2018年11月04日

ブッカー・アーヴィン ザッツ・イット!


考えてみればアタシもCD屋なんて因果な稼業をやってきましたが(現在実店舗は閉じておりますが)、そんな因果な稼業で最も幸せを感じる瞬間ってのは、そんな風にお客さんが好きな音楽に自分の喜楽を全投入して語る、実に活き活きとしたお顔と対面した時です。

音楽って、それを聴いててお腹が満たされる訳でもないし、財布の中のカネが増える訳でもない(逆にハマッちゃったら確実に減っていく。うぅ・・・)のに、何で人をこう幸せにするんでしょうね。

と、柄にもないことを考えておりますのは何故かというと、今日は目下アタシのことを最高に幸せな「あぁぁ!もうこれ好きぃー!!」という気分にさせてくれるイカしたジャズマンを聴いているからでございます。

625.jpg

ブッカー・アーヴィン/ザッツ・イット!
(CANDID)


ザッツ・イット!

そう、それ!

もうね、ほんとうにこれなんですよ、これ。

”ジャズ”という音楽の、どこまでも人間の匂いに溢れた豊かさと、同時にアメリカという国の土に染み込んだ黒人文化の豊かさを、ブルースをたっぷり歌うテナー・サックスで、アタシ達に「うわぁ、ジャズっていいなぁ・・・」というふくよかな感動を与えてくれる、ジャズマンの中のジャズマン、ブッカー・アーヴィンの代表作のひとつであります。

アタシはもうね、ブッカー・アーヴィン大好きなんだ。大好き過ぎて”ブッカー”と聞けばアーヴィンに関係なく

「そうそれ!」

と言ってしまいそうになってしまうぐらい好きで好きで、ついついブッカー・アーヴィンには”アーヴィンたん”と、ちょいとかわいい愛称を付けてしまうぐらいに好きなんだ。

たとえ、マイルス・デイヴィスみたいにシーンの最先端で次々と進化する音楽を、時代に先んじて切り開いていったイノベイターでもないし、ジョン・コルトレーンのように、神がかりな演奏に裏付けされた圧倒的なカリスマで、ジャズという音楽の精神的な柱になった訳でもない。デューク・エリントンのようにその後の演奏家達が競って演奏するようなスタンダードをたくさん作って、歴史に大きな足跡を残した訳でもない。ルイ・アームストロングのように、ジャズをよく知らない人にも受け入れられるような、ズバ抜けたポップ・センスを持ったエンターティナーでもない。

テナー・サックスだって、”上手い人””凄いテクニックを持っている人”なら、アーヴィン以上に派手な人はゴロゴロいます。


でも、そんなことを全部ひっくるめても、アーヴィンは他の人にはないものを持っていて、その”持っているもの”が、ジャズ好きの心をどうしようもなくくすぐって、興奮させて、そして癒してくれるからたまんない。

それは一言でいえば



ということになるでしょう。

しかし、ブッカー・アーヴィンの”味”は、一言ではとても言い尽くせないほど、濃厚なエキスが次から次へと、それこそ噛めば噛むほど滲んでくる味。

うんうん、ジャズ好きな人とよくあれはどうでこれはこうでとかいうややこしい話をしたりもするけど、その時に

「ブッカー・アーヴィン」

と言えば、その相手が年季と気合いの入ったジャズ好きであるほど

「いいねぇ〜♪」

と、見事に言葉を失った満面の笑みで返してくれる。

うんうん、とにかくそういう人なんですわ。


そんなブッカー・アーヴィンは、1930年テキサス生まれ。

テキサスっていえばミシシッピと並ぶブルースの本場です。

そいでもってテキサスといえば、ニューヨークや西海岸とはまた違った、タフでブルース・フィーリングの濃いテナーを聴かせる、いわゆる”テキサス・テナー”という独自のテナー・サックス文化が花開いた土地でもあります。

アーヴィンのテナーも、当然青春時代までを過ごしたテキサスの、ブルースやR&Bの影響、そしてテキサス・テナーの影響がとても強いです。

父親がミュージシャンだったことや、徴兵で空軍に入った時に、バンドでオールド・スタイルのジャズとかR&Bを演奏していたことも、彼の素質を更に磨いて、1958年にジャズの都、大都会ニューヨークへと進出しますが、とことん南部の匂いが染み込んだ彼のスタイルは、誰もが新しく先鋭的なものを目指していたニューヨークでは、大変に個性的で珍しいものだったと思います。

そんな彼のプレイを

「オゥ、いいテナー吹くじゃねぇか」

と認めたのが、チャールス・ミンガスというベースの親分です。

ミンガスという人の音楽は、当時次々と過激なものが出て来るジャズ界の中においても、一際異彩を放っておりました。

つうのもミンガスという人は、スケールやコードといった音楽理論の約束事を荒ぶる感覚でブチ壊しながらも、ブルースと伝統的なスウィング・ジャズのサウンドをとても敬愛し、演奏の中でも大事にしていた。

ミンガスにはそんな豪胆な一面と繊細な一面と、そして何よりアーティストの個性を一瞬で見抜く異常に鋭い眼を持っていました。

アーヴィンのプレイを聴いたミンガスは、すぐに

「オゥ、お前オレんとこに来い」

とスカウトし、ここで超個性的なメンバー達と練習を重ね、元からあるブルース濃厚なフィーリングに、どこかそれだけじゃない非常に新しいフレージングの個性を身に付けた「ブッカー・アーヴィンというジャズマン」が誕生しました。





That's It

【パーソネル】
ブッカー・アーヴィン(ts)
ホレス・パーラン(p)
ジョージ・タッカー(b)
アル・ヘアウッド(ds)

【収録曲】
1.モジョ
2.ウラヌス
3.ポインシアナ
4.スピーク・ロウ
5.ブッカーズ・ブルース
6.ブー

(録音:1961年1月6日)


アルバム『ザッツ・イット!』は、その時に親分のミンガスと親しく

「もっとアーティストのやりたいことを真摯に受け止め、それを形に出来る新しいジャズ・レーベルを作るんだってばよ!」

と、気炎を上げていた硬派な評論家、ナット・ヘントフという人が作ったレーベル、CANDIDからリリースされた唯一のアルバムです。

ブッカー・アーヴィンのアルバムでいえば3作目なんですが、これが流石にアーヴィンを良く理解していたレーベルらしく、見事にアーヴィンの持つ

「ブルージーな持ち味」



「それでいてちょっと何か新しい方向性を感じさせる勢い」

の両方を、素晴らしいプロデュースで凝縮してまとめ上げております。


まず、アーヴィンと同じく独自の濃いブルース魂を持っているホレス・パーランがピアノで脇に付き、ジョージ・タッカーのズ太くゴリゴリしたベースと、絶対に崩れないアル・ヘアウッドのドラムが背後を支える。この人選が素晴らしいんです。

何が素晴らしいかって言うと、パーランはこのアルバムを録音するちょい前までアーヴィンと同じミンガスのグループでピアノを弾いていて、つまりアーヴィンの事は演奏のクセに至るまで何回もライヴやリハーサルを共にしてきて「おぅ」「あぁ」で分かり合える”良き兄弟分”の仲。

ついでにリズム隊のジョージ・タッカーとアル・ヘアウッドは、実は当時のホレス・パーランのバンド・メンバー。これで息が合ったプレイをしない訳がありません。

4ビートで勢いよく、しかし重厚にズンズン突き進むハイテンポのナンバーから、お得意の濃厚極まりないブルース、そして”何か新しい”を感じさせる、宇宙的な浮遊感に満ちたバラードまで、アーヴィンは何の制約も受けず、自由に伸び伸びと、その豊かなトーンを響かせていて、はい、もう何も言うことありません。

CANDIDのプロデュースは「とにかくやかましいことは言わず、アーティストにやりたいようにやらせる」というものでしたが、ここでアーヴィン達の”やりたいように”が、決してハメを外しただけのやんちゃに終わってないのがまた凄いところで、むしろアルバムは全体的に、他のアーヴィンのアルバムと比べても、一層渋いんです。

そう、アタシはこのアルバム、ジャケットも大好きなんですが、いいですよね、うん、凄く渋い。このジャケットの”まんま”な音が演奏からもしっかり響いてくるんです。

ブッカー・アーヴィンについては、今後も(大好き過ぎるんで)色々とアルバムをピックアップしていきたいと思ってますが、とにかく知らない、でも聴きたいという人には、アーヴィン必殺のブルースナンバー『ブッカーズ・ブルース』を聴いて頂きたい。

冒頭にアタシが言ったような、どこまでも人間の匂いに溢れた豊かさと、同時にアメリカという国の土に染み込んだ黒人文化の豊かさを、ブルースをたっぷり歌うテナー・サックスというのはこれ、そう、ずばりこれ(That's It)なんですよ。



”ブッカー・アーヴィン関連記事”


『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

サウンズパル店主高良俊礼の個人ブログ
http://ameblo.jp/soundspal/
posted by サウンズパル at 00:00| Comment(0) | ジャズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする