2018年05月12日

デクスター・ゴードン ゲッティン・アラウンド

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Dexter Gordon/Gettin' Around
(BLUENOTE)


アタシもいいトシのおっさんですので「おっさんになってもカッコイイ男とは何か?」ということを、結構真剣に考えなければなりません。

まー色々と考えたんですが、見た目に関してはこれはもうしょうがありません。人間歳を取ると皺だって増えるし、髪も抜けてくるだろうし、体形も崩れてくる。こういう物理的なものはしょうがない。

でも、世の中にはそういった加齢と共にやってくる物理的な変化を経てもなお、カッコ良くて魅力的な人というのが居る。そういう人達を観察していると、いくつか”カッコイイおっさん”の条件ってのが見えてきたんです。

色々とありますが、ザックリ言えばこんな感じ↓


・佇まいから全体的に哀愁が滲み出ている

・思慮深く、言葉使いや行動がスマート

・目が死んでない

・頭の回転が早く、ユーモアを絶やさない

・なんだかんだやっぱりオシャレ


全ての条件を満たしている人は、当然ながらなかなかおりません。

が、音楽の世界、なかんづくジャズの世界を眺めておれば、この条件に見合う人達って結構いるんです。

や、昔のジャズマンなんて人生滅茶苦茶人間のオンパレードではあるんですが、それでいてもなおこれら条件をスルッと満たしている人がおりますんで、まぁその、いわゆる世間一般の常識だとか良識とかと、カッコ良さというのは別次元にあるものなんだなぁと思います。

はい、そんなダンディでカッコ良くて、スマートでオシャレで、醸す空気はスーパー哀愁。更にユーモアのセンスも人一倍あるジャズマンの中でも最高のジェントルマンといえばデクスター・ゴードン。


この人の、グッと渋いくぐもったトーンのテナー・サックスから、ちょい遅れたタイミングで放たれるフレーズが、もう最高に男の哀愁とホッとするユーモアに溢れてて、190cmのスマートな長身で、眉間にクッと皺を寄せて吹くその立ち姿、羽織るジャケットの趣味ももうホントたまんないんですね。世界中の35歳以上の男を集めて「いいかお前らこれが男ぞ」と言いたくなるぐらい、同性のオッサンから見ても惚れ惚れするぐらいのイイ男です。


そんなイイ男なもんだから、1986年には何と映画『ラウンド・ミッドナイト』で役者としてスクリーンに登場しております。

映画はフランスに住んでいるアル中ヤク中のジャズマン(実は伝説のテナー吹き)が、一人の若者の献身的なサポートで見事立ち直るのですが・・・というストーリーも、デクスター本人による素晴らしいジャズ演奏もどこまでもほろ苦い、ジャズという音楽のカッコ良さと深すぎる業の両方を見事に描いた映画なんで、これはジャズ好きの方全員に観て欲しいと思うんですが、演技の勉強なんか全然してないはずの生粋のジャズマンであるデクスターが、役者顔負けの渋い声で、ゆっくりと噛み締めるような独自の台詞回しで完璧な”ジャズマン”を、ベテラン役者の貫禄で演じきっていると、映画界でも話題になりました。

まぁ、ジャズマンだからジャズマン演じるのは訳ないんだろうと、アタシら素人は思ってしまいますが、映画の関係者によると、デクスターのあの見事な演技は、実はほぼ”素”らしいんです。

オファーがあった時にデクスターが

「オレ、テナーしか吹いてこなかった男だから演技なんて出来るかどうかわかんねぇよ」

と不安を漏らした時に監督が

「いや、アンタはそのまんまでいいんだ。吹いて歩いて、いつも通り喋ってくれればいい。この映画はジャズの映画だからね」

と言って

「あぁそうか、ジャズの映画か。じゃあそのまんまやるよ」

と、役を意識せずに出演したら、結果として何だか凄い演技になったんだとか。




サウンド、プレイ、立ち居振る舞い、身に着けるもの、全てがジャズの理想を体現していて、1940年代末に「ビ・バップの期待の若手テナー」と評価されつつも、麻薬中毒になって最も大事な20代から30代前半の時期の時期をほとんど棒に振り、その後麻薬は断ち切れたものの、67歳で亡くなるまでの間は、麻薬の代わりに浸っていた酒との縁を切れず、結局肝臓をヤラレてしまう。そういうジャズの”どうしようもなさ”みたいなものも背負ってしまっている人で、その”Good"と”Bad"の絶妙なバランスが、デクスター・ゴードンという人を、存在そのものがジャズとしか言いようのない完璧な(そして少しいびつな)”男”に作り上げたんだと思います。

んで、ここからはジャズ・テナー・サックス奏者としてのデクスター・ゴードンのお話です。

麻薬や酒に溺れる人間的な脆さを持っていても、彼の場合はその音楽にはそういった脆さを一切寄せ付けず、実に余裕とダンディズム溢れる演奏を、死ぬまで貫きました。

特に麻薬トラブルから復帰した1960年代以降のアルバムは、そのどれもが太く豊かに鳴るテナーが、コクと風味とホロ苦さに溢れた人生の物語を訥々と、時にユーモアを交えながら語る、ジャズをそんなに知らない人でも「あぁ、カッコイイなぁ。これがジャズなんだよなぁ」と、どうしても感嘆してしまう、素晴らしい説得力に溢れております。



ハッキリ言ってこの人の場合は、あてずっぽうでえ〜いと選んだアルバムはどれも”当たり”です。

かなりのハイスピードでも揺るがなくアドリブをかっ飛ばせる腕は当然ありますが、敢えてスピード勝負に懸けず独特の後ノリでフレーズを繰り出すそのスタイルで、ミディアム・テンポの曲やバラードで無双の強さを発揮するタイプであり、長いキャリアの中でどれだけジャズが進化しても自分のスタイルは一切崩さず、己の道を黙って貫いたその姿勢、両方のカッコ良さが本当に全部のアルバムから滲み出ているからです。







【パーソネル】
デクスター・ゴードン(ts)
ボビー・ハッチャーソン(vib)
バリー・ハリス(p)
ボブ・クラウンショウ(b)
ビリー・ヒギンス(ds)


【収録曲】
1.Manha de Carnaval
2.Who Can I Turn To (When Nobody Needs Me)
3.Heartaches
4.Shiny Stockings
5.Everybody's Somebody's Fool
6.Le Coiffeur


(録音:1965年5月28日、29日)



キャリアの長い人ですので、アルバムは色んなレーベルに結構な数あります。そして、その水準はどれも軒並み高い、というより、どれも安心して「極上のジャズだね」と聴く人に語らしめる雰囲気の”上質”がみなぎっていますから「この一枚を聴け!」とかそういうのは似合わない。

それでも「何かオススメないっすか?」と言われたら、ゴードンの実に男らしい粋と色気と哀愁にドップリ浸れるワン・ホーン作品がよろしいです。

ブルーノートでリリースした『ゲッティン・アラウンド』は、ヴィブラフォン+ピアノ+ベース+ドラムスのシンプルなバックが作り出すミディアム〜スローテンポのリズムに乗って、朗々と、そして切々と吹かれるテナーから立ち上る”うた”に心ゆくまでウットリできる一枚。

もうとにかく1曲目の『黒いオルフェ』です。

色んな人に、それこそ色んなアレンジでカヴァーされまくっているルイス・ボンファ作曲のサンバ曲で、同名映画(1959年公開)の主題歌。

哀しげなメロディーが胸にくる曲を、ゴードンのむせび泣くテナー、クールに情景を描くヴィブラフォン、押し殺した感傷を少しづつ滲ませてゆくようなピアノと、それぞれのソロリレーが更に胸に来るアレンジにまず引き込まれるんですが、そこからバラード、ミディアム・テンポの小粋な曲と続きます。

で、この「ノリノリの曲をあえて1つも置かず、全曲バラードかミディアム・テンポのナンバーで統一しましたよ」というアルバムの作りが最高で、どの曲も染みるんですね。

明るい曲といえばボサ・ノヴァ・アレンジの『ル・クワフール』が後半に入ってくるんですが、これも明るく軽快なテンポに乗っかるアドリブの心地良さの中にふわっとした切なさが一瞬感じられたりして、もうどこをどう切り取っても上質な大人のジャズ。まるで映画を見ているような、そんな至福です。

派手に吹きまくったり、ノリと勢いで興奮させてくれるジャズももちろん最高ですが、例えば一人でじっくり聴いて「はぁあ、ジャズいいなぁ・・・」と思わせてくれるのはこういったアルバム。

さて、コイツを聴いて、このムードから立ち上る大人の男のダンディズム、言葉より語る哀愁に浸ったら、アタシはかっこいいおっさんになれるのだろうか。いやもうそんな事を考えるのは野暮ってもんですね。これは純粋に聴いて浸りたい。












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posted by サウンズパル at 14:56| Comment(0) | ジャズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする