんです。

1950年代以降のバドについて説明すると、閃光のような速さで超絶技巧フレーズを奏でる右手から、神は去ったかも知れませんが、その代わり左手に悪魔が宿りました。

ちょい大袈裟なたとえかも知れませんが、50年代以降のバドの何がそんなにカッコイイかと言われれば、あの「ガーン」と和音を押さえただけで全てのムードが重く妖艶な輝きを放つ左手のタッチ。

よく「ビ・バップ以降の全てのモダン・ジャズ・ピアニストは、バドのやっている事をまずはまんまコピーして、それから自分達のオリジナリティを確立していった」と言われるほど、バドのプレイ自体は非常にオーソドックスで、理論的にはもはや研究され尽くした感もあるといえばあるんですが、バドの影響を受けたピアニスト達が、誰一人真似できなかったのが、この左手から醸し出されるムードとニュアンスなのであります。

そう、実はアタシはバド聴いて「すげぇな」と心底思ったアルバムは、初期の凄まじいテクニックと才気のほとばしりが生んだアルバムではなく1956年録音のRCA盤『スクリクトリー・パウエル』。

このアルバムでの凄まじく重い、まるで虚無そのものが鳴り響いているかのような左手のプレイを聴いてから、それまで「かっこいいー!」と思っていたバド・パウエルに対する感情は、もうこれを聴かないとどうにかなってしまいそうな程に焦がれてしまいました。つまり”虜”になってしまったんですな。




(ちょっと昔の記事なので短い。このアルバムに関しては改めてレビューしますね)。

バド・パウエルといえば、有名な『クレオパトラの夢』が入ってる”アメイジング・バド・パウエル・シリーズ”をリリースしているブルーノートのアルバムが何といっても人気です。次が初期の演奏からもしっかりと録音していてリリース数も多いVerveです。

RCAにはバドのアルバムはたった2枚しかなくて、しかもジャズ雑誌やガイドブックなどではほとんど話題になってなくて、正直ノーマークでしたが。これはアレなんですね、評論家の間でRCAのバドは「精彩を欠きはじめた頃の作品」として、あんまり評価が高くなかったんです。

でも実際聴くと、50年代中期以降のバドは素晴らしいし、特にその皮切りとなったRCAの2枚は何かこう特別に胸をかきむしられるような狂おしさに溢れてる。それでいて疲れた心身にその狂おしさがジワジワ染みてきて何だか泣けてくる。






【パーソネル】
バド・パウエル(p)
ジョージ・デュヴィヴィエ(b)
アート・テイラー(ds)

【収録曲】
1.アナザー・ダズン
2.オールモスト・ライク・ビーイング・イン・ラヴ
3.ソルト・ピーナッツ
4.シー
5.スウェディッシュ・パストリー
6.ショウナフ
7.オブリヴィオン
8.暗い夜
9.ゲット・イット
10.バードランド・ブルース
11.ミッドウェイ

(録音:1957年2月11日)

はい、今日は胸をかきむしられるような狂おしさに溢れるRCAのバド、その素晴らしい2作目『スウィンギン・ウィズ・バド』をご紹介します。

録音は1957年、『スクリクトリー・パウエル』の前年であり、この直後にブルーノートで『アメイジング・バド・パウエル』Vol.3からVol.5までの怒涛の録音を行う訳で、つまりバドにとっては色々あって病んでしまったけれど、その中でも創作意欲に満ち溢れた時期の録音といえるでしょう。

トリオ編成でリズムを支えるのは、ジョージ・デュヴィヴィエ(ベース)とアート・テイラー(ドラムス)という、バドにとっては気心の知れた信頼できる仲間です。ズ太い音で安定したリズムを提供しながらも、実はアドリブによるメロディ作りのセンスも優れたデュヴィヴィエと、芯のある繊細さで的確なリズムキープをさせたらこの人!のテイラー。この2人のサポートはバドを心地良くくつろがせ、そして十分な刺激を与えまくっております。

やや早めのミディアムナンバーで、得意のビ・バップ・フレーズをキメまくって疾走するオープニングの『アナザー・ダズン』、デュヴィヴィエの高速ランニングと、ビシバシ叩きまくるテイラーのスネアに煽られて走るピアノに興奮する『ソルト・ピーナッツ』、多分収録はこのアルバムのみの珍しいオリジナル曲『ミッドウェイ』(こういうちょっとマイナー調のナンバーで走るバド最高なんですよ)等、タイトルの「スインギン」に偽りなしのスピード感溢れるナンバーがやはり看板ですが、このアルバムで実は効いているのがバラードとブルース。

特に『ライク・サムワン・イン・ラヴ』でのイントロを聴いてみてください。アタシが散々「バドの左手ヤバイ!」と言ってるのはコレなんです。曲自体はキュートともいえるぐらいにポップな美メロで、実際バドのプレイもとてもロマンチック。でも、これですよ、この主旋律と同時にガラゴロ言ってる左手のアルペジオ、これなんです。このガラゴロが、綺麗なメロディに死ぬほどの哀感をふんだんにまぶした、もう何か切なさの絵巻物みたいな壮絶な”絵”を浮かび上がらせてくれてヤバイんです。

バラードは他にも丁度いい並びで入ってて、その死ぬほどの耽美と虚無と哀感が、感情を振り乱して走るミディアム・ナンバーの後に耳と胸を襲います。あぁ、何でこんなにカッコイイ音楽が、リアルタイムでちゃんと評価されてなかったんだろう。それはさておきでもしもアナタが心身共に疲れてて、そんじょの生ぬるい音にはとても救いなんて求め得ないと思ったら、RCAのバドを聴いてみてください。きっと激しくかきむしられてかきむしられて救われます。

やっぱりギリギリの水際で鳴っている音楽、良いんですよ。






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2018年04月07日

デイヴ・ブルーベック・クァルテット ブルーベック〜デスモンド

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デイヴ・ブルーベック・クァルテット/ブルーベック〜デスモンド
(Fantacy/ユニバーサル)


デイヴ・ブルーベックといえば、大ヒットして日本のお茶の間にも「ジャズってオシャレな大人の音楽」という認識を埋め込んだ『テイク・ファイヴ』の人であり、ディズニー曲をジャズアレンジで演奏した作品を出したり、映画や舞台の音楽などを多く手がけたり、とかくポップで親しみやすいジャズを演奏する人の代表格という評価がほぼ固まっております。

アタシもブルーベック、たとえば天気のカラッと晴れた休日の午後なんかに

「あ〜、こりゃいいね〜♪」

なんて言いながらよく聴いてます。

ジャズの人でありながらブルーノート・スケールをほとんど使わず、特有の”ズレ”や”タメ”の成分が薄い、サクサクと流れてゆくようなビートに乗って、濁りのない明快なピアノの音が春の小川の如くサラサラと流れるこの人の音楽は、ジャズとかそんなことを意識しなくても、日々を豊かにしてくれるごくごく当たり前の”音楽”として聴ける。

さもありなん。この人の場合は、ジャズ・ミュージシャンでありながら、そのキャリアの初期から、場末の薄暗いクラブハウス向けの音楽ではなく、レコードに刻まれて各家庭に楽しみをお届けする音楽を趣向していたから。とにかく「成功を夢見て夜の街に飛び込み、現場のセッションでとことん鍛え上げられ、ついでに酒とクスリとバクチと女を覚えた」という典型的な”陰”を持つジャズマンのイメージとは、とことん対照的なところにブルーベックはいるのであります。

その原点は彼の生い立ちにまで遡ることが出来ます。

1920年、カリフォルニア州郊外のそこそこ裕福な農家に生まれた彼の家には、母親の趣味で4台のピアノと蓄音機があり、彼の家のリビングは、家族や遊びに来る両親の友人などが集まってほのぼのと音楽を楽しんでいたようで、その雰囲気が楽しかったブルーベック少年、やがて自分もピアノを覚え、家族やお客さんのために演奏して「上手だね」というお褒めの言葉とご褒美の小遣いを貰うことに喜びを感じておった。と、まぁ実にピュアな少年期を過ごし、すくすくと音楽を身に着けておりました。

彼が大好きだった蓄音機のレコードでは、デューク・エリントン、ファッツ・ウォーラーなどと共に、クラシックやヒルビリー(カントリーの前進)を好み、学生時代になるとジャズではなく、地元カリフォルニアのヒルビリーバンドでピアノを弾いており、この幼少期から学生時代の音楽体験が、彼の表現姿勢そのものを決定付けたような感じが致します。

やがて「本格的に音楽を勉強したいなぁ」と思ったブルーベックは、丁度その時フランスから亡命してきたクラシック音楽の作曲家、ダリウス・ミョーという人に出会います。

実はこの人が凄い人で、クラシック音楽家といえども、杓子定規の考え方を持たないその自由かつ時に批判をも受けるぐらいの独創的な作曲をする人で、フランスではエリック・サティらと共に『近現代音楽の大物』とも言われるほどの人であります。

この師匠と若きブルーベックの間で、どのようなやりとりが行われたかの詳細はあまり残されてはおりませんが、最初からガチガチのクラシック教育ではなく、クラシックもポピュラーも同じように「楽しみのための音楽」として素直に吸収していたブルーベックの自由な感性に、20世紀のクラシック界では”反骨”の部分を担う一人であったミョーが「いいね」とならない訳はありません。恐らくは褒めて伸ばしながら理論的な部分は期待を込めて徹底的に厳しく指導したことと思われます。

その証拠に、ブルーベックのピアノのタッチというのは、曲はポップでサラッとしているのにピアノプレイに関しては「うはぁ、そこまでやるか!」というぐらいに激しくガンガンゴンゴン鍵盤を叩きながら感情を炸裂させることがあるんです。でも、そんな激しいプレイでもトーンもリズムも乱れず、演奏そのものの典雅な味わいが褪せないというのは、やはり音楽と演奏の基礎となる部分が相当にしっかりしているからですね。

で、ブルーベックはミョーのもとで理論的な部分に大いに自身を付けて「よし、俺はジャズとクラシックを融合させた、それまで誰も聴いたことのない音楽を作るんだ!」と野望に燃えます。燃えて燃えて地元の色んなところでオリジナル曲や、スタンダードの一風変わったアレンジのものを演奏しまくるのでありますが、残念なことにこの時点では誰も彼の音楽に共感せず、演奏に理解を示す人もいませんでした。

ずっと人気者だったのに、ここで初めてブルーベックは「理解してもらえない」ということに失望し「こうなったらもうジャズなんか止めてクラシックの作曲家になろうかな」と思い詰めて、師匠のミョーのところに相談に行きます。

「せっかく先生に教えてもらった理論を駆使して個性的なジャズをやっているのに誰も理解してくれません。やっぱりボクにはジャズ向いてないんじゃないかと思うのですが・・・」

と、悩みを申告に打ち明けるブルーベックでしたが、これに対するミョーの答えが素晴らしかった。

「君ね、たかだか理解してもらえなかっただけで何を言ってるの。ボクなんかね”あんなのクラシックじゃない”とか”アイツはふざけてる”とか散々言われてきたし、分今もクラシックの世界にいるカチカチ頭の連中にはそう言われてるよ。冗談じゃない、クラシックだって大衆音楽だろ?ジャズだって大衆音楽だ。だから君がアメリカで作曲を学びたいと思うんだったらアメリカの大衆音楽であるジャズを真剣にやるべきで、そこからたくさん学ぶべきだ。つうか君ほんとはジャズ好きだろ?ジャズから多くを学びたいと思ってるんだろ?」

優れた作曲家であるばかりでなく、音楽の数々の現場を潜り抜けてきた師匠の言葉には、有無を言わさぬ説得力がありました。奮起したブルーベックは、ますます独自の手法を探究することに情熱を捧げ、ナイトクラブでもガンガン演奏を行います。

で、客にウケなかったら「何故ウケなかったのだろう」という反省点を徹底的に吟味して、研ぎ澄まされた実験精神とお客さんウケするエンターティメント精神の両方を信じられないレベルで両立させてゆくのです。



【パーソネル】
デイヴ・ブルーベック(P)
ポール・デスモンド(as)
フレッド・ダットン(b,@〜C)
ワイアット・ルーサー(b,D〜Q)
ハーブ・バーマン(ds,@〜G)
ロイド・デイヴィス(ds,H〜Q)

【収録曲】
1.クレイジー・クリス
2.ア・フォギー・デイ
3.ライオンズ・ビジー
4.サムバディ・ラヴズ・ミー
5.アット・ア・パフューム・カウンター
6.マムゼル
7.ミー・アンド・マイ・シャドウ
8.フレネシー
9.ジス・キャント・ビー・ラヴ*
10.ルック・フォー・ザ・シルヴァー・ライニング
11.マイ・ロマンス*
12.アイ・メイ・ビー・ロング*
13.ジャスト・ワン・オブ・ゾーズ・シングス*
14.ルルズ・バック・イン・タウン*
15.ストリート・イン・シンガポール*
16.オール・ザ・シングス・ユー・アー*
17.不思議の国のアリス*
18.スターダスト*

*ボーナストラック

(録音:@〜G 1951年8月、H〜Q 1952年9月)


一言でいえばブルーベックの音楽は

『ポピュラー・ミュージックとしてのすこぶる聴きやすいジャズ、でも分かる人には分かる実験性の刃を隠し持った音楽』

でした。

ただ、彼のピアノの音は非常に澄み切っていて硬質であり、単独ではポップな曲を演奏していてもどこか厳格な感じになってしまう。そんな時(1948年)初めて8人編成のバンドで共演したメンバーの中に、ブルーベックの理想とする、流麗でどこまでも透き通った音のアルトサックス奏者がおりました。

話をすれば、彼は幼い頃からクラシックやポピュラーをやってきたブルーベックとはまるで対照的に、サックスを手にした時からジャズにどっぷりで、当時大人気だったチャーリー・パーカーのスタイルでクラブのステージにガンガン立ち、更にそこから自分のオリジナリティを確立したいと鍛錬を重ね、自分の持ち味である今のトーンに辿り着いたんだと語ります。

その洗練されたまろやかな音色とは裏腹に、知的な風貌と鋭い眼つき、言葉の節々から感じられる、夜の世界で修羅場を潜ってきた男独特の気性の荒さを感じ取ったブルーベックは「コイツだ!」と思い「一緒にバンドを組まないか?」と声をかけ、男はこれに「あぁいいぜ」と即答します。

この男こそが、この後もずっとブルーベックとコンビを組み『テイク・ファイヴ』を始めとする”ブルーベックの代表曲”の数々も手掛けることになるポール・デスモンドその人であります。

本日ご紹介するアルバム『ブルーベック〜デスモンド』は、1950年代初頭に二人が初めて組んだコラボレーションを収録した実質的なデビュー作で、戦前からポピュラーなスタンダードがブルーベックの軽妙なノリと洗練の中に硬派な味わいを醸す音楽性で見事に料理された傑作アルバムなんです。

サクサクしたノリの良い曲、とことんしっとりとしたバラードの両方で、ブルーベックはいかにも楽しそうにガンガン鍵盤を叩き付け、よく聴くと奇妙にアウトしたフレーズのアドリブを展開していて、デスモンドは淀みの全くない彫刻のような美しい音で美しいメロディを吹いてるんですが、この人の端正なサウンドやフレーズに軟弱さは一切なく、逆に職人ならではの気骨を感じてしまいます。

で、このアルバムの凄いところは「どんなにブルーベックが暴れようとも(特に9曲目『ジス・キャント・ビー・ラヴ』での左手ガンゴンは鬼!)、リズム隊の軽やかなビートとデスモンドの美しいアルトがしっかりと”上質で聴きやすいジャズ”として、難しいことはよくわからずともじっくり聴かせて楽しませてくれるところ」なんです。

ブルーベックといえば『テイク・ファイヴ』以降の60年代のアルバムが、オリジナル曲もたくさんあって人気ではありますが、このアルバムは演奏してる曲がスタンダードばかりなのに、ちゃんとブルーベックとデスモンドの個性が全開で、聴いてるうちに(いや、最初の印象でも)どの曲もこのコンビが書いたオリジナル曲のように思えてしまいます。

アタシは昔からブルーベックに関しては、演奏が上手い人だなぁと思っておりましたが、それ以上の”一筋縄ではいかない強烈な個性”を、このアルバム聴く毎に、感嘆と共に噛みしめております。「テイク・ファイヴ以外で何かないかなぁ」とお思いの方もぜひ。








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