2018年06月18日

マイナー・スレット Complete Dicography

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MINOR THREAT/COMPLETE DISCOGRAPHY
(Dischord)


皆さんこんばんは、アメリカンハードコアについて語ると、どうしても長くなってしまいますことを反省して、ちょいちょいと小分けにすることを思い立ちましたので、本日もアメリカンハードコアについて語りたいと思います。

よく「パンクとハードコアの違いって何?」と訊かれます。

ふむ、パンクもハードコアも、音楽として括るために作られたジャンル分けでありますが、元々はイギリスやアメリカの、閉塞した社会に不満を持つ若者達の思想や物の考え方がこう呼ばれていたものなので、頭で考えても結論めいたものは未来永劫出ないだろうとは思います。

考え方としては

・世の中の既存のルールに従わないこと=パンク

・世の中の既存のルールに徹底的に従わないこと=ハードコア

という風にアタシは解釈しておりますが、ハードコアはパンクを更に先鋭化させた思想であり、かつ、元々のパンクのオリジナルな考え方にもハードコアな姿勢というものがございます。

例えば「ぶっ壊しちまえ!世の中はインチキ、オレらもお前らもインチキさ」と全てにおいてアナーキーな突っ張り方をしたのがセックス・ピストルズならば、「いや、お前たち、破壊するのはもちろん結構だしどんどんやれだが、壊す事にも美学がなきゃいかん、それとリスペクトな。これ大事だぞ」と言ったのが、ジョー・ストラマー先輩率いるザ・クラッシュであります。

どちらもパンクであり、どちらもハードコア思想に大きな影響を与えておりますね。

さて、アメリカの80年代ハードコアはどうだったかというと、彼らの音楽は既存の音楽からの影響を一切無視したかのような『高速ビート+3コードの乱暴なコードカッティング+生身の言葉をひたすら暴力的にぶつけるヴォーカル』というアナーキー極まりない無秩序なスタイルではありましたが、「既存に屈しない」「業界の力を極力借りず、自分達の力で演奏し、場所も確保し、レコードも制作する(DIY)」などの姿勢的な面では、英国のパンクロックどころかアメリカのそれまでの音楽よりも、強烈なポリシーと自分達なりの秩序というものを持っていたんじゃないかと思うのです。

で、このハードコアの”秩序”というものを考えた時、必ず出て来る大きな存在の人間が二人おります。

ヘンリー・ロリンズとイアン・マッケイです。


共にロックのお約束である『セックス、ドラッグ、アルコール』とは頑として距離を置き、その激しい音楽性とは裏腹に、クリーンなハードコア/クリーンなロックというものを提唱し、今もその求道的な姿勢をリスペクトして実践するハードコアやヘヴィロックのアーティストがいっぱいいるカリスマですが、本日ご紹介するのは、そんな求道的な姿勢を”ストレート・エッジ”という思想へと昇華させたイアン・マッケイと、彼が率いたマイナー・スレットについてお話します。

1980年から83年と、実質3年間という短い活動期間でありましたが、マイナー・スレットは80年代アメリカン・ハードコアの伝説として語り継がれております。

その発端は、ホワイトハウスなど、アメリカの政治の中枢があるワシントンD.C.で、1979年にイアン・マッケイ(ヴォーカル)とジェフ・ネルソン(ドラムス)という十代のパンクロック好きな少年が中心となって、ティーン・アイドルズというバンドを結成した事から始まります。

彼らは最初セックス・ピストルズのようなロックンロール色の強いバンドであったと云われておりますが、同じくワシントンD.C.で暴れまわっていた黒人ハードコアバンド、バッド・ブレインズから強く影響を受けて、ビートの速いハードコアサウンドをすぐに轟かせるようになります。

当時、シーンとして全国に先駆けてハードコアが最も盛んだったのは西海岸です。

ティーン・アイドルズのメンバー達は、憧れだったデッド・ケネディーズやブラック・フラッグ、サークル・ジャークスのライヴを観に、わざわざロサンゼルスやサンフランシスコまで出かけますが、この時十代だったため、ライヴハウスでは「コイツらにアルコールを提供したらダメだよ」という印として、手の甲にバツ印を書かれました。

この”手の甲のバツ印”が、後にストレート・エッジ思想を持つ人達のシンボルのようになります。

ハードコアの連中といえば、世の中への不平不満をストレートな言葉でとにかく絶叫するスタイルを取り、イアンのヴォーカル・スタイルも確かに単語絶叫系ではあるのですが、歌詞は皮肉や挑発、そしてかなり具体的な”社会システムへの不満”という分析と攻撃が一体となった知的で力強い構成で、実際に彼の思想と行動は「具体的に体制を壊す」ということに照準が定められておりました。

ティーン・アイドルズはライヴで稼いだ金(といっても、十代の彼らは大人のバンドがやってるような高い料金設定のライヴが出来なかったので、低く設定されたチケット代の利益)をコツコツと溜めて、自主製作のEP盤をリリースするという、それまでどのバンドもやってこなかった快挙を成し遂げます。

ロックバンドの連中といえば、ブルースの昔から「カネは日銭、稼いだら派手に遊んで使う」というのがミュージシャンの常識だったのですが、彼らはこの常識をもブチ壊し、やがてティーン・アイドルズは1年で解散しますが、イアンとジェフはEP盤の評判が良かった事に手ごたえを感じ、今も続くディスコード・レコードというレーベルを立ち上げ、新バンド、マイナー・スレットを結成します。





Complete Discography

【収録曲】
1.Filler
2.I Don't Wanna Hear It
3.Seeing Red
4.Straight Edge
5.Small Man, Big Mouth
6.Screaming At A Wall
7.Bottled Violence
8.Minor Threat
9.Stand Up
10.12XU
11.In My Eyes
12.Out Of Step (With The World)
13.Guilty Of Being White
14.Steppin' Stone
15.Betray
16.It Follows
17.Think Again
18.Look Back And Laugh
19.Sob Story
20.No Reason
21.Little Friend
22.Out Of Step
23.Cashing In
24.Stumped
25.Good Guys (Don't Wear White)
26.Salad Days


最初のメンバーはイアン・マッケイ(ヴォーカル)、ジェフ・ネルソン(ドラム)、ライル・プレスラー (ギター) 、ブライアン・ベイカー (ベース) です。

81年に2枚のEP盤をリリースした直後に一旦解散して翌82年に新たなメンバーとしてスティーヴ・ハンセンを加入させ、バンドは復活。元々ベーシストだったブライアン・ベイカーがギターに転向し、ツインギター編成になります。

マイナー・スレットはそのエッジの効いたヘヴィな演奏と、やはり自主製作のEPがツアー先で評判となり、全国に知られるようになりましたが、新メンバーでリリースした2枚のEPをレコーディングした後、元々ギクシャクしていた人間関係が限界に達して解散。


イアンはその後、オルタナティヴロックの元祖と言われる”フガジ”の中心となり、ブライアンはバッド・ブレインズ、スティーヴはセカンド・ウィンドと、それぞれ重要バンドのメンバーとして活躍します。

イアンの唱えた”ストレート・エッジ”は、その後も多くのバンドやアーティスト、ハードコアが好きなキッズ達に引き継がれていきますが、その思想は徐々にイアンが唱えていた頃の「ハードコアを健全に楽しもうぜ」という純粋なものから、排他的なものになってしまいました。

それに対してイアンは今でもディスコード・レコードで硬派なパンク/ハードコアのリリースを続け、若者向けにチケット代¥1000以下で楽しめるコンサートを主催し、やっぱり酒もドラッグもタバコもしない、筋を通した生き方を貫いております。

マイナー・スレットのアルバムとしては、前期4枚のEPとデモ音源をまとめたこの『13 Songs』が、彼らの音源がほぼ全部入ってる唯一のアルバムです。

攻撃的で、ガリガリにとんがった、インパクト最高スクエア上等の王道ハードコア・サウンドな曲がほとんどでありますが、後半のややポップな曲が、後のイアンのオルタナティヴ・ロックな展開を思わせたり、楽曲のバリエーションは驚くほど豊かで、この時代のハードコアバンドとして、驚くほどの柔軟性が感じられます。






『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

サウンズパル店主高良俊礼の個人ブログ
http://ameblo.jp/soundspal/
posted by サウンズパル at 23:33| Comment(0) | ロック/ポップス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする