2018年11月01日

エリック・クラプトン 461オーシャン・ブルーヴァード

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エリック・クラプトン/461オーシャン・ブルーヴァード
(Polydor/ユニバーサル)


さて、エリック・クラプトンであります。

クラプトンに関しては、アタシはブルースに対するその偉大な功績から、これはもう紹介するからには気合いを入れて・・・、とか色々と考え過ぎてしまい、これまでなかなかピックアップすることが出来ずにおりました。

とはいうものの、実はアタシ、クラプトンに関してはずっと長いこと”遠巻きに見ているにわか”でありました。

人生というのはタイミング、音楽との出会いというのもまたタイミングだったりするんです。

アタシが洋楽に目覚めたのは80年代の終わり、もうやがて90年代が始まろうかという頃でした。

丁度ハードコアとかスラッシュメタルとか、そういう言葉が巷でもちらほらと聞こえてくるその時、アタシはパンクロックに繋がる”激しい音楽”とボブ・ディラン経由のアコースティックな音楽をひたすら追っかけていて、その頃はもうすっかりクラプトン、ストーンズ、ビートルズは
「洗練された大人のロック」だと思って、完全に”脇目”の方に置いていた。

ブルースは大好きでしたが、アコースティックなやつから入ったので、チョーキング炸裂のモダン・ブルースの魅力に開眼するのにも、随分と随分と遠回りして「うぉぉ!B.B.キングかっこいい!!」と思えたのは、ようやくハタチも過ぎた大人になってからのことだったと記憶しております。

それから「ブルース」で繋がる人とは、どうしてもクラプトンの話になります。

で、何枚か聴かせてもらいました。

その時、アタシの”趣向”と良い感じにピッタリ波長が合ったのが『アンプラグド』。

で、その次に「これ、いいっすね!これ好きです!」となったのが、今日ご紹介する『461オーシャン・ブルーヴァード』であります。

何で「好き!」となったのか、これはアタシがどうこう書くよりも、その時に聴かせてもらった方との会話を思い出しつつそのまま掲載した方が良いと思いますので、箇条書きっぽく記しましょう。


「へー、意外だな〜」

「え?何でっすか」

「いや、君ブルース好きっつうから、もっとクラプトンがバリバリ弾きまくってるアルバムに反応するのかと思ってたよ」

「いやぁ〜、そうですかねぇ。でも一曲目のスライドとかヤバくないですか?」

「ヤバイねー♪」

「弾きまくってるじゃないですかー」

「いや、そうじゃなくてもっとバリバリのソロとかクラプトン弾くでしょ?そういうのがなくて、このアルバムはトータルですごくいいんだよ。クラプトン自身もすごくリラックスしてて”あんまりがんばんないぞー”って時期だったから。でもそれが結果大成功だったんだよね」

「2曲目もこれ、イントロスライドじゃないっすか!いや、これは・・・あ、このヴォーカルも凄く優しくて染みる!クラプトンってもっとこう声張り上げて歌うイメージがあったんですけど、レイラとか」

「うん、そうなんだそうなんだ。このアルバムはいわゆるレイドバック期の名盤で・・・」

と、そこからクラプトン大好き先輩の深い説明がずっと続いて、アタシはそれをほうほう言いながら聴いてたんですが




461オーシャン・ブールヴァード

【収録曲】
1.マザーレス・チルドレン
2.ギヴ・ミー・ストレングス
3.ウィリー・アンド・ザ・ハンド・ジャイヴ
4.ゲット・レディ
5.アイ・ショット・ザ・シェリフ
6.アイ・キャント・ホールド・アウト
7.プリーズ・ビー・ウィズ・ミー
8.レット・イット・グロウ
9.ステディ・ローリン・マン
10.メインライン・フロリダ


何て説明すれば良いのか、確かにこのアルバムは、多くのファンが認める「クラプトン代表作のひとつ」であり、麻薬中毒を始めとする様々なトラブルからようやく抜け出したクラプトンが「バリバリのロッカー」から「ポピュラーなアーティスト」へと成長の舵を切ったエポック・メイキングな作品であり、ボブ・マーリィーの『アイ・ショット・ザ・シェリフ』をカヴァーしたことで、それまでジャマイカの1ローカル音楽に過ぎなかったレゲエを、世界中に知らしめたという歴史的な一枚であり・・・と、それこそもう字数が尽きないぐらい「名盤だ」という裏付けはたくさん出て来ると思います。

がしかし、しかしですよ。

アタシにとってはこのアルバム、その当時余りにもポピュラー過ぎて、かえって聴く前から変な先入観に凝り固まっていた”大人の上品なロックの大スター”というものを気持ち良く破壊してくれて、ある意味で「クラプトン」という人を意識させずに聴かせてくれた、そう、色々と難しいことや余計なことは考えさせずロックをズドンと胸に撃ち込んでくれたアルバムとして、ジワジワと響いたんです。


クラプトンのキャリアの最初はヤードバーズ、、それからジョン・メイオール&ザ・ブルース・ブレイカーズときて、クリームで大成功を治めます。

ところがこのクリーム、才能は素晴らしいけれども元々性格がエキセントリックでそれゆえに仲が悪かったジャック・ブルース(vo,b)とジンジャー・ベイカー(ds)が、もう顔を合わせる度に険悪で、クラプトンはストレスに苛まれ、ステージと人間関係の緊張から逃れるためにドラッグに手を出していました。

結局内側のギスギスが頂点に達する形でクリームは1968年に解散。


その後ブラインド・フェイスというブルースロック・バンドを結成するも、これも1年足らずであっけなく解散。


クラプトンは「もっとブルースとか、アメリカのルーツ音楽を追求したいぜ」と、単身アメリカに渡って、現地のミュージシャンン(ザ・バンドの面々中心)と、デレク・アンド・ドミノスを結成して『レイラ』という名盤を出しておりますが、ドミノスもメンバー間のゴタゴタが原因で解散。

僅かな期間の間に3つの解散に伴う人間不信、移住とレコーディングやツアーの連続した生活によるストレスが頂点に達して、遂にクラプトン、壊れちゃいます。前々からヤバめだったヤク中が更にハードな段階に突入してしまい、もう完全に引きこもりの廃人寸前。2年間更生施設で社会復帰への治療とリハビリを続け、ようやく「俺、やっぱり音楽したいよ」となったのを聞いた友人達が、もうほとんど「クラプトン個人を支援するため」にスタジオを用意してもろもろの環境を整えてレコーディングしたのがこのアルバムだということです。


だからこんなにリラックスした、肩の力の抜けたユルい空気が最高のアルバムに仕上がったんだと言われていて、確かにその通りだと思います。

けど、どうでしょうね。アタシはこの明るくカラッとしたギターやオルガンの音とか、軽快に刻まれるドラムのリズムとか、クラプトンの落ち着いた爽やかさを感じさせる歌声とか、そういった”音楽”の要素ひとつひとつに、ハードライフを満身創痍で潜り抜けてきた男の悲哀とか、辛口の気骨とか、そういうハードボイルドな空気を、どうしようもなく感じてしまうんです。

エルモア・ジェイムスの曲もカヴァーしていますが、それまでアタシが勝手に期待していたバリバリのブルース臭は気迫です。でも、だからと言ってこのアルバムがただの軽い、リラックスした名盤だけである訳がない。70年代の硬派なアメリカン・ロックのスピリッツが最初から最後まで見事に貫かれていて、それ故に尽きせぬ感動にいつまでも触れた心が揺さぶられてしまうのです。








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posted by サウンズパル at 22:58| Comment(0) | ロック/ポップス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする