2018年05月11日

フロイド・ジョーンズ&エディ・テイラー Masters Of The Modern Blues

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Floyd Jones & Eddie Taylor/Masters Of The Blues
(Testament)



戦後シカゴ、ダウンホーム・ブルースの名盤『Smokey Smothers/The Blackporch Blues』をじっくり聴いていたら、しばらくこの泥沼から抜け出せずにおりました。

ブルースといえば、スーパーギタリストが派手な”泣きのソロ”で大暴れするのも、そりゃあもちろん最高なんですが、ドップリとディープなバンド・サウンドで、ブルースという音楽のむせるような泥臭さ、そのスカスカのアンサンブルからむわぁんと立ち上る、まるでドブロクのような濃厚&粗削りなブルース・フィーリングが無尽蔵に漂ってくる、1950年代60年代の”超有名”から一歩引いた職人気質な人達によるダウンホーム・ブルースってもう本当に最高なんです。


さて、ブルースをバンドで演奏し、それをエレクトリックな楽器を使って新しい時代を切り開いたといえば、もちろんマディ・ウォーターズ親分でありますが、当たり前のことながら、マディ親分が「そうだ、エレキギターを使ってみよう」と言って始めた訳ではなく、シカゴではまだアコースティックな楽器を使った、軽快なリズムでジャズ寄りのアンサンブルというのが、当時最も華やかな場であったシカゴの高級クラブで主流だった頃、ミシシッピやメンフィスといった南部から出てきた連中が、路上の雑踏の中や安酒場で聴衆を相手にしていた頃、マディもミシシッピからシカゴに出てきました(1940年代中頃)。

一説によると、ブルースでエレキギターを最初に使いだしたのは、南部のブルースマン達だったと云われております。

狭くやかましいジューク・ジョイントで、とにかくガヤガヤうるさい客をステージに向かわせて踊らせるために、音が割れようが潰れようが、とにかくデカい音を出すためにエレキギターを使ってたんだと。

ともかく何事もタフで荒々しいのが好みの南部の連中がエレキギターという楽器を最初に効果的に使ってブイブイ言わせていたという話は、確かに戦後すぐぐらいの時期の「南部から出てきてすぐのブルースマン達によるブルース」を聴くと、なるほどそうかも知れんわいと思わせるに足りる十分な説得力がみなぎっていたりします。

あのロバート・ジョンソンも、亡くなる直前(1938年)に手にしていたギターはエレキだったといいますから、そらもうみんなこぞって「オゥ、あのデカイ音が鳴るエレキギターってやつくれよ」だったんでしょうね。

とにかく田舎からシカゴに出てきた若者達は、都会の喧騒に挑むように音のデカいエレキギターをかき鳴らし、南部のタフでワイルドなノリを、サウスサイドとかウエストサイドとか、移住者の多い街の路上で次々根付かせていった。

若者だったマディはその中に飛び込み、多くの先輩達と競いながら腕を磨いていったんですねぇ。想像すると何とも素敵なシーンじゃありませんか。

はい、というわけで今日ご紹介するのは、そんなマディの先輩達が奏でていた、元祖エレクトリック・ブルースというものだったかがたちどころに理解出来る、素晴らしい一枚でございます。

まず、シカゴ・ブルースといえばチェスやコブラ、ヴィージェイといったインディーレーベルがシノギを削り、多くのスターを輩出していった1950年代でありますが、そこから少し時代を進めて60年代には、今度はブルースという音楽で金儲けしようというレーベルばかりではなく、音楽として素晴らしいから、これはじっくり付き合いたいという人が立ち上げたレーベルが、新人をプロデュースしつつも、かつて名を馳せたブルースマン達を積極的にレコーディングし、結果として貴重な音源を世に多く残したという現象が起きておりました。

その中で、ブルース研究家として今も著名なピート・ウェルディングという人が立ち上げたレーベルに”テスタメント”というのがございます。

このレーベルこそが「派手じゃないけど気合い入ってるよね」の最たるものでして、特に看板である『マスターズ・オブ・ザ・モダン・ブルース』は、そのどれもが同じデザインの色違いジャケというややこしさながら、内容の濃さで多くのファンを南部直送のダウンホーム・ブルースの泥沼に引きずり込んだ定評のあるシリーズ。

まぁ、ブルースという言葉にちょいとでもピクッとなる人なら目をつぶって片っ端から集めてもまずハズレがないぐらいキョーレツに濃い内容&人選で恐ろしいぐらいのシリーズなんですが、今日はその中からフロイド・ジョーンズとエディ・テイラーのものをご紹介致しましょう。







【収録】
(フロイド・ジョーンズ)
1.Rising Wind
2.Dark Road
3.Stockyard Blues
4.Sweet Talkin' Woman
(エディ・テイラー)
5.Train Fare Home
6.Big Town Playboy
7.Peach Tree Blues
8.Bad Boy
(フロイド・ジョーンズ)
9.Hard Times
10.M0&O Blues
11.Playhouse Blues
12.Dark Road
(エディ・テイラー)
13.Feel So Good
14.After Hours
15.Take Your Hand Down
16.Bad Boy



はい、今かなりの方が「フロイド・ジョーンズ?エディ・テイラー?誰?」とつぶやいたと思いますが、いやもうアナタ方、シカゴ・ブルースを聴いてこの人達を知らんのはモグリですぜ、と、アタシらしからぬ強めな感じで、えぇもう言い切ってしまいましょう。この2人、単純な知名度で言えばまぁBランクCランクぐらいであることは認めざるを得ないんですが、戦後のシカゴ・ブルースの歴史を生きて、そのサウンドの土台を作ったと言っても過言ではない、とんでもなく凄い人達。

まずはフロイド・ジョーンズ。

何と1917年アーカンソー生まれで、年代的にはほとんど戦前の人です。実際幼い頃からチャーリー・パットン、ミシシッピ・シークス、スリーピー・ジョン・エスティスといった、戦前ミシシッピ〜メンフィスで活躍したブルースマン達の演奏を間近で見て育ち、16歳の頃にトラックの運転手をしていた時、偶然知り合ったハウリン・ウルフ(当時23歳)と意気投合してギターを手にして、南部一帯を一緒に回っております。

このキャリアからしてもう凄いんですが、更に1930年代にはサニー・ボーイ・ウィリアムスン(U)やロバート・ジョンソン、ビッグ・ウォルター・ホートンらと知り合い、共演したり一時期行動を共にしたりして、南部では既に実力派として知られる存在であったようです。

残念ながらこの時のレコーディングはありませんが、1945年にシカゴに移り住んで、ストリート・ミュージシャンの激戦区であったマックスウェル・ストリートに立った時は既に「あの南部で有名だったフロイド・ジョーンズさんだ」と、ファンからもミュージシャンからも、ある種別格として見られていたそうで、そのダークな歌声とギターでシカゴの路上から、チェス、ヴィージェイ、JOBといったその当時の新興レーベルまでを演奏とレコーディングでサラッと制し、文字通り戦前の南部から戦後すぐの時期のシカゴでのし上がる、その戦端を切った人と言えるでしょう。

一方のエディ・テイラーは、生まれは1923年とジョーンズよりちょい若いですが、もうアレですよ、シカゴ・ブルースの一番の人気者であり、多くの人が「ブルース」と聞いて「こんな感じ」とすぐイメージするほどのあのギターによるずっずじゃっじゃズッズジャッジャズッズジャッジャのウォーキング・パターンを定型として強烈に世界に印象付けた王者、ジミー・リードの長年に渡る名サイド・ギタリストとしての活躍で大きな功績のある人で、えぇ、何かと酒ばかり飲んでベロンベロンに酩酊してしまうリーダーよりも、ある意味この人があの黄金のパターンを自分で考えて、実際にしっかり演奏していましたから、世界の裏側で戦後のブルースの歴史を作ってきたのは実はマディでもジミー・スミスでもなくてエディ・テイラーだ!とブルースファンに断言される事も多く、実際その通りなんだと言い切って良い人です。

7歳の頃からベースを演奏し(!)、程なく幼馴染のリードと組んで、地元ミシシッピでは「おもろい小僧共」と知られていたようで、例によってチャーリー・パットン、サン・ハウスらの生演奏に刺激を受けて、やがてその影響からギターを手にしてコツコツと腕を磨いてきました。

戦後になって先に移住していた父親に呼ばれてシカゴに移住するんですが、そこからやっぱりマックスウェル・ストリートで人気を博し、特に安定したギターの腕前はレコード会社に「君、ウチのレーベルでギタリストとして契約してくれないか?」と、今で言うスタジオ・ミュージシャンみたいな仕事の声がかかったりしております。

この時まだ出来上がったばかりのヴィー・ジェイにひょっこりやってきたジミー・リードのレコーディングに駆り出され、スタジオで「あれ?お前エディじゃないか?」「おいジミー、お前こそ何やってんだ?え?レコーディング?何てこった、お前のバックをやるように俺は言われてたんだ」と、まさかの偶然でコンビ復活となった嘘みたいな奇跡から、腐れ縁で60年代までコンビを組んだこのコンビは、次々とセールス記録を塗り替えるヒットを放っております。

エディはソロとしても大器晩成型で、60年代以降はモダン・ブルースの”粋”を伝える、ブルースファンの間で評価の高い素晴らしいアルバムを多く残してますし、70年代80年代はブルースフェスなんかでも引っ張りだこの人気者になるんですね。

そんな2人が、1966年にガッツリ手を組んで行ったセッションを収録したのがこのアルバム。

カップリングと言われることもたまにありますが、同じバンドで互いにリードヴォーカルを交代でやっている、正真正銘の同一セッションです。

はい、スロー・ブルース中心に、どこかダークで激しい重みのあるヴォーカルの味で聴かせるジョーンズのトラックと、一転ロッキンでギラついたギターに、丸みを帯びた声ながらもカラッと突き抜けた味わいのあるテイラーのヴォーカルとが織りなす、全く異なる個性が、どれも1960年代の音とは信じられないぐらい、スカスカで乾いた、まるでスピーカーから土煙が出てきそうなほど粗削りなヴィンテージ・サウンド(っつうんだろうか?)を、50年代初頭の路上演奏ばりの質感で生々しく響かせております。

このセッションこそは、もうインパクト云々とかよりも、絶妙なバンド・サウンドとその音の質感だけで最高に深くてロウダウンな演奏をダラーッととことん味わい尽くせる、何かもう「ブルースってこれこれ、細かいことはよーわからんが、とにかくこの雰囲気なんだよ」と言いたくなる見事な職人芸です。

フロントの2人はもちろん、脇を固めるメンバーも、ビッグ・ウォルター・ホートン(ハーモニカ)、オーティス・スパン(ピアノ)、フレッド・ビロウ(ドラム)と、当時のシカゴ・オールスター・メンバーなんです。

テイラーとジョーンズは、共にギタリストなんですが、ここではジョーンズがベース。つまりヴォーカル、ギター、ピアノ、ベース、ドラムスという必要最小限のバンド・サウンドで、しかも音数はグッと少な目で楽器と楽器の音の間もいい感じにとことんスカスカ。更にジョーンズは自分が歌う時はベース弾いてませんから、ジョーンズのズ〜ンとダークな歌のバックで、ギター+ピアノ+ドラムっつう3つの楽器だけがスゲェ密度で鳴り響いております。

大体ダウンホーム・ブルースなんていうのは、音スカスカで、いい感じに荒れてて、ウケを狙わずにダラーッとやるかひたすらロッキンにバシャバシャやるかが最高にカッコイイパターンなんですが、その両方が一枚でこれ、楽しめます。つうか細かいことはいいんです、この雰囲気ですよこの雰囲気。知らない人は今すぐ聴いてください、この雰囲気ですよ雰囲気!(大切なことなのでシメに2回言いました)












”ブルース入門編 〜初心者のための優しいブルース講座〜”




『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

サウンズパル店主高良俊礼の個人ブログ
http://ameblo.jp/soundspal/
posted by サウンズパル at 02:02| Comment(0) | ブルース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする