
ビル・エヴァンス/ソロ・セッションズ Vol.1
(Milestone)
そういえばこの前、道端でばったり会った人に
「そういえばもう秋も終わりなのに、アンタのブログ今年はアレ書いてないよねぇ、何だっけアレだよえぇと・・・」
とばったり言われたので
「アレとは・・・あぁ〜、アレですね!」
と、適当なリアクションをしたものの、その後
「えぇと、アレとは・・・」
となってしまい、記憶を取り戻すのにしばらく時間がかかってしまいました。
で”アレ”なんですが、そうビル・エヴァンスですよ。
大体秋になって、空がどんよりして風がひんやりしてくると、ココロの感傷モードのスイッチが一気に入ってしまって
「あぁ、切なくなりたいねぇ・・・」
と。
ほいでもって、心の切ないままに任せてフッと手に取るCDがビル・エヴァンス。
この人のピアノは、本当に心がフラ〜っと切なくなってるところにどうしようもなく染みるんですよ。
ありますよね、何があった訳でもない、深く傷ついている訳でもない。でも、切ない。っていう感情。
ビル・エヴァンスが奏でるピアノっていうのは、そういう感情にそっと寄り添う音楽であるんですが、いやもうビル・エヴァンスのピアノそのものがそういう感情そのものなんじゃないか?とすら思う訳ですよ。
でも今年はねぇ、アタシそういう気持ちにならなかったんですよ。
だってほれ、10月になっても11月になっても、奄美一向に涼しくならなかったじゃないですか。11月は今日で終わって、明日から12月なのに、日中はクーラー効かせた車で走んなきゃいけないぐらいじゃないですか。
もうふざけんな、こんなダラけた暑さと陽気のせいで、アタシの大切な「秋は切なくなってビル・エヴァンスを淡く聴いていたい」という恒例行事が見事にすっとんでしまったじゃないですか。もうふざけんなですよ。
あのねぇ、政治とかにあんまり文句言いたくはないですけどね、何ちゃら法案とかちゃんちゃら法案とか、そんなアタシらの生活にほとんどプラスにならないよーなしちめんどくさい法律ばかり作らないで、秋になっても暑いのを取り締まりなさいと。
はぁはぁ・・・。
いけません、この非常識な季節外れの暑さのせいで、アタシは怒ってばかりです。
では、今日はそんな怒りをグッと堪えて・・・いや違う、珍しく高めのテンションで怒りを優しく蒸発させてくれるビル・エヴァンスをご紹介しましょう。
1963年にエヴァンスがスタジオで初めて他の楽器が入らないソロ・ピアノでレコーディングしたセッションから「ソロ・セッションズVol.1」でございます。
Solo Sessions 1
【パーソネル】
ビル・エヴァンス(p)
【収録曲】
1.ホワット・カインド・オブ・フール・アム・アイ?(テイク1)
2.メドレー(マイ・フェイヴァリット・シングス〜イージー・トゥー・ラヴ〜ビーズの指輪)
3.ホエン・アイ・フォール・イン・ラヴ
4.メドレー(スパルタカス愛のテーマ〜ナーディス)
5.エヴリシング・ハプンス・トゥー・ミー
6.パリの四月
(録音:1963年1月10日)
エヴァンスは自身が生涯の最も大切なフォーマットとした、ピアノ+ベース+ドラムスのピアノトリオ編成以外にも、ソロ・ピアノでの作品を多くリリースしております。
エヴァンスのスタイルは、俗に「リリカル」と言われますね。
これはつまり”美しい”とざっくり訳せるんですけれども、彼のピアノのプレイスタイルの繊細さ、美旋律を紡ぐセンスの奥底には、どこまでも内面に潜り込んで、その中から儚くて壊れそうなほどの美しいフレーズの結晶を取ってくるという、一種の性格的な特色があります。
たとえばトリオやホーン奏者を入れた、やや人数多めのセッションでも、比較的ノリのいい明るい曲でも、彼のピアノを中心に場の空気がさらさら〜っと哀感の滲んだものになって、アタシも含めて「ビル・エヴァンスがたまらなく好きなのぉ!」という人は、そんな彼の本質的な内向きの思考に狂わされてると思う時があります。えぇ、中毒性というやつでございます。
で、このアルバムは
『そんなエヴァンスがたった一人でピアノに向き合えば、ブレーキを失ってどこまでも静かに内に沈み込んでゆく』
という事を、語らずも証明している。そんなアルバムです。
アタシがこれを買った動機も
「エヴァンスのソロ!これは絶対に切ないに違いない」
という気持ちが第一にピクンと動いて、第二第三に
「コルトレーンで有名な”マイ・フェイヴァリット・シングス”をやっている」
というのと
「大体ジャズの人がやれば、誰がやっても素晴らしい名演になる”スパルタカス愛のテーマ”をやっている」
ということでした。
聴いてみて、もちろんこの2曲の美しさは格別です。
トリオの時よりも丁寧な優しいタッチで鍵盤を奏でる、というより”触れる”ぐらいの手さばきから、それこそ触れたら壊れそうなほどの儚いフレーズが次から次へとため息のように出て来る。
気付いたら、お目当ての2曲もその他の曲も質感が見事に同じで
「あぁ、これは曲を聴くというよりも、究極に集中して美旋律を生み出すことにのみ意識を働かせているエヴァンスのピアノの音と旋律をひたすら聴くための作品だ」
と、思うようになって、そうなってくると曲と曲の境界も淡く掻き消えてしまい、素敵なことに「サラサラサラ・・・」と鳴り響くピアノの、この世のものとは思えない崇高な余韻に完全に心を奪われてしまいます。
実際にこのセッションでのエヴァンスの集中は凄まじく
「もうちょっと曲が終わった後に間を開けてくれないか」
と注文するプロデューサーの声も一切聞かず、アルバム2枚分のレコーディングが完全に終わるまで、エヴァンスはずっとピアノに深く頭を沈めるような姿勢で弾いていたといいます。
とりあえず同一セッションの『Vol.2』も素晴らしいので(えぇ、それだけ集中して素晴らしくないはずがありません)、次回は更にレコーディング・セッションの話全体を交えながら『Vol.2』を紹介しますので今日はこのへんで。
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サウンズパル店主高良俊礼の個人ブログ
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