2018年05月14日

ジョニー・ウィンター サード・ディグリー

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ジョニー・ウィンター/サード・ディグリー
(Alligator/Pヴァイン)


奄美地方、今年もゴールデンウィーク開けから順調に梅雨入りしているんですが、いや暑い。しかも、これも毎度のことなんですが、梅雨入り宣言が出されたからといって、本土のようにずっとしとしと雨が降っている訳じゃなく、ギラーッと晴れてる日も結構あって、空気がギトギト熱いんで、もう気分は真夏であります。

アタシは暑いのも熱いのも苦手です。

だもんで毎年この時期になると「梅雨の鬱陶しさを吹き飛ばそう!」とのたまって、梅雨の鬱陶しさを吹き飛ばしてくれそうな音楽作品を紹介します。

はい、今日はギンギンに暑苦しいこと梅雨や真夏に劣らない男、いや”漢”、ジョニー・ウィンターでございますよ。えぇ、名前がWinter(冬)なのにご本人がそりゃもうこれでもかと弾きまくるギターにも、親の仇みたいなキョーレツながなり声にも冬要素は皆無なんでございまして、実に実に実に夏が似合うんですね。


という訳で本日はジョニー・ウィンターの1986年リリースの『サード・ディグリー』でございます。


はい、通称”百万ドルのギタリスト”、テキサスの火の玉野郎、ブルースをガソリンに暴走するブルース大型トレーラーとか、最初のやつ以外はアタシが勝手にそう呼んでおりますが、とにかくもうジョニー・ウィンターといえば、そこらのブルースロックなんてメじゃないぐらい体にキョーレツに染み付いたアメリカ南部のブルース魂を感じさせるロックンロールを、やり過ぎな勢いで弾きまくり、ガラの悪い声で叫びまくる人です。

ブルースといえば、やれ情感だの風情だの、人生の悲哀だの、そういう所に話が行ってしまい、えぇ、アタシはもちろんその辺の話大好きなんですが、この人の情緒なんざクソくらえな突き抜けた暴れっぷりを聴いてしまうと、ホント細かいことなんかどーでもいい、酒もってこい酒ーー!!となってしまうからその勢いの説得力たるや相当なものでございます(※アタシはお酒がのめません)。


さてそんなジョニー・ウィンター、1969年当時イギリス勢に若干押され気味だったブルース・ロックの期待の新星としてデビューしました。




このファーストは、ウィリー・ディクソンやビッグ・ウォルター・ホートンなど、ホンモノのシカゴ・ブルースの猛者達をゲストに迎えた骨太なブルース・アルバムで、その中身の濃さはにはもうグウの音も出ないほどの作品だったのですが、コレがホンモノ過ぎてロック市場では大コケしてしまいます。

そこから「ぬがー!あったまきた!!じゃあワシゃあ本気のロックやったるわい!!」と奮起したジョニーは、よりサウンドを先鋭化させて、ロックンロールからブルース飛び越してハードロックなアプローチもガンガン入れてセールス的にも徐々に挽回し、その勢いで70年代を駆け抜けたのです。

が、やはり「オラぁなんにも考えねーでブルース弾きまくりたい!」という衝動はずっと衰えなかったのでしょう。

CBSの子会社のブルーススカイというレーベルで「好きにしていいよ」と言われ、ブルース・アルバムを再びリリースしたり、親父と慕うマディ・ウォーターズのアルバムをプロデュースしたり、そらもうやりたい放題やります。結果マディのアルバムがグラミー賞を受賞したり、ブルースという音楽を広く世に知らしめる事に大きな功績を残すんですが、やっぱりメジャー・レーベルって所は窮屈だと、マディが亡くなった1983年の翌年84年に「親父への義理も果たしたし、オレもっと売り上げとかそんなのに気を使わないでいい所で自由にやるべ」とばかりにインディーズ・レーベル”アリゲーター”へと移籍します。

さてこのアリゲーターというレーベルは、1970年代にブルース・イグロアという熱狂的なブルース・マニアが「ハウンドドッグ・テイラーのアルバムを出したいから」という理由だけで設立したレコード会社です。

もちろんそのハウンドドッグ・テイラーはいい感じに売れてレーベルの活動も軌道に乗り、この頃にはベテランから若手まで、腕は確かな連中が多く所属しておりました。

根っからの無頼漢であったジョニーにとっては

「ブルースのヤツしかいないってのも、あのイカレたハウンドドッグ・テイラーのレコードを出したいからとかいうクレイジーなレーベルってのもオレ好みだ。いいんじゃね?やったるぜぇ」

だったんではないでしょうか。

で、アリゲーター側にしても、メジャーで大暴れして、しかもついこの前まで”あの”マディ・ウォーターズのプロデュースをしてたような凄い人です。

「あーオレオレ。ちょっとお前んとこでレコード作りたいんだけどいい?あ?CBS?んなもん契約破棄したに決まってんだろうが、てかオレと契約すんのかよしねーのかよ、契約するんだったらサインしに行ってやるぜ、契約しねーんなら火ィ点けに行ってやる!」

ぐらいの勢いで(いや、ホントにこんな感じの人でしたから・・・)ポンと言ったら、レーベルとしては

「どうぞどうぞ、契約はこちらからお願いしたいぐらいです。何なら火も点けてください」

ぐらいの粋な返しをしたんだと、勝手に妄想します。

アリゲーターに移籍したジョニーは、水を得た魚と・・・。いや、ガソリンを得たチェンソーの如く、それまでの鬱憤を晴らすかのように、持てる力の全てを気持ち良くブルースに全振りして大暴れ(!)

このレーベルから出している3枚のアルバムは、どれも甲乙付け難いほどアツい衝動が尋常ならざるサウンドでたぎりまくっておりますが、今日はあえて3枚目の『サード・ディグリー』をご紹介。





【収録曲】
1.Mojo Boogie
2.Love,Life And Money
3.Evil On My Mind
4.See See Baby
5.Tin Pan Alley
6.I'm Good
7.Third Degree
8.Shake Your Moneymaker
9.Bad Girl Blues
10.Blake And Loney


何でこのアルバムをジョニーのアリゲーター盤オススメのその1に選んだかというと、それまでの彼のキャリアの総決算のような作りになっているからです。

まずはゲスト陣、トミー・シャノン(ベース)とアンクル・ジョン・ターナ(ドラム)をCGIの3曲で、ニューオーリンズの大物で、この時ライヴでも見事なデュオを披露していたドクター・ジョン(ピアノ)がADの2曲で参加。

ドクター・ジョンは完全に目玉のゲスト枠で分かるのですが、トミー・シャノンとアンクル・ジョン・ターナは、ファースト・アルバムで共にブルースした、いわば昔馴染みの仲間であります。

そして、ブルースに全振りした楽曲(!)

ジョニーといえば、親指にサム・ピック付けての畳み掛けるような単音ソロも必殺ですが、実はスライドの名手でもあります。

そんなスライドを大々的にフィーチャーしたのが『Mojo Boogie』『Evil On My Mind』『Shake Your Moneymaker』『Bad Girl Blues』の4曲と大判振る舞いなんですよこれ。

のっけから血圧が上がるノリノリの『Mojo Boogie』と、スライドの狂犬ハウンドドッグ・テイラーのカヴァーである『Shake Your Moneymaker』は、エレキによる極め付けで、ギャインギャインと凄まじい押しっぷりにひたすら圧倒されます。

ジョニーの本質というは「ブルースのコアを燃焼させて暴れる根っからのロックンローラー」というのがアタシの見解でありますが、いやもうこの2曲の、情緒も余韻もクソ食らえ!ブギーは勢いでなんぼじゃい!なノリの痛快さ、これだけで他はもう何も要りません。

と、思ったら今度はアコギ(共鳴板付き金属リゾネイターギター)で、多重録音されたフレーズ同士が金属音を響かせながら激しく絡み合う『Evil On My Mind』『Bad Girl Blues』の2曲が、エレキとは全く違うアプローチで耳を侵食します。

曲自体はトラディショナルな戦前のものに近いブルース・スタイルなんですが、ジョニーのギターは何て言うんでしょう。アコギを引かせても衰えない、むしろ歪んでない分生身の衝動を伴ってギラついているサウンドゆえに演奏そのものが全く古臭くなくて、トンガっています。

更にこのアルバムの凄さはスライドだけじゃない(ヒイィ!!)酸いも甘いも嚙み分けた辛口のスローブルースでの「いやしかしギターソロは猛烈弾き倒し」のスローブルース『Love,Life And Money』『See See Baby』『Tin Pan Alley』『Blake And Lonely』もしっかり入っております。

特にドクター・ジョンのピアノが、弾きまくりジョニーをしっかりとしたフレージングでサポートしている『Love,Life And Money』と、骨太なシカゴ・ブルース・スタイルの『Tin Pan Alley』は、ジョニー・ウィンターのと思わずとも、これは80年代のブルースの演奏としてはもう殿堂入りしてもいいぐらいの名演だと思います。

スローブルースでも、エモーショナルな吐き捨てるような歌唱で一切妥協を許さないヴォーカルと、サウンドもフレーズの荒れ具合もピッタリ呼応しているギター。ええ、もうこれですよ、この小細工とは全く無縁の体当たりのガチンコ、理屈とは最も遠い本能からそのまんま取ってぶつけるかのようなストレートな表現をぶつけられたら、こっちも理性とか全部かなぐり捨ててノックアウトされるしかない訳であります。

どこを取ってもジョニーの”やりたい放題”がすこぶるカッコ良くビシッ!と決まったこのアルバム。実はアリゲーターの3枚は、好きなことを好きなようにやっただけなのに、メジャー時代の作品より売れて、契約が終了する頃には、それまで「ブルースのルーツを持つ、個性的な弾きまくりギタリスト」「硬派なロックファンには人気だけど、物凄く売れまくってる訳ではない」ぐらいだった評価はあっという間に覆り、アルバムはいずれもCBS時代より好調なセールスを記録して、ジョニー・ウィンターといえば「80年代ブルース・シーンの超が付く大物で圧倒的なテクニックとフィーリングを持つスーパーギタリスト」という世界的な評価も確立したのでした。

何でそうなったかって?そりゃアナタ、この”好きなことを好きなようにやっただけ”が死ぬほどカッコ良かったからですよ。



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2018年05月12日

デクスター・ゴードン ゲッティン・アラウンド

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Dexter Gordon/Gettin' Around
(BLUENOTE)


アタシもいいトシのおっさんですので「おっさんになってもカッコイイ男とは何か?」ということを、結構真剣に考えなければなりません。

まー色々と考えたんですが、見た目に関してはこれはもうしょうがありません。人間歳を取ると皺だって増えるし、髪も抜けてくるだろうし、体形も崩れてくる。こういう物理的なものはしょうがない。

でも、世の中にはそういった加齢と共にやってくる物理的な変化を経てもなお、カッコ良くて魅力的な人というのが居る。そういう人達を観察していると、いくつか”カッコイイおっさん”の条件ってのが見えてきたんです。

色々とありますが、ザックリ言えばこんな感じ↓


・佇まいから全体的に哀愁が滲み出ている

・思慮深く、言葉使いや行動がスマート

・目が死んでない

・頭の回転が早く、ユーモアを絶やさない

・なんだかんだやっぱりオシャレ


全ての条件を満たしている人は、当然ながらなかなかおりません。

が、音楽の世界、なかんづくジャズの世界を眺めておれば、この条件に見合う人達って結構いるんです。

や、昔のジャズマンなんて人生滅茶苦茶人間のオンパレードではあるんですが、それでいてもなおこれら条件をスルッと満たしている人がおりますんで、まぁその、いわゆる世間一般の常識だとか良識とかと、カッコ良さというのは別次元にあるものなんだなぁと思います。

はい、そんなダンディでカッコ良くて、スマートでオシャレで、醸す空気はスーパー哀愁。更にユーモアのセンスも人一倍あるジャズマンの中でも最高のジェントルマンといえばデクスター・ゴードン。


この人の、グッと渋いくぐもったトーンのテナー・サックスから、ちょい遅れたタイミングで放たれるフレーズが、もう最高に男の哀愁とホッとするユーモアに溢れてて、190cmのスマートな長身で、眉間にクッと皺を寄せて吹くその立ち姿、羽織るジャケットの趣味ももうホントたまんないんですね。世界中の35歳以上の男を集めて「いいかお前らこれが男ぞ」と言いたくなるぐらい、同性のオッサンから見ても惚れ惚れするぐらいのイイ男です。


そんなイイ男なもんだから、1986年には何と映画『ラウンド・ミッドナイト』で役者としてスクリーンに登場しております。

映画はフランスに住んでいるアル中ヤク中のジャズマン(実は伝説のテナー吹き)が、一人の若者の献身的なサポートで見事立ち直るのですが・・・というストーリーも、デクスター本人による素晴らしいジャズ演奏もどこまでもほろ苦い、ジャズという音楽のカッコ良さと深すぎる業の両方を見事に描いた映画なんで、これはジャズ好きの方全員に観て欲しいと思うんですが、演技の勉強なんか全然してないはずの生粋のジャズマンであるデクスターが、役者顔負けの渋い声で、ゆっくりと噛み締めるような独自の台詞回しで完璧な”ジャズマン”を、ベテラン役者の貫禄で演じきっていると、映画界でも話題になりました。

まぁ、ジャズマンだからジャズマン演じるのは訳ないんだろうと、アタシら素人は思ってしまいますが、映画の関係者によると、デクスターのあの見事な演技は、実はほぼ”素”らしいんです。

オファーがあった時にデクスターが

「オレ、テナーしか吹いてこなかった男だから演技なんて出来るかどうかわかんねぇよ」

と不安を漏らした時に監督が

「いや、アンタはそのまんまでいいんだ。吹いて歩いて、いつも通り喋ってくれればいい。この映画はジャズの映画だからね」

と言って

「あぁそうか、ジャズの映画か。じゃあそのまんまやるよ」

と、役を意識せずに出演したら、結果として何だか凄い演技になったんだとか。




サウンド、プレイ、立ち居振る舞い、身に着けるもの、全てがジャズの理想を体現していて、1940年代末に「ビ・バップの期待の若手テナー」と評価されつつも、麻薬中毒になって最も大事な20代から30代前半の時期の時期をほとんど棒に振り、その後麻薬は断ち切れたものの、67歳で亡くなるまでの間は、麻薬の代わりに浸っていた酒との縁を切れず、結局肝臓をヤラレてしまう。そういうジャズの”どうしようもなさ”みたいなものも背負ってしまっている人で、その”Good"と”Bad"の絶妙なバランスが、デクスター・ゴードンという人を、存在そのものがジャズとしか言いようのない完璧な(そして少しいびつな)”男”に作り上げたんだと思います。

んで、ここからはジャズ・テナー・サックス奏者としてのデクスター・ゴードンのお話です。

麻薬や酒に溺れる人間的な脆さを持っていても、彼の場合はその音楽にはそういった脆さを一切寄せ付けず、実に余裕とダンディズム溢れる演奏を、死ぬまで貫きました。

特に麻薬トラブルから復帰した1960年代以降のアルバムは、そのどれもが太く豊かに鳴るテナーが、コクと風味とホロ苦さに溢れた人生の物語を訥々と、時にユーモアを交えながら語る、ジャズをそんなに知らない人でも「あぁ、カッコイイなぁ。これがジャズなんだよなぁ」と、どうしても感嘆してしまう、素晴らしい説得力に溢れております。



ハッキリ言ってこの人の場合は、あてずっぽうでえ〜いと選んだアルバムはどれも”当たり”です。

かなりのハイスピードでも揺るがなくアドリブをかっ飛ばせる腕は当然ありますが、敢えてスピード勝負に懸けず独特の後ノリでフレーズを繰り出すそのスタイルで、ミディアム・テンポの曲やバラードで無双の強さを発揮するタイプであり、長いキャリアの中でどれだけジャズが進化しても自分のスタイルは一切崩さず、己の道を黙って貫いたその姿勢、両方のカッコ良さが本当に全部のアルバムから滲み出ているからです。







【パーソネル】
デクスター・ゴードン(ts)
ボビー・ハッチャーソン(vib)
バリー・ハリス(p)
ボブ・クラウンショウ(b)
ビリー・ヒギンス(ds)


【収録曲】
1.Manha de Carnaval
2.Who Can I Turn To (When Nobody Needs Me)
3.Heartaches
4.Shiny Stockings
5.Everybody's Somebody's Fool
6.Le Coiffeur


(録音:1965年5月28日、29日)



キャリアの長い人ですので、アルバムは色んなレーベルに結構な数あります。そして、その水準はどれも軒並み高い、というより、どれも安心して「極上のジャズだね」と聴く人に語らしめる雰囲気の”上質”がみなぎっていますから「この一枚を聴け!」とかそういうのは似合わない。

それでも「何かオススメないっすか?」と言われたら、ゴードンの実に男らしい粋と色気と哀愁にドップリ浸れるワン・ホーン作品がよろしいです。

ブルーノートでリリースした『ゲッティン・アラウンド』は、ヴィブラフォン+ピアノ+ベース+ドラムスのシンプルなバックが作り出すミディアム〜スローテンポのリズムに乗って、朗々と、そして切々と吹かれるテナーから立ち上る”うた”に心ゆくまでウットリできる一枚。

もうとにかく1曲目の『黒いオルフェ』です。

色んな人に、それこそ色んなアレンジでカヴァーされまくっているルイス・ボンファ作曲のサンバ曲で、同名映画(1959年公開)の主題歌。

哀しげなメロディーが胸にくる曲を、ゴードンのむせび泣くテナー、クールに情景を描くヴィブラフォン、押し殺した感傷を少しづつ滲ませてゆくようなピアノと、それぞれのソロリレーが更に胸に来るアレンジにまず引き込まれるんですが、そこからバラード、ミディアム・テンポの小粋な曲と続きます。

で、この「ノリノリの曲をあえて1つも置かず、全曲バラードかミディアム・テンポのナンバーで統一しましたよ」というアルバムの作りが最高で、どの曲も染みるんですね。

明るい曲といえばボサ・ノヴァ・アレンジの『ル・クワフール』が後半に入ってくるんですが、これも明るく軽快なテンポに乗っかるアドリブの心地良さの中にふわっとした切なさが一瞬感じられたりして、もうどこをどう切り取っても上質な大人のジャズ。まるで映画を見ているような、そんな至福です。

派手に吹きまくったり、ノリと勢いで興奮させてくれるジャズももちろん最高ですが、例えば一人でじっくり聴いて「はぁあ、ジャズいいなぁ・・・」と思わせてくれるのはこういったアルバム。

さて、コイツを聴いて、このムードから立ち上る大人の男のダンディズム、言葉より語る哀愁に浸ったら、アタシはかっこいいおっさんになれるのだろうか。いやもうそんな事を考えるのは野暮ってもんですね。これは純粋に聴いて浸りたい。












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2018年05月11日

フロイド・ジョーンズ&エディ・テイラー Masters Of The Modern Blues

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Floyd Jones & Eddie Taylor/Masters Of The Blues
(Testament)



戦後シカゴ、ダウンホーム・ブルースの名盤『Smokey Smothers/The Blackporch Blues』をじっくり聴いていたら、しばらくこの泥沼から抜け出せずにおりました。

ブルースといえば、スーパーギタリストが派手な”泣きのソロ”で大暴れするのも、そりゃあもちろん最高なんですが、ドップリとディープなバンド・サウンドで、ブルースという音楽のむせるような泥臭さ、そのスカスカのアンサンブルからむわぁんと立ち上る、まるでドブロクのような濃厚&粗削りなブルース・フィーリングが無尽蔵に漂ってくる、1950年代60年代の”超有名”から一歩引いた職人気質な人達によるダウンホーム・ブルースってもう本当に最高なんです。


さて、ブルースをバンドで演奏し、それをエレクトリックな楽器を使って新しい時代を切り開いたといえば、もちろんマディ・ウォーターズ親分でありますが、当たり前のことながら、マディ親分が「そうだ、エレキギターを使ってみよう」と言って始めた訳ではなく、シカゴではまだアコースティックな楽器を使った、軽快なリズムでジャズ寄りのアンサンブルというのが、当時最も華やかな場であったシカゴの高級クラブで主流だった頃、ミシシッピやメンフィスといった南部から出てきた連中が、路上の雑踏の中や安酒場で聴衆を相手にしていた頃、マディもミシシッピからシカゴに出てきました(1940年代中頃)。

一説によると、ブルースでエレキギターを最初に使いだしたのは、南部のブルースマン達だったと云われております。

狭くやかましいジューク・ジョイントで、とにかくガヤガヤうるさい客をステージに向かわせて踊らせるために、音が割れようが潰れようが、とにかくデカい音を出すためにエレキギターを使ってたんだと。

ともかく何事もタフで荒々しいのが好みの南部の連中がエレキギターという楽器を最初に効果的に使ってブイブイ言わせていたという話は、確かに戦後すぐぐらいの時期の「南部から出てきてすぐのブルースマン達によるブルース」を聴くと、なるほどそうかも知れんわいと思わせるに足りる十分な説得力がみなぎっていたりします。

あのロバート・ジョンソンも、亡くなる直前(1938年)に手にしていたギターはエレキだったといいますから、そらもうみんなこぞって「オゥ、あのデカイ音が鳴るエレキギターってやつくれよ」だったんでしょうね。

とにかく田舎からシカゴに出てきた若者達は、都会の喧騒に挑むように音のデカいエレキギターをかき鳴らし、南部のタフでワイルドなノリを、サウスサイドとかウエストサイドとか、移住者の多い街の路上で次々根付かせていった。

若者だったマディはその中に飛び込み、多くの先輩達と競いながら腕を磨いていったんですねぇ。想像すると何とも素敵なシーンじゃありませんか。

はい、というわけで今日ご紹介するのは、そんなマディの先輩達が奏でていた、元祖エレクトリック・ブルースというものだったかがたちどころに理解出来る、素晴らしい一枚でございます。

まず、シカゴ・ブルースといえばチェスやコブラ、ヴィージェイといったインディーレーベルがシノギを削り、多くのスターを輩出していった1950年代でありますが、そこから少し時代を進めて60年代には、今度はブルースという音楽で金儲けしようというレーベルばかりではなく、音楽として素晴らしいから、これはじっくり付き合いたいという人が立ち上げたレーベルが、新人をプロデュースしつつも、かつて名を馳せたブルースマン達を積極的にレコーディングし、結果として貴重な音源を世に多く残したという現象が起きておりました。

その中で、ブルース研究家として今も著名なピート・ウェルディングという人が立ち上げたレーベルに”テスタメント”というのがございます。

このレーベルこそが「派手じゃないけど気合い入ってるよね」の最たるものでして、特に看板である『マスターズ・オブ・ザ・モダン・ブルース』は、そのどれもが同じデザインの色違いジャケというややこしさながら、内容の濃さで多くのファンを南部直送のダウンホーム・ブルースの泥沼に引きずり込んだ定評のあるシリーズ。

まぁ、ブルースという言葉にちょいとでもピクッとなる人なら目をつぶって片っ端から集めてもまずハズレがないぐらいキョーレツに濃い内容&人選で恐ろしいぐらいのシリーズなんですが、今日はその中からフロイド・ジョーンズとエディ・テイラーのものをご紹介致しましょう。







【収録】
(フロイド・ジョーンズ)
1.Rising Wind
2.Dark Road
3.Stockyard Blues
4.Sweet Talkin' Woman
(エディ・テイラー)
5.Train Fare Home
6.Big Town Playboy
7.Peach Tree Blues
8.Bad Boy
(フロイド・ジョーンズ)
9.Hard Times
10.M0&O Blues
11.Playhouse Blues
12.Dark Road
(エディ・テイラー)
13.Feel So Good
14.After Hours
15.Take Your Hand Down
16.Bad Boy



はい、今かなりの方が「フロイド・ジョーンズ?エディ・テイラー?誰?」とつぶやいたと思いますが、いやもうアナタ方、シカゴ・ブルースを聴いてこの人達を知らんのはモグリですぜ、と、アタシらしからぬ強めな感じで、えぇもう言い切ってしまいましょう。この2人、単純な知名度で言えばまぁBランクCランクぐらいであることは認めざるを得ないんですが、戦後のシカゴ・ブルースの歴史を生きて、そのサウンドの土台を作ったと言っても過言ではない、とんでもなく凄い人達。

まずはフロイド・ジョーンズ。

何と1917年アーカンソー生まれで、年代的にはほとんど戦前の人です。実際幼い頃からチャーリー・パットン、ミシシッピ・シークス、スリーピー・ジョン・エスティスといった、戦前ミシシッピ〜メンフィスで活躍したブルースマン達の演奏を間近で見て育ち、16歳の頃にトラックの運転手をしていた時、偶然知り合ったハウリン・ウルフ(当時23歳)と意気投合してギターを手にして、南部一帯を一緒に回っております。

このキャリアからしてもう凄いんですが、更に1930年代にはサニー・ボーイ・ウィリアムスン(U)やロバート・ジョンソン、ビッグ・ウォルター・ホートンらと知り合い、共演したり一時期行動を共にしたりして、南部では既に実力派として知られる存在であったようです。

残念ながらこの時のレコーディングはありませんが、1945年にシカゴに移り住んで、ストリート・ミュージシャンの激戦区であったマックスウェル・ストリートに立った時は既に「あの南部で有名だったフロイド・ジョーンズさんだ」と、ファンからもミュージシャンからも、ある種別格として見られていたそうで、そのダークな歌声とギターでシカゴの路上から、チェス、ヴィージェイ、JOBといったその当時の新興レーベルまでを演奏とレコーディングでサラッと制し、文字通り戦前の南部から戦後すぐの時期のシカゴでのし上がる、その戦端を切った人と言えるでしょう。

一方のエディ・テイラーは、生まれは1923年とジョーンズよりちょい若いですが、もうアレですよ、シカゴ・ブルースの一番の人気者であり、多くの人が「ブルース」と聞いて「こんな感じ」とすぐイメージするほどのあのギターによるずっずじゃっじゃズッズジャッジャズッズジャッジャのウォーキング・パターンを定型として強烈に世界に印象付けた王者、ジミー・リードの長年に渡る名サイド・ギタリストとしての活躍で大きな功績のある人で、えぇ、何かと酒ばかり飲んでベロンベロンに酩酊してしまうリーダーよりも、ある意味この人があの黄金のパターンを自分で考えて、実際にしっかり演奏していましたから、世界の裏側で戦後のブルースの歴史を作ってきたのは実はマディでもジミー・スミスでもなくてエディ・テイラーだ!とブルースファンに断言される事も多く、実際その通りなんだと言い切って良い人です。

7歳の頃からベースを演奏し(!)、程なく幼馴染のリードと組んで、地元ミシシッピでは「おもろい小僧共」と知られていたようで、例によってチャーリー・パットン、サン・ハウスらの生演奏に刺激を受けて、やがてその影響からギターを手にしてコツコツと腕を磨いてきました。

戦後になって先に移住していた父親に呼ばれてシカゴに移住するんですが、そこからやっぱりマックスウェル・ストリートで人気を博し、特に安定したギターの腕前はレコード会社に「君、ウチのレーベルでギタリストとして契約してくれないか?」と、今で言うスタジオ・ミュージシャンみたいな仕事の声がかかったりしております。

この時まだ出来上がったばかりのヴィー・ジェイにひょっこりやってきたジミー・リードのレコーディングに駆り出され、スタジオで「あれ?お前エディじゃないか?」「おいジミー、お前こそ何やってんだ?え?レコーディング?何てこった、お前のバックをやるように俺は言われてたんだ」と、まさかの偶然でコンビ復活となった嘘みたいな奇跡から、腐れ縁で60年代までコンビを組んだこのコンビは、次々とセールス記録を塗り替えるヒットを放っております。

エディはソロとしても大器晩成型で、60年代以降はモダン・ブルースの”粋”を伝える、ブルースファンの間で評価の高い素晴らしいアルバムを多く残してますし、70年代80年代はブルースフェスなんかでも引っ張りだこの人気者になるんですね。

そんな2人が、1966年にガッツリ手を組んで行ったセッションを収録したのがこのアルバム。

カップリングと言われることもたまにありますが、同じバンドで互いにリードヴォーカルを交代でやっている、正真正銘の同一セッションです。

はい、スロー・ブルース中心に、どこかダークで激しい重みのあるヴォーカルの味で聴かせるジョーンズのトラックと、一転ロッキンでギラついたギターに、丸みを帯びた声ながらもカラッと突き抜けた味わいのあるテイラーのヴォーカルとが織りなす、全く異なる個性が、どれも1960年代の音とは信じられないぐらい、スカスカで乾いた、まるでスピーカーから土煙が出てきそうなほど粗削りなヴィンテージ・サウンド(っつうんだろうか?)を、50年代初頭の路上演奏ばりの質感で生々しく響かせております。

このセッションこそは、もうインパクト云々とかよりも、絶妙なバンド・サウンドとその音の質感だけで最高に深くてロウダウンな演奏をダラーッととことん味わい尽くせる、何かもう「ブルースってこれこれ、細かいことはよーわからんが、とにかくこの雰囲気なんだよ」と言いたくなる見事な職人芸です。

フロントの2人はもちろん、脇を固めるメンバーも、ビッグ・ウォルター・ホートン(ハーモニカ)、オーティス・スパン(ピアノ)、フレッド・ビロウ(ドラム)と、当時のシカゴ・オールスター・メンバーなんです。

テイラーとジョーンズは、共にギタリストなんですが、ここではジョーンズがベース。つまりヴォーカル、ギター、ピアノ、ベース、ドラムスという必要最小限のバンド・サウンドで、しかも音数はグッと少な目で楽器と楽器の音の間もいい感じにとことんスカスカ。更にジョーンズは自分が歌う時はベース弾いてませんから、ジョーンズのズ〜ンとダークな歌のバックで、ギター+ピアノ+ドラムっつう3つの楽器だけがスゲェ密度で鳴り響いております。

大体ダウンホーム・ブルースなんていうのは、音スカスカで、いい感じに荒れてて、ウケを狙わずにダラーッとやるかひたすらロッキンにバシャバシャやるかが最高にカッコイイパターンなんですが、その両方が一枚でこれ、楽しめます。つうか細かいことはいいんです、この雰囲気ですよこの雰囲気。知らない人は今すぐ聴いてください、この雰囲気ですよ雰囲気!(大切なことなのでシメに2回言いました)












”ブルース入門編 〜初心者のための優しいブルース講座〜”




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