2018年05月28日

ポール・ゴンザルヴェス ゲッティン・トゥゲザー!

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ポール・ゴンザルヴェス ゲッティン・トゥゲザー!

(JAZZLAND/OJC)


楽器を演奏している人同士で話をしていると

「上手い/下手」

の話になってくることがよくあります。

いわゆる演奏技術、テクニックの話でありますね。

これはとても大事な話で、つまり要するにテクニックというのは

「音楽を聴かせる技術」

のことでありますから、大いに議論して自分も「上手い」に近づけて行こうと。

ここまでは分かる。

でも、時々これが行き過ぎて

「上手い/下手」

しか話題にしない人がたまーにおります。

アタシはテナーサックスを吹きますが、奄美にはほんとバンドで管楽器やってる人少ないんで「サックスやってるよ」という人の所には喜んで行きますし、ネットとかでアマチュアのサックス吹きの人がどんな話をしてるんだろーなとか思ってワクワクしながら会話を覗いたりしますが、まぁたまにそういう人がおりまして、ゲンナリすることがあるんですね。

こういうの人はそんなにいないだろうと信じてはおりますが

「50年代とか60年代のジャズの人達ってヘタクソじゃないですかー。今だったらコルトレーンとかソニー・ロリンズがあの頃やってたことぐらいアマチュアでも出来るんですよねー」

みたいな書き込みをたまに見ると、それはそれは悲しくなっております。

あぁ、この人は音楽に全然興味なくて、ただ「ユビガドレダケウゴクカ」しか興味ないんだな。何で楽器やってんだろう?

と。


何を言いたいかと言いますと、つまりそういう人は、ポール・ゴンザルヴェスの素晴らしさに「ウホッ、いい!このテナーいいよぉぉぉぉ!!」と悶絶することなく一生を終えてしまうんだろうなと。そういうことです。

ポール・ゴンザルヴェス、1950年代半ばからの(つまり後期の)デューク・エリントン楽団の花形テナー・サックス奏者、顔は甘めのイケメン、その繰り出すフレーズは、意外にもワイルドで逞しい。が、私生活では酒とおクスリが大好きで、その影響かステージで自分のソロの順番になっても気持ち良く眠りこけていたり、ステージに上がる時足元がヨロっときてずっこけ、デュークに「お前もう帰れ」と言われてそのまま退場するなんてことは日常茶飯事。

テナー・サックス奏者としては「オーネット・コールマンやコルトレーン、エリック・ドルフィーよりも先に調制を逸脱した革新的なフレーズで吹いた」つまりスケールの常識から大胆にはみ出すような、自由かつ斬新なフレーズでソロを吹いたと一部でかなり評価が高いが、エリントン・ファンからは

「いやー、そいつはどうかな?あのオッサン、日頃のへべれけがそのまんまあのスーダラなフレーズになっただけで、本人は革新的なことやろうとかいう気持ちはあんまなかったかもよ」

と、愛情溢れる笑顔で語られる、永遠の愛すべき三枚目キャラ。


そう、そのテナー・サックスの、ふにふにとどこへ飛んで行って、どこへ着地するかよくわからない。よく聴くと、いやよく聴かなくても音程が気分良くヨレながら、やっぱりふにふにとどこから飛んできてどこへ飛んで行って、どこへ着地するかよく分からない、でもビシバシと空中を浮遊する”キメ”を的確にキャッチして、聴いてる人をその名人芸に「おぉ・・・」と言わせるその見事なヨレっぷりとキメっぷりのメリハリは、さながら酔拳の達人の名人芸を見るかのようなのであります。


ポール・ゴンザルヴェスを聴いておるとですね、1920年生まれという意外な若さが持つモダンな感覚(ジャズ特有の渋さってやつでさぁ)と共に、ジャズという音楽がタフでラフでルーズな大人の、最高の娯楽音楽だった時代そのものが音楽として鳴っているような、そんな感慨を受けるんです。

大体ジャズなんてガキの頃から勉強もスポーツもしたくねぇ、仕事なんかもっとやりたくねぇ、楽器ぐらいしか能がねぇヤツが、手っ取り早くカネを稼げて、朝はダラダラ好きなだけ眠って昼間っから酒飲んで、女とイチャイチャしたいからやるような”職業”だったんです。

ポール・ゴンザルヴェスは、音楽にも生き様にも、顔にもファッションにも、そういった”愛すべきダメダメ”なヤツ特有のムードとかエスプリとかペーソスが素晴らしく満ち溢れてるんですよねぇ。あぁ、できればオレもこうなりてぇって思わせる何かが・・・。



【パーソネル】
ポール・ゴンザルヴェス(ts)
ナット・アダレイ(cor,ACDF)
ウィントン・ケリー(p)
サム・ジョーンズ(b)
ジミー・コブ(ds)

【収録曲】
1.Yesterdays
2.J.and.B.Blues
3.I Surrender Dear
4.Hard Groove
5.Low Gravy
6.I Cover The Water Front
7.Gettin' Together
8.Walkin'

(録音:1960年12月20日)


ポール・ゴンザルヴェスは、そんな感じで割とキッチリしたデューク・エリントン・オーケストラ(そりゃそうだ、アメリカを代表する超一流ビッグバンドだもん)でも、その特異なキャラクターと個性的なプレイスタイルで人気でありました。

ダメなところも含めてファンにも愛され、メンバーにも愛され、そして何よりボスのデューク・エリントンに愛されておりました。

20年代既にNo.1ビッグバンドの地位と他の追随を許さない強固な音世界を作り上げたエリントンのビッグ・バンドが、それからおよそ30年経っても音楽シーンの中で求心力を失わず、刺激的な存在で居続けることが出来たのは、アタシはゴンザルヴェスのような超個性を歴史やスタイルに縛らずに活躍させたエリントンの器のデカさがあったからだと思います。

で、ゴンザルヴェスですが、ステージ以外の行動にも良い感じで好き勝手が許されてたのか、ソロや他の人のバックとかでも、割と仕事を選ばずに自由に動いていて、レイ・チャールズのバックとか、マイルスが全面バックアップしたことから名盤となったミシェル・ルグランの『ルグラン・ジャズ』とか、クインシー・ジョーンズの出世作『ビッグ・バンド・ボサ・ノヴァ』なんかにもしれっと参加しております。

で、ソロ・アルバムも多く、これがいい感じにハズレがない、というよりも、この人のスーダラとキメのメリハリが、どのアルバムでも楽しめる、っていうかソロでやりたい放題にさせたらもうコイツこの人は「やっちまえー」で最高なのです。


楽しめる人はどれ聴いてもしっかりと楽しめますが、ウィントン・ケリー、サム・ジョーンズ、ジミー・コブというハード・バップ屈指のしっかり者を集め、人なつっこいナット・アダレイのコルネットを脇に従えた贅沢な編成で、そのテナーの個性、素晴らしい浮きっぷりを堪能できる1960年の『ゲッティン・トゥゲザー』をまずはオススメとして挙げましょう。

実はこのアルバムは、ポール・ゴンザルヴェスの数あるソロ作の中でも、最も”渋く、コクのある一枚”だとアタシ思います。

アタシは散々この人のテナーをスーダラだと書いてきましたが、ただズ太いだけでなく、ふわっとした男性らしい優しさに溢れたトーンで吹かれるバラードや、ちょいとユルめのテンポのブルースっぽいナンバーは、気品すら感じさせる見事な演奏です。


『Yesterdays』での、どこからともなくフラッと表れて儚く消えてゆくソロ、『I Cover The Water Front』の切々とした表現に、アタシは特に惹かれて「こういう風に吹きたい」と憧れますが、やっぱりこういったニュアンスを出せるようになるには、まだまだ技術も足りないし、何より人生経験が足りないなぁと、結構切実に思ってしまいます。

そう、ニュアンスです。

ゴンザルヴェスのフレーズは独特の捉えどころになさがあって、音程もフラついてたりしますが、やっぱりこの「どうしようもなくジャズ」の雰囲気を醸し出すことが出来て、それを聴く人にも深く豊かな味わいと共に感じさせる技術というのは、指がどれだけ動くかとか、ピッチがどれだけ正確かとか、そういうことと対極にありながら同じぐらい大事な演奏技術。

もしかしたら、というよりこれは「絶対にそう」と言い切っていいと思いますが、ゴンザルヴェスは独自のニュアンスを出すために、あえて常識的な正しさをかなぐり捨てて吹いていたんだとしみじみ思います。故にこの人の演奏はいつも素敵な音に酔わせながら「表現って何だろうね」という根源的な問いをふわっと問いかけてくるのです。

何か真面目にまとめてしまいましたが、ジャズが好きでジャズの空気を愛する人には、この人の個性と味わいを知って楽しんでほしいなと強く願います。









『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

サウンズパル店主高良俊礼の個人ブログ
posted by サウンズパル at 23:10| Comment(0) | ジャズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする