2018年05月31日

リコ・ロドリゲス アンリリースド・アーリー・レコーディングス:シャッフル&ブギー 1960

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リコ・ロドリゲス・アンド・フレンズ/アンリリースド・アーリー・レコーディングス:シャッフル&ブギー 1960
(Federal Records)


このクソ梅雨時のジメジメした時期に素敵なイベントにおでかけして

「あぁ、思い出した思い出した、コレ好きなんだ!」

と、ジャマイカ・オーセンティック・スカの巨匠、リコ・ロドリゲスの代表作を紹介したら思わぬ反響がありました。

「いや〜、私も実はスカとか聴いてみたかったのですが、正直スカタライツぐらいしか知らなくて、他にどんなのを聴けばいいのかと悩んでましたー」

おぉ、おぉ、いいですね、素晴らしいですね。ありがとうございます。このブログはジャンルを問わず音楽の素晴らしさを、それもなるべく紹介したアーティストや作品を知らない人に聴いて頂くとすごく嬉しいブログです。こういう風に読んでくださった方が音楽との出会いに繋げてくださると、もう書いてる方も冥利に尽きるし、やる気も出るってもんです。

リコ・ロドリゲスの音楽は、その音楽的な仕組み云々はさておいて、音楽が醸し出す壮大な愛と平和のフィーリングみたいなもんが素晴らしい。

同じ事はボブ・マーリィにもオーガスタス・パブロにも言えることですが、さて、アタシが前回紹介した『マン・フロム・ワレイカ』




http://soundspal.seesaa.net/article/459661895.html

を聴いて、もしかしたら「これスカじゃないじゃーん、もっと泥臭いやつが聴きたーい」と思う方もいるかも知れません。いるかも知れませんので今日は

「リコ、それだけじゃないもん」

と言える初期の泥臭い音源を紹介します。


はい、リコ・ロドリゲスの出回っている音源というのは、実はイギリスに渡って、しかも売れないでくすぶっている時期から復活してのものが非常に多いのです。

長い雌伏の時代、彼が音楽的にも精神的にも鍛練を重ね、桃源郷とも言っていい素晴らしい音世界を作り上げたのは、これは紛れもない事実でありますが、オーセンティック・スカの観点から音源を探せば、やっぱり初期、それもジャマイカに居た頃に仲間達と試行錯誤でジャマイカに元々あったカリプソや、アメリカのジャズやR&Bなどから受けた影響を捏ね上げてスカという音楽を徐々に形作っていったその頃の演奏というものがどうしても聴きたくなってきます。

という訳で、最近発掘された貴重な貴重な初期音源がコレです。





【収録曲】
1.South Of The Border(Rico Rodriguez)
2.Monaco Boogie(Rico Rodriguez)
3.I've Got A Secret (Hortense Ellis)
4.Sirent (Rico Rodriguez)
5.Funny Thing To Say(Federal Singers)
6.You'd Better Marry Me (Federal Singers)
7.Sinclair Special(Rico Rodriguez & Herman Hersang)


1960年に録音された未発表音源集、ということは当然彼がジャマイカに居た頃で、まだソロ名義のLPとかも全然出していなかった頃の、これ本当に貴重な音源でありますね。

ディスコグラフィを見れば、リコのレコーディング・キャリアは1959年にスタートしたのを確認できますが、それはローランド・アルフォンソをフィーチャーした”マタドール・オールスターズ”での、つまりはサイドマンとしての録音で、その後ソロとしてリコの名前が出てくるのは「Moonlight Cha Cha」という曲が「多分1960年か61年なんだけど、リリースされてたかどうかよくわからない」というシロモノであり、えぇ、これには事情がありまして、つまりそのジャマイカという国では「カネのかかるLPよりとにかく7インチのシングル盤」という趣向があって、ここまでは5o年代のアメリカン・ミュージックとほぼ一緒なんですが、ジャマイカの場合はとにかく音源の管理とか記録とか、そういったものがほとんど省みられることはなかったんですよ。

いやほんと、その昔買取りにもちょろっと関わってたことあったんですが、ジャマイカ盤はほんとヒドかったですね。

ジャケットがないのはまぁ普通で、ラベル見て判断するんですけど、ラベルにはきったない字でアーティスト名を殴り書きしてあって曲名が書いてないとか、ドーナツ盤の穴がズレてる(!)とか、プレスミスでA面とB面の曲が一緒とか・・・まぁ分かりやすい範囲でそんなことはザラにありました。

これがもし国内盤や、アメリカ、イギリス、ヨーロッパのレコードだったらもう不良品として大問題になるところですが

「ジャマイカ盤だからいいんだ」

と、先輩達はみんな冷静でフツーに受け止めて値段付けてました。

まぁそんなお国柄ですから、アーティストの未発表音源は鬼のように埋もれてるはずであり、しかも埋もれていたとしてももうどこにあるか分からずそのまんま消えてるとか、倉庫のボロボロの段ボールの中に無造作に投げ込まれている(床とかに散らばってるかもしれん)「表記一切ナシ」のレコードの山から、恐らく泣きたくなるほどの苦労の末に、このリコの音源は世に出てきたんだと思います。

内容はリコ・ロドリゲス名義のものが3曲、リコがバックに付いたフェデラル・シンガーズの曲が2曲、そしてアルトン・エリスの妹(か姉)のホーテンス・エリスの曲と、ハーマン・ハースサングとのコラボ曲が1曲ずつの計8トラック収録されており、そのいずれもが、まだ形になる前の、R&Bの香りが色濃いヴィンテージ・スカ。

1曲目『South Of The Border』は1939年に公開されたアメリカ映画の主題歌です。原曲はカントリー・シンガーのジーン・オートリーが歌い、後にフランク・シナトラが軽妙なジャズジャズとしてカヴァーしてヒットしたことから、ジャズの演奏が多いのですが、ここではゆったりとしたルンバのリズムに乗って気持ち良〜く鳴り響くトロンボーンのまろやかな美しさに酔いしれます。

2曲目はオリジナル曲『Monaco Boogie』50年代アメリカで流行したシャッフル・ビートですね。このテのリズムが後のロックンロールに発展して行きます。短いソロを弾くギターもどことなくブルース風ですが、スチャスチャと裏を刻むギターのカッティングがスカ。この曲もインストで主役はリコのトロンボーンです。

ホーテンス・エリスがそのチャーミングな豊かさを持つ声で魅了する『I've Got A Secret』も、リズムはユルめの裏打ちシャッフルで、コード進行や曲の展開が完全にブルース。いや、聴いてみたらほとんどブルースでいいぐらいなんですが、この「もうちょっとでスカになりそうでならない感じ」

再びリコのソロ名義5曲目『Sirent』も、シャッフル・ビートのブギウギです。ほわーんとトロンボーンが勢い良くイントロを吹いてから、若干長めの間奏を挟んでのソロが、ジャズやブルースの影響を感じさせつつしっかりとしたオリジナリティがあって良いですね。


フェデラル・シンガーズの6曲目『Funny Thing To Say』と7曲目『You'd Better Marry Me』はグッとポップな初期ロックステディのそのまんまステディな雰囲気が良いですね。ちょっとおどけた声の男性シンガーが歌うEに、その男性シンガーと女性シンガーが「結婚するの?しないの?」のコミカルな掛け合いを聴かせるF、いずれもヴォーカルに千鳥足で絡む酔っ払いのような絶妙なトロンボーンです。

ラストの『Sinclair Special』は、リコのトロンボーンによるアドリブと、コクのあるブルージーなギターの絡みが良い感じにユルくアツいインスト・ロックステディの、これはもう名演ですね。こういうもっさりしたリズムの塊がスピーカーから「もわっ」と跳ねてくる感じがアーリー・スカ/ロックステディの醍醐味であります。ところで初期ジャマイカん・ポピュラー・ミュージックのカリスマとして「ハーマン・ハーシング&ザ・シティ・スリッカーズ」を率いていたハーマン・ハーシングはずっとオルガン奏者だと思ってましたが、もしかしてこのギター???


レコーディングに関しては相変わらず謎も多いのですが、ありそうでなかなかない、ジャマイカ時代のリコ・ロドリゲスがまとまって聴ける貴重なCDとして、また、スカになる前のスカがどんな感じだったか分かりやすく知ることが出来る一枚として、このアルバムはリコファンやスカファンにぜひ持ってて欲しいとは思いますが、単純にイカしたR&Bとして、ブラック・ミュージック好きがダラ〜っと聴いても全然楽しめると思います。




『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

サウンズパル店主高良俊礼の個人ブログ
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2018年05月29日

リコ マン・フロム・ワレイカ

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リコ/マン・フロム・ワレイカ
(Island/ユニバーサル)


日曜日はSUSU-MUCHOにて、開店12周年のライヴに行ってきました。

チエコビューティーさん、ワダマコトさん(カセットコンロス)TICOさん(リトルテンポ)の3人による”にゃーまんず”のライヴがありまして、楽しんできました。

思えばこの方達というのは、1990年代アタシがまだハタチそこらの小僧だった頃に、ダブやルーツレゲエの素晴らしい世界に誘ってくれた人達であります。

や、この方達だけではなく、90年代にルーツレゲエやスカのバンドで手堅い支持を集めていた人達は、好きな音楽や影響を受けた音楽について、色んなところでとても愛情たっぷりに語ってくださっておりました。


「レゲエという音楽は、ジャマイカの黒人が、ラジオから流れてきたアメリカのジャズやR&Bから影響を受けて生み出した音楽なんだ」

と理屈では知っておりましたが、実際に音を聴いたらスカは分かるけどレゲエはもうボブ・マーリィって人が偉大過ぎて、正直ソウルやR&Bとの繋がりまではよく見えなかった。

でも、この人達が雑誌なんかで全然しらなかった”ボブ・マーリィー以前のレゲエやスカやロックステディ”を紹介しているのを読んで「ほうほうなるほど」とアルバムを探し、実際に聴いてみて、色んなミュージシャンを知ることができました。

レゲエの前にスカがあったのは何となく知ってましたが、その間にロックステディという、ジャマイカ版のスウィートなR&Bなる音楽があることを知り、そこにアメリカ50年代のR&Bやジャンプ、ジャイヴの深い影響を感じることが出来て感動したことなんかを思い出して、今この記事を書いております。

えぇ、始まる前のDJタイムからピースで柔らかな自由に溢れた素敵な夕方から夜の時間でした。

そういえばジャマイカのオーセンティック・スカのアーティストで、アタシが好きだったやつ誰だっけ?とぼんやり考えたら、その頭の中のぼんやりの中から、良い具合の気温と湿度でほわわわんと鳴っているトロンボーンの音が聞こえてきました。

そうこれこれ、スカっていえばイギリスの2トーンスカの連中がやっていたシャキシャキしていたヤツもカッコイイし、どちらかといえばアタシの原体験(中学の頃のレピッシュから幼児期に観た”ホンダ・シティ”のCMでやってたマッドネスまで)はこっちの方だったんだけど、ジャマイカの古いスカの、あのボヘ〜ンとした感じといえばこれだよね、リコ・ロドリゲスのどこまでもユルくて優しい歌心に溢れたトロンボーンが最高だよね。

と、気候のうだりに任せ、ダラダラとやっておるのに最高な音楽が、グルーヴィーでちょっとユルいジャマイカの古い時代のスカであります。

さて、本日ご紹介するアーティストは、そんな訳でリコ・ロドリゲス。

えぇと、ジャマイカのスカのことを「オーセンティック・スカ」といいますが、この人はそのオーセンティック・スカの最初期から活躍する人で、2015年に亡くなるまで、第一線で活躍しつつ、色んな世代の人にスカやレゲエの楽しさを伝導しつづけてきた人であります。

ジャマイカ人の母親とキューバ人貿易商の父親の間に、1934年キューバの首都ハバナで生まれたリコは、幼い頃から暴れん坊で、カトリックの学校兼矯正施設に預けられ、この事が彼の一生を決定付けます。

この施設の方針は「問題児達が社会に出て、食うのに困って犯罪に走らないようにキチンと手に職を付けさせよう」というものでありましたが、ご存じのようにジャマイカという国は経済がとても貧しくて治安も悪く、正規の労働者として働いても結局は貧困にあえいでしまってギャングになってしまうということが普通にあったりして、じゃあ食うのに困らない職業は?となると、これはヒットを飛ばして成功したミュージシャンとか、とにかくデカく一発当てる芸能の仕事が良いから、施設の子達には音楽教育を受けさせて、ミュージシャンとして成功させよう!

という、ファンキーな理由で音楽教育に力を入れておりました。

リコは10歳ぐらいまで印刷の授業を受けておりましたが、やがて音楽を志すようになり、サックスにするかトロンボーンにするか迷いましたが、何となく吹いてみたトロンボーンが上手かったので、トロンボーンを選択し、スクールの中で頭角を現します。

学校は一応職業訓練の一環として、音楽だけじゃなくて職工や整備士の技能も教えており、リコもトロンボーンをやりつつ整備士見習いとして働いておりました。この時地元のプロ・オーケストラから声がかかって音楽家デビュー、タレント・オーディションにも受かって前途は洋々たるものでありました。

丁度時代は1950年代後半、植民地だったジャマイカが、イギリスからの自治を認められる西インド連邦に加入したことによって、独立の機運が一気に高まったその頃、1930年代に発生し、一度徹底的な弾圧によって勢力を潜めていた”ラスタファリズム運動”が、再び若者達によって支持を集めており、リコもラスタとなり、弾圧を逃れた山奥に住んでいたラスタ達のコミューンで生活するようになります。

コミューンの中でラスタの修行をしつつ、音楽の仲間達と出会いながらセッションを重ね、更に音楽性を豊かにしていったリコは積極的にレコーディングをして、1960年にはスカのシーンでジャマイカを代表するミュージシャンの一人とまで言われるようになります。

転機が訪れたのは1961年、ミュージシャンとして更なる挑戦をしたいと強く思うようになったリコは、英国へ旅立ちます。

もちろんラスタ・コミューンの仲間達は強く引き止めましたが、これを振り切って渡英すると、イギリスのジャマイカン・コミュニティで彼は大歓迎を受けてヒットを連発、そして当時イギリスで勢いのあったモッズ(オシャレで反抗的なイギリスの若者達)やスキンズ(ゴリゴリに硬派で反体制的なイギリスの若者達)から、スカやレゲエへの興味があり、リコはジャマイカ以上の人気を誇り、ミュージシャンとしての大成功を収めるに至りました。

しかし、良い事は長く続きません。

やがてイギリスでのレゲエの人気は下火になり、活躍していたレゲエやスカのミュージシャン達は徐々に生活が困窮して、リコですらその例に漏れず、塗装工や工場でのアルバイトなどをして、何とか食い繋ぐ日々を余儀なくされました。

リコの復活は、意外なところからもたらされることになります。

そう、低迷を続けるレゲエ界に救世主の如く現れたボブ・マーリィの世界的なブレイクが、それまで不遇をかこつていた世界中のレゲエやスカのアーティスト達に、再び仕事を与えました。

ボブの人気というものは、もちろんそれまでのジャマイカでの長い下積みに裏付けられたものではありますが、それ以上にアメリカやイギリスの超大物アーティスト達が彼の神かがりなパフォーマンスを讃え、その歌詞やラスタファリズムの思想にも深く共鳴したことに依る所が大きく、故に彼の人気は決して一過性のブームに終わるものではなかった。

長くジャマイカとイギリスの現場で活動してきたリコにも、ボブの人気が”本物”であることは身に染みて分かっておりました。


彼はこのチャンスに何とかスカやレゲエといったジャマイカのオーセンティックな音楽を、再び世界に認識させようというミュージシャンとしての本能と、ジャマイカ人の思想の根幹であるラスタファリズムをもっと世界の人々に知ってもらおうというラスタの信仰心から、積極的に行動を起こします。

盟友トゥーツ・アンド・ザ・メイタルズと共にアルバムを制作し、そのバンドをほぼそのまま引き連れてレコーディングした渾身のアルバムが、1975年リリースの『マン・フロム・ワレイカ』です。







【収録曲】
1.ディス・デイ
2.ランブル
3.ルムンバ
4.アフリカ
5.マン・フロム・ワレイカ
6.ラスタ
7.オーヴァー・ザ・マウンテン
8.ガンガ・ディン
9.ダイアル・アフリカ



ワレイカとは、リコが住んでいたジャマイカのラスタ・コミューンのことであります。

『70年代のスカ名盤』『インスト・レゲエの傑作』と評されるこのアルバムは、リコが自身のルーツであるオーセンティックなスカの手法に、70年代型のレゲエのビートからの影響、つまりゆったりした幅の広い”揺れ”が醸す何とも豊かなグルーヴ、そして彼自身の根幹であるラスタファリズムの思想に彩られております。


とにかくメインとなるトロンボーンの音が美しく、かつしっかりとしたコクがあって、聴くだけで心穏やかになれるような雰囲気に満ち溢れており、また、ギター、オルガン、ベース、ドラムが中心となるシンプルだけど曲によって細かくリズムのアプローチを自在に変えているバックがまた見事なんです。

バンドの演奏で、しかもインストだったら、どれだけ派手に盛り上げるかが競われたりしますが、リコを中心としたバンド・サウンドは、あくまで楽曲のメッセージを言葉なしで聴く人に伝えるためというコンセプトがしっかりとあり、そのため派手な演出は一切ありません。ただ、しっかりとした意志を持つ美しいメロディーが、リズムに合わせてどこまでも自然に腰が動くバッキングに乗って、最初から最後まで穏やかに響くが故に、飽きさせずじっくりと聴かせる、そんな特別さがあります。

個人的にはジャズをガーッと聴いて、名人や達人たちの至高のソロ芸を堪能しまくった後に聴くと、この全く逆のベクトルを持つアプローチがすこぶるクールで、別の意味で高度な音楽に聞こえてきて5倍ぐらい良い思いをします。

そして、彼の静かにアツい演奏に込められた深いメッセージ。

これはラスタファリズムという思想がどういうものかよく分からなくても、とことん穏やかで他の音楽にはない独特のピースフルな雰囲気からタップリと伝わってきます。そう、平和です。表現の中に込められた意味は細かく色々ありましょうが、それらは突き詰めるとやはり「平和は尊い」ということになる。

かといってただ戦争反対な平和メッセージではなく、リコの思想にはジャマイカやアフリカでの、未だに続く欧米資本からの搾取や差別に苦しむ人達の悲しみも反映しております。

「アフリカ」という曲が入っていて、このスピリチュアル・ジャズにも通じるおおらかな音の拡がりがアタシは大好きなんですが、この曲は、1960年に暗殺によって殺害されたコンゴ独立の英雄である政治家、パトリス・ルムンバの死を悼むナンバーです。

パトリス・ルムンバについて詳しく解説したいところですが、これ書くとアフリカの鉱物資源を巡るヨーロッパのドス黒い利権の搾取という深いテーマで延々と長くなりますのでコチラでは省略しますが、これは皆さんぜひ検索して考えてみて欲しい問題です。

アタシはリコ・ロドリゲスという人の生きざまや考え方、そしてそれが何の暴力性も持たず、穏やかに反映されている音楽、最高にカッコイイと思います。

これから夏になってくると、やっぱりレゲエが聴きたくなって手を伸ばす人も多く出てくるでしょう。その時はこのアルバムもユルく加えてピースな気持ちになってもらいたいですね。平和が一番です。








『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

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2018年05月28日

ポール・ゴンザルヴェス ゲッティン・トゥゲザー!

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ポール・ゴンザルヴェス ゲッティン・トゥゲザー!

(JAZZLAND/OJC)


楽器を演奏している人同士で話をしていると

「上手い/下手」

の話になってくることがよくあります。

いわゆる演奏技術、テクニックの話でありますね。

これはとても大事な話で、つまり要するにテクニックというのは

「音楽を聴かせる技術」

のことでありますから、大いに議論して自分も「上手い」に近づけて行こうと。

ここまでは分かる。

でも、時々これが行き過ぎて

「上手い/下手」

しか話題にしない人がたまーにおります。

アタシはテナーサックスを吹きますが、奄美にはほんとバンドで管楽器やってる人少ないんで「サックスやってるよ」という人の所には喜んで行きますし、ネットとかでアマチュアのサックス吹きの人がどんな話をしてるんだろーなとか思ってワクワクしながら会話を覗いたりしますが、まぁたまにそういう人がおりまして、ゲンナリすることがあるんですね。

こういうの人はそんなにいないだろうと信じてはおりますが

「50年代とか60年代のジャズの人達ってヘタクソじゃないですかー。今だったらコルトレーンとかソニー・ロリンズがあの頃やってたことぐらいアマチュアでも出来るんですよねー」

みたいな書き込みをたまに見ると、それはそれは悲しくなっております。

あぁ、この人は音楽に全然興味なくて、ただ「ユビガドレダケウゴクカ」しか興味ないんだな。何で楽器やってんだろう?

と。


何を言いたいかと言いますと、つまりそういう人は、ポール・ゴンザルヴェスの素晴らしさに「ウホッ、いい!このテナーいいよぉぉぉぉ!!」と悶絶することなく一生を終えてしまうんだろうなと。そういうことです。

ポール・ゴンザルヴェス、1950年代半ばからの(つまり後期の)デューク・エリントン楽団の花形テナー・サックス奏者、顔は甘めのイケメン、その繰り出すフレーズは、意外にもワイルドで逞しい。が、私生活では酒とおクスリが大好きで、その影響かステージで自分のソロの順番になっても気持ち良く眠りこけていたり、ステージに上がる時足元がヨロっときてずっこけ、デュークに「お前もう帰れ」と言われてそのまま退場するなんてことは日常茶飯事。

テナー・サックス奏者としては「オーネット・コールマンやコルトレーン、エリック・ドルフィーよりも先に調制を逸脱した革新的なフレーズで吹いた」つまりスケールの常識から大胆にはみ出すような、自由かつ斬新なフレーズでソロを吹いたと一部でかなり評価が高いが、エリントン・ファンからは

「いやー、そいつはどうかな?あのオッサン、日頃のへべれけがそのまんまあのスーダラなフレーズになっただけで、本人は革新的なことやろうとかいう気持ちはあんまなかったかもよ」

と、愛情溢れる笑顔で語られる、永遠の愛すべき三枚目キャラ。


そう、そのテナー・サックスの、ふにふにとどこへ飛んで行って、どこへ着地するかよくわからない。よく聴くと、いやよく聴かなくても音程が気分良くヨレながら、やっぱりふにふにとどこから飛んできてどこへ飛んで行って、どこへ着地するかよく分からない、でもビシバシと空中を浮遊する”キメ”を的確にキャッチして、聴いてる人をその名人芸に「おぉ・・・」と言わせるその見事なヨレっぷりとキメっぷりのメリハリは、さながら酔拳の達人の名人芸を見るかのようなのであります。


ポール・ゴンザルヴェスを聴いておるとですね、1920年生まれという意外な若さが持つモダンな感覚(ジャズ特有の渋さってやつでさぁ)と共に、ジャズという音楽がタフでラフでルーズな大人の、最高の娯楽音楽だった時代そのものが音楽として鳴っているような、そんな感慨を受けるんです。

大体ジャズなんてガキの頃から勉強もスポーツもしたくねぇ、仕事なんかもっとやりたくねぇ、楽器ぐらいしか能がねぇヤツが、手っ取り早くカネを稼げて、朝はダラダラ好きなだけ眠って昼間っから酒飲んで、女とイチャイチャしたいからやるような”職業”だったんです。

ポール・ゴンザルヴェスは、音楽にも生き様にも、顔にもファッションにも、そういった”愛すべきダメダメ”なヤツ特有のムードとかエスプリとかペーソスが素晴らしく満ち溢れてるんですよねぇ。あぁ、できればオレもこうなりてぇって思わせる何かが・・・。



【パーソネル】
ポール・ゴンザルヴェス(ts)
ナット・アダレイ(cor,ACDF)
ウィントン・ケリー(p)
サム・ジョーンズ(b)
ジミー・コブ(ds)

【収録曲】
1.Yesterdays
2.J.and.B.Blues
3.I Surrender Dear
4.Hard Groove
5.Low Gravy
6.I Cover The Water Front
7.Gettin' Together
8.Walkin'

(録音:1960年12月20日)


ポール・ゴンザルヴェスは、そんな感じで割とキッチリしたデューク・エリントン・オーケストラ(そりゃそうだ、アメリカを代表する超一流ビッグバンドだもん)でも、その特異なキャラクターと個性的なプレイスタイルで人気でありました。

ダメなところも含めてファンにも愛され、メンバーにも愛され、そして何よりボスのデューク・エリントンに愛されておりました。

20年代既にNo.1ビッグバンドの地位と他の追随を許さない強固な音世界を作り上げたエリントンのビッグ・バンドが、それからおよそ30年経っても音楽シーンの中で求心力を失わず、刺激的な存在で居続けることが出来たのは、アタシはゴンザルヴェスのような超個性を歴史やスタイルに縛らずに活躍させたエリントンの器のデカさがあったからだと思います。

で、ゴンザルヴェスですが、ステージ以外の行動にも良い感じで好き勝手が許されてたのか、ソロや他の人のバックとかでも、割と仕事を選ばずに自由に動いていて、レイ・チャールズのバックとか、マイルスが全面バックアップしたことから名盤となったミシェル・ルグランの『ルグラン・ジャズ』とか、クインシー・ジョーンズの出世作『ビッグ・バンド・ボサ・ノヴァ』なんかにもしれっと参加しております。

で、ソロ・アルバムも多く、これがいい感じにハズレがない、というよりも、この人のスーダラとキメのメリハリが、どのアルバムでも楽しめる、っていうかソロでやりたい放題にさせたらもうコイツこの人は「やっちまえー」で最高なのです。


楽しめる人はどれ聴いてもしっかりと楽しめますが、ウィントン・ケリー、サム・ジョーンズ、ジミー・コブというハード・バップ屈指のしっかり者を集め、人なつっこいナット・アダレイのコルネットを脇に従えた贅沢な編成で、そのテナーの個性、素晴らしい浮きっぷりを堪能できる1960年の『ゲッティン・トゥゲザー』をまずはオススメとして挙げましょう。

実はこのアルバムは、ポール・ゴンザルヴェスの数あるソロ作の中でも、最も”渋く、コクのある一枚”だとアタシ思います。

アタシは散々この人のテナーをスーダラだと書いてきましたが、ただズ太いだけでなく、ふわっとした男性らしい優しさに溢れたトーンで吹かれるバラードや、ちょいとユルめのテンポのブルースっぽいナンバーは、気品すら感じさせる見事な演奏です。


『Yesterdays』での、どこからともなくフラッと表れて儚く消えてゆくソロ、『I Cover The Water Front』の切々とした表現に、アタシは特に惹かれて「こういう風に吹きたい」と憧れますが、やっぱりこういったニュアンスを出せるようになるには、まだまだ技術も足りないし、何より人生経験が足りないなぁと、結構切実に思ってしまいます。

そう、ニュアンスです。

ゴンザルヴェスのフレーズは独特の捉えどころになさがあって、音程もフラついてたりしますが、やっぱりこの「どうしようもなくジャズ」の雰囲気を醸し出すことが出来て、それを聴く人にも深く豊かな味わいと共に感じさせる技術というのは、指がどれだけ動くかとか、ピッチがどれだけ正確かとか、そういうことと対極にありながら同じぐらい大事な演奏技術。

もしかしたら、というよりこれは「絶対にそう」と言い切っていいと思いますが、ゴンザルヴェスは独自のニュアンスを出すために、あえて常識的な正しさをかなぐり捨てて吹いていたんだとしみじみ思います。故にこの人の演奏はいつも素敵な音に酔わせながら「表現って何だろうね」という根源的な問いをふわっと問いかけてくるのです。

何か真面目にまとめてしまいましたが、ジャズが好きでジャズの空気を愛する人には、この人の個性と味わいを知って楽しんでほしいなと強く願います。









『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

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