2018年05月29日

リコ マン・フロム・ワレイカ

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リコ/マン・フロム・ワレイカ
(Island/ユニバーサル)


日曜日はSUSU-MUCHOにて、開店12周年のライヴに行ってきました。

チエコビューティーさん、ワダマコトさん(カセットコンロス)TICOさん(リトルテンポ)の3人による”にゃーまんず”のライヴがありまして、楽しんできました。

思えばこの方達というのは、1990年代アタシがまだハタチそこらの小僧だった頃に、ダブやルーツレゲエの素晴らしい世界に誘ってくれた人達であります。

や、この方達だけではなく、90年代にルーツレゲエやスカのバンドで手堅い支持を集めていた人達は、好きな音楽や影響を受けた音楽について、色んなところでとても愛情たっぷりに語ってくださっておりました。


「レゲエという音楽は、ジャマイカの黒人が、ラジオから流れてきたアメリカのジャズやR&Bから影響を受けて生み出した音楽なんだ」

と理屈では知っておりましたが、実際に音を聴いたらスカは分かるけどレゲエはもうボブ・マーリィって人が偉大過ぎて、正直ソウルやR&Bとの繋がりまではよく見えなかった。

でも、この人達が雑誌なんかで全然しらなかった”ボブ・マーリィー以前のレゲエやスカやロックステディ”を紹介しているのを読んで「ほうほうなるほど」とアルバムを探し、実際に聴いてみて、色んなミュージシャンを知ることができました。

レゲエの前にスカがあったのは何となく知ってましたが、その間にロックステディという、ジャマイカ版のスウィートなR&Bなる音楽があることを知り、そこにアメリカ50年代のR&Bやジャンプ、ジャイヴの深い影響を感じることが出来て感動したことなんかを思い出して、今この記事を書いております。

えぇ、始まる前のDJタイムからピースで柔らかな自由に溢れた素敵な夕方から夜の時間でした。

そういえばジャマイカのオーセンティック・スカのアーティストで、アタシが好きだったやつ誰だっけ?とぼんやり考えたら、その頭の中のぼんやりの中から、良い具合の気温と湿度でほわわわんと鳴っているトロンボーンの音が聞こえてきました。

そうこれこれ、スカっていえばイギリスの2トーンスカの連中がやっていたシャキシャキしていたヤツもカッコイイし、どちらかといえばアタシの原体験(中学の頃のレピッシュから幼児期に観た”ホンダ・シティ”のCMでやってたマッドネスまで)はこっちの方だったんだけど、ジャマイカの古いスカの、あのボヘ〜ンとした感じといえばこれだよね、リコ・ロドリゲスのどこまでもユルくて優しい歌心に溢れたトロンボーンが最高だよね。

と、気候のうだりに任せ、ダラダラとやっておるのに最高な音楽が、グルーヴィーでちょっとユルいジャマイカの古い時代のスカであります。

さて、本日ご紹介するアーティストは、そんな訳でリコ・ロドリゲス。

えぇと、ジャマイカのスカのことを「オーセンティック・スカ」といいますが、この人はそのオーセンティック・スカの最初期から活躍する人で、2015年に亡くなるまで、第一線で活躍しつつ、色んな世代の人にスカやレゲエの楽しさを伝導しつづけてきた人であります。

ジャマイカ人の母親とキューバ人貿易商の父親の間に、1934年キューバの首都ハバナで生まれたリコは、幼い頃から暴れん坊で、カトリックの学校兼矯正施設に預けられ、この事が彼の一生を決定付けます。

この施設の方針は「問題児達が社会に出て、食うのに困って犯罪に走らないようにキチンと手に職を付けさせよう」というものでありましたが、ご存じのようにジャマイカという国は経済がとても貧しくて治安も悪く、正規の労働者として働いても結局は貧困にあえいでしまってギャングになってしまうということが普通にあったりして、じゃあ食うのに困らない職業は?となると、これはヒットを飛ばして成功したミュージシャンとか、とにかくデカく一発当てる芸能の仕事が良いから、施設の子達には音楽教育を受けさせて、ミュージシャンとして成功させよう!

という、ファンキーな理由で音楽教育に力を入れておりました。

リコは10歳ぐらいまで印刷の授業を受けておりましたが、やがて音楽を志すようになり、サックスにするかトロンボーンにするか迷いましたが、何となく吹いてみたトロンボーンが上手かったので、トロンボーンを選択し、スクールの中で頭角を現します。

学校は一応職業訓練の一環として、音楽だけじゃなくて職工や整備士の技能も教えており、リコもトロンボーンをやりつつ整備士見習いとして働いておりました。この時地元のプロ・オーケストラから声がかかって音楽家デビュー、タレント・オーディションにも受かって前途は洋々たるものでありました。

丁度時代は1950年代後半、植民地だったジャマイカが、イギリスからの自治を認められる西インド連邦に加入したことによって、独立の機運が一気に高まったその頃、1930年代に発生し、一度徹底的な弾圧によって勢力を潜めていた”ラスタファリズム運動”が、再び若者達によって支持を集めており、リコもラスタとなり、弾圧を逃れた山奥に住んでいたラスタ達のコミューンで生活するようになります。

コミューンの中でラスタの修行をしつつ、音楽の仲間達と出会いながらセッションを重ね、更に音楽性を豊かにしていったリコは積極的にレコーディングをして、1960年にはスカのシーンでジャマイカを代表するミュージシャンの一人とまで言われるようになります。

転機が訪れたのは1961年、ミュージシャンとして更なる挑戦をしたいと強く思うようになったリコは、英国へ旅立ちます。

もちろんラスタ・コミューンの仲間達は強く引き止めましたが、これを振り切って渡英すると、イギリスのジャマイカン・コミュニティで彼は大歓迎を受けてヒットを連発、そして当時イギリスで勢いのあったモッズ(オシャレで反抗的なイギリスの若者達)やスキンズ(ゴリゴリに硬派で反体制的なイギリスの若者達)から、スカやレゲエへの興味があり、リコはジャマイカ以上の人気を誇り、ミュージシャンとしての大成功を収めるに至りました。

しかし、良い事は長く続きません。

やがてイギリスでのレゲエの人気は下火になり、活躍していたレゲエやスカのミュージシャン達は徐々に生活が困窮して、リコですらその例に漏れず、塗装工や工場でのアルバイトなどをして、何とか食い繋ぐ日々を余儀なくされました。

リコの復活は、意外なところからもたらされることになります。

そう、低迷を続けるレゲエ界に救世主の如く現れたボブ・マーリィの世界的なブレイクが、それまで不遇をかこつていた世界中のレゲエやスカのアーティスト達に、再び仕事を与えました。

ボブの人気というものは、もちろんそれまでのジャマイカでの長い下積みに裏付けられたものではありますが、それ以上にアメリカやイギリスの超大物アーティスト達が彼の神かがりなパフォーマンスを讃え、その歌詞やラスタファリズムの思想にも深く共鳴したことに依る所が大きく、故に彼の人気は決して一過性のブームに終わるものではなかった。

長くジャマイカとイギリスの現場で活動してきたリコにも、ボブの人気が”本物”であることは身に染みて分かっておりました。


彼はこのチャンスに何とかスカやレゲエといったジャマイカのオーセンティックな音楽を、再び世界に認識させようというミュージシャンとしての本能と、ジャマイカ人の思想の根幹であるラスタファリズムをもっと世界の人々に知ってもらおうというラスタの信仰心から、積極的に行動を起こします。

盟友トゥーツ・アンド・ザ・メイタルズと共にアルバムを制作し、そのバンドをほぼそのまま引き連れてレコーディングした渾身のアルバムが、1975年リリースの『マン・フロム・ワレイカ』です。







【収録曲】
1.ディス・デイ
2.ランブル
3.ルムンバ
4.アフリカ
5.マン・フロム・ワレイカ
6.ラスタ
7.オーヴァー・ザ・マウンテン
8.ガンガ・ディン
9.ダイアル・アフリカ



ワレイカとは、リコが住んでいたジャマイカのラスタ・コミューンのことであります。

『70年代のスカ名盤』『インスト・レゲエの傑作』と評されるこのアルバムは、リコが自身のルーツであるオーセンティックなスカの手法に、70年代型のレゲエのビートからの影響、つまりゆったりした幅の広い”揺れ”が醸す何とも豊かなグルーヴ、そして彼自身の根幹であるラスタファリズムの思想に彩られております。


とにかくメインとなるトロンボーンの音が美しく、かつしっかりとしたコクがあって、聴くだけで心穏やかになれるような雰囲気に満ち溢れており、また、ギター、オルガン、ベース、ドラムが中心となるシンプルだけど曲によって細かくリズムのアプローチを自在に変えているバックがまた見事なんです。

バンドの演奏で、しかもインストだったら、どれだけ派手に盛り上げるかが競われたりしますが、リコを中心としたバンド・サウンドは、あくまで楽曲のメッセージを言葉なしで聴く人に伝えるためというコンセプトがしっかりとあり、そのため派手な演出は一切ありません。ただ、しっかりとした意志を持つ美しいメロディーが、リズムに合わせてどこまでも自然に腰が動くバッキングに乗って、最初から最後まで穏やかに響くが故に、飽きさせずじっくりと聴かせる、そんな特別さがあります。

個人的にはジャズをガーッと聴いて、名人や達人たちの至高のソロ芸を堪能しまくった後に聴くと、この全く逆のベクトルを持つアプローチがすこぶるクールで、別の意味で高度な音楽に聞こえてきて5倍ぐらい良い思いをします。

そして、彼の静かにアツい演奏に込められた深いメッセージ。

これはラスタファリズムという思想がどういうものかよく分からなくても、とことん穏やかで他の音楽にはない独特のピースフルな雰囲気からタップリと伝わってきます。そう、平和です。表現の中に込められた意味は細かく色々ありましょうが、それらは突き詰めるとやはり「平和は尊い」ということになる。

かといってただ戦争反対な平和メッセージではなく、リコの思想にはジャマイカやアフリカでの、未だに続く欧米資本からの搾取や差別に苦しむ人達の悲しみも反映しております。

「アフリカ」という曲が入っていて、このスピリチュアル・ジャズにも通じるおおらかな音の拡がりがアタシは大好きなんですが、この曲は、1960年に暗殺によって殺害されたコンゴ独立の英雄である政治家、パトリス・ルムンバの死を悼むナンバーです。

パトリス・ルムンバについて詳しく解説したいところですが、これ書くとアフリカの鉱物資源を巡るヨーロッパのドス黒い利権の搾取という深いテーマで延々と長くなりますのでコチラでは省略しますが、これは皆さんぜひ検索して考えてみて欲しい問題です。

アタシはリコ・ロドリゲスという人の生きざまや考え方、そしてそれが何の暴力性も持たず、穏やかに反映されている音楽、最高にカッコイイと思います。

これから夏になってくると、やっぱりレゲエが聴きたくなって手を伸ばす人も多く出てくるでしょう。その時はこのアルバムもユルく加えてピースな気持ちになってもらいたいですね。平和が一番です。








『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

サウンズパル店主高良俊礼の個人ブログ
http://ameblo.jp/soundspal/
posted by サウンズパル at 20:47| Comment(0) | レゲエ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする