2018年06月12日

サウスブロウ STAIN

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SOUTH BLOW/STAIN
(BLACK JACK RECODS)


生きていると嬉しいことがありまして、あの、今日はもう何かいきなり個人的なこと全開で、多分最後まで個人的バリバリで行くと思いますんで、そこだけご了承くださいね。

えぇ、生きてると嬉しいことがあるんですよ。

サウンズパルは名瀬市(現奄美市)の街の真ん中、末広町という所でやっていたお店です。

1988年に、アタシの親父が勤め人を辞めて一念発起して始めた小さなCDショップだったんです。

時代はレコードからCDに移り変わる時で、これが良かったんですね、元々の親父のキャラもあって人気のお店になって、で、99年にアタシが東京から帰って来て一緒にやっておりまして、そこでまぁ色んな人達と心を通わせながら音楽というものの素晴らしさを発信出来るお店になれたらなぁ、なんて思いながらお店に来る、主に中学生や高校生の子達と「あれが面白い」「コレがカッコイイ!」という話に毎日花を咲かせながら、90年代から2000年代までを楽しくやっていました。

それがおかしくなったのは、2006年頃ぐらいからでしたね。大体学年に5人ぐらいは「みんながまだ注目してないアーティストを先に聴いてやるぞ!」と意欲に燃える子が居て、その子の影響で1週間後ぐらいからその子が買っていったCDの問い合わせがたくさん来るというのがあったんですが、ある年代から若い子達が急に「島の外の事に興味ない」感じになってきまして、徐々にロックバンドやる人は少数派、洋楽とか昔の音楽とか聴く人はもっと少数派みたいになってきて、そこから文化に関してはなかなか素晴らしいものがあるなぁと誇りに思っていた奄美がどんどん精神的な田舎になって行って、CDも売れなくなってお店も閉じて今に至ります。

私は今でも正直状況に落ち込んでいる訳ですが、そんな状況下でも「音楽って素晴らしいんだよ」と発信して行くためにこのブログをやっているようなもんであります。

嬉しいのは、やっぱりサウンズパルを好きでいてくれる音楽好きの人達が今も居てくれて、アタシ個人にCDやレコードを注文してくれたり「ブログ読んでるよ、アレの記事面白かった」と、ばったり会った時に声をかけてくれる事があることです。

それで、もっと嬉しい事といえば、昔アタシが点頭に立っていた時に正に高校生とか中学生とかで、お店でたくさん色んな音楽に出会ってバンドを組んで、そして卒業して島を離れてからも好きな音楽をずっと愛しつづけていたり、バンドや表現活動を続けてるよという話を聞く事です。

ちょうどアタシが島に帰って来た時高校生だったのが、碩真也(せきしん)君と長村創(はじめ)君。

せきしん君はとっても明るくて素直な人で、聴いてる音楽もその性格にピッタリ合った元気が出るようなロックや、ポップスでもなかなかセンスのいいバラードを歌うシンガーのCDなんかをサッと見付けて「これいいっすよね」と好んでおり、はじめ君に至ってはその頃から同世代では「ズバ抜けてギターが上手いヤツ」と評判で、その上聴いている音楽の幅広さといったらもうアタシが「ほぉぉ、凄い」と思うほど幅広く、かつ一貫したセンスを感じさせてくれました。

卒業する前には「で、卒業したらどうすんの?バンドやるの?」みたいな話はもうこの時毎年恒例みたいになってて、アタシはバンドやってる人にはほぼ全員に訊いてました。

その時迷いなく「やるっす!」と即答してた人達は、東京や大阪に上ってすぐに活動を始めて、インディーズの雑誌なんかにすぐ載って、有名ライヴハウスなんかであっという間にワンマンとか張れたり、全国区で人気のバンドのオープニングとか務めたり、そういうのを見てアタシはそりゃあもう自分の事のように嬉しかったですね。

それから時が経ち、バンドやってた若い人達も30を超える年齢になり、それぞれ仕事をしたり家庭を持ったりで音楽から離れていった人もおります。そして、好きな音楽をひたすら頑張って続けてる人ももちろんおります。

そういった人達の「頑張ってるよ!」の便りが来ると、アタシも「うぉぉ!俺も頑張るからね!!」と、なれるんです。

せきしん君とはじめ君は、もちろん「やるっす!」の即答組で、大阪ですぐメンバーを見付け、サウスブロウというバンドを結成しました。

卒業から2年ぐらいで自主製作盤をひっさげて関西各地のライヴハウスで精力的な活動を展開し「ライヴがめっちゃいいバンド」みたいな感じで紹介されるようになったらすぐにインディーズデビュー、ラジオ各でのタイアップ決定。奄美サウンズパル限定で出した¥500シングルも全国から問い合わせが殺到して、おぉぉ凄い凄い言ってるうちにビクター(SpeedStar)からメジャー・デビュー。

彼らの音楽は常に純粋で真っ直ぐで、気持ちがいいほどストレートなロックでした。


インディーズからメジャーになっても、音楽性が全く変わらない、ただガンガンに疾走するコードカッティングに、吐くべき言葉を何の装飾もなくポジティヴに発声するヴォーカルは、その当時の日本のロックには”ありそうでない”という奇跡のバランスでキリッと爽やかに屹立していた訳です。

丁度この時期が、先程言った2005年から2006年。

音楽人口(って言い方はどうも不自然であんまり使いたくはないですが)が一気に下降線を下るその時期に、彼らのメジャーでの奮闘は、アタシが思ってるよりきっと大変なことだったと思います。

2007年にセカンド・フルアルバムをリリースして、活動はスローペースで”それぞれ”になって行きました。

せきしん君はアコースティック・ユニット”あおみどり”で、そしてはじめ君は音楽と演劇が融合した不思議なバンド”モーレン(mollen)”での活動を始め、それまでサウスブロウで熱く発散していたエネルギーを、共に内側でじっと温めながら熟成させていくような、それはそんな音楽活動に思えました。


その間、アタシは彼らのブログも読んでいて、上手く言葉には出来ない、どうにも”ひしひしとした気持ち”で音楽を懸命に模索している様子を、切実に感じ取っておりました。






STAIN

【収録曲】
1.月の向こう
2.その自画像
3.願い
4.都会
5.おやすみ
6.長い夜
7.最後の言葉
8.人間交差点
9.LIFE
10.THE SUN



そんな彼らからの嬉しい便りが、およそ10年ぶりのサウスブロウ完全復活(!)

いやもう嬉しかったですよ、そして復活したサウスブロウの音を聴いてもっと嬉しかった。


まずサウンド面から言えば、そのストレートでまっっっったく装飾やあざとさのないストレートなロックサウンドがまっっっったく変わってなかったんです。

あおみどりとモーレンで、音楽的には全く違う事をやっていて、そこで培った”幅”は相当なものだったと思いますが、この人達は得たものを表面にベタベタコーティングするような、そんなチャラいことはしません。「関係ないよ、サウスブロウの音楽やろ」とでも言わんばかりのふっ切れたサウンド。

でも、はじめ君のギターの音は、クリーントーンでもディストーションかましたトーンでも、何というか奥行きが出ていて、それは単に技術的な事ではきっとなくて、もっと根本的な情感の部分での凄い成長なんだろうなと(むしろレコーディング機材は以前よりシンプルになっているはず)、深く感じ入りました。

そしてせきしん君のヴォーカルも、これもう爽快さと声の整った太さは全く変わってなくて、思わず嬉しくて笑ってしまったんですが、歌詞に乗っているそのメッセージ性が凄く心に響く力を増していて、アタシは引き込まれました。

本当に、音楽やめようと思ったことも、アタシにも何度もあったし、報われないこと全部を誰かのせいにしたい事もあったし、一人の部屋で悶々と悩んだ事もこの10年ありました。でも、そういったネガティヴも全部一旦引き受けて力強い言葉にして、吐くべき声で吐いている真っ直ぐで表裏の全くない歌いっぷりにアタシは勇気付けられましたし、このバンドのこの歌を聴いて歌詞を心に入れたらきっとちょいとばかりは救われる人は多いんじゃないかと正直思います。

あと、ずっとサポートメンバーとしてリズムを支え、遂に正式メンバーになったヨコタダイスケさんの、このアルバムでのベースの存在感素晴らしいですね。やっぱりロックバンドには、こういう太い音でブイブイ言うベースですよ。

さて、余りにも個人的な感情を絡めて色々と褒めちぎってきましたが、アタシは最初からサウスブロウは奄美出身だからとか、お店の常連だったからとか、実際イイ奴だからとか、そういう気持ちで褒めているのではありません。彼らの正直過ぎてハラハラするぐらい正直なロック、これは日本のロックシーンには絶対必要・・・違う!ロックシーンなんかいらん!俺個人的にぶっちゃけ救われたから!以上!!


・・・あ、乱暴に終わるのはちょっとアレですので彼らのホームページへのリンク貼っておきます。

アタシが感動した復活作の『月の向こう』のPVも試聴できますんでぜひ観て聴いてくださいね。良いよ。






『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

サウンズパル店主高良俊礼の個人ブログ
http://ameblo.jp/soundspal/
posted by サウンズパル at 18:51| Comment(0) | 日本のロック・ポップス・その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする