2018年11月14日

キングストンの靴 SUN RECORDSコラボ

奄美のイカしたスケートショップ『AMACMA』店主ゆうき君から「予約してた靴が入ったよー」と連絡があったので早速購入しましたよ♪

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じゃじゃん♪ かっこいい!


そう、ぶっちゃけてしまえばオシャレというものに関しては年相応に敏感でないアタシが何故靴を予約して買ったのかというとこれですよ。

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わかります?

え、わからない??

じゃあこれ

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そうなんです、1950年代にエルヴィス・プレスリーを世に出したメンフィスのロカビリー&カントリー、そしてブルースの牙城”サン・レコーズ”と、キングストンブランドとのコラボなんです。

で「サンといえばジョニー・キャッシュ兄貴だよね♪」なアタシは、最初に「出るよ」と情報を教えてもらった時に「買う!」の即答でこのようないきさつになったのであります。



アタシは決してオシャレな人間ではありませんが「ファッションはその人の思想を現すもの」だと思っております。

で、アタシの思想に大きな影響を与えたジョニー・キャッシュ兄貴に関するものは、これは是非ともひとつは身に付けねばと思っておりましたから、これはもう運命とか天啓とかいう類のもんだろうと思って、この鮮やかな黄土色という、少々鮮烈な色合いに合うコーディネートも考えずに購入した訳なんですが、うん大丈夫、気持ちが大事。


価格も¥6000代でかなり良いのですよ、もし気になる方いらっしゃったらAMACMAにお問い合わせを!

≪AMACMA完売したそうです!≫





『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

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2018年11月11日

タンパ・レッド Bottleneck Guitar 1928-1937

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Tampa Red/Bottleneck Guitar 1928-1937
(Yazoo)


ブルースやロックで「スライドギター」といえば、ちょいとギターに詳しい人なら

「お、いいねぇ」

となる魔法の奏法であります。

ガラスや金属で出来たパイプみたいなものをですな、弦を押さえる方の手の小指とか薬指にはめてですな、フレットの上をきゅいーんきゅいーんと滑らせるという、弾き方としては普通に弦を指で押さえて弾くよりも単純なやり方で、音がつい〜っと伸びてゆく、実に不思議な効果が得られる弾き方でありまして、最初その音色を聴いた時はそれがギターの音かどうかも分からなくて、きっとシンセサイザーか何かだろうと思ったぐらいの、まぁ本当に不思議な音が出る弾き方です。

で、このスライドという奏法、先程”単純なやり方”と申し上げましたが、それは単純に音を出すまでの話でありまして、これをいざ楽曲に合わせてちゃんとメロディやバッキングで弾くとなると、本当に難しい。

や、基本的にスライド奏法というのは、オープン・チューニングという、1弦から6弦までをどこも押さえずにジャラーンと弾けば、そのまんまAとかGとかDとかのコードの音が鳴るチューニングを施して、要はその「どこも押さえずにジャラーンと鳴らしながらスライドバーを滑らせていく」という、至極シンプルな仕組みだけに、その中で例えば表情豊かなメロディラインを演奏出来るか?とか、細かい動きでフレーズを繋げていくことが出来るか?と言われれば、もうどこまでも難しく、奥深いんです。

だから、こんな魔法のような奏法を自由自在に操れる達人というのは、これはもう魔術師みたいなもんだべなと思っていたら、ブルースの世界で最初にスライドギターの達人と言われてた人が、正にその”魔術師”の呼び名で親しまれていたという事を知って「おぉなるほど、やっぱりみんなそんな風に思ってたんだ」と、妙に納得したんです。

はい、そんな訳で今日皆さんにご紹介するのは、戦前のシカゴ・ブルース・シーンで大活躍した”スライドギターの魔術師”タンパ・レッドでございます。

この人こそが、大都会シカゴで今に通じるスライドギターのギターソロというやつのキッチリとしたスタイルを築き上げ、ブルースの歴史にもギターの歴史にも大きな足跡を残した巨人であり、まー今小指とか薬指とかにバーをはめてギュイギュイやってる人は、この人のお墓には足を向けて眠ったらいけんじゃろうぐらいの人でありますよ。


この人が主に活躍したのは、1920年代後半から30年代でありますが、もちろんそれ以前からスライドはブルースでは頻繁に使われておりました。

1923年にレコーディングされた、シルヴェスター・ウィーヴァーによる”最初の”ブルースギターのレコード(タイトルはそのものズバリの『Guitar Blues』)もスライドでしたし、それ以前にも南部テキサスやミシシッピでは、スライドバーを指にはめたり、ナイフを滑らせたりするスライド奏法が人気で、特にミシシッピ・デルタ地帯のブルースマン達は、ほとんどがボトルネックスタイルのギターの名手でもありました。

南部デルタのブルースマン達の演奏法というのは、そのほとんどがリズミカルにバシンバシンとギターをぶっ叩く、パーカッシブな、どちらかというと打楽器の延長のような奏法だった訳なんですが(サン・ハウスやチャーリー・パットン、ブッカ・ホワイトなんかはモロそうですねぇ)、タンパ・レッドが確立したスライド奏法というのは、彼らとは全く別のベクトルで「複弦と単弦を複雑に組み合わせた”メロディを奏でる楽器”としてのスライドギター」という、非常に洗練されたそれでありました。

ブルースは好きなんだけどちょっと何言ってっかわかんないという人のために説明しますと、ロバート・ジョンソンという人がおります。

このロバート・ジョンソンという人は、ミシシッピ・デルタ地帯を中心に活動した、生粋の南部っ子のブルースマンなんですね。

彼は少年時代から、サン・ハウスやチャーリー・パットンという、この地のレジェンド達の生演奏を間近に見て「あぁ、俺もこんな風になるべ」と、ギターを始めた人です。

ほんでもって、まだギターなんか全然へったくそだったロバート・ジョンソンがサン・ハウスの前でギター持って演奏すると、これが聴くに堪えないぐらいにヘッタクソだったから、サン・ハウスに「クソガキ、やめんかい!」と怒られた。そこでしばらくロバートは行方不明になり、数年後帰って来た時は、あの時のヘッタクソなガキはどこへ行ったと思うぐらいにメチャクチャ上手くなってたから、サン・ハウスも聴衆も驚いて、その辺りから「アイツは悪魔に魂を売ってギターテクニックを手に入れたんだ」っていう噂が広まったりなんかしています。

この話をもっと掘り下げてみますと、そこにタンパ・レッドの影がぼうっと浮き上がってくるんですよ。まぁ「何で?」と言わずちょっくら与太にお付き合いくださいな。

ロバート・ジョンソンは、確かにその時代(戦前)に居た南部ミシシッピのブルースマン達とは、共通する部分はたくさんありますが、それ以上に独自の洗練を身に付けております。

「上手くなった」というのは、恐らくはギター演奏に関する技術的な事ばかりではなく、サン・ハウスやチャーリー・パットンといったデルタ・ブルースマン達がやらないような「都会で流行ってるスタイルみたいなサラッとした演奏も出来るようになってた」からなんじゃないかと思うんです。

デルタの連中が土の香り濃厚で、強靭なビートをギターからバッカンバッカン叩き出し、ザラついた野太い声を張り上げると、暴力的な熱狂に沸き返るデルタの農村地帯にあるジューク・ジョイント。メインである彼らの演奏の後に、若く端正な顔つきのロバート・ジョンソンが、みんなが聴いたことないような繊細なメロディをギターで奏で、甲高い声を張り上げる。

「何だこりゃ」

「おいおい、オレぁこんなヤツ初めて聴いた・・・」

「ねぇ、彼のギターってクールね。タンパ・レッドみたいだわ」

「タンパ・レッド?誰だソイツは」

「あら、知らないの?今シカゴで人気のギタリストよ」

「アレか、レコードってやつが売れてるっていう・・・」

「そうよ、まさかこんなところでレコードみたいな演奏が聴けるとは思わなかったわぁ・・・(うっとり)」

と、まずその都会の香りのする繊細なブルースで、女達のハートを虜にしたであろうことは想像に難しくありません。そうなんですよ、いつの時代も地元の不良はもちろんモテますが、そこへ都会のオッシャレーな雰囲気を持ち込むヤツは、また別の意味で特別にモテる。

はい、何の話かわからなくなってきましたが、つまりはロバート・ジョンソンは、サン・ハウスに「ヘッタクソめ!うせやがれ!」と言われてから、ギターの猛練習をしていた。

アイク・ジナナンという師匠がいて、その人からギターを習ったという話なんですが、それ以上に彼は旅先でタンパ・レッド、ロニー・ジョンソン、リロイ・カー、ココモ・アーノルドといった、その当時都会で人気を博していたブルースマン達のレコードを聴きまくって、耳コピしまくって”モノ”にしていったんでしょう。

特にロバート・ジョンソンのスライドの曲を聴くと、タンパの優しく歌うようなプレイスタイルからの影響が強く感じられます。ついでに言うとタンパ・レッドからの影響を真正面から受けて、戦後のモダンなエレキ・スタイルのシカゴ・ブルースに取り入れたブルースマンとして、ロバート・ナイトホークとアール・フッカーがいて、この人達がロックギタリスト達に与えた影響はすんごいです。

もひとつ言うと「タンパ・レッドかっこいいなぁ、俺はこの人のスライド大好きなんだよ」と憧れて、そのスライド奏法をスライドじゃなくてチョーキングというスタイルでオリジナルな表現として確立したのがB.B.キングであります。






Bottleneck Guitar 1928-1937

【収録曲】
1.It's Heated
2.You Got to Reap What You Sow
3.What Is It That Tastes Like Gravy?
4.Black Eye Blues
5.The Duck Yas Yas Yas
6.It's Red Hot
7.If You Want Me To Love You
8.No Matter How She Done It
9.Through Train Blues
10.Seminole Blues
11.Too Black Bad
12.Come On Mama, Do That Dance
13.Denver Blues
14.House Rent Scuffle


長々と「タンパ・レッドという人はこんなに凄いんだよ!」という事を説明するためにロバート・ジョンソンの話をしましたが、少しばかり興味は持っていただけたでしょうか?さて、戦前シカゴで大活躍したタンパ・レッドは大人気でありまして、音源もたくさん出ております。

その中でコンパクトに彼の魅力がしっかりとまとめられているのが、LPの時代から定評のあるこのヤズー盤。

ある時は自身の甘い歌声を活かした弾き語り、ある時はピアニストとのデュオで洗練された戦前のシティ・ブルースの醍醐味をじっくりと堪能出来、そして女性シンガーのバックや、小編成のジャズバンドとの共演でも、その共に歌うような、正に”声”といった感じのリアリティに溢れたスライドで、聴く人をどこまでも魅了してしまう、その神業、名人芸をお楽しみください。

タンパのギターは、細かいフレーズを派手に弾きまくるような超絶技巧派ではないのですが、歌との掛け合いの中でさり気なく入れて来るアドリブのワン・フレーズとか、ヴォーカル・パートから自然に流れてきて楽曲やアレンジ全体の雰囲気を少しも壊さないギターソロとかは、実際に超絶以上のテクニックがなければとても弾けたもんではありません。本当の意味での名人芸を極めた名人、とくればもう”魔術師”としか呼ばざるを得ないよなぁというのは、プレイのひとつひとつを聴けば、その穏やかで和やかな演奏とは裏腹な凄味と共に切実に思うのであります。


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2018年11月09日

ブッカー・アーヴィン ザ・ソング・ブック

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ブッカー・アーヴィン/ザ・ソング・ブック
(Prestige/OJC)


はい、皆さんこんばんは。

前回の更新からちょいとばかり期間が空いてしまいましたが、その間ブッカー・アーヴィン『ザッツ・イット!』の記事をじっくりご覧になって、ブッカー・アーヴィン大好きになってくれた方が、まぁ100人読んでて3人ぐらいはいらっしゃると思いますので、今日も引き続きブッカー・アーヴィンについてサクサクと書いていきたいと思います。




ブッカー・アーヴィンといえば、こだわりの強いジャズファンの間でも、その名を出すと

「おっ、おめぇはわかってるな」

となる、実にツウ好みなテナーマンであります。

その魅力というのは、やはり何と言っても南部生まれの自然と身に付いた濃厚なブルース・フィーリング、そこに尽きると思います。

ジャズって音楽は、カリブの海に面したニューオーリンズという街で、黒人達のブルースのやるせない旋律と、港から入ってくる色んな国の色んな地域の音楽が複雑に混ざり合って生まれました。

そんでもって大都会のシカゴやニューヨークへと、ジャズは北上して行って、その新しい土地でも色んな音楽を取り込みながら物凄い速度で進化していって、ジャズの主要な成分であるところのブルースも、原初のそれとはまた違った、洗練されたスタイリッシュなものへと形を変えてゆくんですね。

ブッカー・アーヴィンが活躍した1960年代という時代は、そんな感じでジャズという音楽が洗練を極めてゆくその過渡期だったと言えます。

「ジャズ」と一言で言っても、その時代にはオーソドックスなモダン・ジャズから、もっと大衆娯楽の方に接近したR&Bっぽいジャズ(後にソウル・ジャズと呼ばれるファンキーなやつの原型です)、それから表現芸術としての可能性を追求した結果、コードやスケール、リズムの約束事を逸脱した”フリー・ジャズ”と呼ばれるスタイルも認知されるようになってきた時代。

あー、何だか色々と難しくてややこしいことをクドクド言ってるのかも知れませんが、まぁそんだけジャズという音楽が多様化/複雑化した時代に、アーヴィンは現役として生きていたんですな。

ほいで、その南部から出て来た若いテナー吹きのヤツが何をやってたかと言えば、ジャズとしては非常に懐かしいものを感じさせる、純粋で天然な”ブルース”というものを、凄く感じさせるようなことをやっていた。

それだけなら「あぁ、ブルースね。古いスタイルだ」だけで終わっちゃうのかも知れません。

現にこの時代にブルースの影響を色濃く感じさせるテナー吹きなら、その辺にゴロゴロいました。

でも、ほとんどはジャズなんかよりももっと派手な活躍が出来て手っ取り早くカネになる仕事がもらえるR&Bのバックバンドとかに、そういう人達は行っちゃった訳です。

で、バックバンドではアレンジ通りの”仕事”をきっちりすればいい訳なので、そこで何かハッとするような革新的なプレイを生み出す必要はなかった訳です。

ところがアーヴィンはそれをやらなかった。

拭いても洗っても落ちないブルースの、体の奥底に染み付いたものを、その当時の先端にあった”ジャズ”の現場で隠すことなくふんだんにバラ撒きながら、ジャズのアーティストとしてテナー・サックスの演奏を進化させる事にも惜しみなく心血を注いでいた。


だからこの人のアルバムは、リーダーだろうが参加作だろうが、どの作品を聴いても「これはちょっとな...」というものがありません。

どの作品のどのプレイにも、ブルースフィーリングに裏付けされた音楽性の豊かさと、誠実な探究心に裏付けされた個性というものが存分に音楽から溢れておるからです。

アーヴィンは残念ながら腎臓疾患のため、39歳という若さで亡くなってしまいましたが、酒や麻薬やギャンブル、そして派手な女性関係に溺れることもなく生涯を終えました。

一緒に演奏した仲間達の証言でも

「アーヴィンは真面目で穏やかなヤツだったよ」

と、その人柄には誰一人ネガティヴな事を云う人はおらず、また、親友のベーシスト、ジョージ・タッカーが亡くなった時も、悲しみに打ちひしがれて何も出来なかったと、どこまでも優しく純粋な心の持ち主だったことが分かります。

そう、アーヴィンの演奏には、音楽のルーツ的な部分の根っこと、どこまでも人間的な心の根っこみたいなものが全部出ている。だからもうたまんない、たまんなく好きになってしまうんです。




Song Book

【パーソネル】
ブッカー・アーヴィン(ts)
トミー・フラナガン(p)
リチャード・デイヴィス(b)
アラン・ドウソン(ds)

【収録曲】
1.ザ・ランプ・イズ・ロウ
2.カム・サンデイ
3.オール・シングス・ユー・アー
4.ジャスト・フレンズ
5.イエスタデイズ
6.ラヴ・イズ・ヒア・トゥデイ

(録音:1964年2月27日)


今日ご紹介するアーヴィンたんの素晴らしいアルバムは(アーヴィンたんのアルバムは全部素晴らしいに決まってる!)、全曲よく知られたスタンダードで固めた『ザ・ソング・ブック』。

内容と選曲と手堅いメンバー人選の3拍子が揃った作品で、しかもアーヴィンのワン・ホーンということで、個人的に前回紹介した『ザッツ・イット!』ともども、アーヴィンの代表作、2大看板作品と位置付けたい傑作です。

まずはこのアルバムの人選で大成功しているのは、何と言ってもモダン・ジャズ数々の名盤に参加し、”名盤請負人”と呼ばれるピアニスト、トミー・フラナガンの参加でありましょう。

アーヴィンといえば、その土臭いフレージングと相性がいいのは『ザッツ・イット!』で素敵なコンビネーションを発揮したホレス・パーランや、同じくミンガス・グループで一緒に演奏した仲間であり、最も多くの作品を共演しているジャッキー・バイアードのような、アクとクセの強いピアニスト達であることは、これは何枚か彼らとの共演作を聴けば分かるんですが、トミー・フラナガンはそんなアクやクセの強いタイプとは真逆の、実に堅実で破綻のない上品なピアニストです。

ところがこのアルバムの「元々美しい構造を持つスタンダードナンバー」を演奏する時は、トミー・フラナガンの一歩引いた清楚でジェントルなピアノがアーヴィンの歌心テナーを最初から最後まで見事に引き立ててるんですね。

軽快にブイブイ走る一曲目『ザ・ランプ・イズ・ロウ』での、速いテンポにピアノのコード進行がピシャッ、ピシャッ、とはまってゆく感じ、かと思えば『カム・サンデイ』や『イェスタデイズ』などのバラードでのひたすらエレガントなバッキングとひたすらメロディアスなソロも、アーヴィンの朴訥な演奏から更に上質な哀愁を見事に引き出していて、こりゃもう何も言うこたぁございません。

アーヴィンのテナー、高速ではミドルの効いたプリプリした音で素晴らしい聴き応えで、これがバラードになると一転独特な浮遊感で幻想を醸してくれて、その演奏にはテクニック云々以上の何か奥深いものを、聴けば聴くほど感じてしまうんですね。

で、アーヴィンといえば必殺は、その中間を取ったミドル・テンポの小粋なナンバー。

このアルバムでは『オール・ザ・シングス・ユー・アー』『ジャスト・フレンズ』『ラヴ・イズ・ヒア・トゥデイ』がそれですが、このテンポでは今度は好対照を描いていたアーヴィンのテナーとフラナガンのピアノが歩み寄って寄り添って、バンド一丸となった心地良さを楽しませてくれます。インパクトではやっぱり速い曲とバラードかも知れませんが、何度も聴いてるうちに「あぁ〜いいねぇ〜・・・」となるのは実はこの辺の曲なんですよ。それぞれの個性とアドリブのカッコ良さと曲の良さが一番いい速さと密度でしっかりと溶け合ってる感じ。


「良い曲、良い演奏」を、アーヴィンのとにかく個性的なテナーサックスと、メンバーの最上級の引き立てで楽しめる上に、その味わいが聴く毎に増すという、本当にジャズの良心ともいえるアルバムだと思います。や、アーヴィンたんのアルバムは全部そうなんだ!




”ブッカー・アーヴィン関連記事”


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