2018年04月15日

バド・パウエル スインギン・ウィズ・バド

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バド・パウエル/スインギン・ウィズ・バド


忙しさが続くと、肉体的にも精神的にも徐々にすり減ってきます。

いわゆる「ストレスが溜まる状態」なんですね、えぇ、実にいけません。

このブログを読んでいる皆さんのストレスが溜まった時の解消法というのは、きっと好きな音楽を浴びるように聴くことと思いますが、如何なもんでしょう。

アタシは精神のシグナルが黄色く点滅し出したら「あぁ、こりゃヤバイな」と察知して
バド・パウエルを聴きまくるモードが作動してしまいます。

えぇ、バド・パウエルです。

1940年代、若くして颯爽とジャズ・シーンにデビュー、その圧倒的なテクニックと湯水の如く次々湧いてくる煌めきに満ちたアドリブの、他の追随を許さないメロディアスさでもって、天才、神童の名を欲しいままにし、また、デビュー直後に巻き起こったジャズの大革命であるところのビ・バップ・ムーヴメントでも中心的役割を果たし、彼が築き上げたリズムとアドリブのスタイルは、そのまんまモダン・ジャズ・ピアノの究極のお手本として、後続のピアニスト達の演奏法に軒並み影響を与えた、ジャズ・ピアノの申し子のようなバド。

しかし、天賦の才能がありながら、人気や活躍と比例して、元々患っていた精神の病をどんどん悪化させ、更にお約束のようにドラッグやアルコールにも蝕まれ、彼の人としての一生は、決して幸せと言えるものではありませんでした。

更に1950年代以降はかつての超人的なテクニックも影を潜め、録音によってはほぼ彼のその時の精神状態が音に出ているものもあったり、彼の作品は聴いていて決して爽やかに心が晴れるようなものではありません。

ですが、敢えて言わせてもらいます。

アタシにとっては、彼の1950年代以降の作品こそが、テンパッて切羽詰まった精神の崇高な拠り所であり、苦悩して病み葛藤する人間が、一縷の希望のような美の生々しい姿を見せてくれる最高の芸術であります。

そうですとも、本当にキツい時は「癒し」なんていう生ぬるく薄っぺらい価値観をベタベタ塗りたくられた音楽なんぞに用はありません。同じように...いやいや、手前の悩みや苦労なんざよりずっとずっとヘヴィなものにまみれつつも、それでも美しく心の奥底に響いてくれる音楽がいいんです。

1950年代以降のバドについて説明すると、閃光のような速さで超絶技巧フレーズを奏でる右手から、神は去ったかも知れませんが、その代わり左手に悪魔が宿りました。

ちょい大袈裟なたとえかも知れませんが、50年代以降のバドの何がそんなにカッコイイかと言われれば、あの「ガーン」と和音を押さえただけで全てのムードが重く妖艶な輝きを放つ左手のタッチ。

よく「ビ・バップ以降の全てのモダン・ジャズ・ピアニストは、バドのやっている事をまずはまんまコピーして、それから自分達のオリジナリティを確立していった」と言われるほど、バドのプレイ自体は非常にオーソドックスで、理論的にはもはや研究され尽くした感もあるといえばあるんですが、バドの影響を受けたピアニスト達が、誰一人真似できなかったのが、この左手から醸し出されるムードとニュアンスなのであります。

そう、実はアタシはバド聴いて「すげぇな」と心底思ったアルバムは、初期の凄まじいテクニックと才気のほとばしりが生んだアルバムではなく1956年録音のRCA盤『スクリクトリー・パウエル』。

このアルバムでの凄まじく重い、まるで虚無そのものが鳴り響いているかのような左手のプレイを聴いてから、それまで「かっこいいー!」と思っていたバド・パウエルに対する感情は、もうこれを聴かないとどうにかなってしまいそうな程に焦がれてしまいました。つまり”虜”になってしまったんですな。




(ちょっと昔の記事なので短い。このアルバムに関しては改めてレビューしますね)。

バド・パウエルといえば、有名な『クレオパトラの夢』が入ってる”アメイジング・バド・パウエル・シリーズ”をリリースしているブルーノートのアルバムが何といっても人気です。次が初期の演奏からもしっかりと録音していてリリース数も多いVerveです。

RCAにはバドのアルバムはたった2枚しかなくて、しかもジャズ雑誌やガイドブックなどではほとんど話題になってなくて、正直ノーマークでしたが。これはアレなんですね、評論家の間でRCAのバドは「精彩を欠きはじめた頃の作品」として、あんまり評価が高くなかったんです。

でも実際聴くと、50年代中期以降のバドは素晴らしいし、特にその皮切りとなったRCAの2枚は何かこう特別に胸をかきむしられるような狂おしさに溢れてる。それでいて疲れた心身にその狂おしさがジワジワ染みてきて何だか泣けてくる。






【パーソネル】
バド・パウエル(p)
ジョージ・デュヴィヴィエ(b)
アート・テイラー(ds)

【収録曲】
1.アナザー・ダズン
2.オールモスト・ライク・ビーイング・イン・ラヴ
3.ソルト・ピーナッツ
4.シー
5.スウェディッシュ・パストリー
6.ショウナフ
7.オブリヴィオン
8.暗い夜
9.ゲット・イット
10.バードランド・ブルース
11.ミッドウェイ

(録音:1957年2月11日)

はい、今日は胸をかきむしられるような狂おしさに溢れるRCAのバド、その素晴らしい2作目『スウィンギン・ウィズ・バド』をご紹介します。

録音は1957年、『スクリクトリー・パウエル』の前年であり、この直後にブルーノートで『アメイジング・バド・パウエル』Vol.3からVol.5までの怒涛の録音を行う訳で、つまりバドにとっては色々あって病んでしまったけれど、その中でも創作意欲に満ち溢れた時期の録音といえるでしょう。

トリオ編成でリズムを支えるのは、ジョージ・デュヴィヴィエ(ベース)とアート・テイラー(ドラムス)という、バドにとっては気心の知れた信頼できる仲間です。ズ太い音で安定したリズムを提供しながらも、実はアドリブによるメロディ作りのセンスも優れたデュヴィヴィエと、芯のある繊細さで的確なリズムキープをさせたらこの人!のテイラー。この2人のサポートはバドを心地良くくつろがせ、そして十分な刺激を与えまくっております。

やや早めのミディアムナンバーで、得意のビ・バップ・フレーズをキメまくって疾走するオープニングの『アナザー・ダズン』、デュヴィヴィエの高速ランニングと、ビシバシ叩きまくるテイラーのスネアに煽られて走るピアノに興奮する『ソルト・ピーナッツ』、多分収録はこのアルバムのみの珍しいオリジナル曲『ミッドウェイ』(こういうちょっとマイナー調のナンバーで走るバド最高なんですよ)等、タイトルの「スインギン」に偽りなしのスピード感溢れるナンバーがやはり看板ですが、このアルバムで実は効いているのがバラードとブルース。

特に『ライク・サムワン・イン・ラヴ』でのイントロを聴いてみてください。アタシが散々「バドの左手ヤバイ!」と言ってるのはコレなんです。曲自体はキュートともいえるぐらいにポップな美メロで、実際バドのプレイもとてもロマンチック。でも、これですよ、この主旋律と同時にガラゴロ言ってる左手のアルペジオ、これなんです。このガラゴロが、綺麗なメロディに死ぬほどの哀感をふんだんにまぶした、もう何か切なさの絵巻物みたいな壮絶な”絵”を浮かび上がらせてくれてヤバイんです。

バラードは他にも丁度いい並びで入ってて、その死ぬほどの耽美と虚無と哀感が、感情を振り乱して走るミディアム・ナンバーの後に耳と胸を襲います。あぁ、何でこんなにカッコイイ音楽が、リアルタイムでちゃんと評価されてなかったんだろう。それはさておきでもしもアナタが心身共に疲れてて、そんじょの生ぬるい音にはとても救いなんて求め得ないと思ったら、RCAのバドを聴いてみてください。きっと激しくかきむしられてかきむしられて救われます。

やっぱりギリギリの水際で鳴っている音楽、良いんですよ。






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『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

サウンズパル店主高良俊礼の個人ブログ
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posted by サウンズパル at 22:58| Comment(0) | ジャズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする