2018年10月22日

ソニー・スティット イッツ・マジック

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ソニー・スティット/イッツ・マジック
(Delmark)


いきなりですが、ジャズが生まれたのが今から100年ちょい前の1900年代、そして、サックスがソロを取る花形楽器になったのが1920年代のことであります。

最初に”サックスでソロを吹く”というスタイルを確立したのが”ジャズ・サックスの父”(私は親父とよんでいます)コールマン・ホーキンス。

この人が確立した吹き方を、戦前はみんな研究したり模倣したりしながら、10年もしないうちに、それぞれが独自のスタイルを確立し、あちこちのジャム・セッションで”サックス対決”が繰り広げられ、凄腕やカリスマと呼ばれる偉大なサックス吹きが世に出ております。

やがて大恐慌と大きな戦争が過ぎ去った1940年代後半、ひとりの演奏家が、それまでのサックスの奏法の常識を覆す驚きのリズム感とスピード感でもってその演奏法に大革命を起こし、これが”ビ・バップ”と呼ばれる新しい時代の、後に”モダン・ジャズ”となる音楽の礎となったと言われております。

はい、ご存じチャーリー・パーカーであります。

チャーリー・パーカーはとにかくその存在感が凄くて、その後に出て来たジャズ・サックス奏者のほとんどに強い影響を与えておりますが、実はパーカーが40年代に作り上げたスタイルというのを、同年代で独自に模索してオリジナルなものとして確立した巨人がおります。

それがソニー・スティットであります。

スティットはその余りにも優れたテクニックと根底にブルースを持つ表現の豊かさから、長い事「パーカーのスタイルを早くから極めた」とか「パーカーの優秀な模倣者」とか言われておりましたが、実は1943年にチャーリー・パーカーと出会った時に


「へぇ、びっくりしたよ。お前上手いなぁ!」

「お前こそ凄いじゃないか!てか、俺らのスタイルって似てるなぁ」

と、互いに認め合う一幕があったようです。

ソロというのはどんな楽器でもそれまで客を沸かしていたスピードというのがあるのなら、演奏者は他と差を付けるために、更なるスピードを目指すもの。

きっと二人は互いを意識するずっと前から「他より速いフレーズ」の鍛錬に鍛錬を重ね、自然と同じアルトサックスという楽器でアプローチが似ていったんだと思います。

ところがアタシ、パーカーとスティットが”似てる”とは、実は最初からあんまり思ってなかったんですよ。

ひとつには音色の違い。

弾力のある太い音、ゆえに高音で駆け抜けてもどこかその音の中に”含み”があるパーカーと、ソリッドで繊細、ゆえにキラキラ成分が多めなスティットとは、トーンのキャラクターが正反対と言っても良いのです。

そして、楽曲に対するアプローチ。

パーカーのプレイは、とにかく”アドリブ”に特化しております。

その、ふっ切れにふっ切れたプレイを聴くと、オリジナル曲なんかはほとんどテーマ部分が”ソロに突入する前のリフ”的であり、スタンダード曲すらも”アドリブの素材”として割り切って大胆に料理をしているように思えます。

つまり、アタシがパーカーを聴く時は、パーカーの”曲”でなく、ひたすらアドリブを聴いて感動したり興奮したりしてるんだ、と思う程です。

スティットの場合は、もちろんこの人もアドリブに関しては天才的な冴えを持っている人ですが、どんなに高速で飛び上がっても、テーマのメロディとアドリブがしっかりと結ばれておるように感じます。


パーカーは若くして亡くなり、その後スティットは1982年に亡くなるまで、40年近いキャリアを常に第一線で活躍し、多くの作品もリリースします。

で、スティットのカッコイイところは、多くのジャズファンから「パーカーに似てる」と言われても、心ない一部の人達から「パーカーの二番煎じじゃないか」と言われても、自らが切り開いてきた”バップ”の吹き方を変えることもなく、かといって媚びることもなく、堂々と己を貫きました。

その為に評価は決してスターダムに昇ることもなく、また、ジャズそのものの流行が沈静化した1960年代からは録音も減り、とにかくサックス持って生演奏の場にたくさん行って日銭を稼ぐ生活に明け暮れておりました。

が、実はこの時期の録音こそが、スティットが”パーカーの何たら”からようやく解放され、サクッと粋な演奏で聴く人を惹き付けるものが多い。





IT'S MAGIC



【パーソネル】
ソニー・スティット(asBCEGI,ts@ADFH)
ドン・パターソン(org)
ビリー・ピアーズ(ds)


【収録曲】
1.Four
2.On Green Dolphin Street
3.Parker’s Mood
4.How High The Moon
5.Shake Your Head
6.It’s Magic
7.Getting Sentimental Over You
8.Just Friends
9.Body And Soul
10.They Can’t Take That Away From Me

(録音:1969年)


シカゴにあった小さなブルースのレコード会社デルマーク、実はここはシカゴ時代のサン・ラーやアート・アンサンブル・オブ・シカゴ、ジミー・フォレストなどなど、良心的な(そして硬派な)ジャズのレコードもしっかりと録音してくれている素晴らしいレコード会社なのですが、そこに1969年、スティットがフラッと録音したアルバムがあります。

多分スティットにしてみれば「とりあえず録音したらギャラもらえるっつうから、うん、臨時収入は何より有難かったからさ」ぐらいのレコーディングだったと思います。ついでに言うとこのアルバムは長らくその存在すら忘れられていて、デルマークの倉庫で眠っていたものが、録音から大分経ってから発見されてようやくリリースに至ったとかいう、うぅんそれ大丈夫かぁ?なブツなのですが、どうしてどうして、リラックスした雰囲気の中で冴えに冴えるスティットの職人技のアドリブが楽しめる、実に良いアルバムだったりするんです。

バックはドン・パターソンのオルガンと、ビリー・ピアーズのドラムスのみ、そしてスティットはアルトとテナーを半分ずつ吹き分けております。

この時代はソウルやファンクの流行というのがあって、ジャズマンも積極的にオルガンを起用したり8ビートや16ビートなんかでオシャレにハネたアレンジを取り入れたダンサブルな曲を作ったり、アルバムを出したりしてました。

はい、この編成というのは、いわゆる”ソウル・ジャズ”のそれであります。

でもスティットはいつもの4ビートを軸に、アレンジやリズムを派手に飾らず、いつものバップ・フレーズを力まず自然に吹いております。


まずはテナーで2曲、ミディアム・テンポの軽快なリズムとオルガンのバッキングに乗って繰り広げられる歌心豊かなアドリブ。

ここらへんの「テーマから自然にスラスラ湧き上がるアドリブ」の上手さは、もうこの時点で20年以上現場で鍛えまくったスティットの、男の余裕みたいなものを感じますね。肩の力は抜けているのに、締めるところはしっかり締めて、盛り上がる所はグイグイと盛り上げる。

この年代のスティットを聴くと「すげぇプロ根性」と、感心してしまうのですが、それはこういうアドリブのカッコ良さにあるんです。

で、凄いのはアルトを持った3曲目から。

『パーカーズ・ムード』という、そのものズバリのチャーリー・パーカー作曲のブルースです。


さあどうしよう、ここにきてふっきれたはずのパーカーの曲を・・・というのは完全な杞憂で、スティットは内から湧いてくる独自のブルース・フィーリングと、ライバルであり友であったパーカーの”らしい”アドリブのフレージングをも楽しんでるかのように吹いております。いやお見事、これはもう完全に”ソニー・スティットのブルース”以外の何物でもありません。

アルバムは全体的に、オルガンとドラムが軽くサポートして、スティットが表裏のない芯の強さに溢れた爽快さで、聴く人の「ジャズが好き」という心を、最初から最後までくすぐって興奮させて、時にじわっと来させてくれる、どこまでもゴキゲンなアルバムです。

それにしても「フラッとスタジオに入ってみた」ぐらいの軽いセッションのはずなのに、セッション全体でタルむことなく、サックスのどのフレーズにもしっかりと気合いが入っていて、かつそれが過剰じゃないって、これなかなか出来そうで出来ることじゃあありません。やっぱりスティットは偉大なミュージシャンでありますよ。





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2018年10月20日

レイ・チャールズ ブルースを歌う

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レイ・チャールズ/ブルースを歌う
(Atlanic/ワーナー・ミュージック)


どのジャンルにも、そのジャンルを代表する偉大なアーティストという人がおります。


で、たとえば”リズム・アンド・ブルース”と聞くとアタシの中にはもうたった一人、そう、レイ・チャールズのあのピアノに向かって座り、黒いサングラスをかけて、顔を斜め上に、まるで天に向かって大声で呼びかけているかのような神々しい姿をぶわーっと思い浮かべてしまうのです。

とは言っても、アタシはレイ・チャールズの全ての作品を熱心に聴き込んだ訳でもなく、当然ですがリアルタイムで彼が飛ぶ鳥を落とす勢いでヒットチャートを爆走していた黄金の50年代や60年代を追っかけていた訳ではございません。


きっかけはやはり、映画『ブルース・ブラザーズ』で、道行く通行人を踊らせるゴキゲンな楽器屋の親父にシビレたからであり、中学の頃に「あのサザン・オールスターズの”いとしのエリー”をカヴァーした大物のミュージシャン」として、レイ・チャールズという人を知ったからでありました。

それからレイは、アタシの中では漠然と「凄い黒人ソウル・シンガー」です。

その頃ようやく洋楽に目覚め、クソガキなりにブルースという音楽に興味を持ち始めた”レイ・チャールズ”という人は、ブルースやR&Bのアーティストというより、もっともっと大きな世界で超有名な大御所ポピュラー・シンガーであり、それゆえに「何だかよくわかんないけどこの人凄い」という漠然から、逆に聴いてみようとCDを手にする行為に手を染めるのをずっとためらっていた人でありました。

ほれ、ビートルズとかローリング・ストーンズとか、余りにも有名過ぎてついつい「まぁそのうち・・・」となってしまうでしょう。

特にハタチを過ぎるまでは、音楽というものに刺激ばかりを求めておりましたので、勝手に”渋い”の枠組みの人として捉えておりましたレイ・チャールズは、そのまま”漠然と凄い人”でした。

ちゃんと聴いたのは、ある日格安のベスト盤レコードを買った時です。

初期1950年代や60年代の曲がたくさん入っていて、それを聴いて初めてレイ・チャールズの声にも、演奏するピアノの音にも、その頃夢中で聴いていたブルースの人達とほとんど変わらない独特の”土の臭い”が溢れている事を知り「レイ・チャールズはブルースだ」と認識することで、初めてこの偉大なシンガーの音楽にのめり込むことができました。

正直なところを書いてしまうと、どうも”レイ・チャールズ”といえば、とにかくみんなから尊敬される大御所ミュージシャンであるとか、盲目というハンディキャップを乗り越えて大成功したとか、流れてくる情報ではそういったことばかりが書かれていて、確かにそれは彼の音楽を形成する大事な部分ではあると思いますが、肝心の音楽についての情報になかなか出会えずに、ちゃんと”好き”になるまでに時間がかかり過ぎてしまったというのはあります。

でもまぁちゃんとレコードを買って聴いて「すげぇ!レイ・チャールズめちゃくちゃカッコイイ!!」と思えてからは、そんなことは些細なこことです。ちゃんと紹介されてなければ、手前で紹介すればいいんだ。



最初に書きましたが、レイ・チャールズは”リズム・アンド・ブルース”を代表する歌手の一人です。

リズム・アンド・ブルースとは何ぞや?と言いますと、まぁブルースです。

ブルースは1900年頃にアメリカ南部で黒人達の手によって生み出されたとされておりますが、そのブルースは生まれてすぐに南部の他のあらゆるスタイルの音楽を吸収し、また影響も与え、徐々に都会に広まってゆくにつれて、その演奏規模を大きなものにしていきます。

広いクラブやホールのステージで演奏するために、楽器編成は多彩になり、音量や厚み、そして華やかさを演出するために、それまで例えばギターなどの弦楽器とせいぜいピアノやハーモニカだけで演奏されていたようなブルースが、ドラムやベースやホーン楽器を揃えたフルバンドで演奏されるようになり、更に聴衆をより楽しませるために、リズムを大幅に強調した、派手でノリノリのアレンジが施され、それが人気を博すようになりました。

特に太平洋戦争が終結して以降、シカゴやニューヨーク、LAやデトロイトといった大都市では、黒人の労働者人口の増加から、そこそこ裕福な人達もちらほら出てきて、更にレコードの普及も拍車をかけ、これらの”イキのいい黒人音楽”が、シングル盤として大量に流通するようになり、独自のヒットチャートを作り出すまでになってきます。

その時代、ブラック・ミュージックといえば「レース・レコード」と呼ばれて区別されておりました。”レース”というのは”人種”という意味で、まだまだ人種差別も激しかった時代であります。

でも、レコード会社にとって、その”レース・レコード”を買ってゆく若者層や、ジュークボックスを置いてそれらの音楽をデカい音でかけるお店からの収益というのはバカに出来なくなりました。ぶっちゃけて言えば大手レコード会社にとっても、それらのレコードは会社の浮沈に関わる大切な売り上げになってきた訳です。

そんな世の流れを受けて、有力音楽誌ビルボードは「レース・ミュージックのチャートを”リズム・アンド・ブルース”と呼ぶことにします」と宣言し、1947年からそれが実際にチャート名として使われるようになりました。

それから50年代は、ブラック・ポピュラー・ミュージックの名称としての”リズム・アンド・ブルース”と、そのルーツ音楽としての名称の”ブルース”が分けて呼ばれるようになり、更に60年代には若者から絶大な支持を得た”ソウル・ミュージック”がポピュラー音楽としての名称を獲得し、リズム・アンド・ブルースはそのルーツ的なものと認識されるようになり、更に更に90年代にはソウルをルーツとする音楽として、新たな”R&B”が生まれ、現在に至ります。

で、レイ・チャールズが故郷南部ジョージア州から北部のシアトルに移り住んだのが1947年、17歳の時。

南部でブルースやゴスペルのディープなフィーリングをたっぷりと骨身に染み込ませたレイ少年が、丁度”リズム・アンド・ブルース”となったばかりの、都会のイカしたブルースに直に触れ、大いに興奮してその世界に飛び込んだであろうことは、想像に難しくありません。

最初はピアノ+ギター+ベースというトリオ編成で、甘く小洒落たブルースを歌うバンドを結成したレイ、40年代後半から50年の間に『How Long Blues』や『See See Rider』といった古典的なブルースをカヴァーしたシングルをリリースしますが、この時期に行っていたライヴ・ツアーでの演奏に目を付けた新興レーベルのアトランティックが

「君の音楽は、もっとレパートリーを増やせば必ず売れる!」

と声をかけてスカウトし、これが大当たり(!)

アトランティックは、レイにベース、ドラム、ホーン、そしてバックコーラスも付けた豪華編成のR&Bバンドを与え、レイの持つ声の良さと天性のグルーヴ感を大々的にバックアップしました。

「曲のバリエーション」というものに、より正面から向き合ったレイは、基本となるブルースに、ゴスペルやラテン、ジャズ(実はジャズ・ピアニストとしても凄腕なのだ)、カントリーなどのありとあらゆる要素を楽曲に混ぜ込むことに成功、ついに1959年にリリースした『ホワッド・アイ・セイ』で、紆余曲折を経てビルボード”リズム・アンド・ブルース”チャートの6位に輝き、R&B不滅の大スター、レイ・チャールズは誕生します。

さて、その後のレイ・チャールズのグレイトな快進撃は、既にあちこちで語られている通りでありますので、今日は彼の音楽の原点にあるブルースにスポットを当てたアルバム『ブルースを歌う』(The Genius Sings The Blues)を皆さんにご紹介します。





ブルースを歌う

【収録曲】
1.アーリー・インザ・モーニング
2.ハード・タイムズ
3.ザ・ミッドナイト・アワー
4.ナイト・タイム・イズ・ザ・ライト・タイム
5.フィーリン・サッド
6.レイズ・ブルース
7.アイム・ムーヴィン・オン
8.アイ・ビリーヴ・トゥ・マイ・ソウル
9.アイ・エイント・ガット・ノーバディ
10.ミスター・チャールズ・ブルース
11.サム・デイ・ベイビー
12.アイ・ワンダー・フー



リリースはレイの人気絶頂の1961年、内容はレイがアトランティック初期(1952年〜55年)にスタジオで吹き込んだ、古いブルースのカヴァーや、オリジナルのブルース曲です。

バックのサウンドはフルバンド、洒落ていて洗練されたウエスト・コースト・マナー、レイが最も大きな影響を受けた西海岸を代表するシンガー、チャールズ・ブラウンを彷彿させる、甘口と辛口が絶妙なブレンドで交錯する、終始深い味わいに溢れた歌唱とサウンドに、ひたすら引き込まれてしまいます。

ガッツリと芯のあるピアノ、奥底から魂を振り絞るヴォーカル、気負いも気取りも一切ない、レイの表現の奥底がスピーカーから迫ってきますが、かといって”渋さ””深さ”だけではなく、さり気ないアレンジの中に仕掛けられたリズムの斬新さや、アレンジのポップさもしっかりと活きていて、聴く側を最初から最後まで退屈させません。

オープニングを飾る『アーリー・イン・ザ・モーニング』の、明るく弾む三拍子に絡むコーラスのウキウキ感、ミディアム・テンポの『ナイト・タイム・イズ・ザ・ライト・タイム』でのコーラスとのポップな掛け合い、『フィーリン・サッド』での、張り裂けんばかりの感情をグッと堪えたやさぐれ感満載の歌い方、そしてオリジナル曲で最もオーソドックスなブルースを感じさせる『レイズ・ブルース』ぶっといベースのウォーキングと見事な対を成すカラフルなピアノが織りなすイントロから、パワフルな声が炸裂する『ミスター・チャールズ・ブルース』いやもう最高ですね。

とにかくアルバム全曲を通して感じるのは「何で”オーイェ〜”とワン・フレーズ歌っただけでこんなにジワッと染みるやるせなさがクるんだろう」という新鮮な驚きと同じ質量の深い感動であります。

数々のヒット曲を持つレイでありますが、基本にして究極の”何か”が、このブルース・アルバムには最高の密度で凝縮されているような気がします。とにかく聴けるのは”最高のブルース”であります。









『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

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2018年10月18日

リー・コニッツ モーション

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Lee Konitz/Motion
(Verve)



1940年代末にデビューし、2018年現在も常に第一線で現役を続けているリー・コニッツ。

この人の凄いところは、ただ「ずっとジャズをやってた」というだけではなく、長い現役生活の中で常に自身の表現を進化させるためのハンパない努力を続けてきたところであります。

デビューして真っ先に飛び込んだのは

「今、世間では”熱く盛り上がるジャズが流行ってる、私はこれに対抗して構造美を極め尽くした真の芸術としての新しいジャズを作ろうと思う」

と唱え、”ホットなジャズ”、ビ・バップに唯一対抗できるジャズ理論である”クール”を立ち上げてその後にジャズにとんでもない影響を与えたピアニスト、レニー・トリスターノのグループであります。

トリスターノは楽曲と演奏に関しては一切の妥協を許さないとても厳しい人で、しかし、コニッツは若干ハタチそこらでありながら他の誰にも似てない鋭い音色と、これまた他の誰をも及びもつかない斬新なテクニックを編み出し、トリスターノの求める音世界を、アルト・サックスでほぼ完璧に描ききりました。

コニッツが凄いのは、実はこの後なんですね。

トリスターノのバンドでは、鋭く知的にコントロールされたアドリブのフレーズで、当時誰もがNo.1と認める天才チャーリー・パーカーの吹き方とは全く違うサックス奏法のやり方で、唯一向こうを張っていたのですが、トリスターノと袂を分かった50年代、今度は個性を保ちながらパーカーのビ・バップに接近して、より知的で抑制の効いたモダン・ジャズのスタイルを打ち立てます。

このコニッツのスタイルに大きく影響を受けたのがマイルス・デイヴィスで、彼のトレードマークである、刺すような美しい音色のミュート・トランペットや、アレンジに凝った繊細なバンド・サウンドなどのアイディアは、コニッツら白人の”クール派”から受けた影響が相当大きいのだとも言われております。

更に60年代以降は、スタイルの違う様々な世代のアーティストらとも共演し、いわゆる「モダン・ジャズ」の範疇から大きく逸脱した演奏の場にもひょいと顔を出し、一切動じることなく軽やかに、かつ思考を刺激するカッコいいソロを展開し、その都度アーティストとしてのスケールを拡げているのがコニッツさんなんです。

ところがコニッツさん、どんなに後輩達に大きな影響を与えても、どんなに皆から「アナタは本当の革命家だ!」と絶賛されても、自分が中心になってシーンをリードして、自分が作り上げたスタイルの王様になろうとは微塵も思わず「いやぁ、そんなこと言われてるうちはオレはまだまだなんよ」とばかりに、サックス持って”何かもっと核心に迫る音楽はないか”と、常に現場に足を運んでいたところが、この人の本当に凄いところ。

むしろ

「自分のスタイルを探究することに夢中で、シーンがどうのとか新しいスタイルがどうのとか、そういうことに気を向ける余裕なんてないんだよね」


とでも言わんばかりに”演奏に捧げてる人”なのであります。

おぉカッコイイ、何だかジェフ・ベックみたいでありますなぁ。。。


で、本日ご紹介するのは『モーション』というアルバムです。



(購入はコチラから↓)

Motion


【収録曲】
リー・コニッツ(as)
ソニー・ダラス(b)
エルヴィン・ジョーンズ(ds)


【収録曲】
1.アイ・リメンバー・ユー
2.オール・オブ・ミー
3.フーリン・マイセルフ
4.恋の味を御存知ないのね
5.帰ってくれればうれしいわ
6.アウト・オブ・ノーホエア
7.四月の想い出
8.イッツ・ユー・オア・ノー・ワン

(録音:1961年8月29日)


1960年代といえば、ビ・バップもハード・バップも一応の山場を越え、若手もベテランも混沌の中でオリジナルな表現を手にしようと必死にもがいていた時代です。

そんな中、33歳でもうベテランとも言えるキャリアを積んできたコニッツが「即興演奏とは何か?」というシビアな問いを敷き詰めて世に放った、究極的にストイックな作品がこの『モーション』であります。

編成はコニッツのアルト・サックスにソニー・ダラスのベースとエルヴィン・ジョーンズのドラム”のみ”。


おお、ピアノとかギターとか、他の管楽器とか、そういう派手な音を出す楽器がない分のスカスカを、サックスの吹きまくりとベースの動きまくり、ドラムの派手な叩きまくりで補って余りあるパワフルな演奏で聴かせるのだな!そうだよなぁ、ジャケット赤いし、何つってもドラムがあの”叩きまくり””ブ厚いリズム生み出し怪人”のエルヴィン・ジョーンズだし、ジャケット赤いし・・・。

と、思ってたら、実際はその全く逆でありました。

コニッツのプレイが吹きまくりのホットなキャラじゃないのは、当然といえばそうなのですが、エルヴィン・ジョーンズはいつもの(というかコルトレーンのバンドでやってるようなあの派手な叩きまくり)スタイルじゃなく、大きく逸脱しないビートを繊細に「ビシャッ!ピシャッ!」とキメており、ソニー・ダラスのベースもぶっとい音ではありながら、遊びをかまさない堅実な”4"を黙々と刻んでいるだけ。

楽曲はどれも有名スタンダード、つまりジャズをちょっとでも聴いてきた人には「お、この曲だぁ。いいね〜」となるようなポピュラーなものばかり


・・・なんですが!

どの曲もほとんどそのスタンダードの肝であるテーマの部分をマトモに演奏せず、いきなりアドリブに突入しています。


コニッツのアドリブというのは、分かりやすい起承転結の骨組みを敢えて外して、フレーズが横に横にスルスルスルと流れて言って、いつの間にかひとつの楽曲を構成する”流れ”になってるような、本当に独特なものなんですが、これがこのアルバムでは、淡々としたバックのリズムに乗って終始流れてはフッと消え、流れてはフッと消えております。

これはどういうことか、つまりコニッツはこのアルバムで

「とにかく一切の無駄を削り取って、アドリブの更に核心部分だけを本気で突き詰めた表現をしよう!」

と、気合いが入りまくってるんですね。

それにしても聴けば聴くほど異様な緊張感と表現の不思議な鋭さに溢れた演奏です。

コニッツが好きな人は、このアルバムを最高傑作に挙げる人も多く、アタシもその意見には大いに賛成します。

しかし、相当に厳しい音です。こんなコアだけの音楽を聴いて、アタシみたいな中毒者はもうたまんないのですが、例えば「これからジャズを聴きたいです」という初心者の方にこれ、う〜ん、CD屋としてはオススメしたいけどどうやってオススメしよう「何か退屈だ」と言われたらアタシは深く傷付きます。う〜ん・・・。


と、思っていたある日、たまたまコレをお店の中で流していたら、フラッときたお客さんが

「今かかってるこれ、ジャズですよね?すごくカッコ良くてボクなんかにはこういうのがわかりやすくていいなぁ」

と、ふわ〜っとおっしゃるのですよ。

アタシびっくりしまして、お客さんに

「こ、これわかりやすいっすか!?実はこのアルバムは・・・」

と、上に書いたようなことをちょいとばかり手短に説明したんですね。

そしたら

「へー、そーだったんだ。でもそれってさ、ジャズをよく知ってる人の感想だよね。ボクなんか全然知らないもんだから、ただこのサックスいいな〜って思って聴いてた。だって楽器の音少ないじゃない、だからサックスの良さが凄くストレートに響くよね。この人誰?へー、リー・コニッツって言うんだー、この人カッコイイねぇ〜」

と、迷いなくCDを掴んで

「これ、いくら?」

と言ってくれたんです。

どうでしょう、この話。

確かにアタシの意見は

「他と比べて更にアドリブに特化したコニッツ」

「有名スタンダードのテーマが出て来ない」

「派手に叩くはずのエルヴィンが知的で繊細なドラムで堅実にサポートしてる」

「故にわかりづらい」

と、ジャズやコニッツを知らないと比較すらできないような聴き方を元にした意見で凝り固まってました。

でも「ジャズを聴きたい!」って人は、そういう背景とかアレンジとかスタンダードがどうとかそういう頭で考えることじゃなくて

「ジャズのイイ感じの雰囲気を味わいたい!」

なんですよね。

確かにそうだ、深く反省しております。


で、「ジャズの雰囲気を聴かせる」って意味では、コニッツの深みに溢れたサックスというのは、これはもうどう考えてももってこいなわけでありまして、コニッツがずっと現役を続ける中で楽器ひとつ持って最前線に立ち続けた理由というのも「とにかくジャズってカッコイイんだぜ、聴いてくれよ」ってことを、関わってきたあらゆる世代の人に身をもって伝えたかったからだったんじゃないかなということをふと思い、やっぱりリー・コニッツって最高にクールでカッコイイなと思っておるのであります。







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『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

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