2018年06月10日

ザ・カントリー・ブルース・オブ・ジョン・リー・フッカー

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ザ・カントリー・ブルース・オブ・ジョン・リー・フッカー
(Riverside/オールディーズ・レコード)


さて皆さん、夏でございます。

夏といえば「暑苦しくて夏には聴けないジョン・リー・フッカー」でございますよ。えぇ、今年も空気なんか読まずにこのクソ暑い時期にオススメのジョン・リー・フッカーをご紹介しましょうね♪


ジョン・リーといえば何と言っても、低音のヘヴィな唸りを効かせるそのデヴィルズ・ヴォイスと、情念が重苦しくとぐろを巻くドロッドロのスロー・ブルースに、コードチェンジの極端に少ないまるで呪術のような繰り返し繰り返しのビートに腰砕けになってしまうブギであります。

ミシシッピに生まれデトロイトに移り住み、この地を拠点に1940年代の後半から亡くなる2001年まで、基本的なスタイルを一切変えることなくブルースを唸り続けてきました。

その声とギターと、ワン・アンド・オンリーの特異なビート感でもってたった一人で”ジョン・リー・フッカー・スタイル”とも言うべき孤高のスタイルを築き上げたジョン・リーでありますが、弾き語りからバンド・サウンド、様々なアレンジの演奏の中で己の表現を進化させ、深めていったことはもちろん、彼を敬愛する多くのロックミュージシャン達とのコラボで、ブルースとはまた違った音楽への挑戦も、相手に妥協することなく自己のスタイルをありのままぶつけて続けていたという、そのストイックな姿勢からも”ホンモノ”というものを感じさせてくれる人なのです。


なのでジョン・リーのアルバムは、アレンジがピッタリ合ったものでも、かなり冒険してて「おぉう!?」と思うようなものでも気合いが抜けた演奏をしているものは一枚もありません。たとえばヘヴィな余韻が持ち味のジョン・リーの音楽性とはまるで違った明るいアレンジが施されたものでも、ジョン・リーの歌とギターは常に演奏の真ん中にドカッと存在し、逆にアレンジが彼本来の持ち味とかけ離れたものであればあるほど異彩を放つ、その異物としてのカッコ良さに聴く人を引きずり込んでしまう。いやぁこんな人って後にも先にもジョン・リーしかおりませ
ん。

実際にジョン・リーは、その長いキャリアの中で、プロデュース側から要請された、世の流行に合ったアレンジを嫌がらずにこなすことで、人気と実績を築いていった人です。

こう書くと何でも器用に出来る天才肌のミュージシャンかなと思われるかも知れませんが全く逆で、特にバックでバンドなんかが付いたアレンジでは、本人全く合わせないんです。というよりもほとんど合わせる気がない。

ところがこれが”何だかんだジョン・リーのブルースになっている”ということで、熱心なファンを引き付けてきた人です。かく言うアタシも最初にエレキギター弾き語りのドロドロなジョン・リーのカッコ良さにシビれ、その後50年代の何だかソウルなアレンジのVeeJay盤でちょいとずっこけるも、その明るくムーディーなバックの中で孤軍奮闘するジョン・リーのカッコ良さになおさらシビレて大ファンになったという経緯がございます。

今日ご紹介するのは、1950年代後半、ジョン・リーがアコースティック・ギターで超絶ディープな弾き語りを収録したアルバムです。



ザ・カントリー・ブルース・オブ・ジョン・リー・フッカー

【収録曲】
1.BLACK SNAKE
2.HOW LONG BLUES
3.WOBBLIN' BABY
4.SHE'S LONG, SHE'S TALL, SHE WEEPS LIKE A WILLOW TREE
5.PEA VINE SPECIAL
6.TUPELO BLUES
7.I'M PRISON BOUND
8.I ROWED A LITTLE BOAT
9.WATER BOY
10.CHURCH BELL TONE
11.BUNDLE UP AND GO
12.GOOD MORNIN', LIL' SCHOOL GIRL
13.BEHIND THE PLOW
14.I NEED SOME MONEY
15.NO MORE DOGGIN

まずは何よりジャケットが素晴らしいですよね。

草に埋もれた車が物語る「南部」の風景、ジョン・リーはデトロイトで活躍しておりましたが、生まれは南部ミシシッピで、正にそのブルースは南部直送と言って良いほど濃厚なフィーリングに溢れるものであります。

このアルバム、レコード時代には日本盤もあり、ジョン・リー好きの間ではすっかりおなじみの定番だったみたいなんですが、どういう訳かCDではなかなか再発されず、アタシも東京時代にはあちこちで中古を探すも見付らず、再発をかれこれ20年は待っていた幻の一枚だったんです。それがこの度(注:2016年)国内屈指の再発レーベルとなりつつある”オールディーズ・レコード”から紙ジャケで復刻、しかも税抜きで¥1500というメチャクチャ良心的な価格なわけで、こりゃあ買わなきゃいかんでしょうとソッコー買いました。


録音は1959年、この時期といえば黒人の間ではブルースよりももっと踊れるリズム・アンド・ブルースの人気が最高潮に達し、ロックンロールの衰退と引き換えに白人の若者の間でフォークが流行りだした時期で、ジョン・リーはVeeJayというレーベルと契約して、R&Bなバックバンドを付けたかなーりポップでファンキーな(でもジョン・リー自身はドロッドロです)アルバムをリリースし、クラブではギトギトのバンドブルースで唸りまくる一方で、白人の若者が集まるコーヒーハウスでは、アコースティック・ギターを一本持って、南部スタイルの伝統的なブルースを、フットワークも軽くこなしておりました。

このアルバムは、そんな時期にジャズの名門レーベル”リヴァーサイド”に招かれたジョン・リーが、白人市場向けにリリースされるLP盤用にレコーディングした音源なんですね。

おいおい、アンタVeeJayと契約してて他のレコード会社でもレコーディングするとか大丈夫なのか?とお思いの方もいらっしゃるでしょうし、アタシも思ってますが、ジョン・リーといえば”レコーディング・テロリスト”とも言っていいぐらい、初期は掛け持ち掛け持ちでいろんな所にレコーディングしています。

流石に堂々と本名でやっちゃあマズいだろうということで、器用に芸名を変えておりますが、その偽名というのが”ジョン・リー・ブッカー”とかもうソッコーばれそうな名前でやっちゃってたりするんで面白いです。つってもどんなに名前変えようがジョン・リーの歌やギターは独特過ぎるので多分ソッコーでバレてたんでしょう。まぁそれでも大した騒ぎにならなかったから大丈夫です、大丈夫なんです。ジョン・リーはそういう人です。

さて皆さん、ここまで書いて既にお気付きかと思いますが、このアルバムもまた、レコード会社側からジョン・リーに「ちょっとこういう感じにやってくれ」という要請がなされて行われたレコーディングです。

ジョン・リーといえばデビュー時からエレキをギャンギャンに掻き鳴らし、その圧倒的なサウンドの迫力で名を轟かせてきた人ですから、自らその持ち味を捨ててまでわざわざアコースティック・ギターで渋い弾き語りをするはずがない。そうか、白人向けにちょっと肩の力を抜いて聴き易いフォーキーなブルースでもやってるのかと思って聴いたら・・・。

何これ!アコギから繰り出されるフレーズは無駄がない分やたら生々しいし、スローだろうがブギだろうが、どんな曲調だろうがそのデヴィルズ・ヴォイスはいつも以上にヘヴィに鳴り響き、艶っぽくすらある。

『ハウ・ロング・ブルース』とか『Pヴァイン・スペシャル』とか、いかにも戦前ブルースファンが喜びそうなスタンダード曲もやっておりますが、アレンジは完全にジョン・リー印で、何というかこのアルバムには「アコースティックだから」とか「白人の若いヤツら向けだから」とかいう遠慮や気遣いといったものが一切ない、正に”生のエグさがスピーカーを破って、耳にドロドロ侵食してくるブルース”です。










”ジョン・リー・フッカー”関連記事


”ブルース入門編 〜初心者のための優しいブルース講座〜”





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2018年06月08日

キッド・トーマス Here's My Story

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Kid Thomas / Here's My Story
(Wolf)


世に一発屋と呼ばれる人がおりますね。

全く無名ながら大ヒットロングセラーをひとつ出して、その曲のブームが去るとサッと世の中に忘れ去られる歌手や、お笑いの芸人さんとかです。

しかし、世の中には一発も当てることなく、何となく「ちょっと目立つか目立たないかぐらいの微妙なところ」に居たと思ったら、いつの間にかそこから消えてしまっている人もいます。

や、音楽やお笑いといった、特種な才能を武器とする世界では、むしろ一発でも当たればそれは成功で、むしろこの世界にはそういった”一発も当てられなかった屋”の方が遥かに多いんじゃないかと思うんですが、全国の歌手やお笑い芸人のみなさん、どんなもんでございましょう。


たとえば1960年代以前のブラック・ミュージックには、そういう”一発も当てなかった人”という人が多くて、もう名前を見てるだけでもワクワクしてきます。

考えてみればアレなんですよ、この時代のブルースやR&Bなどは”レース(人種)レコード”と呼ばれ、音楽業界全般ではポピュラーより格下に扱われ、アーティストはアルバムなんてもんは作ってもらえない、ヘタな鉄砲も数打ちゃ当たる方式で、ちっちゃいちゃいちいレコード会社から、とにかく色んな人の色んなミュージシャンのシングル盤が山のように”一回のレコーディングいくら”の契約で出されておりました。

そんな中でたまたま運良くヒットを連発し、50年代を生き残った人は60年代になってからシングル曲をまとまったLP盤などにすることが出来ておりますが、まぁシングルだけ出してその後シーンから消えて行ったり、レコーディングから遠ざかって行ってしまい、埋もれてしまった人達の何と多いことか。

しかし、ブルースやR&Bを聴く楽しみというのは、実にこういった”一発も当てなかった人達”を聴く楽しみなんですね。

これは別にマニアックな指向とかでも何でもなくて、ブルースという音楽には、どうも”それオンリーの芸の強み”というにがあるんです。

「この人はこのパターンしかないけど最高」

というアレで、ヒットを連発してビッグネームになった人とか、ロック世代の人達に後年支持されてレジェンドになった人とかいっぱいいる音楽です。

ジミー・リードやジョン・リー・フッカーなんか正にそうですよね。

でも、かつてシングル盤のみをリリースして、そんまま消えていった人達や、オムニバス盤にしか収録されていないような、ほとんど”詠み人知らず”に近いような存在の人達にも、”これしかないけどこの一瞬の輝きは強烈”というのが凄くブルースにはあって、いや、むしろこの人達とビッグネームやレジェンド達を隔てているものは、たまたま偶然の”運”ぐらいのものだったんじゃないかなと、その味わいとインパクトに満ち溢れた無名ミュージシャン達の音源を聴いて思います。


ブルースの有名どころを一通り知った後、アタシはオムニバス盤をとりあえずえいっ!と買ってみて、名も知らぬブルースマン達の渾身の”一発”にうち震えるということをやっておりましたが、その中でも「うはぁ、コイツはすげぇ!」と思ったのが、シンガー&ハーモニカ奏者のキッド・トーマスであります。


ジャケットにも写っておりますが、まぁ何と言ってもこのルックスですよルックス(!)

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ガッチガチにアイロンで固めた(であろう)鬼のリーゼントに、絶対にカタギじゃないやけに据わったオットロシイ目付き。

いやぁ「ブルースって渋い大人の音楽ですよね」とか言っている良い子のみんなは絶対にこんなヤツの音源なんか聴いちゃダメだよとアタシでも正直思ってしまうんです。






Here's My Story

【収録曲】
1.Beaulah Come Back
2.The Wolf Pack
3.The Spell
4.Come Here Woman
5.Jivin Mess
6.She's Fine
7.The Spell
8.The Wolf Pack
9.The Wolf Pack
10.The Wolf Pack
11.Beaulah Come Back
12.Beaulah Come Back
13.Come In This House
14.Beaulah Come Back
15.Here's My Story



そう、この見た目のアホみたいなインパクトに全く負けることなく、この人のブルースはとにかくアクの塊&強烈無比なんです。


きったない音でガチャガチャ鳴り響くバンド・サウンドをバックにしたロッキンブルースで、声帯をどっかに千切って捨てるようなシャウト、シャウト、とにかくシャウト。その声ときたらロックンロールヒーローだったリトル・リチャードにも負けないパワーで、いや、リトル・リチャードのシャウトよりも自分を全然大事にしてないヤケクソのボロボロ感がたまんないんです。

そして、そんな声のインパクトに負けないぐらいに力強いハープ。

同年代で、共にシカゴでツルんでたこともあったというリトル・ウォルターみたいに技巧があって、情感溢れるハープではありませんが、そんなのしゃらくせぇとばかりに下品な音でバフバフ吹きまくるハープはやっぱり他の人にはないキョーレツに野卑た魅力があるんですよ。

そんな感じで音楽的な説明をすると、あっという間に多分3行とかで終わってしまう人です。

どの曲も同じノリ、ほぼ同じテンションで、小技とかそういう事は全く出来ない、しようとしないキッド・トーマス。

だけれども、これこそがブルースのカッコ良さなんです。

ブルースマンってのは大体が不器用な人達だし、ブルースマンが不器用だからこそ、彼らが歌う人生のいろいろが説得力を持ってこちらのソウルにも直接訴えてくる。


キッド・トーマスのガラガラ声のぶん投げるようなシャウトと乱暴なトーンのハーモニカ聴いてると、もうヤケクソなんだけど、このあんちゃんはコレしか出来ないんだけど、だからこそ聴く人の心に何か強烈なもんを投げつけてくれる。何だか泣けてくる。

50年代までシカゴで暴れて、60年代には何を思ったか西海岸に引っ越し、そこでヒットは出ずともしぶとくブルースやってたキッド。しかし運命というものは残酷で、彼が世間の注目を一瞬浴びたのは1970年、殺人事件の被害者としてでした。

このアルバムは、主に彼が50年代にフェデラル・レコードで録音したシングル盤やその別テイクを集めて、死後大分経ってから発売された数少ないアルバムのうちの1枚です。とにかく見た目のインパクトに騙されたと思って聴いてもおつりは十分きますぜ旦那。








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2018年06月05日

ブラインド・ブレイク Bahamian Songs

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Blind blake/Bahamian Songs


戦前ブルースが好きで、数少ない音盤を熱心に集めたことがある人なら、一度は『ブラインド・ブレイク問題』にブチ当たった事があるのではないかと思います。

ブラインド・ブレイクといえば、戦前アメリカで大活躍したブルースマン。





この人が戦前アメリカでどれだけズバ抜けたギター・テクニックの持ち主で、どれほどのオリジナリティのバケモノだったかという話は、以前から当ブログには書いておりますので、知らない方は上のリンク、もしくは右のサイドバーでブラインド・ブレイクを検索して読んでみてください。

そんな訳でブラインド・ブレイクの音楽をたくさん聴きたくて、とりあえず目に付いたCDは買うという事をやってましたが、ある日「大体ジャケットが一枚しかない写真(上記参照)のバリエーション」なこの人のアルバムには珍しい、バンジョーを持った人物の、割とオシャレな絵のジャケがあったんですね。

「おや?」と思いましたが「BLIND BLAKE」と買いてあるので、まぁ間違いなかろうと思って購入して聴いてみたら、あれ?何か、確かに戦前ブルースっぽいけど、何かこの人にしては珍しくジャグバンドっぽい感じにトロピカルな何かが加わったような音楽性だし、必殺超絶技巧ラグタイムが出て来ない、歌も独特のくぐもった甘めのヴォイスじゃなくて、もっと張りのある、まろやかな表情が豊かな感じ。

ん?ん?俺はブラインド・ブレイクを買ったつもりで、メンフィスかどこかのブルースマンのCDを間違えて買ってしまったのかな?でもこれいいなぁ、陽気なコーラスとかラテン・パーカッションとか入ってて、いやぁブラインド・ブレイクって、今まで聴いてきた音源ひゃもちろんゴキゲンだったけど、これは全く違うベクトルの、ハッキリと”陽”なゴキゲンさじゃないの。こういうラテン風味って、40年代にルイ・ジョーダンとかが大々的に取り入れて流行らせたんだけど、ブラインド・ブレイク凄いなぁ、その10年以上前に既にこんな感じで流行を先取りしてたんだ。つうかこのバンジョー上手いなぁ、パパ・チャーリー・ジャクソンかなぁ・・・。

とか何とか、まぁ”あのブラインド・ブレイク”とは全く違う音楽性でありながら、これはこれで凄くカッコイイから「あのブラインド・ブレイクの超初期か後期の、とにかく”いつもと違うことをやってる音源集”だ」と思ってたんです。まぁジャケットも何かいつもと様子が違いますから。


ほどなくして


「あのブラインド・ブレイクは、戦前ブルースのブラインド・ブレイクではない」

と、気付いたのは、レコード・コレクターズか何かの記事に


「バハマの伝説のシンガーでバンジョー奏者のブラインド・ブレイク」

という記述を見付けたからです。


おおぅ、ニセモノ・・・。

と、一瞬グラッとしましたが、音楽的にはこっちもホンモノです。加えて戦前アメリカ南部の”ブルース以前”を濃厚に感じさせるポップな音楽性に色を添えるラテンのリズムや各種ラテン楽器、バンド・サウンドの重要な”華”になっている見事なコーラス・ワーク、そして何よりも、ブラインド・ブレイク自身の、ルイ・アームストロングからガラガラの成分を少し抜いて、重ねられた年齢の渋さに裏付けされた力強さをプラスしたような声からジワリと滲む人生の悲喜こもごもは、決してニセモノではありません。

一瞬で気を取り直し、アタシは

「バハマにもこんなホンモノのブルースマンがいたんだなぁ」

と深く感動しました。


バハマはアメリカの南端、フロリダ半島のすぐ下にある島国です。

古くからこの地はアメリカ南部や東海岸の人々が気軽に遊びに来たり商売をしたり、他のカリブ諸国よりもアメリカとの付き合いは深く、その過程でこの地の元々の古謡のようなカリプソと、アメリカのブルースやバラッド、宗教音楽であるスピリチュアルなんかが自然と混ざり合って、独自のミクスチャー文化が早くから緩やかに花開いていたと。

アメリカとの交流がグッと深まったのは、1920年代の禁酒法の時代であります。

本国で製造や取引を禁止された酒類の取引はこの島で行われ、アメリカのマフィア達が作った一大アルコール・マーケットが出来上がり、人々の交流はいよいよ盛んなものになります。

当然盛り場も発展し、娯楽が求められるようになると、ここで現地のミュージシャン達が、当然の流れとして関わるようになってくるんですね。

ブラインド・ブレイクもそんなミュージシャンの一人で、本名はアルフォンス・ヒッグス(1915年生まれ)。

れつき盲目だった彼は若い頃からバンジョーを手にバハマ各地を巡業するミンストレル・ショウの一員として日銭を稼ぐ日々を送っておりましたが、やがて首都ナッソーで、アメリカ人がたくさん来る酒場やホテルのロビーなどで歌い、元々歌っていた古謡のカリプソを、徐々に彼ら好みの聴きやすくノリが掴みやすいものへとアレンジしながら芸を鍛えた結果、戦後50年代にはバハマを代表するシンガーとなっていったそうであります。

で、バハマにはトリニダードやジャマイカ産のカリプソとアメリカのR&Bを融合させた「グーンベイ」という独自の音楽がありますが、どうもその音楽の創始者はこのブラインド・ブレイクなんじゃないかと言われてもおります。






【収録曲】
1.Love, Love Alone
2.John B. Sail
3.Jones (Oh Jones)
4.JP Morgan
5.Consumptive Sara Jane
6.Yes, Yes, Yes
7.Never Interfere With Man and Wife
8.Gin and Coconut Water
9.The Cigar Song
10.Come See Jerusalem
11.Bahama Lullaby
12.My Pigeon Got Wild
13.Delia Gone
14.Tanneray
15.Loose Goat
16.Lord Got Tomatoes
17.Bellamena
18.Hold 'Im Joe
19.Go Down Emmanuel Road
20.Watermelon Spoilin' On the Vine
21.Oh Look Misery
22.Foolish Frog
23.Peas and Rice
24.Eighteen Hundred and Ninety One
25.Monkey Song
26.On a Tropical Isle
27.Goombay Drum
28.Better Be Safe Than Sorry



彼のスタイルは先にも言ったように、アメリカのバラッドと呼ばれるブルース以前のスタイルを軸にしたポップスがあると思ったら、キューバっぽいマイナー・チューンのラテン・ナンバーがあったり、ツッタカツッタカとリズムの激しいトリニダードのカリプソとはまた違ったのんびりした味わいのカリプソもあったり、実に多種多彩。

しかし、どんな音楽性であろうとも、その張りとユーモアとちょっとした悲哀が入り混じったフィーリング豊かな声と、どんなリズムでも巧みに表現するバンジョーの腕前でもって不思議な一貫性のあるサウンドとして聴かせてしまうんですね。この辺りがストリートや酒場なんかでずっと鍛えまくった、日本風にいえばプロの流しみたいな芯の強さを感じさせ、ますますのめりこんでしまう魅力に溢れています。

そんな彼の人気は50年代、バハマ本国にとどまらず、遠く(いや、近いけど)アメリカのピート・シーガーやジョニー・キャッシュ兄貴、ジョッシュ・ホワイトらに絶賛され、何と人気絶頂だった世界的なアイドル・バンド、ビーチボーイズにも楽曲がカヴァーされるなど、ブルースマンのブラインド・ブレイクに劣らぬ人気を獲得するに至りました(その後はやはりライ・クーダーが高く評価して、今もラテンやアメリカン・ルーツ・ミュージック好きの間での人気は衰えません)。

本日オススメで挙げたアルバムは、絶頂期だった1950年代初頭に率いていたバンド付きの音源集。

この後どんどんジャズ系のサウンドにも接近して、亡くなる1980年代までひたすら音楽性を拡げながら真摯に芸を磨いてきたホンモノのシンガーによる、基本中の基本とも言うべきスタイルで、ゴキゲンなバハマ・サウンドが楽しめます。

ちなみに戦前ブルースのブラインド・ブレイクはバハマにほど近いフロリダの生まれです。

もしかして戦前に交流があったか、アメリカで人気だったブレイクの名前をしれっと拝借したのかは永遠の謎ですが、もしかして交流があったのかなぁなんて考えながら古い時代に思いを馳せてみるのものなかなかに楽しいものでございます。













『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

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