2018年11月30日

ビル・エヴァンス ソロ・セッションズ Vol.1

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ビル・エヴァンス/ソロ・セッションズ Vol.1
(Milestone)

そういえばこの前、道端でばったり会った人に

「そういえばもう秋も終わりなのに、アンタのブログ今年はアレ書いてないよねぇ、何だっけアレだよえぇと・・・」

とばったり言われたので

「アレとは・・・あぁ〜、アレですね!」

と、適当なリアクションをしたものの、その後

「えぇと、アレとは・・・」

となってしまい、記憶を取り戻すのにしばらく時間がかかってしまいました。

で”アレ”なんですが、そうビル・エヴァンスですよ。

大体秋になって、空がどんよりして風がひんやりしてくると、ココロの感傷モードのスイッチが一気に入ってしまって

「あぁ、切なくなりたいねぇ・・・」

と。

ほいでもって、心の切ないままに任せてフッと手に取るCDがビル・エヴァンス。

この人のピアノは、本当に心がフラ〜っと切なくなってるところにどうしようもなく染みるんですよ。

ありますよね、何があった訳でもない、深く傷ついている訳でもない。でも、切ない。っていう感情。

ビル・エヴァンスが奏でるピアノっていうのは、そういう感情にそっと寄り添う音楽であるんですが、いやもうビル・エヴァンスのピアノそのものがそういう感情そのものなんじゃないか?とすら思う訳ですよ。

でも今年はねぇ、アタシそういう気持ちにならなかったんですよ。

だってほれ、10月になっても11月になっても、奄美一向に涼しくならなかったじゃないですか。11月は今日で終わって、明日から12月なのに、日中はクーラー効かせた車で走んなきゃいけないぐらいじゃないですか。

もうふざけんな、こんなダラけた暑さと陽気のせいで、アタシの大切な「秋は切なくなってビル・エヴァンスを淡く聴いていたい」という恒例行事が見事にすっとんでしまったじゃないですか。もうふざけんなですよ。

あのねぇ、政治とかにあんまり文句言いたくはないですけどね、何ちゃら法案とかちゃんちゃら法案とか、そんなアタシらの生活にほとんどプラスにならないよーなしちめんどくさい法律ばかり作らないで、秋になっても暑いのを取り締まりなさいと。

はぁはぁ・・・。

いけません、この非常識な季節外れの暑さのせいで、アタシは怒ってばかりです。

では、今日はそんな怒りをグッと堪えて・・・いや違う、珍しく高めのテンションで怒りを優しく蒸発させてくれるビル・エヴァンスをご紹介しましょう。

1963年にエヴァンスがスタジオで初めて他の楽器が入らないソロ・ピアノでレコーディングしたセッションから「ソロ・セッションズVol.1」でございます。



Solo Sessions 1

【パーソネル】
ビル・エヴァンス(p)

【収録曲】
1.ホワット・カインド・オブ・フール・アム・アイ?(テイク1)
2.メドレー(マイ・フェイヴァリット・シングス〜イージー・トゥー・ラヴ〜ビーズの指輪)
3.ホエン・アイ・フォール・イン・ラヴ
4.メドレー(スパルタカス愛のテーマ〜ナーディス)
5.エヴリシング・ハプンス・トゥー・ミー
6.パリの四月

(録音:1963年1月10日)


エヴァンスは自身が生涯の最も大切なフォーマットとした、ピアノ+ベース+ドラムスのピアノトリオ編成以外にも、ソロ・ピアノでの作品を多くリリースしております。

エヴァンスのスタイルは、俗に「リリカル」と言われますね。

これはつまり”美しい”とざっくり訳せるんですけれども、彼のピアノのプレイスタイルの繊細さ、美旋律を紡ぐセンスの奥底には、どこまでも内面に潜り込んで、その中から儚くて壊れそうなほどの美しいフレーズの結晶を取ってくるという、一種の性格的な特色があります。

たとえばトリオやホーン奏者を入れた、やや人数多めのセッションでも、比較的ノリのいい明るい曲でも、彼のピアノを中心に場の空気がさらさら〜っと哀感の滲んだものになって、アタシも含めて「ビル・エヴァンスがたまらなく好きなのぉ!」という人は、そんな彼の本質的な内向きの思考に狂わされてると思う時があります。えぇ、中毒性というやつでございます。

で、このアルバムは

『そんなエヴァンスがたった一人でピアノに向き合えば、ブレーキを失ってどこまでも静かに内に沈み込んでゆく』

という事を、語らずも証明している。そんなアルバムです。

アタシがこれを買った動機も

「エヴァンスのソロ!これは絶対に切ないに違いない」

という気持ちが第一にピクンと動いて、第二第三に

「コルトレーンで有名な”マイ・フェイヴァリット・シングス”をやっている」

というのと

「大体ジャズの人がやれば、誰がやっても素晴らしい名演になる”スパルタカス愛のテーマ”をやっている」

ということでした。


聴いてみて、もちろんこの2曲の美しさは格別です。

トリオの時よりも丁寧な優しいタッチで鍵盤を奏でる、というより”触れる”ぐらいの手さばきから、それこそ触れたら壊れそうなほどの儚いフレーズが次から次へとため息のように出て来る。

気付いたら、お目当ての2曲もその他の曲も質感が見事に同じで

「あぁ、これは曲を聴くというよりも、究極に集中して美旋律を生み出すことにのみ意識を働かせているエヴァンスのピアノの音と旋律をひたすら聴くための作品だ」

と、思うようになって、そうなってくると曲と曲の境界も淡く掻き消えてしまい、素敵なことに「サラサラサラ・・・」と鳴り響くピアノの、この世のものとは思えない崇高な余韻に完全に心を奪われてしまいます。


実際にこのセッションでのエヴァンスの集中は凄まじく

「もうちょっと曲が終わった後に間を開けてくれないか」

と注文するプロデューサーの声も一切聞かず、アルバム2枚分のレコーディングが完全に終わるまで、エヴァンスはずっとピアノに深く頭を沈めるような姿勢で弾いていたといいます。


とりあえず同一セッションの『Vol.2』も素晴らしいので(えぇ、それだけ集中して素晴らしくないはずがありません)、次回は更にレコーディング・セッションの話全体を交えながら『Vol.2』を紹介しますので今日はこのへんで。







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2018年11月26日

アストル・ピアソラ ブエノスアイレス市の現代ポピュラー音楽第2集

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アストル・ピアソラ/ブエノスアイレス市の現代ポピュラー音楽第2集

(RCA/BMGジャパン)


アタシには持病があって、そのうちのひとつが

「特定の周期でアストル・ピアソラしか聴けなくなる病」

なんです。

えぇすいません、何事かと思ったらそんなことかと思われた方がほとんどだと思いますが、いやしかし、そんぐらいアストル・ピアソラって人の音楽の中毒性ってのは、ちょっと比類するものを見ないぐらい激しいもんなんですよ。


アストル・ピアソラという人は、アルゼンチン・タンゴの巨匠であります。

タンゴという音楽は、最初その原型はスペインのあるイベリア半島で生まれ、やがてそのスペインの植民地であったアルゼンチンの首都である港町、ブエノスアイレスで大いに発展した音楽です。

何よりも娯楽が求められた港町の酒場や娼館で、人々を踊らせ、時にしみじみと感動に浸してくれる音楽がタンゴであり、その躍動感溢れるリズムと旋律は、独自のダンス文化となってアルゼンチン全土に広まって、やがて国民的な音楽として老若男女問わず親しまれるようになりました。

で、ピアソラなんですが、この人はアルゼンチンの国民的な音楽であるタンゴを、もっともっと芸術として優れたものにして、例えばヨーロッパのクラシックや、アメリカのジャズにも負けないような、高度な理論に基づいた複雑な構造を持つ、ダンスと鑑賞の両方が高い次元で調和した音楽にしようとしていた。

ピアソラがタンゴと関わるようになったのは、1940年代。若手の優れたバンドネオン奏者で作/編曲家でもあったピアソラは瞬く間に頭角を現し、すぐに自分の楽団を結成します。

ところが、せっかく誰もが憧れるマエストロ(タンゴの楽団のリーダー)になったものの、ピアソラは「タンゴという音楽に限界を感じる、このままではタンゴはダメになる」と失望して楽団を解散。その後は裏方として伴奏やアレンジや作曲の仕事などをこなしながら、本格的なクラシックを学ぶため、ヨーロッパへ渡航するチャンスをひたすら待つ日々でありました。

1954年に念願の「クラシックの学生」としてフランスに留学、そこらへんのいきさつは下のリンクに詳しく書いてありますが





そこで初めてピアソラは「自分の魂の原点はやはりタンゴだ!タンゴを全く新しいものに生まれ変わらせることこそが自分の使命だ!」

と開眼して、翌年アルゼンチンに帰ってからは、それまでの「定型化した娯楽音楽のタンゴ」に真っ向から挑みかかるような大胆な手法で作られた(ジャズやクラシックの技法をふんだんに取り入れております)曲を発表したり、で、そんな斬新な曲を演奏するために、エレキギターなどのタンゴでは”ふさわしくない”とされていた楽器などを導入したりと、かなり革新的なことを次々とやりましたが、当時は家に脅迫状が来たり、ピアソラ自身歩いてる時に尾行されたり、激しい抵抗に遭いました。

最初は、そんな感じでピアソラのタンゴは

「あんなのはタンゴじゃない」

「踊れない、楽しくない」

「音楽の破壊者だ、いや、アイツは悪魔だ」

と、散々にののしられました。そして、ピアソラはそんな物騒なアルゼンチンにいるよりはとニューヨークに移住して、そこで評価され、彼の前衛的なタンゴは、世界で「アルゼンチンのタンゴ」として、初めて正しく評価されてゆくのです。

世界でピアソラの実力が認められ、それまでアルゼンチンのローカル音楽に過ぎなかったタンゴもまた世界で認知されたことによって、それまで批判的だったアルゼンチンでの評価も変わります。

「アイツのタンゴは、確かにクラシックみたいな難しいことをやってはいるが、タンゴの大事な部分は壊してないよな」

「よく聴けばちゃんと踊れるような曲じゃないか」

と、それまでロクに聴きもしないで批判していた人達も、ピアソラの音楽に改めてじっくりと耳を傾け、その複雑な構造と過激な抒情性に彩られた楽曲の中に、熱くたぎる本質的な”タンゴ”の魂を認め、ピアソラのタンゴは現代タンゴの代名詞とまでなったのでありました。

はい、ちょいと前置きが長くなりましたが(いつものことですいませぇん)、では「ピアソラのタンゴ」というのは何なのか?何故アタシのような人間が「これしか聴けないぐらい」の中毒になってしまうのか?という話なんですが、つまりはピアソラは、元々スーパー哀愁なタンゴという音楽に、クラシックの構造美とジャズのスリルを加えることによって、その哀愁を過剰なまでの密度と質量を持つ、つまり”ハイパー哀愁”に変えた、と言ってもいいでしょう。

さっきに説明したような、タンゴの歴史だの音楽のがちゃがちゃしたあれこれだのわからんでも、とにかくピアソラの作る曲ってのは、激しくて切ない。えぇ、もうとにかく神羅万象あらゆる事象の中にあるスピリッツの中から激しさと切なさだけを選んでもぎ取って、それを聴く人の胸に直接ねじり込んでくるような、そんな美しい過激なのでありますよ。





ブエノスアイレス市の現代ポピュラー音楽 第二集

1.バルダリート
2.あるヒッピーへの頌歌
3.オンダ・ヌエベ
4.ブエノスアイレスの夏
5.バイレス 72
6.ブエノスアイレス零時
7.エル・ペヌルティモ *
8.ジャンヌとポール *
9.平穏な一日 *


*ボーナストラック



さて、そんなピアソラの作る曲はいずれもハイパー哀愁の極みなんでありますが、今日はその中でも特に

「これ!すごっ!!」

と最初に聴いて声も出なかった曲を紹介します。

『あるヒッピーへの頌歌』

です。

1972年にリリースされた『ブエノスアイレスの現代ポピュラー音楽』というシリーズがありまして、このシリーズは第1集も第2集も、ピアソラの渾身の名曲と、9重奏団というちょっとした管弦楽団規模の編成で綴られた渾身のアレンジが聴ける力作として愛されているアルバムですが、この第2集の2曲目です。


曲自体は、ピアソラがこの時世界を席捲していたロックへの回答のような曲を作ろうと意欲に燃えて作曲したと言われております。ヴァイオリン、チェロ、コントラバス、ピアノが見事に狂おしい抒情を敷き詰める波のうねりのようなアレンジに、切々としたメロディーをこれでもかとたたみかけるピアソラのバンドネオンと、ファンクのような裏打ちのフレーズを、クラシカルなアレンジに何の違和感もなく、しかも全体を引き締めるインパクト十分な響きで溶け合うギター(オスカル・ロペス・ルイスですよ、アントニオ・アグリと共にピアソラの両腕と言われる最高のギタリストです)、全ての音が「ここ!」というところで炸裂して際立って、そして胸にくる。あぁもう言葉なんてこんな凄い演奏の前には無力っていう陳腐しか吐けない自分に腹が立つぐらい素晴らしい演奏です。

アルバム全体としても、とにかくピアソラの真骨頂であるアレンジの綿密さをとことん追求できるスモール・オーケストラ編成の中で、それぞれの楽器がそれぞれの奏でる旋律に絡み合う官能的ですらある音の溶け合いと響き合いに、どこまでも心打たれます。

ピアソラのバンドネオンと同じぐらい前に出て、ガンガン主旋律を奏でているアントニオ・アグリのヴァイオリン、大事な時に必ず印象的なフレーズを決めてくれるオスカル・ロペス・ルイスのギター、そしてジャズで培った即興力ともしかしたらピアソラ以上にタンゴに対しては斬新で挑戦的なアプローチを企てていたであろう鬼才、オズバルド・タランティーノのピアノ(3曲目『オンダ・ヌエベ』のイントロからのアドリブは鳥肌ものです)と、ピアソラの演奏には欠かせないメンバー達の個性もしっかりと光っております。

たとえばピアソラのバンドネオンが、ある切ないメロディーを弾くと、それに上の誰かが必ず応えるようなフレーズで絡んでくる。すると別の誰かがまたそのフレーズにスッと入ってきて、更にバックのバイオリンやチェロやコントラバス、パーカッションが津波のようにリフをかぶせてくるんです。

「良い曲」っていうとまず美しいメロディーが分かりやすく独立してて・・・ってなりますけど、ピアソラの場合はそれぞれ限度を超えた哀愁で固められた別々の楽器の音がひとつの空間で同時に鳴って「ぐわしゃっ!!」ってなるところに、えも言えぬカタルシスがあるんです。聴かないと分からない部分かと思いますが、聴けばわかります。こういった正しい発狂には、ぜひとも多くの人に悶えて頂いて、ぜひ中毒になって欲しいと思います。






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2018年11月25日

ジョー・ヒル・ルイス ザ・ビ・バップ・ボーイ

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Joe Hill Louis/The Be-Bop Boy
(Bear Foot Family)



前回のR.L.バーンサイド『Too Bad jim』を紹介した折、アタシの長年の持論であります「ブルースはパンク」という言葉をくっつけてSNSに投稿しましたら、意外にもたくさんの方々から好意的な反応を頂きました。

この自説を唱える事は、昔はなかなかに勇気の要ることだったのですが、90年代以降、それこそR.L.バーンサイドらファットポッサム勢のプリミティヴなブルースが、サイケやガレージなどのロウファイな音楽を好む当時10代20代の若いロックファンが、ブルースの持つ根源的な衝動というか、そういうものを素直にカッコイイと感じてCDやLPを手に取るようになってから、素直に「あぁそれもありかもね」と、聞いてもらえるようになったと思います。

で、本日もその「ブルースってパンクだよね」ということを絡めながら、ゴキゲンなブルースを皆さんに紹介いたしましょう。

はい、ドン!

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素敵ですね、カッコイイですね。この人はジョー・ヒル・ルイスという人です。

ギターとドラムとハーモニカを同時に演奏する、いわゆる”ワンマン・バンド・スタイル”で、ロッキンなブギを中心に演奏し、1950年代のメンフィスで大人気だった人なんです。

そもそもワンマン・バンドってのが

「どーもこー自分一人でギター弾きながら歌うってのは、パーッと景気いい感じがしないなー。そうだ、じゃあハーモニカも吹いちゃえ、あ、ついでにドラムも叩けばいいんじゃね?」

という発想からしてパンクなんですよ。なかったら自分で作ればいい、というDo It Yourselfの精神ですな。


そもそも、メンフィスという土地が、戦前の昔からそういう気質のある土地でありまして、南部の中でも鉄道の中継地として各地から多くの人が集まって、何だかワイワイした派手な娯楽を欲しがる客に合わせて独自のバンド文化が発達しておりました。

で「楽器がないなら作ればいい」の発想で、日用品で作った楽器でぶんちゃかやるジャグ・バンドというスタイルが生まれた場所でもありまして、つまりメンフィスっていう土地の”派手好き、賑やか好き”の気質は戦後もしっかりと土地に根付いておった。

だから”全部の楽器を一人でやる”というワンマン・バンドというスタイルそのものが、もしかしたらメンフィスっ子の気質を体現したものであるのかも知れません。

ジョー・ヒル・ルイスは1921年、テネシー州フロッギー・ボトムという小さな街に生まれましたが、近くのメンフィスには幼少期から頻繁に通い、そこのストリートで演奏しているブルースマンやジャグバンドの演奏を見ているうちに、いつの間にか自分もそうなってしまった人です。

彼が成人に達する頃には、路上で演奏される音楽も徐々にのどかなカントリー調のものから、ワイルドなブギビートのものへと進化してゆく頃で、あとエレキギターという文明の利器が使われるようになった時代です。

ジョー・ヒルは、「電源さえどっかからかっぱらってくれば、屋外でもデカい音が出せる(条例?そんなもんはアメリカの犯罪首都と呼ばれてたメンフィスにはありませんよ)エレキギターを武器に、あっという間にストリートの人気者になったんですね。

そう、この人の音楽、特に最高にノリノリなブギを聴けば、心の奥底から訳のわからん元気がムクムクと湧いてくるんです。ザラッとしたギターの音も、ドカッと鳴るドラム(特にバスドラ)の音も、あとあっけらかんとした抜けのいい声ももう最高。アタシはよく「ブルースとは何ぞ」と深刻に考えてしまうんですが、いやぁもうこの人のブギに身を任せたら「んなこたぁどーでもいいんだよ」と、深刻に程良い諦めが付いてしまいます。うん、良いですねぇ〜。



BE-BOP BOY

【収録曲】
1.She Treats Me Mean And Evil
2.Dorothy Mae
3.Sweetest Gal In Town
4.Keep Your Arms Around Me
5.Got A New Woman
6.I'm A Poor Boy
7.In The Mood
8.West Winds Are Blowing
9.Little Walter's Boogie(Take1)
10.We All Got To Go Sometime
11.We All Gotta Go Sometime(Take3)
12.Little Walter's Boogie(Take2)
13.Tiger Man(Demo)
14.44 Blues
15.My Love Has Gone(Take1)
16.Mistreatin' Boogie
17.My Love Has Gone(Take3)
18.Worry You Off My Mind
19.Reap What You Sow
20.Walter's Instrumental
21.Hydramatic Woman
22.Tiger Man
23.Keep Your Arms Around Me(Make My Love Stay Warm)
24.She Comes To See Me Sometime
25.We All Gotta Go Sometime(Take2)
26.Shine Boy


路上でブイブイ言わせていたジョー・ヒルを「おい、あのガキガキいかしてるぞ」と目を付けたのが、メンフィスといえばのサン・レコーズの総帥、サム・フィリップスでありました。

このアルバム『BE-BOP BOY』は、1952年と53年にサン・レコーズのスタジオでドカッとレコーディングされたものをCDとしてまとめたヤツなんです。えぇ、リアルタイムで発売された曲は、この26曲の中からたったの4曲(しかも2曲はサン・レコーズじゃなくて音源を売り飛ばしたチェッカーから出された)だったんで、CD化された際は「ジョー・ヒル・ルイスの未発表音源がまとまった形で聴けるぞー!」と、一部でちょっとだけ話題になったやつです。


内容ですが、全26曲入ってるトラックは

・ジョー・ヒル・ルイスがメインの演奏
・ハーモニカのビッグ・ウォルター・ホートンがメインの演奏
・ピアニストのモーズ・ヴィンソンがメインの演奏

が、23曲

ほいでもって何故かジョー・ヒルが参加してないセッションのものが2曲入ってたりするんですが、録音された演奏の質感はいずれもこの時代(1950年代前半)のメンフィス・サウンドの典型といえる、タフでワイルドなロッキンブルースてんこ盛りで、まずは優れたメンフィス・ブルースのオムニバスとして楽しめます。

こんなこと書くと「えぇ〜、もっとジョー・ヒル・ルイス楽しみたいぞ」と思われる方もいらっしゃると思いますが、アタシはこのアルバム、ジョー・ヒル・ルイスを聴いたことない人に最初に聴いて欲しい、彼の代表作だと思うんですよ。

だってワンマンバンドでドコスカ言ってるジョー・ヒルも、他のメンバーとガッツリ呼吸の合ったカッコイイ演奏も聴けるし、ジョー・ヒルのトンガッたエレキをバックに、アンプにぶっこんだブ厚い音のビッグ・ウォルターのハープの醍醐味も贅沢に楽しめるし、何よりアタシにとってはコレで初めて知ったモーズ・ヴィンソンのヤクザなブギウギピアノが、もうたまらんカッコ良かったですから、つまり1枚で3つぐらいオイシイ、かなりお得なアルバムであり、アルバム全体の雰囲気から「エレキギター使った最初期のブルースバンドのパンクなヤバさ」が、本当に目一杯楽しめますんで、はい。




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