2018年11月09日

ブッカー・アーヴィン ザ・ソング・ブック

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ブッカー・アーヴィン/ザ・ソング・ブック
(Prestige/OJC)


はい、皆さんこんばんは。

前回の更新からちょいとばかり期間が空いてしまいましたが、その間ブッカー・アーヴィン『ザッツ・イット!』の記事をじっくりご覧になって、ブッカー・アーヴィン大好きになってくれた方が、まぁ100人読んでて3人ぐらいはいらっしゃると思いますので、今日も引き続きブッカー・アーヴィンについてサクサクと書いていきたいと思います。




ブッカー・アーヴィンといえば、こだわりの強いジャズファンの間でも、その名を出すと

「おっ、おめぇはわかってるな」

となる、実にツウ好みなテナーマンであります。

その魅力というのは、やはり何と言っても南部生まれの自然と身に付いた濃厚なブルース・フィーリング、そこに尽きると思います。

ジャズって音楽は、カリブの海に面したニューオーリンズという街で、黒人達のブルースのやるせない旋律と、港から入ってくる色んな国の色んな地域の音楽が複雑に混ざり合って生まれました。

そんでもって大都会のシカゴやニューヨークへと、ジャズは北上して行って、その新しい土地でも色んな音楽を取り込みながら物凄い速度で進化していって、ジャズの主要な成分であるところのブルースも、原初のそれとはまた違った、洗練されたスタイリッシュなものへと形を変えてゆくんですね。

ブッカー・アーヴィンが活躍した1960年代という時代は、そんな感じでジャズという音楽が洗練を極めてゆくその過渡期だったと言えます。

「ジャズ」と一言で言っても、その時代にはオーソドックスなモダン・ジャズから、もっと大衆娯楽の方に接近したR&Bっぽいジャズ(後にソウル・ジャズと呼ばれるファンキーなやつの原型です)、それから表現芸術としての可能性を追求した結果、コードやスケール、リズムの約束事を逸脱した”フリー・ジャズ”と呼ばれるスタイルも認知されるようになってきた時代。

あー、何だか色々と難しくてややこしいことをクドクド言ってるのかも知れませんが、まぁそんだけジャズという音楽が多様化/複雑化した時代に、アーヴィンは現役として生きていたんですな。

ほいで、その南部から出て来た若いテナー吹きのヤツが何をやってたかと言えば、ジャズとしては非常に懐かしいものを感じさせる、純粋で天然な”ブルース”というものを、凄く感じさせるようなことをやっていた。

それだけなら「あぁ、ブルースね。古いスタイルだ」だけで終わっちゃうのかも知れません。

現にこの時代にブルースの影響を色濃く感じさせるテナー吹きなら、その辺にゴロゴロいました。

でも、ほとんどはジャズなんかよりももっと派手な活躍が出来て手っ取り早くカネになる仕事がもらえるR&Bのバックバンドとかに、そういう人達は行っちゃった訳です。

で、バックバンドではアレンジ通りの”仕事”をきっちりすればいい訳なので、そこで何かハッとするような革新的なプレイを生み出す必要はなかった訳です。

ところがアーヴィンはそれをやらなかった。

拭いても洗っても落ちないブルースの、体の奥底に染み付いたものを、その当時の先端にあった”ジャズ”の現場で隠すことなくふんだんにバラ撒きながら、ジャズのアーティストとしてテナー・サックスの演奏を進化させる事にも惜しみなく心血を注いでいた。


だからこの人のアルバムは、リーダーだろうが参加作だろうが、どの作品を聴いても「これはちょっとな...」というものがありません。

どの作品のどのプレイにも、ブルースフィーリングに裏付けされた音楽性の豊かさと、誠実な探究心に裏付けされた個性というものが存分に音楽から溢れておるからです。

アーヴィンは残念ながら腎臓疾患のため、39歳という若さで亡くなってしまいましたが、酒や麻薬やギャンブル、そして派手な女性関係に溺れることもなく生涯を終えました。

一緒に演奏した仲間達の証言でも

「アーヴィンは真面目で穏やかなヤツだったよ」

と、その人柄には誰一人ネガティヴな事を云う人はおらず、また、親友のベーシスト、ジョージ・タッカーが亡くなった時も、悲しみに打ちひしがれて何も出来なかったと、どこまでも優しく純粋な心の持ち主だったことが分かります。

そう、アーヴィンの演奏には、音楽のルーツ的な部分の根っこと、どこまでも人間的な心の根っこみたいなものが全部出ている。だからもうたまんない、たまんなく好きになってしまうんです。




Song Book

【パーソネル】
ブッカー・アーヴィン(ts)
トミー・フラナガン(p)
リチャード・デイヴィス(b)
アラン・ドウソン(ds)

【収録曲】
1.ザ・ランプ・イズ・ロウ
2.カム・サンデイ
3.オール・シングス・ユー・アー
4.ジャスト・フレンズ
5.イエスタデイズ
6.ラヴ・イズ・ヒア・トゥデイ

(録音:1964年2月27日)


今日ご紹介するアーヴィンたんの素晴らしいアルバムは(アーヴィンたんのアルバムは全部素晴らしいに決まってる!)、全曲よく知られたスタンダードで固めた『ザ・ソング・ブック』。

内容と選曲と手堅いメンバー人選の3拍子が揃った作品で、しかもアーヴィンのワン・ホーンということで、個人的に前回紹介した『ザッツ・イット!』ともども、アーヴィンの代表作、2大看板作品と位置付けたい傑作です。

まずはこのアルバムの人選で大成功しているのは、何と言ってもモダン・ジャズ数々の名盤に参加し、”名盤請負人”と呼ばれるピアニスト、トミー・フラナガンの参加でありましょう。

アーヴィンといえば、その土臭いフレージングと相性がいいのは『ザッツ・イット!』で素敵なコンビネーションを発揮したホレス・パーランや、同じくミンガス・グループで一緒に演奏した仲間であり、最も多くの作品を共演しているジャッキー・バイアードのような、アクとクセの強いピアニスト達であることは、これは何枚か彼らとの共演作を聴けば分かるんですが、トミー・フラナガンはそんなアクやクセの強いタイプとは真逆の、実に堅実で破綻のない上品なピアニストです。

ところがこのアルバムの「元々美しい構造を持つスタンダードナンバー」を演奏する時は、トミー・フラナガンの一歩引いた清楚でジェントルなピアノがアーヴィンの歌心テナーを最初から最後まで見事に引き立ててるんですね。

軽快にブイブイ走る一曲目『ザ・ランプ・イズ・ロウ』での、速いテンポにピアノのコード進行がピシャッ、ピシャッ、とはまってゆく感じ、かと思えば『カム・サンデイ』や『イェスタデイズ』などのバラードでのひたすらエレガントなバッキングとひたすらメロディアスなソロも、アーヴィンの朴訥な演奏から更に上質な哀愁を見事に引き出していて、こりゃもう何も言うこたぁございません。

アーヴィンのテナー、高速ではミドルの効いたプリプリした音で素晴らしい聴き応えで、これがバラードになると一転独特な浮遊感で幻想を醸してくれて、その演奏にはテクニック云々以上の何か奥深いものを、聴けば聴くほど感じてしまうんですね。

で、アーヴィンといえば必殺は、その中間を取ったミドル・テンポの小粋なナンバー。

このアルバムでは『オール・ザ・シングス・ユー・アー』『ジャスト・フレンズ』『ラヴ・イズ・ヒア・トゥデイ』がそれですが、このテンポでは今度は好対照を描いていたアーヴィンのテナーとフラナガンのピアノが歩み寄って寄り添って、バンド一丸となった心地良さを楽しませてくれます。インパクトではやっぱり速い曲とバラードかも知れませんが、何度も聴いてるうちに「あぁ〜いいねぇ〜・・・」となるのは実はこの辺の曲なんですよ。それぞれの個性とアドリブのカッコ良さと曲の良さが一番いい速さと密度でしっかりと溶け合ってる感じ。


「良い曲、良い演奏」を、アーヴィンのとにかく個性的なテナーサックスと、メンバーの最上級の引き立てで楽しめる上に、その味わいが聴く毎に増すという、本当にジャズの良心ともいえるアルバムだと思います。や、アーヴィンたんのアルバムは全部そうなんだ!




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『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

サウンズパル店主高良俊礼の個人ブログ
http://ameblo.jp/soundspal/
posted by サウンズパル at 22:24| Comment(0) | ジャズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする